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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第179話

「うん、莉理子ちゃん、ありがとう。これで問題ないよ」

「いえ、魔導機の調整も私の仕事ですから」

「そうよー、遠慮せずに頼りなさい!」

「何故、貴様が偉そうなんだ」

「私と莉理子ちゃんの思いは同じだからよ! ねー」

「ふふ、そうですね」


 賑やかな部室。

 幹部だけでなくチーム全員が揃って明るい声を上げる。

 とても重要な試合を控えているとは思えない。

 しかし、良く見てみると何人かの目に涙が溜まっていた。


「うん、いい調子。『曙』大丈夫?」

『諾』

「よかったです。ソフト的な面の勉強をした甲斐がありました」

「莉理子ちゃんはバックスの鏡ね」

「だから、なんでお前が自慢気なんだ」


 『明星のかけら』は旧『アマテラス』から分裂したチームである。

 現在の『アマテラス』が桜香を慕ったメンバーによるものなら、こちらは名前こそ違えど立夏を慕ったメンバーで作られたものだ。

 単純なチームとしての完成度ならば桜香の『アマテラス』を上回る。

 何せ立夏を筆頭に当時の『アマテラス』主力メンバーばかりなのだから、それも当たり前だろう。

 去年、在籍していたメンバーが卒業したことで幾分弱体化したがチームとしての総合力は今でも上位クラスだった。

 このまま残れば有力チームとして名を残し続けることは出来るだろう。

 しかし、立夏によって生まれたチームは彼女の手で終わることを決められていた。

 今の『明星のかけら』に1年生はいない。

 勝とうが負けようがそうなることは初めから決まっていた。


「立夏」

「ん? どうしたの、慶子。なんか優しげな顔だけど」

「あら、なによ。それだと私はいつも厳しい顔でもしてるというの?」


 表情をころころ変化させる友人に立夏は笑みを返す。

 これまでも幾度となく繰り返された光景、それを周囲は少しだけ寂しげに見つめる。

 まだ3ヶ月近く彼らの学園生活は残っていて、大学部の敷地も高等部とそこまで離れたところにはない。

 それでもこの光景は終わる時が近づいていると全員が理解していた。

 

「立夏、あまり気負うなよ? 今回は本気の本気だ。大丈夫、お前は強いよ」

「どうだろう。桜香ちゃんも今までとは違うだろうし。……魔力固有化まで考えるとよくて3割くらいかな」

「それでも10回やれば3回勝てる。0でもマイナスでもないんだ。やろうぜ」


 立夏のパートナー。

 今回の戦いで本来の形に戻る相手、元信が彼女を激励する。

 相手は強大な『不滅の太陽』九条桜香。

 それも敗戦後の全力に関してはまだ情報がない。

 勝てるかどうか怪しいを通りこして、不安しか残っていなかった。

 それでも『明星のかけら』に怯える者は1人もいない。

 彼らにとって世界最高の魔導師はいつだって目の前に居る女性なのだから。


「俺たちも微力ながら全霊を賭そう。後先を考える必要もあるまい」

「あら、珍しく意見が一致するわね」

「愚問だ。俺はお前が気に入らないがそれとこれは別の話だ。――立夏の宿願と俺の好悪など秤にも乗らんよ」

「あらあら。何よ、カッコいいじゃない」

「……ふん」


 貴之はそのまま腕組みをして不動の態勢に入る。

 言うべきことは言った、そんな態度であった。

 慶子もそんな男の姿に色っぽい流し目を見せる。

 実に彼女好みな態度だったのだ。

 普段の評価から差し引いても十分に及第点だった。


「ま、立夏は深く悩まないでいいわよ。それの担当は私たちで、あなたは歩く人だもの」

「ひ、ひどいな。私、そんなに脳筋じゃないよ?」

「脳筋じゃないけど、ネガティブでおバカになることがあるからねー」

「うっ、ひ、否定できない」


 後少し、押しの強さとバイタリティがあったならまた違った魔導師になったであろう。

 もっとも今の立夏がこうである以上、無意味な仮定であった。

 何より今の立夏で戦いを挑むことに意味があるのだ。


「ふふ、ふふふっ」

「あら、ご機嫌ね。どうしたの?」

「……私は良い友達が多いな、って思ってさ」

「今更のことね」

「うん。そうだね。すごく今更だと思う」

「ええ」


 自分には過ぎた友人ばかりだ。

 立夏は心底そのように思っていた。

 何しろ、1年前の分裂の時、彼女は後の全てを桜香に押し付けて逃げ出したようなものである。

 桜香に何かを言えるような立場にはない。

 そんな立夏が桜香に勝ちたいと言い出した時に、友人たちは何も言わずに受け入れてくれたのだ。


「みんな、勝とうね」


 立夏にとっての後悔。

 本当は彼女が桜香に敗北を教えて上げなければならなかった。

 責任を押し付けて自由に羽ばたく権利を奪ってしまったのだから。

 桜香がそのように思っていなくとも立夏がそう感じている。


「当然」

「おうよ」

「任せろ」

「了解です」


 友人のチームが結果的に彼女の存念を晴らしてくれたが、今度は敗北したからこその問題が残っている。

 今の桜香は、再度の勝利を欲して餓えている状態だ。

 そんな抜身の刀のような力では必ず周囲と彼女を傷つける。

 これからの彼女に必要なのは剥き出しの力と才能で振るわれる暴力であってはならない。

 

