第165話
「……本当に悪かったわ。こういうのは趣味ではないのだけど」
「仕方のないことです。自分の未熟を恨むことあれど、先輩に思うところなどありませんよ」
「ありがと。時間も無いから手短に行くわ。あなたは真由美の方へ行って。撃墜覚悟の使い捨てになる可能性もあるけど」
「了解です。問題ありません。先輩もご武運を」
「そっちもね」
手短に剛志に用件を伝えて妃里は次の戦場へ援護に向かう。
剛志はそれを見送り、自分のやるべきことを考える。
全体像を把握は出来ていないが事前の予想からある程度は推測可能だった。
後で念話が繋がれば情報の差異を埋めることも可能だろう。
そこまで思い、剛志は男の戦いに妃里が水を差した理由をなんとなくだが理解した。
「ここが1番介入し易かったからか……」
独白は一瞬で、そこに込められた感情を読み取ることは出来ない。
恐らく香奈子以外の破壊系を扱う魔導師、全てが抱えている思いではあるだろう。
他の戦場も基本的には相性が不利となっているため妃里や健輔が介入しても劇的に状況が改善する可能性は少ない。
健輔は援軍としては力不足、だからこそ妃里と交代させたのだろう。
次に剛志のところに来たのは相手が破壊系だからだ。
妃里は早奈恵から与えられた必要最低限の位置情報などから意図を察したに違いない。
「……早奈恵さんは容赦がない」
妃里が登場してからの流れるような撃墜が示すように破壊系は組し易い。
時間をかけ過ぎれば選手が復活する陣地戦は相手とどのような順番で戦うのかが重要となってくる。
相手を減らすためも撃墜したのならば速やかに他の選手を落とさないといけないのだ。
下手に時間を掛けると消耗したこちらが不利になる。
そう考えれば剛志は早奈恵の、ひいては妃里の戦略は正しかった。
「なるべく、潜んでいくとしよう」
出来れば今度は自分の手で決めたいと思うも思考を直ぐに次の作戦へと切り替える。
この辺りの割り切りの良さは健輔に受け継がれた部分と言ってよいかもしれない。
「……行くか」
お互い、陣全体に念話妨害が掛かっているため念話をきちんと扱えない。
早奈恵が全力を傾ければいけるだろうが、代わりにこちらの情報を抜かれてしまう。
そのリスクを考えれば剛志に細かい指示を出すことはないだろう。
「ふむ」
いくつかのパターンから最善と思われるものを選び、剛志は密やかに移動を開始した。
もっとも簡単な戦術で大きな効果を発揮するのは、予想もしない部分での増援だ。
大きな括りではそれも奇襲に入るだろう。
奇襲というものが大きな効果を発揮するのは対『賢者連合』戦でもはっきりしている。
自分の働きが勝敗を左右するかもしれない。
その事を胸に剛志は必要な場面が来るまで気配を絶つことに力を入れることになる。
佐竹剛志――目立たないが彼は間違いなく1流の魔導師であった。
創造系、本人のイメージ次第で大きな力を持つ系統。
近接戦闘を主にする魔導師が必ずと言ってよい頻度で持っている汎用性が高く人気もある系統だ。
圭吾もご多分に漏れず、創造系を保持しておりその力を今、存分に発揮していた。
「糸がッ! ええい、鬱陶しいですわ!」
水守怜の鞭を避けるように糸が生成されて彼女を捉えようと襲い掛かる。
魔力を注ぎ込んだ彼女の魔導機『フェッセルン』は主の命を受けて忠実にその役割を果たしていた。
乱舞される鞭に圭吾の糸は容易く両断される。
しかし、それ上回る数を以って状況を拮抗させていた。
「このような小細工、長くは続きませんッ!」
吠えながらも怜は周到に探査を行う。
姿を隠した圭吾を見つけるために魔力で視力強化するなどをしているのだが、どこにいるのかがわからなかった。
