第191話
魔導に限らず、スポーツの試合というもので観客は周囲の熱気に包まれて、否応なしに盛り上がるものである。
少なくとも沈黙に包まれるというのは、かなり珍しい部類になるだろう。
『クォークオブフェイト』の最終試合。
最初はいつも通りの熱気に包まれていたが、相手のチームが1人落ちる度、観客たちは静かになっていく。
これは白けたわけではない。
その瞬間に向けて逆にテンションを溜めているのだ。
「これは俺の出番、なさげですかね?」
「だろうな」
そんな世紀の瞬間、までといかずとも重要な試合で健輔は控えに回っていた。
1度試合に出れば周囲の様子などは気にならないのだが、控えではいろいろと情報を拾って気を回してしまう。
今日の試合会場が妙に静かな事にも気づいていたし、何よりも健輔自身が興奮していた。
相手の強さなど関係なく、健輔は試合を楽しめればよいのだが、残念なことに今回は外されている。
前線で勢い良く暴れ回る優香と葵のコンビを羨ましそうに見つめるしかない。
後輩の物欲しげな態度を見て剛志は苦笑する。
「お前は出場数も多いだろう? 高島のやつにも遠慮してやれ」
「わかってますよ。……でも、剛志さんも出たいでしょう?」
「当たり前だ。……俺としては世界での出番が気掛かりだな。どこと当たるかで大分変ってくるからな」
「そう、ですね」
剛志の言葉に健輔はハッキリとしない言葉を返す。
魔導師というのはいろいろな戦闘スタイルを持ち、戦い方が異なる。
健輔は万能系の系統を持ち、戦闘スタイルも変幻自在のわかりやすい万能タイプの魔導師だ。
勝てるかどうかは別問題として、戦う相手を選ぶということがない。
上位クラスになれば絶対にそうだと言うわけではないが、魔導師とはスペシャリストたる特化型が多いのが現状だ。
本来は健輔のように距離や相性を問わずに戦える方がおかしいのである。
健輔と似たような対応力の高い魔導師と言えば、立夏や桜香が候補に挙がるだろうが、桜香はともかくとして立夏も完全な長距離戦はこなせない。
健輔の万能性が武器になるのは、対応できる相手が少ないからこそでもある。
敵に合わせて武器と戦い方を変えれるのが彼の強みだった。
「向こうはやる気も喪失してるみたいですし」
「誰もが最後まで抗えるわけではない。結果が見えているのならなおさらな」
「『黎明』は根性あったんですね」
「諦めの悪さは誇るべきだ。潔いのも悪くはないが男子足る者、最後まで全力であるべきだろう」
剛志の男性観はともかくとして、健輔もそこには同意を示す。
負けてあっさりと納得してしまうような根性なしにはなりたくない。
口には出さないが健輔はそういう男である。
敗北は恥ではないが、そこに何も感じないのは恥だと考えているのだ。
「おっ、葵さんが」
「イライラしているな」
葵も相手のやる気のなさを感じたのか、前線で暴れ回っている。
実力が低くても葵は気にしないが、やる気がないのは許せない性質であった。
負けて悔しがる気持ちすらも失ってしまえば、その人物は誇りを無くしてしまうことになる。
誇りはなくても生きているが、同時に豊かな人生を送るには必須の要素でもあった。
葵に物凄い勢いで追い散らされている敵を見ながら健輔はそんなことを思う。
「これは……詰まらない終わりになりそうですね」
「最後の試合だが、劇的に終わることの方が少ないだろうさ。現実は物語を超える事もあるが、同時に陳腐なものでもある」
「それもそうですか」
健輔も全てが劇的に終わるとは思っていない。
決して負けらない宿敵に勝利して出場を決めるというのにも憧れるが、得てして現実は詰まらない結果になることの方が多かった。
無論、逆もまた然り、であるが。
残念な事に今回は順当に勝利することになりそうだった。
「これで終わりですね」
「ああ。……ここから先は世界、だな」
健輔は剛志の言葉に頷き返し、フィールドへ視線を戻した。
葵の猛攻に耐えられずに前線は崩壊。
圧力に耐えられなかった敵チームは、
『小山田選手、撃墜! ライフ0%!!』
『試合終了で~す。そして、46試合を終えて~『クォークオブフェイト』が世界戦への出場を決めました~』
観客席から大きな歓声が上がる。
世界戦へ行くチームがついに確定した。
国内大会を無敗で突破した健輔たちはこれを持って世界戦へと邁進することになる。
熱狂する空気とはどこか断絶したような雰囲気のまま、
「ついに、ですか」
「ああ。ここからが本番だ」
静かに健輔はそのことを受け入れるのであった。
大きく荒れることはなく、順当に出場を決めた健輔たち『クォークオブフェイト』。
図らずもそれは、他チームに影響を与える。
残るは2席、泣いても笑ってもそこに行けるチームは2つだけだった。
そして、この日。
健輔たちが世界戦への出場を決めた日は、もう1つの重要な試合が行われる日だった。
『アマテラス』対『天空の焔』。
