第201話
破壊系という香奈子が手に入れた力は言うまでもなく強力なものである。
国内最強の後衛――近藤真由美を1撃仕留めたのは伊達でも何でもないのだ。
しかし、それまでの扱いずらいという弱点とは異なる形で香奈子の破壊系も新たな弱点を得ていた。
逆用された時、カウンター対策についてである。
魔力に対して絶対的な破壊力を有するがため、下手をするとチームメイトに被害が及ぶ。
まさしく諸刃の刃と言えるだろう。
その特性故に本来ならば、防ぐ方法はほとんど存在しないのだが、流石は強豪だった。
どういった形であれ、対処できるものが存在するのだから恐ろしい。
ディメンションカウンター、転送系の技術を用いた最強のカウンター術式。
香奈子の力をそっくりそのまま相手に打ち返すこの攻撃により、クラウディアは絶対絶命のピンチに陥っていた。
純魔力攻撃、すなわち現在のクラウディアの攻撃を全て粉砕する破壊の力。
立夏が行ったように対抗する方法がないわけではない。
1番簡単な対処方法は魔力の影響を極力排していることだろう。
身体系など内側に作用する系統ならば、香奈子の砲撃に対処することは不可能ではない。
『クォークオブフェイト』対『天空の焔』であった葵対香奈子の構図がこれに当て嵌まる。
もっともこのパターンは対処できる、というレベルであり対抗策とは言い難い。
葵ですら、1対1ではジリ貧にしかならなかった事が難易度を示していた。
他に立夏のような転送系を用いない場合で対抗可能な方法は1つ。
対の系統、創造系の1つの極みだろう。
しかし、クラウディアは少なくとも今までは使うことが出来ていない。
つまり、立夏側から見て、対抗策は何もないということになる。
すなわち、この状況を俗に『詰み』というのだ。
『「ここで終わりね」』
「っ――」
全力に等しい雷撃を放って、なんとか魔剣の群れを抜けてきたクラウディアに止めとばかりに破壊の1撃が返される。
クラウディアでは上記の方法を取れず、魔剣を捌きながら砲撃に対処する方法はない。
ましてや、全力の攻撃を仕掛けたタイミングである。
この段階で王手、クラウディアの撃墜はほぼ確定しようとしていた。
空間展開を用いた魔剣群はクラウディアが雷撃で破壊しようとも直ぐに再生する。
立夏は創造系の極致たる「空間展開」及び「物質化」の双方を扱える稀有な人材だった。
香奈子の破壊系と合わせれば都合3つの極致が狙いを定めている。
クラウディアが強力なエースであるとはいえ、立夏も国内を代表するエースなのだ。
ここまで詰めれば問題ない、立夏の判断に誤りはなかった。
誤算があったとすれば1つだけ、クラウディアの成長速度と彼女の系統についての認識だけ、そこだけが甘かったのだ。
迫る破滅を前にしてクラウディアは口元に弧を描き、
「――この時を待っていました」
『「はあ!?」』
一瞬で粉砕されるはずの『ライトニング・ネメシス』は黒い破壊の光とぶつかり合う。
そう、ぶつかりあったのだ。
本来ならばすぐに消滅するはずの雷撃が一向に消えず、香奈子の砲撃と競り合う。
あり得ない事態だったが、それまで忘却してクラウディアの系統について、立夏は思い出した。
変換系――その本質は創造系と破壊系の中間。
破壊系に対抗できるもう1つの頂、それは――
『「――物質化!!」』
「貫きます!! 今更気付いても遅いッ!」
クラウディアの最大魔力を圧縮して放つ『ライトニング・ネメシス』の本来の目的は魔力を絞り出すことでなく物質化――すなわち魔力という直ぐに消えてしまう形から1段階上の事象へと移行することにあった。
破壊系に完全に対抗することは出来ないが、身体系のようにある程度ならば対抗出来る系統はもう1つ存在している。
破壊系と対になる系統。
立夏自身も保持している圧倒的な汎用性を誇る――創造系。
創造系には2つの極致が存在している1つは『空間展開』。
自身に有利なフィールドを展開する能力だ。
そして――もう1つが魔力の物質化、本当に意味で現実の物というわけではないのだが、純魔力から変質しているためこのように言われている。
学術的な事は置いておいて、この場で重要な事は1つだろう。
『ライトニング・ネメシス』は大きく力を消費するが、破壊系に対抗できる。
それだけがわかっていればよかった。
ぶつかり合う2つの光が消え去って、その場には2人の魔導師が接近した状態で残される。
