第192話
「では~、国内戦優勝を祝って!」
『乾杯ッ!』
勢いよくコップを叩き合わせる音が響き、皆が笑顔を浮かべる。
『クォークオブフェイト』の祝勝会。
約3ヶ月に渡る激闘を無敗で制した彼らの自分たちへの小さなご褒美だった。
「おっす、お疲れ」
「お疲れ様です。隣はよろしいですか?」
「おう」
定位置と言わんばかりに優香は健輔の隣を陣取る。
2人がセットでいる時は必ず見られる光景だが、この2人は別に付き合ってなどはいない。
しかし、外から見た時にそんなことがわかるはずもなく健輔は外に出る度に嫉妬を集めていく。
嫉妬で人が殺せるのならば、健輔は既に100回は死んでいるであろう。
日常になった2人でのやり取り、半年からは考えられない光景である。
「今日の試合はちょっと動きが違ったな。葵さんみたいだった」
祝勝会の場所として真由美が選んだのは焼肉屋である。
優香の雰囲気とは死ぬほど似合っていないが、当の本人は賑やかな空気を楽しんでいるようだった。
煙り臭い場所でも変わらず清潔感を感じさせる笑みを浮かべている。
「お気づきになられたんですか? それほど大きく変えたつもりはなかったんですが」
「ん? そりゃ、優香の動きはな。……引かないで欲しいがぶっちゃけ多少変わるとわかるぐらいには研究してる」
優香は健輔の言に目をパチパチをさせて驚きを表す。
もしかしなくてもストーカー染みた感じの発言だが、健輔は大真面目だった。
連携の相棒として、何よりもシルエットモードの次の段階を目指す上で最も参考したのは優香なのだ。
下手な敵よりも余程良く知っている。
動きの癖、苦手な侵入角度など序の口であり、魔力のパターンなどまでほぼ完璧な模倣が可能だった。
美咲が知ればドン引きすること受け合いである。
良かったのか、悪かったのか。
今回は微妙なラインだが、この事を知ったのは幸いにも優香である。
彼女は健輔の微妙に居心地の悪そうな告白を聞いて、
「そうですか。やっぱり、健輔さんは凄いですね」
と言っただけで終わってしまう。
「え……。いや、その」
「? どうかしたんですか? 連携相手の情報を集めるのは至極普通のことだと思うんですけど」
「ま、まあ、そうだけどさ」
些細な違いを1発で見分ける程集めるのはどうかと健輔が思っていた。
それならばやめれば良いと思うかもしれないが、魔導に関することで手を抜くなど健輔にはあり得ない選択肢である。
法に反しない範囲ならば微妙に女性を気分を害したとしても、彼は勝率を高める選択肢を選ぶ。
それでも身内には流石に罪悪感を感じていたのだが、これは健輔の思い違いも大きいだろう。
優香の普段の嫋やかな様子に騙されているとも言うべきか。
彼女は健輔に劣らぬ程の魔導バカである。
四六時中、魔導の事を考えていると言っても過言ではないほどだ。
これが日常の行動を全て監視しているなどであれば流石の優香も眉を顰めただろうが、魔導に関することだけなので賞賛されて終わりである。
ハッキリ言えば、健輔の考え過ぎであった。
「ふふ、変な健輔さん。私も健輔さんのデータは集めてますよ?」
「お、おう。気にしすぎなら良いんだよ……」
『マスター、ご気分でも悪いのですか? 心拍数が異常に上昇しておりますが』
「ああ、いや、心配はいらない。ちょっと、あれだ。緊張? してるだけだよ」
『それならばよろしいのですが……。念のため、簡易スキャンを行っても?』
「ああ、頼むわ……」
結果的に1人相撲だったわけだが、嫌われずに済んだ。
安堵の溜息を吐く健輔を優香は微笑みながら見守っていた。
優香は元々、図太いというか周りを気にしない性質だったが、この半年程でさらに強化されたといえるだろう。
「そ、それよりもだ。葵さんの動きに似てたのは何か意味があるのか?」
「そうですね。……ひ、秘密です」
「へ……?」
ウィンクしながらの綺麗な笑顔で断言される。