「不甲斐ない先輩だったけど、今度こそ」

 

 決意を胸に秘めて、欠片は太陽に挑む。

 健輔たちが対峙した時ともまた違う、絶対に負けられない戦いが待っている。

 限りなく0に近い勝率でも彼らは諦めない。

 簡単に諦められるのならとっくの昔に諦めていた。

 彼女たちも魔導師――つまりは負けず嫌いなのだから。

 持てる全てを賭けて彼らは『不滅の太陽』を落としにかかる。

 そして、その対戦相手もまた、『明星のかけら』について思うのであった。






「『明星のかけら』か……。なんというか、縁だね」


 部室で仁は1人で物思いに浸る。

 今の『アマテラス』で主力の3年生は彼だけで、残りは2年生だけだ。

 歪んだ構造は分裂の後遺症である。

 桜香を中心に据えることを嫌がった者、または真由美について行った者、立夏について行った者。

 行く先は違えど『アマテラス』を捨てたことには違いない。

 彼も去年、そんな同輩の姿を随分と恨めしく思ったことだ。


「……逆恨みも良いところだろうね」


 仁は社交的で人付き合いが上手かった。

 誰からも好かれると一言で片付くことだが、周囲からはまた違った見え方をする。

 傍観者のように傍から眺めているその姿勢が気に入らないと言ったのは誰だったか。

 仁ももはや覚えていない。


「冷めている、か」


 実際、仁は全てをそつなくこなす万能型の人間だ。

 葵に言わせれば面白味のない、真由美ならば真面目くんと評価が多彩なのもその辺りの才能が原因だろう。

 魔導の戦闘で劣る相手はいる。

 しかし、学力や後は後々の社会ステータスなど大きく広い目で見れば、彼に優るものなどほとんどいなかった。

 彼の第3者的な視点はそんな傲慢を背景に育ったものでもある。

 仁がそれを自覚したのは皮肉にも彼が見下ろされた時だったのだが。


「見下ろされている。そんな風に感じたのは初めてだったよ。それが僕をここまで連れてきた」

 

 桜香と初めて会った時、彼は自然と直感した。

 規模こそ違えど彼女は自分に似ている、と。

 才能、スケール感の差などはあったが大筋で傾向は一緒だ。

 桜香が仁と違って嫉妬をされることが少ないのは単純にそのスケール感の差が問題だった。

 自分を山と比べて己の方がデカいと言う人間など少数派だ。

 桜香は明確にカテゴリーすらもズレていたからこそ、嫉妬などもされなかった。

 同時に理解もされなかったのは、ある意味で皮肉なのだろうか。


「立夏……さて、彼女はどうするのか」


 誰にも語らぬ本心を彼は内に秘め続ける。

 自分すらも気付かぬ内に誰かを見下ろしていた彼が似たような後輩に何を思い、何を伝えようとしているのか。

 もしかしたら、当事者たる仁も気付いていないのかもしれない。


「……土曜日か」


 決戦は週末に行われる。

 曙光が勝つのか、それとも不滅が名に相応しき力を示すか。

 古き『アマテラス』を知る男が何を思うのか。

 チームの中でも知る者は誰もいなかった。




「桜香さん」

「……どうかしたの? 楓」


 同級生の呼びかけに穏やかに返す。

 魔力固有化が発現してからの桜香には定期検査が義務付けられている。

 真由美と違い、彼女のものは下手をすると入れ物である体を壊しかねない出力を弾き出していた。

 学園側としては研究材料としての価値もそうだが、桜香の安全のためにも過敏に対応している。

 万が一があってからは遅いという学園の言い分を桜香が素直に飲む形になっていた。

 桜香も身の丈に合わない力の危険性はわかっている。

 特に文句を言うでもなく粛々と通院の日々を過ごしていた。

 そんな彼女の気を紛らわせるという目的でチーム内から何名かを持ち回りで通院に同行させることを仁が提案する。

 桜香に負担が、と言う言葉にはここで仲を深めるべきだと言う仁の反論がぶつけられ、最終的には桜香が認めたことで論争は決着した。

 今回は彼女――古川楓の番、というわけである。

 

