第160話
ルールは総力戦――陣地戦の形式で行われる試合。
お互いに3つの陣を指定して、それの奪取により有利不利が変わるルールと参加人数が多い事で人気なルールだ。
他にも時間経過で撃墜者が復活するルールでも有名だろうか。
3名まで復活枠としてストックされて、撃墜者が増える度に1人ずつ試合から除外されていく。
『クォークオブフェイト』と『暗黒の盟約』の人数は同じ13人。
完全に対等の条件下で試合は行われるため、人数調整の即時復活権などは付与されない。
『暗黒の盟約』が望んだこのルールでの対戦。
意図は明白であった。
即ち、正面から勝利するという意思の表れである。
『――ルールの注意点は以上になります! 会場の皆様、そしてフィールドにいる選手の皆様。そろそろ試合開始の時間です!』
『カウントダウン、開始します~。3~』
『2!』
唱和する会場の声。
いつもと変わらぬ光景だが、いつもより緊張した面持ちの選手がそこにいた。
不敵に笑う者、集中する者、態度は様々なだが胸に去来するものは1つ。
『1~』
相手を倒す。
ただ、それだけであった。
『0! スタートです!』
ド派手な戦いを期待している観客の前でド派手な2人がまず動き出す。
双方共に初撃から全力投入で手を抜く余地など欠片も存在していない。
「吠えなさい、『羅睺』!!」
「いくぞ、『ウンターガング』!!」
両チームのリーダーが同時に叫び声を上げ、戦場に暴威が具現化する。
巻き起こるのは文字通り、嵐。
風は敵の陣地全てを飲み込む勢いで拡大を始める。
ハリケーンそのものと化した宗則の広域攻撃。
それを極大の閃光が消し飛ばす。
「まだまだ、いくよ。『羅睺』」
『了解、装填開始』
対広域事象用の特殊砲撃態勢に入った真由美は溢れ出る膨大な魔力を1点に注ぎ込む。
彼女の仕事は風の防壁を機能させないこと、宗則の『風』は攻防一体の厄介な代物である。
あれだけの操作を浸透系のみでやってのけるのが彼の強みなのだ。
これが創造系や変換系によるものなら剛志でも対応出来たのだが、そう簡単にはいかないところが彼の厄介さを示している。
「ま、それよりもこの先が問題かな」
宗則の『風』の本来の目的は真由美を打倒することではない。
真由美と宗則は『今』拮抗しているに過ぎない。
意図的に平衡した状態を作り上げているのだ。
些細な切欠で崩れるだろう。
向こうの望みは乱戦であり、その中で相性が有利なものと戦うことなのだ。
真由美たちはそれを避けなければいけない立場なのだが、残念ながら今日に至るまで対策を思いつくことが出来なかった。
宗則の風はこちらを倒すことは出来ない。
しかし、分断することは容易なのだ。
警戒さえしていればダメージにはならないが気を抜けば持っていくつもりはあるだろう。
「ノリでやるなら最後までノリでやってくれればいいのに……」
唇を尖らせて意味のない愚痴を吐き出す。
戦いが思い通りに運ばないことなど常の通りである。
今更気にすることでもなかった。
「やっぱり、ここで来るんだ」
そして、事態は真由美が想定した通りに動き出す。
真由美の砲撃を宗則が抑えている間に『暗黒の盟約』は前進し、それを『クォークオブフェイト』が受け止める。
その瞬間、交戦に入る刹那のタイミングで風が巻き起こり、受け止める葵たちの進路を誘導してくるのだ。
本来ならば避けるべき相手の思惑通りに進む事態を前に真由美は砲撃を続ける。
彼女を含む最上級生4人が有効な対策を思いつかなかったのは事実だが、同時に場当たり的な対処になるがある程度の策はあったのだ。
それすらも行わずに正面から『暗黒の盟約』を受け止めるのは何故か。
「世界に行くのにこの程度で止められたらダメだよ」
国内の頂点に立とうとしている身で形振り構わない勝利のために戦うのは美しくない、というのもあるがそれこそが最大の理由だった。
ここで止められるのならば頂点など夢に過ぎない。
真由美たち4人の決意がそこにはあった。
通過点で挫折するわけにはいかないのだ。
「みんな、頑張って」
真由美は休まず攻撃を続けながら、チームメイトを信じ続ける。
長い戦いになるのは目に見えているのだ。
最後の最後で押し負けることなどないように魔力回路を全力で動かす。
ド派手な風と光の戦いだけではない。
両チームのリーダーの静かな思惑もまた、水面下で動き始めているのであった。
「はぁ~い、どうも~始めまして~」
