第174話
クラウディア・ブルーム。
『雷光の戦乙女』の2つ名を持ち、その美貌と実力で知られる天祥学園でも屈指の魔導師。
1年生と近接戦のみに条件を絞ったならば学園で3本指には入るだろうエース魔導師である。
純然たる剣技と空中での格闘機動戦能力、極め付きに『雷』という厄介な能力を備えており、遠近どちらの距離も対応可能な万能型としての理想形。
幾分パワー寄りではあるのも事実だが、そんなものは弱点に成り得ない程に彼女は強かった。
天祥学園にやってくるまでに彼女が同学年で敗北したのはたった1人。
その1人だけを見つめて、彼女はここ日本にやってきたのだ。
約束された栄光と勝利、他ならぬ彼女自身が己の強さを信じていた。
あの日――健輔に敗れるまではそうだったのだ。
そこからの再出発は彼女にとっても初めての体験であり、同時に得難いものとなる。
間に桜香の洗礼を浴びるなど、いろいろと曲がり道もあったが、それらが結実する相手として彼女は『賢者連合』を選んでいた。
己とは違うテクニカルなタイプを捻じ伏せてこそ、彼女はかつての自分に胸を張れるのだ。
「はッ!」
「っ、やるな!」
「そちらこそ! 流石は『賢者連合』ですッ!」
クラウディアの周りを『雷』で作られたスフィアが滞留している。
力を蓄えるかのようにいくつかの魔力球が周囲に浮かんでいるのだ。
「ちぃ、厄介なっ」
翼が攻撃に移ろうとしたタイミングで雷撃が放たれる。
自動迎撃システム、とでも言うのだろうか。
翼が何かしようと動きを見せると全自動で球体が発光、魔力を組み上げて雷撃を放つ。
予備動作として魔力を吸収するからこそ、なんとか防御出来るが攻撃の気勢が削がれることは避けられなかった。
「っ、またか!?」
周囲に響く爆音と視界を覆い尽くす雷光。
こうやって幾度も攻撃の機会を『賢者連合』は潰されていた。
無論、やられっぱなしではない。
幾度かタイミングを見計らって攻撃を加えてもいるのだが、それは障壁ではなく電磁結界に阻まれていた。
通常の障壁のほかに雷を利用した防御結界が常時展開されている。
魔力球による自動迎撃も加えれば、3重の防御をクラウディアは展開していた。
健輔と戦った時とは比べ物にならない程のレベルアップ。
1対多を念頭においたそのバトルスタイルは一体、誰を想定したものなのだろうか。
「ここから先には行かせませんッ!」
「はい、そうですか、って言える立場でもないんでね! 押し通る!」
「ふふ、良い覇気です。その心に敬意を示しましょう!」
「随分と上から目線じゃないか! 1年が、先輩を舐め過ぎだ!」
魔力の塊が空中を這い、雷光が撃ち落とす。
繰り返される攻防だが、徐々にクラウディアが前に押してくる。
高火力、高防御、その上に高機動で高い近接戦能力、優香とは方向性が違うがどこから見ても1年生のレベルではない。
優香がプリズムモードによるトリッキーな強さと爆発力を持つエースならば、クラウディアは正当派に強いエースである。
正面から決戦を挑めば優香も返り討ちにあう可能性が高い。
それほどまでに完成されたスタイルであった。
「『トール』ッ! 封印解放、術式展開!」
『了解、『ブリッツモード』発動します』
周囲のスフィアを吸収してクラウディアの体が雷を纏い始める。
電磁結界と言うべき薄い膜と魔力を自身の内部で爆発的な回転させることで無理矢理力を嵩上げする術式。
ライトニングモードから新たに『ブリッツモード』へと進化した彼女の奥の手が『賢者連合』へと襲い掛かる。
「は、はや――」
「1つ!」
瞳が僅かに光を帯びて、彼女の強い意志をさらに輝かせる。
獲物を1人仕留めたクラウディアはそのまま次の行動へと移っていく。
今までの雷撃は直線攻撃のみであり、範囲攻撃が出来なかった。
雷とは『そういうものだ』、というクラウディアの認識が邪魔をしていたためにそうなっていたのだが、それを今の彼女は乗り越えている。
翼ともう1人前衛が、彼女を仕留めようと動き出すのを確認すらせず流れるように次の行動に移っていく。
術式の補助と明確なイメージを送り、形を成す。
創造系の基本を忠実に極めたことでクラウディアに出来ることは格段に増えていた。
「『トール』」
『術式選択――『稲妻の嵐』』
直後、彼女を中心として凄まじい光と共に強烈なエネルギーが放出される。
