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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第164話

 幸太郎を撃破した健輔は張りつめた精神が解放されたことでようやく落ち着くことが出来た。

 表面から窺えるよりもいっぱいいっぱいでの勝利、言うまでもなく幸太郎に見せていたのはブラフである。

 ソリッドモードの本来の目的は相手のスタイルをコピーして怒らせること――のはずがなく幸太郎に対して行ったように相手の術式に干渉するのが正しい使い方だった。

 実体、つまりはシルエットモードのように魔力の強さなどを健輔に扱いやすく調整せずにオリジナルに近づけることで相手の術式を乱す。

 他者干渉を行うのが目的の術式だったのだ。

 『スサノオ』戦では相手の錬度が高すぎてうまくいかなったが今回はうまくいった。

 これは相手が2年生にしては破格の錬度だったが流石に『スサノオ』のエースにしてリーダーに届くほどのものではなかったのが理由である。

 ようやく本来の目的を果たすことが出来たのだが今回もどっちかというと挑発の方で役に立った面が強く健輔としては微妙に不本意な結果になってしまった。


「っと、いつまでも物思いに浸るわけにもいかないか」


 健輔の動きで戦況はどちらにも傾く可能性がある。

 慎重に動く必要があった。

 宗則は真由美に拘束されているといえ、目立つように移動などしたら躊躇なく攻撃を仕掛けてくるだろう。


「ベストは葵さんか、優香なんだけど……」

『葵の方はお勧めしないぞ』

「早奈恵さん」


 何処を解放してもこちらの有利にはなるだろう。

 とりあえずはエース級の解放が優先だろうと動き出そうとすると意外な人物――早奈恵からストップがかかる。

 

「葵さんがダメ? どうして……あっ」

『そういうことだ。壮絶な殴り合いになっている。ノリノリのあいつに喧嘩を売りたいなら止めないが』

「遠慮します……」


 後で葵に文句を言われるのは勘弁である。

 切羽詰まっている状況ならば問答無用で葵一択だが、彼女がいなければどうにもならない、そんな状況でもないのなら避けれるリスクは避けるべきだ。

 健輔は素早く計算すると優香の方に進路を取ろうとする。


『ん? 九条の方に行くのか?』

「ええ、まずはエースかなと」

『……ふむ、悪くないが先に妃里の方へ行ってくれ』

「妃里さん、ですか?」


 妃里や隆志も足止めされていることは知っていたが同じ前衛ならば優香の方が強い。

 ここはエースを自由に動かせる方がよいだろうと健輔は判断していたが早奈恵は違うようだった。

 いろいろと質問が脳裏に浮かぶが、


「――いえ、わかりました」


 しかし、健輔はその考えをねじ伏せて妃里の元へ行くことを選んだ。

 武居早奈恵という女性は決して無能ではない。

 分析するということならばチーム内でも屈指の能力を誇ると健輔は知っていた。

 そんな彼女が健輔以上の情報から判断したのが、妃里の援護というならばそちらの方が正しいはずだ。

 そう思える程には早奈恵を信頼していた。


『すまんな。頼む』

「誘導願います」

『任せろ』


 スパッと頭を戦闘用に切り替えて妃里の相手の情報を思いうかべる。

 相手の魔導師は水無月流華(みなづきるか)――3年生。

 『賢者連合』のようにバックス系統を組み込んだ珍しい魔導師でそのバトルスタイルを1言で表すならば――


「分解、だったか。うわ、めんどくさい相手だな」


 創造系の妃里にとっては嫌な相手だろう、と健輔も嫌そうな表情で援護に向かうのだった。




 健輔の予想、より言うならば感想はドンピシャだった。

 水無月流華、系統は流動・身体系。

 中でも流動系の本質たる魔力を流すということに関して右に出るものは少なくとも国内にはいないと言われるオンリーワンの魔導師だ。

 その特化した戦力は妃里のように綺麗に纏まったベテラン魔導師の天敵と言ってよいレベルの能力だった。


「ああ、もう!」

「ほっ! はっ! いえーい!! 私に創造系は効かないよー! 宗ちゃんぐらいになってから出直してくださいっ!」

「やってくれるじゃない!!」


 妃里の術式を『分解』して、無防備になったところに拳を叩き付けてくる。

 やっていることは葵と似ているが彼女程の力強さはない。

 代わりにめんどくさい技能を持っていて、それとの相性が妃里は致命的な程に悪かった。

 

