第163話
『暗黒の盟約』が攻めて、『クォークオブフェイト』が受ける。
全体の戦局はそういう流れで相違なかったが個々の戦場では当たり前のように差が生まれていた。
「はあああああッ!!」
「しょ、衝撃が私の鎧を超えてくる!?」
固有能力を発動させたことで葵の全能力が一気に上昇する。
大黒梢の『鎧』は物理打撃を吸収できるように『柔らかい』魔力で出来ているものだ。
『近接キラー』とまで呼ばれる彼女の操作技術は伊達ではなく周囲に展開された『柔らかい』魔力で出来た壁が葵の攻撃を無効化。
そして、吸収した衝撃を相手に叩き返し、動きを止めたところに本命を打ち込む。
この必勝パターンで彼女は勝利を掴んできた。
近接戦闘を主に行うものにとっては天敵に成りうる強力な魔導師であることは疑いようがない。
ここまでの試合運びも完璧に近かった。
消耗するのは葵1人だけであり、梢は無傷。
有利なのはどちらなのかなど問いかけるまでもなく一目瞭然であった。
宗則の攻勢命令に従って相手を仕留めようした時、葵が暴れ始めるまでは有利なのは彼女だったのだ。
「な、なんて脳筋よ!? 正気!」
「当たり前よ!! 私が潰れるよりも先に潰せば勝ちでしょうッ!!」
再び葵の拳が梢の『鎧』を消し飛ばす。
「ッ……」
「貰ったッ!」
動きが止まった葵に梢の操るスライムが体当たりを仕掛ける。
衝撃を跳ね返して相手に流してもダメージを与えることは出来ない。
ライフを削っているわけではないからだ。
しかし、自分の攻撃による衝撃がそのまま返ってくれば動きが止まるのは道理であった。
特に葵ほどの攻撃力を持つならば拳が生み出す力も計り知れない。
「ッ、まだまだ!」
襲い来るスライムを拳で消し飛ばして再度の攻勢に移る。
相手の鎧が消し飛ぶまで続ければ良い。
葵の思考はその1点に研ぎ澄まされていく。
自分の攻撃力をダイレクトに反射されているのに葵は気にした様子すらも見せない。
「もっと、もっと早く――!」
「再生がっ!?」
葵のラッシュが飛び散る『鎧』の再生速度を徐々に上回り始める。
拳を叩き付けるたびに等しい衝撃が返っているはずなのに体のキレはドンドンと鋭くなっていく。
真由美がそうであるように葵も尻上がりに属する性質を持っている。
より正確に言うならば彼女は相手が強ければ強い程自己の能力を引き出すタイプなのだ。
桜香のように差がありすぎると集中しても厳しかったが実力が拮抗している梢では致命的だった。
梢が強かったことが葵の本気を引き出しているのだ。
「こいつッ! 良いわよ、根競べなら私も自信がある!」
「――ああ、いい。いいわよ。あなたはとても良いわ」
魔力を強化して再生速度を上昇させる。
もはや戦場は完全に根競べの体を成していた。
もとより梢の攻撃力は高くない。
相手の攻撃を吸収、衝撃を反射することで動きを止める。
その隙をついてダメージを与えて仕留める、それが彼女の必勝パターンであり、それ以外の行動を想定していない。
『暗黒の盟約』は類が友を呼んだ結果出来たチームだ。
そのため基本的な傾向も似ている。
強力な魔導師が多数在籍し、平均錬度も高いチームなのだが欠点がないわけではない。
宗則の汎用性がうまく誤魔化しているが彼以外のメンバーは特化しすぎた結果、得意な戦法以外だと2ランクは実力が下がってしまうのだ。
梢の場合、『近接キラー』と呼ばれていても剛志のような破壊系の使い手が完全に鬼門となっている。
破壊系を組み合ってはならないのに必勝パターンから考えるといやでも近接格闘戦を行うことを求められていた。
相性が悪すぎて話にならない。
その点、葵はそこまで悪くない選択肢のはずだった。
今、無理矢理突破されそうになるまでは――。
「っ、まだぁ!」
「はああああッ!」
拳が砕き、鎧が守る。
葵の肉体が度重なる衝撃に悲鳴を上げるのが先か、それとも梢の鎧が砕けるの先か。
この戦場における決着はそこにしかない。
相性の関係上、どちらかが打倒するという選択肢は既に消えている。
先に己に負けた方が下りる。
意地の張り合いは続き、葵は梢を突破することは出来なかったが足止めだけは完璧に遂行するのであった。
「たぁ!」
妙に可愛らしい掛け声と共に拳は空を切る。
軽やかなフットワーク、精緻な空中制動など格闘能力に秀でていることがわかる少女の動きは見ている者をどこか和やかにさせる魅力があった。
本来なら強大なパワーが秘められているとは信じられないが魔導とはそんな常識を打ち破るものだ。
少女の拳は大人どころかやりようによっては戦車の装甲を凹ませることも出来るだろう。
「えぃ!」
「っ! 早い……」
そんな格闘少女に相対するのは、水色の髪を持つ美しき戦乙女。
