第175話
「派手だな」
「派手ですね」
後半戦、それも強豪同士という事でバンバン陣地ごと吹き飛ばすような攻撃が横行している。
特に今回は火力で定評があるチームのため、1撃が互いに致命傷に近い。
ただ、完全に相手の術中に嵌ってしまった『天空の焔』が僅かに不利であった。
香奈子を何もさせずに沈黙させた辺り、やはり武雄の智謀は冴えわたっている。
「やったことは単純だな」
「視線の誘導と自分たちの姿を隠すことで下に意識を向けさせない」
「後は攻撃を叩きこむ、と。教科書に載せたいレベルだな」
「1つ1つは大きな魔導でもないのに……」
今回の武雄の策は観客席から見ているとわかりやすい類ではあった。
相手がエース押し、つまりはクラウディアを押し立てて、香奈子でその傷を広げるというパターンが来ると読み、クラウディアを前線に誘う。
餌として撒いた翼たちが直ぐさま撃破されたのは予想外だったが、後は計画通りに進行していた。
上空に戦術魔導に偽装した転送陣を展開、攻撃を誘発しクラウディアに誘導。
安心したところを地下に隠した本命の戦術魔導で地上部ごと消し飛ばす。
クラウディアを直撃した攻撃が自分たちのところに来るとは、理解出来ても時間が掛かる。
その間に上空に向けて発射された戦術レーザーが天空の焔の陣を蹂躙してしまったのだ。
「外から地面を探査したら一発だったけどな」
「隠れている選手に意識が向きますよね。地面の下に隠れてるとは思わないですもの」
戦術魔導と転送魔導をうまく力の小さな魔導で補助して、相手に突き刺す。
賢者連合の基本戦術だが、言うは易しである。
実行できるだけの技術と指揮が行えるものはそうはいないだろう。
「『黎明』と同じだけど、取り得る手段が多い分厄介だな」
「同じことをやられるとどうでしょうか……。攻撃を上に逃がした分、クラウが残っていますし、後衛と前衛の比率が同じくらいの私たちにはここまでの効果はないでしょうか」
「まあ、俺は生き残るし、優香も大丈夫だろう。出てるメンツによるけど、後衛も1人くらいは残るだろうな」
「葵さんも爆発にはなんとか、と言ったところですか」
武雄が健輔たちとの試合でこの作戦を使わなかったのはこの辺りが理由であろう。
地下に展開したため、いくらか威力がスポイルされている。
クラウディアが残ったのはそれが原因であるし、何よりも健輔は上空の転移陣を見切ることが可能だ。
取りうる手段の豊富さが売りの『賢者連合』だが、やはり万能系にはその土俵では勝てない。
基本的に防ぐか攻めるしか出来ない自爆攻撃を無効化出来るのは健輔と龍輝の万能系コンビだけである。
あらゆる系統を使えばそれが魔力によるものでなくても防ぐのがこの2名の厄介なところであった。
浸透系と創造系の合わせ技で空間ごと遮断してエネルギーを逸らすなどの方法が行えるのは彼らだけである。
同じ組み合わせでも自分の特性を得てしまった普通の魔導師には難しいのだ。
それでも健輔たちさえいなければ、見ての通り敵チームは悲惨なことになっていた。
数の上でも有利、さらには流れも掴むと絶好調な『賢者連合』だったが、問題がないわけではない。
「しかし、同時に『賢者連合』もきついな」
「そうですね。賢者連合の弱点が出てます」
決定力に欠ける。
賢者連合の弱点はそれに尽きていた。
補うだけの手段をいくつも持っている辺り、強豪の名に恥じぬチームなのだが、クラウディアが手負いであろうとも相手を出来るのが武雄しかいない。
選手の魔導師としての力が純粋に不足しているのだ。
故にこの場面でも決定的に詰め切ることが出来ない。
「手負いの獅子は怖いぞ」
「クラウは責任感が強いですから」
そこを突かれて健輔には敗北したが、強い責任感は劣勢において奮起するための燃料になる。
特に己の双肩に勝利が掛かっているような状況だと尚更だった。
「ほら、来るぞ」
「ええ、楽しそうですね」
類は友を呼ぶ。
健輔によるクラウディア撃墜がなくても彼らは友人になっていたかもしれない。
