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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第169話

「なんすか……あれ」


 撃墜されてフィールドから除外されていた健輔が見たのは真由美の変貌と圧倒的な強さである。

 『終わりなき凶星』相当の術式を9つ、しかも発動させたまま薙ぎ払うなど優香どころか桜香でも魔力が枯渇するだろう。

 魔力適合現象は魔力との親和性を高めて威力や効率などを飛躍的に上昇させるが無限機関を生み出したりするものではない。

 健輔が知る限りの能力であんなことを出来る能力はなかった。


「あれは真由美の切り札だな」

「切り札、ですか」

「ああ、魔力固有化現象というものを知っているか?」

「いえ」


 魔力固有化現象。

 一言で言えば当人の魔力回路にもっとも最適化された状態の魔力が生成されることである。

 理論上誰にでも起こりえるのだがそこに至るまで信じられない程の収束系に属する能力の錬度が必要らしく高校生でそこまで行けるものはほとんど存在していない。

 外見変化なども含めて魔力適合現象とよく似ているのだが、実体は真逆のものであり、現象としては固有化の方が上位になる。

 魔素を変化させる魔導においての最終段階、極魔力を上回る圧倒的な能力だった。

 その性質上、個々人で発現させる能力などに差異があるのが魔導の特徴であるが、それにもっとも忠実な能力の1つが固有化であろう。


「……うわぁ」

「1つ言っておくが今代の上位3名はおそらく全員使える可能性があるからな」

「え?」

「鬼ごっこの時だったか? 桜香のあの様子から見るにただの魔力適合とは思えない。あれは魔力に体を合わせるからな身の丈を超えることはない。しかし、固有化は別だ」


 固有化現象では魔力が変質するため、体に大きな負荷が掛かる。

 それを抑えるために適合現象のように髪などが変化するのだが、それでも足りていないためあまり長く成れるものではない。

 さらに変身するために掛かる労力が適合現象の比ではないのだ。

 真由美の場合は魔力回路を常にフル稼働させておいてそこから30分程の時間が必要になる。

 その上、精神状態もクリア――かなり集中しておく必要があるのだ。

 そんなことするぐらいなら普通に戦った方が早い。

 しかし、労力を掛けた分だけあって効果は絶大である。


「桜香を固有化と判断したのは理由の1つはあれだが他にもある。本人の魔力に適合しているからな特異な効果を得られるんだよ」

「効果?」

「系統由来のものだがな。真由美ならば破壊系が効かなくなる」

「……マジっすか」

「マジだ」


 極限まで圧縮された魔力のため、結合を破壊して魔素に戻す破壊系が使えなくなる、というのが理屈らしい。

 真由美の弱点のいくつかを潰す物凄い効果である。

 何よりあの状態の真由美ならば桜香にも勝機を見出すことが出来るのは大きい。

 常に攻撃態勢、前のめりなのは真由美の気質もあるがこの能力が最大の理由である。

 事前準備が重要のため、後からやろうと思ってやれるほど簡単な能力ではなかった。

 強力な反面扱いずらい能力だと言えよう。


「しかし、紙一重の試合だったな。世界に向けての課題も見えてきた」

「課題……」

「ああ、やはり個々のレベルアップもそうだが、連携なども詰めるべきだな。特にお前と真由美は今回のような使い方以外も考慮する必要がある」

「そっちは準備を進めますね」


 健輔は単体でも戦えるがもっとも力を発揮するのは誰かと組んだ時である。

 連携を超えた領域で新しい術式なども試しているが残念ながら国内大会に間に合わなかった。

 健輔が真由美や葵、優香と少なくとも同じレベルで戦えるようになったのが最近の話のため仕方ないのだが、もっと早くそのレベルに辿り着けていれば今回の苦戦はなかったかもしれない。

