第182話
放たれた一閃は立夏の障壁を容易く両断し、そのライフを0にする――はずだった。
『「ごめん、――お願い元信」』
立夏の小さな呟きはしっかりと相棒に届く。
他の戦線は一進一退の状態で変わらない。
仁を貴之が亜希を元信が抑えてきたが、魔導師としての二宮亜希は平良元信に遠く及んでいなかった。
彼の戦闘スタイルは傀儡師――誰かを操る者だが本当は違う。
本当のスタイルは支援型。
立夏を支援し、その状態で自身も戦闘を行えるのが彼の強みなのだ。
立夏という傀儡師に操られる傀儡。
彼の2つ名は2重の意味を含んでいる。
魔導連携の本当の姿が今、桜香の前に晒される時が来た。
「なっ」
必殺のタイミングで放った攻撃、あり得ない動きで回避される。
無理矢理にでも糸でひっぱりあげたような動き。
未だに桜香が有利だが、このタイミングで隙を見せるのは不味かった。
『「はあああああッ!」』
手元に引き戻した魔導機で桜香に斬りかかる。
障壁で一刀は防がれたが、もう一刀は、
「貫通術式!? しかしッ!」
『「まだ! ここからよッ!」』
障壁を素通りするように剣が桜香に迫る。
桜香とて歴戦の魔導師だ。
いつまでも突発的な事態に怯むことはない。
元信の援護があろうとも爆発的な力の上昇はないのだ。
立夏の創造系・身体系と莉理子創造系・固定系の波動、とでも言うべきだろうか。
それらの特性を吸収した桜香は自分のレベルで彼女たちの技を繰り出すことが出来る。
そこから次の形を生み出すことこそが、この戦いでの桜香の狙いだった。
「私の、新しい道のために!」
『「っ、私の今までのために!」』
双方、ぶつけ合う意思は同じだった。
違うのは向いている方向だけである。
これからの戦いのために勝利を欲する者と、今までの戦いのために勝利を欲する者。
両者が持てる全てを相手に叩きつけていた。
「負けらない! 私は、もう、負けないッ!!」
『「私は勝つ! あなたに、私は勝ちたいッ!」』
立夏の体には元信が伸ばした魔力の糸が繋がっている。
同じ戦い方をすれば押されるのは立夏なのだ。
慣れているため早々ピンチには陥らないが、桜香の圧倒的な力にもはや中途半端な対策は意味をなさない。
立夏のこれまでの経験と、サポートする莉理子の予想から弾道を予測して魔剣を避ける。
それでもダメなら元信が無理矢理にでも回避させる、となんとか攻撃を凌いでいるに過ぎない。
このままでは僅かに命が伸びた程度でしかないのは、立夏が1番よくわかっていた。
『「はぁああああああ!」』
「気合を入れた具合で――」
お互いの剣群が撃ち合い、空中で砕け散る中で立夏が接近戦を仕掛ける。
構図は先ほどまでと変わらない。
すれ違いの一瞬、お互いの魔導機を勢い打ち付けあった。
桜香が違和感を感じたのはその時である。
「……これは……力が上がってる?」
たった一合の打ち合いだったからこそ、違和感は鮮明だった。
桜香の魔導機が明らかに力負けしていたのだ。
次の交差、さらにその交差と繰り返す程に桜香の隙が大きくなっていく。
「私が、パワー負けする……。そんな、あり得ない!」
両手剣の桜香を片手の立夏が力で押し始める。
立夏のもう1つの系統は身体系、肉体活性は得意とはいえ桜香程の性能は保持していない。
魔力固有化まで自在に操り、立夏と莉理子の魔力特性まで取り込んだ桜香が負ける要素は存在しないはずだった。
この状況で変化が起こる理由など1つしか原因が存在していない。
「元信さん、去年は立夏さんの動きを補佐するだけだったけど、もしかして……」
『「正解よ!」』
「やっぱり、早い!」
立夏の斬撃を受け止めるが衝撃で体が泳ぐ。
今はまだ致命的な隙にはなっていなかったが、このまま続くとマズイ自体になることは目に見えていた。
「……流石、立夏さんです。だからこそ、戦う意味がある!」
『「っ、これでも届かないの!?」』
魔力を全身に行き渡らせて、桜香は一気に前に出る。
力と力との真っ向勝負を挑む。