最強のエースを2枚看板が貫けるのか、注目の一戦が行われていた。
アマテラス戦を棄権する可能性が高かった『天空の焔』だが、健輔たちに告げた内容に反して、結局戦う事を選んでいた。
ただし、いくつかの制限を掛けた上で、である。
その制限は最終的に戦う事を選んだ理由にもなっていた。
それはエース2名以外は全力戦闘を行わないこと、ただそれだけである。
何故そんな理由を付けてまで彼らが戦う事を選んだのか。
理由は1つ、世界の空気を感じる事だった。
今はまだ天空の焔はエース頼りのチームであり、アマテラスに勝てる可能性は限りなく低い。
しかし、ここから先の世界戦を見据えるのならば、その問題を放置することは不可能だった。
問題点は修正されなければならない。
その点で意見が対立したメンバーも思いは一致していた。
世界の最高峰に届くエースと対決、その機会を安全策のために見逃すのは消極的すぎるというクラウディアの意見にチームが折れたのである。
そのため、この対決が実現することとなった。
「っ!? これは――」
健輔たちが戦っているのとほぼ同時刻、別のフィールドで激突する両チームだったが、試合は序盤からアマテラスが天空の焔を圧倒する展開となっていた。
『賢者連合』戦からもわかるが、『天空の焔』はエース戦力に特化したチームである。
近距離のエキスパートたるクラウディアと遠距離の怪物である香奈子、このバランスの取れた2人のスーパーエースこそがチームの特徴と言っても過言ではない。
そして、現在の『アマテラス』は同様に桜香というエースを中心としたチームである。
この両チームの戦いはすなわちエース同士の激突を意味していた。
試合開始と同時に容赦ない香奈子の破壊の1撃が唸りを上げて、アマテラスの陣地を蹂躙――することが出来なかった時点で勝負は付いていたのだろう。
「あの試合を見た時から思っていたけど……まさかっ、これほどとは!!」
世界のレベルを感じるという目的には合致していたが、戦う前に危惧していたように流れを殺される危険性もあった。
桜香によって追い詰められる今から考えれば、意味のない危惧とはいえないだろう。
それでも、圧倒されながらクラウディアは笑った。
彼女らもまた優勝を目指してるのだ。
ここで桜香を避けてしまえば、世界で蹂躙される危険性だけが残る。
結果は同じでも逃げるのと立ち向かうでは意味が異なる。
だからこそ、チームの最終的には納得したのだ。
この敗北にも意味がある、と。
「『トール』! いくよ!」
『了解』
その結末がここに現れようとしている。
香奈子の砲撃が桜香に1撃で無効化された時点で天空の焔はこの戦いのレベルを悟ってしまった。
『破壊の黒王』――赤木香奈子。
練習と執念のみで破壊系に覚醒した異端の魔導師。
奇襲の効果込みとはいえ、真由美を1撃で粉砕した魔導師である。
後衛としての通常時の能力でならば、真由美をも超えているのは疑い用もない。
しかし、香奈子ですら世界レベルでは力不足だと突きつけられた衝撃は大きかった。
チームの中心にして、エースたる者が実質的に無力化されてしまったのだ。
無理もないだろう。
この状況をどうにかするには桜香を誰かが倒すしかない。
そんな事が可能なのは、香奈子以外では彼女しかいなかった。
「私が、私がなんとかしないといけない!」
香奈子は元々、経験不足な部分が多い。
能力で他の魔導師を圧倒してここまで来た彼女は格上との戦い方などがわかっていなかった。
この大会を通して40戦近い試合に出場してはいたが、強敵とぶつかり乗り越えた経験は皆無に近い。
順当なスペックのまま、順当に勝利しただけのハリボテのエース。
そのような評価を受けていることを香奈子も知っていた。
同時にそれはクラウディアが危惧していたことでもある。
後衛魔導師は強力な火力特化型が大半であり、それは香奈子だけでなく真由美やハンナなども同じであった。
違う部分があるとすれば、ただ1つしかない。
それは経験による対抗策の有無であった。
真由美もハンナも自身以上の魔導師とぶつかった経験など腐るほど存在している。
それに対抗するための切り札も世界戦に向けて温存してあった。
不器用な特化型といえ、そのままで世界に通じると思う程彼女たちはアホではない。
そんな中、香奈子だけは更なる隠し玉を少なくとも今は保持していなかった。
表に出ているのが全てであり、その状態でどこまで世界上位とやれるのか。
確認を意味を込めてでの対戦だったのだが、『不滅の太陽』を甘く見たツケは重かった。
「桜香さん!」
「ん? あなたは……。なるほど、いいですよ。来なさい」
クラウディアが魔力を練り上げて、桜香との戦いを開始する。
かつて負けたばかりで不調の桜香にすら一蹴されたのだ。
実力差は明確であり、簡単に覆るようなものではない。
それでも手も足も出ないのはまずかった。
