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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第168話

 爆音が響く戦場で息を潜めて機を窺う。

 言葉にすれば簡単に聞こえるが容易いことではない。

 仮に敵を兵器で例えるならば爆撃機である。

 遠距離から一定範囲を吹き飛ばす。

 それこそが彼の戦い方であり、彼女とは極めて相性が悪くやり辛い相手だった。

 全体的に不利な要素が揃った状況で慰め程度の有利な要因が1つだけある。

 それは彼女――伊藤真希が息を潜めることには慣れていることだ。

 狙撃手、魔導師としての彼女の戦い方にもっとも近い存在はまさしくそれだろう。

 己から行動を起こすのではなく、その瞬間を待ち続ける静の狩人。

 真希という魔導師が目指す理想形がそれでであり、忠実にそのスタイルを進んできた。

 彼女は焦れて勝負を急ぐことはない。

 同時に潜んだ状態で身を守るのも得意だった。

 元々、隠れた上で守るのが本来の形なのだ。

 弱点に成り得る範囲攻撃にもしっかりと対策はあった。

 トータルで見ると相性が悪いかもしれないがじゃんけんでのグー、パーと言うほどの差はない。

 ならば、後はどちらがより己を貫き通せるか。

 その1点に尽きるだろう。


「……でも、このままだと困るなー……。どうしよ」


 こちらの状況をバックスは把握してくれているはずだ。

 定期的に情報は送られているため、真希も周囲の戦況は大まかにだがわかっている。

 広範囲に渡って発信されているため、おそらく相手も把握している情報しかないだろうがそれでもないよりはマシだった。

 もっとも、そんな戦術的なものを考えている相手ではないだろう。

 この爆音の中でも何故か響く高笑いと合わせれば常の魔導師とは何かが違うことぐらいは直ぐにわかった。


「ヤバイ、かな」


 空から爆弾を落とす。

 正確には爆発する魔力を創造しているのだろうが、遠距離創造は仲間の和哉を見るまでもなく厄介なものだ。

 特に『暗黒の盟約』のようにイメージ力に定評のある魔導師がだと威力も一気に跳ね上がる。

 本来ならば高笑いしている相手を予想も出来ないところから貫くのが彼女の仕事だが、ここで相手の戦い方が問題となるのだ。

 爆発による振動は空間を激しく荒し、荒らされる空間のせいで真希ではうまく探査も出来ない。

 探査が出来ないため、正確に狙うことが出来ないという状態になっている。

 彼女の系統は相手を貫くためのものでありバックス系ではない。

 目を失っている状態では全力を発揮することが出来ないのだ。

 それでも何度か狙撃に挑戦したが、発射点を読まれて撃墜の危険性を招き寄せただけでダメージを与えることも出来ていなかった。


「……ここは待つしかないよね」


 結論はとっくに出ていたが流石の真希でもこの状況は不安になる。

 外部と連絡が絶たれている状態で只管空爆を受ければ普通は迷うだろう。

 ここまでただただ待ち続けることが出来たのは彼女の我慢強さの表れだった。

 残りの情報から考えれば機は必ず来る。

 彼女はそれを信じていた。


「お願いね、剛志」


 何処かにいるだろう友人を信じて彼女は待ち続けるのだった。


「ハハハッ! って、あれだな楽しいがこれはマズイよな」


 真希と高笑いを浮かべて対峙している『暗黒の盟約』鈴村慶(すずむらけい)だったが見掛けほど余裕ではなかった。

 周囲を吹き飛ばす空爆と言えば聞こえはいいが実態としては精度が最悪の割に威力を物量で補わなければならないというおまけ付きの産廃能力である。

 本人は自分の能力を誇らしく思っているし、最強だと信じているが同じ結果でもっと効率良く結果を出す方法があるのだ。

 あえてそれを取らずにインスピレーションに従って至高の自分を組み上げているのが『暗黒の盟約』の特徴とはいえこれはひどいだろう。


「戦況が思わしくないな」


 梢が妃里と交戦を開始。

 近接キラーの名に相応しく妃里を押している。

 怜が妃里を突破したため、真由美に肉薄しているという情報も彼の元には来ていた。

 この乱戦状態を想定した情報共有方法を『暗黒の盟約』は構築している。

 ここまで的確に連携が出来ていたのはそれが理由だった。

 早奈恵たちもそれに感づいて妨害をしているため、そこまで正確な情報は入らなくなっているが完全に遮断されているわけでもない。


「憲剛はノリノリで戦っているし、なんとか中央を支援したいが」


 アホに見えても『暗黒の盟約』は頭が悪いわけではない。

 むしろどちらかと言えば優秀な頭脳の持ち主が多かった。

 ただ、常識というルールに迎合するつもりがあんまりないだけなのだ。

 そんな風に自分ルールで生きている彼だが、勝負事には真剣である。

 冷静に客観視点で戦況を観察した時、どちらがヤバイのかぐらいは簡単に判別出来た。


「ふむ、さてさて」


 だからこそ、慶は自分がすべきこととやらないといけないこともわかっていた。

 実行に移せないのは真希が生き残っているためである。

 『クォークオブフェイト』の戦力的に残してはいけない人物は大凡5名。

 真由美、優香、葵、そして健輔と真希である。

 他の者も強力だが撃墜を優先すべきはこのメンツだった。

 理由はある1点に関係している。

 彼、もしくは彼女が1撃で相手を撃墜出来ること。

 それこそが『暗黒の盟約』が設定した脅威度というものである。

 どれほど優勢になっても1発でひっくり返す可能性のある火力は危険極まりないだろう。

 他の魔導師を舐めるわけではないがやはり火力というものは重要である。


「仕方ない。少し消耗するがここは目星を付けた場所に――」

「すまんが、あいつはここから先に必要でな。――落ちてもらう」

「――は?」

 

