第166話
「お前にしては珍しいな。隙を見つけて逸ったか?」
『剛志君を待ってもよかったけど、ここは勝負どころでしょう? ……消耗は否定しないけどこれぐらいは乗り越えれる範囲だよ』
「……戦場は水物だからな。そこの判断は信じるが」
『ごめんね。ここまで拮抗するのはハンナたち以来だからちょっと、ね』
早奈恵が眉を顰める。
予想よりも真由美の消耗しているように見えるのだ。
このままではせっかくの宗則撃墜という好機が活かせない可能性も出てくる。
早奈恵は内心の危惧を表には出さず、努めて平静に話を進めた。
「……そちらの事情は理解した。佐竹の方には私から連絡しておく。札を伏せれたこと自体は悪くないからな」
『ああ、そっちもあったよね。ごめん、剛志君には謝っておいて。あそこが攻め時だった、って具合に』
「……了解した。ではな」
『うん、お願い』
真由美との念話を切る。
バックス側の陣地で早奈恵は1人、溜息を吐く。
乱戦に次ぐ、乱戦。
混沌とする戦場、そこで貴重な情報を見逃さないように気を張ることの辛さ。
バックスは楽な系統などと言う輩もいるが、後方支援の大変さは言うまでもないだろう。
そして、彼女らが居なければ戦いとはうまくいかないものである。
規模が小さくとも確かな『戦』でもある魔導を焼け石に水に過ぎなくとも『知』で支えるのが彼女らバックスだった。
「……予想以上の消耗速度だな。これでは先に相手を撃破したことが裏目になる可能性もある」
陣地戦では撃墜されても復活がある。
基本時間は10分に設定されていて、バックスが術者に施された術式を解除していくと時間が短くなっていくルールであった。
このような激戦になるとバックスは試合に集中する必要があるため、基本時間での復活がメインとなるが油断はできない。
今回のような実力伯仲の試合で選手の復活が戦況に与える影響はとても大きいものだ。
撃墜によって消耗しながらも確保していた優位が消えてなくなるのだから言うまでもないだろう。
復活した選手は基本的に疲労以外のコンディションにおいては全開の状態で戻ってくることになっているのだ。
疲弊しているところに全開の選手が戻ってくる。
選手の実力によってはそのまま勝負が決すると言っても過言ではない。
甘く見て良いことではなかった。
「……歯痒いな」
こうして早奈恵が思考する間も戦場は変化を続けている。
後輩たちが必死に連携を維持してくれているがこの混戦では相手に悟られないように指示を出すことも困難だった。
バックスだからこそ感じる歯痒い気持ち。
自分も戦場に居たらという思いが胸に湧いてくるのだ。
「……感傷に浸る場合ではないか」
軽く頭を振って余計な思考を追い出す。
そのような部分に思考を割く余裕はないのだ。
意図的にそのラインを封鎖しておく。
「こちらで余裕がありそうなのは……。ふっ、また、あいつか。頼りになるのはいいが頼り過ぎにならないように注意しないといけないな」
戦場にいるメンバーの顔を思い浮かべる。
3年生の身で幾度も後輩に頼るのは情けない上に心苦しかったが、この混戦でうまく動けそうな選手は1人しかいなかった。
早奈恵は念話を求める意思だけを乗せて健輔に魔力を飛ばす。
情報さえ与えれば後はなんとかしてくれると信じて、託すのであった。
「なんとかしろと言われても、ね」
流華との激しい競り合いを続けながら健輔は困ったように呟いた。
頼りにされていることは嬉しいし、なんとか期待に応えたかったが健輔も人間である。
身の丈を超えた事はそうそうやれないし、やろうとも思っていなかった。
あくまでも安定した力の範疇で博打をするのが彼である。
無謀に見える挑戦でも彼の中では等価が取れているのだ。
その部分を見誤ると痛い目を見ることになる。
健輔はギリギリの挑戦は嫌いではないが無謀な挑戦は好みではなかった。
「悲しきは下っ端の立場、だな」
