第161話
バックスという役割にある人間が抱える共通の悩みがある。
彼らは同じチームに所属していようとも直接フィールドに関与することがない。
役割は支援だけであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
試合における興奮と熱狂、誇りと意地などをぶつけ合う戦場である意味で蚊帳の外にいると言える存在なのだ。
だから、バックスの中には疎外感を感じてやめてしまうものや、無力さに嫌気がさしてしまいやめてしまう者が出てくる、とはいえ、それは全体としては少数派であり、そこまで数が多いわけではない。
そのように感じるバックスは戦闘チームに恵まれなかったということが多いからだ。
無力さを感じることと、疎外感を感じることはイコールで結ばれることでない。
今、この瞬間にバックスもまた戦場にいるチームメイト共に戦っているのだ。
断じて蚊帳の外などではない。
少なくとも美咲はそのように信じていた。
「っ、早奈恵さん! 敵の干渉が来てます」
「わかった。香奈は念話の維持を頼む」
「お任せあれー」
前線に劣らぬ程、いやそれ以上の修羅場となっている支援陣地で3人は必死にチームのネットワークを維持するために頭脳をフル回転させていた。
バックスが行っている支援は多岐に渡るが基本にしてもっとも重要なものは念話の維持であろう。
戦場における情報の大事さなどいうまでもないし、効率的な連携のために欠かさせない。
ここを疎かにして勝利したチームは存在しないだろう。
『賢者連合』はかなり特殊なチームだがバックスというものは別段戦闘が出来ないわけではないのだ。
やろうと思えば固定系と流動系を使って戦うことは出来る。
それで勝てるかどうかは別の次元の話だが手段は持っているのだ。
彼女、あるいは彼らは別の戦い方を選らんだだけである。
戦えない疎外感など感じたことなど、強豪チームに属するバックスで感じたものなど誰1人として存在しない。
「早い、流石に強豪……!」
「そんなに焦らなくてもいいよー。みんな、なんだかんで上手くやるって信じなよ。その上で全力を尽くせばいいよん」
「香奈さん。わかってます。私は大丈夫ですッ!」
「みさきちは真面目だからね~。ま、お姉さんの言うことも偶には信じてくださいな」
「し、信じてますよっ」
あははー、と笑って誤魔化す香奈に膨れた頬を見せる。
知らず美咲も肩に力が入っていた。
それを解してくれた先輩への感謝を心の中で告げる。
「よし、最初からやり直そう」
美咲は空間投影されたキーボードへの打ち込みと思考操作を併用しながら寸断されたネットワークの再構築を急ぐ。
バックスの支援技能の中で本人の系統を使わないといけないものはほとんど存在しない。
三条莉理子の魔導連携能力はかなり稀有な例となっている。
魔導の体系化、汎用化は研究という分野に限るならばかなりの進歩を見せているのだ。
術式の発達、開発などはその最たるものだろう。
確かにバックスは自分で戦闘するこは出来ない。
しかし、だからと言って楽なのかというのは別の話だ。
学生の本分たる勉強は戦闘魔導師とは桁違いに多いし、同じように魔導競技で貢献しているのに目立つことはない日陰のポジション。
割に合わないと言えば、間違ってはいない。
バックスに聞けば、ほぼ全員がそう答えるだろう。
では、遣り甲斐はないのかと問えばそれもまた多くのものが否定する。
彼、彼女らの力を借りてチームの魔導師は全力以上の力が出せるようになるのだ。
その行為はある意味で人間という作品を作り上げるのに等しい。
それを楽しく思わないものなど、支援魔導師にふさわしくないし、存在しなかった。
「ありゃりゃ、これはヤバイかも」
「圭吾のライフが60%へ減少、押されてます」
「真由美もライフが80%へ減少。無傷なのは健輔と葵だけか」
「共有させますね?」
「頼む。……厄介なやつらだよ」
情報収集、妨害、支援、やらねばならぬことなど腐るほど存在していた。
もう1つの戦場たる支援の場で少女たちは休むことなく戦い続ける。
その努力を知るからこそ、前線も奮起するのだ。
彼女たちのためにも負けられない、と。
彼の脳裏に過った言葉は2つ、――やはり、と――またか、だった。
陣地戦はチームの総力を掛けた試合だ。
