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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第1章 春 ~始まりの季節~
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第1話

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


 青い空、白い雲。

 快晴の空は澄み渡り、清澄な空気に満ちている。

 人が飛行機にも乗らず、翼も持たずに空を自由に舞えるとしたらそれはどれほどの解放感に満たされているのだろうか。

 その答えを知っているであろう2人の人間。

 文明の香りなき穢れ無き空を土足で踏み躙りながら彼らは共に1つの演武を続けていた。

 ――もっとも、男性の側に空を楽しむような余裕はなかったが。


「クソ、クソ、クソッ!! クソオオォォ!!」


 一体に何に対する怒声なのか、本人も自覚していないだろう。

 1つだけ確かな事は彼が必死だということである。

 中肉中背、顔はよくある日本人顔で特徴は左程ない。

 身長も男子高校生の平均を4、5センチ超えた程度で大きいと言う程ではなく、彼を形容する言葉を提示するならば、『普通』と言うべきだろう。

 身嗜みに気を使えば見れるようになる、その程度の容姿の少年――否、青年は必死の表情で逃げていた。

 何から逃げていたのか。

 答えは簡単である。

 背後の追跡者、すなわち『敵』から逃げていたのだ。


「っ……もう追い付いてきたのか!?」


 背後から感じる大きな魔力の動きに『彼女』が迫ってきていることを青年は知覚する。

 実際に背後を確認してみるとそこには『天女』が居た。

 年の頃は彼と同じ、義務教育を終えた辺り――少女と女性の中間点――だろう。

 表情にはまだ所々で少女の面影が窺えるが、引き締まった今の状態では幾分大人びた印象を受ける。

 身長が同じ年代の女子よりも幾分高いことを合わさってその印象は補強されるだろう。

 腰まである絹のような美しい黒髪、知性と意思を感じさせる瞳、小さく品の良い唇。

 青年の今までの人生の中で最高クラスのハイレベルな美少女だった。

 これだけならば美少女に追いかけられるという嬉しいシチュエーションなのだが、残酷な現実はそのような『夢』に彼が浸ることを許さない。

 少女が身に纏う薄い水色のオーラ。

 まるで空が少女を彩るかのように美しい。

 それが彼にとっては大きな問題なのだ。

 体から溢れ出る程の魔力。

 もはや空の加護と言ってもおかしくないような圧倒的な力をもって、少女は逃げる彼とドンドン距離を詰めているのだ。


「く、クソ!」


 焦りを露わに速度を上げるが、少女を振り切ることは出来ない。

 胸に募る焦燥感、状況を打開するための手段を考えるが妙案は何一つとして浮かばなかった。


「ま、魔導機っ……。ヤバイ、早くなんとかしないと!」


 抱える焦りは少女がその白魚のような手にはまったく似合わない無骨な『武器』を構えたことで頂点に達する。

 少女の手に添えられたのは現代の魔法使いたる魔導師の杖『魔導機(ツール)』。

 彼が持っている『棒』状のものとは違い、『剣』の形をしたそれは一見すれば少女には似合わないように見える。

 しかし、彼にはピッタリの組み合わせにしか見えなかった。

 魔導機は優雅さなどとは無縁の精密機械だ。

 それが彼女の手に添えられただけで伝説武器――宝剣、魔剣、聖剣の類に早変わりしてしまう。


「は、はは、び、美人ってのは良いよな。何をしても様になる」


 誰に対する悪態なのか。

 虚勢以外の何物でもない強きを持って、彼は逃げる。

 美しく荘厳ささえ感じさせる、気高き女神。

 結構なことだ、心の中で笑い飛ばす。

 麗しく素晴らしい女神様も敵であっては何の意味もない。

 何せ、必死で逃げているという状況だが本来ならば彼はこの女神を打倒しなければならないのだ。

 あまりにも無茶ぶり過ぎて笑いがこみ上げてくる。

 追い詰められすぎて逆に余裕が出てきたのか、青年の中に沸々と湧いてくる気持ち。


