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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第186話

 天祥学園の時間割はかなり特殊な形になっている。

 チームに所属していない生徒に関しては、1部の授業が選択式になっている程度であり、そこまでの大きな違いはないが所属している生徒は大きな変化があった。

 まずは、この学校の目玉である戦闘授業の免除だ。

 成績を残しているチーム、それこそ『クォークオブフェイト』のようなチームならばほぼ出ていなくても単位が取れる。

 健輔は里奈が担当している物や理論系の1部は出席しているが、他は全て出席どころか顔を出したことすらない。

 他にも単位の1部免除などと数々の優遇がある。

 正確にはこれくらいしないと単位を維持しつつ、殺人的な大会スケジュールをこなせないからなのだが、学生たちはそんな事情など知らなかった。

 わかることは妙に同級生が忙しそうにしている、ということぐらいだろうか。

 中途半端だが魔導に携わっていて、時間的な余裕が作りやすいからこそ、チームに所属しない学生は却って本土の高校生などよりもゆとりが多かった。

 1年生の今のレベルでも教科書1冊を丸暗記する程度は簡単にこなせるのだ。

 遊びたいと思うのも至極当たり前の感情だった。

 そんな一般的な1年生と比べれば、世界に向けてひた走る健輔、正解にはチーム所属の魔導師たち。

 彼らは当たり前だがそこまでクラスに馴染めない。

 人当たりの良い圭吾でも友人と呼べるレベルの人間が多くないのは、この辺りが原因だった。

 健輔も同じだったが、風向きが変わり始めたのはつい1週間程前のことである。


「瑞穂ー、今日はどうするの?」

「うーん、今日も声を掛けようって思ったんだけど」


 瑞穂と呼ばれた女生徒はそう言ってある方向へと視線を向ける。

 そこは健輔の座席がある場所だった。

 ホームルームが終わり、今から放課後に入ろうというタイミングだが、主の姿は既に見えない。

 健輔が素早く教室を出たわけでなく、単純にホームルームに参加していなかった。

 今日の『クォークオブフェイト』は夕方が試合時間である。

 『暗黒の盟約』戦が最後の強豪戦だったが、試合自体はまだ続いているのだ。

 当然、健輔も選手として出場していた。


「佐藤くんは試合だっけ?」

「うん、いい加減頷いてくれたらいいのになー」


 瑞穂が健輔にお願いしているのは、練習に付き合って欲しいということだった。

 彼女としてはそこまで無茶なお願いしているつもりはない。

 良くも悪くも無知、それがこの段階の1年生である。

 3学期で本格的な戦闘実習に入り、そこでようやく多くの生徒が魔導の危険性と魅力を理解するのだ。

 ある意味で1年生は体験期間と言えるだろう。

 普通の学生生活をこなしつつ、魔導という異常を受け入れる土壌を育てるのだ。

 健輔のように最初からアクセル全開の学生の方がイレギュラーであり、正当なのは彼女や大輔の方だった。


「瑞穂のお願いを断れるってすごいよねー。やっぱり、あの噂って本当なのかな?」

「九条さんとデキてるってやつ? どうだろ、それならもうちょっと、いろいろとあるような気がするな」

「かなー? でも、九条さんと同じクラスの友達が言ってたよ。九条さんって、普通はそんなに笑わないけど、佐藤君といる時は嬉しそうだってさ」

「そうなの?」


 他愛ない噂話。

 この年頃ならばやはりメインの話題は他者の色恋沙汰だろう。

 片方がクラスどころか学園を代表する美人、もう片方はその美人の姉を沈めた男。

 いろいろな意味で話題性だけはあった。

 男の方に華がないのが唯一の欠点だろう。


「瑞穂の色仕掛けもあんな美人がいれば通用しないのは当たり前かな」

「もうっ、そんなのじゃないよ」


 友人のからかいの声に瑞穂が声を荒げる。

 瑞穂が健輔に声を掛けたのはその強さを見たからだ。

 大輔がかつて所属していた1年生だけのチームに彼女も参加していた。

 健輔に因縁を吹っ掛けた2人、中井颯太と桜庭陽斗とも話したことがある。

 彼らのように軟派すぎるのは好みではないため、それなりにやり過ごしたが飛び方だけはすごいと素直に思っていたのだ。

 彼女はまだ浮ける、というレベルであり空で動き回るなど不可能としか思えない領域だった。

 先輩たちが容易く空中機動を出来ることは知っている。

 しかし、同級生では彼らが圧倒的だと思っていた。

 その固定観念を粉砕したのが健輔たちトップチーム所属の魔導師である。

 あの日、健輔や優香が見せた綺麗(・・)な機動に目を奪われた。

 だから、同じように飛びたくなった。

 彼女が健輔に教わろうとしている動機はそれだけである。


「今日はどうしようかな……」

「あっ、そうだ!」

「どうしたの? 明美?」

「佐藤くんたちは試合なんだよね? だったら1回見に行こうよ。私たち、入学した時から見てないしさ!」

「うーん……。そうだね、私たちもちょっとは成長したから凄い、って以外もわかるかな」

「歩夢も誘おうよ。放送部だからいろいろ知ってるだろうし」

「いいね。そうしようか!」


 深い考えがあったわけではない。

 話の流れでそうなったから、賛同しただけだった。

 その先、試合を見てどのような感想を抱くのか。

 瑞穂自身もまた、わかっていなかったのである。


 




