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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
202/341

第200話

「大胆というか、思い切った作戦だな」

「しかし、厄介ですね。合理的でかつ対処が難しいです」

「私は正直あんまりいい気分じゃないけど、あの様子だとチームの総意で選んだみたいだし、文句を付けるのは筋違いかしら?」

「僕としては何となくだけど納得できるよ。自分の力が足りなくて、それでも役に立てるなら、僕もあれをすると思うな」


 観客席から見守る健輔たち4人は各々、意見を言い合う。

 天空の焔の捨て身戦法、それを見た時は観客席でも大きなどよめきが起きた。

 自分を囮にして貴之を仕留めた選手も、元信にダメージを与えたほのかも見事な覚悟ではあるが、中々にショッキングな光景であることも否定できない。

 防護術式があるが、それとこれとは別の話だった。

 死なないからと言われて、爆弾を持って特攻出来るのか、そう言われれば大多数の人間が拒否する。

 本来の自爆とはそういうものであるし、今回に至っては味方から消し飛ばされる可能性があるのだ。

 誰だってそんな事はさせたくないし、したくないだろう。

 それでも勝利のために実行した。

 天空の焔の不退転の覚悟がよく現れている。


「あの戦法の厄介なところはどうやってもこちらに被害が出ることだ。魔導師が組み合ってきて、その間に香奈子さんに砲撃されたらおしまいだな」

「真由美さんならば通常の砲撃で妨害もできますが……」

「香奈子さんにそれは不可能だ。……自分に経験がないから割り切って砲撃に専念することにしたな。この超前衛シフトもそれが理由だろうさ」

「バランスを捨てて、勝利のために特化したんだ。なんか、悲しいね」


 美咲の寂しそうな呟きに健輔は苦笑する。

 何だかんだでこの4人で1番優しい女性は心を痛めているらしい。

 擦れた感性とは違う純な思いに思わず笑ってしまう。


「……む、何よ。笑わなくてもいいじゃない」

「いや、悪い。別にそういう意味で笑ったわけじゃない」

「じゃあ、どういう意味よ」

「何、可愛いな。そう思っただけだよ」

「にゃ!? い、いきなり何を言い出すのよ! もうっ」

「すまん、すまん」


 怒る美咲におざなりな謝罪をして、再度フィールドに視線を送る。

 対峙する2人のエース、片や友人、片やお世話になった先輩、とそこそこ縁がある両名が戦っていた。

 どちらが勝っても健輔としては問題ない。

 しかし、この状況はどちらかと言えば、クラウディアが不利だった。


「まだ何か隠し玉があるのか?」


 考えが口から漏れていることに気付かず、健輔は思考を続ける。

 今後の展開をいくつかシミュレーションしながらクラウディアの勝率を考えていたのだが、


「……ん?」


 妙に周りが静かになっているような気がした。

 背後を振り向いてみると苦笑する圭吾と赤い顔で目を逸らす美咲。

 よくわからない珍妙な状況に首を傾げていると、


「……健輔」

「あん? なんだよ」

「隣、隣」


 圭吾の呟きに合わせて、隣を見てみると、


「……何でしょうか?」

「い、いや、何故そんなに不機嫌?」

「……いつも通りです」

「っ、そ、そうか」


 半目でこちらをジーと見ている優香と視線があった。

 瞬間的にどこか優香の地雷を踏み抜いたことだけはわかったが、心当たりが皆無がで何も思い浮かばない。

 こういう時に頼りになるはずの美咲は赤い顔で知らんぷりをしていたし、圭吾は処置なしと首を振っていた。

 先ほどまでは悪くない感じの雰囲気だったのに、いつのまにか四面楚歌になっている。

 おまけにもう1つ追加の視線を感じたため、斜め後ろを向いてみると瑞穂が女の敵と言わんばかりの表情で健輔を見ていた。

 発言が聞こえる距離にひっそりといたことも驚いたが、その視線もかなりきつい。


「げ、解せん……。どうしてこうなった……」

「健輔がいろいろと言葉足らずで直球なせいじゃないかな」

「原因がわかってるなら、助けろよ……」

「僕も自覚してないものはどうにも、こうにも」

「なんだよ、それ」


 微妙に居心地が悪くなった場所で健輔は肩を落とす。

 緊迫感を増す戦闘フィールドとは別の形で妙な緊張感に満たされる観客席。

 そのような茶番が行われているとは知らないフィールド側では両チームエース同士が激しくぶつかり合うのだった。






 魔導連携。

 明星のかけら側のバックスにして、国内最高のバックスとも言われる三条莉理子の固有技能である。

 相手側に対する深い理解とお互いに心の内を解放する必要があるなど、条件は厳しいが2人分のエースの力を結集するこの能力は強力なものだった。

 魔剣創造を含めて、トータルで橘立夏という女性の力を大きく引き出すこの状態は『不滅の太陽』九条桜香にも一矢報いることが出来るほどである。

