第17話
「はーい! 皆、揃ったかな? 準備はいいかな? 今日は楽しい、楽しい模擬戦ですよ!」
健輔は厳しい練習と、優香からの無茶ぶりを乗り越えた。
そして、明日からはとうとうテスト期間に突入する。
「……部長、元気ですね」
「遠い目をするな。あいつが参加しないだけマシだと思え」
テスト期間、学生にとっては天国と地獄が同時にやってくる期間であろう。
授業の大半が無くなり早く帰れる天国。
逆にテストという集大成が待つ地獄。
そんな2つの側面を持つテスト期間を前にして、健輔たちにはあるイベントが用意されていた。
今までの練習の総括とも言える最大規模の模擬戦。
1年生を2つに分けた上での激闘が繰り広げられる。
真由美もこのテンションから察するにかなり楽しみにしていたのだろう。
しかし、今回は幸いにもと言ってよいのか、彼女は隆志と2人で審判を行うため、参加出来ない。
「部長が参加してたら、どうなったでしょう?」
「勿論、どっちが勝つとかではなくあいつの1人勝ちだな。それぐらいにはまだまだ差は開いているさ」
「うげぇ……」
流石に練習の成果を何も発揮出来ずに、蹂躙されるだけなのは勘弁して欲しかった。
「まあ、参加出来なくても楽しんでいるようだから、乱入の心配はいらんぞ。……いざとなったら、俺が立ちはだかる」
「隆志さん……。ありがとう、ございます」
「そこの2名、遊んでないで話を聞け」
「はい!」
「わかってる。ただの冗談だよ」
「まったく」
遊んでいた健輔と隆志に早奈恵が注意する。
話題の人物である真由美は不本意そうに2人を睨んでいた。
「私だって、ちゃんとセーブは効かせるよーだっ!」
「わかったわかった。お前は良いリーダーだよ」
隆志の投げ遣りな言葉に頬を膨らませる。
「もう! じゃあ、ルールの説明を始めるね! 3対3の総当たり形式、基本的な部分は公式戦準拠で判断します。1年生組のサポーターとして各々のチームに妃里とさなえんを加えた形で行います。審判は私とお兄ちゃん! 何か質問はありますか?」
些か変則的な部分もあるが、これで戦力比は十分だろう。
バックスが3年生の健輔側、前衛に3年生がいる圭吾側でバランスと取っているのだ。
1年生たちは本格的な試合形式に緊張した様子を見せる。
「おろ? 妃里が質問?」
「一応ね。私たちはどこまでやるの? 完全に本気でやったら、本筋を果たせないでしょう?」
「どうだろう。装備は汎用品で揃えてもらうけど、実力的には本気で良いと思うよ」
「あら……。ふーん、そういう事なの?」
「それは戦えばわかるよ。質問は終わり?」
「そう、だったら良いわ」
「ん、他にはあるかな?」
真由美は周囲を見渡すが誰の反応もない。
「質問はないみたいだね。じゃあ、後はいつも通りだよ。さぁ、初めようか!」
「了解! 行きましょうか」
「こちらも行くぞ」
それぞれのチームの3年生に率いられ、双方はお互いの陣の指定位置へと向かう。
両チームが無言で離れていく中、健輔は圭吾に視線を送った。
いつも通りの柔和な笑みの中に、闘志を感じさせる瞳を覗かせて向こうも健輔を見つめている。
「負けないぞ」
「こっちもね」
すれ違う一瞬で宣戦布告を済ませておく。
健輔の中でやるべき事は全て終わった。
後は試合の事だけに集中すれば良い。
圭吾と美咲がどのような成長をしているか。
3年生の前衛、妃里の実力はどのようなレベルなのか。
わからない事、知らない事はたくさんあったが同じぐらいの楽しみにも溢れていた。
「……ああ、そうさ。あれだけのメンツに勝てたなら、今までの負けも取り返せるさ」
今度こそ、誰も文句を付けられないような勝利を飾りたい。
健輔が思う事はただ1つだけだった。
『両チーム、位置に付いてる? そろそろ始めるから、その心積もりでよろしくー!』
真由美の念話が入り、試合開始が近い事を知らせてくる。
「九条、準備は?」
『問題ありません。佐藤さんの方も大丈夫でしょうか?』
「……ああ、大丈夫だ。試合に影響はない」
『……わかりました。援護をお願いしますね』
「おう」
このタイミングで優香に念話を入れる意味はほぼない。
それでも健輔が連絡を取った理由は、自分でもよくわかっていなかった。
作戦は事前に決定済み、先ほど聞いた事など確認も終わっている。
意味など欠片もない行為だった。
「緊張か? ……我ながららしくないな」
『はーい、始めるよ!』
「来たか」
