第198話
いつになく人数の多い観客席。
満員御礼の会場で健輔はいつもの4人である一角を占拠していた。
どこか憂鬱そうな表情でフィールド見つめるのは彼の心境がこれ以上ないほどに複雑だからである。
どちらの応援も出来ない。
わざわざ無理を言って、という程でもないが当初の予定を捻じ曲げてまで直接見に来たというのに何故か気分が乗らないのだった。
「負ければ、世界へは行けず。勝てば再びライバル、か……。喜べばいいのか、それとも悲しめばいいのか」
「予想はしていましたけど、少しだけ寂しいですね」
「ああ、どっちも世話になったチームだし、負けたくない相手で……もう1度、公式戦で戦いたい相手だった」
『明星のかけら』対『天空の焔』。
同時に行われる試合がもう1つあるため、真実最後の試合というわけではないが、形式上においては国内最終戦となっていた。
どちらも2敗でここまで来ており、『アマテラス』と健輔たち『クォークオブフェイト』以外のチームに勝利してきている。
アマテラス戦後に調子を崩すかと思われた立夏だったが、何かを吹っ切ったように暴れまわり、不調などというのは嘘だということを実力で示していた。
しかし、芯にある部分が圧し折れてしまっているのも疑いようない事実であり、その状態でクラウディア、香奈子という2大エースを抱える『天空の焔』にどこまで対抗できるのかが、この試合のカギとなるだろう。
一方、アマテラスに負けたとはいえ左程消耗もなくこの場に至った『天空の焔』。
コンディションだけ見れば満身創痍の『明星のかけら』よりも優位に立っていることは間違いなかったが、同時に不安点も残っていた。
看板であるエース以外の魔導師が尽く強豪水準に達していない。
最大でほのかというベテラン魔導師が精いっぱいのチーム力では多数のエース、準エースなどを抱え、旧アマテラスの流れを汲む『明星のかけら』には及ぶべくもなかった。
得手不得手などはあるし、どちらも万全とは言い難いが試合前の評価は完全に真っ二つ、実力的には近しいチームの対決だと言えるだろう。
後は実際の試合で決着が付くのを待つしかない。
「健輔さんはどちらが有利だと?」
「明星のかけら、って言いたいが微妙だな。クラウの奴は前衛魔導師としては際立って優秀だぞ。壁としての防御力、鎚としての攻撃力、そして生存性を高める速度。どれも高い領域にいる」
「それは立夏さんも同じだろう? だったら、経験でクラウディアさんが不利なんじゃないかい?」
圭吾の指摘に健輔は頷く。
普通はその通りであるが、クラウディアは普通という領域にいない。
健輔が認めた才能の持ち主なのだ。
実力なども含めて、よく知っていた。
「立夏さんはこの間の試合、桜香さんとの戦いで文字通り全て吐き出している。そして、あそこから新しく何かを作る余裕はないだろうさ」
「でも、クラウにはある。そういうこと?」
美咲の確認に、
「ああ、だから正面対決だとクラウの方が僅かに有利だと思う。問題は」
「他、ですね」
「ああ。総合力は明星のかけらの圧勝だ。香奈子さんは厄介だが……」
「完成された能力は読みやすい?」
「もう1度試合中に成長とかがあったら、あれだけどなー」
香奈子の能力は問答無用で強力なのだが、割と使い勝手が悪い面もある。
例えば、今回の戦いで立夏に対して香奈子は不利であり、クラウディアの援護ぐらいしかやれることがない。
どうしようもないように思われる破壊系の砲撃をカウンターしてくる『ディメンションカウンター』を含めて、総合的な相性が極めて悪いのだ。
物質化した魔剣に破壊系は効かないし、立夏は遠距離砲撃による撃墜を許すほど弱くはなかった。
「香奈子さんもそれぐらいはわかっているだろうから、対策はあるだろうがね」
「エースとしての力に衰えはありませんし、対策されても猶強力なままです」
「もう1回戦って勝てるのか、言われるとあれだしなー」
健輔はやれと言われれば勝つ方法を考えるが、香奈子も立夏も苦手な相手なのは間違いない。
どちらも等しくやり辛い相手であり、強敵だった。
チーム力で劣っているのは事実だが、そこを補えるだけのエースたちであることも事実である。
傾向が違い実力が近いからこそ、健輔ですら迷う。
「どっちもあり得る。俺たちと暗黒の盟約以上に実力が近いな」
「拮抗、ですね。クラウがどこまで行けるのか。もしくは香奈子さんがどこまで力を発揮できるのかが、天空の焔の勝敗を左右する」
