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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第1章 春 ~始まりの季節~
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第20話

『お集まりいただいた皆様、大変お待たせいたしました! 天祥学園、魔導大会の開幕を宣言します!』

 

 大会の運営を取り行う放送部によって開会が宣言される。

 観客席から大きな歓声が上がり、周囲は熱気に包まれていた。

 

「すげえ……」


 そんな単純な感想しか出てこない。

 ただただ圧倒される大きなエネルギー。

 その中心に今自分がいると思うと、それだけでワクワクしてくる。


『本日予定されている試合について連絡させていただきます。本日は全部で4試合となっております!』


 響き渡る声が今日のプログラムを全ての人間に伝える。

 魔導師たちの戦いの祭典。

 その第1歩となる戦いたちは開幕を彩るに相応しいチームが選ばれていた。


『第1試合――アマテラス対ジャッジメント。第2試合――スサノオ対天空の焔。第3試合――ツクヨミ対暗黒の盟約。第4試合――クォークオブフェイト対黎明。以上4試合となっています! いずれのチームも国内ランク上位のチームばかり! 復活の『終わりなき凶星』近藤真由美率いる新興チームの実力とは? そして、今年の3貴子の完成度はどれほどのものなのか! きっと素晴らしい試合ばかりでしょう!』


 おそらく開催初日を盛り上げるためのものだろう。

 初日から国内最高峰のチーム3貴子全部がいきなり対戦することになっていた。

 相手のチームも下馬評だがそこそこ強いところばかりである。

 真由美から聞いた話だと、第2試合と第3試合はかなりの激戦になるのではないかと言うことだった。

 

『それでは第1試合、アマテラス対ジャッジメント! 両チームの選手は指定された位置に移動をお願いします』


 第1試合が始まる。

 控室に戻るために踵を返した時、健輔はふと観客席へと振り返った。

 観客席には大はしゃぎのかつての自分と同じぐらいに見える少年なども見える

 2年前、健輔も彼らのように騒いでいた。

 空を舞い、不思議な力を行使する選手たちを見上げるだけの存在。

 それが今、みんなを魅せる側としてこちらにいる。

 健輔が自分で決めた道の第1歩がここから始まっていく。


「――勝つ。絶対に」


 決意を新たに健輔はその時がやってくるのを待ち侘びるのだった。




「さっきの発表のとおり私たちは第4試合になるから結構時間に空きがあるんだけど、1つだけ注意しとくよ」


 控室に集まったチーム全員に真由美が諸注意を行う。

 

「気になってるとは思うんだけど他の試合は見ないようにね。イメージが引っ張られちゃって自分のスタイルが崩れてしまうことが結構あるからさ」

「過去にてアマテラスの試合を見て強烈なイメージを叩きつけられて実力が発揮できなくなったアホがいたからな。冗談ではないから本気で今は見るなよ。確固たるイメージを持てるようになるまでは、絶対に認めないぞ」


 割と魔導師間では有名な話だった。

 同じ魔導師でしかも同じ系統などだったりするとかなり強い影響を受ける。

 自己のスタイルを確立していれば、そこまで気にしなくて良いのだが、まだ1年生の健輔たちには早い。

 身の丈を超えたイメージに引き摺られないように、最初から試合を見ない方が無難だった。


「軽いアップなら私たちも付き合うし、試合を見る以外なら、なんでもしてくれて構わないからこれだけは気をつけてね。ただ模擬戦やるなら加減を考えてやってくださいな。ちなみにあおちゃんと健ちゃんはこれも禁止だからやらないこと」

「むー、横暴だ!」

「扱いが同じだと……」

「大丈夫ですよ。健輔さんの方がすごいです」


 優香は落ち込んでいる健輔の肩を叩いて慰めてくれる。

 微妙にずれた優香の言葉に肩を落として、悲しみを表す。

 不思議そうな優香へ乾いた笑いを向け、


「……ありがとう。頑張ろうな」

「はい。頑張りましょう!」

「はいはい。そこの2人は後でやってね! じゃあ、ここで一旦、解散になります。1年生は軽く体を動かす方がいいかもしれないかな。変に緊張しすぎないようにするのもいいと思うよ」