ついにカウントダウンが始まる。
健輔は作戦を思い浮かべた。
『3』
事前に決定された事は1つだけ。
現段階での健輔たちに細かい作戦など逆に枷になるという早奈恵の判断である。
文句はないし、事実その通りだろう。
『2』
妃里の相手は同じ前衛同士、優香が行う。
美咲はバックスとしての参加のため、早奈恵が相手となる。
つまり、残った健輔の相手は1人だけ――高島圭吾に他ならない。
『1』
雑念は消えて、健輔は試合へ集中していく。
今はまだ模擬戦だが、公式戦前の最後の戦いには相応しい。
『0。試合を開始してください』
管制AIの声に従い、健輔はその身を空へと躍らせる。
ここまでの練習の総決算、それをぶつける相手として、圭吾ほど相応しい相手はいないだろう。
口元が緩むのを抑えられない。
「いくぞッ! 砲塔展開、チャージ開始!」
『情報を送る。大体事前の予想通りだな。もしかしたら、観測にダミーが混じるかもしれんが』
「気にするな、ですよね」
『その通りだ。ふっ、良いテンションだ。そのまま火力で潰してしまえ』
「了解ッ!」
健輔の魔導機に集まった魔力が解放される。
拘束を解かれた白色の光は空を切り裂く。
狙いは敵前衛、石山妃里。
彼女を揺さぶる事で相手の出方を測るのだ。
本番はその後に待っている。
「九条、俺の攻撃に当たるなよ!」
『愚問です。存分にどうぞ』
1年生らしからぬ余裕を持って、両名は戦いに挑む。
それを早奈恵は無言で見守るのだった。
「っ、狙いが良い!」
このチーム構成で先制攻撃が相手に取られることは想定済みのことだった
3対3の模擬戦だが、フィールドにおいては2対2なのだ。
前衛・後衛の方がバランスが良く、健輔はどんなポジションにも収まる事が出来る。
それだけの条件が揃えば普通にセオリー通りの攻めになるだろう。
砲撃をして、あわよくば撃墜を狙い、最低でも動きを乱す。
妃里からしても合理的で正しい判断だったが、それ故に予測もし易かった。
誤算があるとすれば1つだけ、
「真由美のやりすぎかしら? それとも、健輔を褒めるべき?」
精度が予想よりも遥かに高い。
狙いだけでなく、威力も含めて想定していたよりも2段階は上の領域にいる。
「私は大丈夫だけど……。圭吾くんは厳しいか……」
仮に避けられることがわかっていても、大威力の魔力砲がすぐ横を通過するのは流石に怖いものだ。
意識して抑え込まないと身体が硬直してしまう。
こういうのは頭で理解していても、身体が拒絶することが多い。
それを抑え込むのは練習や経験なのだが、それこそが1年生に不足しているものだった。
「このままいくのは、マズイかな。近接戦は慣れただろうけど……」
圭吾が妃里との練習で積んだのは近接戦の経験である。
対して健輔は真由美との戦いで遠距離戦の経験を積んでいた。
ここではその差が出てしまったというべきだろう。
仕方ないといえばそうとしか言いようがない。
「真由美のやり方は度胸だけは付くわね。ああ、もう!」
健輔は真由美の攻撃によってその辺りの機微を3段飛ばしくらいで身につけてしまっている。
妃里は真由美と違って下手したらトラウマになりそうな練習を彼らに押し付けたりはしていなかった。
妃里の方が常識的なのだが、時にそういった境を飛び越えていくからこその非常識でもある。
適応している辺り、健輔は真由美との相性が良いのだろう。
健輔にいろいろと思うところがあれど、妃里もその部分は評価していた。
「……圭吾君、ちょっと作戦を変更するわ」
『変更、ですか? 具体的には?』
「混戦に持ち込んで、優香ちゃんから落とすつもりだったけど、狙いを分散します」
『分散……、つまり』
「あなたが健輔の相手をしなさい。本当はよくないけど、試合ではどうしても戦力を分ける必要がある時も出てくるわ。今がその時ね」
『……任せてください!』
圭吾の力強い返答に妃里は笑う。
向こうは中々に強敵だが、こちらも劣っている部分などない。
後はどれだけ力を発揮するかの問題だった。
「美咲ちゃん、位置情報と支援術式の併用は大変だと思うけど、大丈夫?」
『は、はい! 大丈夫です! 各種術式、準備出来ています!』
「よし、2人とも勝ちにいくわよ」
2人の元気の良い返事に笑みを零し、妃里は前を見つめる。
彼女が相手をしないといけない相手が近づいてきていた。
妃里も優香を相手にして、気を抜けるほど実力に差があるわけではない。
「さて、先輩として威厳を見せてあげないとね」