チームが敗北しよういうその間際で、あれほど楽しそうに笑みを浮かべているのだから、彼らは似た者同士であることは間違いなかった。
かつての『賢者連合』戦での構図と奇しくも今回の戦いは似ているものがある。
健輔たちと同じようにチームを背負ったクラウディアは笑みを浮かべて武雄に立ち向かうのであった。
「かっ、それは年頃の女が浮かべる笑みかよ!」
「そちらこそ、年頃の殿方が浮かべる笑みではないですよ!」
これ以上に愉快な物はないと言った風情で双方は技をぶつけ合う。
雷光の一閃を武雄が巧みに防ぎ、蛇が死角から襲い掛かる。
一進一退、双方のエースが全力で戦う場所に残ったメンバーは介入することも出来ない。
下手な介入はエースのペースを乱すだけだととわかっているからだ。
3対1という状況でほのかはなんとか時間を稼ぐため、決死の回避を続けていた。
先輩の抵抗を感じているクラウディアのモチベーションが否応なしに上昇する。
健輔と戦った時はまだまだ自覚が弱く、才能に頼りがちな面も多かった。
そこを突かれて敗北してから、彼女はひたすらに己を鍛え上げたのだ。
その努力がここに結実している。
「っ、予想以上だのッ!」
「たあッ!!」
変幻自在の稲妻を持って、クラウディアは武雄の蛇を粉砕する。
心技体、全てを高水準で固めている正統派のエースであるクラウディアにとって武雄はむしろやり易い部類だ。
かつて、彼以上の変幻自在さに翻弄された経験があるクラウディアにとって、戦場という『知』を競う場ならばともかく戦闘で遅れ取るとは微塵も思っていない。
自信と自負、そして仲間への思いを背負った彼女は武雄が考えていたよりも遥かに強かった。
「ここを読み違えた、か。は、人だけはわからんなっ!」
素直にその部分を認め、武雄は予定を組み直す。
クラウディアのエースとして戦況を切り開く能力ならば、既に健輔たちよりも完成されていた。
土台の差だろうか。
彼女の力に細やかな技が高度な次元で融合したのだ。
弱いはずがないのである。
そして、思った以上に数値に出ない弱点も改善されてしまっていた。
原因が何なのかと思索を巡らせる。
そして、答えに思い至った武雄はつい笑ってしまった。
「あの悪戯坊主め。ここでも祟りよるなっ」
言葉とは裏腹に嬉しそうな調子での発言。
クラウディアの攻撃を凌ぐたびにその様子は強くなっていく。
まるで自分の想定を超えられるが嬉しいと言わんばかりの様だった。
「いいぞッ! お前たちの世代は儂たち以上に面白くなりそうだ!」
「何を!!」
「はっ、わからんのなら別にいいさ。――欧州のトップエース、それだけの才能を持っとるやつをこの学園のやつが倒したことがある。それが面白いのよッ!」
「っ、私は『天空の焔』のクラウディア・ブルームです! 『ヴァルキュリア』じゃないッ!」
「おうおう、それは済まんかったな。よいよい、こいや」
クラウディアの啖呵を面白そうに受け止める。
相手の事情など勘案するつもりは彼にはない。
それでも受け止めた方が面白そうなのは直ぐに直感した。
この小娘、留学生であることに負い目を感じている、と。
チームに尽くす程にそう思うのだろう。
もしかしたら誰かに言われたのかもしれない。
どうせ、来年にはいなくなる、などが有力候補だろうか。
「詰まらん奴もいるな」
今、クラウディアが敵を見据えてここにいるのは間違いない事実であるのだ。
それだけを信じれば良いものを、よくわからないレッテルを張るのが武雄には理解出来ない。
彼の判断基準は面白いか、そうでないか。
ただそれだけしか存在しないのだから。
「――気が変わったわ。小娘、ここで潰してやるから覚悟しろや」
「やらせないッ!」
緑の蛇が雷を撃ち落とす。
自身の雷撃が簡単に無効化されたことにクラウディアも動揺を隠せなかった。
以前のままでも十分な破壊力だったのがさらに上昇しているのである。
突破出来ないものなどない――はずだった。
「これが、賢者だとでも!!」
「おうよ。頭だけが武器でな。そこでなら『不滅』にも負けんよ。お前さんの雷撃は威力と速度、どっちも脅威だけども無敵には程遠い。自然現象の創造系は余程強固なイメージがない限り現実に縛られるからの」
