第199話
天空の焔と対戦する時に気を付けなければいけない事。
中でも試合開始と同時に勝負を決めかねないものが1つ存在している。
『破壊の黒王』――この序盤の段階ならば真由美すらも上回る圧倒的な砲撃能力、これを如何に捌くのか、それこそが最初の焦点だった。
しかし、観客とそして明星のかけら、双方の思惑を裏切り香奈子は砲撃を行わなかった。
莉理子と共に対策を練っていた立夏は予想外な状況に眉を顰める。
「来ない……? どうして? 乱戦になったら力を発揮出来ないのに」
立夏の言葉は香奈子の弱点を的確に捉えていた。
香奈子は練習のみで固有能力に覚醒した規格外の魔導師である。
その実力は健輔たち『クォークオブフェイト』と戦った時にも存分に発揮され、彼らのリーダー近藤真由美を国内大会で初めての撃墜するという華々しい戦果を誇っていた。
純魔力で作られた物を全て粉砕する破壊系の砲撃。
溢れ出る破壊の魔力で守られた防御力と安定感に欠ける真由美の固有化と比較しても十分な力が香奈子にはある。
しかし、欠点が無いわけではない。
これは真由美も類似の問題点を抱えているが、1つ目は乱戦では実力を発揮できない場合が多いこと。
もう1つは経験不足のために判断ミスが多いのが香奈子の弱点だった。
前者は砲撃魔導師全般が抱えている問題のため、そこまで気にする必要はないが後者はチームにとって大きな課題となっている。
先のアマテラス戦、並びに賢者連合戦、どちらの場合でもそうだったが香奈子は実力を発揮することなく撃墜されてしまった。
アマテラス戦は自分の能力への過信、賢者連合は知略を読み切れないことによる敗戦と2度も経験不足から来る甘さを突かれている。
特に賢者連合戦でのミスは最終的にクラウディアが取り戻したとはいえ、大きいものだと言えるだろう。
経験不足は感情の制御という点にも表れている。
練習のみで己を高めた果て、大半の魔導師を1撃で仕留め、国内最強の後衛を奇襲とはいえ、何もさせずに撃墜した。
香奈子でなくとも少しは調子に乗ってしまうのも仕方はない。
とはいえ、最高クラスのチーム同士の戦いではこの僅かな驕りが足を引っ張っていた。
「……学習したのかな。でも」
『積極性が無くなる。負けが増えると良くあるパターンですね』
「ええ、向こうのバックスは?」
『妨害を仕掛けてますが、ダミーに引っ掛けておきました。位置は問題なく探れます』
「砲撃が普通に来ても、どうとでも対応出来たけど、まあ、こういう手段で来るんだったら、相応にお相手するだけかな」
『では、予定通りに?』
「うん、お願い」
莉理子との念話を終え、立夏は敵陣を見据える。
防御の構えに取る天空の焔。
これまではエースの破壊力を前面に押し出した力押しがメインだったが、防御主体の待ちの戦法へ切り替わっていた。
香奈子の攻撃力を逆手に取られる展開や、チーム力の欠如を補うために自陣での戦闘を望んでいるのが見て取れる。
「常識的な対応だね。……うん、だからこそ、やり辛い」
奇抜な作戦でも取ってくれれば立夏は突き崩す自信があった。
桜香に敗れたとはいえ、彼女は国内では最高クラスの応用性を誇る魔導師だ。
大抵の魔導師の弱点を突けるし、立夏は香奈子との相性も悪くない。
1対1で戦闘を行えれば確実に勝利出来る自信があった。
しかし、迎撃の構えを取られるのはあまりよろしくない。
応用性の高いタイプは特化型の得意なフィールドでは不利になる。
遠距離戦で香奈子に勝つには真っ向勝負を避けないといけないのが鉄則だった。
「……慶子、少しだけ刺激してもらえる?」
『任せなさい! あっちの準備はしておいてよ? 私じゃ、正面対決で勝てる可能性0だからね』
「わかってる。お願いね」
明星のかけらの後衛の要である慶子に指示を出して、立夏は相手を揺さぶってみる。