 自分1人しか存在しないはずの空間でいきなり声を掛けられる。

 これが前衛系ならば咄嗟にでも対応しただろうが残念なことに彼は後衛系の魔導師だった。

 一瞬の、しかし、攻撃には十分な隙を晒した彼に容赦なく拳が叩き込まれる。


「バっ、バカな!? なんでここまで!」

「そちらのバックスは連絡線の維持に力を入れているのだろう? この荒れた空間で探知にまで力をさけまい。油断しすぎだ」

「……そうかよ!!」


 慶は腕をかざして剛志との間にある空間に爆弾を飛ばす。

 イメージを投射してそこを吹き飛ばせる彼の攻撃は対応が難しく、優秀な物であることには違いない。

 威力こそ、そこまで高くないが小回りが利くというのは悪いメリットではなかった。

 もっともこの戦いでは相手の系統を失念していなければ、と頭についてしまうのが些か残念ではあろう。


「くだらん」


 剛志が一言だけ言葉を発し、拳を前方の空間に叩きつける。

 たったそれだけの動作で慶の魔力弾は不発になってしまう。

 これこそが破壊系の力。

 純魔力で戦う全ての者にとっての天敵であった。


「――っ、だが、お前にやられるほど柔じゃないぞ! その火力で俺を落とせると思うなよ!!」


 剛志の奇襲により失態を晒したが慶の攻撃は物量で押すことが出来る。

 空を飛んでいる場合は拳の範囲でしか攻撃を無力化出来ない剛志にとっては戦い難い相手だった。

 奇襲で確実に仕留めなければいけなかったのだが彼にはそのための火力がない。

 1度逃げてしまえば、慶にも十分に逆転の目があった。


「消し飛べ!!」


 態勢を立て直した慶の全力が剛志に向けて放たれる。

 必殺とまでは言わなくても十分なダメージを与えるだろう魔力の弾幕。

 己の敗北を前に剛志は、


「ふっ……」

「何を笑ってやがる!」

「敵を前に意識を逸らす。後衛にありがちなタイプだな」

「は? 何――」


 軽く笑うのだった。

 言葉の意味を問う慶に答えが直接叩き込まれる。

 剛志が爆発に飲まれるのと同時であった。

 鈴村慶という魔導師が居た場所を黄色の閃光が貫く。

 爆撃が止まり、さらにはこれだけド派手に魔力の反応をばら撒けば目を瞑っていても場所が判別できる。

 そうなるように剛志は攻撃を仕掛けたのだがうまく嵌ってしまったのは慶が優位にありすぎたためだろうか。

 余裕が侮りになった時に人は足を掬われてしまうのだ。


『『クォークオブフェイト』佐竹選手、撃墜! 『暗黒の盟約』鈴村慶選手、撃墜!』

『あら、あら? 追加でご連絡です。『クォークオブフェイト』の杉崎選手が撃墜されました~』

『さ、さらに追加です。中央部では『クォークオブフェイト』石山選手、撃墜です!』

『ここで『暗黒の盟約』が逆転しました~。ど、どうなるのでしょうか~』


「嘘……、っ、どうしよう」


 真希が剛志の犠牲もあってなんとか敵を撃墜すると同時に各戦線が一気に崩れたという情報が入る。

 和哉は元々相性が悪い相手のため、外部の手が必要だったが彼にまでは手が回らず順当に撃墜されてしまったと予想出来た。

 むしろここまで粘ったことを褒めた方がよいぐらいである。

 予想外なのは妃里の方だった。

 まだもう少しは持つと思っていたのだが、真希の予想以上に相手が強かったとでも言うのだろうか。


「……ううん、ここまで消耗が出てるんだ」


 30分近く戦い通しなのだ。

 向こうも相応に消耗しているだろうが各地の援軍をやっていた妃里もかなり消耗しているだろう。

 その状況で相性の悪い『近接殺し』と組み合えば爆発力のない妃里では磨り潰されるのも道理だろう。

 