しかし、無理だから諦めます、と言うことが出来ないのも動かしがたい事実だった。
いつだって準備不足で事態に当たることの方が多いのだ。
その中で如何に機転を利かすことが出来るかは知識などには現れない人間力というべきものだろう。
日常生活では劣等生な健輔も戦闘に限るならば優等生である。
相手が誰であろうとも喰らいつく覚悟があった。
「向こうは……陣を組み替えるのか」
距離を取って戦っているため、ある程度俯瞰で相手の動きが観察できる。
相手側は防御の要たる宗則が撃墜されたのだ。
ある程度はこちらを巻き込む形で戦わないと真由美の餌食になるのが目に見えていた。
ありきたりな対策ではあったが正道だったし、実際それ以外に取れる手段は多くない。
真由美に対する対策など武雄が取ったように何かをさせる前に撃墜する以外には実質存在しないのだ。
高い火力を持ち、遠距離から攻撃をしてくる。
その上、必ずと言っても良いほど壁が2枚は控えているのだ。
普通の神経をした魔導師ならばそんなこところに真っ直ぐ喧嘩は売らない。
多少、めんどくさくても前衛の撃墜を優先する。
それが真由美の狙いだと知らないで。
基本的に彼女は最後まで残っていることが多い。
彼女が真っ先に落ちている試合はそのチームの真由美に対する脅威判定のレベルがよくわかるのだ。
規格外の最大火力、弱点もあるが補って余りある力だった。
「部長がフリーで、相手はこんな布陣か……」
予測した陣を頭に浮かべて、『陽炎』で形にする。
真由美の戦力をうまく生かすにはいろいろと準備がいるため、情報収集に余念がない。
相手は宗則に代わって怜を中心に据えた格闘陣形でこちらに雪崩込んでくる様子のようだった。
健輔はともかく、一進一退の攻防をしている優香や葵には大きな影響があるだろう。
場が荒れてしまえば、多少の有利など消し飛んでしまう可能性が高かった。
向こうは次代のエースなどが自由に動けるのだ。
対して、こちらはエース2人が拘束、剛志と妃里は何やら隠密行動中で当てに出来ない。
真由美は元気だし、頼れるのだがこういう細かい戦場には向いていなかった。
「……ふむ、となると――」
健輔は思考を纏めてバトルプランを構築する。
――『暗黒の盟約』だけでなく、全てのチームが忘れてしまっていることがあった。
この男が『万能』であると言う事の恐ろしさを、そしてそれと『あの』近藤真由美がコンビを組むということがどういうことなのかを。
「怜ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です、流華さん。まずは中央へ、小賢しい万能系はここで潰しましょう」
健輔が方針を固めた頃、敵側も動き出す。
怜はステータスなどで押し切る物理型の魔導師。
力押しは得意な部類だった。
流華は防御に長けた術式キラー、弱いコンビではない。
「それにしても」
「はい、怖ろしいですね。『凶星』は……」
態勢を再度整えている間にも真由美の砲撃は降り注いでいる。
余裕の表情で会話しているが1撃でもあったたら怜たちも撃墜なのだ。
見掛けほど心理的な余裕はなかった。
プレッシャーとしては常時桜香と追いかけられているのと大差がない。
宗則の攻撃があったからか、いつもよりキレがないとはいえ油断は禁物だった。
「行きましょう!」
「うん、私が攻撃を受けるから」
「撃墜はお任かせください」
砲撃を逸らし、健輔に肉薄する2名。
数の上でも実力上でも彼らが有利だが、あることを考慮に入れていない。
佐藤健輔という魔導師は不利な状況の方が輝くということを――。
「貰いますッ!」
圭吾と戦った時と同じ戦法が健輔を襲う。
怜の意思に従って自在に動く鞭による物理攻撃、健輔が苦手な力押しをやってくるタイプである。
範囲の違いというものはあるがこの水守怜という女性は葵と同系統の魔導師ということがわかるだろう。