慶子へ射線が通るルートを計算し、カウンターの用意も万全だった。
相手が今回本当に受け身の戦法なのか、それとも何か裏があるのか。
この攻撃で見極められる事を期待していた。
「それにしても、攻め気が強い天空の焔が受けに回るなんて……。これは気を引き締めないとダメかな」
天空の焔は2大エースの双方が特級の攻撃力を保持している。
今までの戦いで受けに回った事はほとんどないため、どのような戦法を取るのか予想も出来なかった。
これはお互いの戦力を冷静に見つめた結果なのか、それともただ単にアマテラス戦の敗戦で臆病になってしまったのか。
その部分の見極めが必要だった。
『立夏、そろそろいくわ』
「了解。貴之、後は元信も」
「……わかった」
「おう」
「じゃ、別れていきましょう」
目立つ空中ではなく地上を3人は駆け抜ける。
同時に後衛から放たれる砲撃群、試合開始から5分。
状況は明星のかけらが動かし始めるのであった。
「ん、やっぱり慎重……」
最後方で砲撃態勢のまま、香奈子は敵チームの動きを賞賛する。
チームとしての経験値の違いが動きの端々から見て取れた。
こちら側が待ちの姿勢であることにもきっと感づいているだろう。
橘立夏、明星のかけらを背負うリーダー。
その程度は軽く読んでくると確信していた。
「ん、困った。……判断に、迷う」
チームとしての完成度、経験値などの要素は直接的な戦闘能力からは判別できないことが多い。
天空の焔は戦闘能力だけならば、国内の強豪でも5本の指に入るだろう。
前衛と後衛にスーパーエースにも手が届きそうな魔導師を2人も抱えている。
他のメンバーの実力が1段劣ったところで、どうとでも出来る程の攻撃力だった。
しかし、敗北した試合では逆に圧倒的な攻撃力であることを逆手に取られてしまっている。
力押しで前に進める程、上位の壁は薄くはなかった。
だからこそ、今回は試合運び自体に緩急をつけているのだ。
「ん、タイミングが大事」
常にフルスロットルではなく、節目節目に力を集中させる。
これはチームで細かい事を新しくやれるほど錬度が高くないという苦肉の策から生まれているのだが、それでもやらないよりはマシだった。
実際、立夏でも初めてみる天空の焔の行動パターンに慎重になっている。
相手に揺さぶりを掛けるという目的は正しく果たせていた。
小さなアドバンテージ、主導権はまだどちらのチームにも渡っていない。
思考を続けながらも、この後の流れを予想していたが。
「――来る」
反射的にチャージした砲撃が放たれる。
香奈子の黒い光が緑の閃光を迎撃した。
「バックス、報告」
『す、すみません。敵陣に動きあったみたいなんですけど、正確な位置は不明! こっちもジャミングはしてるんですが……』
「ん、了解。探査を捨てて、妨害に全力投入。出来る?」
『了解ですッ! そちらへ力を傾けます』
念話を終えて、香奈子は溜息を吐く。
リーダーのプレッシャー、天空の焔はあらゆる面をエースに頼り切っている。
先ほどの決断も出来れば、バックス側の判断でやって欲しかったが、逐一指示を出さないとやってくれないのだ。
役割分担が出来ていない。
本来ならば実力など関係ない分野においても、チームメイトが香奈子に頼り切っているため香奈子がそのパフォーマンスを攻撃に傾けられなかった。
「……ダメ、こんな何かに責任を求める思考はいけない」
頭を振ってネガティブな考えを追い出す。
そもそもから考えて、去年強豪チームにいなかったところを香奈子とクラウディアが無理矢理連れてきたようなものなのだ。
実力はメキメキと向上しているのである。
そこを喜びこそすれ、不満に思うなど以ての外だった。
「私が……私たちが決めれば良い。ただ、それだけ」