「……そうさ。このまま、無様に終わってたまるかよっ」


 誰かに祈りを捧げても現実は変わらない。

 ならば己の力で道を切り開くしかないのだ。


「よし、よし! やるぞ、俺ッ!」


 この追跡劇が始まってからそこそこの時間が経っている。

 既に時間感覚は消滅しているため、具体的な時間はわからない。

 とはいえそこそこの時間は経っていた。

 いくら決意を固めたところで疲弊した心と体でやれることは多くない。

 魔力の循環は滞りを見せており、鼓舞したところで体の震えは隠せていなかった。

 威勢の良い言葉が口からは出ているが、ギリギリどころではないのが彼の状態である。

 ――しかし、それでも彼は叫ぶ。

 ここで引いたら2度立ち向かえないと知っているからだ。


「このまま終わったら、何も成長してないだろうがッ!」


 『彼女』と戦うのはこれが初めてではない。

 入学以来、幾度もぶつかってきた。

 ぶつかった回数だけ彼は負けている。

 『彼女』の溢れんばかりの才能という光に飲まれてしまったのだ。

 なるほど、状況は最悪に近い。

 相手に対抗できるだけの手札は何も残っていない。

 相手を貫く刃が彼の手札には存在していないのだ。

 誰がどのように見ても彼に勝利はなく、敗北の未来しか待っていない。

 ――それでもここで諦めることだけは違う。


「うまく出来ないから諦めます? そんなこと言ってたらいつになったら前に進めるんだよ!」


 己に言い聞かせるように――事実、言い聞かせているのだろう――叫ぶ。


「集中、集中だ」


 あれもこれもとやれるほど器用ではない。

 相手を打倒する、その1点に意識を集中させるのだ。

 彼がここまで敗北を嫌がるのには理由がある。

 負けず嫌いなのも当然だが、最大の理由は『彼女』に軽蔑されたくないのだ。

 相手を撃墜した時、『彼女』は失望したような表情を、いや、少し悲しそうな顔をするのだ。

 敗北するのは100歩譲って我慢出来ても、そのような表情で見られることだけは御免蒙りたい。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 背後から感じるプレッシャーはドンドン大きくなっていく。

 速度でも相手が優っているのだ。

 何れ追い付かれるのは明白だった。

 その前に勝負に出ないとならない。

 吹き出る汗、高鳴る心臓、泣き笑いのような表情。

 どこから見ても必死に逃げる敗残者、これから刈り取られる雑魚である。

 ――しかし、雑魚には雑魚なりの矜持がある。


「行くぞッ!」


 背後を確認することなく、術式を反転させて一気に後方へと進路を取る。

 その時、彼はようやく『彼女』を視界に収めた。

 涼しい顔で美しい軌跡を描きながらこちらに迫ってきている。


「っ、舐めるなよッ!」


 涼しい表情は彼女が全力を出していない証だ。

 沸騰する頭、激昂したままに彼は刃を振るう。

 彼女は反転してきた彼を無感動な瞳のままで見つめる。

 通りすがりに、交差の刹那に行われる攻防。


「っっあ!?」


 ぶつかり合う、刃と刃。

 彼女の『剣』とぶつかった彼の『剣』は魔力で生み出したものだが、それが一瞬で破壊される。

 圧倒的な実力差に急速に頭は冷えていく。

 弱い方が感情のままに襲い掛かって勝てる程、甘い相手ではないだろう。


「クソッ、そこまでアホになったのか!?」


 既に距離を詰めてしまった以上、このまま交戦を続けるしかない。

 魔力刃を再構成して、再度の交差に備える。

 上がったり、下がったり忙しい意識の中で彼は改めて敵を観察した。

 幻想的で美しい水色の魔力光、絹のような美しくて長い黒髪。

 整った顔立ちと強い意志を秘めた瞳――非の付け所がない美少女。

 

「っぁ……」


 わかっていても視界に入れるだけで目を奪われる。

 外見的にも完璧な彼女だが、彼は瞳が1番好きだった。

 強い意思を秘めた瞳が綺麗なのだ。

 

 ――だからだろうか。


 瞳と瞳が交わった時につい、見惚れてしまったのだ。

 言い訳ができない失態、その隙を見逃す彼女ではなかった。

 