雷が方向すら定めることなく無秩序に四方へと放たれて――
『小林選手、浦上選手撃墜! 『雷光』の名に偽りなし、圧倒的な攻勢能力で敵を殲滅しています! 『破壊の黒王』が動くことなくこの強さ! 『天空の焔』、やはり強いですっ』
「これはすごいな」
「……ええ、まさか、これほどとは」
観客席でクラウディアの圧倒的な強さに感嘆の声を上げる。
以前のクラウディアとは応用範囲が比べるのも烏滸がましい程にレベルが違っていた。
今、かつてのように時間切れなどという消極的な策を選べば健輔は容易く彼女に粉砕されるだろう。
攻撃性能、防御性能、さらには万能性が飛躍的に向上していた。
特に『雷』の使い方がかなり上手くなっている。
常時、難しいイメージを見事に維持し続けているのは並大抵の労力ではないはずだった。
健輔、優香の双方も創造系を使えることがその認識を強くする。
変換系――扱いやすくした創造系というある意味で本来の用途に沿ったものをようやく発揮しようとしているのかもしれなかった。
「あれは俺でも厳しいな。優香とも相性が良い」
「はい、チームの特性上の理由なのでしょうね。私たちよりも多人数の戦闘に優れています」
「香奈子さんいないとあいつ1人だもんな、それにしても強いわ」
「……おそらくですが」
「ん?」
「あのスフィアによる戦闘スタイルは私か、健輔さんを想定したものだと思います。……正確には私のプリズムモードを想定しているのではないかと」
「あー、うん。あり得るわな。自動迎撃は俺用で」
「多人数用の対策はプリズムモードではないかと」
健輔が苦手するのはトリッキーなタイプの魔導師だが、別にそれだけが危ないというわけではない。
むしろステータスだけ見るならば健輔は苦手な相手が多いぐらいである。
もっとも、そこで安心している輩を倒すのが健輔なのだが、残念なことにクラウディアはそこに当て嵌まらない。
健輔対策としてきっちりと自動迎撃を組み込んでいる辺り、明確に意識していることは明らかだった。
魔力を感知して自動で雷撃を放つ術式なのだろうが、通常の魔導師にもそこそこ役に立つ上に健輔には一際効果が大きい。
健輔はある意味で人間が持つ揺らぎをつくのが得意なのだ。
そういったものが一切絡まない機械的な動作は苦手な範疇である。
同様に自分を中心とした大規模な範囲攻撃は優香のプリズムモードを念頭に追いているのが見えていた。
クラウディアらしいと言うべきか、やられる前にやれ、という彼女の意思が強く投影されている。
「葵さんと似てるが」
「対応範囲が大きく異なるのと、対格上を意識しているのが窺えますね」
「ああ、ブリッツモードは……ま、名前を変えたライトニングモードだな。消耗を押さえつつ肉体反応を上昇させるのが目的で前ほど爆発的に力は上昇させてないみたいだ」
「継戦時間に気を使ったのでしょう。……健輔さんとのあれでしょうね」
優香の笑みを含んだ物言い。
何のことを指しているのか、わかってはいたがスルーする。
あの頃はまだまだ健輔も未熟だったのだ。
今ならばもう少しカッコいい勝ち方を模索出来るはずであった。
「そ、それよりも、だ! あいつ1人で暴れ回ってるけど、こっからはどうなると思う?」
「ふふっ、そう、ですね。……順当なところならば戦術魔導を発動、1番良いパターンで香奈子さんなどを撃墜。クラウとの勝負になり、最後には彼女が押し勝つ、という辺りでしょうか」
優香は武雄とクラウディアならば後者が有利だと考えたようだ。
健輔とは逆の考えである。
仮に同じ展開になった場合、健輔は武雄が有利だと考えていた。
『天空の焔』は香奈子とクラウディアの2枚看板でここまでやってきたチームだ。
ほのかなどを筆頭に弱くはないが、強くもないのが彼女たちのチームメイトである。
強豪として過不足ない『賢者連合』相手には厳しいものがあるだろう。
「……それに俺は戦術魔導を使わない可能性もあると思うぞ」
「それは……」
「あの人はそっちに集中させて別のものを仕込むくらいのことはやるだろうさ。……そっちに目を向けさせて本命は戦術攻撃って、パターンもあるだろうけどな」
順調に進撃する『天空の焔』を尻目に不気味な沈黙を保つ『賢者連合』。
あの武雄がこんな読みやすいパターンだけしか組まないなどと健輔は信じられなかった。