真っ直ぐに優香のもとへとやってきた小学生とも見間違えるような小柄な少女。
穏やかな雰囲気と可愛らしい笑顔、何よりも微妙に舌足らずな口調はとても戦いを行う人物には見えない。
それでも対峙する優香にはわかった。
彼女は強い、と。
穏やかな雰囲気を裏切ように手に装備されている魔導機。
ボクシングのグローブのような形をしていて一見すれば可愛らしいものに見える。
猫の手を模しているのだろうか、無駄に気合の入ったディティールはよくデザインされていた。
少女の手には大きく見えるそれを拳の形に整えて少女は笑う。
まるで似合わないアンバランスな組み合わせ。
優香も前情報が何もなければ騙されたかもしれなかった。
「ええ、初めまして。九条優香と申します」
「あ、ご丁寧にどうも~紡霧瑠々歌って言います~。よろしくです~」
自己紹介が終わるや否や、逃がさないと言わんばかりにフィールドが展開される。
番外能力――『コードブレイク』。
真っ向勝負を強要する決戦場。
術式を封鎖するフィールドでは『プリズムモード』を筆頭とした優香の技は使えない。
しかし、彼女は『蒼い閃光』――九条優香。
決して才能に胡坐をかいた愚か者ではない。
双方、呼応する戦気に合わせて油断なく魔導機を構える。
「では――」
「――いきますね~」
純粋な格闘だけで両雄はぶつかる。
お互いに相手を正面から見つめて交戦が開始され、それが合図となったのかフィールドのそこかしこで同じように戦いが始まっていく。
チームの力が拮抗しているため、お互いに有利な相手にぶつかろうとする。
その動きを『暗黒の盟約』は宗則の風を利用することで制した。
『クォークオブフェイト』はそれらを理解した上で王者として挑戦受けたのだ。
その一員として優香は誇りを持って瑠々歌を迎え撃つ。
ここだけでなく全域に渡って個々が己の実力で立ち向かう全力全開の戦場。
作戦無き乱戦こそが双方、暗黙の了解として至った今回の試合であった。
そして、『暗黒の盟約』は今回の戦いで勝利を収めるために抑えなければならない人物が3人いることをよく知っている。
真由美を宗則、優香を瑠々歌、では最後の1人――彼女の相手は誰なのか。
「ふーん、なるほど、ね」
真由美から作戦を打ち明けられた時にもっとも賛意を示したのが彼女だ。
強き者としての道理、頂点に立つ度量と全ての要素が彼女の好みだったからだ。
もはや言うまでもないだろうこの作戦は彼女――藤田葵の好みにびっくりする合致していた。
豪放磊落、細かいことを気にしない、脳筋。
評価は様々なれど小細工よりも王道を好むのは知られていることだ。
そんな彼女だが、よく勘違いされていることがある。
それは彼女に嫌いな戦いなどない、と思われていることであった。
葵とて人間のため好みは存在する。
戦いという極限の輝きが要求される場でも彼女の美観に沿わないものは少数ながら存在していた。
例えば、今目の前にいる相手などはそれに近い。
実力は認めているが戦い方が好きではないのだ。
「何よ。人のことをじろじろと見て、何? 私の鎧に文句でもあるの!」
「あるに決まってるでしょうが、この、軟体女!」
「ヌルヌルの何がダメなのよ、この脳筋女!」
『暗黒の盟約』所属の魔導師――大黒梢、別名『近接殺し』。
宗則と同じく自称の2つ名があり、そちらは『スライムマスター』と名乗っている。
気の抜けるような名前だが本来の2つ名である『近接殺し』はその名に恥じぬ凶悪さを誇っていた。
彼女は浸透・創造系の魔導師なのだが、この組み合わせは本来近接戦闘に向いてるとは言えない系統である。
では、何故彼女が『近接殺し』と呼ばれているのか。
「いくわよ!!」
「っ、ああ、もう!」
理由は彼女の体を覆う物体――スライムと梢は読んでいる――だった。
スライム状に魔力を纏っているだけなのだが、浸透系と創造系を駆使したそれは極めて厄介な存在となっている。
剛志のような破壊系ならば相性で有利なのだが、葵のような拳での戦闘スタイルを持つものにとって梢は完全に鬼門であった。
「うわ、気持ち悪い……」
「て、訂正しなさいよ! 可愛いでしょうが!!」
「どこがよ!?」
体捌きでは葵の方が何倍も優れている。
事実、叩き込んだ拳はこの短時間で10に届こうとしていた。
しかし、その全てがダメージを与えられないのだ。
健輔が必殺技として葵の拳を再現するほどに対人において彼女は拳を追随を許さない。
