第16話
「かっこいい……」
「すごいですね」
見惚れたように周囲を見渡す生徒たちに淡く微笑み、彩夏は説明を始める。
「ここは魔導の実践テスト用の区画です。大雑把に言いますと実験区画という認識でいいですよ」
「何のテストをしているんですか?」
実践テストという言葉通り、かなりの広さがある。
おそらく砲撃実験なども行えるようになっているのだろう。
ちらほらと研究員の人が魔導機を持って歩いているのが見えた。
「基本的には新しい魔導機の実験を行うところです。真由美ちゃんから少し聞いてますかね? オーダーメイドの魔導機を作成する場所の1つと言えばわかりやすいでしょうか」
専用機は全てが1個人に合わせて作られる特別品なのだ。
精度を高めるため、パーツ単位でのテストなども行われる。
そのため、戦闘行為も行えるようになっているのだ。
研究施設であり、製造工場でもある大体そんな場所だった。
魔導という言葉からあまりイメージできない場所だが、ここで現代の杖は生まれている。
「難しい話は研究者でもなければ眠くなっちゃうだけなので、楽しそうなものを見ちゃいましょう」
彩夏はそういうと別の区画へと健輔たちを先導する。
先程までいたフロアは地下にあったのだが今度は地上にあるフロアに移動するということだったのでエレベータに乗って上に向かう。
目的の場所に行く道中であるフロアに差し掛かった時、優香がふと足を止める。
「どうかしたのか? 九条」
声を掛けるがある部分を見たまま固まって反応がない。
こちらの様子に気づいた彩夏も優香の視線の先を見る。
視線の先を見て、彩夏は笑みを作ると、
「よかったら、見ていきますか? マスコットキャラクターの展示室なんですけど」
「よ、よろしいんですか?」
「ええ、時間はまだまだあるし問題ないですよ。佐藤君もいいですか?」
「こっちは大丈夫ですよ」
健輔の返答を聞いた優香が嬉しそうな声で勢い良くお辞儀をする。
「あ、ありがとうございます!」
優香は彩夏から『叢雲』のマスコットキャラクター『つるぎくん』の話を嬉しそうに聞いている。
もし尻尾がついていたら物凄い勢いで動きまわっているだろう。
それほどの喜びぶりだった。
楽しそうに話を聞く優香を尻目に健輔はぶらりと展示室を見て回る。
「これ、そんなに可愛くないと思うんだが……。かなり目付き悪いしな。九条は剣とか好きなのか?」
2人から離れた場所で健輔はポツリと呟く。
外見からは想像できないが優香は前衛であり剣を持って敵陣に突っ込み相手を切り伏せるのが役割なのだ。
実は刃物フェチだったなどと可能性もあるが流石にそれはないと思いたい。
今日だけで一体何度紙を破くかのようにイメージを破壊されたかわからないのだ。
これ以上は流石に勘弁して欲しかった。
「いや、待てよ……」
そんな物騒なものよりも可能性が高いものがある。
彩夏からどんなキャラクターなのかということを、根掘り葉掘り聞き出そうとしている様子から考えれば自ずと答えは出てきた。
「もしかして、キャラクター好きなのか?」
折りを見て聞けそうなタイミングがあれば後で確認を取ってみたい。
優香がご執心の刀に手足などが付いているキャラクター『つるぎくん』の絵を隅々まで観察しながら健輔はそんなことを思っていた。
健輔が見て回っている間に優香は満足したのだろう。
嬉しそうな顔で彩夏に礼を言っている。
女の子らしい表情というのか、大好きなものを前にした満面の笑みを浮かべていた。
「満足できましたか? その様子からすると、聞くまでもないですかね」
「す、すいません。はしゃぎすぎちゃったみたいで。ストラップとかまでいただいて、大変申し訳ないです」
「今日は九条さんのスカウトもお願いされてますから。こちら側も恩を売るぐらいのつもりですので気にしないでください。なんだったら、100個とかでもあげちゃいますよ」
気を使わせないように彩夏は殊更軽い感じで流してくれる。
大人の余裕というのだろうか、いつかの美咲の話を思い出す。
プライベートな彩夏というのは里奈にも劣らない程素敵な女性と言えるだろう。
2人の邪魔をしないように健輔は脇に移動する。