葵の場合は大きく距離を取るという対処法があるが怜にはそれが通用しない。
葵程の攻撃力を持たない代わりに距離と複数に対する対処能力で勝る。
「ちぃ! 『陽炎』!」
『障壁を展開』
「させないよッ!」
怜の攻撃を障壁で受けようとすれば流華が解体能力を駆使して妨害にやってくる。
逃げ場を塞ぐような鞭と合わせて歴然と示される実力の差、多少の策程度でひっくり返るようなレベルではない。
「これはっ」
「落ちなさい!」
「ここまでだよ!」
「っ!?」
連携にも齟齬がなく健輔が対抗できそうな穴も見当たらない。
優香の高機動を用いて全力回避を続けているが長くは持ちそうになかった。
「増援が来る前に!」
「何としてでも仕留めます!!」
「……」
健輔たち『クォークオブフェイト』の残存人数は葵、優香、真由美、健輔、妃里、剛志、真希、和哉の8人。
この内、妃里と剛志がフリーとなっていて、真由美も乱戦模様のおかげで全力は出せないが解放はされている。
対する『暗黒の盟約』は宗則を含めて3名が落ちているがバックスを除いても1名分の不足で戦えていた。
普通に考えればここで健輔が落ちるのを防ぐために増援が来るか、他の部分へ増援を回すというのが自然な判断である。
「……何、あの子」
だからこそ、流華は違和感を感じた。
曲りなりにも交戦をしてきたからこその違和感。
そんな普通の対応を目の前の魔導師が行うのか、そう頭に過ったのだ。
『暗黒の盟約』の次代のエースとはいえ、怜はまだ2年生。
大会への本格的な参加は今年が初めてであり、経験としてはそこまで健輔たちと差があるわけではない。
ましてや、健輔をデータ上でしか知らないため、必要以上の警戒を行ってはいなかった。
「佐藤健輔は……最大の効率を求める。――ま、まさか、怜ちゃん! 私の後ろに!」
「っ、了解です!」
「――へぇ、気付くか。でも、遅い!!」
健輔の言葉に従い、固定系で設置された蛇のようなものが動き出す。
『賢者連合』霧島武雄のバトルスタイルである。
それだけではない、まるで何かに場所を伝えるように周囲の空間を赤い魔力光が照らす。
「まさか――合図!?」
「これだから、勘が良いのは困る!」
健輔の意図を悟った流華が離脱を選ぶ。
激突の中間地点、最前線にいる健輔たちははっきりと念話が届かない。
健輔たち前線側の情報が両者の妨害にあってしまいうまく意図を伝えれないのだ。
だからこそ、2人――流華と怜――は後方に悟られて増援が来る前に健輔を落とすつもりだった。
「先輩ッ! 何が――」
「あの子、『凶星』に自分事、ここら一体をふっ飛ばさせるつもりよッ!!」
「なっ」
「油断してたわ! めっきりと自爆戦法が減ってたからもうやらないと思ってたのに! 必要がなかったから、やらなかっただけだなんて予想外よ!!」
赤い光は合図であり、蛇は彼女たちを逃がさないための罠。
既に合図は発せられている。
真由美の砲撃が届くのは時間の問題であり、ここでやるべきことは1つしかなかった。
「っ、怜ちゃん。――後はお願いね」
「……承ります」
「後ろに回って! 絶対に通さないから! 周りの蛇だけは潰しておいて」
「了解です!」
防御中に妨害されるのを避けるために離脱を選んだが時間が足りなかった。
流華は覚悟を決めて正面から立ち向かう。
「やらせない! 私たちはまだ、負けてないッ!」
「押し通すッ!」
健輔が大きな赤い花火を上げて、真由美に砲撃地点を知らせる。
流華は防御に回す魔力と健輔を抑える魔力を瞬時に計算し始めた。
ここで怜と流華の2人が同時に落ちてしまえば、そこまで行かなくても怜が大きなダメージを受けてしまえば勝負が決まってしまう。
健輔は己を囮にして、狩場に誘い込んだのだ。
後は己ごと、相手を始末すれば良い、と健輔の策を流華はそのように判断している。
流華の判断は正解だった。
ただし――誘い込んだという部分までだったが。