「はッ――!!」

「しまっ」


 一気に距離を詰めて、両の手で剣を振り下ろす。

 彼の防衛本能が自身の杖に命じて障壁を展開するが、ただでさえ開いている実力だ。

 そんな急造品で耐えられる生半な攻撃であるはずがない。


「っっあ!!」


 斬撃一閃。

 たった1撃で障壁は砕け散り、衝撃で彼は弾き飛ばされる。


『佐藤君、ライフ60%』

「なっ、マジか!?」


 試合を見守る部長から先ほどの攻防について念話が入る。

 わかっていたことだが圧倒的なダメージ量に実力差を明確に叩きつけられる。

 僅かな隙を見逃さない眼力を含めて、彼がどうにか出来る相手ではなかった。

 ましてや、下らぬことで目前の敵から意識を逸らすような愚か者では相手にもならないだろう。


「はっ……は、はははは」


 何より相手は本来、火力型ではない。

 彼女の戦闘スタイルは高機動型のものであり、系統(タイプ)から考えても機動力に重きを置いていることはわかっているのだ。

 彼女が別次元なのか、それとも自分が弱すぎるのか。

 どちらなのかはわからないが1つだけはっきりしていることがある。


「ふ、ふははは、ふふふは!」


 笑いしかこみ上げてこない。

 勝敗云々、プライドどうのこうのと言う遥か手前で止まっている。

 ならば彼に出来るのは開き直るだけだった。


「ああ、そうさ。開き直れば良いんだよッ!」


 先ほどの攻防で得たった一つの利点。

 相手の強烈な一撃によって弾き飛ばされたため、距離が稼げている。

 同時に考えを纏めるだけの時間も取れたことはこの試合で唯一のプラス要素だった。

 

「状況を整理する。まずは――」


 相手は天才美少女、つまり実力は伯仲どころか、天と地ほどに差が開いている。

 地理は戦場が拓けた場所であるため、単純なぶつかり合いが強制されるため、これも相手が有利。

 状況も悪い。

 相手は無傷に対してこちらは疲労なども含めて既にピークに近かった。

 整理すればするほどに勝機はか細く、薄くなっていく。

 雀の涙ほどもない勝利の可能性、圧倒的な逆境で彼は笑う。

 ――既に開き直っているし、元より退路などない。

 何より後ろに倒れるのは性に合わなかった。


「いいじゃないか。この状況で俺が勝ったらヒーローだろうさ」


 絶望的な状況だからこそ、ひっくり返すだけの価値がある。

 震える体を無視して彼は嘯いた。

 どちらにせよ負けるのならば、挑戦すべきだと彼は信じている。

 何よりも――


「このまま、やられっぱなしはカッコ悪すぎるだろうッ!!」


 ――必ず、一矢報いる。 

 身体の震えは消えて、主の戦意に呼応して魔力が唸り上げた。


「接続! 回路(サーキット)変換(チェンジ)タイプB!」


 彼女も持っていない彼の特性。

 この状況で使えるただ1つの手札を切る。

 選んだ組み合わせは遠距離大火力型。

 後のことなど一切考慮に入れずに魔力の循環を開始する。

 どのみちジリ貧になって磨り潰されるのだ。

 それならば自分で自分を締め上げた方がまだ主導権は握れる。


「この一撃で決まるし、決めるッ!」


 彼女を――堕とす。

 それだけを強くイメージして魔導機にリンクさせる。

 組み上げるイメージは誘導砲撃。

 決して避ける事の出来ない大火力砲撃で決着をつける。

 僅かな距離を利用して、姿勢制御以外の全ての魔力を攻撃に回す。

 飛行も停止するため、後は追い付かれるだけである。

 彼が何かしようとしているのに感づいた彼女が大きく速度上げてくるのが視界に入った。

 ――だか、もう遅い。

 高まった感情と決意、そして全ての魔力を彼は一撃に賭けた。


砲塔(シュートバレル)展開ッ!! 魔力回路全力駆動(サーキットフルドライブ)!!」



 全ての準備は完了して、白い魔力が砲塔に満ちる。

 