語尾が少し震えていたのは照れからだろうか。
いや、微妙に唇も震えているように見える。
明らかに優香も照れているのだが、健輔も予想外すぎる動きに完全にフリーズしていた。
何の意図があったのかはさっぱりわからないが、1つだけ確かな事がある。
この行為は優香が勇気を振り絞ってやったということだ。
そこに振られた相手が反応返さないとどうなるのか。
綺麗な瞳に液体が溜まり始めることで容易に想像がついた。
「ご、ごめんなさい。そ、その葵さんがこういうので断った方が男の方は喜ぶって」
「へ、は、ふ、おお、おおう! な、なんだ! 凄い可愛かったぞ! つい、見惚れてしまったなあー、ははっはは」
「そ、そうですか! よ、よかったです」
「で、でも、び、ビックリするからなるべくやめた方がいいと俺は思うな、うん!」
「は、はい! とっておきにしますね」
可愛いという方向でなんとか誤魔化す。
健輔は日常でも機転を利かせることが出来るようになっていたことを心底感謝した。
同時に余計な事を吹き込んだ葵に対する反撃策を模索する。
どうせ今回のも健輔を困らせたかったとかが理由なのだ。
なんとしてでも反撃する必要がある。
このまま泣き寝入りするようなことはあり得なかった。
もし、そんなことをしてしまえば葵はさらに調子に乗るはずなのだ。
次の被害を防げるように仕込みをしておく必要があった。
「優香、1つ良い事を教えておこう」
「? なんですか?」
「葵さんだが、お姉ちゃんって呼ぶと喜ぶぞ」
「そう、なんですか?」
「ああ、ここぞというところで言ってみるといいさ」
「わかりました。健輔さん、ありがとうございます」
純真な優香を挟んでの葵と健輔の戦いは続く。
結局双方がダメージを受けることになる不毛な争いなのだが、似た者同士である2人は自分から勝負を降りる事が出来ず、ズルズルとやり続けるのであった。
裏で尊敬する先輩と友人がくだらない戦いをしているとは知らず、優香は綺麗な笑顔を浮かべる。
変わらない日常の光景、優勝を決めても特に代わりない健輔たちであった。
「うっぷ……。昨日はお疲れ様ー」
「真由美、食べ過ぎよ」
妃里に突っ込みを受けるが真由美は反応を返さない。
どこにそれほど入るんだというぐらい食べていた真由美だが、流石に今日は体調が悪いようであった。
3年生たちは呆れたような表情で彼女を見ている。
同時に少しだけ優しげな物が混じっているのは、喜びの度合いがよくわかるからだろう。
「うへ、気持ち悪い」
「身体強化を使っておけ、吐くなどということはしたくないだろう?」
「……あーうー、あんまりこういうのはよくないんだけど」
一瞬だけだが、真紅の魔力が真由美の身体を駆け巡る。
身体機能の強化、と一言で収まるがそれが齎す効果は凄まじい。
身体が資本とはよく言うがそれを神話に出てきそうな英雄レベルまで強化できるのは大きなメリットであった。
とはいえ、古代の英雄ならばともかく現代の魔導師にとっては便利程度認識しかない。
個人の肉体での優劣など組織の前では無力である。
石器時代の勇者になれる身体能力の凄さよりも徹夜に耐え、ストレスによる胃の荒れを防いだりともっぱら日常生活で活躍するのが最近のトレンドであった。
健輔も寝不足などの際にはお世話になっている。
真由美の先ほどまで悪かった表情にもいつも通りの余裕が戻ってきていた。
これでとりあえずは問題解決である。
調子に乗って今日も食べ過ぎたりすると処理能力を超えて大変なことになるのだが、真由美はそこまでアホではなかった。
「さて、改めて。皆さんお疲れ様でした!」
気を取り直した真由美がメンバー全員に挨拶をする。
「これで私たちは国内大会を無事に優勝で終えたわけですが……」
「気が緩んでる者はいないだろうな? ここからが本番だぞ」
「いるわけないじゃないですか。散々、念押ししてたのに」
下級生を代表して葵が呆れ気味に早奈恵に反論する。
