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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
205/341

第203話

「あれは……」


 慶子から見えるのは巨大な黒い光が空に立ち上る光景だった。

 最前線の様子はなるべく中継していたが、全てがリアルタイムというわけではない。

 大規模な破壊は自爆に似ているが何かが違うように感じられた。


「じょ、状況を……」

『慶子さん、迎撃態勢に入ってください……。ジャミングをかけます』

「莉理子? ま、まさか……」


 莉理子単体からの念話。

 それは慶子に最悪の事態について思いを巡らせるのに十分な情報だった。

 不安を隠しきれず、震える声で莉理子に問いかける。

 

「まさか、立夏は……」

『安心してください。まだ、ご無事です。……でも、流石に消耗し過ぎました』


 否定の言葉に安堵の溜息を吐く。

 平静を取り戻したわけではないが、その言葉に慶子は少し落ち着きを見せる。


「不幸中の幸いね。良かったわ。でも、迎撃? 前に出てくるって言うの?」

『立夏さんが下がります。もう1人を前衛に交代してください。……迎え撃ちます。すいませんが、相手の意図を説明する余裕はないです』

「……わかったわ。無駄な質問だった。忘れてちょうだい」

『いえ、失礼しました』


 莉理子の言葉の裏から立夏が事実上、香奈子の撃破を諦めた事を慶子は悟る。

 退くということはイコールで陣に引き籠ると言う事なのだ。

 それは最後の手段、時間切れによる勝利を狙うということだった。

 推論を補足するかのような実況の声がが聞こえたことで、慶子は速やかに動き始める。


『だーーーい爆発! 巨大な黒き閃光は天を貫き、星を穿つ! 天空の焔、起死回生の1撃が明星のかけら前衛陣に直撃! しかし、赤木選手も無傷とは言い難い! 残りのライフは40%! 対する明星のかけら、橘選手は残っていますが、ライフは残り20%。これは天空の焔の逆転か!』

