第181話
「うわぁ……」
桜香が七色の魔力を出した時に部室内に誰とも言えない声が響く。
固有魔力の発現は真由美が30分近い全力稼働を行って、なんとか発動させる代物だ。
断じて少し気合を入れた程度で扱えるものではない。
それをまるで魔力適合能力のようにお手軽に発動させる。
真由美が一瞬肩を落としてしまうほどに他の魔導師を馬鹿にした光景だった。
「よ、予想はしてたけど……。マジだったよ……」
「確か優香と似た収束系の圧縮能力を持っていたな? あれが原因か」
早奈恵の解説と真由美の嘆きをBGMに健輔は分割した思考で能力の解析を行う。
桜香は優香と似た番外能力――オーバーカウントを保持している。
優香の物はオーバーリミット、収束系で上限値を突破するものだったが、桜香の物は収束系の能力なのは同じだが方向性が逆、圧縮に特化したものだった。
魔力を集めるのは同じだが使い方が違うのだ。
元来は圧縮した魔力で攻撃力を高めるのに用いられてきたが、固有魔力の覚醒に合わせてそちらを強制発動できるようになったのだろう。
「……時間経過も関係なしかよ」
「姉さん……まさか、ここまでとは」
「せ、制限時間があるかもしれないわよ?」
「時間切れ狙いがいいのかな……。いや、それも微妙だね」
真由美の固有魔力も強力だったが発動に時間が掛かるのと当たり前だが、肉体への負荷からそこまでの長時間は使用が出来ない。
美咲の指摘はあのタイプの能力を確認した者が思うことだ。
だからこそ、健輔はそこをそのまま放置しているのか微妙なラインだと思っていた。
健輔ならば多少効果が落ちても安定性能を発揮できることを優先する。
発動のタイミングを制御できるのならば、出力などもある程度は調整可能と考えた方が自然だった。
ならば、効果時間の延長は十分にあり得るだろう。
健輔と同じ結論に達したのだろう、優香が美咲の見解に否定的な言葉を出す。
「姉さんがその程度のことがわかっていない。そちらの方が望み薄だと思います」
「うーん……だとすると、弱点が見当たらない?」
「いや、制御するってことは威力自体は落ちてるだろう。11月に覚醒した身の丈を超えた能力を1ヶ月で完璧に扱えるならその限りではないけど……」
桜香ならばあり得るかもしれない。
そう思わせるのが彼女の怖いところである。
しかし、健輔はそれはないと思っていた。
真由美ですら制御に苦しんでいるのだ。
自分たちのリーダーと桜香にそこまで圧倒的な差があるとは思えなかった。
希望的な観測も混じっているが、そこまで的外れではないだろう。
「健輔の言う通りね。多分、出力を落としてるわ。それでも、立夏さんは厳しいでしょうね」
「あおちゃんの言う通りかな。そこまでは流石にねー」
「どっちにしろ厄介なのは一緒だと思うがな。制御できるということは外すこともできるはずだ。切り札の類になるだろうが、世界戦では使ってくるだろうよ」
「……隆志さんはどう思いますか?」
剛志が隆志へと問いかける。
2年生たちの予想を聞いていた隆志は腕組みを解き、
「俺も同じ意見だな。ただし、現段階では、と注意するべきだろう」
「世界戦ではもっと、いや、完全に制御されていると?」
「2ヶ月あればやれそうなのが『不滅の太陽』だと、俺は思うがな」
隆志の言葉に後輩たちは黙り込む。
真由美も制御困難な力を容易く己の物にする。
桜香ならば出来そうなのが怖かった。
「……立夏がどこまで引き出してくれるのか。そこが焦点になりそうだ」
「立夏さんなら多分、本気まで引き摺り出せますよ」
「ほう? 試合前に言っていたことと違う感じがするが……。根拠はなんだ? 葵」
「ないです。後、立夏さんが負けるとは言いましたけど、惨敗するなんて言ってないですよ? 多分、桜香の辛勝だと思います。見掛けほど余裕がある感じがしません」
「お前の勘、か?」
「予想と願望と後は、経験ですよ」
沈み込んだ部室の空気を晴らすように葵は不敵に笑う。
ふてぶてしい後輩の態度に軽く笑い、隆志は視線をスクリーンに戻す。
「我がチームのエース筆頭の意見だ。期待して続きを待つとしよう」
その言葉が合図となって健輔たちは再び、試合へと意識を傾ける。
映像の中では立夏と桜香の一進一退の攻防が映っていた。
見てるだけで熱くなる戦い、まるで葵の言葉が正しいとばかりに映る2人の争いには差が窺えない。
『曙光の剣』と『不滅の太陽』。
2人のエースの戦いに自然と彼らは魅入られていくのであった。
空気を切り裂いて黒き魔剣が桜香を襲う。
砕いても、砕いても、それこそ一欠片すら残さずに粉砕した状態でも剣はすぐ再生して襲い掛かる。
威力よりも妨害を企図した再生の魔剣、それに桜香はひどく悩まされていた。