「うわ、なんかすごいいっぱいだよ」

「佐藤さんたちのチームは人気がありますから、有力チームとの対戦はほぼ満員でしたよ」

「それは知ってるけどこんなに?」

「中にいるとあんまり実感ないですけど、魔導は結構注目されてきてますから」


 彼女らは歩夢とスタジアムで合流して、3人は観客席に着く。

 観戦用のスタジアムは両チームの戦闘フィールドを光学魔導を用いて直ぐ傍にあるように見せかけている施設だ。

 選手たちの距離に応じて術は自動で精度を変えるように設定されている。

 そのため、近くにいるのならそのまま見ることが出来るようになっていた。


「でも、国内大会ってすごい試合数だったよね? いつもこんなにいるの?」

「いいえ。基本は立体投影などですよ。ネット中継しているのは知っていますよね?」

「うん」

「現場にいるように見えるっていう施設が世界各地にありますから。日本以外の施設は申請がないとこちらの試合は見れないですけど」

「へー、それってすごいじゃん!」


 明美が歩夢を質問攻めにする傍で瑞穂は周囲の会話に集中する。

 聞こえてくる内容はどの魔導師が活躍するのか、というものがメインだ。


「九条さん、か」


 中でも優香の名前が出てくる回数は最多だろう。

 ちらほらいる学園生なども彼女の活躍を期待している人物が多かった。

 学園でも有数の美人にして、最強クラスの魔導師。

 瑞穂も容姿には恵まれた方だが、上には上がいると優香を見た時には思わされてしまった。


「身体系を極めればあそこまで綺麗になるのかな?」


 入学当時ならばともかく今は瑞穂も魔導師の端くれである。

 系統が齎す効果などは知っていた。

 瑞穂の系統は浸透・身体系。

 これは戦闘よりも日常における比重を重要視して選択された系統である。

 浸透系は魔力を流し込む系統だ。

 他者への干渉が本来の役割だが、自分へのより精密な魔力浸透には使える。

 これを使って身体系の効果を高めていた。

 瑞穂のように日常における魔導を追及する人物は少なくない。

 身体系があれば化粧いらずの肌にすることも容易いし、何よりも肉体的な不調を解決するのに最適だ。

 生理の辛さも和らげられるため、これだけでも魔導を習ってよかったと思ったほどである。

 肉体的に常にベストコンディションを維持することが出来るのは役得としか言いようがなかった。


「瑞穂、どうしたの?」

「あっ、ごめん。ボーっとしてた」

「何々? 熱気に当てられた?」


 友人の人懐っこい笑顔に苦笑が浮かぶ。

 優香のような図抜けた美しさはないが、健康的な可愛さが明美にはあった。

 瑞穂は自分にはない友人の特徴を少しだけ羨ましく思う。


「違うよ。ただ、こんなに注目されてるんだ、って思ってさ」

「あー、わかるかも。下手なアイドルよりも人気あるかもね」

「魔導師の戦いは派手ですから。それに今年はかなりの当たり年ですから」

「へー、佐藤くんって思ったよりもすごいの?」

「……うーん、それは自分で見ないとわからないと思います」

 

 歩夢のいまいちはっきりしない物言いに2人は顔を見合わせる。