技巧派の立夏がパワーファイターのクラウディアと近距離で剣を交えあう。
『「っ、そうだった。変換系は――」』
「退かせないッ! 貰いました!」
『「させないッ! 剣よ!」』
立夏の号令に従い、剣群がクラウディアに群がる。
千載一遇のチャンス、立夏の懐に入れたが攻撃の気勢を逸らされてしまう。
経験値の差、予想外の出来事に対する耐性が立夏を混乱から救う。
如何な状況であろうとも彼女の身体は自動で対処を開始するのだ。
「くっ、やはり簡単には……。しかし!」
なんとか掴んだはずの好機を、ただ剣で妨害するだけで一気にイーブンまで戻される。
しかし、クラウディアの瞳からはまだ闘志が消えていなかった。
実力で勝っている相手なのは百も承知である。
1度や2度、駆け引きで勝てたくらいで倒せるのならば苦労はない。
虚を突いた程度で覆せる差ではないのだ。
そんな事はクラウディアにもわかっていた。
だからこそ、対抗策は用意している。
「形成!」
『スフィアの形態を変更。ライトニング・スピア射出』
『「槍? これは――」』
剣が砕かれたところで再生する空間では魔力の限り立夏は魔剣を生み出す。
この攻防の刹那にも剣は飛来していた。
1撃は大した威力ではないが10、20と数が増える程にダメージは増加していく。
クラウディアのライフも元々無傷ではなかったといえ、既に半分は削られていた。
なんとか仕切り直しまで持ち込んだとはいえ、立夏の基本戦術は崩せていない。
「この剣をなんとかしないと……」
物量――結局のところ立夏を打倒するにはその部分をなんとかする必要がある。
桜香のように同じ能力で対処するのか、もしくはそれ以上の火力で薙ぎ払うのか。
対策自体は直ぐに浮かぶが根本的な対処が難しい能力だった。
クラウディアも今回の試合ではその部分に如何に対応するのか、深い熟考を重ねてきたが単純故に強固な戦法への対策は思いつけなかったのだ。
だから、彼女は視点を変えた。
勝てないのならば、勝たなくて良い、と。
「物質化した魔剣は強固で空間展開も私には対抗手段はありません。しかし、雷撃の速度だけはあなたにも捉えられない!!」
『「相討ち覚悟!? まさか、あなたまで!?」』
健輔がそうであることを示したように個人の生存と試合での勝利はまったく別問題である。
天空の焔の他の選手たちがそうであったように、クラウディアもまた身を挺してチームの勝利に貢献しようと覚悟を決めていた。
今回の試合で生き残るべきは香奈子ただ1人、クラウディアですらも捨て駒になる。
「あなたは必ず連れて行くッ!」
『「させない! っ、きゃあ!」』
防御を捨てて攻撃に回ったクラウディアの猛攻に立夏が悲鳴を上げる。
魔剣は変わらずクラウディアにダメージを与えるが、そもそも立夏の戦法では1度に与えられるダメージはそれほど多くない。
覚悟を決めてしまえば、短い時間は圧倒することが出来る。
「ここで、私が終わらせるッ!」
立夏の魔導機を弾き飛ばす勢いでクラウディアは剣戟を繰り出す。
魔剣が彼女の背後から襲い来るが、無視。
その瞳には立夏しか映らない。
『「――っ、舐めないでよッ!! 覚悟の1つや2つで超えられる壁と思わないで!」』
「足りないならば、全てを賭けてでも、超えるんだッ!」
『「この子はっ!」』
雷撃の特徴は速度と火力が圧倒的な点にある。
魔剣が再生して飛来する速度よりも明らかに雷の方が早い。
火力も並みの魔導師を1撃で撃墜できるのだ。
砲撃魔導師に前衛で比する程の力を持っている。
そんな相手が玉砕戦法を仕掛けてくれば、如何に立夏でも厳しものがあった。
本質的に技巧派の魔導師であり、応用範囲が広いエースである立夏は防御も相応に硬いが流石にこの猛攻を無傷で防ぐ事は出来ない。
正面からの殴り合いを強制された事で急激にライフが減少していく。
『て、天空の焔、クラウディア選手、ライフ30、28、20、ドンドン低下していきます! 一方、橘選手のライフもこの短時間で急激に削られています! 正面からの殴り合い! この勝負を制するのはどちらだ!』
「はあああああッ!」
『「こんなものでッ!」』
パワーファイターと火力を競うなど自ら自爆するに等しい行動だが、立夏が仕方ないとはいえ受けて立ったのはタイミングを見出せないためだ。
クラウディアが撃墜覚悟の猛攻に出ているのに、退くことなど考えたら押し切られる可能性があった。