「コンディションは万全にな。最初の試合だ。経験を稼ぐ、ぐらいのつもりで良い」

「うっす」


 先輩たちからのアドバイスも参考に、健輔は暇をつぶす方法を考えるのだった。






 大会の開会宣言から既に2時間。

 試合自体も既に2試合が終了していた。

 控室で真由美は難しい顔をして、論文を睨む。

 リーダーとして、控室を離れる訳にはいかないため、彼女はここで勉強しているのだ。

 試合の様子は気になるが、隆志や早奈恵が偵察しているため、そこまで心配もしていなかった。


「真由美」

「お帰り、さなえん。感想はどう?」


 この公式戦の初日だけは授業もなく、全ての試合を生で見ることが出来る貴重な機会でもある。

 強豪に数えられる3貴子の戦いが見れるのもそうだが、全体のレベルを把握するのに役役立つ中堅どころを見る事が出来るのも大きなメリットだった。

 実際に大会が進行すれば、どうしても有名どころを狙うようになってしまうため、ここが最初で最後の機会と言えなくもない。

 信頼できるチームメイトに偵察を頼むのは当たり前の事だった。


「アマテラスは主力メンバーを出してきていた。自信の表れだろうな、結果も大体想定通りだ。試合時間は10分、国内の最速レコードの塗り替えだな。……はっきり言って、桜香のやつは桁違いだ。単独では、もうお前でも止められないな」

「そっか、うん。予想通りとはいえ、いざ現実になると厳しいね。努力が最重要の魔導でも、やっぱり才能が命運を左右することになるっていうのは皮肉と言うか。……辛いね」


 真由美はいつになく深く考えこむ姿を見せる。

 彼女がらしくない姿を見せる程に国内最強チームは死角がない。

 さらに、もう1つ。

 早奈恵は真由美に悪い知らせを伝えなければならなかった。


「アマテラスは大体想定通りだった。つまり、壁が高いということだけを確認するのだけだったがスサノオと天空の焔は違ったぞ」

「想定外の部分があった?」

「スサノオは予想の範疇だった。仕上がり自体は悪くないがそれだけだ。些か動きがぎこちないのが気になるが、それ以上ではない。エースの戦い方が変化しているのは少し引っ掛かったがな」

「エースが? この時期に戦い方を変えるなんて、固有能力でも発現したのかな? うん、確かに気になるね」

「だが、天空の焔に比べればまだマシだ。ハッキリ言おう。ダークホースはあそこだ」

「……へぇ」


 スサノオも3貴子の1つであり、習熟の難しい前衛中心の精鋭集団である。

 単純な近接格闘戦能力では随一だった。

 些細な変化も見逃すわけにはいかない。

 早奈恵もそう思っていたからこそ、集中して見たのだが思いもよらないところから警戒すべき敵が出てくる事になる。


「何があったの? 私は確か留学生が加入したんだよね。どこのチームかまでは知らないけど、欧州の強豪チームにいたっていう」

「ああ、そいつもかなり強かったが予想外に大きく化けてるやつのせいで目立ってなかったぞ。何より、スサノオが負けたんだ。警戒するには十分だろう」

「えっ……、そっか。そうなんだ。……固有能力?」

「おそらくな、しかもお前と同じ2つ持ちかもしれん。後で確認してもらえばいいがどう見ても1つの能力では説明できんよ。ただ、発生した事象から能力を予想は出来るが確定は難しいな」


 真由美は大きく溜息を吐いて頭を激しく振る。

 想定していたよりもどこもかしこもひどくなりすぎだった。

 この分だとツクヨミと暗黒の盟約も似たようなものだろう。

 斜め上の代名詞たる魔導戦隊に至っては全員が固有持ちになっていても驚かない。


「それで? お前としてはこんな混戦模様を呈してきた今期についてどう思う?」

「環境としては最高じゃないかな。国内が強くなった分だけアメリカとかとも戦いやすくなるからね。2年前は紗希さん込みでも7位だったんだよ? 国内の無敵が世界では強豪レベルだったからね。アメリカとかが大きく変わってなければ今年の頂点はそのまま、世界で通用する可能性が高いってことになるからね」


