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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第197話

「はぁ、はぁ……!」


 脇目も振らずにただただ必死に少女は逃げる。

 師事を受けるようになってから既に数日。

 あの日の朝の段階では目に焼き付けろと言われて見てるだけだったが、実はその時、拍子抜けした気持ちもあったのだ。

 キツイと言われ続けていたが、案外ちゃんと理に適っている練習方法。

 何だかんだで国内トップチームの一員なのだと感心していた。

 ずっと続けれる自信はないが、朝早くからの運動は学校でも身を引き締めてくれ、悪くないと思い始めていた――放課後になるまでは。


「し、信じられない……!! あり得るの? 何度考えても、おかしいでしょう!?」


 戦闘カリキュラムの存在は知っている。

 承知の上で入学したし、簡単な戦闘行為ばかりだが、彼女も約8ヶ月程従事してきたのだ。

 本土に同年代の高校生よりは遥かに戦闘に長けているだろう。

 あの時、背後から迫る悪魔――佐藤健輔に砲撃されるまではそう思っていた。


「どうして、どうしてまだちゃんと飛べなかったのに突然、実戦訓練になるの!? あり得ないでしょう!!」


 必死に逃げる瑞穂は背後から悠々と迫る男への呪詛を吐き出す。

 閃光に飲みこまれて大地に墜落する感覚。

 思い出すだけでも背筋が凍る。

 あわや、地上と激突というタイミングで意識が戻っていなければどうなっていたのか。

 あの時の健輔の言葉、『まさか、自力でなんとかするとは』という発言から考えるに一応助けるつもりはあったのだろうが、女性に対する扱いでなかったのは確実である。


「必ず、必ず、強くなって仕返ししてやる」


 涙を瞳に溜めて、整った容貌を歪ませて瑞穂は叫ぶ。

 たったの2日前は浮いて上下するぐらいがやっとだったのが、今や戦闘機動をこなせるほどの上達を見せていた。

 まだまだぎこちなさは多く、健輔には届かないだろう。

 大体6月辺りの健輔と同レベル、もしくは下と言ったものだが、真面に飛べなかった頃から考えれば信じられない進歩だった。

 それらを育てたのが健輔に対する反発心からなのだから、滝川瑞穂という女性は魔導師に向いていたのかもしれない。

 涙の溜まった大きな瞳は背後から狙っている鬼畜を捉えて離さない。


「絶対に、絶対なんだからーッ!!」


 瑞穂の決意の叫びに返礼とばかりに叩き込まれる砲撃から必死で逃げる。

 堂の入った空中制動はもうド素人とは言えない。

 現段階の同級生程度では相手にならないだろう。

 しかし、残念な事に彼女をここまで追い詰めた悪魔には触れることすらも出来ないレベルであった。

 乙女の尊厳に関わるようなものも含めて溜まる怒りが瑞穂を爆発的に成長させる。

 怒りというエネルギーはかつて健輔を成長させたように前向きであれば役に立つ。

 1発は殴る、新たな目標のためにも必死で学ぶ瑞穂であった。




 相手が思っていることをなんとなく察して苦笑するも攻撃の手は緩まない。

 かつての己と同じように必死に逃げる背を見つめ、健輔は感心していた。


「やっぱり才能あるな」


 こうして逃げる時も何かを考えている様子がある。

 大方、健輔に泡を吹かせたいなどそんなところだと思うが、実行に移そうとするところが魔導師向きだった。


「しかし、あれだな。俺は優香とかからあんな感じで見えてるのかね」


 瑞穂の練習に取り組む姿勢が誰かを彷彿とさせる。

 自画自賛になるようで健輔は微妙な気分になるが、入学したての自分にそっくりなのだ。

 真由美や葵に憎悪を燃やしていた頃を思い出して笑みがこぼれてしまった。

 瑞穂が魔導師として能力――系統を操る能力などがそこまで優秀でないことも己と被るようでますます自分んで重ねてしまう。

 そんな能力であっさりと飛ぶことを身に付けれたのは空中機動のセンスがあるからだろう。

 そんなところも戦闘センスという魔導外の才能に恵まれた健輔と似ていた。

 健輔だけでなく、共に戦ってきた相棒たる優香も同じ意見なのだから信憑性は高いと思ってよいだろう。

 