今度は先ほどまでとは逆の光景が繰り広げられる。
桜香の一撃を受けた立夏の身体が泳ぎ、隙を晒すようになっていた。
「しぶといッ!」
『「ま、まだよ!」』
立夏が新たに繰り出す技を桜香は己の力で乗り越えていく。
どのような策も効かないと思わせるほどの気迫と、実力を確かに見せつける。
「まだ、まだ押し切れないっ」
既に決定打はいくつも放った。
魔剣の群れはオリジナルの立夏よりも威力、精度、再生速度、おまけに耐久性までも優る。
ぶつかり合えば勝利するのは桜香であり、立夏の魔剣は焼け石に水にすらなっていない。
追加に周囲の空間には魔力をチャージする機構を自在に展開して、死角から砲撃魔導に匹敵する斬撃を放てるのだ。
負ける要因を探す方が難しいだろう。
さらに、健輔たちが予測した通り、桜香に時間制限など存在しない。
魔力固有化は体に負荷こそ掛かるが、1時間程度でどうにかなるものではなかった。
時間が経てば経つほどに不利なるのは立夏である。
『「っぁ……!」』
時には技をぶつけ、術をぶつけ、さらには元信の力までも借りたが桜香に対する決定打を立夏は見出せなかった。
一時は押し返した流れも再び桜香の方へと流れている。
攻撃の意思を捻じ伏せるかの如き、猛攻を紙一重で攻撃を避け続けるが、そんな神業をいつまでも続けれるはずがない。
元信のサポートが無ければ既に落ちていただろう。
浸透系を用いて、魔力の循環サポート、パワー配分の計算、いざという時は無理矢理な身体操作と大活躍どころの話ではない。
それを亜希と戦闘しながらこなすのだから、元信の実力がよくわかる。
『「でもっ!」』
それだけの奮闘があっても桜香に届かない。
剣は砕かれて立体攻撃をやり返される始末である。
立夏の技は限界を既に超えて、莉理子との連携は120%の力を発揮して、元信のサポートは立夏をさらなる高みに導いた。
それだけの人間の力を合わせても。桜香の方が完成度が高く、強い。
立夏のの積み上げた3年間の全てが桜香の力に敗北していた。
『「それでもッ!」』
涙を溜めた瞳で敵を強く見据える。
才能に劣ることなど1年前に気付いていた。
実力が足りていないことなど、とっくの昔に知っている。
この場に立ち、戦うためにあれこれと理屈を付けているが結局、立夏は桜香から1度逃げたのだ。
それだけは誤魔化せない。
他の誰もが慰めてくれたとしても立夏がそう思っている限り、どうしようもないことだった。
桜香に敗北を教えるなどと言いながら本心はそこにある。
そこを認めなければ橘立夏は前に進めない。
『「お願いっ!」』
『……わかってる。好きにやれ』
苦笑したような、それとも諦観だったのだろうか。
いくつもの感情を帯びながらも1番に強く感じれた思いは寂寥だった。
損な役割を押し付けた相棒に立夏は申し訳なく思う。
ほんの少しの会話だったが、お互いが何をしようとしているのかなど直ぐにわかった。
その程度には付き合いも長い。
『「ありがとう」』
『それが俺のやりたい事だ。気にするな』
今は意思を重ねているが後輩も応援をしてくれていることを感じていた。
ならば、このまま負けることだけはあり得ない。
何より、コピーを昇華する戦法など桜香にあってはならないものだ。
立夏が憧れた太陽はもっと、強く、気高く輝いて欲しい。
きっと、それを彼女の妹も、そして宿敵も望んでいるだろう。
『「……私は、先輩だから」』
年上の意地というものを見せてやろう。
桜香は圧倒的だが、倒せない存在ではないと既に証明されているのだから。
1年生がやれたことを、3年たる彼女が出来ない道理はない。
理屈になっていない理屈に心の中で笑い、立夏は最後の行動に移る。
魔力回路は悲鳴を上げて、自慢の術式たちは役目を果たせない。
ここから何をやろうとも、結末は変わらないだろう。
それでも、欠片でも可能性があるのならば、挑むのが礼儀だと立夏は知っていた。
『「――曙、いくよ!」』
『術式起動、2番、3番』