「――時間がないわね。速やかに援護を行うわ。立夏を早く下がらせて」

『了解です、伝えておきます。……その後はお願いします。私は少し休息を取りますから。最低限以外の支援は止めます』

「ええ、わかってる。最後のために、でしょ?」

『……すいません』


 莉理子からの念話が切れる。

 慶子は立夏を思い、強く魔導機を握り締めた。

 ここで絶望するのは簡単だろう。

 しかし、そんなものに屈することはあり得ない。

 彼女らのリーダーが無様でも勝利のために残りの力を振り絞っているのだ。

 こんなところで諦められるはずがない。


「……相手をしっかりと見てなかった。最後の試合って意識し過ぎたのね」


 ここに至れば慶子も苦戦の原因に思い至る。

 仮にで戦力を数値化すれば、天空の焔に明星のかけらを上回る部分はほとんどないだろう。

 無論、戦いとはそういうものだけで決まるものではないが、同時に重要な要素であるのも事実だった。

 それだけの実力差があって、ここまで追い詰められたのは偏に認識のズレのせいである。

 侮るとはまた違う形での油断が確かにあったのだ。


「……後、1人か。遠いわね」


 どうしようもない程に開いた彼我の距離を感じる。

 香奈子を撃破するのに、今度は1度下がる必要が出てきていた。

 もう相手のフィールドで勝つことはあり得ない。

 立夏の消耗、自身の相性、そして先に賭ける意気込み。

 勘案すべきことは多くあった。

 この試合を勝利で終わらせるためにも、今は慶子が考えねばならない。

 さもなくば、これが明星のかけら最後の戦いになってしまうのを避ける事は出来ないだろう。


「……筋は1つ。後はなんとかそこに載せれるようにしないとね」


 覚悟を決めて魔導機を構え直す。

 まだ小さいものだが、勝ち目は残っている。

 それを手繰り寄せるためにもここが慶子の全てを賭けるポイントだった。

 立夏の後退を援護すべく放たれる緑の閃光。

 未だに天秤は揺れ動く。

 勝利の栄光はまだ、どちらの頭上にも輝いていなかった。






「はぁ、はぁ、はぁ……」


 地面がひっくり返った大地で香奈子は魔導機を杖にしてなんとか立ち上がっていた。

 天空の焔、最大の博打たる戦術魔導陣を応用した大規模砲撃。

 自爆めいたものであるのは事実だが、実際のところは微妙に違う。

 不利を悟ったからこそ、チームメイトの切り捨てを行った香奈子たちだが、それらは本命を隠すためのフェイクでもあったのだ。

 戦術魔導を自陣で発動させるのは一瞬でも自爆に見える。

 それを利用して立夏を惑わせて、確実に撃破するのが狙いだったのだ。

 天空の焔が経験不足、チーム力に劣るとはいえ事前に試合の検討ぐらいは当たり前のように行っている。

 その時のシミュレーションは幾度やっても天空の焔は明星のかけらに敗北していた。

 理由は簡単である。

 経験という揺らぎを考慮に入れなくても、普通に戦えば人数的な不利がそのまま戦力差で跳ね返ってしまうのだ。

 クラウディアと香奈子の2人だけで止めることは出来ても倒す事が出来る程、明星のかけらは弱くない。

 だからこその今回の策だった。

 向こう側はなんとしてでも香奈子たちを押し込んでくるだろう。

 それを予期して予め罠を張っていたのだ。


「……なんとか、上手くいった」


 捨て身の自爆程度では読まれてしまう可能性が高い。

 木を隠すには森の中、というがそれを香奈子たちは実践した。

 仲間を切り捨てる事で自爆の印象を強める。

 後は香奈子1人になるまで粘ればいい、1番困る事はここで待機を選択されることだったが確率は低いと予想していた。

 香奈子が万全の状態で残っているのに、遠距離に避難するなど狙ってくれと言っているようなものだからだ。

 明星のかけらが優秀なチームだからこそ、そこまで考えて前に出てくると確信していた。

 立夏もただの自爆までならば読めたかもしれないが、自分ごと砲撃するとは予想出来ていなかったようである。

 それでも刹那で決断して防御を行ったのは、流石の一言しか香奈子も出てこなかった。

 あそこで立夏を仕留めるのがベストの選択なのだが、『曙光の剣』はそこまで甘くなく、香奈子は未だに勝利を確定しきれていない。


「……後退も素早い。援護も的確。……流石、真似出来ない」

『大規模なジャミングもあります。一応、地図データは前もって集めておきましたが、完全ではないです』

「ん、ありがとう。なんとか、してみる」


 地面に描いた増幅魔導陣。

 魔導陣は賢者連合の専売特許のように思われているが、どこのチームも作る事自体は可能だ。

 問題は戦闘に活用することが難しいというだけである。

 展開に時間が掛かる、妨害が容易、原因はいくらでも存在しているが大きなものではそれぐらいだろう。

 バックスの能力が高ければ話は別だが、天空の焔のようなチーム力で劣るところでは望むべくもない。

 しかし、視点を変えれば役に立つ部分もある。

 今回、罠として用意しておいたのは2つ。

 普通の自爆に見せかける発光陣、そして香奈子の砲撃規模を拡大させる支援陣の2つだった。

 自爆と見せかけて防御を意識させて、香奈子の攻撃で貫く。

 立夏たちが優秀だからこそ、反射的に体が動くと予想した戦術だったのだが、立夏は咄嗟にディメンションカウンターを防御用として展開。

 カウンターこそなかったが、攻撃の大部分を逸らされてしまった。

 おかげで香奈子は生き残った立夏と戦うはめになってしまったのだ。

 さらに問題は他にもある。

 中途半端に追い詰めてしまったことで、明星のかけらが消極策を取ってしまったことだ。


「はー、ふー」


 大きく深呼吸をする。

 香奈子をして、この決断は中々に無茶苦茶だと思っていた。

 しかし、それ以外に道はなく選択肢は進むしか残っていない。


「……前に、出る」


 ここまでの全てを思い、香奈子は魔力を漲らせる。

 長時間全力稼働した魔力回路と肉体は悲鳴を上げるが全てを無視した。

 あらゆる魔力を潰す女――赤木香奈子。

 後衛の彼女が近接戦闘を挑むというとんでもない状況が現出する。

 明星のかけらは時間切れを狙って自陣に籠るのを選択した。

 揺り籠を破壊して引き摺りださねば、天空の焔に勝利はない。

 未知の領域に僅かな不安と圧倒的な戦意を抱えて、『破壊の黒王』は進撃を行うのであった。




「やはり、そうきますか」


 肉体的な疲労はほとんどないが、精神的な疲労が莉理子を苛む。

 立夏の機転もあり何とか致命傷にならなかったが、相手の作戦を見誤った事が参謀としての彼女の矜持を傷つけていた。

 しかし、今はまだ後悔に沈むわけにはいかない。

 勝負はまだ終わっていないのだから。

 