葵も自身の拳はどんな硬いものでも貫く自信があるだろう。
それでもこれだけはどうしようも出来なかった。
「っ、やっぱり、無理ね!」
「と、とりあえずで試さないでよ!! わ、私のす、スラちゃんが……」
「自分の魔力に名前なんて付けてんじゃないわよ!!」
言葉共に拳を突きだす。
梢の『鎧』、衝撃を吸収する形になっているそれは容易く葵の拳で吹き飛ぶ。
吹き飛ぶが、それだけであった。
拳の打撃力が無効化される。
剣のような鋭いものも含めて純魔力以外の攻撃を自在に形を変えて封じてしまうのが梢の特徴だった。
葵側はダメージを一切与えられずに消耗していき、最後は梢に力押しされる。
故に付いた2つ名は『近接殺し』。
打倒する方法は純粋魔力砲撃で消し飛ばす以外は確認されていない。
サラとはまた異なる『鉄壁』の魔導師であった。
「……長くなりそうね」
打倒が困難な強敵を前に葵は静かにボルテージを高めていく。
難敵なのは間違いないが世界にはこれ以上のものも存在しているのだ。
その相手に勝つためにも梢に勝利する必要があった。
「いくわよッ!」
「ふんっ、き、来なさいよ!」
ぶつかり合う2者、優香と同じくここでも不利な戦いが行われる。
そして――絶望的な相性で相対しているのは何も葵だけではない。
彼女の親友もまた異なるタイプの相手に苦戦を強いられていた。
「うおっ、危ないな、もう」
口調は平静としていたが額に浮かぶ汗は隠せない。
狙撃手たる真希は真由美の構える本陣とは別の陣に潜伏。
突撃するメンバーの援護を行う予定だった。
そんな彼女に向かって、いや、正確には彼女のいる陣に向かって爆撃が飛んできたのは偶然ではない。
風と光で荒れ狂う本陣を避けるように両チームは交戦を行っているが当然、その激突は前衛同士のものになる。
後衛は彼らの援護を行い場を有利に持っていくのが仕事であり、真希はそのことに誇りを持っていた。
しかし、相手はそんなことこなど関係ないとばかりにタイマンを望んで攻撃を仕掛けてきている。
「めんどくさいよね……」
声は聞こえずとも高笑いを浮かべているだろうことが簡単に想像出来てしまうのは何故だろうか。
力を1点に絞り、相手を狙い撃つ真希のやり方とは正反対のド派手な攻撃。
事前の予想通りの展開に辟易しながらも真希はスコープを見つめ続ける。
遠距離を主とする後衛魔導師は大抵が真由美のような砲撃型、つまりは純魔力による質と量のどちらも選択できるようになるのが主流となっていた。
真希は言うまでもなく少数派であり、本人もそれを自覚している。
問題は今の相手の戦い方だった。
「確か、鈴村慶だったよね」
『暗黒の盟約』――鈴村慶。
系統は遠距離・創造系でタイプとしては和哉とよく似ている。
違うのは和哉が脇役としての自分を選んだのに対して彼はとにかくド派手なものを好んだということだ。
遠距離で魔力を形成しまるで空爆のように陣を消し飛ばす。
大味すぎて味方も普通に巻き込む問題児である。
「……ヤバイなー……どうしよう」
今、この瞬間も真希が籠る森林を中心とした陣地を丸裸にする勢いで空爆は続けられている。
爆発で空間が荒れるせいで相手の位置もうまく掴めない、と真希にとって厳しい状況が山盛りとなっていた。
応援は既に要請しているが間に合うかどうかは微妙なところである。
「慎重に、いかないとね」
まだ戦いは序盤なのだ。
焦る必要はないと自分に言い聞かせながら真希はその時を待つ。
忍耐力こそ、彼女が誇る最大の武器なのだから。
事前に情報は得ていたし、相手がそういうチームだと言うことは健輔もわかっていた。
「っ、お、クソ」
「はい、はい! 種も仕掛けもあるよー」
人数が互角でバックスの人数も同じ。
その状況で起こるのは強制的なタイマンバトルである。
本来ならば1人で複数人を相手に出来るエースクラスが最低でも3人いる『クォークオブフェイト』だが、今回はその3人に対抗できる人材が存在していた。
相手もエースを封殺することに全力を傾けている。
受けて立つことを選らんだのだから、序盤の流れは順当に『クォークオブフェイト』が不利となっていた。
当然ながら健輔が相手をしている魔導師も一筋縄ではいかない曲者である。
「『陽炎』!」
『バレットモード、散弾』
「残念、それは知ってるよ?」
「なっ……!?」
健輔が放った誘導弾が突如進路を変えて戻ってくる。
「しょ、障壁」
『展開します。対ショック態勢を』
「それはダメだね」
