第180話
部室塔の各チームの部室には空間投影用の設備が用意されており、その日に配信されている試合の観戦が出来る。
この日、週末の土曜日に行われるある試合を見るために彼ら『クォークオブフェイト』の面々は集まっていた。
「さて、どうなるかな」
「……応援はしたいが『アマテラス』有利だろう。仮に桜香が固有化を発動させたならば立夏では対応できまい」
「対『アマテラス』は『明星のかけら』の宿願だろう? 何も対応していないなどあり得るか?」
「たかだが1ヶ月で埋めれる差ではないはずだ。そもそも、普通の桜香も厳しいのにそれ以上に対して何か出来るとは思えんな」
早奈恵と隆志の舌戦が行われる中、他のメンバーは静かにスクリーンを見つめる。
今回会場に行っていないのは、試合を見ながら直接情報収集を行うためだ。
会場では大規模な魔導の使用が禁止されているため、細かい解析を後で行う必要がある。
通常の録画データでは見たいところが映ってなかったりするため、今回はこのような形となっていた。
以上のような理由で健輔たちは会場に行っていないのである。
1観客ならば会場で応援をした方がよかったのだが、どちらのチームも世界戦で戦う可能性がある以上は研究の方が優先だった。
「優香はどっちがいいんだ?」
「……え? それは……」
未だにいろいろな可能性を言い合う3年生たちとは対照的に後輩たちは静かだった。
試合開始の合図を静かに待つ彼らの中で健輔は隣に座る優香へ質問を投げる。
大したことのない好奇心から質問だったが、優香は真剣に考え込む姿を見せる。
思ったよりも悩んだ顔を見せる相棒だったが、
「姉さんに勝って欲しいです」
と力強く宣言する。
裏にある言葉は私が倒すまで負けるな、という意味だろう。
相棒たる優香が同じ心持ちでいてくれることに嬉しさを感じる反面、健輔は立夏にも思うところがあった。
どうせなら悲願を決めて欲しいという気持ちもあるのだ。
これは健輔が桜香に1度勝利していることが原因かもしれない。
優香程のハングリーさを少なくとも今は維持出来ていなかった。
「そっか。うんじゃあ、俺は立夏さんの応援かな」
「あっ、はい、そうしましょう」
どちらか決められない故の折衝案なのだが、優香は勘違いしてくれたようである。
これなら別に角が立たないのも事実のため、嘘は吐いていない。
「圭吾はどうなんだ?」
「立夏さんかな。僕は鬼ごっこで桜香さんに負けたからね。出来れば負けているところが見たいよ」
「私は桜香さんで。国内最強、と謳われた人が私たち以外に負けるなんて嫌かな」
美咲らしい言い分に男たちは苦笑する。
なんだかんだでチームへの愛着が強い様子は嬉しいものだった。
「葵さんは?」
「そうね……。桜香よ」
迷いない瞳で葵は断言する。
健輔にはどこか憂鬱そうな彼女の様子が気にかかる。
それに葵は立夏のことを気に入ってたはずだ。
ここで桜香を選んだのは実力から考えてのことなのだろうか。
しかし、そのような判断基準はこの女性には似合わなかった。
健輔の訝しげな視線にも気づかず、葵は投影されたスクリーンを気だるげに見つめる。
その瞳には会場にいるだろう『不滅の太陽』九条桜香しか映っていない。
一瞬でも見逃せば後悔すると言わんばかりの彼女の様子に健輔たちも何かを感じたのか、スクリーンへと視線を移した。
「健輔」
「っ、はい」
「しっかり、見なさい。あなたが引き出したのはそういうものよ」
「……わかりました」
「そう、立夏さんの道を阻んだのはきっと私たちになるわよ」
九条桜香という眠れる才能を引き出してしまったのは健輔たちによる敗北だ。
葵はそう言っているのだ。
それによって引き起こされる結末はしっかりと胸に刻まないといけない。
「今までの相手とは違うわ。立夏さんたちに今の桜香が手を抜くような余裕はないもの。初めて負けた子がそこから復帰しようと言うのに、負けたら話にならないでしょう?」
「……葵さん」
「あっ、始まります」
真由美たちも映像に集中を始める。
バックス3名は魔導式の展開を開始して、同じく健輔も独自に情報収取を行う。
『アマテラス』対『明星のかけら』――その戦いが今、始まった。
『――スタートです』
実況の怜悧な声が響くと共に、両陣営から選手たちが飛び立つ。
同時に後衛魔導師からの砲撃戦。
スタンダードでオーソドックスな試合の始まり。
予想に反して順当な滑り出しを見せた試合は互角の殴り合いとなっていく。
「よし! 行くわよー!」
慶子の軽快な叫び声に反応して、『明星のかけら』から幾つもの光が放たれる。
それを迎撃するのは『アマテラス』から放たれた光であるが、最初の殴り合いたる砲撃戦で優位に立ったのは『明星のかけら』だった。
どちらも陣地から動かない状態での砲撃では目視で得られる情報では足りないため、バックスかの観測データがメインになる。