遊んでいてよい戦力などなく全員が勝利のために全力を尽くす。
建前などではなくそうするのが当たり前なのだ。
「っ」
彼のすぐ傍を鞭が通りぬける。
威力もそうだが、操作も巧みで避けたと思ったら跳ねた鞭により後ろから攻撃されるなどで地味にライフを削られていた。
攻防が始まってからもうすぐ10分になろうとするが現時点で彼の勝率は地を潜ろうとしている。
「どうしましたの! 何かしないと、そのままお陀仏ですわよッ!」
「っ……」
女王様とでも言うべきか。
濃い顔をした高校生には見えない女性が高笑いを浮かべて激しく鞭を振るう。
『暗黒の盟約』2年生――水守怜、創造・収束系の魔導師。
スタイルは単純明快な魔力で生み出した鞭によるものだ。
もっともその鞭が厄介なのだが――
「ほら、そこ、そこッ!!」
「っあ……」
明らかに鞭があり得ない軌道を描く。
叩き付ける最中に伸びるのはまだ良い、しかしまるで意思を持つように突然別の方向へと動いたり、叩きつけられた部分がまるで刃物で切られたように裂けるのは可笑しいだろう。
それを指摘する余裕などないのだが。
「逃げてばかりで情けないですね。それでも男ですか!」
「生憎とね。わざわざ正面から付き合う義理はないよ」
「軟弱な、我が力でその性根を叩き直してあげましょう!!」
相手の宣言を苦笑して受け止める。
軟弱という評価は間違っていない。
チームの1年生の中でもっとも弱く、やる気がないのは間違いなく彼――高島圭吾である。
足手まといとしての自覚があるし、事実としてそれを認識してもいた。
このまま逃げ続けてもジリ貧であることくらいは理解している。
相手は2年生だが近接戦闘においては3年生、妃里や隆志を凌駕するレベルにあるだろう。
それを支えるのはあの魔力で生み出した鞭である。
あり得ない動きをする鞭、彼女の系統では不可能なそれを実現しているのはやはり、というべきだろうか。
創造系である。
イメージというのはあやふやで壊れやすいものだ。
現実にないものを想像することは難しく、維持することはさらに難しい。
創造系の難易度を示すのにわかりやすいものがある。
矛盾の故事にならって全てを断ち切る剣と全てを防ぐ盾を創造させてみるとどうなるのかという実験があった。
結果はある意味で予想通りだろうか。
全てを断ち切る剣を想像して出てきたのは切れ味の良い刃物に過ぎず、全てを防ぐはずの盾は魔導師が気合を入れて殴ると穴が開く始末。
最終的には両者を打ち合わせたがどちらも消滅するというつまらない結末となった。
この話こそが創造系の限界というものをうまく見せつけたと世では言われている。
「……僕がイメージするのは――」
それが覆ったのは欧州の『女神』の存在である。
宗則が日本最高の創造系の使い手ならば『女神』は世界最高の創造系の使い手だ。
彼女が生み出した数々のものは現実を超える力を持っていた。
現実を凌駕する想像力にして創造力、それこそが今代の『女神』の力である。
宗則もそうだが現実に反していてもイメージを保てるならば創造系はあらゆることが出来る系統だ。
圭吾もまた、その可能性に溢れた系統を保持している。
そんな強力な系統で彼がやってきたのは糸を生み出すだけ、これでは宝の持ち腐れも良いところだった。
「妄想は得意じゃないけど――何事もやり方だよね」
宗則は強烈なまでの自負で『風』を生み出した。
残念ながらがそれと同じことを圭吾は出来ない。
真面目であるということはそういった非現実を否定してしまうからだ。
夢がないものでは創造系を使いこなすことは出来ない。
しかし、何事にも抜け道は存在している。
つまりは自分を騙しきればイメージは現実を凌駕するということなのだ。
「嘘を吐くには苦手じゃないよ。自分と周囲を誤魔化すのは得意だ」
「何を――」
圭吾の独白に怜が訝しげに反応した時にそれは完成していた。
彼女の鞭に突然傷がついたかと思うと一気に崩れ出す。
「わ、私の『フェッセルン』が……」
「僕もいつまでも足手まといでいるつもりはない。健輔に負け続けるのは癪だしね。――ようこそ、僕の領域へ。――君はもう、逃げられない」
怜の目からは確認できないが彼女はまるで獣の巣穴に入り込んでしまったような威圧感を感じた。
彼女の直感は間違っていない。
糸の結界は次のステップへ足を進めている。