「後ろか!?」
「聡い、聡い」
防御態勢に入ると誘導が霧散し、新たな攻撃が背後から迫りくる。
翻弄されるがままの状況に健輔のボルテージはドンドン上昇していくが解決の糸口が見えない。
『暗黒の盟約』が割り当てるがままに不利な相手と戦わされる。
健輔も覚悟していたことだがここまで苦しくなるとは予想外であった。
事前の準備、心構えがあったからこそこの程度の衝撃で収まっていると己を慰めるが厳しい現実は何も変わらない。
「クソ、この『風』!」
『魔力検知』
「ちぃ!」
健輔を惑わすかのように時たま背後に『風』が巻き起こる。
宗則の行動は大半が真由美の抑えに割かれており直接的な脅威はほとんど存在しない。
真由美も宗則を抑えてくれるのを約束してくれていた。
事実、大半の行動は抑えられており健輔たちは基本的にタイマンに集中出来ている。
しかし、稀にだが風が妨害してくることがあった。
健輔だけがそのような妨害に悩まされていたのは一重にエース3名に続く厄介な魔導師が彼であるからに違いない。
宗則は少ない余力を健輔に当てることでなんとか彼と対峙するチームメイトを互角の領域に持って行ったのだ。
それが無ければもう少し有利に戦えていただろう。
「鬱陶しいッ!」
真由美も努力しているのだが、これはどうにも出来ない問題であった。
彼女の砲撃は宗則の『風』に相性の上で不利な部分を抱えている。
即応性と範囲で『風』に勝つことは流石の真由美も物理的に不可能だった。
範囲を広げると速度が低下する砲撃に対して自然そのままの『風』は一切の制限を受けない。
本格的な援護を完全に抑え込めている辺りに真由美の優秀さが垣間見えるがそれでも漏れ出てしまう面はあった。
そのことがこの苦境を生んでいる。
また対戦相手との相性も良くない。
「ええいッ!!」
「フフフ、似たような道化もの同士仲良くしよう」
「誰が道化だ!!」
言葉は勇ましい健輔だったが珍しく戦闘における主導権を握れていなかった。
ふわり、ふわりと実体のない相手に苛立ち攻撃を仕掛けるが相手はぬるりと避けてしまう。
受け身を強制される戦闘、健輔にとっても初めてに近い体験だった。
これまで多くの格上と戦ってきた健輔だが彼らに共通していることがある。
それは固有の戦闘スタイルと技能をもっていたことだ。
強力故のオリジナリティあふれたスタイル。
同時にそれは脆さと紙一重の危うさも秘めている。
強固だからこそ、傾向がはっきりとわかるのだ。
真由美ならば砲撃、桜香ならカウンターといった具合に本質をとらえることが出来る。
そこから考えて打開策を練ってきたのが健輔の格上殺しだった。
「クソっ」
「ふふ、次の演目は何が良いかい? 君の好きなものにしよう。ああ、お代はいらないよ。――君の命を貰うからね」
「下かッ!?」
『上もです。マスター』
どこから生まれたのか上と下に巨大な魔力刃があった。
見掛けは立派なものだが、そこを素直に信じるほど健輔も甘くはない。
「本命はこっちッ!」
「お見事、いやはや、こんなに早く種を見破られると商売上がったりだよ」
ころころと戦い方が変わる相手に歯を食いしばって怒りをこらえる。
健輔の手札は万能系だけが持つ真実の万能性、その1つのみだ。
それを如何に扱うかがカギになっているのだが、このような相手はそれが難しい。
健輔の戦績を調べればわかるが彼は各個たるスタイルを持つ格上の方が相性が良いことがわかる。
桜香、真由美、後はクラウディアと誰もが代表的な何かを持っていた。
逆に立夏、武雄など強いが変幻自在さがある相手には苦戦している。
他にはベテランに及ばない魔導師などにも桜香に勝ったとは思えない程の脆弱さを見せることがあった。
それら全てが相手を見極める必要性があるからだ。
いつかの武雄のアドバイス、度胸が必要とはこの事を指していた。
「食えねぇな。たくっ」
大胆に余裕を見せて、わからずとも知ったような顔で行けと教えてくれたのだ。
ならば健輔も恥じぬものを見せ付けるだけである。
「道化は1人でやっとけよ。マジシャン」
「……ふむ、なるほど、君は……危険だな」
誰1人として引けない戦いは始まっている。
全方位、同時多発的な戦闘という滅多にない状況が繰り広げられていた。
13対13のタイマン戦闘。
バックスを除いた10名が誇りと意地を賭けてぶつかり合う。
国内最高峰チーム同士の壮絶な殴り合いに会場は否応なしにヒートアップするのだった。