第172話
戦闘授業で健輔が暴れ回ってから数日が経った。
それまで微妙にあった侮りのようなものはなくなり、学年の中でチームに所属しているものへの賛辞や、自身もチームに所属する動きが加速する。
1年生が集まっていたチームは解散して、各々既存のチームに入るなどの方向にシフトしていった。
変化は他にもある。
それまでのアイドル的な人気から優香は桜香と似たような尊敬や崇拝が混じったような人気へと変わり始めた。
早い話、1年生が完全に学園に馴染んだだけであるが、それまで妙に浮いたものを感じていた健輔にとっては大分過ごしやすくなったと言えるだろう。
1部を除いて、と付けなくてはならないのが玉に瑕だったのだが。
「どうしたの? 佐藤くん。溜息なんか吐いて」
「……いや、なんでもない」
「むっ、そんなに私の話詰まらないかな?」
「そんなことはないが……」
君たちが何故か俺に接近してくるからです、とは言えない健輔は曖昧な笑顔で誤魔化す。
クラスメイトの女子が妙に馴れ馴れしくなったのも顕著な変化な一例だろう。
桜香撃破後に先輩などから声を掛けられることは増えた。
年代問わずに女子たちとも微妙に距離は近づいていたが今回はそれ以上である。
それまでは上級生だけだったのが、今度は同年代も接近してきたのだ。
もっとも、遠巻きに見守っていたものが普通に話すようになった程度の変化なのだが、それでも健輔からすれば天地が逆になるぐらいの出来事であった。
本来、異性と話すことは得意ではないのだ。
優香のように慣れたものや、葵のようにそもそも異性よりも家族的な意識が先にくるのならばともかく、同級生など1番の鬼門である。
年上のため、壁を作れる先輩たちと違い、正面からの応対を余儀なくされていた。
「ね、どうやったらあんなにうまく空を飛べるのか、教えてよ」
「と言われても……」
その中で1番積極的なのはこの女性だろう。
同じクラスでサバサバしたタイプの女子である彼女は前からクラスで人気があった。
前々から同じ戦闘授業にいたらしいが健輔の記憶にはまったく残っていない。
それを悟られないようにうまいこと話を合わしていたのだが、何故か距離が縮まってしまったのだ。
タイプとしては葵に似ているだろうか。
彼女ほどぶっ飛んでもいないし、同様に美貌なども細かく纏まっている。
とはいえ、優香に見慣れた健輔が綺麗とは思うのだから顔立ちは整っていると言ってよいだろう。
そもそも健輔は他者の顔を論評出来るような立場にないのだから、どうでもよいと言えばどうでもよいことだった。
やたら『空』に興味があるらしく、そこ関係で絡まれるのだ。
健輔はどこかのチームに入ることを進めたのだが彼女は渋い顔で健輔が良いと言い出す始末だった。
圭吾は早々に離脱を図ったため、役に立たず優香が不機嫌になる前に地力で決着を付けなくてはならないというおまけが付いている。
強制的に面白くもないゲームをやらされている気分に大分ダウナーになっていた。
「……あれだね。佐藤くんは妙にセメントだよね。……もしかして、ホモ?」
「なんでだ!? あり得んわ! 普通に女の方が好きだっての!」
「じゃあ、なんでそんなに渋い表情なのさ? 自分で言うのもあれだけで私はそこそこだと思うよ。一緒に居て嫌なタイプじゃないでしょう?」
「ぐっ……」
その妙に女を使うところが苦手だからです、と言えたらいいがそんなことを言ったら逆用するのが目に見えていた。
今までにないタイプの人間に健輔は微妙に引いて見せる。
すると、
「もう。とりあえず、今日は諦めるよ」
と言って、先に彼女の方が引く。
正確に言うならば仕切り直しなのだろうが、どちらにせよ健輔にとっては解放されることには変わらなかった。
一息吐いた健輔は友人の元に戻るクラスメイトを見送る。
幸いにも彼女からは見えなかったが健輔は明日も来るのか、とがっくりと肩を落とすのだった。
「なんでお前には女子が寄ってくるんだよ」
恨めしそうな大輔の視線、それをスルーして健輔は飲み物を口に運ぶ。
その様子に大輔は怒りが爆発しそうになるが、体に刻まれた腹パンの恐怖がそれを許さなかった。
あの日、大輔はダメージを代行されたはずなのに夜に何も食べられなかったのだ。