「明星のかけらは如何に相手エースを捌くのか、そこが焦点になるってわけだ」
この試合はそこに全てが集約される。
エースを捌ききれば明星の勝ち、押し切れば焔の勝ちだった。
健輔たちは脳内で幾度もシミュレーションを重ねる。
自分たちならばどう戦うのか、そしてどうやって勝利するのか。
先行きの見えない試合にワクワクを隠しきれない様子で開始を待つのであった。
「慶子、元信、最初の出だしは大丈夫?」
「任せて、『破壊の黒王』はこっちでもなんとかしてみるわ」
「俺はいつも通りだな。心配はいらんさ。雷光と黒王にさえ注意すれば問題ない」
明星のかけらの控室では最終確認がテキパキと行われていた。
アマテラス敗戦後、一時的に抜け殻になったのは事実だが立夏も魔導師――負けず嫌いである。
まだチャンスがあるのならば、挑むだけの気概はしっかりと残っていた。
もう1ヶ月あれば、桜香対策を施してアマテラスに挑む事は不可能な話ではない。
その事を胸に刻み、明星のかけらは再起したのだ。
世界大会への最後のキップ、逃すわけにはいかないのであった。
「莉理子ちゃん、魔導連携の方は大丈夫?」
「はい。立夏さんも今度は私を置いていかないでくださいよ?」
「ええ、勿論」
莉理子の言葉に苦笑してみせる。
あの意地がなければ、まだもう少し粘る事は出来たはずだろう。
莉理子の文句は最後までつき合わさせてくれなかったことに対する愚痴のようなものだった。
言いたい事はわかるため。曖昧な笑顔で立夏も誤魔化す。
普段通りのテンション、最後の試合とはいえチーム全体が歴戦である明星のかけらに過度なプレッシャーを感じているものはいなかった。
「さてと、貴之は大丈夫? そっちは香奈子さんを押さえて貰わないとダメだからね」
「役目は果たす。俺はまだこの試合をこのチームでの最後の戦いにするつもりはない」
「うん、それは私もだよ」
燃え尽きたのは事実だが、桜香が復活したように立夏も灰になったままではない。
もう1つの太陽、アマテラスから分かたれたチームとして、己の心の問題で負けるつもりは微塵もない。
曙光の剣、その名に恥じないエースとして立夏はしっかりと立ち直っていた。
「作戦については事前のミーティング通りに」
「おっけー。立夏、クラウディアちゃんに負けないでよ?」
「大丈夫だよ。それこそ、ついこの間もっと強いパワー型とも戦ったもの。負けるはずがないわ」
「ふふ、流石は立夏。敗北も己の糧、かしら?」
慶子の問いかけに曖昧な笑みを向ける。
立夏としては当然の事を言っただけなのだ。
桜香という国内最強の魔導師と戦い、敗北した。
それ自体はもはや覆せない事実であり、立夏の傷なのも間違いない。
しかし、同時にあの敗北は勲章でもあった。
糧にしようなどというつもりはなかったが、結果としてしっかりと糧にしている。
自助努力ではないため、胸を張ることが出来なかったが。
「そんな困った、みたいな顔しないでちゃんとわかってるわよ。あなたはそんなつもりなかったんでしょう?」
「ごめんね、面倒臭い女で」
「もう付き合いも長いから気にしてないわよ。それよりも、勝てるわね?」
「最善は尽くすよ」
明星のかけらが戦場へと向かう。
曙光の剣が狙いを定めるのは雷光の戦乙女。
異国の稲妻を落とすため、剣が雷を切り裂く。
激突の時は迫っていた。
同刻、天空の焔側でも最後のミーティングが行われていたが、その雰囲気は明星のかけらとは正反対だった。
ピリピリとした空気は緊張感を孕んでおり、メンバーの誰1人として口を開くことはない。
この大舞台、国内最後の試合にして世界行きを決めるための最終戦。
並大抵の緊張感ではない。
天空の焔は立夏たちと違い若いチームなのだ。
年相応に緊張してしまうのは仕方がないことだった。
リーダーである香奈子ですらも未知の領域、チーム全体が浮き足だってしまうのも無理からぬことである。
1番若輩であるはずのクラウディアが最も落ち着いているというのが、このチームのアンバランスさを象徴していた。
「……皆さん、今からその調子だと負けますよ」
「っ……、クラウ、そんな試合前に」
「ここで全員が睨み合っているわけにもいかないでしょう? それに世界はこれ以上の舞台ですよ? ここで躓いていて頂点を取れると思いますか? 私は思いません」
ほのかの抗議に強い意思で否定を叩き返す。
実際、ほのかもクラウディアの言葉の正しさに内心では頷いていた。
しかし、そうだと言って簡単に頷けない事情があるのだ。