 そう思うと不甲斐ない己に怒りが湧いてくる。


「無意味は仮定はするなよ」

「っ、隆志さん」

「反省は良いが後悔など何の益もない。今は勝利したことを喜べそれが勝者の義務だ」

「……はい」


 後悔は意味がない。

 隆志の実感が籠った言葉を健輔は黙って受け入れる。

 過程はどうであれ、彼らは勝ったのだ。

 隆志が言うように喜ぶべき場面であろう。

 こちらに返ってくる真由美たちを笑顔で出迎えれるように心の奥に悔しさを沈めておく。

 今はただチームの勝利を喜べはいい、。


「いくぞ」

「うっす」


 席を外している圭吾もきっと笑顔で戻ってくるだろう。

 お互いに思うところはあれど今は勝利を祝わなければならないのだ。

 『クォークオブフェイト』はこのまま無敗で必ず世界に行かなければならないのだから。




「いやー、惜しかったな」


 『暗黒の盟約』側の控室では後一歩のところで勝利を逃したことを悔やむ――空気はなく僅かな寂寥感で満たされていた。

 負けることは悔しい、それに関しては個々で受け止め方が違う。

 しかし、彼らはチームとしてはそこそこ満足していた。


「こちら側は全てを完璧に運んだ。その上でこれだ」

「不甲斐なかった俺を責めても構わないが」

「チーム内で責める相手なんていないな。相手が1枚上手だった。『賢者連合』に倣うわけではないけど彼女はやはり早めに仕留めるべきなんだろうね」


 真由美は上位ランカーの割には隙が大きい人物でもある。

 宗則が全てを傾ければ早期撃破もそこまで難しい相手だとは思えなかった。

 もっとも、それに集中しすぎれば今度は他のメンバーに隙を晒すことになる。

 総合的に見て、正面対決では『暗黒の盟約』は『クォークオブフェイト』に後1歩及ばないレベルであり、その1歩が大きいということが今回の試合ではわかった。

 それの段階こそが世界のレベルだと宗則は判断する。

 しかし、そこで思いもよらぬ人物から否定的な意見が上がった。

 近藤真由美を甘く見過ぎた、と彼女に成す術なく蹂躙された人物は言う。

 