「っ……」
雷であろうとも性質的には電気である。
同じ魔導という延長線上に乗っている以上、無効化技術も複数存在していた。
それこそ空間ごと絶縁することも武雄には可能だったし、流動系ならば根本が魔力である以上逸らすことも出来る。
現実的な対処法を超えるには宗則のようにハチャメチャなイメージがあればいいのだが、自動迎撃でそれが可能な程クラウディアの錬度は高くなかった。
「雷速の1撃も事前現象を察知すれば――ほれ、この通り」
「ま、まだですッ!」
魔力をチャージするという1工程が必要な以上そこを察知されると防御は容易になる。
クラウディアも想定していた事だがこうも簡単に行われるとは思ってもみなかった。
魔導とは基本火力が過剰な面がある。
魔導砲撃しかり、敵の攻撃を凌ぐ技巧派よりも、やられる前にやれという火力派の方がわかりやすく強かった。
そんな意見が大勢の中で、技巧派として3年間戦い抜いた男が弱いはずがないのだ。
双方にお互いの実力についての齟齬があった。
「私の雷が力だけだと思わないでください!!」
「言葉の威勢は良いが、ええのか? そこは儂の距離だの」
「囲まれたッ!?」
武雄の間合いに踏み込んだ瞬間に罠が発動する。
クラウディアの周囲から蛇が大量に顔を出す。
武雄が何かを発動させたようには見えなかったことに混乱するも体は自然に対処するために動いていた。
「『トール』!」
『術式展開――『稲妻の嵐』』
「かっ! 豪快よな」
『アホ言ってないで防御してください』
「わかっとる。儂に指図するなや」
『障壁も展開しておきます』
主たるものの抗議を無視して『ミットライト』が防御を展開する。
『稲妻の嵐』――自身を中心とした広範囲攻撃だが同時に囲まれた際の防御技、もしくは仕切り直しを行うための術式でもあった。
周囲を照らす激しい閃光も目晦ましを兼ねている。
攻撃と防御、双方のバランスが高い領域で纏まった良い術式だと言えるだろう。
「さて、攻撃で来るか」
防御で来るか。
後半の言葉を胸に隠して武雄は頭脳を回転させる。
思考こそが彼の武器なのだ。
いつだって事態を打開するために動き続けている。
遊んでいるように見えて、チームの勝利には全力を尽くす。
それが双方に対する礼儀だと心得ているからこそ、彼は手を抜くことがない。
「退く、かの」
この状況、以前のクラウディアならば攻めただろうが今の彼女ならば退くと判断した。
相応に消耗している状況である。
武雄の手の内もほとんど引き出せていない状態で攻める程アホでないはず――そう考えた彼を責められるものなどこの場にはいないだろう。
それが正しく安全策であり、正着だったのだから。
クラウディアが結局のところ、葵と同じ前のめりに倒れるのが大好きな人間でなければそうなった可能性は高かった。
視界がクリアになるその瞬間――
「貰いました! 術式解放『ミョルニル』!!」
「――何!?」
――発動を感じさせない程の速度でクラウディアの最大火力が唸りを上げる。
雷にしては遅い、それを思考の片隅に感じるも突発的な事態に武雄の身体がとっさに防御を固めた。
障壁と絶縁処理、そして流動系による受け流し。
派手な地雷攻撃や爆発攻撃に目を取られるが武雄の本質は防御である。
真由美の砲撃も受け流せることが彼のレベルの高さを示していた。
守りに対する自負。
思いもよらない攻撃だったからこそ、反復で見に付けたものが瞬時に行われる。
その態勢こそがクラウディアの狙いだったとは気付けなかったのが武雄の命運を分けたのだ。
駆ける黄金の輝きが障壁と接触した時にそれは起こった。
「何っ!?」
絶縁用の処理術式が消し飛ぶ。
それだけではない接触した障壁がそのまま素通りされたのだ。
中心部分だけを綺麗に破壊して、黄金光は歩みを進める。
起こった事象に流石の武雄も固まりそうになるが、
「舐めるなッ! 貫通術式なんぞ、見慣れとるわッ!!」
直ぐに態勢を立て直す。
まだ彼には流動系による受け流しが残っていた。