香奈子とクラウディアという才能に支えられてここまで来たことは素直に賞賛すべきことだが、故に他のメンバーにとってはここまでの試合は無茶ぶりなどというレベルの話ではなかった。
限界を超えてここまで来ている。
それにエースの両名も感謝しているし、同時に掛かるプレッシャーも大きくなっていた。
これは香奈子とクラウディアの立場の差も大きいだろう。
前に出て敵を倒すのが役割であるクラウディアと、チームを支える必要もある香奈子では受ける重みが異なっている。
ある意味で1人だけ蚊帳の外であるからこそ、クラウディアはハッキリと物を言うことが出来るのだ。
彼女はその事を自覚していた。
だからこそ、リーダーが言えないことを代わりに言っている。
「皆さんが歩んできた道を私は詳しく知りません。外様で気楽な立場なのも事実でしょう。――ですが、だからこそ負けたくはないです」
クラウディアの言葉にチームメイトたちは顔を見合わせる。
緊張が解けたわけではないが、負けたくない、その思いを再確認したのだ。
少しだけ雰囲気が和らいだのを感じたのか、香奈子が口を開く。
「ん、私もそう思う。ありがと、クラウ」
「いいえ。皆さんも忘れないないで下さい。誰か1人、欠けてもここにはこれなかったんですから」
チームメンバーはエース2人のやり取りを静かに見守る。
彼らが限界を超えて、それこそ分不相応だと自覚しながらも必死に戦ってきた理由。
それこそがこの2人のエースだ。
香奈子は同じチームの1員としてその努力を見守ってきた。
茨の道を進んだ彼女の覚悟を誰もが知っている。
チームをここまで押し上げたのは間違いなく彼女であり、だからこそ努力に報いたいと思いやってきたのだ。
その結末と勝利という栄光は直ぐそこまでやってきている。
「……そう、だよね。香奈子だけじゃなくて、みんなでここに来たんだから」
「やってやろう! 相手が誰でもこっちには『雷光』と『黒王』がいるんだ!」
「そうさ、うちの2枚看板が負けっぱなしで終わるはずがない!」
クラウディアは自分を外様だと思っているが、チームのメンバーはそう思っていない。
香奈子がここまでチームを押し上げた功労者ならば、このチームを強豪に押し上げた決定的要因はこの年若い後輩である。
香奈子というジョーカーとは違う、真実の意味で道を切り開くエース。
遠い異国からやって来た稲妻は彼らの進路を明るく照らした。
雷光という名の通りに苛烈で厳しかったが、同時に美しく強い少女。
凄い後輩に負けないように努力したのも今では良い思い出だった。
「――ん、勝とう。ここで終わらないために。まだまだ先に行くために」
「かつての太陽を私の雷が貫きます。皆様はいつも通りにやれば大丈夫ですよ」
「頼もしいわ、2人とも。……そうね、私たちは凡人だもの。精いっぱい、出来ることをやりましょう」
『はいッ!』
黒色と黄色。
2つの輝きを纏うエースを擁して、天空の焔が燃え上がる。
打倒すべき目標は『明星のかけら』。
かつての太陽の断片を倒すため、今日、彼らは全ての力を結集する。
国内戦、最後にして最大の試合が今、幕を開けようとしていた。
『――では、皆様! 盛大な拍手でお迎えください!』
実況席にいるのは放送部部長。
国内最後の試合に合わせて、ベテランの彼女が試合会場を盛り上げる。
今年は幸いにも最高の組み合わせを残せる試合運びに恵まれた。
『明星のかけら』、『天空の焔』どちらも新興勢力といってよいため、良い意味で試合展開が予想できない。
既に割れたデータから予想された結末は『明星のかけら』が若干有利であるという在り来たりな結果。
天秤は揺れ動いている状態であって、どちらに倒れても不思議な事は何もない。
まさしく実力伯仲、世界への席を争う最後の戦いとして真に相応しい舞台である。
『では、改めて通達します! ルールはベーシック。勝利条件はどちらかの陣営の全滅。ただ、それだけです!』
2敗同士の対決は双方にルール的な優位を渡さない。
人数が絞られたベーシック戦は少数精鋭が相手を崩す良い手札になる。
チームでの質的な劣勢をある程度は覆い隠せる効果があった。
『それでは、国内戦。――最終試合、『天空の焔』対『明星のかけら』』
実況の声が綺麗に空へと響き渡り、
『試合開始です!』
開戦の火蓋が落とされる。
泣いても笑っても世界にいけるのは後1チーム。
この戦いでどちらかのチームの夢が砕かれる。
敗北するのがどちらなのか。
勝利の女神だけが結末を知っている。