「それは……ダメだと思いますわ」

「怜?」

「リーダーの実力に疑いようはないですけど……遠距離であの人を倒すなら赤木香奈子やそれこそ『賢者連合』のような札が必要です」

「それで?」

「リーダーに遠距離でそれほどの力はないと思いますわ。……己の弱点をいつまでも放置する方でもないでしょう?」

「ふむ……」


 これもまた事実であった。

 宗則の風が奇襲に最適だと言っても3度目になれば真由美も警戒している。

 その警戒を遠距離から突破して撃墜する、そんな芸当ができるのならば宗則は桜香にも勝ててしまうだろう。

 ましてや、真由美は遠距離戦のエキスパートである。

 同じ土俵で超えようと思うのならば工夫が必要だった。

 風の性質に頼った状態で勝てる程甘くはない。


「良くも悪くもこちらは真っ直ぐ、かい?」

「はい」


 真由美の実力がここまで温存されたことも彼らにとって逆風だったと言える。

 3年生になった真由美の強さというものが今、ようやく明かされたに等しい。

 知らないことに対処できる程彼らも強くなかったし、彼我の差も大きくなかった。

 何より、今回接戦となったのは素直に正面から戦ってくれたためである。

 仮に個々の戦いをもう少し細工されていたならば『暗黒の盟約』でもどうしようもなかったであろう。


「……たら、ればはあまり好みではなかったがやはり未練かな」

「誰でも思うことだろうさ」

「そ、そうですよぉ」

「まだ試合はあるんだし、最後まで頑張りましょう!」

「……そう、だな」


 『暗黒の盟約』もまだ世界に行くためのチケットを手に入れることの出来る位置にいる。

 越えなければならない障害は多々あるがまだ全てが終わったわけではなかった。

 刻まれたトラウマ、上位ランカーを超えるという目的は達成出来なかったが誰もが普通に戦えたのだ。

 それは1つの勝利であるはずだった。


「まだ終わっていない。その通りだ」

「リーダー」

「ああ、行こうか」


 残ったチームでの争いはまだ続く。

 12月には決定戦があるのだ。

 そこに残るためにも全てを絞り出す必要があった。

 決意も新たに『暗黒の盟約』は進む。

 次の試合が彼らを待っていた。




「桜香」


 学園の練習フィールド。

 七色の髪と魔力を纏いながら人気の少ない場所で彼女は1人佇んでいた。

 鬼ごっこの時にあった力の大幅な増加による不調。

 それを微塵も感じさせずに彼女は声を掛けてきた友人に振り返る。


「亜希、どうかしたの?」


 平静そのものの様子は常の桜香と違う部分を感じさせない。

 体に纏わりつくオーラは穏やかであり、攻撃性が見当たらなかった。

 その荒れ狂うような力の本流を見抜けないものにとっては、常と変わらない穏やかさであろう。

 逆にわかる人間には目の前で火山が爆発しそうになっている、そんな心境に置かれることになる。

 力の桁が文字通りの意味で違う。

 今日、圧倒的な力を見せた真由美すらも彼女は1人で粉砕出来るだろう。


「あ、そ、その試合の結果が出たわよ」

「そう。わざわざありがとう。でも必要ないわ。ここから見てたもの」

「え」


 桜香の発言に亜希が固まる。

 学園エリアと今回『クォークオブフェイト』と『暗黒の盟約』が戦っていたフィールドはかなり離れているし、桜香が視力を強化したところで透視は出来ないはずである。

 なのに見ていた、その言葉の意味が亜希にはわからない。


「ふふっ、そんなに驚いた顔をしなくてもいいのに」

「だ、だって、ここから見えるなんて」

「嘘よ、嘘。ただ、なんとなく何が起こっていたのかはわかるだけ。例えば……真由美さんがこれと同じ状態になったでしょう?」

「……わかるの?」

「同類がいればなんとなく、ね。多分、真由美さんも私を感じたんじゃないかな」


 彼女がここで佇んでいる時に感じた大きな力。

 自分でも危ないと力の面で思わしてくる存在などこの学園には1人しか存在していない。

 試合の最中だったが、一瞬桜香の方へと視線を感じた。

 真由美側も意識していたのは間違いない。


「ふふ、ふふふふ」


 己に比する、立ち向かおうとしてくれる者が最低でも2人いる。

 そう思うと桜香も自然と笑みがこぼれた。


「桜香、何がそんなに嬉しいの?」

「あら、顔に出てた?」

「ええ、すごく穏やかだったわ」

「そう」


 亜希はそんな友人の様子に少しだけ安心した。

 鬼気迫るというとあれだが最近根を詰め過ぎているように感じていたのだ。

 この辺りで落ち着いてくれると亜希も安心できる。


「桜香、朝からずっとやっているのでしょう? いくら安定したと言ってもやりすぎよ」

「……そうね。この辺りにしておきましょう」


 亜希の進言を受け入れた桜香は魔力を収める。

 姿も神秘的で近寄りがたいものからいつもと同じ黒髪に戻っていく。

 魔力固有化現象、真由美が持っているのとまったく同じ物を彼女も手に入れていた。

 鬼ごっこに至るまでの彼女が真実の意味で本気ではなかった、それの証左とも言える事態にチーム内でも衝撃が走ったのだ。