『「一斉、掃射! 『剣の嵐』!」』
空間展開の『剣の界』を除けば最大数の展開を見せる術式『剣の嵐』。
名前の通り、降り注ぐ雨の如く、大量の剣が桜香の視界を埋め尽くす。
「こんなものッ! 『御座の曙光』――並列掃射!」
桜香の周辺に魔力球が現れ魔力のチャージを開始。
そのまま、立夏ごと飲み込む勢いで七色の光が放たれる。
剣群が消えていく中、立夏は奇跡的な回避運動で光を突っ切っていく。
「これを超えてくるの!?」
桜香にとっても予想外だった。
大規模範囲攻撃は立夏のようなタイプには致命傷を与えるには十分な威力を誇る。
僅かに体が竦めば直撃は避けられない。
既に極限状況を大きく超えた状態での神業に桜香も動揺を禁じ得なかった。
「違う、もしかしたら」
避けたのではなく、必要な分だけ逸らしたのではないか、と思考を巡らせた。
桜香は自分がされたカウンター攻撃について思い出していた。
高速機動を行い、剣群を召喚して、さらには最小限の転送陣で攻撃を逸らす。
どちらにせよ今の立夏のレベルと消耗でやれることではないが、こちらは理屈が通っていた。
立夏と合一しているのは国内最高のバックス、三条莉理子である。
高速機動以外の2つに関しては不可能ではないだろう。
では、最後の高速機動、より言えば転送陣で逸らしながら空を飛べたのは何故なのか。
これも答えは簡単だった。
「よくも、他者にそこまで意識を預けられる。これが、『曙光の剣』の強さ」
魔導連携を受け入れられる時点で思っていたことだが、簡単に他者へ自分を委ねられる心の強さが桜香には眩しく映る。
同じ日の光なのに、立夏は暖かく、桜香はひどく冷たい印象を受けるのは何故だろう。
誰よりも彼女がその答えを知りたがっていた。
橘立夏という女性の強さに桜香は憧れているのかもしれない。
「それでも――」
今は桜香の道を阻む敵でしかない。
ならば、勝つのだ。
あんな悔しい思いはもうしたくない。
「――私が勝ちます!」
桜香の叫び、隠していただろう激情を前に立夏は微笑んだ。
どうやら、自分の心配のしすぎだったようである。
桜香は既に負けることの意味も、そこから立ち上がる大切さも知っているようだった。
先輩として、かつてしっかりと伝えることが出来なかったものは、彼が達成していたようである。
『「少し、羨ましいかな」』
桜香に勝てたことを羨ましく思う。
可能ならば自分も勝ってみたかった。
国内最強と謳われる後輩に仲間の力を結集して勝てたのなら、どれだけ嬉しかっただろう。
立夏には想像することも出来なかった。
何より、仲間たちともう少しだけ一緒に戦いたかったのだが、
「――未練だね。……ここまでありがとう、莉理子ちゃん」
『えっ……、り、立夏さん!? どうして、解く――』
「ここからは私の戦いだから。……ごめんね」
『っ……。ご武運を』
莉理子との合一を解いて桜香に斬りかかる。
そこで魔力の糸が自分に干渉していることに気付く。
『俺はいいだろう? 相棒なんだ。最後くらいはな』
「ふふ、そうだね。――3年ありがとう」
放たれる最後の剣群。
魔力回路は酷使された状況に悲鳴を上げていうことを聞かない。
桜香の障壁を突破できずに障壁にぶつかる端から消えて行く剣たちを見て、立夏は終わりを悟った。
既に余力はほとんど残っていない。
とっておきの1つだけを残して、彼女は桜香の元へと向かう。
「はあああああッ!」
「たああああッ!」
打ち合う2つの魔導機、立夏の渾身を桜香の渾身が弾き飛ばした。
弾かれた右の『曙』を視線で追い、頷く。
残った左側を両手で構えて再度の攻撃に出る。
その時、不思議と桜香と視線が合った。
「桜香ちゃんッ!」
「立夏さんッ!」
初めて魔導師として戦った時の事を思い出す。
怖くてたまらなかった、それ以上に楽しかった。
次のエースとして期待される嬉しさもあったし、きっと充実していたのだろう。
そこに安住した結果が桜香に全ての負担を押し付ける結末になったのが、あの頃のただ1つの後悔である。
