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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第196話

 早朝、学園の練習フィールドに佇む女性が1人。

 どこか遠い瞳をした女性はぶつぶつと何かを呟いていた。


「どうして、こんな朝早くなのよ……」


 明日からと別れた後、夜に練習時間の通達が来た時、瑞穂は直ぐに健輔に頼んだ事を後悔した。

 早すぎる時間、学校は始まるまでまだ2時間以上ある。

 それでもきちんとやって来たのは健輔に頼んだのは自分だと言う自覚があったからだ。

 瑞穂はチームに所属していないため戦闘用の装備をほとんど持っていない。

 指定された時間よりも幾分早くやって来たのはそのためである。

 瑞穂のような一般生徒は魔導機は汎用型の支給品であり、戦闘訓練などを行う場合は試合用の物を借り受ける必要があった。

 いろいろと愚痴を言いながらも諸々の準備を整えてから待っているのだから、根が真面目なのが窺える。


「早く来ないかなー。……本当に来るよね?」


 昨日の健輔の言い分だが、瑞穂も貴重な時間を割いてくれているのは理解していた。

 自分の都合で押しかけておいて、今更嫌になりました、などと言うことは出来ない。

 待ち合わせの時間よりも少し早く練習フィールドに来たのも、申し訳なさの表れであった。

 それでも仮に魔導がなかったら、という前提が成り立つとしたらここには来なかっただろう。

 瑞穂もほんの少しとはいえ、魔導の恩恵を受けている。

 徹夜も2日程度ならば、肉体的な疲労は感じないし、早起きも魔力を回せば苦にはならない程度に習熟していた。

 

「そろそろかな?」


 待ち合わせは6時。

 現在の時刻は5時45分。

 立ち合い人というか、見学したいと言ってくれた明美ですら微妙に引いていたのだから、瑞穂は自分の感性がずれているわけではないと思いたかった。

 いろいろと物思いに浸っていると、


「うーす、ちゃんと来たな」

「あっ……さ、とうく――」


 瑞穂は声を掛けられたので振り向き絶句する。

 会いたくない、正確には比較されたくないと思っていた女性。

 腰まである長い絹のように滑らかな黒髪を揺らす女性が健輔と一緒に佇んでいた。

 1度見たことはあるし、人柄も話には聞いていたが、何度見ても腹立たしい美しさである。

 同じ女としての差を感じずにはおれなかった。


「うんじゃあ、軽く始めるか。もう1人は?」

「あ、明美なら向こうで準備してるわ」

「そっか。優香、そっちは頼む」

「了解しました」


 綺麗に礼をして、瑞穂など視界に入らないとばかりに優香は去っていく。

 実際のところ優香はそんな視線を向けておらず、瑞穂の勝手な妄想に過ぎない。

 被害妄想が過ぎるとは瑞穂も思っていたのだが、どうにも優香の事が気に入らなかった。

 美しさもそうだが、他にもいろいろな物が揃い過ぎている。

 神様に依怙贔屓された、女子の中で優香に良い感情を持たない者は皆がそう言っていた。

 天与の物だから仕方ないと自分を納得させるための言葉。

 これが如何に虚しいかは瑞穂もよくわかっていた。


「……おい、大丈夫か?」

「え、あ、ごめん。ちょっと、ボーっとしてた」

「寝不足か? 魔導に頼り切ると危ないから気をつけろよ」

「せ、説得力ないんだけど……」

「俺は自前だが? 寝起きの魔力覚醒ってなんか疲れないか?」

「そ、そうなんだ……」


 教わる側なのに気が抜けた態度では相手に失礼である。

 瑞穂は余計を思考を頭から追い出す。

 事前に健輔から通告された事を除いても、飛行訓練とは本来は危険なものなのだ。

 制御を失敗してしまえば、普通に死んでしまう可能性もある。


「まあ、軽く流していくぞ。準備はいいな?」

「うん」


 瑞穂は魔導機を構える。

 健輔はその光景を見て笑う。


「槍型か、まだ珍しい物を選ぶ」

「そうなの? 授業ではこれが初心者には良いって先生は言ってたから選んだんだけど」

「まあ、間違ってないけどさ。今はあんまり関係ないから、追々教えてやるよ」

「う、うん」


 そう言って健輔は手を水平方向に伸ばす。

 瑞穂が持つ汎用型の武装魔導機と同じサイズの槍が次の瞬間には握られていた。

 

