第208話
練習フィールドで行われる2人の舞。
健輔と葵はゆっくりとお互いの身体で戦いを表現する。
魔力を用いない小さな人間の戦いは濃い密度の物となっていた。
傍では優香も同じように舞を踊っている。
「隆志さん」
「なんだ? 剛志」
「健輔も大分上手くなりましたね」
「まあ、あいつは要領が良いからな。コツを掴めばあっさりとやれる辺り、才能があるんだろうな」
今は世界戦前の大事な期間である。
この後には間で挟まる休みはあっても、レベルアップを図れるような長期の休息はない。
試合での覚醒事例は皆無ではないといえ、それを当てにするのは真面な神経でやれる事ではなかった。
「ふむ、九条も綺麗だな」
「型をなぞらせる。教科書的な動きをさせるならば、健輔以上だな。反面、独創性が微妙に足りない」
「逆にアレンジが過ぎるのも健輔ですか」
「オリジナルの長所を潰しかねない時もあるからな。一般論ですまんが長所と短所は紙一重、そういう事だろう」
「違いありません」
魔力を用いない練習は一般的にはあまり行われない。
普通の生徒、基準としては学校以外では一切の戦闘訓練を行わない事になるが、彼らは魔力を扱う術をマスターするのに3年間を必要としている。
今の健輔たちがやっていることは、その先、魔力の扱いを大体マスターした後にあるチーム戦クラスの練習だった。
欧州の強豪などを筆頭に魔力を用いない練習を必要とするようになるのは、魔導競技を行う魔導師として、1人前になった事を示している。
健輔と優香はこの1年足らずの期間でその領域にまで駆けあがっていた。
彼ら以外にはクラウディアぐらいが1年生ではいるぐらいなのが数の少なさを表している。
「そろそろ高島も必要か?」
「あいつに生粋の前衛行動は不要でしょう。スサノオに放り込んで近接対応を学ばせた方が良いです」
「……ふむ、やはりポジション間の違いは難しいな」
「丸山も三条の元に入り浸ってますからね」
「我がチームも頑張ってはいるが、ノウハウの問題は如何ともしがたいからな」
普通に学園で過ごす分には何も問題はないが、世界戦レベルで戦おうと思えば、細かい練習方法などが重要になってくる。
独学、我流で一切通じないという事もないが、それが出来るのは1部の異端であり、そこを基準にするわけにはいかなかった。
いろいろと積み重ねてはいるが、1部の天才や長い歴史を持つチームにこの部分では劣っているのがクォークオブフェイトである。
アマテラスの方法を1分とはいえ、転用している分質は悪くないが、特化した練習に関しては微妙な部分も多かった。
「まあ、これは先の問題だな。俺たちにやれることはないだろうさ」
「……俺たちが解決します。健輔たちはまた別の問題に直面しますがね」
「全てを潰す3代目になるのか、それとも……」
未来に関して語ることはあまり意味がないが、隆志としても思うところはあるのだろう。
真由美によって生み出されたチームが、彼女が居なくなった後にどのような道を進むのか。
共に道を切り拓いてきた1人として、隆志が気にならないはずがなかった。
「いやはや……。中々に難しいな」
「今は世界戦に集中しましょう。どことぶつかろうと脅威度は何も変わりません」
「ああ、すまん。先ばかりの見据えるのは俺の悪い癖だな」
後輩の忠言を受け入れ、隆志は意識を切り替える。
世界戦という直近に迫った脅威を前に、その後の事を思うのは無粋だし、何より意味がないだろう。
まずは真由美の悲願を叶えるのが先決だった。
王者として、世界戦に行くのではない。
彼ら――クォークオブフェイトは挑戦者なのだ。
先に居るものたち、全てに勝利する必要がある。
「……俺も心構えはしっかりせんとな」
チームを影から支える男は数多の未来を思い描く。
願わくば、妹の願いが叶うように祈っていた。
その祈りが結実するのか、まだ誰も知らない――。
少し昼食時を過ぎてはいるが、まだまだ賑やかな食堂。
時間割が特別編成な事もあり、学生に溢れる場所で健輔は友人たちと食事を楽しんでいた。
「圭吾は冬休みの直後から暗黒の盟約に出張。気付ければ俺は追い抜かされてた訳だが……。どうだったよ? 俺とはまた違った感じだった?」
「そうだね。何度も言ったけど、いろんな意味で実りは多かったよ。うん」
「莉理子さんもよくしてくれたわよ。基本的に穏やかな人だしね。健輔にも期待してるらしいし」
「……あの人、なんか苦手なんだよなー。なんでだろ」
「莉理子さんはお優しいと思いますけど……」
彼らが集うと話題は必然として、魔導の事になっていく。