「っ、めんどうな!」


 妃里が創造したものは魔力弾や、立夏を真似た剣などが主だったものである。

 それらが尽く流華と接触した瞬間に消されてしまうのだ。


「いくら創造したものの基本が魔力とはいえ、これはっ」


 遠距離攻撃用の魔力刃なども相手が触れると消滅してしまう。

 創造系で物質化していようとも根本は魔力で構成されているのため、流すことが出来るのだ。

 他者の術に介入して、一瞬でそんなことをするのは当たり前の事だが難易度が高い。

 その割には戦闘以外の使い道がないため、微妙に廃れた技術だったのだが、妃里にとっては天敵としか言いようがない技能だった。

 

「またっ!」

「貰ったよん!」

「くッ……」


 脇腹を拳が掠める。

 妃里は魔導機を武器に見立てるタイプのため、そこまで致命傷にはなっていないが仮にこれが武器を魔導機ではなく創造したものに頼るタイプならばもっと大変なことになっていただろう。

 攻撃をスカされるだけでも中々に厄介なのだ。

 身体系の体捌きもあって、近距離は中々強い。

 遠距離攻撃を受け流す流動系の使い方、タイプとしては武雄に似ている。

 違うのは武雄ほど受け流しが上手くない代わりに術式を分解してくるところだろうか。

 

「小細工を!」

「負けないよ!」


 決定打がないのが妃里の弱点とはいえ、相手も上手い。

 ベテランとして過不足ない2人だからこそ、拮抗しているという側面もあった。

 