 敗れたとはいえ、学園を代表するのに相応しい能力を持つ女性であり、立夏は決して弱くない。

 メンタル的な面も戦闘中に引きずるほど軟弱ではなかった。

 相手はスペックは優れていても1年生、多少苦戦しても立夏が押し切れない相手ではない。

 会場にいる誰もがそう思っていた。


『「っ、この完成度! 本当に1年生なの!!」』


 桜香戦でも使用した再生の魔剣。

 砕かれた端から復活、無数の数がクラウディアに襲い掛かる。

 しかし――、


「スフィアバレット、展開!」


 展開された迎撃術式から放たれた雷撃が魔剣を消し去る。

 それでも数が数のため、いくつかは討ち漏らしが存在していた。

 

「はッ!」


 クラウディアは迫る魔剣を魔導機で迎え撃つ。

 スフィアにチャージされる魔力、同時に彼女は魔力をオーラのように身に纏う。

 ブリッツモードで上昇した身体能力が討ち漏らしを見逃さない。

 最後の防御を突破しても、そこには障壁と電磁結界の2重防御が待つ。


『「侮ったつもりはなかったけど!」』

「それが既に侮りです!! 相手を見下してはいけないと思う事が、油断でなくてなんだと言うのですかッ!!」

『「1年生がよく吠える!」』


 クラウディアの剣と立夏の双剣がぶつかり合う。

 打ち合った刹那に背後から打ち出される魔剣。

 それを囮に静かに真下に設置されるトラップ。

 正々堂々、正面から来たように見せかけて本命は他――いや、正面対決も本命なのだ。

 橘立夏とはそういう女性であり、魔導師だった。


「舐めるなッ! この程度!!」


 クラウディアを起点に雷撃が円形に放たれる。

 魔剣が全て消失し、状況は振り出しに戻ってしまう。

 余人を交えぬ2人の舞踏、一進一退の攻防はどちらが優勢と言い難い状況となっていた。

 

「はぁ、はぁ、どうしました? 息が上がってますよ」

『「はぁ、ふふ、そちらも1年生の割にはやるわね」』


 クラウディアは豊富な魔力量で誤魔化しているが、身体系を保持していない。

 体力的な面で劣る部分があるのは、それが理由なのだが補うだけの技量と戦い方を組み立ててきた。

 しかし、それもこのクラスの戦いになると誤魔化すのが難しくなっている。

 

「流石に……」

『「ほらほら! 息が上がってるわよ」』


 剣群がクラウディアを襲う。

 四方から迫る剣群に雷撃を放ち迎撃するが、チャージの隙をついて立夏が肉薄してくる。


「あの攻防で、タイミングを掴まれた!?」

『「あまり私を舐めないで欲しいわね! 自動系の術式があまり流行らないのはトップクラスでは意味がないからよ!」』

「っ……!?」

 

 立夏の双撃がクラウディアの右腕を直撃する。

 

『クラウディア選手、ライフ60%! 若き天才、1年生のホープを3年生のエースが返り討ちにする! 経験の差は如何ともし難いか!』

「勝手な事を言う……」

 

 唇を噛み締めることで怒りに耐える。

 こんな事で感情を乱せば、立夏に致命的な隙を晒すことになってしまう。

 それだけはクラウディアの矜持に賭けて許されない。

 

「ですが、あれだけの錬度……。ダメ、弱気にならない」


 首を振って、怯えそうになる心に喝を入れる。

 壊れそうになる心の鎧を再度身に纏い、乙女は戦場を見渡す。

 自爆要員である2名はクラウディアを信じて、元信の牽制を行っている。

 相手の後衛は香奈子を警戒して迂闊に射点を明かすことが出来ないため、散発的な援護に留まっていた。

 莉理子さえ抜けてしまえば、明星のかけらのバックスは平均値よりは上だが、強豪水準を大きく超えるわけではない。

 状況は互角、元信の火力から考えれば2名の壁を突破するのは難しいだろう。

 クラウディアと立夏の戦いが焦点なのは間違いなかった。


「香奈子さんのためにも」


 今回、香奈子が慣れぬ援護に回ったのも立夏がいる限りその火力を活かすことが出来ないためだ。

 転送陣を用いたカウンター戦法に対する対策を香奈子は未だに立てれていない。

 1撃の威力が大きすぎる故の弊害。

 強すぎる力が香奈子本人とチームメイトを傷つける可能性がある以上、彼女は慎重にならざるおえない。

 チームの勝利のみならず、世界への夢がクラウディアの双肩に圧し掛かっていた。

 勝気なクラウディアでもこのようなプレッシャーを経験したことはない。

 自分の剣に他のメンバーの思いが全て集っている。


「負けない」


 魔導機を強く握り締めて、クラウディアは再度敵を見据えた。

 2つの魔力光を身に纏い、こちらを冷徹に見つめる者。

 国内のエースでは最高峰の実力を誇る『曙光の剣』――橘立夏。

 自分の全てを上回る相手に若干の怯えを感じてしまうが、それを振り払う。

 何より、自分の全てを完全に上回る相手を既にクラウディアは知っている。

 『元素の女神』――フィーネ・アルムスター、姿形などまったく似ていないのにプレッシャーのせいか影だけが浮かんで見えた。

 それはもしかしたら、クラウディアの心が見せた幻影なのかもしれない。

 

