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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第167話

 周囲の状況がどれほど変わっても彼女たちの戦いには何も変化がなかった。

 激しい殴り合い、どちらかが根を上げるまでこの戦いは終わらない。


「はああああッ!」

「いい加減にッ! 諦めなさいよ!」


 葵の連撃を梢の障壁が返す。

 繰り返される構図に変化はないが双方、かなり消耗しているのは疑いようのないことだった。

 葵も梢もライフ的には余裕が存在しているが実際のコンディションとしては下降の一途を辿っている。

 試合開始してから全力に近い魔力の駆動と術式の展開は相応の消耗を彼女らに強いていた。

 戦闘能力を維持できているのは偏に意地、この一言に尽きる。


「っ、この根性女!」

「うるさいわよ、この軟体女!」


 葵が返礼とばかりに拳を叩き付けるが広く展開された柔らかい『鎧』がその全てを吸収する。

 突破出来ても直後に再構築されるため、今に至るまで有効打はなし。

 葵の無理矢理な正面突破も効果がない、と明確に相性が出た戦いになっている。

 チームのエースとして、相手を潰すのが仕事だと己に課している葵にとって不本意そのものの展開だが、そこで激情に駆られるほど彼女はバカではなかった。


「相性が悪いわね……。わかってたけどっ」


 試合前から把握していたとはいえ、いざ戦えば大きく印象も変わる。

 去年はここまで圧倒的な印象はなかったが成長したのだろう。

 梢は世界戦を経験している。

 それに対して葵は世界に行っていないのだ。

 試合数的にはそこまでの差はなかったが、心の耐久戦でもあるこの戦いにおいてそれは大きな差だった。

 葵が直接対峙したことのある世界級の怪物は桜香と星野ぐらいで残りは知らないのだ。

 真由美は味方のため、強さは理解していても恐怖を理解しているとは言い難い面がある。

 

「ここで落ちなさいッ! 私たちの世界行きのためにも!」

「っ、それはこっちのセリフよ!」


 対して梢はあの『女神』に惨敗した経験がある。

 『暗黒の盟約』はチームの相性もあっただろうが1回戦で『ヴァルキュリア』と対戦。

 そこで彼らの世界は終わってしまったのだ。

 悔しさと恐怖、そして乗り越えたいという熱い気持ちで梢は負けていない。

 同学年だからこそ、互いに引けない意地の張り合いがそこにはあった。


「ッッ!!」

「今のは効いたでしょ!」

「まだ、まだッ!」

 

 葵が体に走った衝撃に動きを止める。

 それまで消耗はあれど快調だった身体に突如訪れた異変。

 無理矢理に体を動かすが何かが阻害しているのか、葵の意思に体が従わない。


「っ、これは……」


 葵が体を良く観察してみると飛び散った『鎧』の破片のようなものが体に付着していた。

 そこから感じる微細な魔力。

 