「専用魔導機……」

「そ、俺の陽炎はこんな感じのやつだから。ほれ、挨拶」

『よろしく、瑞穂』

「じ、人格型だ。凄いね」

「そうか?」

「う、うん」


 専用魔導機は一般学生には縁遠い物である。

 汎用型でも扱いに苦慮しているのだ。

 カスタム型を持っている1年生ですらほとんど存在していないのだから、この時期に専用機を使いこなす健輔はレベルが違う。

 普段はそんな様子をさっぱり見せないが、やはり優秀な魔導師なのだと改めて思った。


「ま、そんなのはどうでもいいさ。始めよう」

「う、うん。よろしくお願いします」


 頭を下げて、瑞穂の飛行訓練が始まる。

 健輔の練習方法とは何なのか、彼女はまだ知らなかった。

 脅威のスパルタ式の学習方法に、彼女が悲鳴を上げるまで後少し。

 そうとは知らずに未知の出来事へ彼女は胸をドキドキさせるのであった。






「ふむ、筋はいいな」


 瑞穂の浮遊を見て感想を呟く。

 健輔たちは戦闘において飛行という行為を地上を歩くのと同じように行っている。

 戦闘フィールドの種類で多少の違いはあるが、現時点では基本的に主な舞台になっているのは空だった。

 これは、日本だけでなく世界的な流れでもある。

 陸だろうと、海だろうと、地を這うものでは大空を往く者には勝てない。

 地理的な有利さから考えれば当然のことであろう。

 砲撃魔導師などはまた事情が異なるが、基本的に上から下の方が命中率なども考えて攻撃が通りやすいのは当たり前のことである。

 