「ちぃ!」

「ふふん~」


 歌でも歌うかのような明るいテンションの相手が癪に触って妃里のボルテージが上がっているというのも拮抗してしまった原因の1つだろう。

 流華はタイプとしては間違いなく武雄のようなトリッキー型。

 妃里のような真面目な安定型とはバトルスタイルの段階で噛み合っていない。

 それでも互角のは妃里が安定型である故にだった。

 相性によって勝負があっさり決まってしまう事が多い魔導だが、ある程度の実力さえあればその確率はグッと下げられる。

 戦闘スタイルとして安定しているなら猶更だ。


「避けるなッ!」

「え~、無茶苦茶言わないでくださいよ~だ」

「……ッ、お、落ち着くのよ」

「あれ~、物凄い顔してどうしたんですか~?」

「ああ、もう!!」


 思考が纏まらない、と一旦怒鳴り声を上げて発散しようとした時、


『――そんなに怒ってると寿命縮みますよ? 左へどうぞ』


 と聞き覚えのある惚けた声が届く。


「――後で覚えてなさいよ!」

「ふへ?」


 何のことだ、と流華が一瞬顔に疑問符を張り付ける。

 次の瞬間に訪れた閃光と、妃里がその場を去っていく光景を見て答えを察するが――


「おっと、選手交代ですよ?」

「げっ! 佐藤健輔!?」

「げ、って何すか、げ、って」


 まさかとか、なんで、などという反応を期待していたらまさかの黒光する奴を見た時のような表情であった。

 流華の中での健輔に対する評価がよくわかる反応である。

 地味に健輔の心に有効打を与えたことを知らない流華は直ぐに戦闘態勢を取ろうと魔力を高め始めた。

 流石にその辺りは3年生である。

 状況が変わってもあっさり対応できるのは場数の賜物だろう。


「うんじゃ、よろしくお願いします」

「い~だッ! あんたとは戦いたくなかったのにッ!」

「はいはい、それじゃあ、愉快なオブジェになって退場してくださいな」

「っ……もう、遣り難い!」


 流華の挑発を柳に風とばかりに受け流して、返礼の砲撃を叩き込む。

 術式を分解すると言っても接近する必要があるのは変わらないし、砲撃クラス魔力を流動系で受け流すのはとても難しいことである。

 武雄でさえやれるかどうか怪しいことだろう。

 流華が遣り切れる道理はない。

 今度は流華が最悪の相性での戦いを強いられる。

 己に訪れる難業に彼女は必死に打開策を練るのだった。




 荒れ狂う風と暴虐の光が中央の陣で1歩も譲らぬぶつかり合いを見せている。

 一見すれば互角の空間でどちらが不利なのか、観客の視線からはわからないだろう。

 わかることは拮抗している、ということであった。

 体力的な意味での不安は双方になく、精神的な意味での不安もない。

 どちらも正真正銘の全力攻撃で押されているのは宗則の方だった。


「っ、くっ……」


 目を瞑り、精神を1点に集中させてより強固な風をイメージして自分を囲むように巻き上がらせる。

 竜巻、大いなる自然現象を自在に操る彼は魔導師として真実相応しい能力を持っていると言えるだろう。

 変換系――より効率的な自然現象への変換方法の秘密を知ったことで宗則の精度も格段に上がっている。

 大きく上昇した実力は学園における男子最強と呼ばれるのに相応しい戦闘能力を持っていた。

 並みの砲撃では自然の前に膝を屈し、成す術もなく蹂躙されて勝負は決まったはずだったのだ。

 

「これが――、これが『終わりなき凶星』――ッ!」


 だからこそ、自分が押されているという状況が彼我の間にある実力差を思い知らせる。

 竜巻の威容は何1つとして変わっていないがよくよく観察すればその場から1歩たりとも進めていない。

 真由美の夥しい数と威力の砲撃に完全に足止めされているのだ。

 受け身、あの破壊力の権化とも言える真由美相手にサンドバッグ状態にされているのが宗則の状況である。

 