『アマテラス』のバックスは優秀であり、強豪チームの水準としては十分だったが彼女の前には見劣りすると言わざるおえない。
「伝達を願います。右側ルートの砲撃の照準をいくつかずらしますので、そちらに攻撃を集中させてください」
「わかった。莉理子はそのまま相手の観測データにダミーを混ぜてくれ」
「お任せを」
空中投影されたキーボードをまるで演奏でもするかのように滑らかに叩きながら彼女は相手の観測を妨害する。
バックスというのは系統は固定か、流動、創造系を持つことにされているがこれが無ければやれないというわけでもない。
基本的にバックスがやっている念話の連携や妨害などは全ての魔導師が行えるものだ。
それを技術的に習得したのが、彼、あるいは彼女となる。
系統はその道を進む際に選ぶ指標の1つに過ぎず、必須のものという訳ではない。
バックスは技能職なのだ。
その中で圧倒的とされるのが彼女の『演奏術』だった。
思考操作で大まかな道筋をつけて、キーボード操作で細かいデータを同時に処理する能力を持つ彼女だからこそ出来ることである。
『クォークオブフェイト』戦では初めから立夏の援護に集中していたため、見せることがほとんどなかったが、バックスとしての能力でなら間違いなく国内最高の魔導師であった。
「……動かない。どうして?」
同時に多数の情報を処理しながら莉理子は疑問を感じる。
戦場において些細な情報も見逃さない彼女は不気味なほどに動かない桜香に何ともいえない恐怖を感じていた。
まるでじっくりと何かに見られているような感覚、莉理子の能力や立夏たち『明星のかけら』を自分のチームをダシにして何かを探っている。
「何を考えているの……?」
後衛同士の戦いで負ける程、『アマテラス』と『明星のかけら』に差は存在しない。
むしろ、後衛だけを見るならば藤原慶子という準エース格を擁する『明星のかけら』の方が有利だ。
『アマテラス』は言うまでもなく桜香一強のチーム。
チームメイトたちも弱くはないが強豪水準で見れば強くもない。
「……負けてもよい? まさか……」
恐ろしい考えが過り、立夏は手が震える。
もし、仮の話として桜香が『明星のかけら』すらも1人で十分だと判断しているのならば辻褄があう。
莉理子の勝手な予想かもしれないが、仮にそんなことになってしまえばこちらのチームが受ける被害は負けたというだけではなくなる。
「……誘っているの? 『不滅の太陽』」
一見、無防備でこちらの動きに場当たり的に対処しているのもそれが理由だとすれば理解出来る。
しかし、いくら桜香と言えども立夏たちを無傷で相手にして勝てるなどと本気で思っていると言うのだろうか。
真由美の魔力固有化は確かに圧倒的な力であったが見掛けほど盤石ではない。
立夏たちの実力ならば十分に対処可能であった。
「真由美さんよりも上……それは踏まえても……」
もしくはこうやって莉理子を惑わすのが作戦なのか。
分割された思考の1つを惑わしたところで全体に影響などない。
こうやって相手の意図を考えている時も支援は滞りなく行われているのだ。
情報精査、相手の思惑、あらゆる事象を観測して莉理子の主観は決定を下す。
攻勢か、それとも――。
「総員に通達。立夏さん、行ってください!」
『了解。莉理子お願いね』
「お任せを」
決断は一瞬で終わる。
『明星のかけら』は勝負に出ていく。
彼女もまたこのチームの魔導師だ。
『不滅の太陽』が何を考え、どんな行動をしても関係がない。
三条莉理子は橘立夏を信じている。
それだけで十分だった。
「立夏さんを甘く見たこと。必ず、必ず後悔させます」
1度は落ちた太陽に2度目を教えてやる。
幾度上がろうが、それは結局敗北の回数を増やすだけだと。
激昂する感情を隠して、莉理子は冷静に対処を続ける。
視界にはこちらの動きに呼応して、桜香が前に出てくるのが見えていた。
『曙光の剣』と『不滅の太陽』がぶつかる。
試合を見に来た観客たちも否応なく盛り上がっていく。
因縁の対決の始まり、初撃は意外にも桜香から放たれるのであった。
「いきますッ!」
「桜香ッ!」
立夏の右斜め下から上向きに放たれた斬撃を立夏は右の魔導機で凌ぐ。
剣を弾かれて無防備な姿を見せる桜香に対して、そのまま左の魔導機で攻撃を行う。
「障壁展開ッ!」
「っ、随分、積極的ね!」
障壁が展開されるのと同時に桜香の背後3方向に剣を創造する。
放たれる剣弾、体が泳いでいる状態の桜香、その上障壁も展開済みと普通ならば直撃を免れることは出来ない。
しかし、相手は断じて普通などという領域にいなかった。
瞳と体に膨大な力が宿る。
噴出される魔力は七色の輝きを帯びていて、見る者を魅力する輝きを放っていた。
オーバーカウント――優香のオーバーリミット相当の収束系番外能力が発動する。