「でも、あれだな。まだ浮くぐらいか、出来るのは」


 現在戦闘における必修技能と言っても良い飛行だが、魔導の系統の中でこの行為を実現できるものは実は存在していない。

 単一の魔力性質では戦闘に用いれる程の飛行を実現出来ないのだ。

 しかし、それでは現在の状況と一致しないことになってしまう。

 その矛盾を埋めるものは簡単である。

 術式、正確には空間展開系の固有能力がここでは関係していた。

 魔導の黎明期、まだ系統が1つしか使用出来なかった頃だが、初期の段階から万能系を除いた系統は確認されている。

 中でも創造系の汎用性はこの頃から飛び抜けていた。

 イメージを形にする系統、現在でも宗則やクラウディアなどと有力な魔導師に事欠かないが、昔は戦闘用の系統ではなかったのだ。

 今の状況から考えればわかるが、基本的に補佐的な系統であり、本質的にはバックスよりな側面が強い。

 極めれば強いがそこまで行くのが微妙な系統というのは今も昔も変わらない評価だった。


「浮遊が出来るならば後は慣らすだけですね」

「ん? ああ、そっちも準備完了か?」

「はい。明美さん、という方ですが中々筋が良い方です」

「へー」


 極めた創造系はあらゆる過程を吹き飛ばす力がある。

 無論、魔力と想像力が許す限り、ではあるが。

 現在の飛行術式はいろいろとあるが、健輔が使っているのは1番主流となっている空間展開型の応用だった。

 空を飛べるというイメージを術式が受けて、空を飛ぶタイプのものであり、原理的には空を飛べる空間を自らの肉体の範囲だけに展開しているのに近い。

 他にも浸透系を使ったものや、障壁の応用などと空に対する憧れからはいろいろなタイプが存在している。


「2人とも、俺たちと同じやつだよな?」

「はい。ですので、イメージの問題ですね。浮遊で止まっているのは人は飛べない、という認識が邪魔しているだけですから」


 どんな術式でも最終結果は同じ『飛行』であるため、余程適正が合わない場合を除いて基本的に『空を飛ぶという認識の空間を生み出す』術式が主流となっている。

 瑞穂や明美も例に漏れず、同様の術式を使用していた。

 このタイプは慣れれば慣れる程に速度や精度が上がるのが特徴であり、上達がかなり早い。

 健輔は初日から飛ばしすぎて、制御が効かないというレアすぎるアホな失敗をしたが本来は徐々に慣らしていくのが最適なタイプであった。


「しかし、綺麗に飛びたいとはね。割と難しい事を言ってくれるわ」

「……イメージ次第ですから、やはり?」

「おう、体に覚えさせるのが手っ取り早いわな」

「あまり過激な事はやめてくださいね? トラウマになるとあれですから」

「わかってるよ。まずは俺と優香の空戦から。その後は……ま、向こうのやる気次第だな」


 健輔は優香に告げると、空へと舞い上がる。

 パートナーが言いたい事を正しく理解した優香は特に問い返すことなもなく後に続いた。

 視界には瑞穂がゆっくりと空へと舞い上がり、浮遊した状態で止まっているのが映っている。

 何か談笑でしているのだろうか、友人と語り合う両名を視界に収めつつ、準備を行う。

 健輔のやり方はシンプルである。

 習うより慣れろ。

 とりあえずは理想に近い飛び方を強烈に焼き付けようと力を溜めて、一切の遠慮なしで2人に高速飛行を見せつけるのだった。


「え、何?」

「み、瑞穂、あれ!」

「へ?」

 