少女――紡霧瑠々歌の猛攻を避けながら優香は剣でうまく彼女の攻撃を逸らす。
「む、負けないですよ~」
「……」
相手の気が抜けるような声を無視して優香は戦術を組み立てていく。
術式を封印するこの空間は優香ではなく相手に地の利を取られ続けることになる。
飛行術式すらも無効化する相手のため、格闘戦を仕掛けるにはうまくやらないといけない。
「私の技量だけでなんとかできるかな……」
優香の強みはその術式制御力を生かした多彩な戦法にある。
高機動を持って相手を翻弄し、隙を見つけては切り札をぶつけていく。
基本のパターンが出来上っているのだ。
この相手――瑠々歌の番外能力はそこを真っ先に封印してきている。
火力が術式頼りの点も優香にとっては痛いものだ。
通常の能力だけでは攻めきれない。
「たぁ!!」
「はぁッ!」
交錯する一瞬、すれ違い様に一撃を叩き付ける。
地味だがこのようにダメージを与えるしか確実な方法が存在しなかった。
「押し切れない……」
同じ1年生だが地力では優香が優っている。
有利な状況で力を発揮しきれない己に苛立ちを感じるも、それを抑えて優香は堅実に攻めていく。
拮抗した戦況、葵と違うのは猛烈な消耗戦ではなく静かな消耗戦であるところだろうか。
ノックアウトをさせるために無理矢理前に出るような積極性は優香にはない。
今回の策も堅実なのは間違いないが時間が掛かりすぎるのもまた事実であった。
よりよい方法を模索するものも、今の優香では実行できないものが多く、断念するしかない。
思わぬ伏兵に歯噛みするも優香は冷徹な表情のまま一手ずつ詰めていくのであった。
「ど、どうしょうかな……」
幾度も繰り返す交差の中で彼女の対戦相手たる瑠々歌もまた、内心で焦りを抱えていた。
この状況は彼女が望み持ち込んだものだが、優香の予想以上の技量により早々に作戦は破綻してしまう。
術式を封印すればこの日までの全ての時間を格闘能力と空中制動に傾けた自分に勝てるものなどそうはいない。
ましてや1年生に、と少し自惚れていた瑠々歌の予想を早々に超えてきたのが優香である。
天才、才女、『蒼い閃光』などと彼女を讃える表現は多々存在していて、そのどれもが少女が掛け値なしの天才であることを示していた。
嫉妬、とはまた違うだろう。
一切存在しないと言い切るほど瑠々歌も清い存在ではないが、それが目的でないことは断言出来た。
『不滅の太陽』九条桜香の妹にして、1年生最強と呼び名が高い相手に勝ちたかっただけなのだ。
壁は高ければ高い程良い、と優香が聞けば驚いた表情をした後に少し柔らかい笑顔を浮かべるであろう言葉。
この言葉こそが瑠々歌が桜香に挑んだ理由である。
「うう~、こ、困ったな~」
自分の戦場に引き摺り込めば勝てると思っていた。
『暗黒の盟約』リーダーたる宗則ですらこのフィールドでは無力であるからだ。
固有能力、番外能力でも最上級に位置する能力――空間系アビリティ。
瑠々歌の異能はこのカテゴリーに属している。
アメリカの『皇帝』もこの系列のアビリティであると言えばその凶悪さが伝わるだろうか。
無理やりにでも自分に有利な環境に引き込むこの能力は同種のものがない限り破る方法が限定されているのが利点である。
優香に対抗するための手段は存在せず、うまく引き込んだまでは良かったのだ。
問題はそこからである。
得意な格闘戦に持ち込んだが攻撃が当たらない。
逆に攻撃を仕掛けると少しずつ瑠々歌が削られる。
「間合いの取り方がうまいよ~」
武器の間合いを有効に活用した優香に格闘戦以外の手札がない瑠々歌は打つ手がなかった。
やられるのも時間が掛かるだろうが、打ち倒すための手段が思い浮かばないという心理的な不利を抱える羽目になってしまっている。
『暗黒の盟約』が対エースのために厳選した相手は双方押し切れずに拮抗する。
両チーム共に攻勢の起点たるエース及び、エースキラーが全て足を止められていた。
勝負を決めに動いた『暗黒の盟約』だったが『クォークオブフェイト』も優勝候補筆頭として簡単には負けてくれない。
拮抗する状況を見たある男がこの環境を破壊するために賭けに出る。
「おっと、行かせないよ」
「……ふーん」
「何だい? 言いたいことがあるなら――」
「別に」
御室幸太郎――『暗黒の盟約』の2年生にして実体を捉えさせない手品師。
浸透・創造系の使い手として意識の間隙を突くのが得意な魔導師である。
今回、彼に与えられた任務は試合の趨勢を左右する程に重要なものだった。
九条桜香を倒した魔導師、その中核たる佐藤健輔を止めろ、というものである。
健輔は魔導師としての力量だけで判断するならば2年生の上位クラスが大体適切な位置となっており、3年生のベテランには届かないレベルの魔導師と考えられていた。