「まあ、今のままだと使う事はないか」


 最大で2週間ほど掛かる予定だったのだが、思いのほか奮起した瑞穂があっさりと空中機動を身に付けてしまう。

 ここから先は健輔が真由美に躾けられたように己の戦闘スタイルと相談しながらの領域である。

 戦闘スタイルなどを持っていない瑞穂にはあまり関係のない話だった。


「優秀すぎて教えることほとんどなかったな」


 嬉しそうに笑い、逃げる瑞穂を追いかける。

 2人の間にある心理的距離はかなりの差があった。

 片や弟子の成長を喜び、片や師匠に雪辱を誓う。

 もっとも、健輔は教え子が自分を打倒しにくるのも楽しみそうなところが厄介なところだろう。

 葵がそうであったように、どんな状況でも魔導が関わっていては健輔を心底悔しがらせるのは難しい。


「おーい、後10分な」

『……了解!』

「っ、念話で怒鳴るなよ。あれの日とかか? まったく」


 聞かれたらセクハラになりそうな事を呟いて健輔は引き続き鬼ごっこを続ける。

 この日、初めて手を抜いているとはいえ健輔から瑞穂は逃げ切った。

 この達成感が彼女を魔導に引き込むことになるのだが、それはまだ先の話。

 今はただ、1つのハードルを乗り越えた少女を苦笑しながら見守る男がいるだけだった。





「お疲れさん」

「はぁ、はぁ、ど、どうよ! ちゃんとマスターしたわよ!!」

「いや、実際凄いわ。俺よりも飛ぶ事に関しては才能があるな」

「え……、そ、そうかな?」

「ああ、俺は戦闘に寄りすぎだからな。良かったじゃないか、望みにぴったりの素質だぞ」

「あ、ありがとう」


 つい先ほどまで胸に宿っていた怒りはどこへやら、瑞穂は嬉しそうにはにかむ。

 基本的にどんな相手でも褒められて嫌な気がする人間はいない。

 ましてや、真実はどんなものであれ、目標とした人物なのだ。

 怒りが吹き飛ぶ程度には嬉しいものだった。


「というわけで、今日で終わりでいいな」

「へ……?」


 弛緩した空気と達成感に満ちた瑞穂の表情。

 穏やだった場の雰囲気が一瞬で凍る。

 上げて落とす。

 仮にわざとやっているのならば、殴られてもおかしくない所業である。

 場を凍らせた原因は瑞穂が固まっている事に気付かず、言いたい事を一方的に喋り出す。


「ん? わからん? 今日で卒業ってことだけど」

「な、なんでよ! ちゃ、ちゃんと飛べるようになるまで!」

「面倒見たじゃないか。普通に飛ぶにはこれ以上はいらんぞ? 速度とかに関しては完全に慣れだな」

「そ、それは……」


 瑞穂に空中機動のセンスがあった事は予想外だったが、健輔は最初から大凡の期間は見積もっていた。

 最大で2週間、最少で当日、後はセンスややる気で変わるだろうと思っていたのだ。

 健輔のスパルタ方式は本人がそうであったように短期間で一気に上達させるための方法である。

 乗り越えればトラウマが刻まれる代わりに実力はかなり上昇するのが特徴だった。

 今は別行動の明美と優香を例に取れば簡単だが、センスがないというのは些か言い方が悪いがごく普通の明美についても後2日もあれば、瑞穂と同程度には飛べる見込みとなっている。

 これは健輔たちが特別優れたコーチというわけではない。

 どちらかと言えば、学園の戦闘カリキュラムが優秀だと言うべきだろう。

 勿論、最も褒められるべきは努力してきた瑞穂たちであり、健輔などは本当に最後だけ出しゃばってきたに過ぎない。

 入学してから、今までの日々が既に体を作り上げていたのだ。

 瑞穂が優れていることは事実だが、それが活かせるだけの能力を基礎として作り上げたのは今までの日々だった。

 健輔のように駆け足でなくてもある程度の水準まではきちんと育っているのだ。

 