チームに不足があるというならば、エースが実力で覆すだけである。
アマテラスで桜香がそのようにしているように、同じことをやれば良いだけだった。
香奈子は魔導機を握る手に力を込める。
今日の彼女は敵を砕く矛ではなく、味方を守る盾なのだ。
侵入してくる敵を打倒すのは、信じられる後輩に任せれば良い。
「……そこ!」
連続して向かってくる緑の閃光。
黒い光がそれらを全て粉砕して敵陣へ向かう。
しかし、おそらくダメージは与えられないだろう。
慶子が射点をずらしていることなど予測の内だし、相手のバックスには莉理子がいる。
索敵、ならびに妨害に関して不備は期待できない。
「砲撃は通さない」
明星のかけらの前衛と天空の焔の前衛が激突始める。
今は機会が来るまで、盾の仕事をこなしつつ機会を待つのが彼女の仕事だった。
「『トール』!」
『スフィア展開』
「『曙』!」
『術式解放『剣の舞』』
襲い来る剣群を雷撃が迎撃する。
侵入してきた明星のかけらは3名。
『傀儡師』――平良元信。
『破砕者』――源田貴之。
そして、『曙光の剣』――橘立夏。
全員が国内有数のエースであり、1級の魔導師である。
迎撃する天空の焔の3名を経験及び、才能で圧倒していた。
しかし、戦いは思っていたよりも天空の焔が優勢な形で進めていく。
「立夏と互角とか、末恐ろしい1年だな」
「いや、相性を考えると分が悪いな。ここは俺が相手をした方がよさそうだ」
立夏の援護をしていた元信たちはクラウディアの戦闘能力に冷や汗を流す。
所々荒削りな面はあるが安定した高火力に、範囲攻撃、おまけに攻撃速度と全ての能力値が高い領域に達している。
さらには、
「ぬお、まずっ!」
立夏の援護をしようと迂闊に近づけば雷撃が自動で迎撃してくる。
クラウディアのこの自動迎撃術式は元々が対健輔を意識したものなのだ。
優香との連携を断ち切る事に主眼を置いているのだから、簡単に連携を取らしてくれるはずがなかった。
慌てて避ける元信を尻目に貴之が行動へと移る。
「ウオオオッ!」
貴之が風を集めて拳の形に集約する。
圧力を持った風の拳。
雷撃を叩き潰しながら直進する攻撃は雷との相性が良かった。
そして、クラウディアが対処に気を取られる一瞬を見逃す立夏ではない。
「そこッ!」
「――っ、うまい!」
クラウディアを囲むように剣群が創造されて、四方から襲い来る。
おまけとばかりに貴之の攻撃と、
「こいつも持って行け!」
元信の糸が彼女を狙う。
どれかは確実に直撃する。
問題はどれに対処するかであった。
「まずは――あなただ!」
「何!?」
雷鳴を響かせながら全力の雷撃が貴之を狙う。
光が視界を奪うと同時にクラウディアは叫んだ。
「ほのかさんッ!」
「任せて! はあああああッ!」
「――こっちは俺狙いか!?」
立夏の剣群への対処を後回しにして、元信と貴之へ攻撃を振り分ける。
ほのかの特攻に等しい体当りを前に態勢が崩れている元信が出来ることはない。
「させんッ!」
雷撃で攻撃を相殺されて、視界を奪われたはずの貴之が勘だけで元信を援護する。
そして、立夏はクラウディアの行動を見て素早く対処に移っていた。
「私を無視出来ると思うの!」
立夏がほのかを止めようと上空から斬りかかる。
しかし、天空の焔にももう1人が残っていた。
「させないッ!」
「っ、鬱陶しい!」
貴之が怒り混じりに背後から迫る相手へと攻撃を放つ。
ほのかの攻撃力から考えれば自爆前提でもこれだけ妨害が入れば、元信を撃墜することは出来ない。
クラウディアは残った立夏の攻撃に防御を行っているため、ほのかの救援は出来る状態になかった。
足りない実力を補うための自爆前提のカウンターアタック。
立夏や貴之が驚きながらも迅速に行動することが出来たのは、敵陣に侵入した際にあり得る手段として警戒していたからだ。