魔力の壁で立夏の攻撃は止められた――かに思えた。
「!? これは……!」
桜香が放った魔力を切り裂いて立夏の剣弾が突き進んでくる。
魔力放出による防御は手軽な防御手段だが、簡単だからこそ対抗方法も直ぐに編み出せる。
特定の魔力に引き寄せられるように設定された剣は勢いを増して桜香に殺到していく。
「余所見する暇なんて上げないわッ!!」
「立夏さんっ!」
剣弾に合わせて立夏も攻撃を仕掛ける。
四方からの立体的な同時攻撃、剣の創造などを注目されることが多い立夏だが最大の脅威はこの攻撃方法だった。
威力は低くとも全てを防ぐのは困難な魔剣の群れ。
健輔や優香と戦った時を上回るキレを以って、立夏は桜香にまずは1撃を加えるのだった。
『九条選手、ライフ90%。まずは『明星のかけら』橘選手が先制です。元アマテラスのエース候補が現在のエースに勝てるのか。まずは橘選手が優勢ですッ!』
実況の声など耳に入らない様子で立夏は追撃を仕掛ける。
この戦いに集中している立夏に周囲の状況など微塵も映らない。
彼女の望みはただ1つ。
ここで桜香に敗北を与えることだった。
「はあああああッ!!」
「『天照』っ!」
追撃を仕掛ける立夏を桜香は得意のカウンターで迎え撃つ。
しかし――
「見え見えよッ! あの子に通じなくてどうして私に通じると思うのッ!!」
「――っ、ここまでとは!」
――カウンターの1撃を綺麗に見切られて再度懐に立夏を招き入れる。
交錯する2人の視線、どちらも相手のことしか見つめていない。
パワーでは依然、桜香が上回っている。
しかし、技量で立夏が桜香を抑え込んでいた。
これには研究時間――相手を見つめ続けた差が如実に反映されている。
敗北してこの戦いに際して相手を意識した桜香と、以前から、それこそ桜香が入学した時から相手を思っていた立夏では勝負にならない。
「ここまでやって、それでも押し切れない……!」
「私はアマテラスのエースですッ!」
「よく言うっ!」
飛び交う剣弾を桜香がパワーで無理矢理に突破する。
桜香の呼吸を読み、データから推測して、適切なポジションで相手の迎撃を行う。
空中というフィールドで全ての方向を余すことなく活用するのが立夏の戦い方だ。
桜香であっても簡単には対応できない。
何より、桜香の得意戦術たるカウンターが通用しないのだ。
今はステータスの差で押し切れているが流れを持って行かれた時にどうなるか。
容易く想像が出来るだろう。
ジリ貧の拮抗、最高のテンションで戦いに臨んだ立夏は限界以上の力で桜香に喰らい付く。
「ハッ!!」
「たあッ!」
立夏の2剣からの連撃をいなし、剣弾を弾き飛ばし、桜香は進撃する。
その様子はさながら戦車のようであった。
元々、彼女はパワーファイターなのだ。
力押しは一見単純な方法だが、だからこそ破り難いものである。
元より、作戦は拮抗する天秤をなんとか自分の方向へと倒すためのものだ。
九条桜香にそのような物は必要ない。
ただ強い、それを突き詰めたからこその国内最強の魔導師なのだ。
しかし、相対する立夏もまた、普通のエースではない。
「私が、押し切れない!!」
「っ……。防御が硬いっ!」
双方に決定打が欠けている。
桜香は大火力があり、技量も高いのだが、ほぼ同レベルか僅かに上ぐらいの技量を持つ相手に全てを研究されていては不利は否めなかった。
逆に立夏も流れ自体は初撃を制したこともあり、なんとかもぎ取っているが桜香の防御などを抜くだけの火力がない。
桜香が大振りにでも転んでくれるのならば、なんと出来るがそのような相手でないことは彼女が1番良く知っていた。
つまり、両者このままだと徒に消耗を重ねるだけである。
スタミナ切れを狙うのも作戦であるが、この状況で2人にそのつもりはなかった。
桜香は桜香の目的で立夏との決着を欲していたし、逆もまた然りである。
ならば、流れを変えるために双方が切り札を開陳するのは自然な流れだろう。
不思議と同じ結論に至った2人は笑みを浮かべて、一旦距離を取る。
「莉理子、いくわよッ!」
『了解です。リンゲージ、開始しますッ! 術式解放――』
立夏の周囲に魔導陣が展開されて2人分の魔力光が重なり始める。
そして――桜香も、
「行きますよ、『天照』」
『承認』
「オーバーカウント、全力解放! スタビライザー解除しますッ! 魔力圧縮開始」
『術式解放――』
双方が自分が信じる切り札を出す。
勝利を引き寄せるため、それこそが彼女らの望みだった。
『「魔導連携」っ!』
「『オーバーカウント・ブレイク』ッ!」
オレンジと藍色、2つの魔力光を背負い立夏は正面を見据える。
七色の魔力光と虹色の瞳で桜香は立夏を見つめ返す。
2つの太陽がついに全力でぶつかる。
誰も立ち入ることが出来ない領域で彼女たちは次のダンスを始めるのであった。