彼もまた『クォークオブフェイト』の一員として強くなっているのだ。
いつまでも同じではなかった。
「さあ、第2ラウンドだ。僕が自分を騙しきるのか。君が僕の目を覚まさせるのか。競争だよ?」
「創造系の空間展開!? まさか、サブ系統でそんなことは無理です!」
「見たものをありのまま信じればいいさ」
「っ、良いでしょう。あなたを軟弱と言ったのは訂正しますわ。――全力で潰して差し上げます」
「やれるものならどうぞ。こっちも最高の御持て成しを約束するよ」
高島圭吾の空間が水守怜を捕らえる。
獲物の叫びを前に圭吾はゆっくりと手を掲げて攻撃を開始するのだった。
和哉は対峙している相手が何者なのか良く知っている。
学園でも滅多にやるものがいない超特化タイプの魔導師――三上憲剛であった。
彼が有名な理由は簡単だ。
系統がメイン・サブどちらも収束系となっているからである。
この2系統による複合スタイルが主流の次代で逆行するなどというレベルではない骨董品ものの組み合わせだった。
やれることは魔力を集めて高める、それだけの魔導師。
それだけしかやれない魔導師、普通に考えれば脅威に成り得ないはずの相手に和哉は追い詰められていた。
「危ないな。クソ、どんな威力してやがる」
魔力をボール、それこそ野球のボール程に圧縮して投げつけてくる。
いつの時代の戦い方だとツッコみたくなるほどの原始的なスタイルだったが単純であるために破り難い面もあった。
和哉の魔弾などは原則サポートに徹するものであり、メインにくる類の能力ではない。
1対1でもそれなり以上ではあるが、同時にそれなりでしかないのが彼の特徴だ。
ステータス表があれば綺麗な図形を描くことは間違いないだろう。
そんな彼が遣り難い相手など特化型しか存在しておらず、相手は正しく特化型だった。
「あの魔力投擲だけならなんとかなるが……」
魔力を集めて圧縮する以外には基本使えない男だが遠距離は膨大な魔力による筋力の嵩上げを用いて魔力を投げつけてくる。
圧縮率だけなら真由美すらも超える最強の手榴弾だろう。
そんなものを剛速球で投げつけられるのは溜まったものではない。
障壁ごと爆砕される可能性すらあるのだ。
避ける努力する方が健全だった。
「拮抗だな……本命はどこになるんだ?」
故に生まれたのは拮抗状態である。
和哉の火力では魔力に物を言わせた超障壁を突破出来ず、相手は和哉に攻撃を与えられない。
どちらも打つ手なしの千日手となっていた。
意図的な膠着、ノリで生きているように見えて要所ではきちんと計算するのが『暗黒の盟約』である。
ノリは本気だが、同時に演技でもある厄介な集団だった。
「……ヤバイのはどこだ」
和哉が拮抗。
真由美も同様なのが確認できている。
早奈恵からの念話では大凡優香なども余裕があるらしい。
冷静に考えれば多少相性が悪かろうともこちらを崩すのが容易ではないことなど直ぐにわかる。
『暗黒の盟約』は適当なノリのチームだがそれは勝利を目指さないということではない。
必ず、どこかに狙いが隠れているはずなのだ。
「いや、そう思わせてって可能性もあるのか……」
真面目に考えれば考えるほどドツボに嵌っていく。
いつも真面目に考えてはいるのだが結局、結論が同じになってしまうのは人間の限界がそこにあるからかもしれない。
目先の事で精いっぱいなのに未来のことなど考えていられないのだ。
投げつけられる魔弾を油断なく躱しながら無駄かもしれない思考を和哉は続ける。
無駄になったと笑えるのならばきっとそれが1番良い。
彼はそう信じている。
「俺も気合を入れていこう」
展開されたスフィアに己の意思を注ぎ込み、暑苦しい男を視界に収める。
思考を続けながら戦うことなど彼にとっては普通のことだ。
凡才は手札が少なく、やれることも多くない。
しかし、人間である以上考えることだけは出来るから――。
「穿て、ストライクシャワー」
雨のごとく大量の魔力弾を打ち出す。
所詮は目晦ましだがやらないよりはやった方が良い。
和哉もなんとか応戦を続ける。
各地で苦しい状況が続く。
『クォークオブフェイト』だけでなく『暗黒の盟約』もそれは変わらなかった。
序盤も序盤で多くの戦線が停滞する。
どちらも苦しい状況に耐えながら皆が一様にその『時』が来るのを待つのであった。