魔力を一気に放出して手に持った魔導機に流し込む。
橙色の魔力光が身体から溢れ出す。
大規模な魔力放出現象――それは収束系の特徴だった。
豊富な魔力はそのままパワーやスピードなどのステータスを大きく向上させる。
ベテランの魔導師、石山妃里はその実力に相応しい態度で優香を迎え撃つのだった。
ぶつかり合う2人。
奇しくも2人の魔導機は似たタイプだった。
双剣の優香と両手剣の妃里。
手数で優香が優り、威力で妃里が優る。
スピードとパワー、双方が己の利点を生かして相手を攻めていく。
「はッ!」
優香が気迫を込めて剣を一閃する。
逃れらない攻撃、優香の機動力に妃里はついていけない。
不利な状況なのは間違いなかった。
それでも妃里は不敵に笑う。
「早いだけで!」
「っ、出鱈目なッ!」
前に出た妃里は障壁と剣で優香の連撃を受け止める。
1度組み合ってしまえば、速度差に意味はない。
相手の意図に気付いた優香が無理矢理にでも離脱しようとするが、
「甘い! パワーで私に勝てると思わないで!」
「かっ!?」
妃里は優香の体勢が崩れたところに蹴りを放つ。
苦悶の表情を浮かべる優香、逃がさないとばかりに妃里は魔力を高める。
何度も優香を捉えられるとは妃里も思っていない。
機会があれば、速やかに仕留めるよう動くのは当然の事だった。
しかし、タイミングを見計らったような砲撃がそれを邪魔してくる。
「またこのタイミング! 糞ッ! うっとおしい!」
砲撃を障壁と剣で受け止め消し飛ばす。
切り払えるのが1番だがそれを成せる程今の健輔と妃里に差はなかった。
かつての優香と健輔ほどの技量差ならいざ知らず、今の健輔はかなりレベルが上がっている。
撃墜されるほどのものではないが足止めされるには十分な威力だった。
「ああ、もう追撃は無理ね」
既に態勢を立て直した優香を視界に入れて、妃里は舌打ちした。
妃里は思い通りにいかない戦況に熱くなりそうな頭をなんとか冷静な状態に抑える。
熱くなった状態で勝てるほど相手は弱くない。
妃里が苛立つ程的確なタイミングで援護が入る事の意味も彼女はしっかりと理解していた。
後衛としての健輔の評価をもう1段階上昇させておく。
能力的にはそこまでの脅威ではないが、戦いの組み立て方が上手い。
「この試合、思ったよりも長くなりそうね」
向かってくる優香を睨みつけ、妃里は魔導機を構え直す。
圭吾が健輔に接近するまでの間、この2対1は続くことになる。
状況をイーブンにするまでは、3年生の意地として落ちるわけにはいかなかった。
「さて、圭吾くんは大丈夫かしら」
一瞬だけ後輩に思いを巡らすも、直ぐに思考から追い出す。
考え事をしながら勝てる程、優香は弱くない。
己の慢心を諌めて、妃里は優香と交戦を再開するのだった。
「健輔、厭らしいね!!」
姿が見えない親友を追いかけて、敵陣に潜入したのだが、無視されていたのだ。
苛立ちながら、進んでいたのだが、あるタイミングから攻撃の標的が圭吾に移っていた。
近づきすぎたのか、それとも他に理由があるかはわからないが、狙いが変わったのは間違いないことである。
必死に攻撃を避けながら、圭吾は健輔の位置を探す。
「美咲ちゃん! 健輔の位置は!!」
『射線から計算してるんだけど……、ダメ、また変わってる。早奈恵さんのジャミングもあって、位置が特定できない。ごめんなさい』
美咲の苦しそうな言葉に圭吾は自分の苛立ちを抑える。
妃里の支援もしながら、圭吾を支援し、さらに格上の早奈恵と競う。
はっきり言って許容量を大きく超えている。
これ以上、負荷を掛ける事は出来なかった。
「ごめん! とりあえず、攻撃予測だけしてくれたらいい。他は妃里さんに回して。……こっちは自力でなんとかするよ」
『っ、了解。……ありがとう』
美咲との念話が切れる。
不利な状況でかなり大言壮語したが、実際にそれしか打開策はなかった。
健輔にこうまで良いようにされているのは圭吾に遠距離での真面な攻撃手段がないからだ。
それを知っている健輔が圭吾を接近させるわけがないのだ。
常に場所を変えて、後は自分の居場所を隠して攻撃を続ける。
それだけでいつか勝てるのだから、やらない理由が存在しない。
圭吾の中では自身の系統である操作系と創造系の組み合わせを選んだ時に里奈から言われた言葉が蘇っていた。
「特定の戦場以外ではかなり無力に近い魔導師になりますよ、だったけ。流石だな、里奈先生。完全に言う通りになってるよ」