言われた早奈恵も愚問だと思っていたのか、肩を竦めると真由美に向き直った。
「確かに言う通りだな。しかし、私からも言わせてもらう。全員、よくやってくれた」
「誰かが欠けてもここにはいなかったよ。1年生も2年生もお疲れ様です」
「戦力的には優香ちゃんや……、け、健輔とかにもお世話になったわね……。ええ」
「素直じゃない奴もいるが、こちらも感謝している。世界でもよろしく頼むぞ」
早奈恵から順繰りに礼を述べていく。
妃里の凄く微妙な物言いで部室には苦笑が溢れた。
妃里と健輔の微妙に噛み合わない関係はチームの中でも知られている。
言われてる当人の健輔は特に気にした様子もなく、真面目な表情で話を聞いていた。
実のところ、それは表面上だけであり、内心は爆笑しそうになるのを耐えていたのだが。
「挨拶はこのぐらいでいいかな? じゃあ、そろそろ本題に入ろう」
「世界戦が確定したことで、私たちはいよいよ世界の敵と戦っていくことになる。当然だが、対策が必要だ」
「今までのチームよりも全てのチームで1ランク上だと思ってくれ。どこも『アマテラス』クラスだと思えば、レベルがわかるだろう?」
国内の強豪戦も強敵揃い、油断などしていたら此処に無敗で至ることは不可能だった。
それほどのレベルでも世界戦に比べるとワンランクは落ちるのが実情である。
わかりやすいのは『賢者連合』だろうか。
チームの実力として、エースが1人で総合力に劣る部分があるが、格上を潰す切り札を保持している。
あれぐらいが国内強豪チームでのスタンダードな形と考えて問題ない。
逆に世界戦クラスのチームになると、今度は『アマテラス』がスタンダードな形になる。
スーパーエースに国内でも有数のチームメンバー、エースを中心としたバトルスタイルなど割とオーソドックスなのが『アマテラス』だった。
「桜香ちゃんクラスがポンポン、なんて事は流石にないけど最低2チームはあそこと同格がいるからね」
「基本的には全てのチームを格上だと思って当たれ。……これまではエースで負けてもチームでは勝っているなどということもあったが、世界戦でその希望は捨てろ」
「既に出場が決まっているチーム、その中でも特に厄介なチームを紹介していく」
早奈恵は言うや否や部屋の電気を消して、スクリーンに映像を映す。
チーム『ヴァルキュリア』などのデータは小出しにされていたが、ついに詳細な情報が明かされる時が来たのだ。
健輔は唾を飲み込む。
自分がついに世界という舞台に立つという実感が湧いてきていた。
「現在、出場確定チームはアメリカから『シューティングスターズ』『パーマネンス』」
「次に欧州だよ。ドイツの『ヴァルキュリア』。スペインの『アルマダ』」
「そして、日本からは私たち『クォークオブフェイト』と『アマテラス』」
アマテラスはまだ試合自体は残っているのだが、強豪チームとの戦いは既に終了している。
昨日の天空の焔との戦いが最後だったのだ。
もはや、負けはないと判断しても問題なかった。
これで現在の出場枠は6チーム、大体半分は決まった形である。
「まずはこの6チームの解説だ。ただ、どこと当たってもマズイ。楽な相手などいないと思ってくれ」
「わかりやすいところから行こうか。『シューティングスターズ』、夏休みに戦ったからわかるよね?」
「チームリーダーはハンナ・キャンベル。世話になった者もいるな? 2つ名は『女帝』。系統、その他については知っているだろうから割愛する」
健輔の記憶に鮮明に残る女性、ハンナ・キャンベル。
彼女が率いるチーム『シューティングスターズ』の実力は良く知っていた。
真由美を凌駕する砲撃の連射性能、経験並びに実力を備えたリーダーとしての器。
相棒たる『鉄壁』サラ・ジョーンズとのコンビネーションはあの時の健輔には高すぎる壁であった。
夏の模擬試合では勝利を収めた相手だが、油断は出来ない。
健輔たちがそうであるようにあそこの新鋭たちも力を付けているだろう。