守りを固めた流華の視界にあるものが映り込む。
「――転送陣っ!? あっ、そうか!!」
「終わりだッ!」
最前線ではこちら側の念話がうまく届かない。
これは事実であるが、何事も例外がいる。
『賢者連合』はバックス系統を全員が保持していて、技能としてのバックスにも精通していたため、戦えるバックス魔導師として健輔たちを苦しめた。
同じことが健輔にも出来る。
彼はバックスと同じように系統を使えるのだから、後は技能を習得するだけだった。
美咲との会話が増えているのは必要なことを彼女から学んでいたからなのだ。
真由美が数と経験で高い砲撃精度を持っているとはいえ、やはりバックスの誘導がなければ必中は難しい。
健輔は単体だとそこまでの力を発揮出来ない、万能系とそういう系統だしそれはこれからも変わらないだろう。
ならばそこを補うためにチームがいるのだ。
「――っ」
流華の脳裏に様々な思いが過る。
万能系の真価を読み違っていたこと、相手にまんまと乗せられていたこと、後悔が後からたくさん湧いてきた。
しかし、流華が健輔の策を読み違えたように健輔もあることを読み違えている。
どんな魔導師にも侮ってはならない部分があるのだ。
その事は親友たる圭吾が示していた。
――水無月流華という魔導師の実力、その肝心な部分を見誤っている。
霧島武雄という術式を受け流すのに関しては上位の魔導師を知っていたことが原因であった。
流華の本領とは、術式を解体することではない。
魔力を受け流し、誘導することなのだ。
流動系を手段とした用いた武雄とは方向性が違う。
「『鬼灯』!」
『うむ、偏向術式『惑いの回廊』発動』
「あれは……! 『陽炎』ッ!」
『術式判別。一定範囲内の魔力に干渉するタイプのものです。マスター』
『陽炎』の言葉から相手の狙いをいくつか予想して行動に移す。
後少しで全滅、そのタイミングで発動した術式が弱いわけがない。
健輔はそう判断した瞬間に安全を全て捨てて突撃することを選んだ。
「『陽炎』!」
『ライトニングモード発動』
健輔の突撃に流華は笑って、
「私だけじゃないよ? ここにいるのは」
「っ、しまっ――」
「落ちなさいッ!」
流華の影で隠れるように防御を固めていた怜が行きがけの駄賃とばかりに鞭の連撃を健輔に放つ。
ライトニングモードのおかげで致命傷は避けられたがこれで健輔の生存は各段に難しくなった。
「……っ、ミスった!」
相手の特性を見誤ったのがこの事態の原因。
拮抗した試合だからこそ、余裕があったからこそ起こったミスだった。
桜香のような格上と極限状況で戦うのではなく、自らと近しい実力との戦いだったからこそ健輔にも隙が生まれたのだ。
油断が死地に健輔を引き摺り込む。
流華の覚悟がこの流れを引き寄せたのだ。
転送陣から放たれた真紅の光は流華の術式と障壁により進路を捻じ曲げられて健輔に反転する。
「『陽炎』! 術式解放『ライトニング・ブラスト』!!」
『発動します!』
クラウディアの通常攻撃、雷撃の一閃を術式によって再現したものが流華に放たれる。
当初の予定とは違うがここで1人は持っていかないと後がなかった。
「っ、後はお願い!」
「クソ!! 下手こいたッ!」
雷撃が流華の障壁を消し飛ばし、彼女は真紅の光と雷に飲み込まれる。
攻撃に全てを回した健輔も反射された攻撃を受けて真紅の光に飲まれてしまった。
3人の内、残ったのは1人。
『水無月選手、撃墜! 佐藤選手、撃墜! まだ、試合の行方はわかりません!』
『激しい消耗戦を制するのはどちらなのでしょうか~』
未だに勝負の行方はわからぬまま、それでも残った選手たちは死力を尽くす。
それが先に落ちた仲間と敵に対する礼儀と心得ているからだ。
健輔の撃墜の報が響き、『クォークオブフェイト』側に火が灯る。
同じく『暗黒の盟約』も流華の決死の覚悟に答えるために怜が奮起するのであった。