「……2人は敵の妨害をお願いします。申し訳ないですけど、私は体力回復に専念します」

「わかった。無理はするなよ」

「それは無理ですよ。ここで無理をしないで何時行うんですか」


 莉理子の言葉に先輩のバックスは何も言えなくなったのか顔を逸らす。

 勢いは相手の側にあるが、まだ引き戻す事は十分に可能だった。

 明星のかけらは残り3名。

 天空の焔は残り1名。

 試合時間は既に終盤、残り20分程だが、ここから先は今までと違い防衛戦になる。

 戦闘というのは基本的に防衛側の方が有利なのだ。

 魔導競技でもその原則は適応されていた。

 

「まだ私たちが有利。状況に流されたらダメ。最後に1人でも立っていれば、私たちの勝ちだ」


 人数的にはまだ2人の余裕がある。

 勝利のためのベストな道筋は慶子を残すこと、立夏ともう1人が撃墜されてもライフの差があるためだ。

 慶子のライフは100%、対する香奈子は残りは40%。

 ルール上人数が互角ならば、ライフの合計を競う事になる。

 残り時間、香奈子の攻撃を凌ぎ切れば勝利を得られるのだ。


「覚悟は認めます。作戦も見事だった。でも、勝つのは私たちだ」


 追い詰められながらもチームとしての明星のかけらはまだ負けていなかった。

 鬼気迫る表情で莉理子は今後のパターンを予測し続ける。

 そこにあるのは、負けないという思いだけだった。


『莉理子……。聞こえる?』

「立夏さん? どうかしましたか?」


 弱りきった立夏の声に胸を痛めるも表には出さない。

 試合中に余計な事に気を取られたのが、この苦境に至る原因なのだ。

 人は過ちを犯す、だから、それ自体には問題はない。

 しかし、犯した過ちを是正出来ないのはただの無能であった。

 少なくとも莉理子は失敗は超えていきたいと思っている。


「作戦か何かですか? 私は少しでも体力回復に回すつもりですけど」

『うん……。私と冴島くんで迎撃するけど、ポイントは中間点でお願いしたいんだ。慶子の得意なフィールドから考えれば』

「森林部がある方がやり易い?」

『うん』

「了解です。指示を出しておきます。誘導は?」

『言いだしっぺがやるよ』


 やめて欲しい、そう出そうになる言葉を飲み込む。

 参謀として莉理子がやるべきことは立夏を捨て駒にしてでも、勝利することである。

 感傷に浸るのは断じて違うことだった。


「わかりました。……ご武運を」

『任せて。私の2つ名は?』

「『曙光の剣』ですッ!」

『剣は道を切り開く物だから、大丈夫だよ』


 理屈になっていない言葉。

 後輩の不安を感じ取った立夏の鼓舞の思いが、口から出た形であった。


「っ、はい。信じてます」

『ありがとう。……きっと、出番がくるから、回復お願いね』

「任せてください」


 念話を終えて、莉理子は天に祈るように手を組んだ。

 立夏とまだ共に戦えるように、どうか勝たせてほしいと目に見えぬ何かに祈りを捧げる。

 乙女の清廉な祈りは空へと融けていく。

 時という名の残酷な神は容赦なく、試合を終焉へ導こうと時計の針を進めるのであった。




「……来た」


 速度的には大したものではないが、黒い魔力を身に纏った魔王が立夏たちを滅ぼすべく進んでくる。

 身体防護に身を守られて外傷は存在しないが、ダメージフィードバックによって体力的に立夏は既にボロボロだった。


「ふふ、ここまでボロボロなのは久しぶりかな。あの子との戦いでは私が挑戦者だったし、なんか新鮮な感じかも」


 悲壮感溢れる後方とは違い立夏はどこか嬉しげに迫る香奈子を見つめる。

 思っていたよりもずっと強く、強大なエース赤木香奈子。

 立夏の心にあるのは感嘆の念であった。

 よくぞ、練習だけでここまで至った、と敗北の淵で彼女は笑う。

 桜香との戦いに気を取られて忘れていたことを思い出させてくれた相手に彼女は最大限の親愛を持って、勝負を決める覚悟をしていた。


「……そう、そうだったよね。私も負けたくないと思って、ここまで来たんだ」


 空に憧れて、初めて負けて、プレッシャーから逃げた。

 残りはそれらを払拭するためにあったと言っても良いだろう。

 そんな後ろ向きな思いでは桜香に勝てないのも当たり前なのだ。

 アマテラス戦ではしっかりと彼女が教えてくれていた。

 そして、今、敵が彼女と共通する原点を叩き付けてくる。

 負けたくない、期待に応えたい、そんな当たり前の思いを香奈子は真摯に抱えていたのだ。

 

