第205話
国内で最強の魔導師は誰なのか。
日本で問いかければ答えは決まっているだろう。
欧州でも同様である。
では、ここで少し問いを変えてみたい。
世界最強の魔導師は誰なのか。
この問いを聞けば、あらゆる国、あらゆるチームに所属する魔導師がある人物を答える。
――クリストファー・ビアス、彼こそが頂点に立つ魔導師だと。
『準備はどうだい、我らがカイザー?』
茶目っ気を含んだ問いかけは親愛の情を多分に含んでいる。
増長でもなんでもなく、この声を持ち主は相手の気性、持っている力、地位全てを知った上でからかっているのだ。
気の置けない友人、傍から見れば彼らはそういうものだった。
気難しい、自信家、ナルシスト、言い方は様々あれど根底にある思いは共通している。
皇帝――クリストファー・ビアスは付き合いずらい人間である、そういう認識なのだ。
「ジョッシュ、いい加減にしろ。これは練習だが、王者の行進でもある。立場を知れ」
『おいおい、僕に今更、そんな事を言うのかい? わかってるさ、でも、臣下である前に友達だろう? 親愛の挨拶だよ、挨拶』
「ふん、物は言い様だな。……仕事をこなせ。もう1度、言おう。これは練習だ」
『君が練習、ね。誰を警戒してるのかはわかるけど、もう少しスマートにいかないかい? 君的に言うならば、王者らしくないよ』
友人の軽口に付き合わず、クリストファーは対面にいるチームメイトへ開始の合図を送る。
ここは学園が彼らのために用意した広大な砂漠戦フィールド。
圧倒的な広さが持ち味であり、同時に隠れる場所もない殴り合いを強制される場所でもあった。
今回の敵は本来は味方であるはずのジョシュアを除いたチームメンバー全員である。
世界最強のチームのメンバーをただ1人、バックスを加えても2人で迎え撃つ。
端的に言って正気の沙汰ではないだろう。
しかし、彼はそれを前に何の気負いも存在しない。
敵の1人1人がベテランを超えるレベルにあろうとも、彼の前では意味がないからだ。
「ふむ、良い戦意だ。――こちらも準備を始めよう」
その一言と共に桁違いの空間展開が唸りを上げる。
日本の中心で最大展開すれば、北海道から沖縄までを覆う事も可能な文字通り次元違いの空間展開能力。
誇張でも何でもなく歴代最高の創造系の使い手は自然体でフィールド全域を覆い尽くす。
魔導競技における戦闘フィールドで最大の広さを誇る砂漠戦フィールドも、小さな島国とはいえ1億人も住む国と比べれば狭い。
戦域全てを己の空間で飲み込んだ男は不敵な笑みを浮かべながら、右手を掲げ――
「行くぞ、我が戦士たち、民たちよ」
――ゆっくりとまるで命令を出すように降ろした。
号令に従い、先ほどまで1人だったフィールドに次々と人影が現れる。
10、100、1000、とドンドンと数を増していく影たち。
彼らこそが世界最強の魔導師クリストファー・ビアス――『皇帝』の名を世界に知らしめた軍団なのだ。
『いやはや、相変わらず出鱈目な事だ。これだけのマジックドール。普通にやれば、どれだけ魔力が必要な事やら』
ジョシュアの呆れたような声を無視して、ビアスは粛々と準備を進めて行く。
彼が呆れるのも無理はないだろう。
底なしのように感じられる魔力、それに支えられた夥しいまでの物量。
量が質を駆逐する。
軍隊であり、国を体現した光景がそこにはあった。
「……今回はこんなものか」
『全力を出してしまえば、彼らでは相手にならないからね。手を抜いてこれとは……。君は恐ろしいね~』
クリストファー・ビアスは元々、極めて珍しい単一系の系統能力者である。
天与の才で輝いた天才たち、『女神』や『太陽』とはそこが一線を画していた。
彼はただ1つ系統を磨きあげた後に固有能力を開眼し、極める事で頂点に立ったのだ。
自信家であり、ナルシストであるのも事実だが、努力を欠かした事はない。
ある意味で健輔の理想を体現した姿だと言えるだろう。
「俺の凄さを今更語ったところで意味などないだろう。時間だぞ、貴様の役目を果たせ」
『仰せのままに。しがない人形劇だが、君が楽しんでくれたら幸いだ』
「当たり前のことを抜かすなよ。貴様の事を信頼しているからこそ、軍勢の指揮を代理とはいえ、任せるのだ。楽しむなど当然の権利だ」