女子トークというのか、わいわいと健輔が持っていた2人とイメージとは違い楽しそうに会話に興じていた。
「あ、佐藤さん。すいません、お付き合いいただいて。一緒に来ているのに私だけ楽しんでいるような形になってしまって」
「別に時間はあるし好きにして貰って構わないさ。そっちは満足したのか?」
「はい! ありがとうございました」
健輔がプレゼントした訳ではないがここまで喜んでくれているのは嬉しい。
感情表現が豊かな方ではないと思っていたが、それは健輔の勝手な印象のようだった。
本来の優香はこのように明るい女性なのだろう。
また1つ新たな発見である。
「ふふ、良い関係ですね。里奈が見たら喜びそうです」
「笹山先生もありがとうございました」
「いえ、佐藤くんもいい紳士ぶりですよ。さて、そろそろ行きましょうか」
彩夏の言葉に従い一行はマスコットの展示室から退室する。
優香は最後に名残惜しそうに振り返っていた。
「……可愛いな」
また1つ新たな面を見つけ、健輔は幾度目になるのか。
もはや数えてすらいない感想を抱くのだった。
「ちょっと準備がありますのでここでお待ち下さい」
展示室から会議室のような場所に移動した後、彩夏がそう言い残して退出したため部屋には健輔と優香の2人だけが残される。
彩夏は30分したら戻るとのことだったが微妙な沈黙が支配するこの部屋でそれは意外と長い時間のように感じられた。
先程までは見たことないぐらいテンション高かった優香は今は微妙に居た堪れない感じで顔を伏せている。
あまりにもアップダウンが激しい様子につい笑みが零れそうになるが、健輔は必死に耐えた。
まだやっと昼になったぐらいだが、僅か3時間の間に新しい一面を見過ぎて既に健輔のしょっぱい脳みそはパンクしそうである。
今回のデートもどきは健輔の心臓・脳・胃とあらゆる分野へ挑戦状を叩き付けていた。
練習よりもきついと思いつつ、このまま無言なのもあれだと思い、
「あー、えっと、九条1つ聞いてもいいか?」
「あ、はい、大丈夫です! なんでしょうか?」
「あのー、いや、俺の気のせいだったらそれでもいいんだけど」
そこで一旦言葉を区切る。
健輔の第6感的なものがこの話題に関して警告を出しているような気もするがここはあえて踏む場面だろう。
不思議そうに顔を傾けて微妙に可愛い感じになっている優香に先程抱いた疑問について聞いてみた。
「もしかして、キャラクターグッズとか好きだったりする?」
その瞬間、優香は、
「わ、え、は、ほ、ええ!? な、なんのことでしょうか!?」
と盛大にキャラが崩れた。
ダメだ、健輔はその瞬間に直感する。
先程までとは別の意味で見たことないほど崩れた優香の表情を見て確信を持つ。
なんとかこの話題を軟着陸させるために健輔は脳内を高速回転させた。
優香が焦って変な事を言わないうちになんとかしないといけない。
なけなしの話術を駆使して話題を逸らす事を試みる。
どうして知っているんですかとか言われてしまったら健輔としても惚けようがない。
「いや、さっきの様子からキャラクターとか可愛いものでも好きなのかなと思って。あんまりそういうイメージなかったから意外でさ」
「そ、そ、そうですかね?」
ごく普通の流れで返したことで多少いつもの調子を取り戻したように見える。
逸らすなら今しかない。
「そういえば、もう1つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「わ、へ、あ、ひゃい! い、いいですよ」
混乱している優香を置き去りに強引に話題の転換を図る。
別に今日は優香のプライベートを調査する日ではないのだ。
何よりさっきの反応で既に答えは貰ったようなものだった。
「せっかく、ここに来たからってのもあるからなんだけど、九条ってなんで今のバトルスタイルを選んだんだ?」
今度は大丈夫な話題だったのだろう。
優香は幾分落ち着いた感じ話し始めた。
健輔は話題を逸らせた事に安堵しながら、耳を傾ける。
実際に興味はあるのだ。
これから自分のバトルスタイルを組み上げる身としては、先人の意見は黄金の価値があった。