必ず何かを用意しているはずである。
そう思うわせるだけの男が霧島武雄なのだから。
「クラウが前に出ます」
「ああ、本格的に交戦するみたいだな」
「焔側の本陣も動いてますね。香奈子さんが準備を始めるみたいです」
今まで様子を見ていた香奈子が戦闘に参加する。
『天空の焔』側は勝負時だと判断したようだ。
ベーシックルールのため、既に3名落ちた『賢者連合』は残り6人。
バックスを選手が兼ねているため、フィールド上の人数は互角であるが不利なのは間違いないだろう。
「どうなるかな」
「楽しみですね」
予想が出来ない試合に2人はワクワクしながら先を待つ。
その目に輝く光がそっくりであると指摘する者がいないのは幸運だと言って良いのだろうか。
2人とも子どもような面持ちで激突を待つのであった。
「はん、なるほど。宗則は厄介なやつを育てたわ」
試合開始と同時に1人で前に出てきたクラウディア。
明らかな誘いに乗ったのは、戦力評価の意味合いもあったのだがあえなく前衛は粉砕されしまった。
侮っていたわけではなく、翼を送っていることからも十分に警戒はしたのだ。
クラウディアの実力が予想以上に成長していた。
「ふむ、読み違えたか……。ま、この方が都合は悪くないないわな」
向こう側も自分たちのエースの実力を信頼しているのだろう。
実に秩序だった良い動きである。
ここまでの行動で『天空の焔』に失点らしい部分は存在していない。
武雄から見ても80点は上げて良いだろう。
「それじゃあ、上には行けんがな」
しかし、武雄はそれを是としない。
何処のチームが勝ち抜くにしろ、次は世界へ行くのだ。
接戦での敗北ならばともかく圧倒されて負けられると学園の名が下がる。
武雄はこの一戦で『天空の焔』にあることを刻むつもりだった。
「エース押しの戦略なんぞ。策に入らんわ」
それでは世界最強のエースを擁するチームだけが勝ちを拾うだけの詰まらないゲームになってしまう。
魔導の奥深さ、そして懐の大きさを知らしめればならない。
クラウディアの実力を加味した上で計画通りのチームを動かしていく。
「『黒王』……。あの程度で『凶星』超え? 笑わせるよ」
「リーダー、準備できましたよ」
「おおう、よっしゃ。ド派手に行くぞ。2番煎じなのはでちょいと情けないがな」
「いや、そのままじゃないんですし、いいじゃないですか」
「かっ! それもそうか。じゃあ、2人ほど落ちてもらうぞ。しっかりと釣ってこい」
「選別済みです。任せてください」
現在まで試合は予定通りの進行状況だった。
霧島武雄は不敵に笑う。
自分の策を食い破ってみろ。
武雄が思うのはただそれだけである。
視線の先には雷光を纏う乙女、1人。
愉快そうな顔と表情は彼の期待を表していた。
武雄の視線を感じたわけではないだろうが、進攻してきたクラウディアは猛烈な違和感を感じていた。
「おかしい……。ここまで気配がほとんどないなんて」
あまりにも抵抗感がない。
クラウディアが違和感を覚えたのも当然のことだった。
既に『天空の焔』は砲撃態勢に入っている。
早く彼女と交戦しなければ彼らは不利になる一方なのだ。
『賢者連合』――『知』を標榜するチームがここで何もしないという状況が既に怪しい。
まるでやれるものならやってみろと自信満々に首を差し出された気分である。
「これが、『盤上の指揮者』……!」
名前の由来を強く実感する。
向かい合っているにも関わらず、まるで上から見下ろされている気分であった。
進めば進むほど、相手の思惑に沿っているような気分になってしまう。
それが心理的なブラフの可能性が高いとわかっていても踏み込みに僅かな躊躇を覚えてしまうのは避けられない。
小さな積み重ねを行い、大きな効果で総取りを狙う。
全体的には遊んでいて博打が過ぎるように見える差配にも必ずどこかに意味がある。
クラウディアが知る限りで似たようなタイプの魔導師は欧州にはいなかった。
「……今更、ですか」
魔導機を構え直し、魔力を通す。
今考えるべきは正面の敵についてだけ、他には何もいらない。
それだけの動作で既にクラウディアの目からは迷いが消えた。
果断であり、即決する。
彼女の美徳とも言える部分がここでは良いように作用した。
時間をかけると『賢者連合』が有利になるのは事実なのだ。