友人にも戦闘では容赦がなさすぎる男だと、改めて戦慄を感じた程であった。
「知らんよ。そっちこそ、原因を俺に教えてくれ」
「ぐぬぬ、勝ち組の余裕かよっ。そりゃ、あんだけ強ければクラスで1、2番目のやつも寄ってくるよな。けっ!」
かなり小物くさくなっている友人に嘆息する。
まるで健輔がモテているような発言だが、残念ながら男女の関係になった人物など存在していないし、何よりもそんな余裕が健輔にはなかった。
今はそれよりも世界戦のことで頭がいっぱいである。
「世界に行くんだ。そっちにかまけてる余裕は俺にはないよ」
「なんだよ。本当にその気ないのか? たぶん、滝川のやつ言えば靡くぜ」
「そんなつもりないしな。それに俺にも好みがある」
「おっ、お堅い健輔も大分緩くなったな。誰が好きなんだよ」
「おい、話題変わってないか?」
「いいから、いいから。ほら、言ってみろって」
妙に嬉しそうな大輔に若干気持ち悪いものを感じるがここで引くのも負けた気がしていやだった。
ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「そうだな。俺より強いやつじゃないか」
と言ってみるのだった。
健輔としては冗談のつもりだったのだが、大輔の様子を見ていると何だが意図していたものとは違うものが垣間見える。
ああ、やっぱり、という表情をしているのだ。
「おい、なんだよ。その納得したって顔」
「いや、わかった。それじゃあ、クラス内でも1、2の美少女もダメだよな。流石健輔だな。ハードル高すぎだわ」
「ちょ、おい、冗談だっての!」
「わかってる。わかってる。冗談だよなー。はいはい、わかってますよー」
「絶対わかってないだろう!?」
大輔の適当な相槌につい大声を出すが、店内でそんなことをすれば注目を集めるに決まっていた。
静かにしろよという文字が書いてある友人の顔をぶん殴ってやろうかと思うが健輔は必死に我慢をする。
何故かこの間、相談に乗った時とは逆の構図になってしまう。
どうしてこうなったのか、健輔にもわからなかった。
「ま、健輔の戯言は置いておくとして、だ」
「おい」
「そんな怖い顔するなよ。俺だってこの間の事は悪いと思ってるから飯を奢ってるんだぜ?」
「焼肉食い放題だけどな」
「なんだよ、俺たち年齢にはいいだろ? 肉」
鉄板から漂う食欲を誘う匂い、大輔の詫びの証を健輔は遠慮なく受け取っていた。
あれ自体は良いストレス解消になったが機嫌が降下した美咲と優香の相手で胃にダメージを負ったことを考えればトータルではトントンである。
あの2人はあれ以来健輔を見るとそそくさと逃げるようになってしまい以後大輔にも絡んでこないらしい。
余程堪えたのか、チームも解散し、2人も今あるチームの1つに所属したと健輔は聞いていた。
「ま、気持ちを形にしてくれるのはありがたく受け取るけど。うんで、本題は?」
「お、流石に察してくれるのか。こういうのは聡いよな」
「……例外があるような言い方するなよ」
「はは、悪い悪い。健輔様は素晴らしいお方ですよー」
「殴るぞ、腹を」
「すいません」
微妙に青い顔で腹を押さえる大輔をジト目で見る。
健輔の腹パンなど本家の葵に比べればゴミのようなものなのだ。
本家にボコられた身からすれば大輔に対して健輔が行ったことなど大したことではない。
健輔の中では釣り合いが取れるどころか、マイルドに行ったつもりの戦闘授業だったが比較対象が悪すぎであった。
肥溜めと比べればどこに住もうが天国なのと同じであるが、肥溜めを知らないものにいきなりゴミをぶっ掛ければ恐れられるのも当然であろう。
「はあ……うんで? 何よ。また女の相談、とか言ったら殴るからな」
「いや、流石に2度ネタはない。相談っていうのはな……。その、なんだ。チームのことについてだ」
「チーム?」
「ああ、あの授業の後、いろいろと里奈ちゃんが教えてくれただろう? 俺なりに考えてみたんだよ」
健輔もその場にいたため内容は知っている。
里奈が言ったのは極々普通の事、少なくとも健輔には常識レベルの話であった。
1年生だけでチームを作っても余程情熱がないとうまくいかないと言う事。
他には既存のチームは先輩が教えてくれるからレベルアップしやすいなど、そこまで奇を衒ったことは何も言っていなかった。