幸太郎も2年生だが彼のスタイルは生存に特化したものだ。
相手が万能系とはいえ、足止めするだけならば十分に可能だと考えられていた。
事実、ここまで完璧に抑えられたことから見ても間違った選択でなかったのは明らかだろう。
しかし、全てが順調だったわけでもない。
「っ……なんだ、この1年」
不気味なまでに静かなのだ。
データからはどちらかと言えば激情家、そこまでいかなくとも感情の揺れ幅は大きいという結論が出ていた。
実際に試合などを見た限りでもそうだし、鬼ごっこで共闘した宗則も似たような印象だったと言っていたのである。
予想の確度が高いのならば猶の事、この沈黙が不気味なのだ。
チームとしては攻勢に出ている状況で幸太郎の仕事はここで健輔を抑えきることである。
とにかく、この1年生は行動させないことがメインとなっていた。
隙があれば撃墜も狙いたかったが交戦して直ぐにそのプランは破棄している。
憎らしい事に戦闘魔導師としては力量では明らかに幸太郎を上回っていた。
この思考の瞬間も――。
「やはりッ!」
「うおおおおおッ!」
隙と見たのか、迷うことなく突撃を仕掛けてくる。
万能系――全ての系統を操る者。
幾たびの交戦でこの1年生程にこの系統が似合っている者はいないと幸太郎は確信を持って言えるようになっていた。
幸太郎も一廉の魔導師であり、2年間厳しい練習を積んできた1人である。
奇術、手品の類の技術を応用した――視線誘導などの技術と魔導を組み合わせた戦闘スタイルを考え、魔力でカードを作るなど実用性を無視した戦闘スタイルを構築した。
並大抵の事ではないし、相応の苦労もあったが彼は2年間でなんとか入れ物を整えることが出来たのだ。
気の合う同志たちと先輩のアドバイスなどがあったおかげだが、幸太郎もまた独自の戦闘スタイルを作り上げた人物なのである。
だからこそ――断言できることがあった。
「君は――」
「『陽炎』!」
『ソリッドモード展開、相手の術式に干渉します』
「――僕の技を盗んだのか!? この短時間で!?」
幸太郎とまったく同じ術式でこちら側に干渉してくる健輔に恐怖を抱く。
戦闘スタイルの模倣などと言葉にすれば簡単だが野球に例えるならば1球投げるごとに投球フォームが変わるようなものである。
そんなことが出来る時点で只者ではない。
「ッ、魔導という部分に出ない才能……」
魔導に関わらない部分での才能。
戦闘におけるセンスが違う。
これは実際に戦わないとわからない健輔の脅威である。
映像で見る限り、健輔はそこまで強くないのだ。
対峙して初めてわかる厄介さと言うべきだろうか。
健輔が幸太郎を静かに見つめていたのは観察のためだったのだ。
どんな人間でも必ず癖というものがあり、健輔はそこを見分けるのがうまい。
事前に情報収集していたとしても幸太郎のような言い方は悪いが掃いて捨てる程いるレベルの魔導師を細かく分析する必要はないのだ。
15分程で幸太郎の2年間を解析したのならそれは図抜けたアレンジ能力だろう。
「あの『サムライ』が怒るわけだよ。僕も正直怒りを抑えられないッ!」
「……」
健輔は幸太郎の声に答えない。
そうすることがもっとも挑発になるとわかっているからだ。
勝つために自分の特性を最大限利用する様には怒りと同じくらいの感嘆を感じた。
「なんていう後輩だ!」
表面上は大した魔導師に見えないのが猶の事厄介である。
九条桜香のようにわかりやすい脅威ならば自衛も容易だ。
あるいは霧島武雄のような刹那主義者もそうだとわかっていれば付き合うことは出来る。
それに対して佐藤健輔は直接対峙するその時まで本当の恐ろしさがわからない。
万能系という都合の良いフィルターが存在していることも忘れてはならないだろう。
あるいはそれすらも計算の内なのかと、幸太郎は思考の沼に嵌っていく。
それが健輔の狙いだとわかっていても、なまじ頭がいいため嵌ってしまうのだ。
そして――。
「ぐっ!? く、クソ」
『シルエットモード、葵』
「申し訳ないが先に行かせてもらう」
自分の技に干渉されている状態で全力を発揮出来ず、さらには考え事をして勝てる程健輔は甘い相手ではない。
平然と――少なくとも幸太郎からは化け物にしか見えない男は彼に必殺の拳を叩き込んでいくのだった。
『御室選手、撃墜です! ついに、ついに状況が動きましたっ!』
『『暗黒の盟約』が1名離脱で、佐藤選手がフリーになります~』
『勝利の女神は一体、どちらに微笑むのでしょうか!? この後の佐藤選手の行動に目が離せませんッ!』
健輔がフリーになる。
その情報は『暗黒の盟約』を焦らせるだけの力があった。
試合は中盤戦へ――戦局が大きく動き出す。