『あらあら、手厳しいことで。勝利だけではダメだと?』
「無論。必要なのは、圧勝だ。辛勝も普通の勝利も俺には要らん」
敵を圧殺する。
それこそが『皇帝』の戦いだと王者は自然体で笑う。
王者の意を受けて道化も顔を引き締めた。
余裕を体現していても、彼らにも苦い思いはあるのだ。
ただ1人だけ、彼らの全てを用いても屈服させることが出来なかった最強の敵。
「敗北の話があろうが関係がない。俺らが見つめる『敵』はたった1つだけだ」
『『不滅の太陽』。今度こそ僕らが滅する。そうだろ?』
「ああ、それを持って我が汚点を消し去る。俺が倒せなかった魔導師など、不要だ」
女神は1度、彼に敗れている。
女帝は言うまでもなく、凶星は視界に入っていない。
見つめる相手はただ1人だけ、不滅の太陽しか存在していなかった。
「今度こそ、必ず」
仕留めきれなかった女を思い、王者は世界へ向けて調整を続ける。
チームメイトが彼の兵士に蹂躙される傍でクリストファーはただ前だけを見ていた。
「健輔さん? どうかなさいましたか?」
「っ、と、すまん。ちょっと意識飛んでた」
隣で少しだけ不安そうに見つめる瞳。
健輔を吸い込んでしまいそうな澄んだ色に引き込まれそうになる。
「寝不足ですか? 大事な時期ですし、気を付けてくださいね」
『マスターは最近、睡眠を絞っていましたので仕方ないかと。しかし、優香。安心してください。テストを乗り越えた以上はもう大丈夫です』
「あら、そうなの? ふふ、健輔さんは勉強で寝不足だったんですね」
傍らで笑う少女は冬にも関わらず、春のような心地を健輔に運んでくる。
くるくると変わる表情を見て、彼女があの九条優香だと誰が信じてくれるだろうか。
過去の健輔に問いかけても信じない事は間違いなかった。
「陽炎、ネタばらしを早々にするな。それに3徹なんて里奈ちゃんにバレたら大変なんだぞ」
『マイスターは既に知っています。迂闊ですよ、マスター。私の整備を誰がやっているのかご存じでしょう?』
「げっ……」
『伝言です。『きちんと勉強しようとした事は良いけど、魔導に頼り過ぎるのもダメですよ』との事です』
自身の相棒が人間らしくなったと喜ぶべきなのだろうか。
機械らしい正確さを以って、里奈の言葉を再現する陽炎に苦い表情を向ける。
相棒もそうだが、今日もニコニコしていた担任教師の凄さを改めて認識した。
「……里奈ちゃんには勝てないな」
「素敵な先生ですよね。陽炎ちゃんも良い子ですし。この子ももうちょっと話してくれると嬉しいんですけど」
優香は首に掛かっている雪の結晶を模した魔導機を手に取る。
主からの問いかけにも沈黙を保つ魔導機。
人格型へとアップデートを済ませた彼女の専用魔導機『雪風』である。
健輔と基本コンセプトは似ていて、武装型と本体部分の分離も含めて半ば姉妹機と呼んでよいレベルまで構造が似ていた。
「雪風、主の問いに答えるのも武器の役目だぞ?」
『マスターの言う通りです、私たちの戦闘経験からも結果は出ているでしょう』
『……肯定します。しかし、マスターには無用かと』
「私はお話出来ると嬉しいんだけど……」
『……ま、マスターは、つ、強いから大丈夫です』
「つっかえるなよ。人間臭い奴だな」
『む、あなたに言われたくないです! だ、大体!』
雪風が何かを発しようとして、唐突に黙る。
何かと葛藤するかのように蒼く発光すると、自閉モードに入ってしまった。
「あっ、またです」
少しだけ眉を落とす優香に微妙にドキドキするのを隠して、
「まあ、まだ生まれたばかりなんだ。ゆっくりと見守ってやれよ。話すのが嫌いな感じじゃないみたいだしな」
『そこは保証します。マスターにも黙っておいて欲しいとの事ですので黙秘しますが、雪風にも思うところはいろいろあるのです』
「そう、ですか。いつか、私にも言ってくれますかね?」
『必ず。私たちはそのために生まれました』
断言する陽炎の言葉に安心したのか。
優香は柔らかく微笑んで、胸元に雪風を戻す。
彼女に良く似合う魔導機だが、何を考えているのかだけわからない。
やたら健輔に攻撃的なのもよくわからない点だった。
「そう言えば、世界戦の対戦相手はもうすぐ発表か」
健輔と優香が2人で連れ立っているのも部室でその報せを受け取るためである。