「あ、そ、その、お体は大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。何も問題ないわ」


 穏やかで美しい笑顔を向けられて楓は顔を赤くする。

 『明星のかけら』を立夏のファンが集まったチームだとするならば今の『アマテラス』は桜香のファンが集まったチームだ。

 少なくとも彼女と同学年、もしくは下の代は間違いなくそうなっていた。

 楓が同級生にも関わらず、『さん』を付けて呼んでいるのもそれが理由である。

 曰く、『呼び捨てなど出来ない』だった。

 遠巻きに見守る者たちと物理的な距離はともかく心理的な距離においては大差がない。

 チームと言いながらお互いの事を良く知らなかったのが以前の『アマテラス』である。

 しかし、今は違う。

 楓を筆頭に全員が少しでも溝を埋めようと努力はしていた。

 仮にそれが太陽に放水するような限りなく無駄な行為であったとしても。


「……そ、そうですか」

「ええ」


 穏やかな笑顔、暖かい言葉。

 以前ならば舞い上がったはずの言葉に楓は何も言えなくなる。

 思い返せばこのような形にチームがなってしまうのは必然であった。

 彼女は類に漏れず桜香に憧れた人間だ。

 運よく、1年生の時にチーム入りを許されて後衛魔導師として無難な道を歩んできた。

 実力で言えば慶子に僅かに劣る程度、学園でもそこそこの数しかいないベテラン級の魔導師が彼女だ。

 仮に『分裂』が無ければ主力として試合に出ることなどなかっただろう。

 実際、それでも彼女は構わなかった。

 桜香に憧れて入ったはいいが戦闘魔導はあまり好きではなかったからだ。

 活躍を1番傍で見ることが出来れば問題なかったのである。

 それが過ちだった、とこの間の試合で見せつけられるまでは――。


「……」

「……」


 病院から帰り道、人気の少ない夜の道を2人は静かに歩き続ける。

 会話はない。

 楓には桜香がそれを望んでいないこともわかっていたし、同時に意味がないとも理解していた。

 今の桜香はまるで初恋のごとく1つの事だけ見つめている。

 取るに足らない周りとは違う、輝く誇りを見つめているのだ。

 負け犬などに構う余裕はないのだろう。


「……どうしたの? 何か、辛そうな顔してるけど」

「あ……。ご、ごめんなさい。辛気臭い顔をしてしまいました……」

「いいのよ。でも、どうしたの? 何かあったかしら」


 優しい姿と声、これに騙されてはいけないのだ。

 チームの一員として楓はなんとしても桜香に言わなければならないことがあった。

 意を決してある質問を投げかける。


「お、桜香さんは……そ、その」

「その?」

「チーム、についてどう思いますか」

「……そうね」


 楓は真っ直ぐと桜香を見つめる。

 健輔が桜香に真っ直ぐ立ち向かう様を楓は素直に賞賛した。

 自分では絶対に出来ないことをやれる人を楓は尊敬している。

 立ち向かう勇気、出来ないことに挑戦するなど彼女はやったことがないからだ。

 そんな自分を仲間にして、戦って桜香はどう思っていたのか。

 邪魔だったのか――あり得るだろう、仮に彼女たちがもう少し強ければ桜香にあそこまでの負担はいかなかった。

 何も思っていない――これもあり得そうだった。

 そこまで思うほど楓に価値はない。

 数秒の思考、桜香が口を開くのに1分もなかっただろうが、楓にとっては一生にも相当しそうな長さだった。


「私は――」


 たった一言の言葉、しかし、それは楓が思っていたのとは違う物だった。

 思わず問い返してしまう程には、以外、というべき類の。


「――え、ほ、本当、ですか?」

「嘘なんて吐きませんよ。少なくともここで言うのはマナー違反です」


 場の空気を解そうとしてくれたのだろう。

 桜香にはあまり似合っていない冗談めいたことを口にする。

 楓は思わず笑ってしまう。

 

「ぷっ、そ、そのあんまり似合ってないよ」

「そう? 困ったなー。もうちょっと、距離を縮めたいと思ったんだけど」


 残念そうに口を尖らせる桜香は今までと違い、年相応に見えた。

 神秘的なヴェールを被せたのは、楓たちであり、桜香ではない。

 そんな当たり前のことを今、この瞬間まで気付くことが出来なかった。

 不明を恥じるどころではない。

 健輔が桜香に戦いを挑んだのも、きっとそんな当たり前の事が理由だったのだから。


「……何を聞きたかったのか、問いません。ただ、私はそう思ってるのは忘れないで」

「はい! ……ううん、わかったよ。忘れないから」

「ありがとう。さあ、帰りましょう?」

「はいっ」


 そしてわかったからには楓も前に進むしかない。

 関係は変わっていく。

 それが良いものか、悪いものかはわからないが必ず変わるのだ。

 まだまだ小さな一歩でも、アマテラスは少しずつ前に進んでいる。

 来るべき、雪辱を見据えながら――。


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