この時点でいくつかの術式が彼女の脳裏に浮かんだ。
1つはポピュラーなところで光学術式――光を操作する術で姿を隠している可能性。
1番オーソドックスで同時に強力なのがこの方法だが怜はこの選択肢を捨てる。
光学術式は状況変化まで計算に入れると制御に取られるリソースが大きくなりすぎるという欠点があった。
創造系最高の難易度を誇る空間展開をしている状態で術式を展開出来るほどの余裕は圭吾にはないだろう。
いや、学園でも万全にやれるのは桜香か優香ぐらいであり、他の人間に出来る芸当ではない。
「っ、ならばどこに!?」
全方位を虱潰しにしているが一向に有効打を与えられない。
相手の系統から考えてもそう遠くには行けていないはずなのだ。
にも関わらず、攻撃は当たらない。
「冷静になりなさい。相手は正当派な戦闘型ではないわ。こちらがいつも通りを心掛ければ問題ないはずよ」
元より相性には圧倒的な差がある。
ましてや、水守怜は『暗黒の盟約』次代のエースなのだ。
ここまで粘りに粘った圭吾は褒められてしかるべきだが、元々役者が違う。
魔導機を柄に魔力で鞭の部分を形成して、それを振るい相手を攻撃する。
基本今まで怜がやってきたのはそれだけだ。
単純故に穴がない強さ。
それを打破するために、圭吾は自分のステージに引き摺り込むためにあらゆる方法を用いた。
それでも仕留めきれていない。
「……うまいね」
何やら準備を始めている怜を遠目に確認する。
圭吾は額に浮かぶ汗を拭って糸の操作に集中し直す。
「っ」
腕に装着されている腕輪の形をした魔導機に命令を送る。
怜は圭吾の魔導を見て創造系の空間展開と誤認したが、実際はまだそれを使えるレベルにいない。
香奈に用意してもらった術式を展開して、疑似的な結界空間を創造系による展開に見せかけているだけなのだ。
外見的には相似しているが、難易度や操作感など細かい差異は大量に存在している。
ある程度の距離を作った状態で結界の中に相手を閉じ込めてしまう。
これが圭吾の新しい戦法だ。
距離を取ることで打たれ弱さも隠せるようになるためメリットは多い。
結界の中では糸を自在に創造して、死角からも攻撃を仕掛けることが可能になる。
1段階上に能力を進めたと言っても問題ないだろうが問題点も多かった。
「化け物、だよ。健輔はよくこれ以上の相手と戦えるね……」
怜が空間で暴れる影響の補正に精いっぱいで攻撃に力を裂けない。
薄皮一枚隔てた場所を鞭が通過した時には流石に肝が冷えた。
わざわざ恰好つけて挑発したため、怜をその場に釘付けにしているのが功を奏してなんとかここに居れるのだ。
詐術がバレてしまえば後は撃墜まで一直線だろう。
「いつまで誤魔化せるかなっ」
糸を鞭が迎撃する。
広範囲に対する物理攻撃という意味で怜のバトルスタイルはかなり強力だ。
圭吾が一見互角のように見えるのは彼の情報がほとんど存在しないためである。
実力という面では確実に1歩劣るのが現実だった。
「後少し……」
外の状況が激しく動いていることは理解出来ている。
それをうまく活かすためにも圭吾が時間を稼ぐしかないのだ。
気力は十分、思いも足りないなどということはなかった。
故に――。
「……そう、そこね?」
「なっ」
――その結果になったのは運か、はたまた怜の実力と言うべきなのか。
暴れ回る鞭が偶々、圭吾が隠れていた場所の付近を通過した時に怪しげな魔力の動きを見せた。
とはいえ、時間にして秒に達するのかも微妙なラインの揺らぎである。
そこを嗅ぎ付ける嗅覚、戦闘魔導師が持つ直感とも言うべきものをエースたるものは持っていることが多いがご多分に漏れずに怜も保持していた。