自爆攻撃からも自身を防衛出来るそれならば、貫通術式を防ぐことは出来ただろう。
これが別の術式だと気付けたのは攻撃を受け止めてからであった。
「魔力が食われる!?」
「貰いましたッ!」
受け流しはうまくいかず、攻撃はそのまま武雄に直撃する。
クラウディアの火力を防ぐ術は彼にはない。
結果、
『霧島選手、撃墜! エース対決を制したのはクラウディア選手です! これは試合はとうとう決まってしまうのかッ!!』
エースの撃墜は3対1でほぼ、ほのかを撃墜段階まで進めていた『賢者連合』を動揺させることに成功した。
後はそのまま――
『試合終了です! 『賢者連合』対『天空の焔』。残存2名、試合時間は35分で『天空の焔』の勝利となりましたッ! 皆様、両チームに大きな拍手をお願いします!』
――『天空の焔』が勝利する。
世界戦への挑戦チームとして、『賢者連合』のほぼ脱落が決まった。
健輔と優香の2人は友人の予想を大きく上回る成長に刺激を受ける。
負けていられない。
闘志に火が付いた両名は高いテンションを維持したまま会場を後にするのであった。
「あの最後のやつはなんだと思う?」
「そうですね……」
時刻は19時を回ったところ。
夕方ごろまで2人で練習を行った後、食事を摂るために街へと繰り出してきたが話題は自然とクラウディアが武雄を撃破した術式についてになる。
障壁をすり抜けた時からあった違和感は最後、武雄が受け流しに失敗した瞬間に最高点を記録していた。
戦ったからこそわかる武雄の厄介さ。
健輔では相打ちにしか持ち込めない強さだった武雄が優勢な状況から一転して敗北したのだ。
いづれ戦うかもしれない相手として対策を考えるのは当然であった。
「魔力をすり抜けるというよりも、接触した瞬間に作用するものに見えました。薄くなった障壁と最後の武雄さんの言葉から考えるに」
「魔力を吸収する、ってことか」
魔力を吸収して突破しやすくなる。
理屈としては正しそうであった。
「あり得なくはないな。でも、敵対者の魔力吸収なんて簡単には出来ないだろう? それに最初から使わなかったのも気になる」
「発動条件があるんだと思います。魔力パターンを把握していること、後は」
「一定時間接触していること、とかかな」
「その辺りが妥当だと思います」
「……日本っぽい感じがしないな」
「類似の術式が見当たりません。おそらく欧州校のものでしょうね」
おそらく今までのクラウディアは使わなかったか、使えなかったのだろう。
貫通術式に限らず、同じ効果を齎すが各国で様式が異なる術式も多く存在している。
飛行術式も日本のように飛べる空間を生み出すのではなく魔力で飛行するものも存在しているのだ。
まだまだ、術式は玉石混合であり混沌とした状態になっている。
その事を今回の戦いは教えてくれた。
「世界戦で戦うにはそっちも気にしないとダメだな」
「セオリーにも違いがあるはずです。映像だけでなく、実際に話を聞く必要があるでしょうね」
「うげ、クラウはそういうの好きじゃないだろう?」
「好きではないでしょうけど、それで私たちが負けるのはもっと嫌がると思いますよ」
「そんなもんなのか?」
「はい」
笑顔の優香を信じて、健輔はクラウディアに勝利祝いのメッセージと共に明日学校で会いたいと連絡を送る。
3分程で返信が届き、了承の意が送られてきた。
「あれだな。世界まで鈍らないようにしないとダメだな」
「そうですね。『暗黒の盟約』戦で術式頼りの危険性は理解しましたから、私もクラウのように地力を上げるのを頑張らないといけないなって思います」
「俺もだよ。……そろそろあれも完成させないとな」
「お手伝いなら任せてくださいね」
「おう、しかし、世界までに完成するかね」
夜は更けていく。
成長していく友人たちに僅かな羨望を滲ませて健輔は溜息を吐いた。
傍から見れば自分も彼らの一員なのだろうが、実際に付いていくのは困難極まるのだ。
それでも彼は歩みを止めない。
彼女たちの誇れる友人であるために、倒れるのならば前のめりであることを心に決めているのであった。