苦笑しながら担任の慧眼を今更ながらに実感する。
ここまでの圭吾は何の役にも立っていない、それは事実として認めていた。
「でも、先生の言う通りなら特定の戦場にまで持ち込めればいいってことだよね」
どうやってそこまで持っていくかを考えないといけない。
何よりこのまま健輔を自由にさせて終わらせるなど癪に障ることこの上なかった。
親友として、幼馴染として路傍の石のように敗北するわけにはいかないのだ。
「このまま気持ち良くぶっ放して終わりにはさせないよ、健輔」
静かな決意を胸に圭吾は一気に前に出る。
被弾の確率は高くなるかもしれないが、まず必要だったのは健輔を視認することだった。
そこまで行かないと話にならない。
臆していてはジリ貧になるだけなのだ。
目指すは遥かな彼方、親友がいるだろう場所に脇目もふらず、圭吾はまっすぐに向かうのだった。
「この、ちょこまかとして!」
妃里の叫びと連動して膨大な魔力が力任せに放出される。
魔力は身体から距離が離れれば離れるほど、威力が大きく減退していく。
これは遠距離系を保持しない魔導師にとっては絶対の摂理であり、覆せるものではない。
しかし、世の中何事にも例外は付き物だろう。
長距離、というほどの距離は遠距離系を保持しないと不可能だが、有視界それも近接戦での距離に限るならばいくつか方法がある。
そして、彼女――石山妃里はそれを実行する事ができる魔導師だ。
あまりスマートな方法ではない、斬撃を創造系でイメージして、飛ばす。
ただそれだけなのだ。
後は簡単に霧散しないように魔力を注ぎ込む、これで完成だった。
「っ、当たらないわねッ!」
「大振りで私を仕留めれるつもりですか!」
「ふふっ、先輩相手に大口を叩く!」
「戦場で年齢なんて関係ないでしょう!!」
魔力斬撃とも言うべき遠距離攻撃を軽く避けて、一気に肉薄する。
そして、魔導機で直接攻撃を行うと速やかに離脱するのだ。
ヒット&アウェイ戦法、機動力に優る優香にはピッタリの戦い方だが、パワーファイターである妃里には厭らしい戦い方だった。
「ああ、もう! こういうのは苦手なのよ!! いつまで逃げるつもり!!」
「無論、勝つまで続けるだけです。何より敵の戯言など興味はありません」
「っ、吹けば飛ぶような防御で良く言うわね!」
返事と共に放たれる大型の魔力刃を何事もなかったように優香は平静に避ける。
まともに当てることができれば簡単に押し勝てるだろう。
だからこそ優香はそれに乗ってこず、一撃離脱に徹している。
優香の冷静な瞳は3年生である妃里から見ても感心するレベルだった。
直ぐ傍を容易く人の命を奪えそうな恐ろしい力が駆け抜けている。
常人ならば慣れるだけでも1年間は掛るだろうに、優香にはその様子はまったく見られない。
内部生といえ異常なレベルの落ち着きであった。
しかし、完全に影響がないわけでもない。
「いつまでも逃げれるとは思わないでよ!」
「……っ、重い!」
攻撃しなければ妃里を倒せず、攻撃の瞬間はどうしても足が止まることになる。
その隙に放たれる1撃の重さは軽い優香が捌くのは中々に厳しいものがあった。
妃里の猛攻を前に優香の変わりのないように見える美貌にも僅かな陰りが生まれる。
機動戦によって大きく動き回る優香は体力の消耗も早い。
優香の弱点である脆さと、火力不足が重く圧し掛かる。
優香はもっと早く勝負を決めたかったのだが、流石に妃里はベテランだった。
彼女が考えていたような試合運びに容易にはならない。
「うまくいかない、ものですね」
「何がうまくいかないの! この状況かしら!」
「っ……!」
不敵な笑みを浮かべ挑発するかのように妃里は咆える。
先輩に言葉を返すことなく優香は彼女を見据えながら魔導機を構え直す。
また、早奈恵から入った念話が状況が変化している事を優香に教えてくれた。
表情を表に出さない優香もその情報には顔を引き締める。
「あら、その感じだとそっちにも来たみたいね」
「よく見つけれましたね。早奈恵さんがジャミングしているはずでしたのに」
「どうしても形跡は残るものよ。後は圭吾くんの勘でしょうけど。ふふ、少し顔色が悪く見えるわよ。降参でもする」
「さて……。確かめてみればよいかと」
敵に対して素直に心情を吐露する程優香は甘くない。
むしろ予定通りだと不敵に笑って見せる。
「そろそろ、私も本気で行きます。お付き合いお願いできますか? 先輩」