「わ、私がこの組み合わせを選んだ理由ですか? それほど大きな理由ではないんですがこの組み合わせは技量がダイレクトに反映されるからです」
「技量?」
「真由美さんがそうでしたけど、原則魔導は一芸特化になるものばかりですので、苦手な分野では何をやっても勝てません。佐藤さんの万能系などは数少ない例外になります」
確かにあの真由美の全てを消し飛ばす砲撃は一芸特化だろう。
魔導師全員がほいほい放っていたらあっという間に地獄絵図の出来上がりである。
「私にはやりたいことがあったのですけどそれを達成するためにはどうしてもあらゆる局面で一定以上の対処能力が必要だったんです」
「だから、今のスタイルになったのか?」
「はい。いくつか候補はあったのですが、その中で1番自分に合ってると感じたのが今のスタイルです」
系統選びの苦労は健輔にはなかったが代わりに選んだときの喜びなどもなかった。
自分の系統に不満はない。
しかし、そういう楽しみも味わってみたかったと少しだけ残念に思う。
優香が話を終えたくらいとタイミングはほぼ同時ぐらいだっただろうか。
コンコン、と部屋がノックされる。
「どうぞー」
彩夏がなにやら書類らしきものを大量に持って入ってくる。
「お待たせしてすいません。ちょっと手続きに時間が掛ってしまいました」
机に書類を置いた彩夏は椅子に座り2人に向き直ると、1枚の書類をスッと差し出してきた。
書類の題名を見て、2人は驚きを露わにする。
「専用魔導機制作の申請……。へ? これ、なんですか?」
「やっぱり聞いてなかったみたいですね」
彩夏は2人に苦笑を返す。
「近藤さんから伝言を預かってます。『2人ともびっくりした? ねぇ、びっくりした?』だそうですよ。素敵な先輩でよかったですね」
彩夏による真由美のモノマネも衝撃的だったがそれ以上のサプライズがあった。
真由美からの餞別代わりのプレゼントなのだろう。
昨夜、あれほどここをおすすめされた理由がようやくわかった。
「今日はとりあえず簡単なデータ取りをお願いすることになります。それを元に試作機を作成してデータが集まったら秋ごろから本格的に作成に入ります。実機をお渡しできるのは早くて10月、遅くて冬になると思います」
彩夏が簡単な説明を行う。
個人に完全にマッチングさせるためにはいろいろデータが必要なためその前段階としてテスト機を作成するとのことだ。
それでも今使っている汎用魔導機よりは余程優秀とのことだった。
「九条さんはデータを取り終えたら、週明けにもお届けできると思います。ただ、申し訳ないんですけど佐藤さんは少し時間がかかると思います」
「へ? ああ、系統の問題ですか?」
「はい。佐藤さんはここだけでなく、いろいろなところと協力しながら制作しないといけないので、時間がかかります。1号機は多分公式戦手前あたりでお届けできるとは思いますが確約はできませんのでご理解の程よろしくお願いします」
魔導機にもいろいろな種類とランクがある。
遠距離系ならば、真由美ような杖型も主流だが銃型にも人気があるし、前衛ならば剣や槍などがあった。
魔導機に武器としての能力が必要なわけではないので、基本的にイメージ補助でしかないのだが、それ故に重要なものでもある。
健輔も万能系に完全に対応した魔導機を作ろうとすれば、時間が掛かる事は容易に想像出来た。
最終的に自分専用の魔導機が手に入るのならば、多少の遅れなどどうでもよい。
「では、ちょっとめんどくさいですけど、データ取りの協力お願いしますね」
彩夏はそう言って健輔たちを検査のための場所に案内するのだった。
健輔たちが叢雲のラボでデータ取りをしている頃、似たような別の施設で寛ぐ真由美たちの姿があった。
不満そうな妃里を除いて、3年生たち3人はゆったりと圭吾と美咲を待っている。
「初めからこれが目的だったってこと? それだったらこんな回りくどいことしなくていいじゃない。私だけ熱くなってバカみたいじゃないのよ」
「だから、そんな計画立ててないって2人がちょうどよく遊びに行くって話だったからついでに進めただけだよ。健ちゃんは間に合わないかもしれないけど他の子は間に合うかもって思ったからさ」