天空の焔はエースへの信頼で出来ているチームだ。
それが崩れてしまうと世界戦だけでなく、この先戦えなくなってしまう。
「はああああああッ!」
「はっ!」
スフィアから生成された雷撃と共に斬りかかる。
ベテラン程度ならばそれだけでも粉砕出来るクラウディアのコンボ技だが、桜香には通じない。
魔導機の一振りで軽く雷撃を消し飛ばして、障害物など無いかのように簡単に接近してくる。
「早いッ!」
迎撃――否、間に合わない。
あまりにも完璧なタイミングでの突出に自分の攻撃が読まれていた事を悟る。
いくつかの原因が頭に浮かぶ。
スフィアへの魔力チャージのタイミングと攻撃の感覚からクラウディアの行動を予測したのではないか。
クラウディアも懸念していた自動攻撃・防御術式の弱点をあっさりと突いてくる。
「相変わらずっ」
「……真っ直ぐで良い太刀筋です。強くなりましたね」
「っ、余裕を見せるなッ!」
スフィアの数を増やして、死角からの雷撃を狙うが避けられる。
全方位の魔力感知技能、立夏との戦いからさらに実力が向上していた。
「まだ、まだ発展途上だと言うのッ……!?」
クラウディアだからこそ、まだ戦えている。
スフィアの自動迎撃はタイミングを読まれるとはいえ、速度・威力共に桜香から見ても危険であるし、剣技でも各段に強くなっていた。
桜香が叩きのめしたころと比べれば倍近くレベルアップしているだろう。
しかし、それでも桜香には届かない。
仮に援護でもあれば、まだ事態の改善は望めたがそれも叶わないことだった。
なぜならば、既に天空の焔は壊滅していたからだ。
「惜しいですね。開幕さえなければ……」
「まだ、まだですッ! 発動、ブリッツモード!」
『展開』
「……その闘志に敬意を。私とは違うのね」
羨ましそうにクラウディアを見つめる桜香だが、見られている方に余裕など存在しない。
チームのためにも決死の覚悟で前に出ていた。
正確には前に出るしかないのだ。
既に本陣は壊滅している。
香奈子が放った砲撃は桜香に吸収されて、香奈子の魔力適性を得た桜香の遠距離砲撃で1撃で沈められてしまった。
桜香が遠距離攻撃出来るということの意味を忘れた香奈子の失策である。
かつての『クォークオブフェイト』戦で真由美に奇襲で勝利したのをそっくりやり返された形になっていた。
こちらが狙えるということは向こうも狙える。
香奈子は破壊のオーラを纏うようになってから、通常攻撃はほぼ無効状態だった。
油断はしていなくとも行動から徐々に警戒心が無くなっていたことを容赦なく『不滅の太陽』は暴いたのである。
「これがあの女神を超える力! 今のままじゃ、届かない。それでもッ!!」
クラウディアが放つ雷撃を潰し、桜香は正面から進撃してくる。
ミスの1つが命取りになるのが世界戦なのだ。
警戒に警戒を重ねても足りることはない。
このレベルまで来れば、エースの攻撃はほぼ全てが必殺級である。
クラウディアも火力などは十分に強力だったが、目の前の女性を前に胸を張れるレベルでは断じてなかった。
ブリッツモードで上昇した内部の活性化など無意味と言わんばかりの反応速度。
パワータイプのクラウディアをパワーで圧倒する能力。
その上で、クラウディアが行う小細工を容易く掌握するテクニック。
揺らがぬエースとしての不動の在り方。
心技体、全てで桜香はクラウディアを超えている。
「一矢だけでもっ!」
「……ダメですよ」
「なっ……」
せめてダメージを。
そう考え、口に出たクラウディアの思いを敵が否定する。
一切の容赦なく桜香は天空の焔を粉砕していく。
「どんな状況でも勝ってやる。――いいえ、勝つのがエースです。チームを背負うのに負けても一矢報いた、なんてカッコ悪いだけですよ?」
やるのなら自分を倒すつもりでやれ。
桜香はそう言ってきているのだ。
気負いがあったクラウディアから余分な力が抜ける。
エースの誇りは時には自分を縛る鎖にもなってしまう。
かつての桜香がそこを突かれて力を発揮出来なかったのは言うまでもない。
それでも、背負う事を選らんだ最強のエースは雷光の少女に教えを授ける。
「ご忠告ありがたくッ!」
「うん、いい目。――これで遠慮なく潰せます」
クラウディアから怯えがなくなり、前に逞しく出てくる。
余人を交えぬ1対1の舞踏。
結局クラウディアは最後まで大技に頼ることなく桜香と実に20分に渡って戦い続けることになった。
派手な終わりではなく、最後まで粘りの強さを見せつけるが一矢報いることもなく敗北を喫する。
『アマテラス』対『天空の焔』はある意味で事前の予想通りの決着となり、この時点で『クォークオブフェイト』以外のチームに勝利した『アマテラス』は1敗で世界戦への出場を決めるのであった。
残る席は後1席。
最後の座を掛けて争うのは『明星のかけら』と『天空の焔』。
両者共に、敗戦を糧にしてどこまで羽ばたけるのか。
そこに注目が集まるのであった。