立夏は歴戦の魔導師である。
試合の機微、時に不合理な選択をすることが勝利に繋がる事を知っていた。
先輩として、チームを背負うエースとしてここはクラウディアを迎え撃つことが正しいと判断したのだ。
「っ……、まだです!」
『「それはこっちのセリフよ!」』
激しい撃ち合いが双方のライフを猛烈な勢いで消耗させていく。
剣と雷、形が違う2つの極致は休むことなくお互いを撃ち抜いていた。
悲鳴を上げる魔力回路、徐々にだがクラウディアの勢いが失われていく。
追い詰められて賭けに出るしかなかったこと、それこそが差が生んでいた。
勝利のために受けて立つことを選んだ立夏、彼女の選択がクラウディアの覚悟を上回ったのだ。
消耗度合の違いもあるだろう。
クラウディアはずっと1人で戦闘を行い、物質化という慣れない領域の技をぶっつけ本番で使った。
おまけに多種多様な新技や自動術式なども随時稼働させているのだ。
魔力の消耗が加速すれば力が枯れて行くのは当然の帰結だろう。
立夏の魔導連携が2人分の力、莉理子との共同技であるこという事も大きい。
分の悪い賭けだったクラウディアの特攻は結果だけを見れば順当な結末を迎えようとしていた。
「はぁ、っ……、わ、私は――このチームのエースだ!」
『「ええ、見事だわ。でも――私もこのチームのエースよ。強かったわ。その言葉だけ、私はあなたに送ります」』
「あっ――」
雷撃を突破した剣群がクラウディアを障壁ごと貫き、
『クラウディア選手、ライフ0撃墜です! 前衛のエース対決、勝者は橘立夏! 経験差でしょうか! 『曙光の剣』が貫録の強さを見せつけました!』
2人の戦いに終わり告げる。
天空の焔を支える2大エースの1人が撃墜。
戦況は大きく明星のかけらに傾く。
未だに撃墜は1名の明星のかけら。
エース橘立夏もライフが残り60%という領域まで減少したものの、未だに健在である。
対する天空の焔はエースのクラウディア、坪内ほのかなどのベテランを含めて3名が撃墜、香奈子を除けば残り2名。
リーダーにしてチーム最強の香奈子は健在だが、どちらが不利なのかは素人にわかるほどの劣勢さだった。
クラウディア撃墜の喜びに浸る間もなく、明星のかけらは迅速に動き出す。
次の狙いは『破壊の黒王』赤木香奈子。
彼女を倒すことで立夏たちの勝利が確定する。
アマテラスとの再戦の誓いを胸に彼女たちは最後の攻勢に出るのであった。
「これはヤバイな」
「はい。……クラウが、あそこまでやったのに相討ちにも持ち込めないとは」
観客席で試合を見守る健輔はクラウディア撃墜に溜息を吐く。
天空の焔は自爆覚悟の玉砕戦法を取って戦力差を縮めに来ているが、奇襲の要素が強かった最初以外は事実上完封されてしまっている。
誰が見ても追い詰められているのは天空の焔だ。
香奈子は攻撃と防御に優れているが、立夏の魔剣創造とは微妙に相性が悪い。
破壊系の魔力による防御を突破出来る立夏には防御面の優位はほとんど活かせないだろう。
「健輔的にこの試合はもう?」
「いや、それはまだわからん。立夏さんも相応に消耗してるしな。それに明星のかけらにも弱点はある」
「弱点、ですか?」
「チームとしては整い過ぎてるな。穴らしい穴がないのは利点だが、同時に弱点だろう? 他には……」
健輔はそこで一旦言葉を区切る。
言うべき言葉を選びながら、
「些か、総合的に当たることに慣れ過ぎじゃないかな。立夏さんだけじゃなくて根本的に火力不足なんだけどな、明星のかけら」
「……相手チーム対策が出来てない、という事ですか?」
「ああ、そういう感じだな。天空の焔はチーム単位で明星のかけらに当たってるけど、立夏さんたちは結局、個人単位だ。俺なら後衛は慶子さんだけにするね」
「人数で火力差を補うわけですね」
「まあ、交代はするみたいだから考えてはないわけじゃないんだろうが、ちょっと不用心だと思う。香奈子さんのテリトリーに突っ込むんだぞ? 俺なら万全の準備をしてもヤバイと思うんだが……」
明星のかけらはチームとして優秀だが、弱点がないわけではない。
旧アマテラスらしくエース級以外も優秀なのだが、特化して優秀な者が少ないのだ。
総合力に優れたチームなのだから大きく問題になるわけではないが、特化型に対して万が一があるのは言うまでもない。
立夏は香奈子に対してダメージを与えられるため、相性が良いが同時に裏を返すと相性が悪いということでもある。