本題とも言える話題に、優香は先ほどよりも少しだけ気を引き締めて頷く。
この切り替えの早さは流石と言うべきだろうか、春頃よりもさらに進化している。
「はい。どちらのブロックに入っても敵は強敵ばかりですね」
「そうだな。出来れば、俺は『パーマネンス』とは早めに当たりたいな」
「最強に挑みたいから、ですか?」
「男はその2文字にワクワクするんだよ」
「ふふふ、健輔さんは子どもみたいですね」
品よく笑う優香に健輔は不敵に笑い返す。
皇帝と戦いたいというのは健輔の掛け値なしの本音である。
彼の能力、戦い方、あり方を聞いた時から打ち倒すことを強く決意した。
自分ならば、戦う事は出来る。
打倒すための手段もあり、方法も持っていた。
最強から引き摺り落としてやる。
自分には、いや、クォークオブフェイトには出来るという自負もあった。
「女神、皇帝、騎士、提督、有名どころだけでもこれだけいますね」
「女帝を忘れるよな? 水霊の乙女とか言うのもいるんだろう?」
「クラウの同輩らしいです。イリーネ・アンゲラー、変換系『水』の使い手」
「水、ね。まあ、俺より弱い奴はいないだろうから、ぶっちゃけ誰でも同じだけどな」
「健輔さん……。姉さんに勝ったあなたがそんな事言うのはやめてください」
優香の少しだけ困ったような表情に悪い事をしたと内心では思う。
しかし、先ほどの健輔の言も掛け値なしの本音なのだ。
既に単純なステータスでは圭吾にも追い抜かれた。
この時期、このタイミングでようやく健輔にも理解出来るようになってきたのだ。
地力が伸びない。
器用貧乏、幾度も言われてきた万能系の問題点がはっきりと見えてきていた。
「ま、これで侮ってくれればやり易いんだがな」
「世界の強豪がそこまで迂闊ならば良いですけど」
「高望みが過ぎるか」
「油断したところをあれで仕留める。理想はそれですが」
「ああ、そこまで簡単なら嬉しいような、拍子抜けのような……」
無論、弱点を放置するなど健輔にはあり得ないし、むしろ穴を利用しようという気概もあるが、弱点を自覚するのは誰でもきつい。
自覚した時には、微妙に下降したテンションだったが、転んでただでは起きないのが健輔だった。
弱点が霞むようなとびっきりの新技も用意してある。
優香だけでなく多くの人間が協力してくれて完成した健輔にしか出来ない術式。
固有能力ではなく技術でその領域に至れたのは、莉理子の協力も大きかった。
苦難はあり、微妙に意図したものとは違う部分もあるが、世界に向けて切り札の1つになるのは疑いようもない。
「どちらにせよ、気を引き締めましょう。相手によっては1回戦で敗退もあり得ない事ではありえません」
「そうだな。せっかく国内代表、無敗で行くんだ。恥ずかしい試合はしないようにしないとな」
健輔たちに負けた者たちのためにも無様な戦いは出来ない。
挑戦者として、どこと当たるのか僅かな不安と大きな期待を感じていた。
時刻は既に対戦相手の発表を終えている。
逸る気持ちを抑えながら、2人はゆったりとしたペースで部室へと向かうのだった。
「これは……」
「面白い感じになってますね。ある程度は予想していた範疇ではありますが、ここまでとは……」
莉理子は感嘆したかのように言葉を発した。
世界大会の組み合わせ、その全てが激闘を感じさせるものだったからだ。
敗戦したとはいえ、否、敗戦したからこそ第3者の立場で彼女たちもこの大会を楽しみにしていた。
数多の魔導師が夢見る最強を決める祭典。
そこに集うとびっきりの魔導師たち、夥しい試合数を勝ち抜いた彼らは確かな実力と風格を備えている。
「第1試合、開戦号砲が真由美たちなのは運命かしら?」
「神様も少しはファンサービスというものがわかっていますね」
――第1試合、『クォークオブフェイト』対『シューティングスターズ』
真っ先に踊るのがこの文字なのだから、今大会のレベルの高さが窺える。
世界ランク4位と5位が、しかもライバル同士がぶつかるのだ。
これで燃えないものなどいないだろう。
共に大味な砲撃型、開幕を告げる花火としてこれ以上に相応しいチームは存在していなかった。
「世界戦の組み合わせのルールから、ある程度の組み合わせは読めてたわ。ナイツオブラウンドかアルマダ」