「あら? 結構、汗をかいてるみたいだけどいいの? もうちょっと休憩してもいいわよ」
優香の戦意に呼応して妃里も力を高めていく。
視線のぶつかり合いが少しずつ場の空気を危険なものへと変える。
「ここからは佐藤の援護はないけど大丈夫かしら? なんだったら戻ってもいいのよ」
「私の役割は先輩を倒すことです。先輩も高島さんが心配なら先に行ってくれて構いませんよ。背中を見せる人を斬るようなことはしませんので」
あまり様になっていない上に似合わない挑発だったが効果はあった。
あからさまに妃里の表情が崩れる。
「これが終わったら、あのバカは1度締めないといけないみたいね」
「……? あのバカ? なんのことですか」
「こっちの話よ。その挑発の仕方はやめておきなさい。……どこかの誰かに似てきていやになるわね、もう!」
何故か憤慨した様子を見せる妃里だったが、隙を見せるようなことはなかった。
むしろ、戦意に応じて膨大な魔力が生まれる。
収束系の怖さ、どんな状況だろうがガス欠だけはありえない。
人気になる理由がよくわかるというものだ。
パワープレイヤーには必須の系統だった。
しかし、妃里の強さを確認しながらも優香に恐れはない。
ここからは1対1の勝負になる。
そして、先に相手を落とした方が試合にも勝利することになるだろう。
「いきます、先輩!」
「胸を貸してあげるわ、後輩!」
後方から聞こえてきた戦闘音を合図に彼女らも激突を加速する。
戦闘はついに後半戦へ。
華々しい女性たちの戦いと泥臭い男同士の戦いどちらも負けられない理由がある。
決着の時を待ちながら、天秤は揺れ動くのだった。
繰り広げられる争いは戦いと言うよりもじゃれあいに近かった。
気心のしれた者同士特有の先の読み合いが起こっている。
「ええ、クソッ!」
「そこだ!」
離脱を図る健輔を圭吾が技で無理矢理にでも繋ぎとめる。
空中での機動戦は僅かに圭吾の方が有利だった。
「なんてうざい糸だよ! お前の暗黒根性にピッタリな技だな!」
「うるさいな! そっちこそ健輔にぴったりの節操なし系統だよ! ころころスタイルを変えんな! 対処出来ないだろう!!」
両者はお互いを罵りあうも攻防を続ける。
見る限り一進一退の戦いだが、顔色が悪いのは健輔だった。
健輔を取り囲むように周囲に張り巡らされた魔力糸。
これこそが圭吾の戦い方の基盤となるもの、ある種の結界ともいうべきものだった。
「ちぃ、特化型ってのはこういう事か」
創造系の力で作られたそれは糸自体がかなりの魔力を圧縮して出来ている。
下手に触れるとダメージを負うし障壁が触れても削れるだろう。
この時点で既にめんどくさい攻撃なのだが、これも本命ではない。
圭吾の系統はメインを浸透系、サブを創造系にしている。
浸透系は別名操作系とも言い魔力で何かを動かしたりする系統なのだが、これが結界をさらにややこしいものに変えていた。
「クソ! めんどくさい技考えやがって!」
「うるさいな! それはこっちのセリフだよ! 今度は九条さんのスタイルとかどうなってのさ!」
進路を塞ぐように動く魔力糸を高速機動で避ける。
意思を持ったかのように動く糸は健輔の機動を封殺しようと自在に動く。
触れてしまえばダメージを負うため、慎重に動かないといけなくなり、慎重に動けば攻撃を受けやすくなる。
肝心の糸も砲撃で消し飛ばそうとしても、チャージする時間がない。
切断は直ぐに再生されるため、ほぼ意味が存在していないと今の健輔ではどうする事も出来なかった。
「なんて底意地の悪い技だっ」
罵ってみても状況が変わるわけではない。
打開策を考えるが、逃げながらでは今一良い手段が思い浮かばなかった。
「妃里さんとの練習で前衛とはやり慣れてるな……!」
健輔は経験豊富と言える程でもないが、それでもこの戦い方が珍しいことくらいわかる。
浸透系の1番多い使い方はゴーレム操者か、後は味方に干渉して支援するタイプだ。
間違っても単独戦闘を行う系統ではない。
前衛としては打たれ弱い、逆に後衛としては射程が足りないと弱点を上げる事は簡単だ。
その系統をメインにして良くここまで練り上げている。
圭吾の系統の組み合わせは差し詰め中衛とでもいうべきポジションだろう。
よくそんな中途半端な系統を選んでいる。
生半の覚悟で選べるポジションではない。
「このままはマズイな。はっ、博打がいるかもな!!」
系統を妃里と同じ創造・収束系に系統を変更する。