「いっっけーーーー!!」


 放たれた砲撃は寸分の狂いなく少女に向かっていく。

 彼女の前で砲撃は何方向かに分岐し、あらゆる方位から襲いかかる魔弾となる。

 彼女は高機動型の魔導師。

 機動力に高いものにつき従う弱点、すなわち装甲が薄い――防御力が低いのだ。

 基本として攻撃は避けなければいけない。

 どれほど強かろうとも彼女のその鉄則からは逃れられないはずだった。


「誘導砲撃だ! 避けられはしないッ!」


 彼は取り得る選択肢の中で一番可能性が高い確率に手を伸ばした。

 その事自体は間違いない。

 しかし、それでも彼は一抹の不安が拭えなかった。

 彼女はただの魔導師ではない。

 二つ名を持てる、エースクラスの魔導師なのだ。

 警戒してもしすぎるということない。

 彼はそう思っていたし、それは誤りではなかった。

 

「モードスラッシュから、インパルスへ」

「え――」


 戦場の中で驚く程静かに、そして美しく響く声。

 耳心地の良い声には不退転の意思が込められていた。

 己の眼前に迫る災害を正面から切って捨てるという強い、鋼の意思が・

 淀みなく宣言された言霊に従って彼女の魔力が危険な色を帯びる。

 準備が終わったのだろうか、剣を手に突き刺すように構えた彼女はそのまま体をを回転させるように剣を薙いだ。


「はぁッ!」


 短く放たれた気迫、合わせて彼の渾身の攻撃は塵でも払うように切り捨てられる。

 数秒の出来事だった。

 彼の渾身は危なげなく処理されて、その痕跡すらも残っていない。

 己の敗北が決定的となった場面で彼は何故か少しだけ安堵していた。

 目を奪われた美少女が想像通りに、いやそれ以上に強く気高い事を知れて感嘆の念と悔しさの入り混じった複雑な感情を抱いた。

 体は既に諦めているが、心は未だに立ち向かえと訴えかける。

 ――真面な防御も不可能な彼にこの状況を打ち破る方法はなく。


「これで終わりです」

 

 終幕を告げに来た女神の宣告。

 敗北を突きつける言葉を思っていたよりも静かな心で聞きながら、彼はその一閃を甘んじて受け止めるのだった。

 

『佐藤君、ライフ0%撃墜判定! 2人ともお疲れ様ー。下で待っているのでちゃんと帰ってくるようにねー』

 

 部長の殊更に軽い感じの念話を聞きながら、彼は空から下へと落ちていく。

 胸に浮かぶのは、悔しさと惨めさ、そして――嬉しさ。

 それを吐きだすかのごとく、彼は天に座す女神に言葉を叩きつける。

 

「今度は負けないからな!! 覚えてろよッ!」

 

 負け惜しみ以外の何ものでもない言葉を叫ぶ彼――佐藤(さとう)(けん)(すけ)に、彼女――九条(くじょう)()()は、

 

「とても良い試合でした、またお願いします」

 

 気のせいかもしれないがいつもより少しだけ柔らかく、そして嬉しそうに言葉を返してきた。

 先ほどまでの悔しさも不思議と弱まり彼女の笑顔に見惚れる。

 試合中も思っていたことだったが、健輔は改めて思った。

 

「ホントに、美人ってのはずるいよな……。神様っていうのは不公平だよ」






「はい、お疲れ様っ。冷たい飲み物だよ」

 

 健輔と優香が降り立った場所、学園が学生に解放している戦闘フィールドの一角で彼らを待つ影が一つ。

 学園指定の制服を着込んだ健輔たちよりも2つ年上の美少女は朗らかな笑顔で2人を出迎えた。


「ありがとうございます、近藤部長」

「気にしなくていいよ。ささ、ググッといってくださいな」

「……どんなノリですか」

「あら、お気に召さなかったかな?」


 部長と言われた女性は朗らかに微笑んで二人を見つめる。

 彼女の名前は近藤(こんどう)真由美(まゆみ)