「まさかっ!」


 葵の正面対決に付き合いながらも梢は準備を進めていたのだ。

 体に付着した『鎧』の欠片、それから魔力が本当に僅かな量だが葵の魔力回路に干渉している。

 合わせて体に極小の振動を与えることで葵の感覚を崩してきていた。

 その2つの合わせ技が不調の原因である。

 己の技が砕かれることすら考慮した梢の作戦勝ちだった。

 浸透系と創造系の合わせ技、梢の得意な戦法の1つである。


「――まだッ!!」

「ここで!? どうして前に来るのよ!!」


 葵の意を決した攻撃に不意を突かれたのか、梢の『鎧』が完全に消し飛び、無防備な状態を晒す。


「貰ったッ!」

「っ、しょ、障壁展開!」


 柔らかい『鎧』――スライム壁ではなく通常の魔力障壁が展開されるが相手はあの藤田葵。

 そんな普通の物が通用するはずもなく、


「なんて、バカ力!」

「うるさいッ!」


 渾身の右ストレートが梢の腹を捉えるのだった。


「かっ……」


 意識を1撃で刈り取られそうな攻撃を梢は根性で耐えた。

 地味に重ねた消耗と合わせて残りのライフは30程まで下がる。

 このまま連撃を許せば梢の敗北で決着は付くだろう。

 しかし――、


「わ、私の勝ちよッ!」

「え――あ、熱い!?」


 ――これが梢の計算通りでなければ、であった。

 先ほど葵の体に付着していた粒が発熱を始める。

 これまで葵の攻撃をほぼ完璧に防いでいた梢の『鎧』があっさりと砕けたのは別の部分に意識を回したからだった。

 防御から攻撃へ、肉を切らせて骨を断つのは何も健輔や葵だけの専売特許ではない。


「発動、『スライムボム』!」

「やらせる、かぁッ!」


 葵が相手を巻き込むことまで考えて前に出るが、その思考は梢に読まれていた。

 藤田葵ならば必ず前に出る。

 そう信頼していた梢の読みがちだった。


「包みなさい、私の可愛い子たちよ!」

「なっ」


 梢の『鎧』が葵を守るように包み込む。

 それが齎すこと、勝負の行方は明らかであった。


「っ、ごめんね、皆。――負けちゃった……」


 『鎧』が発光を始め、膨大な魔力を放出する。

 爆音と閃光が周囲を包み、


『ふ、藤田選手、撃墜! 大黒選手、ライフ20%! 大きく消耗していますが大黒選手が戦いを制しました! これで人数の上では互角です』

『両チームから御室選手、高島選手が除外されます~。皆様ご注意ください~』

『最速の復活は大隈選手の3分後です。それまでに撃墜者は出ないのでしょうか!?』


「っ、葵さん!?」

「余所見はダメだよぉ!」

「しまっ」

 

 葵が撃墜される。

 それも恐らく彼女と同じ1対1の状況で、である。

 その衝撃は敵に対して無様な隙を晒してしまうほどの衝撃だった。

 対戦相手を前にして晒す、致命的な隙。

 瑠々歌がそこを見逃すことなどあり得ない。

 彼女は好機を活かすべく魔力を最大駆動する。


「てっりゃぁ!」

「『雪風』!」

『斬撃を放ちます』

「む~、ダメだよ!」


 瑠々歌の固有能力で術式の展開を封印されているため優香は持ち味を発揮することが出来ない。

 それでも系統由来の能力ならばなんとかなるし、優香も懸命に抗戦を続けていた。


「手がないっ」


 優香にこの膠着した状況を打破するだけの手札が存在していない。

 彼女の強みは膨大な魔力と効果の高い術式を組み合わせた戦い方である。

 その両輪の内の片方が封印されてしまえば戦力低下は避けられない。

 何より九条優香は『プリズムモード』を持ってエース格の実力を発揮する。

 『プリズムモード』がないため、弱くなるわけではないが決定打を失っているのは間違いないことだった。


「いくよぉ!」

「やらせませんッ!」


 瑠々歌の固有能力『コードブレイク』。

 任意の術式を解体してしまうこの能力は優香との相性が最悪だった。

 この状況を変えるには外からの援軍に期待するしかない。

 優香とてそれは理解していた。

 しかし、ここで下手な人物が増えても2次遭難されるだけで意味がないのだ。


「はあああッ!」

「やぁ! とぉ!」


 優香の双剣を瑠々歌の拳が受け止める。

 