このまま逃げ道を誘導されるのはうまくない。
実質的な主導権を圭吾に握られてしまっている状態は健輔の好みではなかった。
多少強引な手段だが、火力で無理矢理にでも道を作り出す。
糸の結界は良く出来ているが、最大の弱点である術者本人が残っている。
本人ごと巻き込んでしまえば、対処は出来ないはずだった。
「このうっとおしい糸ごと消えてなくなれ! 圭吾!」
剣に溜った魔力を斬撃として放つ。
砲撃型がベストだが、今の健輔ではチャージ時間が隙になってしまう。
前衛でお手軽に火力を出せるのはこれしか知らなかった。
「――これは」
「うおおオオオオッ!!」
高密度の魔力斬は糸を両断した上で奥に潜んでいた圭吾に直撃する。
「よし!」
狙い通りに上手く言ったのを確認して、健輔は離脱しようとした時、視界の端で僅かに糸が動く様子が見えた。
「っ! まさか」
真由美のアナウンスは一切ない。
撃墜はおろか、ダメージまで――
健輔がそれ以上思考を巡らせる前に答えは叩き込まれる。
「残念、それは対策してあるんだ」
『健ちゃん、ライフ30%。右腕使用不能』
使えなくなった右腕と健在の様子を見せる圭吾が何よりも明確な答えだった。
爆風が晴れるとそこには圭吾が無傷で佇んでいる。
「そうか、妃里さんだから……」
「ああ、流石にね。でも、着眼点は流石だよ」
突破に使用したのが妃里の系統というのがまずかった。
少し考えればわかる。
健輔が真由美用の対策を用意していたように、圭吾も同じことをしていてもおかしくない。
そこに頭が回らないぐらいには追い詰められていたいうことである。
「我ながらバカだな」
使用不能になった右腕と、障壁を張れなかったため一気に削られたライフ。
1つの判断ミスが健輔の劣勢を決定してしまう。
「なるほど、これがお前の戦い方なんだな?」
「そういうことだね。悪いけど逃がさないよ。健輔はもう僕の罠に絡め取られてるよ」
逃げ道を潰して決定的なダメージをもぎ取る。
後はゆっくりと追い詰めれば良い、それが圭吾の戦い方だった。
焦りから稚拙な力押しを選んだ事で、戦力が半減した状態では逆転は難しい。
再び周囲に張り巡らされる糸を見ながら、健輔は格段に下がった勝率に笑う。
「すまん。これは負けたかもしれん」
念話に乗せず僅かに圭吾に聞こえるかもしれない程度の声量で弱音を漏らす。
初戦は向こうに取られたが、まだ健輔は負けていない。
布石として言葉を置いておき、表情を繕う。
絶望的な状況だからこそ、健輔は心の中で不敵に笑うのだった。
「バレット展開! シュート!」
大火力での突破、大振りを控えて小型の誘導弾などの物量で圭吾の結界に応戦する。
「っ、この短時間で対応できるなんて反則くさい系統だね」
「うるせぇ! お前だって今の状態ならなんでもありじゃないか!」
ぶつかり合う罵声と魔力。
健輔が持久する事を選んだ事で再び硬直した戦況へと移り変わる。
圭吾の戦法は確かに健輔を絡め取っていたが、圭吾にも誤算はあった。
万能系は文字通り、万能だと言うことを実感出来ていなかったのだ。
「僕の攻撃に対処するだけなら、その状態でも出来るのか……。さっきの弱音は演技かい、健輔」
「どうだろうな!!」
健輔たちが不毛な削り合いをしている間にも、もう1つの戦場でも争いが激化していく。
『妃里、ライフ80%。優香ちゃん、ライフ60%』
3年生に競り合えるのは流石だったが、優香が押されているのがわかる。
それでも直ぐには決着はつかないと考えて良い。
ならば、戦局を左右するのは健輔たち側の勝敗だった。
「どうした圭吾! 辛そうだな、そろそろ落ちてくれていいぞ!」
「そっくりそのままお返しするよ、健輔。右腕が使えないのはきついだろ? 早く楽になればいいと思うよ」
圭吾は挑発にも乗ってこない。
焦り必要がないと理解しているからか。
時間は健輔ではなく圭吾の味方だった。
「ち、流石に無理か」
消耗は明らかに健輔の方が大きい、この状況で挑発に乗ってくれるのは相当なアホだろう。
僅かな可能性に賭けたが順当に失敗してしまった。
「なんとか、する方法は……」
この状況を打開する方法、実は健輔は1つだけ思い浮かぶ手段がある。
しかし、それは実質的に戦いを放棄するに近い方法だった。
それをすることは健輔にとって出来れば避けたい事態だったのだ。
しかし、戦況はそれを許さない。
「もう、そんな状況じゃないか」
決断は一瞬だった。