「真由美さん……」


 もっと問題なのは真由美が2対1の状況で前衛と対峙していることだ。

 残りは真希と真由美の2人だけ、対する相手は3人――大黒梢、水守怜、そして三上憲剛。

 ライフ的に梢がかなり消耗しているが怜と憲剛はまだまだ余裕があった。

 真希は無傷だがこの3人を相手に勝てる自信はない。

 狙撃は威力はあるが連発性に欠ける。

 モデルとなったものと同じく真希のバトルスタイルもその欠点を抱えていた。

 前衛2と後衛1という相手に後衛2が正面から立ち向かう。

 どこから考えても無茶しか存在しない。

 ならば、今やるべきことは1つしかなかった。


「……狙撃の態勢を固めて、真由美さんを援護出来るようにしておく」


 相手の情報から考えれば和哉は相当に粘っている。

 ライフ的にはともかく体力的には相応に消耗させているはずだった。

 ここでやってはいけないのは拙速に逸ることだろう。

 真由美を、リーダーを信じて後を任せるのだ。


「……真由美さん、お願いします」


 祈るように真由美が居る方向を見つめて真希は姿を隠すのだった。






「ここで決めますわ!」

「落ちてもらうよ!」


 怜の鞭が変幻自在の軌道を持って真由美に襲い掛かる。

 それを夥しい数の弾幕をもって迎撃を行う。

 百は優に超えて4ケタに迫る魔弾の群れ。

 後衛は脆い、接近したから倒せるなどと多くの前衛魔導師は思っているだろう。

 砲撃型でも得意なレンジにさえ持ち込めば簡単に破れる

 そのような夢想を粉砕する世界トップクラスの実力がそこには存在していた。

 怜の鞭は障壁に触れる前に消し飛ばされて、再構成した端から再度消滅していく。

 梢の『鎧』も同様であった。

 元々、攻撃を受けること前提の彼女の柔らかい障壁だが、桁違いの火力は葵の時のように衝撃を吸収などさせてもくれない。

 『近接殺し』なのだから、後衛である真由美に特性を発揮出来ないのは当然とはいえ前衛2人が接近戦で近寄れないという恐ろしい光景が広がっていた。


「これが、これが『終わりなき凶星』!」

「きついなー。私、あんまり役に立てないかも」

「そんなこと――」


 ありません、と梢の弱気な発言を叱咤しようとした時、怜の直感が警告を発する。

 その攻撃を防げたのは本当に偶然であった。

 意識の間隙を突く、黄色の閃光。

 怜が咄嗟に鞭を走らせて何も無い空間を叩く。

 仲間の行動に一瞬驚いた様子を見せた梢だが、黄色の閃光が僅かに遅れて鞭に直撃するの見て何が起こったかを悟った。


「これは、狙撃……!?」

「梢ッ! 来ますわよ! 正面の相手を忘れたんですか!」

「っ、ありがと!!」


 真希の狙撃を防いで安心などしていたらこの砲撃を避けることは出来ないだろう。

 真紅の暴虐が彼女たちの傍を通過していく。

 