「ここで逃げたら……」


 だからこそ、振り払う必要があった。

 幻影を心から斬り捨て、クラウディアをは立夏に向かって吠える。


「クラウディア・ブルーム! ――参ります!」

『「――橘立夏。受けて立ちましょう!!」』


 低下した体力、異常なレベルでの大火力を連続使用した事によって魔力回路は悲鳴を上げている。

 冷静に鑑みて勝てる可能性の方が低い。

 しかし、諦めることなど出来なかった。

 チームのため、勝利のためなのは当然。

 何よりも自分のために――。


「諦めたら、あの人たちの前に出れない。それだけは――嫌だ!!」


 ブリッツモードを再度発動し、集中力を極限まで高めてクラウディアは立夏に突撃する。

 3度目の攻防、2度に渡り押し切られた雷光が最大の輝きを放ち、曙光の剣に立ち向かっていくのだった。




『「侮らない。あなたはもう、私が全力で打破すべき敵!」』


 傍から見れば余裕でクラウディアを捌いたように見えるが、そんなことはあり得ない。

 雷光の攻撃速度は放たれた後に避けるのは、実質的に不可能だ。

 発射台がスフィア状というのも厭らしい。

 どこからやってくるかわからない攻撃を勘だけで避けるのは神業としか言いようがなかった。


『「曙、いくわよ」』

『御意』


 相手の精神コンディションを考えて、立夏は勝負を急ぐ。

 この試合に賭けるモチベーションで立夏が劣っていることは彼女も認めざるを得ないことだ。

 このままの状況で推移すれば、どのような爆発が起こるのかわからない。

 成長が既に頭打ちに近い立夏と違い、相手には伸び白がまだ残っている。

 再び立ち上がったとはいえ、若い心に熱さで勝てると思うほど愚かではなかった。

 何より、


『「頑張る女の子に全てを出し切らないなんて、あり得ない」』


 クラウディアのような真っ直ぐなタイプは嫌いではない。

 故に一切の加減なし。

 最大の火力で一気に仕留めるつもりであった。


『「終わらせるよ!! 術式展開、『剣の界』!!」』


 突撃を仕掛けるクラウディアが見えない程に魔剣の群れが彼女を狙う。

 援護するように放たれる黒い砲撃。

 しかし、その程度で『曙光の剣』は止められない。


『「教科書通りの援護ね。その子ごと、撃ち抜けるようになるならまた違うわよ」』


 クラウディアには剣群を向けて、砲撃はカウンター術式で確保しておく。

 いつもとやり方を変えてまで温存していたものをあっさりと取られた相手の心情は如何なるものだろうか。

 立夏は思考の片隅でそんな事を考えながら、次の一手を打った。


『「あなたはそれを抜けてくる。――確信してるわ。だから、これを使う。曙」』

『2番、3番『剣の嵐』』


 剣の界を超えてくると確信して立夏は進路上にもう1つ嵐を展開した。

 それを受けてクラウディアも残りの力を絞り出す。


「こ、こんなもので!! 終わらないッ!」

『最大解放――『ライトニング・ネメシス』』


 クラウディアの身体が見えない程に雷光が体を覆い、光が視界を塗り潰す。

 放出される魔力の余波で立夏の魔剣たちが次々と砕かれていく。

 立夏が展開された術式から読み取れたのは半ば自爆に近い、怖ろしいまでの力技な事であった。

 ここぞとばかりに香奈子からの援護の砲撃も来る。

 相手の特攻、普通に考えればこれは立夏のピンチなのだが、


『「甘い。私の戦闘経験を舐めてるの?」』


 慌てることなく転送陣を空間に展開。

 香奈子の砲撃をクラウディアに向けて放つ。

 全てを砕く破壊の力――それも逆用されてしまえば、強大な敵以外の何物でもない。

 焦ったように放たれる援護砲撃などに当たるはずもなく、居場所を晒した香奈子が逆に慶子たちから攻撃される。

 香奈子はもはや形振り構う余裕がないのか、何発も攻撃を放ち、その全てが『ディメンションカウンター』へと吸収されていく。


『「終わりです。あなたたちの力で潰れなさい」』


 再生した剣群と共に、再度香奈子の砲撃がクラウディアに放たれる。

 破壊の砲撃と再生する魔剣。

 渾身の一撃は香奈子の、味方の力で無効化されてしまう。

 絶対絶命のクラウディア。

 国内を代表するエース、『曙光の剣』橘立夏の壁は高かった。


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