 言っている真由美も信じていないような予想だった。

 変化の激しい魔導世界の王者として君臨しているアメリカ。

 日本がこれだけ変化していてアメリカが何も変わっていないなどあり得ない。

 言った後に己の発言ながらアホらしいと思ったのか、頭を冷やすと言って真由美は部屋を出ていく。

 早奈恵は結局いつも通りの様子に戻った親友に苦笑する。

 先行きはまだまだわからないがその前に初戦を決めなければならない。

 ここで躓くようなら世界で優勝など到底不可能だろう。

 負けられない戦いが待っていた。






 熱気冷めやらぬ会場は既に3試合を終えた状態となっていた。

 残すは第4試合、つまり健輔たちの試合である。

 疲れてきている会場を元気づけるためにか、先程から実況席が声を張り上げて、観客を盛り上げていた。


『みなさーん、まだまだいけますかー!』

『いけまーす!』

『ありがとうございまーす! 先程終了した第3試合からは私、天祥学園放送部1年の紫藤菜月(しどうなつき)が実況、解説を行わせていただいております! それでは本日の最終試合を開始したいと思います! 選手の皆様は所定の位置で待機をお願いします』


 ここに来て健輔の身体が震えてくる。

 それまで感じていなかった緊張感をようやく実感し始めたのだ。

 止まれと念じて振るえる手を見つめているが直る様子はない。

 健輔は深呼吸を繰り返して落ち着こうとするも効果はなかった。

 そんな後輩の様子に真由美が気付かないわけがなく。

 緊張で焦っている健輔の手を真由美は優しく握る。


「健ちゃん、大丈夫?」

「ぶ、部長!? は、はい、大丈夫です。問題ありません」


 真由美は母親のように温かい視線を健輔に送る。

 そんな視線を向けられるとは思っていなかった健輔は大いに狼狽えた。

 

「あおちゃんと同じだね。普段は緊張と無縁な感じで生きてるのにいざとなると、緊張しちゃって手を震わせてたよ」

「げ、ま、マジですか? 俺としては、こう、もうちょっと知性的なポジションがいいんですが、手遅れでしょうか?」

「手遅れだね、私との戦いで自爆なんかするからだよ。そうそう自爆なんてやる人いないからね? 何より知性派の行う所業でないことだけは確実かな」


 手遅れと断言された自身の所業を振り返ってみる。

 対真由美での自爆。

 対優香での自爆によるダメージ稼ぎ。

 バトルで上がるテンション、そして極めつきに対圭吾での捨て身。

 箇条書きして見るとここまでの重要な試合ではほぼ自爆をしていていることがわかる。 

 どこからどう見ても立派な脳筋道を突き進んでいるようにしか見えなかった。

 気付いてしまった事実に愕然としていると真由美が小さな笑みを作る。

 

「緊張は解けたみたいでよかった。もう、大丈夫かな?」

「へ? あ、ホントだ」

 

 その手には先程までの震えはなく、いつも通り力の入った血色の良い腕があった。

 真由美の配慮に感謝して健輔は頭を下げる。


「そ、そのありがとうございました」

「うん、試合では期待してるから頑張ってね」

 

 自身の位置に戻る真由美を見送り気合を入れ直す。

 これは所詮始まりにすぎないのだ。

 これからもっと大きな舞台があるのにこんなところで緊張していられない。

 健輔は両の頬を叩き気合を入れ直す。

 普段通り目の前のことだけに意識を集中させた健輔はその時をただ待ち続けるのだった。

 





『ご来場の皆様、大変お待たせいたしました! 両チームの準備が整ったということです! それでは第4試合を開始したいと思います! 皆様、ご一緒にカウントダウンをお願いします!』

 

 歓声がフィールドを包み熱狂は頂点へと達する。

 位置に付いた健輔たちはそれを一歩引いたような心境で聞いていた。

 これより先は戦場なのだ、余計な思いは必要ない。


『3!』

 

 司会の菜月の声に続いて観客が大きな声でカウントを行う。

 

『2!』


 今日の最終戦、他の試合でボルテージが上がっている分も含めて熱気は最高潮だろう。


『1!』


 そんな大舞台が初めての公式戦というのに健輔は不思議と落ち着いていた。


『0!』


 真由美のおかげだろうか、高ぶっていながら頭は冴えわたっている。


『それでは試合開始です!!』

 