世界戦に向けてのレベルアップ。
必然の課題に取り組む内に他チームの知己も増えていく。
立夏たちは元々知っていたので、健輔たちも楽に付き合えているが、スサノオや暗黒の盟約は空気からして違う。
個々が取得している技術も違う部分が多いため、いろいろと勉強になっている。
そんな違いも楽しみつつ、彼らはレベルアップに勤しんでいた。
「それにしてもいろいろなところを行ったよな。俺はスサノオ、暗黒、後は賢者と」
「後は立夏さんのところだっけ。ツクヨミ、魔導戦隊も行ったんでしょう? 実はコンプしてるんじゃないの?」
「あー、うん、そうかもしれん」
「流石は万能系。習う事も多いね」
「あのな、練習だからボコボコにされるんだぞ? 結構辛いんだからな」
最多の貸し出しを誇る健輔はいろんなチームと触れ合っていた。
経験値はたんまりと稼いだが、代償に黒星も大量にゲットしている。
愚痴はいくらでもあった。
健輔の濁った空気を感じたのか、圭吾が速やかに話題を転換する。
彼はこういう健輔が絡んでくるとめんどくさいという事をよく知っていた。
「辛いのはわかるよ。それで? 世界では通用しそうかい? 僕たちが戦う可能性がある相手も絞られてきたけど」
「あー、どうだろ……。出来れば当たりたくないチームもあるしなー」
「健輔さんはラファールが厳しいんですよね?」
「おう、高機動型が鬼門だな」
健輔が優香に負け越している理由はいくつかあるが、その中の1つが系統の切り替えタイミングを読まれるというのがあった。
他の魔導師と比べると発動ステップが1つ多い健輔は特定タイミングで防御が困難になる時がある。
優香は長い付き合いからか健輔の呼吸を読めてしまい、さらには高機動型の発動の早さもあり、黒星を重ねているのだ。
国内大会では目新しさもあって大した問題には成らなかったが、世界大会ではそうもいかない可能性が高い。
そろそろ健輔も研究対策が行われるレベルに到達している。
「警戒はしてるし、カウンターの練習もしたり、後は偽装も入れたりといろいろとやってるけど……」
「ラファールの魔導師、エースは『疾風』よね? まあ、あの速さだと厳しいのは仕方ないかも」
「そうなんだよなー。物理的に早すぎてなんともし難い」
ラファールの売りは高機動である。
エースもそうだが、所属魔導師全員の発動動作が速い。
相手に何もさせずに討ち取る。
それが基本戦術であり、そこを突き詰めたのが彼らだった。
世界大会に参加するチームの中で健輔が最も相性が悪いチームである。
相性という部分だけを着目するのならば、皇帝の方が幾分かやり易いという訳がわからないことになっていた。
「やっぱり厄介なチームばかりなのね」
「2回戦で当たるかもしれないヴァルキュリアもヤバイ、なんてもんじゃないからな」
「はい。姉さんに匹敵する魔導師に複数の2つ名持ち、もしくは2つ名は持っていないエースクラス、欧州最高は伊達ではないですね」
クラウディアから貰ったデータだけでなく菜月が収集したデータからも厄介さは際立っている。
チーム力だけに的を絞るならば、パーマネンスを超えているだろう。
今大会で彼女らと競れるだけの層の厚さを持つのはイギリスの『ナイツオブラウンド』だけだった。
ナイツオブラウンドはヴァルキュリアから女神を抜いて、代わりに健二クラスのエースが多数いると想像すると実力がわかりやすいだろう。
「後衛にも怖い人がいるみたいだしな。真由美さんでなんとか出来るのかね。いや、抑えて貰わないとヤバイんだけどさ」
「女神を抑えれるかも重要になります。姉さんクラスと想定すれば、最低3人……。やはり厳しいですね」
「僕としては誰も彼もが危険極まりないよ。初戦のシューティングスターズについては?」
初戦の相手、夏以来の戦いになるシューティングスターズだが、こちらに関してはあまり話をしていない。
真由美が意図的にそうしているのかは健輔にもわからないが、理由は大体察しているつもりである。
「語ることがない。残りは隠し玉しかないだろうよ」
「ああ、なるほど。夏の実力から自分たちを基準に強くすれば、あの人たちになるのか」
「そうそう。後は其処に隠し玉、つまりは切り札を加えればいい。チームとしては主軸が近いから殴り合い以外はあり得ないからな」
戦術を弄するにも下手な事をするとこちら側がバランスを崩すだけになる可能性も十分にあった。
相手の特性を把握しているからこそ、弱点を突くような作戦ではなく上回れるように立ち回るしかない。
真由美のプライドもあるだろうが、正面決戦以外が選択肢に残っていなかった。