 健輔の活躍を情報としてなら、彼女たちは知っていた。

 学園で1番強い魔導師に勝っただの、先輩に勝っただの武勇伝はいくらでも転がっている。

 だから、『知って』はいるのだ。

 瑞穂に限らず、1年の大凡6割程度、つまりは1年生の大部分は知ってはいる。

 しかし、彼女たちは情報を理解していたわけではなかった。

 健輔は駆け抜けるように魔導師に染まったが、普通の学生は戦闘行為をあっさり受け入れることが出来ない。

 それがあるとわかっているが実感しているわけではないのだ。

 この時期、12月――いよいよ、来年から戦闘実習を始めようという時期に来て、彼あるいは彼女たちは普通に見える同級生たちの真実を知るのが常だった。

 瑞穂と明美、この2人もある意味で学園伝統の洗礼を受ける時期が来たのである。


「あっ、そろそろかも」


 歩夢から答えを貰おうと見つめていた2人は歓声に導かれて、視線を戦闘フィールドへと移す。

 拡大された両チームには当たり前のように彼女らのクラスメイトの姿があった。


「な、なんか雰囲気違うね」

「え、ええ」


 少し声が上擦ってしまう。

 スクリーンに投影された健輔は素人である彼女から見てもわかるほどに鋭い雰囲気が出ている。

 教室で授業を受けている時は眠たげに瞼が閉じそうになっている顔しか見せていない。

 ギャップなどというレベルではなかった。

 一瞬、別人かと思う程の変貌ぶりである。


「佐藤選手は……なっちゃんが言うにはオンとオフがはっきりしてるらしいけど……。この間とは別人みたいだね」

「きょ、教室でももうちょっと大人しい感じだったよ」

「そうよね……。どうしたんだろう」


 チーム内でも健輔の戦闘時の切り替わり方は冗談で別人格でも出てるのではないかと言われているのだ。

 初見で、さらにはあまり戦闘に慣れていない2人からすれば、軽い恐怖を感じるレベルの変貌である。

 一瞬映るだけのスクリーンですら雰囲気の違いを感じ取れるのだ。

 健輔の鋭い雰囲気に少しだけドキドキしながら瑞穂は試合が始まるのを待つのだった。






 今回の試合では健輔、剛志、妃里を前衛にして後衛に和哉、真希、圭吾といつもとは違った編成となっていた。

 これは来年以降も意識した陣形であるのと同時に世界戦に向けての調整でもある。

 相手チームは中堅レベル、初戦の『黎明』とほぼ同レベルの相手だ。

 あの頃のように先輩たちの調整が終わっておらず、1年生たちもまだまだひよこだった頃なら不覚を取ることもあったが、今のレベルではもうそんなことはあり得なかった。


「ウオオオおおおおおおおッ!」

「ほいっ、とな」


 オーソドックスな刀タイプの魔導機に陽炎を横から殴りつける。

 どの角度で斬りかかってくるのかを判別して、軌道をずらすための技だが、錬度に圧倒的な差がなければ成立しないものだった。

 健輔からすれば手品、しかし、相手の2年からすればレベルを見せつけられたようなものである。

 悔しそうな顔を隠せずに、必死に連撃を放つ。

 授業で相手をした多少の機動自慢などとは次元が違う。

 確かな練習の証と、必死の努力が窺える。

 しかし、現実は残酷であった。

 