「純情だね……。なるほど、道理で固有能力に目覚めないわけだよ」


 心の中で密かな悩みだったのだ。

 立夏は類稀なエースであるが、あるものが欠けている。

 固有能力、上位のエースならば保有していてしかるべきものを彼女は持っていない。

 それが彼女の凄さであり、誇りでもあったのだが、同時に欠落であるのも間違いなかった。

 しかし、長年の疑問は今日、終止符を打つ。


「いろいろと考え過ぎるのは、私の欠点だね。……反省したいけど、難しいかな」


 今更すぎる思いを胸に、立夏は剣を構えた。

 まだ試合は終わっていない。

 大事な事を思い出させてくれた敵に対する礼儀もある。

 全てを絞り出して、その上でさらに限界を超えた力を発揮しなければ、この恩義には応えられないと立夏は強く思っていた。

 仮にここで、明星のかけらが敗北に終わっても、少しでも託せるものがあるように、世界のレベルを叩き込まなければならない。


「ありがとう。私の敵。あなたは強い、だからこそ、超える意味があるッ!」


 経験不足、エース頼り、全て不当な評価だと言わざるを得ない。

 戦ったからこそわかる奇妙な繋がりを立夏は確かに感じていた。

 香奈子の世界にいきたいという覚悟を強く感じて、それを超えたいと立夏の中から燃え上がる熱い思い。

 滾る熱量のままに迫る黒い光を烈火の気迫と共に、立夏は迎撃する


「剣よッ!」


 世界にいけるのはどちらかのチームだけ。

 立夏にはまだやりたいことが残っている。

 悔いを残さないためにもここで出し切るつもりだった。

 

「慶子、ちゃんと隠れてよ?」

『ええ、任せなさいエース』

「ふふ、これで心残りはないかな」

『……頑張れ、エース!』

「ありがとう」


 香奈子が陣に侵入、攻撃態勢に入った事を確認する。

 先制攻撃は立夏。

 攻防の配置は逆、立夏は凌ぎ、香奈子は攻める。

 限界を超えた死闘がついに始まった。






 後衛が敵の陣地に侵入した状態で戦闘を開始するというとんでもない状況。

 単身で乗り込んできた香奈子は、恐れる様子も見せずにただ風景を俯瞰する。

 この攻防が最後の交戦になるということを、どちらのチームも等しく理解していた。

 余力など残さない。

 ここで必要なのは、どれだけの思いを戦いに費やしたか、ただそれだけである。


「押しつぶす」


 視界に映る立夏を睨みつけて、香奈子は砲撃を放つ。

 その攻撃は立夏だけを狙ったものではない。

 香奈子の敵は立夏だけではないのだ。

 時間、何よりも他の2人が重要となる。

 勝利の一筋、掴むべき機会を彼女は忘れていなかった。


「――術式、発動『ディストラクションブレイカ―』」


 黒い光が唸り上げる。

 チャージされた魔力が破滅をもたらす大地を照らし、その末路を感じさせた。

 隠れられる場所、目に映る物全てを灰にする1撃。

 まずは、敵手を裸にしないといけない。

 破壊の魔力を突破出来ない立夏の魔剣を無視して、香奈子はフィールドを己の有利にするところから勝負を動かしだす。


「消し飛べ」

「この、無視をするなああああッ!」


 黒い光が大地をえぐり、大地を裏返す。

 極大の1撃に続くように休みなく放たれる破壊の砲撃。

 踏み潰すべき相手を探しながら、香奈子は只管に蹂躙を続けた。

 無論、立夏の事も忘れていない。

 正確には相手をしなくて良いと、彼女は判断していた。

 無防備を晒す事にいくらかの恐怖はあれど、今は自分の判断を信じるしかない。


「無為。今のあなたで私には勝てない」

「舐めないで! 剣よ! 穿て」


 先ほどまでの戦いには及ばぬがそれでも100を超える剣が香奈子に迫る。

 疲労したとはいえ、精度などは変わっていないはずの攻撃だった。

 しかし、


「再度、言う。無為」


 香奈子は放出する破壊の魔力で立夏の剣を堰き止める。

 魔力で前に進めなくなった魔剣は、香奈子の魔力を浴び続けた影響で徐々に罅が走り、最終的には砕け散っていく。

 

「っ」

「いくらあなたでもそこまで疲弊して、私の防御は貫けない」


 大技を連発した後の決死の防御は立夏から魔剣の構成力を著しく削ぎ落としていた。

 疲労感から剣を真面に創造出来なくなっている。

 香奈子に言われるまでもなく、立夏が1番わかっていることだった。

 