香奈子は真由美と同じく要塞のような魔導師なのだ。
短期決戦で彼女を仕留めるのは不可能だろう。
香奈子の攻撃力を逆用するのも、本人には効果が薄い。
さらに、
「指揮の問題も出てくるだろうしな……。前線の様子が慶子さんからはわからんぞ。相手の陣なのにな。やっぱり敗戦の影響はあるみたいだ」
「無意識なんだろうけど、自分で決着を付けようとしてる。そういう感じだね」
「何よ、2人共。私たちにもわかるように話しなさいよ」
「ああ、すまん、簡単にいうと今回の明星のかけら、どこか余裕がないんだよ。だから、凡ミスが見え隠れする」
「まさか……」
優香の驚いたような声に健輔は少しだけ得意げな表情を見せる。
彼女は優秀すぎるためにこのような場面でないと勝ち誇る事も出来ないのだ。
自分でも少しせこいと思いつつ、健輔は自分の懸念を語った。
「莉理子さんの魔導連携は優秀だ。立夏さんも同様に単体でもこの学園で五指に入るだろうさ」
「でも、香奈子さんもそれは同じです。しかし、対抗法などはあっても相手に対する理解が甘い面が多い、そういうことですね」
「正解」
クラウディアが立夏の戦法に対抗策を考えていたように、立夏も天空の焔が自爆戦術を行う可能性を読んでおくべきだった。
それぐらいは出来ただろうと健輔は確信しているが、それも出来ない程にアマテラス戦の敗戦の影響は大きかったのだ。
吹っ切れたようでどこかにしこりが残ってしまったのだろう。
「本来のスペックを発揮出来ていない。まあ、実力的には問題ないがチーム的にな」
「慶子さんの配置も、ですね。誰を置いても対抗できませんが後衛よりは前衛の方がよかったでしょうに」
「皆、で戦いたいんだろうさ。気持ちはわかる」
初期配置の齟齬もおそらくいつも通りを心掛けた結果のものであった。
後衛としての慶子では香奈子に勝てない。
残りの2名は言うまでもないだろう。
にも関わらず、配置されている。
あれでは初期のメンバーで明確に香奈子へダメージを与えられるのが実は立夏と貴之しかいない。
片割れを落とされた時点で目立っていないが明星のかけらもかなり追い詰められていると言っていいだろう。
「立夏さんが香奈子さんを落とせれば勝てるけど」
「香奈子さんも中々に常識外れの魔導師だからな。そんな簡単にいくかよ」
「ですね。経験不足なのは事実でしょうが、既に敗北の経験は十分にあります」
優香が自身の見解を披露する。
経験値と言う意味で健輔たち1年生と香奈子はほぼ同等と言ってよいだろう。
だからこそ、相手の心境などが手に取るようにわかる。
「立夏さんに経験で勝るような魔導師は世界を見渡してもほとんどいないだろうさ」
「逆に言えば、そこまで気にする必要もない。そういうことかしら?」
戦闘魔導師でないため、1人だけ今一戦況などがわからないのだろう。
美咲は健輔に問いかける。
「ああ。それに能力が経験を上回る事があるのは他ならぬ立夏さんが証明してくれたからな」
「……そうね。だったら?」
「ああ、むしろまだ勝負は五分だ。俺が香奈子さんの立場なら、落とせるところを潰す。確実にな」
健輔が言い切るのと同時に周囲から歓声が上がる。
この状況で大きな歓声が上がる理由など1つしかない。
『明星のかけら、平良選手撃墜! 2名の自爆覚悟の攻撃をうまく避けていましたが、赤木選手の砲撃には対応しきれませんでした! これで1つ状況を詰めましたが、同時に天空の焔側からも撃墜判定が1名に出されています!』
「残り2名、だな」
「立夏さんが香奈子さんにどのように対処するのか。拝見させていただきましょう」
「そうだな」
健輔たちが話し合っている間に立夏は香奈子との距離を詰めていた。
ぶつかり合う両チームのリーダー。
遠距離型の魔導師が近距離型の魔導師とぶつかるという状況でありながら、互角だと感じさせるのは香奈子がそれだけの可能性を秘めているこということでもあった。
しかし、立夏も同じくスーパーエース、常識外の魔導師である。
いろいろと言ったが明星のかけらが強いのは疑いようがない。
5分とはあくまでも健輔の推論に過ぎなかった。
「どっちだ……? どっちが勝つ?」
思考を巡らせて先を考えるが結末は見えない。
読み切れない試合展開に興奮を隠せない様子で健輔はフィールドを見つめる。
どちらが勝っても何もおかしくない。
香奈子対立夏、この試合最大の山場がついにやってくるのであった。