 幕は上がった、後は全力で駆けるだけだった。


「健ちゃん! 予定通りいいわね!」

「了解です! こっちの準備はOKです!」

 

 健輔と真由美は開幕と同時に一気に上昇し砲撃態勢に入る。

 真由美が集めた魔素の恩恵を受けているか、健輔の方も頗る魔力回路の調子がよかった。

 いつになく快調な回路に健輔は凶暴な笑みを浮かべ砲撃を開始する。

 狙いはなくていい。

 相手の陣ごとなぎ払う砲撃をイメージする。

 手本は直ぐ傍にいるのだ。

 イメージを引きずられなければ、威力向上の役に立つ。

 

「いくよ!」

「はい!」


 放たれた閃光は災害として相手を薙ぎ払う。

 輝ける凶星には届かないが小さな光も負けじと相手を貫くのだった。


『開幕の大規模収束砲撃! 相手側の陣地ごとなぎ払ってしまいそうな、この砲撃こそが『凶星』の由来です! 微塵も衰えていない圧倒的な力!』

 

 煽るような実況と共に観客はさらにヒートアップする。

 ド派手な収束砲撃はそれだけで観客の目を楽しませることができるものだ。

 真由美の系統がメジャーになったのは、この派手さが一因であるのは間違いないだろう。

 ヒートアップする観客席、その片隅で周囲とは反対に冷静な様子で試合を見守る者たちがいた。

 真由美の砲撃の様子と応戦する相手を見ながら二宮亜希は隣に座る親友に問いかける。

 

「流石の砲撃ね? あなたでもあれは危険かしら?」

「ええ、正直後衛としてのあの人を超えれるのは……、そうね、結果論だけどアメリカの『皇帝』ぐらいしかいないじゃないかしら」

 

 桜香は真由美の圧倒的と言っていい制圧力をそのように評価した。

 

「なるほどね。大規模砲撃で陣を崩す。セオリー通りの戦法で対応策もあるけどあれだけの完成度でやられると中途半端な奇策は通じないか」

「ええ、単純で正攻法だからこそ打つ手は限られてる。同等以上の火力で押し切るか、実力で強行突破を図るのかどちらかだと思うわ。……基本的にね」

 

 亜希は溜息を吐きながら相手側を見る。

 あらかじめ対応できるように練習はしていたのだろう。

 予想より動きはずっといいだが、知識にあることと実際に体感することは違う。

 案の定、大迫力の砲撃に対応しきれずに光に飲まれてしまったものがいた。


「このままだとジリ貧になって磨り潰されてしまうわね」

「ええ、向こうのリーダーもそれはわかってると思う。でも、あの砲撃に正面突撃するのは相当厳しいものがあるわ。真由美さんたちも、対応されるのを待つばかりではないでしょうし」

「そうね。……あら、あなたの言うとおりに状況が動くみたいよ。砲撃で1人落ちたのもあってかタイミングを見計らって切り込むみたいね。優香ちゃんも前に出るみたい」

 

 亜希のその声に答えることなく、桜香は憂いげな瞳で優香を見詰めていた。


「優香……」


 姉の声は妹には届かず、戦場は次の段階へと移り変わる。

 すなわち牽制と様子見から攻勢へと変わっていくのだ。

 慌ただしく動く前衛の中にいる妹を姉はしっかりと見詰めるのだった。




 真由美の大規模砲撃とその隙間を縫う様な健輔の砲撃。

 2つのリズムが異なる砲撃によって、相手側の前衛はうまく連携が取れないまま、1人落とされてしまい、ダメ押しとばかりにそんな状態で優香たちと交戦に入ろうとしていた。

 それを阻止しようと相手側からも健輔と同程度か、少し上回る程度の砲撃が断続的にやってきているが、真由美の砲撃に慣れた優香たちにとっては大した圧力になっていない。

 そして、相手側が態勢を立て直すのを呑気に待つわけもなく。

 一気に主導権を持っていくために優香たち前衛は敵陣に切り込むことを決めるのだった。

 

「準備はいい? 次の砲撃で陣が乱れたら突っ込むわよ!」

「こちらは問題なしだ」

「こちらも準備完了しました」

 

 爆音を響かせながら真由美の砲撃が再び相手の陣を切り裂く。

 圧倒的な破壊の力。

 真由美が代表的な2つ名持ちである理由がよくわかる光景である。

 