相談するようなことがあるとは思えない。
よって、大輔の次の一言は完全に予想外だった。
「あー、なんだ。急なことであれだと思うんだけど。俺を『クォークオブフェイト』に入れるって無理か?」
「は?」
「いや、だから『クォークオブフェイト』に入れて貰うのは無理なのかってさ」
大輔の言っていることを理解するまでにそこそこの時間が掛かった。
『クォークオブフェイト』に入りたい。
言っていることは理解できるがそれを目の前の人物が言っているとは思えなかった。
大輔にとってあくまでも魔導は手段であり、目的ではない。
健輔も共通しているが今の健輔は魔導競技が楽しくてそちらに比重が寄っている。
大輔にそのような様子は見えない、にも関わらず『クォークオブフェイト』を選ぶ理由がわからなかった。
「無理じゃないが……そうだな。理由を聞いておこうか」
「お、面接か」
「今は世界戦の前だからな。新規募集はしていない。そこを捻じ曲げたいなら俺ぐらいは説得できないと話にならんよ」
「なるほどね。ま、そこまで複雑な理由はないさ。健輔がいるし、あの九条さんとかもいるだろう? それに世界にも行こうとしてるチームだ。どうせやるならレベルが高いところの方がいいだろ?」
「ふーん……」
大輔の言葉を反復する。
悩んだ時間は分に至っていない。
健輔は、
「やめとけ」
と即答するのだった。
「は? え、いや、もうちょっと……」
「真面目に言うならそのレベルでうちに入るのはやめとけ。直ぐに魔導が詰まらなくなる」
「はあ? 詰まらなくなるってどういうことだよ?」
「俺も圭吾も戦闘魔導の習熟にほとんど時間を使っている。当たり前だが夏は練習漬けだったし、理論の勉強も欠かしてない。……わかるだろう? お前はもう遅い」
「遅い……」
健輔とて友人を無碍にしているわけではない。
その上で双方のために断ることにしたのだ。
魔導競技は外から見ていると楽に見えることが多い。
ド派手な撃ち合いや実際のダメージは術式が代行していることなどを知識で知っている内部の者ほどその傾向が強かった。
しかし、そんなわけがないのだ。
ダメージがないとわかっていても魔導砲撃は本来ならば人間1人を蒸発させることは楽に行えるし、他の魔導も人間の殺害などそれこそ銃よりも楽に大量に行えるだろう。
彼らはいつ自分を死に至らしめるかわからない凶器を向け合って戦っているのだ。
だからこそ、撃墜されないように努力するし、同時に魔導を信頼していた。
大輔にはその観点が抜けている。
楽しくやれそう、そんなノリで入ってしまえば早晩ついてこれなくなってしまう。
その時、亀裂が入るのはチームでの関係だけではない。
友人をこんなことで失うつもりは健輔もなかった。
「お前は世界に挑むためにそこまでやれるか? 下手すると来年の1年と比べられるぞ」
「……で、でもよ」
「何より、競技で俺は手を抜かんよ。友人でもライバルはライバルだ」
「仲良くは出来ない?」
「出来るが争う気は満々だ。俺も優香に勝ちたいしな。それに次のリーダーは葵さんだ。はっきり言ってあの人が手加減するところなんて想像できない」
『スサノオ』並みの先鋭化はしないだろうが、やる気は重要だった。
大輔は世界で戦うだけの動機が薄い。
それも突き抜ければ問題ないが今の段階ではおすすめは出来なかった。
「無難なチームにした方がいいと思うぞ。楽しく、その中で強くなりたいならそれこそツクヨミの方がいい」
「そっか。……不快な質問だったか? その、あれだ。努力を軽く見てるような……」
「どっちかと言えばバトルジャンキーの巣であるこっちがお前に合ってないだけだよ。そんなことは気にしてないさ」
「さんきゅ、そう言ってくれると気が楽になるわ」
大輔もとりあえず言ってみただけなのだろう。
深くそこからツッコむことはなく、後は『ツクヨミ』についての質問など関係のない話題に終始することになった。
何気ない話題、それが何処か引っ掛かった健輔は頭の片隅に置いておく。
大輔には勧めなかったが、一体どういう基準でチームメンバーを選らんだのかは少し気になった。
真由美辺りに機会があれば尋ねてみよう。
そう思う程度には大輔の話題は健輔の琴線に触れたのであった。