健輔としても、下手な作戦を使うよりも正面から戦いたい。
「残り1週間ってところか……。どこまでやれるかね」
「気を抜くのもあれですが、過度な緊張も禁物ですから、私たちのペースで行きましょう」
「私は術式の精査かな。いざという時にはあまり役に立てないから」
「僕は練習あるのみかな。……暗黒の盟約戦のように肝心な時に落ちるのは避けたいからね」
「真面目だな。俺は莉理子さんのところかな。あれの調整をお願いしよう」
「お付き合いしますね」
「おう、頼んだ」
流れる日常はいつも通りだが、どこか爆発しそうな思いを持て余す。
最後の休息の中、後悔をしないようにゆっくりと、しかし、確実に準備を進めて行くのだった。
「う~ん、いい風だな」
ゆったりとした口調、本人が醸し出す空気。
穏やかな草原で寝そべって空でも見上げているような感じであるが、彼を取り巻く環境はそんなものではなかった。
猛スピードで切り替わる光景、空気を切り裂く飛行は周囲へ衝撃波を伝える。
音速突破、生身で翼を持たない人間には考えられない速度で彼は飛ぶ。
飛行速度――その1点に限るならば『皇帝』すらも上回る史上最速の魔導師。
フランスのチーム『ラファール』所属のエース、エルネスト・ベルナールは優雅に腕を組んで背面飛行を楽しんでいた。
「いや、これは今日は良い事がありそうだよ」
『良い事がありそうだよ。じゃないわよ! 早く降りてきなさいよ! このド阿呆!!』
「っ~~~。急に念話で怒鳴らないでくれよ、リーダー。何か問題でもあったのかい?」
『作戦会議よ、作戦会議! ミーティング! 早く降りてきて!』
「おや、そんな時間かい? これは失礼」
『もう! 自由時間は好きにしてくれていいから、こういうのはしっかりと守ってよね!』
「いや、申し訳ない。直ぐに降りるよ」
ぷりぷりとした怒りの念を発するリーダーに変わらず穏やかな調子でエルネストは続ける。
彼はエースではあるが、リーダーではない。
チームで1番の実力であるが、分担が進んでいる欧州のチームではスーパーエースがリーダーを兼任していることは少なっていた。
ヴァルキュリアのように例外はいくらか存在しているが、体勢としては分けていく形が主流となっている。
エースの中にはそれに反発するものも居たりするのだが、そういうのは弱小チームに限られていた。
最強クラスのチームのエースは自らの分をしっかりと理解している。
彼――エルネストもまた例外ではなかった。
激戦の欧州を勝ち抜いたエースの1人として、相応しい風格を備えている。
マイペースであり、扱いずらい人材なのも事実だったが、それを補う実力があった。
「しかし、我らがリーダーは機嫌が悪いね。初戦の相手のせいかな」
マイペースであり、周囲をかき乱すこともあるエルネストだが、顔色がわからない訳ではない。
めんどくさいから読まないだけであり、周囲をしっかりと見てはいるのだった。
チームが最近少しだけピリピリしている事に気付いてはいる。
ちょうど対戦表が公表された辺りからなのだから、おのずと原因は絞られていた。
「困ったものだね。……まあ、僕も魔導師として理解は出来るけど」
欠片も困った様子など感じさせない声色だが、チームを憂う気持ちは籠っていた。
ラファールは決して弱いチームではない。
しかし、今回に限れば相手が悪いだろう。
高機動が売りのラファールが苦手なのは圧倒的な火力を持つチームだ。
今大会ならば、ヴァルキュリア、シューティングスターズ、アルマダ、クォークオブフェイトと該当するチームが多い。
高火力高耐久はスタンダードな人気があるため仕方がないのだが、彼としても相性のみで全てを判断されるのは面白くなかった。
魔導は相性だけでなく、独創性も重要である。
初戦の相手たる『皇帝』は良い例だろう。
「国に風が捉えられるのか……。うん、興味深い。やる気が出てくるよ」
魔導師の規模に収まらない敵を思い、彼は穏やかに微笑む。
彼も魔導師、ご多分に漏れず負けず嫌いだった。
大会優勝候補を初戦で消すのも悪くはない。
「ま、さしあたっては淑女のご機嫌取りからな」
『皇帝』よりも遥かな難敵を見つけ、苦笑いを浮かべる。
機嫌取るための言葉を無数に思い浮かべ、礼を失しない態度を示す。
怒っているリーダーを慰めながら、彼は微笑み続ける。
その裏で皇帝を吹き飛ばす策を練っていると誰にも悟らせない。
気まぐれな風が暴風となって、国に襲い掛かる。
頂点に立つ魔導師でも、今年はどうなるのかはわからない。
そのような不安定さもある意味で、魔導の魅力なのであった。