僅かに目を瞑り静かに決意を固める。
「いくぞッ!」
「こいっ!」
攻防は先ほどまでの焼き直しだが、健輔の内心が異なっていた。
目的を達成するため、圭吾の能力を考察する。
圭吾の能力は前衛ほど近接に優れておらず、後衛ほど遠距離で戦えない。
全てにおいて中途半端だが、代わりにどこでもそれなりに戦える。
鏡合わせのように特徴だけなら、健輔とそっくりだが違う点がいくつかあった。
まず、健輔の万能系程の汎用性は存在せず、対応できるといっても限界があるということ。
もう1つはその代わりに万能系にはない、ここなら負けないという環境があることである。
そこまで考えれば、圭吾が妙に自信がある理由もなんとなくだが理解出来た。
「ここなら負けない、そう思ってるって事か」
糸の結界に囲まれた脱出不能の監獄。
この中ならば圭吾は本職の前衛、後衛にも負けない。
先程、状況は硬直していると評したがそれは表面上の話だった。
健輔が逃げ道のありそうな場所に行くと周囲にある糸が突然襲い掛かってくる。
勿論、左程重い一撃ではない。
障壁で防げる程度のものであり、進路を塞ぐぐらいのことしか出来ないのため、単体ではそこまでの影響はない問題は別にあった。
「またかっ!」
障壁で受け止めるということは足を止められるということである。
健輔の動きが固まっている間に、圭吾は大技の準備を行うのだ。
圭吾の方に視線を向けると、いくつかの糸が束ねられるのが見えた。
「いくよ!」
「っーー!?」
『健ちゃん、ライフ20%』
「かはっ!!」
辛うじて致命傷は避けているがそれだけである。
このまま健輔が嬲殺しにされてしまえば、2対1になった優香も負けてしまう。
そして、今の健輔の手札にこの状況で圭吾を打破する手段は存在しない。
何度考えても結論は同じだった。
「は、ははっ……。仕方ない、よな」
少しだけ悔しそうに健輔は呟いた。
最後の策など策と呼ぶのも烏滸がましいものだ。
使えば最後、健輔が勝てる可能性は0になる。
目の前の友人の実力に感服するしかなかった。
「今回は俺の負けだよ。流石だ、圭吾。 ――だが、このまま終わってやる訳にはいかないな」
必要な情報は揃っている。
後はタイミングの問題だった。
「健輔、何か考えてるのかい?」
戦況は限りなく圭吾の有利だった。
状況の全てが彼の勝利を示している。
しかし、彼――高島圭吾ははっきりとした不安を感じていた。
親友がこれで終わる。
あり得ない、と彼は断言するだろう。
そんな可愛げのあるような奴だったらもっと簡単だった。
追い詰められた親友がよくわからない爆発力を発揮するのは昔からの付き合いであるためよく知っているのだ。
だからこそ、有利な状況であっても圭吾は気が抜けない。
現に、この瞬間も首筋がチリチリとしていた。
「やるべきことをやるだけだ。それでだけで僕たちは勝てるんだ!」
言い聞かせるように言葉を絞り出す。
これ以上戦場に存在させなければ、健輔も何もできなくなる。
息の根を止めるため一切の手加減抜きで圭吾は最大攻撃の準備を始めた。
状況は王手、だが実際に駒を取らないと最後まで王は暴れ続ける。
「何をしてもこの状況で僕には勝てないよ! 健輔!」
操作する糸の数を今までの倍に増やして一気に放つ。
自分の限界を超える魔力に身体が悲鳴を上げるが頓着しない。
これ以上健輔を自由にさせてはいけない。
長年の経験からくる直感が叫んでいた。
魔力煙から勢いよく飛び出してきた健輔を見てその不安はさらに高まる。
良く見てみると魔導機の形状が先程までの近接型から遠距離型に変わっているのが見て取れた。
距離を取ることで圭吾の結界に対応しようとでもいうのだろうか。
「それも対策済みだよ! 健輔!」
健輔の逃げる方向に糸を創造する。
糸の遠距離創造は妃里から課題として申しづけられていたことだった。
逃げ道を塞がれた健輔は糸に突っ込んだ状態で苦し紛れに魔導砲を撃つ。
どこから見ても悪あがき以外の何物でもなかった
先程までの不安はもう感じなかった、万感の思いを込めて圭吾は叫ぶ。
「「僕(俺)たちの勝ちだ!」」
重なるように放たれた勝利の宣言。
健輔の言葉に疑問を感じる暇もなく圭吾の身体は正確に動作を行う。
放たれた軽く砲撃を避けて、止めのために魔力糸を束ねて放つ。
素早く正確に行われた動作の中、健輔の表情を圭吾は見た。
それは敗北に対する苦い表情ではなく、まるで作戦が完遂したと言わんばかりのやり遂げた表情であって、