「俺も知りたい事はよくわかったしな。学園の指導方針は俺と相性がよさそうだし、いろいろと為になったわ」

「知りたい事? 何か探ってたの?」


 少し警戒したような瑞穂の言葉。

 男性がいきなりこんな事を暴露すれば、警戒するのも当たり前だった。

 目の前の魔導バカはまったく気付いていないため、何の意味もないのだが。


「ああ、学校の指導要領をな」

「……どうやって?」

「お前が使ってる術式とかを見ればわかるさ。1年生って本当に基礎ばっかりみたいだな。まあ、そこがいいんだけどな。ん? どうしたよ?」

「何でもない。あなたにちょっとでも色恋的な物を期待した私がバカだったわ」

「何故色恋なんて単語が出てくるよ」


 妙に爽やかに笑うアホ男に再度怒りのボルテージを溜める。

 厭らしい目付きで男子が見ることもあった瑞穂のボディラインは悪いものではない。

 出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる男好きのする身体つきをしていたが、健輔は完全スルーだった。

 女心は複雑なものであり、興味ないような視線で密かに見てくるのも苛立つが、完全に無視されるのにもそれはそれで腹が立ってしまう。

 瑞穂はどちらかと言えば、自分に自信がある方だったため余計にであった。

 女のプライドを無自覚に粉砕している。

 こめかみをピクピクさせるも気合で笑顔を作り毒を吐いた。


「佐藤くんとは1回、私に対する印象をじっくりと聞いてみたいわ」

「あん? そんなんここでも応えるぞ」

「じゃあ、どんな印象なのよ」

「真面目、じゃないか? 基本的に授業でやった事は体に染み付いてからな。やるべきを事はきちんとやってから遊ぶタイプだろ?」

「ちょ、ちょっと、そんな事わかるの?」

「まあ、なんとなくだがな」


 いくら天祥学園の授業が体を作るためのものとはいえ、あくまでも授業なのだ。

 受ける学生の態度次第では効果を発揮しないし、やった事をしっかりと覚えていないと実際にはそこまで役に立たない。

 しかし、瑞穂は――明美もそうだったが、きちんと全てが身に付いていた。

 真面目じゃなければ、そこまでの習得はあり得ないだろう。

 教科書を綺麗に反復したように体に染み込んでいたからこそ、あっさりと空中機動を習得出来たのだ。

 

「は、恥ずかしい……」

「別に真面目なのは悪い事じゃないと思うけどな。圭吾と似たタイプの魔導師に成れるぞ」

「高島君と? どういうことなの?」

「部長に言わせると俺と優香はあまりお手本にならないらしいからなー。まあ、俺もそう思う」


 健輔は相手の動きを自分なりにアレンジしてしまう。

 でっち上げ能力に長けているのだが、それは自分へのコンバートというだけであり、誰かに適したものではない。

 本当はじっくりと学ぶところを省略しているのだから、お手本になるはずがなかった。

 健輔が定期的にしっかりと基礎を復習しているのは、自分のそういった部分を把握しているからだ。

 今は問題なくても基礎が疎かになっていては伸びるものも伸びなくなる。

 ちなみに優香の方は言うまでもなく才能で比する者がほとんどいないのが原因なので、どうしようもないことだった。

 基本的に1度見れば実践できる辺りに天の依怙贔屓を感じられる。

 