「はあああああああッ!」
烈火の気迫と共に七色の魔力が周囲に放たれる。
斬撃に加減はなく桜香のポテンシャルは全てが十全に駆動していた。
それでも、立夏の攻撃を完全に止めきれない。
ダメージ自体は大した事はないのだが、じわじわとライフを削られていた。
『九条選手、ライフ78%!』
実況の残りライフの宣言が響く。
2つの太陽はそれを意にも介さず、ただお互いの技をぶつけ合った。
砕かれても幾度でも復活する魔剣が再び、桜香を目掛けて空を駆ける。
「っ、破壊されることを前提で、組み上げている!」
『「あなた相手に完勝出来るだなんて、夢にも思わないわよッ!」』
四方からの魔剣群。
かつて健輔が看破したように桜香とてどれほど強かろうが人間なのだ。
対応できるのは人が対応できる状況まで、2本の腕で守れる領域だけである。
加えて『暗黒の盟約』――大黒梢のように砕かれる前提での戦法に立夏は戦い方を組み直していた。
破壊されない剣ではなく、破壊されても喰らい付く剣。
立夏もまた健輔と戦った時よりも成長していた。
正当派の戦い方と邪道の戦い方が高い次元で融合している。
元々、立夏は高レベルの万能型エースなのだ。
戦法を1つ組み合わせて、それに連携を繋げることなど容易いことだった。
欠片から剣が復活して、桜香の思いもよらないところから攻撃が来る。
ダメージこそ与えれていないが着実に相手を追い詰めているのは、間違いなく立夏の側であった。
しかし――
「『天照』っ!」
『結界障壁展開』
『「っ、また!」』
――同時に攻め切れていないことも事実であった。
未だに固有化の本領を見せていない桜香に対して、立夏の手の内はほとんど知られている。
魔剣群も桜香の守りを突破するには火力不足であることは変わっておらず、物量で押すしかない。
結局のところ、能力を解放しても先ほどまでの構図と大きな違いが生まれているわけではなかった。
いや、ここまでは生まれていなかった、それが正しいだろう。
桜香は四方から来る魔剣を群れを結界内部で静かに見つめる。
そして、観察が終わったのか、まるで軍団に指示を出す如く魔導機を立夏に向けるのだった。
動作の意味はわからずとも立夏の体は自然と迎撃に動いた。
何故ならば、
『「剣が、まさか!?」』
「その術式、確かに拝見しました」
立夏の剣を同じように創造された剣群が迎撃する。
忘れてはならない。
桜香は5系統複合の魔導師。
系統融合の能力を組み合わせれば万能系に匹敵する対応能力を発揮できる。
立夏の剣と違い、外だけを繕った出来損ないだが、桜香の有り余る魔力が格差を埋めてしまう。
『「猿真似で――ッ!!」』
自分の技が遥かに格下の精度しか持たない偽物に負ける。
そこから感じる悔しさは饒舌に尽くしがたい。
健輔のソリッドモードがそうであるように、ここでこの行為はかなりの挑発だった。
冷静であることを心掛ける立夏にすら、一瞬とは自失させるだけの力がある。
しかし、それでも彼女は耐えた。
噛み締めた唇からは血が流れるが頓着せずに攻撃を続行する。
『「あなたに、そんな小細工は似合わないわよっ!!」』
「流石です。この程度では通用しませんか!」
桜香の小細工を退けて立夏は戦う。
挑発の類は相手の実力を阻害するタイプの作戦だ。
桜香ではそこまで大きな効果を得られない。
健輔のソリッドモードがあれだけ相手の神経を逆なでするのは、言っては悪いが格下である彼がやるからこその効果だった。
自分よりも実績などがない若手がドヤ顔で自分の努力を盗み、見せ付けてきたら余程の聖人でない限り怒る。
対して、桜香は全ての能力で学園の頂点に立つと周囲からも思われているのだ。
仕方ない、と技に誇りがあっても思ってしまう。
「『アマテラス』、術式解放。攻勢に出ます!」
『御座の曙光』
立夏に対して小細工は意味がないと判断したのか。
桜香が戦法を変える。
高まる魔力――集う七色の力。
以前の状態でも十分な破壊力を備えていた太陽の輝きが立夏を焼き尽くさんと放たれる。
しかし、立夏も歴戦の魔導師だ。
桜香の未確認の能力にならばともかく、確認済みの能力にはきちんと対策を行っていた。
『「甘い!!」』
『転送障壁、展開』
『「自分の技で落ちなさい! 術式展開――ディメンションカウンター!」』
「なっ」
桜香の周囲に無数の穴が開き、彼女を取り囲む。
健輔が『暗黒の盟約』戦で行った跳躍攻撃。
転送陣の個人での安定使用は割と最近の技術な上に個人で扱うには高度な技能が必要になる。
その割にはあまりリターンが見込めないという弱点があったのだが、1部の選手はそれを無視出来るのだ。
健輔、龍輝、そして――立夏。