何より、模擬戦の段階で全てを出し切っているとは考えられなかった。
「このチームに対する対策は夏と大筋変わらん。しかし、注意しておくべきことが何点か存在している」
「まずはラッセル姉妹について、かな」
試合実績から分析された『現在』の彼女たちの実力について解説される。
夏の頃は健輔でも十分に対処可能だったが、今同じことが出来るかは未知数としか言いようがない。
健輔はかなり成長速度が速かった類だが、追い付ける者がいない程圧倒的というわけでもなかった。
2人1組の魔導師、特にヴィオラからはいろいろと学んだ。
今はどうなっているのか、健輔も興味がある。
「彼女たちは知って通り、2人で1組の魔導師。どちらかを落とせば無力化が可能だけど」
「そんな弱点はきっちりと潰してある。片方でも今は戦闘行為自体には問題ないようだ」
「基本は夏の実力を一気に上昇させた感じかな。ゴーレムの生成、操作、どちらもかなりの高レベルだったよ」
映像で判別できることには限界があるが、指針にはなる。
集められた情報から判断すると攻撃と防御を質量によって担当している彼女たちはかなり有力な魔導師となっていた。
より細部を詰めたゴーレムは攻撃と防御を質量でこなすだけでなく、内部に術者を取り込むタイプ――魔導戦隊と同じ戦法へとシフトしている。
魔導戦隊がスキル・ジョイントなどを活用して至った境地を幾分スケールダウンしているとはいえ、2人で至ったのだ弱いはずがない。
健輔の個人的な問題だが、2人とは微妙に相性が悪いのも見逃せないことだった。
器用貧乏とはいえ、万能という物を体現しているのが健輔であるが、それでも苦手な相手は存在している。
力押しが苦手なのは実力を見に付けた今でも変わっていない。
ゴーレム生成という純粋な質量型は苦手な部類であった。
前衛魔導師で正面から彼女たちを粉砕出来るのはチームでは葵ぐらいであろう。
「次にアリスちゃん。効果は確認出来てないけど、何かしらの固有能力を発現させた可能性があるみたい」
「それを差し引いても小型のハンナみたいな存在だ。手数で勝てると思うなよ」
「後はベーシックルールであることも忘れるな。サラにラッセル姉妹とキャンベル姉妹。準エース格とエース格でチームを固めることが可能だ」
「しかも、環境を選ばない、ですよね?」
「正解! 流石、健ちゃん。気合入ってると違うね」
森林ステージだろうが、海上ステージだろうが、後は砂漠などもあるが『シューティングスターズ』は全てを吹き飛ばすだけの力がある。
同じことを真由美もやれるからこそ、このチームの厄介さはよくわかっていた。
唯一の弱点と言えるところは有望な近接魔導師が存在していないぐらいだろう。
相手の攻撃を全て捌ける桜香率いる『アマテラス』との相性が悪い。
健輔たちも肉薄して、攪乱さえ出来れば有利に試合を進められるはずだった。
「細かい作戦は後日、詰める。質問なども落ちついてからしれくれ」
「じゃ、次に行こうか。『パーマネンス』は最後に回すね。やっぱりトリはここじゃないとね」
「次は欧州最強の魔導師を抱える。今大会の優勝候補の1つ――」
強敵たちの情報が健輔の脳裏に刻まれていく。
現在判明しただけでも強力な敵チームたち。
真由美のライバル、ハンナ率いる『シューティングスターズ』。
欧州最強――『元素の女神』フィーネ・アルムスター率いる美少女魔導師の軍団『ヴァルキュリア』。
スペインが誇る超重量級砲撃魔導軍団『アルマダ』。
因縁の相手、国内最強『アマテラス』。
そして――、
「世界最強、『パーマネンス』か……」
未だ見えぬ頂、世界の頂点世界ランク1位『皇帝』擁する『パーマネンス』。
今わかっているだけでも容易ならざる敵ばかりである。
健輔は一抹の不安とそれを全て吹き飛ばすだけの興奮を持って、戦に備えていく。
目指すは世界ナンバー1.
それ以外には興味がなかった。