「いくわよ!!」


 妃里の号令と共に前衛組みが一気に勝負を決めにいく。

 戦いは序盤の探り合いから、次の段階へと進もうとしていた。


『前衛が動き出しました!! これは一気に試合を決めるつもりでしょうか!! 黎明、なすすべもなく凶星に飲み込まれていきます!!』

「クソ、実況は好き勝手言うよな」


 チーム『黎明』のリーダー新山昇はこちらの計画通りに事態が進行していると――幾分か苛立ちを覚えながらも――安堵していた。

 そもそも、この試合は事前のアンケートからして敗色が濃厚だったのだ。

 戦う前から実力差があることなどわかっていたし、蹂躙される側であることも承知している。

 観客が期待しているのも近藤真由美のド派手な蹂躙であり、彼らの決死の逆転劇ではない。


「それがなんだと言うんだ。俺にも意地がある」

 

 だから、こちらが押し負けることも含めて計画を立てたのだ。

 相手はあの近藤真由美である。

 こちら側を見下すようなことはしてこず、常に最善の手を全力で打ってくるだろう。

 だからこそ、できることがあった。


「バックスに連絡を頼む。次の段階に進めるぞ」


 彼らが決死の覚悟で練り上げた罠が優香たちを飲み込もうとしている。

 憐れな獲物である彼女らはまだそれを知らなかった。




 優香が相手の陣に切り込んで思ったことは順調すぎるということだった。

 相手のリーダーは事前の情報通り強力な前衛でありチームもいい動きをしている。

 しかし、焼け石に水というべきか。

 相手の抵抗は優香たちを押しとどめるに至らない。

 

『新山選手、ライフ80%! チーム『クォークオブフェイト』圧倒的です!このままチーム『黎明』は何もできないまま敗北することになるのか!』

「おかしい……」


 このまま進んでいけば、陣を落としバックスの制圧が可能になる。

 そうなってしまえば完全に勝機はなくなるだろう。

 万事順調に進んでいる。

 なのに、優香の直感は警告を発し続けていた。


「これは、一体……」

「九条、お前もか?」

「隆志さん?」

「妙な違和感がある。小骨が刺さったような嫌な感じだ」


 優香と同じように隆志もまた違和感を感じていた。

 こちらは優香のような空気感だけでなく、相手の行動にも違和感を感じている。


「負けているのに、動きが整然としすぎている」

「……確かに、まるで健輔さんみたいに何かを装ってる感じです」

「なるほど、健輔みたいとは言い得て妙だな」


 装っている、隆志の違和感はその一言に集約する。

 追い詰められてというよりも、元からの計画通りに動いているような機械的な動きを感じていたのだ。

 隆志たち前衛が突撃をかけるまでは陣が相当に乱れていた、にも関わらず今は整然とした様子で退却を行っている。

 まるで、奥に誘い込むかのように。

 

「妃里、やはり妙な感じがする。1度真由美に連絡を取って後ろに退こう」

「……ええ、そうね。私の勘もなんだかやばいって言ってる」


 2人は一旦退こうと決断する。

 しかし、この時既に彼らは逃げるための猶予を失っていた。

 既に罠は完成していたのだ。

 敵陣に踏み込んだ時点で、『黎明』の作戦は完成したのだった。




「変だね……」

「部長?」


 真由美が感じた違和感は静かだということである。

 こちらの砲撃は今だ順調で、進攻も予定通りに進んでいた。

 隆志たち前線が感じた違和感を真由美も感じていたのだ。

 あまりにも順調すぎないか、と。


「……健ちゃんはこのままお願い。圭吾くんは防御を固めて」

「わかりました」

「了解ですッ!」


 真由美の経験が何かの前振りを感じている。

 作戦通りに追い詰められて、作戦通りに潰されていく。

 その違和感を真由美は見過ごすことができなかった。


「さなえん、前衛と念話はできる?」

『いや、向こう側の妨害にあっている。かなり強力な妨害術式だ。……違和感を感じるのか? 私もそうだ、この規模の妨害はおそらく自分たちの念話も一緒に阻害してしまう。なにより最初から妨害するならともかく半ばあたりまでは普通に使えていたんだ』