「これほどとは!」


 この交戦の最中に幸運にも怜の鞭は何度か真由美の障壁に直撃しているが罅どころか揺らぐ様子さえ見せない。

 攻撃と防御が飛び抜けている。

 既にエンジンは温まっており、トップギアなのだ。

 常の真由美とは違って漏れ出す魔力の量がドンドン増えている。

 圧倒的などという言葉も生温い要塞が其処にはあった。


「火力が足りませんっ。私たちではッ!」

「マズイっしょ! どうすんの、怜?」


 梢は『近接殺し』の名前の通り、近接戦では大きな力を発揮するが真由美のような遠距離型には持ち味の半分も発揮出来ない。

 怜は前衛として十分な力を持っているが火力が足りていなかった。

 真由美の障壁を抜くだけの力がないのだ。


「……切り札はありますけど」


 怜にも弱点を補う切り札がある。

 しかし、それを使うには状況が厳しかった。

 真由美の砲火に晒される中で接近して必殺技を使うには些か錬度が足りない。

 梢も怜も2年生の最上位だが相手は3年生で最上位、いや、国内2番目の魔導師である。

 経験で彼女たちが優っている部分など存在していない。


「なんとか」

『――援護するぞ!!』

「この声は!」


 悩む怜に大きな声と共に魔力の塊が投げつけられる。

 三上憲剛、和哉との戦いを制した男が戦場に参戦したのだ。

 彼は収束・収束系の世界でも珍しい単一系統の魔導師。

 集めた魔力を圧縮して投げつけるというだけのシンプルな攻撃だが威力は絶大だった。

 魔力を爆発物に変換する術式と併用することで手榴弾を投げつけるような戦闘スタイルになっている。

 命中率は本人の肩次第と真面に考えれるならば使いこなせないが紛いなりにも戦闘行為が可能な領域まで鍛え上げたのは伊達ではない。

 何よりもこの場面でもっとも欲しかった火力型の生き残りである。

 溢れんばかりの魔力で障壁も大きく強化されているため、うまく援護すれば真由美を落とすことも夢ではなかった。


「梢ッ!」


 友人に怜は叫ぶ。

 梢はそれだけで意図を察したのだろう。

 頷くと直ぐに行動を開始した。

 打撃要員として梢は考えられない。

 ならば、防御要員として憲剛を援護する形にした方がいいだろう。

 真希からの狙撃があることも考えればベストな形はこれであった。


「『フェッセルン』!」

『認証』


 柄の部分となっている魔導機に命ずる。

 普段は鞭の形にしているだけであって、彼女の武器は別の形態も取ることが出来るのだ。

 鞭はあくまでも基本形であり、最大の攻撃を行う時に変化させるものは決まっている。

 彼女の名前に似合う青い魔力と同じ光の剣を構え、怜は真由美に向かって攻撃を仕掛けた。


「はあああッ!」


 黄色の閃光が脇を通り過ぎて、後ろに消えていく。

 敵も支援を集中させているだろうが、こちら側のバックスも支援を全て妨害に回している。