「妃里もその辺までにしておけ。流石の真由美のやつもこれ以上言われるようだと落ち込んでしまうぞ」
真由美の行動に妃里が突っ込み、早奈恵が宥める。
隆志はそれを脇から見て笑う。
3年生のサイクルはそのように完結していた。
完成された輪の中で、変わらないやり取りを行う。
「しかし、あまりデートらしくなくなったな。真由美、その辺りはどうする?」
「うーん、これは結構楽しんでくれてると思うけどね。私は全部指示した訳じゃないから」
「後は佐藤次第、そういうことか?」
「元々は2人のデートだからね。少し割り込んで悪かったとは思ってるんだ」
2人のデートのねじ込む形になってしまったのは真由美も申し訳なく思っている。
しかし、まだ付き合ってるわけでもないし、両者共に魔導が大好きだから喜んでくれるだろうと考えていた。
実際に2人はかなり楽しんでいるため、その読みは当たっている。
問題はそこまでして時間を潰しても、まだ夜になるまで3時間程度は残っていることだった
「佐藤の甲斐性に期待しましょうって事かしら? まあ、試作機のことでテンション上がってるだろうから大丈夫じゃないかしら。隆志もそうだったけど男子はああいうの好きみたいだしね」
妃里は呆れたような表情で話題を隆志に向ける。
話題の当人はやっぱり来たかと顔を顰めていた。
「ほっとけ、専用って響きが俺たちぐらいの年代にはかっこいいんだよ」
いつもの大人めいた感じとは違う年相応の照れ隠しであった。
「喜んでもらえてるならいいんだけどねー。そこはやってみないとわからないからさ。まあ、圭吾君たちもあんなに喜んでたし大丈夫だと信じたいよ」
「なんだかんだと過保護なやつらだな。2年はあれだけボコボコにしていたくせに孫に甘いお祖母ちゃんのようになってるぞ」
早奈恵はからかうように笑いながら言った。
真由美は「そんなに老けてないですよー」と頬を含ませて抗議する。
「楽しく終わってくれたらいいよね。優香ちゃんもさ」
真由美は先輩として不器用な後輩が楽しんでくれていることを静かに祈るのだった。
「おいしかったな」
「そうですね。社員食堂と聞いていましたがお値段も安かったし、味も素晴らしかったです」
データ取りに長時間拘束されたため、時刻は既に夕方を回っていた。
昼ご飯も取らずにそのまま2人は別れたため、双方早めの晩御飯を取る事に同意を示して、叢雲の社員食堂へと足を向けていたのだ。
彩夏からのお詫びもあり、かなりの安さで済ませれたのは良い誤算だったと言える。
食事中はお互いの試作機、ひいては専用機について熱く語りあった。
根本的な部分で2人とも魔導師であり、共通する部分が多々あるのだ。
「さてと……」
「ここからはどうするんですか?」
「そうだなー」
楽しかったラボ見学を終えて、2人は外へと出てきた。
時刻は大体17時30分を多少超えた辺り、解散するのも悪くない時間である。
妃里の言っていた『変な事』ではないが、あまり遅い時間まで優香を連れ回すのもよくないだろう。
タイミング的にもキリが良いと言えば、良かったのだが、健輔には少しだけ引っ掛かるものがあったのだ。
結局、今回の事で健輔がやったのは少しだけ朝早くやって来て、ラボに連れていっただけである。
これでは優香の悩みに応えたとは言い難いし、何よりもエスコート役として情けない。
「……うーん」
そのため、後少しだけどこかで話でもしようかと思ったのだが、適当な場所が思い浮かばず、冷や汗を浮かべる。
必死に考え込む健輔を見て、傍らの美少女は柔らかい笑みを浮かべ、
「佐藤さん」
「え、な、なんだ九条?」
「もし、これから解散するなら最後に行きたいところがあるんですがよろしいですか?」
「へ? あ、ああ、別に問題ないぜ」
「ありがとうございます」
助け舟を出すように提案を行うのだった。
自己主張があまり強くない優香には珍しく移動方法も徒歩との指定が入る。
健輔はゆっくりと雑談に興じつつ、優香の先導の元、ある場所へと向かうのだった。
「此処です」
「へー、綺麗じゃないか」