正確には莉理子が制御しているのだが、そのような細かい事情は戦闘には関係なかった。
重要なのは桜香の攻撃をカウンター出来るだけの手段を用意していた、ということだけである。
「ならばッ!」
転送陣の術式ごと、消し飛ばそうと全ての穴に対して桜香は魔力弾を放つ。
後手後手に回る対応、どちらが主導権を握っていると言えるだろうか。
「これは……」
全ての転送陣を消し飛ばしたが、潰す端から新しいものが作られる。
どこから飲み込まれた砲撃は放たれるのか、桜香にも予想が出来ない。
1番安全で確実なのは防御を行うことだなのだろうが、この勝負所で防御に回れば、自分の攻撃で撃墜されてしまうことがよくわかっていた。
己の力で突破出来ないものはない。
桜香自身が誰よりも自分の攻撃が持つ破壊力をよくわかっている。
結界障壁でも防ぐことが出来ないのは確定事項であった。
「どこから、来るの!?」
『「そっちにだけ集中してもいいのかしら!」』
魔導機を桜香の左右に投げ捨てる。
この行動で次に何が来るのか。
桜香も戦闘データから知っている。
『「術式解放――1番『剣の界』!!」』
「――空間展開!? ここで来ますか!!」
転送陣と共に、夥しい数の魔剣が創造される。
空間内でなら魔力が許す限りの魔剣を創造することが可能な立夏の切り札。
全方位から来る立体攻撃――警戒してしても簡単に対応できるものではない。
ましてや、相手は桜香の攻撃を蓄えている。
先ほどまでとは違い、火力も十分なものがあった。
桜香の結界障壁と言えど、次は耐えられない。
防御態勢を取ればそのまま、押し切られ、回避は物理的に不可能。
攻撃も飛んでくる魔剣が破壊されることを前提にした再生剣だ。
大本である立夏を一瞬で撃破しないと状況は変わらないだろう。
『「終わりよ」』
剣と閃光が放たれて、不滅は焼き尽くされる。
王手――言うまでもなく立夏が状況を確定させたのだ。
見守る全ての人がそう確信した時、
「――いえ、まだです」
『「え――」』
――太陽は真実の姿を見せた。
「私の固有能力を覚えていますか?」
『「一体、何を――」』
「固有化で発現したのは私の魔力に干渉した魔力と似た性質を帯びること。それとこの能力を組み合わせると――」
魔導吸収能力は純魔力を吸収するフィールドを任意で展開する能力である。
1年生の時の世界戦で女神に完勝したのはこれがあったおかげとも言えるほどに強力な能力だった。
以前は、ただ任意で純魔力を吸収するだけであり、攻撃をある程度無効化する以外には使えない能力ではあったが、それでも十分に強力な能力だと言えただろう。
何より女神に完勝した一因ではあるが、結局のところ領域攻撃を常とする彼女と対人戦闘に優れる桜香との相性が最大の原因であり、決定的な要因でもなかった。
桜香の能力の中では使い勝手が微妙に悪い能力。
そんな評価だった能力が大化けするこになったのは、魔力固有化の発現が原因である。
真由美の魔力が破壊系――正確には自分の魔力への干渉を弾くようになったのと同じように桜香のものもある性質を帯びるようなった。
相手の魔力の性質をコピーすること、それが彼女の固有化の能力である。
一見、大したことのない効果だが、他の能力――マギノ・アブソートと組み合わせた時、怖ろしいことになるのだ。
「――空間展開。『暁の光』」
『「塗りつぶし!? でも、まだ!」』
「いえ、終わらせます」
立夏の空間を塗り潰すように生まれた空間には『御座の曙光』クラスの魔導砲撃がいくつも展開された状態で留まっていた。
術式『剣の界』が潰されて、一気に戦力が低下してもまだ、カウンターが残っている。
多少、効率が落ちても魔剣群を再来させることも可能だった。
直ぐに対処しようと体が動いた瞬間に立夏は信じられない光景を目にする。
『「そんな……さっきまではハリボテだったのに」』
「言ったでしょう? 吸収だと。あなたの技を私の力で再構成しました。オリジナルにも負けないですよ」
視界を埋め尽くす七色の魔剣。
ここに至って立夏も理解出来た。
桜香の新しい力の正体を。
「終わりです。物量で負けて、質で負ける。もうどうしようもないでしょう?」
『「ま、まだぁ!!」』
「その敢闘精神に敬意を表して。――ここで落ちてください。私にこれを使わせるまで追い詰められるのはあなたしかいないと思ってました。ありがとうございます」
『「っ……」』
立夏が溜め込んでいた『御座の曙光』を100を超える『暁の光』で塗り潰して粉砕する。
転送陣は光に飲まれ、魔剣は七色の魔剣に砕かれていく。
そして、桜香は立夏の懐に入り、
「はッ!!」
鮮やかな一閃を放つのであった。