「あなたに言われずとも、わかっているッ! でも、はい、そうですかと諦めるわけがないでしょうッ!!」

「あなたのパフォーマンスに付き合う暇はない。そうやって、私の目を引くつもりだろうが、許すものか」

「――遣り難いッ!」

「こちらのセリフ」


 我慢強い、いや、勝利のために見栄を捨てている。

 相手の覚悟を感じ取り、香奈子は集中力を高めていく。

 こうなった相手は強い事を彼女は己が身を持って理解していた。

 勝利の雰囲気を感じて僅かでも気を抜けば、あっさりと敗北を喫するだろう。


「でも――見えた」

「させないッ!」


 同時に香奈子は相手の限界が見えていた。

 先ほどの1撃で消し飛んだ大地は相手の思惑を確実に崩している。

 無防備を晒した慶子の姿から、それは間違いなかった。

 身を隠すものが全て消し飛んだ衝撃は言語にし難いものがある。

 その隙を彼女は逃さない。


「落ちろッ!」

「くっ、慶子ッ!」

「っ、はあああッ!」


 空を走る黒い1撃、迎え撃つ緑の閃光。

 そして、香奈子の背後から斬りかかる立夏。


『あ、赤木選手、ライフ20%! しかし、藤原選手、撃墜ッ!』

「しまった……!」

「次は」

「それはさせないッ!」


 慶子を近辺に潜ませた事が仇になった。

 下手に距離を取っている方がマズイと判断して、あえて戦場に潜ませたのを香奈子に読まれてしまったのだ。

 立夏が足止めに専念している間に奥で隠れていると思わせれば、焦りを誘発出来ると考えた戦術だったがそこを逆手に取られたのである。

 これで2対1.

 しかし、撃墜を優先した香奈子のライフも十分な危険域に来ていた。

 ライフは互角、残り時間は後10分。

 そこを凌げば、立夏の――明星のかけらの勝利だった。


「冴島くん、死ぬ気で避けなさいッ!」

「おうよッ!」

「勝つ」


 三者三様、最後の攻防は加速する。

 もはや、出し惜しみする必要もなかった。

 過去最多時間のリンゲージ。

 とっくの昔に限界を超えているが、使用するタイミングは今しかない。


「莉理子ッ!」


 そして、香奈子も

 

「……やれる? ううん、やるしかない」


 立夏の最後の力を見て、覚悟を決める。

 このまま立夏に付き合って、チマチマと砲撃してるのでは絶対に間に合わない。

 発想を変える必要があった。

 立夏を自陣に誘い込んで叩き潰した時と同じように、全域を攻撃で覆わなければならない。


「やろう『カタストロフィ』」


 魔導機を握りしめて、決意を込めて香奈子は前に出る。

 疲労しているとはいえ、魔導連携状態の立夏を相手にしながらもう1人も潰す準備をするのだ。

 並大抵の技では不可能である。

 しかし、この程度を覆せないのならば元より世界など不可能だと思う他ない。

 不退転、もう前しか香奈子には見えていなかった。




「あれは――」


 自分で作った大穴に魔力弾をいくつか投げ込む香奈子の鬼気迫る姿を、立夏は視線を細めて考察する。

 傍から見れば香奈子が狂ったようにしか見えない行為。

 意味もなく時間を浪費しているようにしか感じられないだろう。

 だからこそ、立夏には相手の思惑がわかった。


「全部を吹き飛ばす気ね。よくやる」


 香奈子の秘策、推論だったが魔力弾を溜めて、そこに反射術式でも展開。

 後はビリヤードの玉を打ち出すことように周囲に弾き飛ばして、陣地を潰すつもりなのだろう。

 無論、制御に失敗するか変な融合の仕方をすれば香奈子が吹き飛ぶ。

 しかし、それを期待して待つのは希望的観測がすぎるだろう。

 エースというのはここぞという場面で低確率を掴むからこそのエースなのだ。

 成功すると思った方が良かった。

 無論、ただ見守るような立夏ではない。

 莉理子に掛けた号令のもと、彼女はしっかりと準備を行っていた。

 最後の魔導連携が、行われる。


『準備完了です。――リンゲージ開始します』

「ええ、勝つわよ!」

『勿論』


 立夏が最後の時間稼ぎに全てを賭ける。

 勝利を目前にして、立夏は吠えた。


『「行く!」』


 2色の軌跡を描いて、空を舞う。

 黒き王は最後の激突を感じ、臨戦態勢に入った。

 エースとエース、どちらかがここで最後の試合となる。

 それを決める一幕が始まった。


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