『そ、その、向こう側の陣にある援護術式もちょっと変です』


 2人の会話に割って入ったのは美咲である。

 彼女もまた別の視点から違和感を感じていた。

 

『向こう側の術式、隠蔽と妨害に振られていて強化がないんです! その術式も陣の半ば辺りから集中してますし、なんていうか、その、檻みたいな感じがしていやな雰囲気がします』

『せーんぱーい、みさきちの補足をするとね。向こう側の人員ステルスしてますわー。追いかけられてて、バックス制圧の危機なのに隠れてるって可笑しくないっすか?』


 2年の獅山香奈も違和感を感じる部分について述べる。

 バックス陣からの相次ぐ違和感の報告。

 半ばまで進攻すると強くなった妨害術式。檻のように感じる陣地。

 姿が見えない敵。

 進攻しているこちらのメンツ。

 それらが1つに繋がった時に真由美は相手側の思惑を悟った。

 

「まさか……」

 

 ただならぬ真由美の様子に健輔は気を引き締める。

 そして、彼も相手の狙いを考えてみた。

 妙に薄い抵抗、檻のような敵陣と真由美が辿った思考を辿り、健輔も答えへたどり着く。


「自爆か!」

「うん、となると、これはマズイ」


 健輔が答えに至るとほぼ同時だった。

 『黎明』の陣を大きな閃光が包み、

 

『え……、あ、なんと、なんということでしょう! 黎明側の陣地で巨大な閃光が起きて消し飛びました、一体これはどういうことでしょうか!?』

 

 実況が困惑した声を上げる。

 何があったかよりも、どうするか大事だった。

 健輔は迅速に迎撃シフトへと移行する。


「自爆があったんだ。次は……」

『石山妃里、近藤隆志撃墜! 九条優香、ライフ20%! まさかの展開! 黎明側の自爆作戦により、一時的に戦力比はほぼ同等になりました! これは、予想外だ!』

「来るよ。健ちゃん」

「いきますッ!」

 

 優香がギリギリ生き残っているが正直戦力にならないだろう。

 戻ってくるにしても相当消耗しているし交代には時間が掛る。

 掛ると言っても5分ほどではあるのだが交代して帰ってくるのにプラス2分は確実にいるはずだろう。

 その7分は後衛が壊滅するのに十分な時間であった。


「圭吾、相手のリーダーは俺に任せてくれ。後の2人は頼む」

「了解。……でも長くもたないと思う。その後は頼むよ、健輔」

「任せろよ、必ず勝利をプレゼントするさ」


 事前に叩き込んだ情報を思い出す。

 相手のリーダー新山昇は、前衛系。

 しかも、優香と同じ高機動タイプの系統である。

 錬度はともかく経験では圧倒的に相手の方が上だった。

 つまり、健輔にとってはかなりきつい相手ということになる。

 何せ健輔は優香との対戦は完全に負け越しているし、経験豊富な魔導師ならば万能系の弱点も承知しているだろう。

 はっきり言って勝てる要素はまったくない。


「はっ、勝ち目がないのはいつも通りだ!」


 ただの1度も勝率が高い戦いなどしたことがなかった。

 だからこそ、今回の相手も何も恐れるところはない。


「どれだけ経験豊富な魔導師でも全部の系統と戦ったことは流石にないだろ!」

 

 健輔に狙いを定めて突っ込んでくる敵を見ながら彼は新しい戦法を試す。

 対優香用の隠し玉だったが、この舞台でお披露目することになるとは健輔も夢にも思っていなかった。


「3系統を並列起動。魔力全開ッ!」


 かつて、真由美を追い詰めた戦法。

 ゴーレムアタックの新しい形がここに顕現する。


『佐藤選手が巨人を生成! これはゴーレム攻撃です! 戦闘スタイルがあらゆる形に変化すること、それが万能系の最大の特徴です! 新山選手どのように対応するのか!』

「クソっ! 時間がないというのに!! ゴーレムの生成だけでなくその中に隠れるとは!」


 直前まで砲撃していた相手が今や一廉の防御型前衛である。

 自爆をして、味方を餌にしてまで壊滅させた前衛陣がいとも容易く復活してしまった。


「これが万能系か……、だが、1度変化してしまえば、対処は容易い!」

 