しかし、年上のお節介だったのだろう。
重いプレッシャーを剥ぎ取られて、それでも桜香は『太陽』足らんと努力している。
だったら、きっと大丈夫だ。
「……一緒に戦えたらよかったのにね」
「っ……。ありがとう、ございました」
チームを世界に導けない未練、そして――この素晴らしい後輩と共に行けなかった未練。
振り返ればいろいろと失敗もあったが、1つだけ間違いないことがある。
「楽しかったな……」
出てくる言葉はただ、それだけだった。
迫る刃をしっかりと見つめて、立夏は笑った。
勝てはしなかった、それでも彼女のエースとしての意地がただ負けることだけは許さない。
残った『曙』をもう1度しっかりと握りしめて、展開された桜香の障壁に突き刺す。
僅かに空いた穴に桜香も感づいたのか、困ったような笑いを浮かべた。
「立夏さん、ずるいですよ」
「私も3年で擦れちゃったんだよ。だから許して欲しいな」
悪びれない立夏の言葉に桜香は笑みを零した。
その言葉を最後に桜香の一閃が立夏に直撃する。
同時に放たれる曙からの一撃。
突撃の際に僅かに掠め取った桜香の砲撃を圧縮して放ったのだ。
桜香が攻撃に移るのとほぼ同タイミングの自爆攻撃。
桜香にもどうすることも出来ない攻撃であった。
『九条選手、ライフ40%! 橘選手、ライフ0! 撃墜判定です! 2つの『太陽』の戦い、勝負を決めたのは『不滅の太陽』九条選手でした。しかし、撃墜された橘選手も見事な健闘でした!』
立夏撃墜後も粘りに粘り、桜香の猛攻に耐えた『明星のかけら』だったが、試合開始から50分のところで、慶子が落ちて全滅となる。
元は同じチームから別れた欠片同士の対決は、新たなる太陽に軍配が上がった。
双方が何をぶつけ合ったのか、それは当事者にしかわからない。
1つだけ確かな事は敗れた方も晴れやかな顔をしていたこと、そして勝った方が新たな決意を固めたこと。
ただ、それだけである。
「ごめんね。莉理子ちゃん、我儘言って」
「っ、い、いえ、わ、私が……も、もう少し」
「いいの。泣かないで。そっちの方が悲しいな」
「ご、ごめんなさい」
涙を流す後輩を立夏は優しく諭す。
莉理子に力不足な点など微塵も存在していなかった。
立夏も、そして元信も等しく全てを出し切った戦いなのだ。
それを上回った桜香に感嘆こそすれ、後輩を責めるなどあり得ない。
「もう、立夏が最後に特攻なんかするからよ? ……それで、整理は出来たの?」
「うん。なんか、こう、終わると、あれだね。……スッキリしたかな」
「そっか。じゃあ、いいんじゃない? 負けたけどまだ終わりじゃないでしょう? 今度は世界にいくために頑張らないと」
「……うん、そうだね」
立夏の透き通った笑みを見て、慶子もまた笑みを浮かべる。
まだ『明星のかけら』は2敗、この先1度も負けなければ世界の切符を手に入れられる位置に存在していた。
そこで改めてリベンジを狙うことは決して不可能な事ではない。
慶子の言葉に間違っている部分はなく、チームを鼓舞する言葉として十分な力があった。
まだ火は消えていないのだ。
清算として戦いは敗北に終わった。
次は新しく進むための戦いが待っている。
「ほら、莉理子もいつまでも泣かないの。いい女の涙は取っておくものよ? 立夏のために流すものじゃないわ」
「あー、ひどいな。もう」
クスクスと笑い声が上がり、場が明るい空気に包まれていく。
まだ『明星のかけら』が終わったわけではないのだ。
1つの区切りではあったかもしれないが、試合自体はまだ続く。
「今は英気を養いましょう? 次の試合が待ってるしね」
「そうだね。じゃあ、行こうか」
『はいッ!』
敗北してもその明るさは曇らない。
『アマテラス』対『明星のかけら』は前者の勝利に終わった。
着実に2位への道を進める『アマテラス』。
残るのは3席目、最後の席を巡って戦いは進む。
そして、この戦いを見た健輔たちは来る世界戦に向けての準備を進めるのであった。