「その点、圭吾はきっちりと組み上げてるからな。まあ、その分成長が遅かったりしたが、ここからが本番だろうさ。お前たちも来年から頭角を見せるのがいるだろうしな」

「追い付けるものなの?」

「経験値はともかくスペックは大丈夫だな。努力こそ、成長に最良。試合が1番なのは間違いないがそれ以外がダメなわけじゃないさ」


 香奈子は例外すぎるとはいえ、練習だけでも成長は可能だし、授業頼りも問題はない。

 勿論、1年から最前線で戦ったものしか得られないものもあるが、取り返しがつかない程の差ではなかった。

 健輔のように異常に特化した人材は例外である。

 一般的、学園的には瑞穂のように安定した人材の方が需要は高かった。


「……それで卒業?」

「どうせ1番長くても2週間いかなかったぞ。というか、世界戦があるからそこまでは付き合えん。あっちが最優先だ」

「そっか……。うん、仕方ないよね」

「こっちも楽しかったがな。いい意味で初心を思い出したよ」


 これで瑞穂と健輔の接点は以前の形に戻る。

 健輔には特に思うところはないようだが、瑞穂には言いたい事は山ほどあった。

 しかし、今はそれを全て飲み込む。

 世界に挑む、と目を輝かせる男に幾分かの呆れと、圧倒的な憧れを感じてしまった。

 自分もそのように夢を語ってみたい。

 そう思うも特に目的意識などなく此処に至ったのだ。

 直ぐに見つかるものでなかった。


「ええと、佐藤くん」

「うん?」

「ご指導ありがとうございました。――いろいろあったけど、うん、最後は楽しかったかな」

「そうか。だったら、良かったよ」

「世界戦、頑張ってね。応援してる」

「おう! 世界1になったチームのメンバーが師匠だったって自慢させてやるよ」

「ぷっ、ふふふふふ。歩夢が言ってた事は本当だね」

「なんでここで笑うんだよ!」

「しーらない。自分で考えてみなよ」


 健輔に背を向けて瑞穂は立ち去る。

 その姿を見送る健輔だが、僅かに感じ入るものがあった。

 何かを決意したような、そんな雰囲気をが僅かに漂ってきている。

 

「じゃあな! また、学校で」

「うん、また、学校で」


 2人は笑顔で別れる。

 この日から健輔はクラスメイトとして、瑞穂をしっかりと認識するようになった。

 そんな態度の変化に気付いた大輔が血涙を流しそうな雄たけびを上げるのはまた別の話である。






「明美」

「どうしたの? 瑞穂。何かいい事でもあった?」

「この間言ってたよね? チームに入りたいって」

「え、うん。九条さんにいろいろ教わって飛べるようになったら、なんか楽しくなってきたんだ。まだ、怖いところも多いけど、『ツクヨミ』ってチームに入ろうと思う」


 明美は練習に誘ってくれた友人に嬉しそうに語る。

 2人とも魔導の魅力にすっかりとやられていた。

 しかし、どちらの表情にも陰りにはない。

 自分からその魅力にやられたのだから、当たり前だろう。

 また幸運な事もあった。

 師事した人物たちがコーチとしての適性はともかくとして、魔導師として純粋に競技に挑んでいる事には疑いようもないことである。

 あのようになりたい、というのは人間にとってありふれた欲望だ。

 原動力としてこれほどわかりやすいものはなかった。


「いいんじゃないかな。『ツクヨミ』は良いチームだって佐藤くんも言ってたし」

「そこ以外はあんまりお勧めじゃないみたいだよね。佐藤くんは回りにはあそこしか勧めないって言ってたし」


 健輔がツクヨミしか勧めないのは上位チームで他に適当なところがないためだ。

 アマテラスは言わずもがな、桜香のチームである。

 彼女の才能に折れる友人を出すつもりはなく、似たような理由でスサノオが外れ、魔導戦隊、暗黒の盟約はチーム入りの条件が特殊すぎるため勧めれない。

 明星のかけらは諸般の事情で不可能、天空の焔もまた微妙な問題を抱えているため勧めづらい。

 自分のチームは論外と上位チームは癖が強すぎるのが問題でどこも勧めづらい。

 そんな中で問題なく勧める事が出来るツクヨミは偉大だった。


「瑞穂はどうするの?」

「私? 私はそうだなー」


 瑞穂は勿体ぶるように一拍置き、


「うん。――内緒!」

「えー! 私も言ったんだから教えてよー!」

「決心と、後はそうだなー。ちゃんと実力が付いたら言うよ」

「約束だよ」

「ええ、約束」


 満面の笑顔で契りを結ぶ2人。

 少女は心に決心を秘めて笑う。 

 種は蒔かれた。

 冬を超えて、彼女たちがどのような花を咲かすのか。

 水を撒いたものたちにもわかっていないことだった。


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