『妃里、ライフ0%。撃墜判定』
という真由美の言葉で健輔の真意を悟る。
圭吾はとてもライバルとの戦いに勝利したものとは思えない苦い表情を浮かべて健輔を撃墜したのだった。
「はーい、みんなお疲れ様でした! いやーすごくいい試合だったよ! 見てるだけじゃなくて乱入したくなるほどよかったです!」
真由美は晴れやかな表情で後輩たちを出迎える。
一方、出迎えられた後輩たちは対照的な表情をしていた。
健輔を筆頭にやり遂げた表情をしているチームに対して、圭吾側は通夜のような空気を背負っている。
1人だけ例外的に妃里だけは視線で人を殺せそうな顔で健輔を睨んでいた。
「あーダメだよ! 妃里。今回は健ちゃんの作戦勝ちだと私は思うよ。それとも卑怯とか罵って見る? 私、怒っちゃうよ? それでも、いいのかな」
真由美は最後の部分だけ少し冷たい言葉で呟く。
少し顔を青くした妃里は慌てて健輔から視線を外す。
普段は滅多なことでは怒らない人物が怒ればどうなるのか、そんなことは想像もしたくないだろう。
「わ、わかってるわよ。……ちょっと、思うところがあっただけ」
「それでも、だよ。先輩でしょう?」
「ええ、わかったわ。健輔、ごめんなさいね」
「いえ」
「うんうん、妃里もわかってくれたみたいでよかったよ。……では! 改めて結果発表です! 優香ちゃん、健ちゃん、さなえんチームの勝利です! おめでとう!」
パチパチと真由美と隆志が拍手する。
嬉しそうな表情で真由美は結果について評価を行う。
「最後の健ちゃんの判断はよかったよ。自分は負けてもチームのために貢献する。そういうことを選んでくれたのが、私としてはとても嬉しいです。圭吾君もよく鍛え上げてたよ。でも、少し周りにまでは目が回ってなかったみたいだね」
「個の勝負に熱くなりすぎたな。そこは決断の勝利と言うわけだ」
「妃里も同じだね。3年生で指揮官なのに圭吾君をフリーにさせすぎだよ。これは連携確認なんだから」
「わ、わかってるわよ……。少し、少しだけ熱くなり過ぎただけなんだから!」
真っ赤になって反論する妃里に隆志が茶々を入れる。
「普段脳筋と真由美を罵る割にお前も意外と同類だな。まあ、類は友呼ぶという仕方ないことだろう」
「くっ……、わ、悪かったわね」
ピクピク振るえる口元から妃里の怒りは見て取れるが、敗者として甘んじて批評は受け止めていた。
この辺りの潔さも真由美と妃里はよく似ている。
「優香ちゃんは特に言うことはなかったかな。健ちゃんの攻撃にうまく合わせて妃里を撃墜したしね」
「今後も期待してるぞ」
「はい!」
「まだまだ言いたいことはあるんだけど、今日はみんな疲れてるだろうからこの辺りでいいかな。明日からはテストだから、みんなちゃんと切り替えておいてね」
「では各々、着替えて解散だ。明日からのテストのためにも、後はしっかりと疲れを取っておけよ」
隆志が場を締め全員が解散する。
試合に参加した男子は2人。
その2人である圭吾と健輔は更衣室まで無言で進む。
互いに表情を一切窺わせない無表情のまま、もくもくと着替えを進めて何も言うことなく帰宅する。
健輔は試合には勝ったが勝負には負けて、圭吾は勝負には勝ったが試合には負けた。
お互いに何を言ったらいいのか、感情の整理がつかなかったため無言となったのだろう。
このまま何の会話もないまま寮に付くのか思われた時、健輔を見ないまま圭吾が口を開く。
「今度は」
「ああ」
「今度は完全に勝ち切れるようにするから」
「それはこっちのセリフだろうよ」
会話はそこで途切れてそのまま2人は別れる。
お互いにリベンジを誓い合う。
このまま終わることなどありえない。
負けず嫌いなお互いを再度確認したのか、最後は笑い合いながら寮に入った。
「お疲れ。また明日!」
「ああ、また明日」
ふっきれたような笑いがお互いの感情を示している。
次は負けない。
心にその思いだけを残して2人は明日に備える。
これで後は本番を残すのみとなった。
これまでのような練習ではない。
「俺はどこまでやれて、何をやれるのか」
自室で1人になって、思いを吐き出す。
健輔は少しだけ迷いを感じたが、直ぐにそれを振り払う。
悲観的になるよりもとりあえずやってみた方が自分には似合っている。
戦いを前にした高揚感と、達成感や敗北感と様々なものを混ぜた不思議な思いを感じながら、彼はテスト勉強のため一夜漬けの準備を始めるのだった。