「マズイ……」


 この空間でなら瑠々歌は2対1でも戦える。

 それすらも狙いの可能性があった。

 術式を用いずに全力を発揮できる魔導師はそこまで多くない。

 系統の能力だけではどうしても幅が狭くなる以上ある程度式を用いるのが常識だからだ。

 優香はその中でも一際術式に頼っていたタイプである。

 それ以外の能力も十分以上に平均を上回っているのだが、瑠々歌には通用しない。

 優香のようにいろいろなもので実力を補っているタイプとは違い、瑠々歌は1つの事に全力を注いだ人間だ。

 その分野でなら負けないという自負があるだろう。


「スサノオと似ている」


 近接格闘戦ならば負けないという自負も合わさってこの空間がえげつない罠と化していた。

 流石の優香も相手のフィールドで楽に勝てるとは思えない。

 それでもこの時、一瞬だけだがある人物を思い浮かべたのは仕方がないことだろうか。

 脳裏に七色の輝きを持つ女性が過る。


「……っ、姉さんなら――」

「だから~余所見はダメだよぉ!」


 それを隙と見たのか、瑠々歌が攻撃を仕掛ける。

 優香は拳を避けて、斬撃を叩き込む。

 彼女は油断などしていない。

 そのような贅沢な立場に己を置いていなかった。


「大丈夫ですよ。きちんとあなたを見ています」

「む~、なんか釈然としないよ~」


 瑠々歌の攻撃を捌き、交戦を続ける中で思うのは姉の事だった。

 優香の頭に一瞬だけ過った桜香の姿。

 きっと、桜香ならばこのようなピンチはどうとでもすることが出来たはず。

 そう思うと振り切ったはずの影が再び優香の心に湧いてきそうになる。


「っ、そんな場合じゃない!」

「わぁ!?」


 瑠々歌を払いのけて優香は前に出る。

 この試合では健輔が撃墜されているのだ。

 彼に笑われないためにも優香は勝利する必要があった。

 姉に対する感傷などこの場には必要ない。


「『雪風』!」

『魔力圧縮開始。フルバーストモードへと切り替えます』

「魔力が……、なんてインチキ!!」


 水色の魔力が勢い良く噴き出して彼女の体を彩る。

 魔力回路の全力稼働による身体能力諸々の無理矢理な嵩上げ。

 作戦など微塵も存在しない純然たる力押しの具現だった。

 制限時間付のパワープレイ、あまりの優香の好みではないが才能によるゴリ押し戦略である。


「わわっ、こ、これは」

「はあああああッ!」


 風を切り裂いて優香の剛剣が放たれる。

 優香が一気に勝負を決めに行く。

 これ以上の時間浪費は下手をしなくてもチームの敗北に繋がる可能性があった。

 

「あ、危ない!?」

「っ、よく躱すッ!」


 続けて放たれる斬撃を紙一重で瑠々歌は躱し続ける。

 優香の表情には焦りの色が浮かび、それがさらに攻撃を大味していく。

 制限時間付のパワーアップは余程うまく使わないと自滅に繋がる。

 クラウディアのライトニングモードもそうだったが安易なパワーアップで勝利を掴めることは驚く程少ない。

 勝負を決めるのに焦ってしまったこと、責めて良いことではないが優香の失敗はそこにあった。

 エースたる自負が悪い結果として作用してしまったのだ。

 しかし、状況を無理矢理でも変化させるということにおいてこの手段は何も間違っていない。

 グダグダと消耗戦を続けても勝てる可能性は低いのだ。

 その天秤を動かすという意味でこの行動は悪くなかった。

 たとえ、瑠々歌の決め技が致命のタイミングで優香に直撃しようとも、瑠々歌の意図通りに運ぶよりは遥かに良い。

 

「貰ったよぉ!」


 連撃の隙間、体力が低下した瞬間を瑠々歌は見逃さない。

 彼女の拳に大量の魔力が集まり、『術式』が起動する。

 瑠々歌の番外能力は任意発動、つまり解除すれば術式は使えるようになるのだ。

 彼女にとっての必殺のタイミング、そうこの瞬間ならば優香にも『あれ』が使える。


「発動、『シャイニング・フィスト』!」

「――『雪風』ッ!」

『高速展開――術式解放』


 隙は隙であり、優香の戦いがここで終わるのは確定だった、。

 それでも、瑠々歌もまた予定外の攻勢であることに変わりはない。

 間違いなく優香の危地であったが、瑠々歌もまた詰めが甘かった。

 一気に勝負を決めるために術式の封印を解除したのだ。

 通常ならば事前に準備をしていた彼女に匹敵する行使速度などあり得ないが相手が悪かった。

 

「『蒼い閃光』!」

「あ」


 瑠々歌の拳が優香の障壁を貫通して直撃する。

 そこから魔力を浸透させて衝撃を直接伝播するのが『シャイニング・フィスト』の術式なのだが、ここで大事なのは優香が撃墜されるまで一瞬とはいえタイムラグが存在しているこということだ。