 いくら真希が高い錬度を持つといえ、高速移動する前衛に簡単に当てることは出来ない。

 これで第1関門を突破した。

 後は最大にして、最後の関門敵のリーダーたる近藤真由美、その人だけである。


「っ、ここで、まだそれだけの余力がおありですかッ!?」


 試合開始から衰えるどころか、鋭さを増す真由美の砲撃。

 さらには真由美は防御を全て障壁に任せて不動の姿勢に入っていた。

 障壁に断続的に加えられる攻撃すらも無視してひたすらに砲撃態勢を継続している。

 怜は砲塔の方向から射撃方向を先読みしてなんとかして躱すが、


「掠っただけでこれほどとは!」


 至近を通過しただけで障壁が軋みを上げる。

 砲撃の雨で心身共に消耗が加速する、しかし、その甲斐あってか怜の間合いまで近づくことが出来た。

 真紅の魔力が周囲を染め上げる程噴出しているため、真由美を視認することは容易い。

 バックスの補助がなくても的確に距離を詰めることが可能だった。

 それでも相手は『終わりなき凶星』である。

 一息吐く暇など与えないとばかりにチャージからのタイムラグなしで砲撃は連続で放たれる。

 直撃を予感した怜を守るように魔力球が投げ込まれなければここで撃墜されていただろう。


「ありがとう!」

『行け! 行って勝てッ!!』

「――勿論よ!」


 真由美は砲撃では防げないと判断したのか魔力弾が大量に浮かぶ。

 1発ずつの威力は大したことはないがこれだけ数があれば十分に脅威だった。

 それでも怜に怯えはない。

 彼女を守るように『鎧』が展開されると信じていたからだ。


「ありがとう、梢!」

『これが最後の余力だよッ!』


 砲撃を受けて一瞬で『鎧』は消滅するが直ぐに再生して彼女を守ってくれる。

 ここに至るまで散った全ての仲間と、ここまで援護してくれた2人の思いも載せて突き進む。

 障壁に掠る魔力弾を無視して、ついに怜は真由美の障壁を眼前に収めた。

 

「終わりです! 『凶星』!」

『解放』


 突き出された剣は先端部分のみが障壁の内部に侵入してわずかに罅を作る。

 たった、それだけの攻撃。

 しかし、それだけで十分だった。


「貫きなさいッ!! 『グリッツェン・ゲショス』!!」

『ブレイク』


 剣の形態で障壁に侵入した『フェッセルン』のサーベル部分が小さな弾丸のような形に纏まる。

 これが固い障壁を突破するために怜が生み出した貫通術式『グリッツェン・ゲショス』。

 『煌めきの弾丸』という名に相応しい技であり、シンプルな技能で全てを固めている彼女の切り札だった。

 最少単位まで圧縮された弾丸は青い光を周囲に放ち、巨大な砲撃となって真由美を飲み込む。

 ほぼ0距離に等しい超圧縮魔導砲。

 『暗黒の盟約』の次代を背負うに相応しい実力であった。

 