勝負時というものを見極めれるからこそのエースだが、圭吾の努力を一瞬で無にする辺り、実力差という無情な現実を直視せざるおえない。
「良い魔導でした。……次はもっと精進しなさい。あなたにはまだ未来がある」
「く、クソぉぉぉ!!」
怜の鞭が容赦なく圭吾の障壁を破砕し、ダメージを与える。
必勝を期した戦いだからこそ、悔しさも一塩だろう。
圭吾の叫びは彼の悔しさをよく表していた。
これもまた、勝負の習いとはいえ女性である怜は少しだけ悲しそうな表情を見せる。
次の瞬間には掻き消えるものとはいえ、同情するぐらいのことはするべきだと彼女は思っていた。
その上で勝者は傲慢に振る舞うのだ。
そうでなければ敗北したものの気持ちの行き場がなくなってしまう。
『高島選手、撃墜!! ついに『クォークオブフェイト』側にも撃墜者が出ました! しかも、解放されたのは『暗黒の盟約』次代のエースと名高い、水守怜! この事がいかなる結果を招くのでしょうか!?』
『目が離せませんね~』
「ようやくか!」
必死に攻勢に耐えていた宗則にとって久々の朗報である。
広域物理攻撃も可能な怜は攻守なバランスが良く、それでいて格上相手にも安定して戦える『暗黒の盟約』最高の魔導師だった。
宗則がいるためそこまで目立っていないし、便利屋的な扱いが多かったため、2つ名こそないが葵に僅かに劣る程度のレベルには達している。
それが自由に動けるようになるのは計り知れない恩恵を与えてくれるだろう。
「相手の1年生、まさかここまで粘るなんてね」
同時に宗則は圭吾の評価を大きく上昇させた。
今回の全面対決で宗則が最重視したポイントが怜の対戦相手だ。
圭吾とは相性もそうだが、早期に彼女が自由に成れる程度の実力というのも加味に入れたものだった。
有体に言えば、雑魚として穴である部分を攻めたつもりだったのだ。
それが15分近く粘ったのだから大したものである。
「……油断出来るような余裕はなかったのに、これは僕の過ちか」
大幅に遅れたがここからが本番だった。
解放された怜と合わせることで『風』はその真価を発揮するようになる。
――この時、宗則は間違いなく浮かれていた。
ここからが本番、と喜色に滲ませた思考、僅かに逸れた意識。
誰を相手しているのかを忘れて、隙を見せ付けてしまった。
創造系はイメージでなんでも出来る系統――なのに、スタンダードになっていない理由は何故なのか。
より言うならば研究があまり進められていないのはどうしてだろう。
もっと躍起になって実用的に仕上げておくべきではないのか。
それらを否定する理由となるもの――圧倒的な力を持つ現実が宗則に襲い掛かる。
遥か離れた反対側の陣地で最高の精神状態に突入した真由美が、相手の隙を容赦なく嗅ぎ付けたのだ。
「ここッ――!!」
彼女の戦気が1点に向かって凝縮を始める。
3つの砲塔は1つの砲台となって、魔力を極限領域まで高めていく。
砲撃型魔導師はスタンダードなバトルスタイルでド派手な火力と合わせて人気がある。
真由美はそれを極めた魔導師として有名であり、実力は世界ランク5位の数字が示していた。
しかし、ここで疑問が残る。
純魔力攻撃を主としている真由美だが純魔力の攻撃は得てして防ぎやすいものだ。
破壊系、桜香に至って固有能力などと対抗手段は山のように存在している。
つまり、彼女が役に立たない場面があるのではないかと言う事だ。
いくら真由美が規格外の魔導師でも、基本が魔力である以上は純魔力を防ぐ相手には分が悪い。
これは1つの事実であった。
「『羅睺』、貫くわよッ!!