「うっ、なっ、これは」


 いつ間にか相手の2年選手の体に糸が巻き付いている。

 力を入れようと魔力を高めれば高める程に強度が増し、拘束が強くなっていく。


「うあ、く、な、なんだこれは!?」

「はい、ご苦労様」

「しまっ――」

『シルエットモードY』

「砲撃を1つ、お届けになります」


 相手は障壁を展開しようと魔力を高めるが、糸の干渉でそれすらも行えない。


「こ、こんな、嘘だ――」


 悲痛な叫びをあげて落ちていく相手に一瞥すらも向けず、健輔は次の戦いへ向かう。

 脳裏から既に相手の姿は消えていた。

 まだ相手は残っているのだ。

 試合が終わるまで彼が物思いに浸ることはない。


「圭吾、ナイスアシスト」

『どうも。そっちもこっちの糸に干渉したでしょ?』

「実験だよ。次はどこだ?」

『早奈恵さんに聞きなよ。まったく……』

『お~い、香奈さんから通達だよ~。健輔は剛志くんの方だってさー。圭吾くんはそのまま援護をよろ~』

「了解」

『わかりました』


 返事に力は入っていない。

 それは手を抜いているのではなく、力を入れるタイミングの緩急を見極めているからこその脱力である。

 都合、40戦近くの試合と10近い強豪との戦いが健輔をこの領域まで連れてきてしまった。

 戦闘センスを込みでも学園屈指の錬度である。

 今の健輔に確実に勝てると断言できるのが、優香とクラウディアしか同学年には存在していない。

 対抗できる男子は龍輝しかおらず、彼も今の力――星野勝の固有能力なしでどこまでやれるのかはわからなかった。


「よし、行くか」

『節約で行きましょう。私は遠距離プランを勧めますが』

「その心は?」

『相手の錬度から考えて迂闊な陣地への踏込みは悪手です。データからは平均的なチームですので後衛もマスターで対処可能かと』

「……ふむ、まあ、やってみるのもありか」


 魔導機を杖の形態へと変えて、先端部分に砲塔を展開する。

 陣地ごと自爆戦法は2匹目の泥鰌を狙っているのか、そこそこの頻度で見られるようになっていた。

 警戒しておく分に問題はないだろう。


「じゃあ、粉砕するかね」

『マイスター美咲へ伝達……。位置情報来ます』

「おっしゃ!」


 前衛魔導師の健輔がいきなり後衛へとスタイルを変更する。

 その構えは寸分の狂いもなく真由美の型と同じだった。

 今の健輔はツクヨミの2年生と遜色がないレベルの後衛にも変わることが出来る。

 派手さはない、しかし、その多彩さはもはや厄介な段階を超えて脅威へと至ろうとしていた。

 健輔を無視出来ず、主力を差し向けるようになってきている。

 そして、先ほどのように返り討ちにあうのだ。

 生半な魔導師ではもう単独で健輔を止められないし、仕留めることなどもっと不可能だった。


「おっ、直撃か」

『油断していたのでしょう』

「だな」


 そのレベルに至ってもあり方は変わらない。

 見つめるのは常に上、そこ至る障害を実力で粉砕出来るようになるまで己を高めることしか考えていないのだ。

 童心のままに彼は夢中で魔導を振るう。

 それがそのまま脅威として、敵チームに襲い掛かるのであった。

 この日の試合は危なげなく『クォークオブフェイト』が勝利を収める。

 試合時間15分。

 主力を欠いた状態でも強豪と呼ぶのに不足はないと彼らは確かな実力を周囲に示すのであった。

 そして、この試合を瞬きすらも忘れて2人の乙女は見入る。

 彼女らの心にこの試合がどのような波紋を描いたのか。

 それは本人たちにもわからないことであった。


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