「やりましたわ!」


 砲撃が確かに直撃したことを感じる。

 同時に障壁が消えたことが怜の確信をさらに深くした。

 後はもう1撃を与えればよい、浮かれるまま追撃を放とうとして――


「えっ……」


 ――そこで初めて彼女は周囲の様子がおかしい事に気付く。

 敵だけ見据えていたが故に気付いていなかった変化。

 真紅に染まった魔力が真由美を中心にまるで台風のように渦巻いている。


「何ですの……。これは……」


 変化はそれだけに留まらない。

 『グリッツェン・ゲショス』による閃光、その光と爆発が収まるにつれて信じられない光景が目に映る。


「そ、そんな……、そんな、ことが」


 確かに直撃させたはずの砲撃がまるで蜘蛛の巣に囚われた獲物のように真紅の魔力に絡め取られていた。

 怜は咄嗟に起爆を指示するが、術式自体に干渉されているのか自分の魔力なのに何も反応返さない。

 この時点で彼女の直感は最大級の警報を発していた。

 なんとかこの場を離れないといけない、思考がその1点に縛られる。


「紅い、目……」


 真由美の目が、髪が紅く染まっていく。

 それは桜香や優香の魔力適合とよく似た現象に見えた。

 詳細はわからなくてもそれが危険な事ぐらいは怜もわかる。

 直感は未だに最大級の警報を放つがそれを押さえて彼女は立ち向かった。

 ここで逃げてしまえば、この試合などというレベルではなくなる。

 2年の経験が敵の撃破へと意識を切り替えることを成功さえ怜は全力を絞り出す。


「『フェッセルン』!」


 改めて鞭を形成し、攻撃を仕掛ける。

 攻撃力では葵に劣るが範囲と連続性能で勝る攻撃。

 鞭の部分、攻撃を行う部分を魔力で形成させることにより、高い対応能力を誇り、砲撃までもこなす万能型の魔導師。

 葵に攻撃力で劣るが総合力では怜の方が優るだろうか。

 真由美はそんな事を考えながら、真紅の目で相手を見つめ、


「いくよ、『羅睺』」

『魔力の固有化を確認。――フルドライブモード発動』


 特に感慨もなく踏み潰すことを選んだ。


「そ、そんな……」

 

 魔力の噴出で全ての攻撃が弾かれる。

 真由美を守るように紅い魔力が蠢き出す。

 奇しくもそれは黒い魔力に守れた香奈子とよく似た光景だった。

 共に魔導砲撃型の極地だからこそ、似たのだろうか。

 勝利から一転して、敗北に転げ落ちる水守怜にそんな部分に気を回す余裕はなく、彼女は無駄とわかっている攻撃を繰り返す。


「ごめんね、怜ちゃん。――潰すよ」

『シュートバレルを全開放』

「9連魔導砲塔、展開。連続掃射」

『諾』

「そんな、バカみたいな火力――!?」


 怜の絶叫すらも飲み込む必滅の砲撃が真由美の魔導機を含めて9つ全てが怜に狙いを付ける。

 その全てが真由美の必殺術式『終わりなき凶星』。

 今の真由美の攻撃は直撃すれば桜香どころか『皇帝』も絶対に耐えられない超火力の具現である。


「いくよッ! 術式解放『終わりなき極星』」

「しょ、障壁!」

『無意味』


 真紅の光が眼前の獲物を消し飛ばす。

 紅き魔導師は砲口を残りの獲物に定めた。

 その間も魔力は放出されたまま、外に出た魔力が再び真由美の中へと消えていく。

 循環するエネルギーを糧にして、真由美は汗1つ掻かないまま9つの砲口を移動させる。


「薙ぎ払うよ!!」


 宣言通り、戦場を紅の閃光が蹂躙しながら縦横無尽に動く。

 1つの砲塔は地上を吹き飛ばし、もう1つは空を切り裂き、大規模砲撃を持って進路を封鎖するという常識外れの光景がそこにあった。

 残った2人にそれを防ぐ術などなく。


「――終わりだよ」


 真紅の光が逃げ場のない彼らを飲み込んで、


『み、水守怜選手、大黒梢選手、三上憲剛選手、撃墜!! げ、撃墜です……』

『え、え、ええ~そ、その『クォークオブフェイト』の勝利です!』

『げ、激戦を制したのは『クォークオブフェイト』です! み、皆様大きな拍手をお願いします!』


 戸惑う実況と観客だったが徐々に拍手は大きくなる。

 それを強化された視力と聴力で確認して真由美は笑った。


「今回の大会はいろいろと不甲斐ないところも多かったけど」


 感慨深げに周囲を見渡して、息を吐く。


「これで、汚名は返上出来たかな?」


 『クォークオブフェイト』を最後に支えるエース。

 彼女がいるから大丈夫だと、たとえ幾度落ちようともメンバーは信じている。

 これが世界ランク第5位にして国内第2位の魔導師の底力であった。


 『暗黒の盟約』対『クォークオブフェイト』は後者が勝利を飾る。

 国内における有力チーム全てに勝利した彼らは実質的に世界戦への出場を確定させた。

 戦いは次のステージへ。

 今はまだ喜びに沸く彼らを次なる戦いが待っている。

 それでも彼らは国内の頂点に立ったのだ。

 健輔も含めてただただ、今は喜ぶのであった。


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