「後はシューティングスターズ、クロックミラージュですね。この4チームのどれかになるのはわかってましたが、1番面白いところを引くのは真由美さんの運でしょうか。興味深いです」
世界戦の組み合わせはいくつかのルールに沿って決められている。
まず第1に国内大会優勝のチームは1回戦で必ず格下と当たること。
優勝特権と言うべきものであり、自国以外の2位以下のチームが選ばれる。
当たる確率は低くなかったが、ここで引き合てるのは真由美とハンナ、双方の運命力かもしれなかった。
1回戦で当たらなければ、彼女らが当たれる可能性はおそらくさらに低くなっていただろう。
しかし、衝撃はここで収まらない。
続く第2試合も運命のイタズラだろうか、因縁のある相手の対決だった。
「第2試合は『天空の焔』対『ヴァルキュリア』、因縁ですね。ここら辺ももしかして、考慮に入ったりするんですかね」
「どうかしら、まあ、あの子は喜んでそうね」
「……勝って欲しいですね。せっかくいろいろと協力したのですから」
「私たちに勝ってるんだから、そこは私もお願いしたいところだけど……」
クラウディアと古巣の対決。
敗れた相手として、立夏も十分に興味のある戦いだった。
ここで勝ち抜いたどちらかが、クォークオブフェイトと戦う事になるかもしれないのも見逃せない。
ここに昨年の優勝チーム特権でシードを持つ『パーマネンス』も加わるのだから、Aブロックの激戦具合がよくわかる。
――第3試合『パーマネンス』対『ラファール』。
勝者は無条件に3回戦へ進出となる。
「桜香と『皇帝』が別ブロック。これは優勝争いはこの2つの可能性もありますね」
「昨年の構図、再び、か。桜香は運が良いというか」
ランダム性とある程度予測が立つようなルールが組み合わさっているのは、対策を立てやすくするためである。
今回のシード枠が優勝校が集まっているブロックに来たのは偶然だが、ある意味で盛り上がると言えるだろう。
昨年は優勝校とシード校が別ブロックになっていた。
原則として、世界大会では2回戦で優勝校同士がぶつかるようになっている。
アメリカの優勝校である『パーマネンス』が昨年の王者として自動的にシードを獲得しているため、『ヴァルキュリア』つまりは欧州と日本の激突は避けられない。
桜香はそこでフィーネを粉砕して、決勝戦へ進んで行ったのだ。
「Bブロック、『アマテラス』対『ナイツオブラウンド』。面白そうな対決かな」
「騎士たちは桜香さんと悪くない相性ですからね。チーム総合力では彼らの方が圧倒的に上でしょう。桜香さんを如何に抑えて、その間に回りを落とせば勝機はあります」
似た傾向のチーム対決だが、平均錬度は『ナイツオブラウンド』に軍配が上がる。
桜香という怪物を抑え込めば、騎士たちの勝利。
逆ならば、負けというシンプルな構図が見えていた。
「ラストは『クロックミラージュ』と『アルマダ』。ここは評価が困るよね」
「アルマダは堅実なチームですが、クロックミラージュは『皇太子』の実力含めて正体が捉えづらい不気味なチームです。次期『皇帝』とまで呼ばれる1年生、伊達ではないでしょうが、それで桜香に勝てるかと言われると……」
「桜香ちゃん以上の才能……。まあ、想像はし難いかな」
どこも勝敗予想が難しい試合ばかりだった。
相性などを含めて考えた場合、明確に厳しいのはラファール、次点で天空の焔だろう。
明確に格上すぎる相手との激突が厳しかった。
しかし、勝機がないわけでもない。
クラウディアはヴァルキュリアについてよく知っているため、情報面では有利である。
また、香奈子とフィーネの相性は悪くなかった。
ラファールも皇帝との相性はどちらかと言うと良い方のため、どちらのチームにもチャンスはある。
「彼らの前途を祈りましょうか」
「はい。私たちの分まで……。……どうか、勝ち抜いて欲しいです」
ぶつかり合ったからこそ、勝って欲しい。
世界に自分たちの魔導を見せつけて欲しいと、立夏たちは切に願う。
対戦相手が発表されて、束の間の休息は終わりへと向かう。
来る最後の戦いに向けて、各チームの調整は終盤へと入る。
優勝チーム、玉座はたった1つしかない。
頂点を目指して各チームの思いは加速していくのであった。