 瑠々歌は0距離で『蒼い閃光』の直撃を受けることになる。

 よって彼女たちは――


『つ、紡霧選手撃墜! 同じく、九条選手、撃墜!』

『方々で撃墜の報が入ります~。決着がどうなるのか、まったく読めません~』


 ――相打つに形になる。

 両チームの消耗が加速していく。

 激戦に次ぐ、激戦、戦場の混沌はドンドン激しくなる。

 それを誰よりも感じているのはバックスの3人であった。




「香奈! 真希の方はどうだ?」

「無理でーす、さっきからやってますけど念話も繋がりません~」

「ええい、美咲! 和哉は!?」

「こっちもダメです!」

「こちらは真由美しか残っていないか!」


 早奈恵たちバックスも懸命に連絡線を維持しようと努力しているが真希や和哉の戦場は物凄い爆撃の応酬になっているため、空間の荒れが酷くどうにもならない状況だった。

 妃里になんとか念話を繋ぎ、彼女は水守怜の相手をするために真由美の元へと向かっている。

 剛志は隠密行動のため所在すらも把握出来ていなかった。


「葵が落ちて状況がイーブンになっている」


 早奈恵は現在の戦力比が危険な領域に推移しているのを感じていた。

 優香が意地で瑠々歌を連れていかなければより事態は悪化していただろう。

 葵の相手、大黒梢は近接キラーの名に恥じない実力者だ。

 相応の消耗を強いているのは確実だが葵を落としたような相手に対処できるものは多くない。


「健輔が痛いな」


 こういう時にとりあえず相手をさせておけばよい健輔が落ちている。

 予想以上に後輩の力に頼っていた事を今更ながらに認識していた。

 

「早奈恵さん!」

「ん? 美咲か、どうした?」

「敵に動きがあります! 大黒梢さんと水守怜さんの合流を確認!」

「やはり、そっちで来たか……」


 中央陣地、つまりは真由美を狙うのがこの状況ではわかりやすい一手だ。

 何よりも彼女が落ちたら『クォークオブフェイト』のタレントがいなくなる。

 対して相手はまだ2名を残しているのだ。

 どちらが有利になるのかは考えるまでもない。


「……こちらから出来る事は……」


 試合時間ももうすぐ半分を超えようとしている。

 真由美の砲撃は休むことなく続けられているが混戦の現在、さらには位置も正確に掴めていないような状態では有効打になりようがない。


「……待て」

「早奈恵さん?」

「今の試合時間は?」

「え、もうすぐ25分程ですけど」

「……そうか、となると後少しか」


 何かを考えるように早奈恵は瞳を閉じる。

 後輩2名は早奈恵の集中を邪魔しないように静かに続きを待った。

 冷静沈着でチームを思う参謀がこの状況で長考しているのだ。

 チームの勝利のために必要なピースを美咲との何気ない会話から見つけたのだろう。

 それを察したからこそ、彼女たちは何も言わずに続きを待つ。


「……香奈、お前は和哉の支援に付け」

「へ?」

「2度も3度も言わせるなよ。和哉の支援に全力を回せ。一方的に情報を広域に発信すればなんとかするだろう」

「りょ、了解!」


 香奈に指示を出して次は美咲である。

 早奈恵は厳しい表情で美咲と向き合い、


「お前は妃里だ。恐らく剛志がこの状況で救援に向かうのは真希のはずだ。ならばそこは切って良い」

「……わかりましたッ!」


 早奈恵の目を見つめて、何かに納得したのか美咲は大きく頷き返事をした。

 1年生の立派になった姿に僅かに目元を緩める。


「どいつもこいつも立派になって」


 2年生も1年生もこちらの期待に十分以上に答えてくれている。

 ならば、最上級生として、何よりもチームを牽引するものとしての決意を知らしめる必要があった。


「時間は稼ぐ、いけるな」

『愚問、だよ』


 親友の心強い言葉に笑みを深くする。

 『終わりなき凶星』の2つ名は1年生の時に付けられた2つ名で去年世界戦に出場していないのにランクが5なのは彼女の総合戦績と能力から判別したためだ。

 ここまでは誰でも知っていることだろう。

 つまり、真由美のデータは基本的に1年生の時のものが基本となっている。

 それが何を示しているのか、早奈恵は衆目に晒されるその時を待っていた。


「些か扱いづらいが……。受け取ってくれたまえ」


 準備を進める早奈恵の目には妃里と交戦を始めた敵のエース格2名が映る。

 僅かな優位は消えて劣勢とも言える中で『クォークオブフェイト』最強の魔導師は静かにその力を顕現しようとしていた。

 


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