 音速まではいかないが、それなり速度で傍を通り抜けた健輔によって風が起こり2人へ襲い掛かる。

 突然の環境変化に驚くも瑞穂は術式の維持へと意識を向けた。

 無意識下で発動できるほど、彼女たちは術式に精通していない。

 明美などはドンドン落ちる高度に慌てながらも必死にポジションを位置していた。


「ちょ、ちょっと、一体何事よ! ちゃんと指導してくれるんじゃないの!!」

『へー、案外しっかりやってるんだな。その状況で念話を通せるってことは才能あるぞ』

「誤魔化さないで! 下手したら大変な事になるんだから、遊んでないで答えなさい!」


 瑞穂の怒気を柳に風と言わんばかりに受け流して、念話の健輔は笑う。

 会話している瑞穂は普段のやる気なさげなクラスメイトとは違う覇気に溢れた様子にギャップを感じて僅かにドキドキしていた。

 試合を見た時もそうだったが、オーラが違うのだ。

 少しでも退くと気圧されそうになる。


「ちゃんと答えて!」

『わかってるよ。――レッスン1だ。俺らの機動をしっかりと覚えろ』

「え、ちょ、ちょっと説明が足りない!」

『1から10まで説明されんでもこれくらいはわかるだろう? 授業がどうだか知らないがこれが1番速いんだよ』


 瑞穂は健輔の投げ槍過ぎる説明に血管が切れそうになるのを必死に耐える。

 適当に見えて必要な事はしっかりとやっているはずなのだ。

 そこは大前提として信じなくてはこれからやることに意味がなくなってしまう。


「もう! 後できちんと説明してよね!」

『へいへい』


 念話はそこで切られ、視界に映る健輔が何かの行動を始めることがわかった。

 瑞穂はバカではない、機動を覚えろという言葉からお手本としてのイメージを焼き付けろということは読み取れている。

 問題は健輔のやり方だった。

 このような無理矢理な方法でなくても大丈夫だっただろうに、あえてこの方法で来ているような気がするのだ。

 その上であの態度、瑞穂の胸には沸々と怒りが湧いてきていた。


「絶対に見返してやるんだからっ!」


 初期の目的からずれ始めたのはこの時かもしれない。

 己を追いかける魔導師という稀有な存在を知らず知らずに生み出す健輔であった。






 目に焼き付けろという言葉を残して、2人は早々に全力戦闘へと移行する。

 健輔は瑞穂の指導に手を抜くつもりはなかったが、自身の強化を後回しにするつもりもなかった。

 優香との戦闘訓練を見せ付け、イメージを脳内に焼き付ける。

 何度か戦って、時間を置いた後に無理矢理にでもイメージを引き出せるように鬼ごっこでもやれば良いと思っていた。

 当たり前だが、魔導を普通に始めたばかりの学生にやって良い内容ではない。

 しかし、残念な事にそれを指摘する人物はこの場にはおらず、瑞穂はこの後地獄に叩き落される事が確定していた。

 クラスメイト1名を過酷な環境に送り込む気満々の健輔だが、既にその結末について思うところはなく、正面の人物との戦いに意識を集中させている。


「っと!」

『マスター、右です』


 陽炎が導くままに健輔は槍を右に突きだす。

 敵――蒼い残光しか捉えらない標的にこの程度の攻撃が通用するとは微塵も思っていない。

 これはとりあえずの牽制に過ぎず、本命は相手の次の行動だった。

 突きを大きく右に避けた相手はそのまま健輔の斜め上から斬りかかってくる。

 滑らかで早い動作、幾千振るわれたかもわからないその技の冴えに感動を示すことなく健輔は回避機動を取る――ように見せかけた。

 相手は逃がさないと前に出るが、そこに横合いから蹴りを放つ。


「おらぁ!」

「っ」


 強化された蹴りを片手で受け止める優香に苦笑しか浮かばない。

 細身で力があるようにはまったく見えない優香だが、身体系がサブ系統なのだ。

 バランス良く強化した状態では健輔が力負けしてしまう。

 今回のように事前にルールを定めた戦闘でなければこのまま足を持っていかれておかしくなかった。


「相変わらず凄い強化倍率だな」

「練習の賜物です。健輔さんも見事な魔力操作です」

「そうか?」

「はい。――おかげで腕が離れませんから」

「はッ! それは良かった、な!」


 槍の先端に砲塔が展開される。

 変幻自在のバトルスタイル、期間にすれば最も長く接している優香でもその真髄を見極めることは出来ない。

 正確には現在進行形で発展しているバトルスタイルを捉えきることは不可能である。

 健輔の試行錯誤は練習においてはそこそこの頻度で失敗もあるが、基本的に完璧な対処というのが難しい類のものだった。


「この距離で砲撃とは!」

「まあ、俺はどうにでも出来るからな。これぐらいは余裕だよ」

「健輔さんも大分厄介な魔導師になられたようで!」


 優香の攻撃を捌き、反撃に転ずる。

 この2人の練習においてはありふれた光景だったが、傍で見ている2人は違う。

 天才だのなんだの言われている相手と互角に戦う同級生に驚きを感じているし、何よりも目前で行われる1流レベルの魔導師同士の対決は迫力満点だった。


「す、凄い」

「瑞穂……これ、ちょっと感動するね」

「うん……そうだね」


 白色の魔力光が天を引き裂き、蒼い閃光がそれを斬り裂く。

 当たり前だが本来人は空を飛べない。

 翼を持たないし、重力に逆らうことも出来ない人類は飛行機を手に入れても生身で空を舞うことは出来なかった。

 そんな夢物語を現実に持ってきたのが、現代の魔法たる魔導である。

 まるで生まれた時から空にいたと言わんばかりの我が物顔で戦う2人に瑞穂も強い憧れを抱く。

 自分もこうやって空を飛んでみたい。

 健輔に語ったようにそれだけが瑞穂の望みだったのだから。


「強く、刻む」


 空を飛ぶというのは魔導師にとって重要な行為である。

 そのため、教育マニュアルも充実しているのだが、この際に注意する点は2つだけしか存在しない。

 空に憧れているのか、怖がっているのか、この2つで教え方が変わるためにそこだけは注意されているのだ。

 そして、瑞穂は前者だった。

 やる気もあり、空への憧憬がある者は手っ取りばやく完成形を魂に刻んでやるのが1番良い。

 健輔は知識としてそれを知っていたからこそ、この方法を選んだ。

 最初は後ろから砲撃しつつ、追いかけるつもりだったのだが相談した隆志からトラウマでも埋め込むつもりかと言われて、やめたという経緯があったりする。

 瑞穂は本人の知らぬところでトラウマになりそうな事にストップがかかっていたのだ。

 そうとは知らずに目を輝かせて、2人の戦いを彼女らは心に刻む。


「ああいう風に飛べるようになりたいね」

「うん」


 怒りも憤りも忘れて、健輔の意図通りに2人は憧れを強くしていく。

 見返してやろうという気持ちは残っていたが。今は関係のない話だった。

 この日、魔導師の卵が2人、雛となり、空に飛び立つ。

 スパルタな師匠の元、彼女たちがどんな魔導師になるか。

 それがわかるのはまだ遥か先の話であった。


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