『御意。圧縮率、1000を突破します』
3つの咢からドンドンと魔力が注ぎ込まれていく。
真由美、最強最大の砲撃が唸りを上げる。
それは圧縮され過ぎたことで変質した魔導砲撃。
桜香の魔導吸収能力すらも貫通する真由美の最大奥義である。
「貫けッ! 破滅の閃光――『終わりなき凶星』ッ!」
『発動』
真由美の2つ名を冠した最強の砲撃が宗則を狙い撃つ。
放たれる真紅の――血よりも赤い――星が拮抗状態だった場を一瞬で塗り替える。
そのまま無防備に攻撃を受ければ宗則もただでは済まなかっただろう。
しかし、浮かれていようとも彼もまたチームを背負うリーダーであり、エースだった。
「ッ……緊急解放! 術式展開『束ねる嵐』!」
『認証』
真由美の最強の攻撃を前に宗則は防御ではなく迎撃を選択する。
ここがポイントだと直感したのだ。
試合の趨勢が決まるレベルの場面がやってきた。
ここで防御を行うなど勝利を相手にプレゼントするような行為である。
勝負への嗅覚、隙を晒したことで意図せぬ決戦となったが宗則は分が悪いとは思っていなかった。
「極限圧縮された魔力でも――自然を超えることは出来ないッ!」
不気味に輝く真紅の閃光に荒ぶる嵐が立ち向かう。
「っ、なんという、重さッ!」
宗則が攻撃を受け止めて最初に感じたのは重い、ということだった。
魔力は圧縮することで効果を高めることが出来るのを確認されている。
収束系はそのための系統であり、良質の燃料を生み出すのが役割となっていた。
基本の認識はそれで何も問題はない。
『終わりなき凶星』――真由美のこの術式はその基本を突き詰めた究極系である。
圧縮率を上げていくことで魔力はより良質になる、では限界点とはどうなっているのか。
結論から言えば、魔力は最終的にそれまでの魔力とはまた違う性質を持つ物へ変質することが確認されている。
この状態の魔力は『破壊系』でも破壊出来ぬほど密度が高まっており、通常の障壁を容易く貫通してしまう。
極魔力――普通は大型の実験施設で生み出すそれを真由美は独力で生成する。
この魔力は相手に命中しても霧散することがない。
真由美が供給を止めるか、相手を撃墜するまで消滅しないのだ。
「ぐッ……、み、見誤ったか!!」
『束ねる嵐』とのせめぎ合いでも微塵も威力が減衰しない。
それどころか宗則の魔力とも共鳴して、徐々に威力を拡大していく有様だった。
真由美が桜香にすらも僅かでも勝機がある理由の1つ。
それこそがこの必殺の術式の有無だ。
出して当たれば倒せる。
唯一の弱点は出すのに相応の準備がいることぐらいだろう。
15分を超える全力稼働で温まった魔力回路が少なくとも今は必要だった。
それだけの労力を掛けただけことはあり、威力だけならば今世代の魔導師の頂点に立つ。
桜香の結界障壁すらも紙のように引き裂ける。
「――っ、耐えられんか。ならばッ!!」
拮抗が崩れ、徐々に宗則が押され始める。
むしろここはこう言うべきだろう。
よく拮抗出来た、と。
真紅の破壊光が宗則目掛けて風を蹴散らそうする、刹那――
「俺1人では落ちんぞ!! 何人かは貰っていく!!」
宗則の宣言と共に、風が動き出す。
光を抑えた状態のまま、外側の部分が真由美まで続いている紅の道を逆に辿る。
真由美から宗則を狙えるということは逆もまた然り。
捨て身の覚悟からの大規模範囲攻撃。
真由美目掛けて嵐が直進し――結果。
『こ、これは……』
『両者の陣を中心に大規模な爆発が起こっています~。観客の皆様は結界がお守りするのでご安心くださいませ~』
『暗黒の盟約』の陣を止まることなく真紅の光は駆け抜ける。
進路上に居た宗則は健闘むなしく光に飲まれた。
一方、乾坤一擲の一撃を放った『クォークオブフェイト』の陣地も主の命で風が大暴れしたため、真由美が居た中央から左右の陣の半分程までを破壊されている。
両者のエースが放った最大級の攻撃が等しく両方の陣へ傷跡を刻んでいた。
『え、えーと。『暗黒の盟約』宮島選手撃墜! ついで、如月選手撃墜! 『クォークオブフェイト』近藤真由美選手、ライフ80%。近藤隆志選手、撃墜判定です!』
『同じく~佐竹選手、ライフ80%になります~』
『エース同士の対決、軍配は近藤真由美選手に上がりました! しかし、『暗黒の盟約』もまだ負けていません!』
『両チーム、一歩も引かない戦闘で~こちらも目を離せませんね~』
既に混戦模様の前線では真由美は十分な力を発揮出来ない。
隆志の撃墜により、安定した戦力が抜けた穴は大きかった。
実況の言う通りまだどちらが勝つかはわからない。
天秤は揺れ動く。
最後の時が来る、その時まで――。