 覚醒があり得るとしたら『皇帝』との戦いが唯一のチャンスだったのだろう。

 しかし、桜香は自分だけ生き残るのならばそこまでの力が必要なかった。

 何よりも去年はまだ先代が居たことも大きい。

 追い詰められてその上で力を発揮する必要などなかったからだ。


「……あなたはどこまで行くのかしらね、桜香」


 既にそのポテンシャルでは『皇帝』に比する領域どころか、超えようとしている。

 一体、桜香がどれほどの魔導師になるのか。

 亜希には想像も出来なかった。


「亜希? どうしたの、早く行きましょうよ」

「あ、ご、ごめんさない。少し、少しぼーっとして、ね」

「ふふっ、変な亜希」

「あら、ひどいわね」

「そうかしら?」


 茶目っ気溢れる視線でこちら見る桜香に不服そうな視線を返す。

 この万事において優秀な友人がどこまで登っていくのか。

 亜希には想像も出来ない、しかし、それでも友人でいようと決めたのだから、悩む必要はなかった。

 桜香が雪辱を望んでいる。

 敗北という苦い経験を勝利で埋めるために。

 ならば今の『アマテラス』はそれを達成するために全力を出せばよかった。

 かつての『最強』は餓えている。

 飢餓を満たすため、彼らは突き進む。

 間にある障害を全て粉砕しながら――。






「部長」

「わかってるよー。うんうん、これで1つは確定かな」


 国内のチーム表から1つのチーム『クォークオブフェイト』を外す。

 誰もいない放送部の会議室。

 2人だけの場所で彼らは今後の展開を予想する。


「おそらく12月の試合には『不滅の太陽』も帰還するでしょうね」

「魔力固有化は希少現象だからね。特に彼女クラスの魔導師は国内では珍しいから仕方ないよ」

「近藤真由美のものは些か時間が掛かりすぎますからね。短時間で変化出来るのは元のスペック差でしょうか」

「桜香ちゃんとポテンシャル勝負なんてしたら魔導の歴史上でも勝てる人が存在するかどうかわからないよ。本人のスペックだけだったら『皇帝』も彼女には惨敗なんだよ?」


 放送部は国内の情報を管轄している場所でもある。

 故に無責任な噂話から詳細な裏情報まで含めて全てを知っていた。

 桜香が試合に出場していなかったのはチームメンバーを鍛えるため、ではなく魔力固有化の制御に苦しんでいたということも事前に把握していたのだ。

 

「残ったチームも不運ですね」

「まあ、11月だったら桜香ちゃんはほとんど戦力にならなかっただろうね。そこをはハッタリでなんとかしたんだからやっぱりすごいよ」


 本当は試合に出れないのに出れるように見せかけるだけで効果が抜群だった。

 桜香が温存されている状況では『アマテラス』は強豪の中でももっとも弱いチームだ。

 それをベンチに座っているだけで覆したのだから、『不滅の太陽』の輝きは未だに強いと思っても良いだろう。

 もっとも、無事に1敗で来れた1番の理由はなんだかんで強豪チームとほとんど当たらなかった豪運もある。

 11月の間にどこか1チームとでも当たっていれば世界戦の出場メンツは変わっていたかもしれない。

 そういう意味で『アマテラス』は何かを持っている、と言えた。

 唯一の凪の季節に最強のエースが更なる進化を果たしたのだから。

 あの敗北すらも実は作戦ではないかと疑いたくなるほどに『太陽』は盤石になっていく。

 1度は敗けたが『太陽』の輝きは弱くなるどころかドンドンと強くなっていた。


「まだまだ試合は飽きがこないね」

「むしろここからが本番でしょう。残った強豪が短期間で一気にぶつかります」

「どこが世界に行くのか。本当にわからないなー」

「1番近いのは、ここですか」


 放送部副部長が指し示した先には『明星のかけら』対『アマテラス』と書いてある。

 12月初週の週末には因縁のある2チームがついにぶつかるのだ。

 他にも『天空の焔』対『アマテラス』と見逃せないカードはいくつもあった。


「『暗黒の盟約』もそうだけど3チーム目は本当に読めないね」

「決定戦……はないでしょうが最後まで結果はわからないでしょうね」


 どこのチームも実力伯仲であり、結果がまったくわからない。

 2敗のチームもまだ射程圏内に入っているのだ。

 『魔導戦隊』、『賢者連合』などもまだまだ世界を狙える位置に居た。


「さてと、こっちは『クォークオブフェイト』に情報を渡す準備をしないとね」

「あちらもそろそろ1年生を世界向けに切り替えるでしょうしね」

「最新情報は私たちの協力があった方がいいだろうからね。『パーマネンス』も普通に強いから大変だよ」

 

 嬉しそうな部長と対照的に憂鬱そうな副部長。

 彼らの戦いが終わりに近づいている。

 それは魔導師にとって最大にして最高の戦いが始まろうとしていることだった。

 国の名前も背負って、彼らが立つ舞台。

 魔導競技大会決勝トーナメント、通称世界戦――『ワールド・ゲーム』。

 次の季節、最後の冬に向けてどこも衣替えの準備を始めるのだった。


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