「な、なんとかしたいんだが……」


 状況は把握しているが、既に念話をするような余裕すらも剥ぎ取られている。

 真由美に風を砕かれすぎた弊害だ。

 イメージの補佐により現実を上回る程の創造系の行使、基本的にメリットだけしかないように思われるが元来イメージというのは曖昧なものである。

 強固なイメージというものを持っている人間などほとんど存在しないだろう。

 ましてや、時間経過でも変化しないなど、それこそ完全記憶能力を持っていても実現できるか怪しい。

 ましてや、現実で砕かれたイメージを強いと強固に信じるのは難しいどころの話ではないだろう。

 真由美の砲撃で宗則の『風』が消滅するのを見る度に強固にイメージを行わなければ次に創造される『風』はそれこそ紙のように引き裂かれることになる。


「――こちらから出来ることは、ないか」


 そんな状況のため、ただでさえ少ないリソースはさらに削れていく。

 受け身に回ったため、能動的に出来ることが残っていないのだ。


「これは、マズイ」


 健輔が自由になったこともマズイ。

 念話の報告によれば流華との戦いに割って入り、交代したとのことだがそれが猶の事悪かった。

 仕方がないとはいえ、妃里が自由になってしまったのだ。

 ベテラン魔導師である彼女がフリーになるのと、健輔がフリーになるのでは前者の方が影響が大きい。

 健輔は中々落ちない良い魔導師であるし、驚異的な対応能力を持っているが撃墜能力はそこまで高くなかった。

 強敵相手に粘り勝ちする印象が強いため、誤解されることが多いがトータルの撃墜数で健輔はエースクラスなどには届かない。

 相手が強ければ強いほど力を発揮するのが健輔のため、普通の魔導師相手だと相応レベルの脅威でしかないのだ。

 対して妃里が自由になることの脅威は比べものにならない。

 普通の戦力としてなら妃里は十分に強いのだ。

 それこそ、相性で圧倒していない限り簡単にやられてしまう。


「……皆、頼んだぞ」


 仲間を信じて耐え抜く。

 結局、選択肢はそれしかなく宗則は孤独な戦いを続けるのであった。




 空を飛んでいるということを除けばそれは地味な戦いだった。

 障壁すらもなく、徒手格闘でのみの戦い。

 術式すらもない純然たる空中格闘戦だった。

 魔導師というよりも格闘家だと言われた方が納得できる戦いで交わされる言葉はない。

 お互いにダメージを受けながら無言でやり取りを続ける。

 ここに葵が居たならば技の応酬を羨ましそうに見ただろう。


「……」

「……」


 己を鼓舞する雄たけびすらもない。

 魔導でもっとも地味な争い、しかし、同時に他の魔導師が介入出来ない戦い。

 『暗黒の盟約』サブリーダー大隈(おおくま)(りゅう)()――破壊系・身体系。

 『クォークオブフェイト』佐竹剛志――破壊系・身体系。

 偶然にも同じ系統の2人は誰も立ち入ることの出来ない戦場でただただ拳をぶつけ合う。

 ド派手な他の戦いと比べれば地味なのは事実だが、用いられる技術に劣る部分など微塵たりとも存在しない。

 むしろ、格闘戦として見るならば双方が用いている技術は高校生レベルではなかった。

 多少、威力が下がっていようとも超人的な身体能力を用いて使われる技の数々は十分に強力なものである。

 それも当然といってよいだろう。

 空中での格闘戦という括りならば彼らは学園でも5指に入る魔導師なのだから。


「ふッ!」

「っ……」


 休むことなく繰り出される拳は破壊の魔力を纏い、魔導の恩恵を消し飛ばす。

 障壁が欠片も意味をなさない戦場では肉弾戦になるのも無理からぬことだろう。

 繰り返される攻防、同じように捌かれる攻撃、瞬間入れ替わる両者の立場。

 都合20分近く2人は同じことを繰り返し続ける。

 2人のライフは既に大体半分程度と言ってよい領域に来ていた。

 剛志は2年生で龍牙は3年生と学年の違いがあるが錬度には左程差がない。

 場数で勝る龍牙が基本的に押してはいたが、圧倒的と呼べるほどのものではなかった。

 結果として起こったのはこの地味な戦いである。

 周囲の状況変化も目に入らないのか、双方はただ愚直に拳をぶつけ合う。

 内からの変化はあり得ない。

 彼らに変化を齎すとすればそれは外から以外にはあり得ず――。


「悪いわね。混ぜてもらうわ」

「ッ――ここにか!」


 ――響く声が2人の聖戦に終わりを告げるのだった。

 隙を突くように頭上から放たれた魔力斬は寸でのところで拳を突き上げた龍牙によって防がれたが正面の相手に致命的な見せてしまったことには変わりない。

 剛志は指示を受けるまでもなく妃里の意図を汲んで朴訥に拳を突きだす。

 回避不能の1撃、


「これで終わりよ」


 2対1という状況、


「……謝罪はせん。俺たちの勝ちだ」


 全てが彼の敗北を指し示し、


「クソ……すまない。宗則っ」


 同時攻撃を受けて彼は――大隈龍牙は沈むことになる。


『大隈選手撃墜! これは『クォークオブフェイト』が俄然有利となってきました!』

『まだ御室選手の復活までは時間が掛かりますので~ご了承くださいね~』

『2名欠けている状況からどこまで自陣に有利に持ち込めるのかッ! 『暗黒の盟約』の出方が気になります!』


 静かに、ゆっくりと流れが出来始める。

 その様子を黙ってみることしか出来ない『暗黒の盟約』。

 このまま『クォークオブフェイト』は押し切ることが出来るのだろうか。


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