 昇は健輔を砲撃型ではなく、防御型として対処する。

 相手は単純な防御力では第2位の戦闘スタイル、そこから読み取れる事は簡単だった。

 この手の相手は戦場を大きく変える火力は存在しないが、変わりに圧倒的な耐久力による時間稼ぎに最適の戦闘スタイルであった。


「時間稼ぎなどさせるかよッ! ゴーレムならば、イメージ的に脆い部分があるだろう!」


 ベーシックルールの勝利条件は、相手側の全撃破となっている。

 『黎明』は圧倒的な不利を覆すために自爆戦法を仕掛けたが、圧倒的な優位を手に入れたわけではなかった。

 依然として、真由美の砲撃は脅威であるし、まだ前衛が生き残っている。

 彼らが勝利するためには後衛を短時間で全滅させて、交代前に優香を仕留める必要があった。

 そんな状況下に撃破の困難さだけは保証書付きのやつが現れた。

 これに危機感を覚えないはずはない。


「こいつ、俺の動きがわかってるのか!?」

 

 何よりやっかいなのは、高機動型の特性を把握して攻めてきていることだ。

 わざわざこの系統を選択したのも火力が足りないと見越してなのだろう。

 つくづく小細工がうまい、と昇は心の中で敵手の1年生を褒めた。

 しかし、自身の弱点を1番良くわかっているのが誰かなど言うまでもない。


「あまり調子に乗るなよ! 1年坊主!」

 

『後衛の1年が奮闘! 『黎明』、なかなか突破することができない! しかし、やはり経験不足か徐々に押されています!』


 やたら絶好調な実況席の様子はともかくとして健輔は凄くきつかった。

 恐らく支援術式か何かを用意していたのだろう。

 新山昇の火力が大幅アップしたことにより物凄い勢いでゴーレムが削られていた。


「ッ! 機動性、後は持続性に難ありだな! やっぱり、ぶっつけ本番はやめといた方がよかった!」

『高島圭吾、ライフ0%撃墜! 2名がフリーになった! これはもう決まりか!』


 圭吾が落とされる。

 経験と状況、そして能力から考えればむしろ良く持った方だろう。

 もはや言うまでもなく状況は悪かった。

 真由美は強力な魔導師だが、後衛なのだ。

 前衛との近接戦は前提にすべきではない。

 障壁を張って耐えることはできるが健輔ぐらいのレベルならともかく3年生クラスの前衛は実力差を考慮に入れてもきついだろう。

 簡単に負ける人でもなかったが不利なのは間違いなかった。


「このまま、この人を押さえ続けることはできる。できるけど――」

 

 出来るが意味がない。

 健輔が生き残ったところで勝利できる可能性は限りなく0に近い。

 今、生き残るべきは真由美であり健輔ではなかった


「こんな考えばっかり浮かぶから脳筋呼ばわりになるんだよな。でも、仕方ないな! きっと、何もせず負けるよりはずっといい」


 健輔は苦笑を浮かべながら、頭に浮かんだ妙案を真由美に提案する。

 真由美は戦闘での巻き込まれてを考慮して、後ろに下がっていた。

 それがこの場面では上手く働く。

 砲撃できるくらいの距離は稼げているはずだから後はタイミングだけだった。

 健輔は公式戦で自身の戦績に刻まれる最初の文字を思う。

 毎度のことながら成長がない。

 今のところ彼の最終手段は毎回これであった。

 いろいろと思うところはあれど勝利のため健輔はその身を掛けることを決めた。


「鈴木! 新田! こいつは無視していいから、凶星に行け!! もう、時間がない!!」


 人数的にはほぼ互角で消耗度では健輔たちが上だったが真由美が残るのが黎明からすると最悪としか言いようがなかった。

 焦りは動きを乱し、眼前の脅威をスルーさせる事になる。

 昇はこの時、焦りからか眼前の敵から意識を逸らしてしまったのだ。

 勝利の気配に気が緩んでしまったのか、それとも所詮は1年と侮ってしまったのか、どちらだったのかはわからない。

 万能系の特性を忘れてしまった彼のこの試合、たった1つのミスだった。

 