学園エリアの端、海を見渡せるように作られた公園。
優香が行きたいと言った場所はこの時間帯にはほとんど人がいない静かな公園だった。
健輔と優香は沈みゆく夕暮れを見ながら、2人は何も話す事なく静かにベンチへ座る。
「今日はありがとうございました」
優香は呟くように穏やかな声で静かに語り出す。
「ここ、私のお気に入りの場所なんですよ。海と風、後は空が良い感じなんです。佐藤さんにも気に入っていただけると嬉しいです」
「綺麗な場所だな。いいところを教えてもらったよ」
事実、際立って美しい光景ではない。
失礼を承知で言えば、それこそ海辺ならばどこでも見れる景色だろう。
しかし、だからこそ此処は綺麗だった。
普遍的な美しさが静かな景色とマッチしている。
「良い風です」
「本土とは違うな」
「ふふっ、そうですね」
目を閉じて風を感じる優香に倣って、健輔も目を細めて風を感じてみる。
風景ではなく、遠い何かを見つめるようにただ静かに前を見つめてみた。
「……良い場所だ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
夕暮れに照らされる優香を見る。
見られていることに気づいたのだろう。
優香は少し照れたような顔でこちらに笑いかけてくれる。
その笑みに笑い返して、健輔は内心で自嘲した。
結局、優香の悩みに応えれたかもわからず、やった事は魔導機の作成だけである。
己の微妙さ加減に本人が苛立っていた。
「ふぅ……」
なんでもそつなくこなす天才美少女。
入学した時からそう思っていたし、今もそれは変わらない。
しかし、今日のデート擬きで分かった事もある。
この隣にいる少女も非凡に見えて、平凡なのだ。
苦手な事もあれば、好きな事や、得意な事もある。
そんな当たり前に気付くのに、これほど時間が掛かるのだから、佐藤健輔は使えない。
自分で自分を笑いたくなる。
圭吾などは最初からやるべきことがわかっていたのだろう。
やらなければいけないことは相談に乗ることでも遊びに行く事でもなく。
はっきりと伝えることなのだ、と。
「なあ、九条。今日の相談のことについてなんだけど」
「そのことならもういいですよ。なんとなくですけど佐藤さんが言いたいことはわかってますから。――大丈夫です」
「――そっか。ああ、なら問題ないよ」
夕焼けに綺麗な顔が映える。
本人がそう言うのならこの問題はもういいだろう。
健輔もそこで思考を断ち切り、過去の物とした。
しかし、他にもまだ言うべき事が残っている。
「じゃあ、これからもペアとしてよろしくな!」
「はい、不束者ですがよろしくお願いします」
微妙に間違ってそうな感じの優香に健輔は苦笑いを浮かべる。
どうして自分はこんな天然を目標にしたのだろう。
後悔はないが苦労するのが目に見えている。
健輔は自分を心の中で笑った。
「なあ、九条。今日は2人で遊んだってことでいいかな?」
「はい、その通りだと思いますけど……?」
優香は少し不思議そうな顔で肯定してくれる。
健輔は優香の返答に満足そうに笑い、
「なら、今日から――」
それだけ伝えて2人のデートは終わりを迎えるのだった。
優香は寮の部屋でベットに寝転がりながら今日貰ったストラップを見詰める。
無表情とも嬉しいといった表情とも違う。
だらしなく顔が緩むというべきなのか天井を見詰めてぽつりと一言。
「友達か――」
いい言葉、と優香は今度は口には出さずに心の中に留める。
「そっか、コツなんて最初からなかったんだ」
今日の相談という名の連れ出しがなんだったのか最後の最後で形にしてもらえた。
きっと、最初からそれが言いたかったのだろうが、察しの悪い自分のためにいろいろ骨を折ってくれたのだろう。
脇目もふらずに必死でここまで来たけどこんな素敵なものは持てなかった。
大したことのない理由で、姉を追いかけて、もう何年になるだろう。
今年こそ、ついに本当の意味でぶつかることになる。
でも、きっとあんな素敵な友人たちとなら――。
今日のことは忘れない、と穏やかな気持ちで優香は眠りに落ちる。
手には今日もらったストラップと大切な思いを握り締めて。