 天祥学園総合魔導コースに所属する三年生であり、健輔たちが所属するチームのリーダーである。

 茶髪のショートカットに温和な笑顔を浮かべている美少女で幾分年齢よりも若く見えるのが特徴の人物だった。

 先輩と言うより姉、といった雰囲気を持っていてチームのメンバーからは慕われている。

 笑顔からは想像することも出来ないだろうが学園でも5本の指に入る魔導師でもあった。

 未だに戦っているところを見たことはないが、その実力を早く体感したいと健輔は思っている。

 彼の夢、頂点に限りなく近づいているのが彼女なのだから。


「ん? どうしたの? そんなに私を見つめて。真由美さんに惚れちゃった?」

「ぶーー、ゲホッ! へっ、変なこといきなり言わないでくださいよ」

「あらら」

「……はあ」


 優香の呆れたような声に羞恥を呼び起こされる。

 真っ赤になりながらも健輔は必死に己を落ち着けた。

 戦闘の余韻から二人が落ち着くのを見計らっていたのか。

 そもそも真由美せいで落ち着くまでの時間が伸びたのだが――そんなことは微塵も感じさせない素敵な笑顔で真由美は健輔に問いかける。

 

「さて、お二人さん。今回の模擬戦どうだったかな?」

 

 いいところがまったく存在しなかった健輔は渋い顔を、優香は変わらず無表情で先輩の言葉の続きを待つ。

 後輩たちの様子が面白いのか、それとも何か気になるところでもあったのか。

 真由美はクスクスと小さく笑う。

 

「あ、勝ち負けとかは別にいいんだよ? 実力的な話をすれば優香ちゃんは内部生で、本人も努力家だから1年生のレベルじゃないでしょ? それに魔導を習って半年経ってない佐藤君が勝てるわけないもの」

「では、何を聞きたいんでしょうか?」


 先程の一瞬感じた柔らかさは嘘だったのではないと思えるほど冷たい声色で優香が真由美に尋ねる。

 先輩に対してその態度はどうなんだ、と健輔は思ったが言われた本人である真由美はまったく気にした様子を見せない。

 むしろ少しだけ珍しいものを見たと言った感じで目を細めて優香を観察していた。

 しかし、直ぐにその表情を隠すと、優しい声色で噛み締めるように真由美は尋ねる。


「楽しかった?」

「え……」

「はい?」


 あれだけ前置きしておいて尋ねたことはたった一言。

 尋ねられた二人はどうしてか詰まってしまう。

 真由美は変わらずニコニコした様子で答えを待っていた。

 意を決したように健輔は少しだけ照れたような顔を見せて、

 

「すげぇ、楽しかったです」

「そっか、優香ちゃんは?」

「……と、とても……そ、その、良い試合だったと思います」


 優香は困ったような、迷っているようなそんな珍しい表情を見せる。

 回答のようで回答になっていなかったが、真由美的にはOKだったのだろう、


「うんうん、だったら問題ないね」


 と言って背中を向けてその場を去っていく。

 質問の意味はなんだったのか、後輩たちを置き去りにして彼女はその場を立ち去る。

 しかし、姿が見えなくなった辺りで「あっ」と声を上げると、


「反省会があるから少し休んだら、部室に集合してねー」

 

 という言葉を残すのだった。

 残された2人は互いの顔を見つめ合うとどちらともなく頷くと、後を追いかけるように歩き出すのだった。




 希望を胸に入学してから既に3ヶ月。

 描いた夢想は既に現実に粉砕されて、息をしていなかったがそれでも健輔は諦めてはいなかった。

 最初からわかっていたことである。

 入学はゴールではなくスタートライン、彼はかつて夢見た場所に辿り着いた。

 そこは彼を鼻で笑うような才能で溢れており、心はくじけそうになる。

 敗北の日々、女に一捻りされることにプライドはひどく傷つけられているが僅かずつでも前進していた。

 先はまだ遠く、道さえも見えないが彼はしっかりと歩んでいる。

 普通の学園のようでどこか、違う。

 魔導の学び舎『天祥学園』――少しだけ変わった日常で変わらぬ日々を綴っていく。

 時期はまだ6月、熱い夏はまだ少し、先の話だった。


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