ここでは巧遅よりも拙速が必要である。
「香奈子さんへ伝達をお願いします」
『了解、気をつけて!』
念話にすら妨害を受けない。
不安を隠してバックスに念話を送り、クラウディアは空を駆ける。
周囲にスフィアを浮かべて、戦闘態勢へ移行。
思考はクリアになり、雑音が消えていく。
まるでどこかの万能系とそっくりな戦闘思考。
術を学んだのが宗則ならば心を学んだのが誰なのか、良くわかる光景であった。
待ち構える罠を恐れずに戦乙女は駆ける。
ただ一振りの剣足れば良い、と信じているのだ。
――そこを武雄が狙っているなど、露とも考えずに。
「2人っ! 行きます!」
陣地の奥地へと進み、それまで見えなかった人影がようやく視界に映る。
2名を素早く、確実に倒すためクラウディアが魔力を高めて踏み込んだ時、武雄の罠が唸りを上げた。
不安を感じさせる沈黙の中で、人影(餌)を見せる。
既に主力を撃破していることの後押しして、クラウディアは無思慮に足を踏み入れてしまった。
「なっ、大規模魔力反応!?」
空を見上げると上空には巨大な魔導陣が2つ。
1つは『賢者連合』の陣地に、もう1つは『天空の焔』の陣地へ浮かんでいる。
この時、『天空の焔』リーダー赤木香奈子の対応は『クォークオブフェイト』の失敗から学習した完璧なものであった。
クラウディアからも確認できたが、迅速に天に向かって放たれる黒き虚光。
香奈子の砲撃が相手の術式を消し飛ばす――かに見えた。
中心に向かって放たれた黒い光はそのままどこかに消えていく。
否、正確には――
「っ、マズイ!」
――クラウディアの頭上に振ってきた。
天の巨大な陣がただの転送陣であったことを悟るもそこに思考を回す余裕などない。
迎撃の雷撃は時間を稼ぐことすらも出来ずに黒い光に塗り潰される。
しかし、彼女も並みではない。
スフィアが稼いだ僅かな時間で決断して一気に離脱を図る。
ブリッツモードが自動発動し、大幅に上昇した反射神経の賜物だった。
『無事? クラウ!』
「はい! それよりも、これで終わりのはず――」
彼女の安否を気遣う念話。
この時、まだ上空の転送陣は残っているのに誰もが意識をクラウディアに集中させていた。
クラウディアというエースが落ちかける程の見事な策だったのだ。
『賢者連合』の策は終わりだと、クラウディアだけでなく香奈子たちも同じことを思っていた。
むしろ、その逆であることを彼女らはその身を持って知ることになる。
「……敵地で安心とは恐れ入るわ」
武雄の言葉は届かない。
誰だって今の流れが武雄の策だと思うだろう。
それが陽動だと思えるのはあまりにも小さき効果しか狙っていないことに疑問を覚える者だけだ。
クラウディアだけを狙ったところで状況は好転しない。
狙うのならばどちらも一気に仕留めるのが正着である。
空に浮かぶ転送陣は2重の意味があった。
攻撃を転送するということ、もう1つは役目を果たしたと思わせて陣を慌てて消去させないこと。
仲間のピンチに陣を消しておこうと思えるほど余裕があるものがいれば破綻していたかもしれない策に彼は平気でチームの命運を賭けた。
そして、今、本当の策が成就する。
武雄曰く、2番煎じ。
かつて、初戦において『クォークオブフェイト』に思わぬ苦戦を強いた『黎明』の作戦が形を変えて蘇る。
「えっ」
その驚きは誰の声だったのか。
『賢者連合』陣地を見事に吹き飛ばす大爆発。
指向性を持って発動した大規模な術式は上へ向かって行く。
味方2人を囮に誘い込んだ爆発はクラウディアを確実に飲み込み、さらにはその力をそのまま空にある転送陣に送り込む。
あまりにも連続で変化する流れに流石の香奈子たちも後手に回るしかなかった。
純粋な爆発のエネルギーを前に本陣に固まっていた3名の後衛と1名の壁役は何も出来ず、
『こ、これは。ま、まさかの大逆転です! 『天空の焔』、クラウディア選手と坪内選手を残して壊滅!! クラウディア選手も残りライフ20%と大きく消耗しております!』
人数は『賢者連合』が4、『天空の焔』が2と逆転する。
ここまでが武雄の策。
完璧に嵌った敵を見て、
「まあ、こんなもの、だの。……詰まらぬ芸だろう?」
と不敵に男は笑う。
世界戦の行方を占う一戦は混迷へ。
観客席にいる健輔は自分ならばどうするのか、とクラウディアの立場に立って考えるのであった。