自爆攻撃は彼我の戦力差を覆すのに大きな役割を果たす事が多い。
奇襲と並んでオーソドックスな戦術であり、それゆえに強力だった。
しかし、それは相手が――明星のかけらがそれを想定していない場合のみ有効なものである。
想定されていては、効果が半減するのは避けられない。
「これで!」
貴之の攻撃が相手を粉砕し、意識を意識をほのかに向けた時、
『貴之! 避けなさい!』
『砲撃、方向は――ダメです!!』
「なっ」
慶子と莉理子が警告を発するも間に合わない。
黒い光が貴之を飲み込み、先に落とされたメンバーの仇を討つ。
さらに、
「――クラウ! 後はお願い!」
「任せてくださいっ」
ほのかが元信を巻き込み自爆する。
立夏の攻撃があった分、撃墜には至らなかったが、
『明星のかけら、源田選手、撃墜。平良選手はライフ20%。天空の焔、今井選手、坪内選手、撃墜判定。クラウディア選手、ライフ80%』
大きくライフを削ることに成功する。
立夏は無傷だが、前衛エース陣が大きなダメージを負ったのは痛かった。
何より、相手が選手を平気で使い捨てていることも問題である。
弾を追加するかのように新しい選手が2名、天空の焔陣の奥からやって来たのを確認して、立夏たちは相手の狙いを正確に悟るのだった。
「前衛が5名……。最初から鉄砲玉にするつもりだったのね」
「無様というのならば、笑ってください。しかし、先輩たちの覚悟を無駄にはしません」
「……むしろ、その決断に敬意を表するわ。なるほど、合理的ね」
「……ありがとうございます」
天空の焔の作戦は簡単だった。
敵を拘束して、味方ごと打ち抜く。
自爆よりももう1段階上の切り捨て戦法だった。
2大エースによって世界に至った天空の焔は、香奈子とクラウディアに戦力の大半が集中している。
これは逆に言えば、他の選手は撃墜されても問題が少ないということを示していた。
国内最後の敵、明星のかけら。
立夏の『ディメンションカウンター』がある以上、香奈子の火力押しは出来ず、クラウディアも1人ならばともかく、複数のエース格を相手にするにはまだ力が足りない。
これまではあえて通常の人員編成前衛・後衛が3:3のバランスが取れた形で天空の焔は試合を行ってきた。
しかし、本来は真由美がそうであるように香奈子も1人で問題ないのだ。
それをしなかったのはチームへ配慮していたからこそ。
この戦いで世界に行くために天空の焔は味方を使い潰してでも勝つ事を決めた。
「明星のかけら。チームで今の私たちよりも強いことは認めます。そして、私と香奈子さんを合わせても、『曙光の剣』橘立夏。あなたを相手にするのは厳しい。だからこそ、取れる手段は全て取ります」
「……見事な覚悟。――莉理子、お願い。これは、マズイ」
『わかりました。術式展開、リンゲージ開始!』
「本懐を果たしてしまったアマテラス戦から蘇ったとはいえ、私たち程の執念が残っていますか?」
『「さあ? でも、負けるつもりはないわ!」』
「こちらもです。他の何で負けようが覚悟だけは負けません! 『トール』! 術式展開!」
『ブリッツモード、発動』
双方のエースが全力に突入して局面は次の段階へと移る。
自爆どころか、エース以外の全てを鉄砲玉にする覚悟を固めた『天空の焔』。
強豪の意地と、再度アマテラスへ挑戦するために再起した『明星のかけら』。
実力が近しいからこそ、双方共に精神的な面での戦いが重要になる。
奇しくも状況は明星のかけらのアマテラス戦とよく似た図式へと当て嵌まっていた。
お互いの精神的な柱であるエース『曙光の剣』と『雷光の戦乙女』。
どちらのエースが優るのか、この戦いはそこに1つの終わりが待っているだろう。
会場にいる誰もが固唾を飲んで両雄の激突を見守るのであった。