「ゴーレム生成!? この状況でか!? どこにそんな魔力が残って――そうか! 万能系は複数系統使えるからか!」

 

 新たに3体のゴーレムが生成される。

 1年が隠れているものを含めて、4体。

 鈴木と新田の進路を塞ごうとゴーレムが動きだすのが見える。

 

「構わん! 無視しろ! 大した機動力じゃない!」


 大元を早く倒そうと突撃を仕掛け懐に入る。

 大振りな動きになっていたため、潜り込み自体はうまくいった。

 しかし、昇はその一瞬に妙な悪寒を感じた。

 もう後戻りができないような、致命的に何か間違えた感じがする悪寒を確かに感じ取ったのだ。


「何だ? 一体何を間違えた!?」


 身体に染み付いた動作はそのような混乱状態でも問題なく動き、相手を仕留めようとする。

 中心部、術者がいるであろう部分に会心の一撃が決まった時だった。

 大元のゴーレムが崩れ落ちるのとほぼ同時だっただろうか、周りのゴーレムも大きな魔力と共に膨張を開始する。

 それによって一体どのような事が起きるのかは昇たちが1番よくわかっていた。

 

「じ、自爆だと!!」


 爆音が響き視界が覆われる。

 しかし、陣地ごと消し飛ばした大自爆に比べれば障壁に多少のダメージが入った程度で行動に支障はなかった。

 

「決まった! これで、3対1で凶星に挑め――」


 昇が最後まで言い切る前に言葉は途切れる。

 勝利への希望が見えた僅かな一瞬、粉塵ごと全てを包む光が視界を埋め尽くす。

 昇が先程の自爆の意味と悪寒の正体に気付いた時には、もう遅かった。

 勝利の希望を選手もろと焼き払う、真由美の凶星は答えを圧倒的な力で無理矢理身体に叩きこむ。


『さ、佐藤選手の自爆からの近藤選手の大規模砲撃!! 陣ごとなぎ払う勢いの大火力!! 黎明側は一体どうなったのかー!!』


 真由美は自身の砲撃跡を静かな表情で見詰めていた。

 煙が晴れるとボロボロの姿ながらも新山昇がその姿を見せる。

 おそらく残りの2人が庇ったのだろう。

 思ったよりもダメージが少なそうだった。


『す、鈴木・新田、両選手撃墜! 新山選手もライフ20%となります!』


 ダメージ判定が入るが致命傷で抑えたというレベルである。

 まだ落ちてはいないが無傷の真由美を撃墜するにはもはや新山の余力は残っていなかった。

 何より、もう1対1ではない。


「お待たせしました。不甲斐ない様で申し訳ないです」

「ううん、予想より早かったよ。それに反省は勝った後にしよう。――相手はまだまだやる気だしね」


 相手は満身創痍の状態であり普通に考えれば負ける要素は無い。

 だが、その目がまだ死んでいなかった。

 手負いの獣に気を抜いて、逆に食われてしまっては笑い話にもならない。

 後輩たちの献身と尊敬すべき敵のためにも気は抜けなかった。


「前をお願い、ショートバスターで援護するよ」

「後ろはお任せします」

「う、うおおおおおッ!」


 絶望的な戦力差を前に昇るは叫ぶ。

 彼は決して弱くはなかったが、学園を代表する魔導師に届く程でもなかった。

 無傷の真由美は勿論の事、同じ手負いならば優香にも勝てない。

 残酷なまでの現実が決死の覚悟を粉砕する。


『九条選手の斬撃が決まった!! 新山選手、撃墜です!! 激しいバトルを制したのは、チーム『クォークオブフェイト』だ!! まさか、まさかの大荒れ展開でしたが、両者が知恵を巡らせた素晴らしい試合でした! 健闘むなしく、敗北してしまった『黎明』と見事、勝利を勝ち取った『クォークオブフェイト』、両チームに惜しみない拍手をお願いします!!』


 実況の興奮が伝染したのかヒートアップした観客は万雷の拍手で両チームを讃える。

 初戦から自爆と自爆の殴り合いという大荒れ模様の試合となったが、健輔たちは確かに勝利したのだ。

 実は自爆ではなく、真由美の砲撃で一緒に消し飛ばされた健輔は勝利の達成感を味わいながら、まどろみにその身を任せるのだった。


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