第158話
夜は夜で賑わっている学食の一角。
2人掛けのテーブルで健輔は紫藤菜月と対面していた。
お互いに食事は済ませて食後の歓談に場面は移っている。
午後の取材の時は緊張した様子を見せていたが接すれば健輔がそこまでの大人物でないことなど直ぐにわかることだった。
健輔も話しやすいように友好的な雰囲気を出したのが一因ではある。
それらのおかげかどうかはわからないが菜月の方から必要以上の緊張は消えていき話が弾むようになってきた。
「へー、夏は世界を飛び回ったんだな」
「はい、他校の放送部との連携もありますから1年生でも容赦なく使われました」
「どこも出来るリーダーは似たようなものなんだな。うちの先輩も容赦のある人は1人もいなかったよ」
2人は先輩という共通の話題で盛り上がる。
初対面である以上どうしても共有できる話題は限られてしまう。
魔導絡み、もしくは学生としての間柄に話題が絞られてしまうのも仕方のないことだった。
「近藤真由美さん、ですよね。有名な方ですけど、チームではどんな感じなんですか?」
「どんな感じと言われてもね……、むしろ、外から見た印象とかの方が興味があるな」
「え、えーと、そうですね……。砲撃魔導師としての完成形、あくなき努力と執念で規格外の上位3名とも渡り合える世界最強の後衛魔導師。こんなところでしょうか?」
近所の自堕落なお姉さんが実はキャリアウーマンなんです、などと言われたような衝撃である。
現実に即していうのならば真由美は現代の英雄譚を爆走している人物なのだ。
健輔が思っている以上に重要だし、名前も知られている。
少なくとも後衛魔導師にとっては憧れの存在だった。
何より世界ランクの第5位というのは重い位置である。
1~3位が次元違いの魔導師ならば4~5はそこを打破できる魔導師という条件が付帯されるのだ。
6~10位とはまた違った位置にいるのであり、総合力で強さを判定するランキングで後衛にも関わらずその位置にいることは疑いようもない偉業であった。
「……怖ろしいことを耳にしたな」
「そ、その様子だと普段はやっぱり違うんですか?」
「あー……うーん、いや、仕事っていうか、魔導に関しては合ってる。プライベートだと1つも一致してないかな」
「ひ、1つも、ですか?」
「あの人は……なんていうのかな。女子力低いんだよ」
「へ、ほ、本当ですか!?」
驚いた様子の菜月に重々しく頷く。
基本的にスペックが高いのだが責任が掛からない範疇だと途端にめんどくさがりになるのだ。
その辺りの割を隆志が食っている。
別に家事などが出来ないわけではないらしいが仕事、つまりは魔導が楽しすぎてそれ以外が疎かになる傾向が強いと隆志が溜息混じりに愚痴っていた。
基本的には優秀で頼れる人物なのは間違いないがどこか抜けているのが愛嬌であるのが真由美である。
「そうなんだ……。なんか意外です」
「葵さんはイメージとは逆に何でもこなすけどな。そういう意味で私生活まで完璧なのは優香ぐらいじゃないかな」
「っ、そうなんですか? というか、知ってるんですか? 私生活」
「美咲からの又聞きだよ」
「そ、そうですか」
何やらホッとした様子の菜月を見て首を傾げる。
少し考えればわかるはずだが何を警戒していたのだろうか。
取材時の修羅場になりかけの物に比べれば随分と落ち着いてくれたため健輔も話しやすかったが警戒は怠っていない。
女子というのは健輔にとっては未知の生命体なのだ。
特に菜月は涙腺が緩そうなので地雷を踏まないように細心の注意を払っていた。
「き、聞きたいことがあるんですけどよろしいですか?」
――ついに来た。
何かタイミングを窺っている感じはしていたため、それとなく話題を提供しながら健輔は話しやすくなるように努力していた。
その甲斐があったのかはわからないが菜月がようやく本題を口にする。
「おう、答えれることならな」
「では……。な、なんで『不滅の太陽』に立ち向かえたんですか?」
「……へ?」
「お、可笑しな質問ですかね?」
少し顔を赤らめて問い返してくる。
予想外だった故につい素で返してしまったが別に不思議な質問だとは思っていなかった。
龍輝にも鬼ごっこの時に聞かれたことがある。
というよりも健輔と会った者の多く一時期だがよく聞いてきたものだった。
今更、それを聞かれるとは思っていなかった故の反応である。
「あー、いや、良く聞かれたからな。直球だとよくその能力で立ち向かったな、とかさ」
「そんな、ひどいです……」
万能系の能力を考えたら普通は立ち向かわない。
他のメンバーを倒しに向かう方が余程建設的であろう。
それでもあの時健輔は桜香を倒すと誓っていた。
「まあ、やってみないとわからないだろう? 実際にうまくいったわけだし」
「へ、そ、そんな理由なんですか?」
「そりゃ、他にもあるけど究極的にはそこかな」
優香のため、チームのため、他にもいろいろな理由はあったが根本はそんなものであった。
使命感だの、責任感だのはなくただやってみたいというのが健輔の思いだ。
魔導師の世界とはいえ、最強だの無敵だとの言われている人物を前にして同じ舞台にいるのに無視することが出来るだろうか。
少なくとも健輔には出来なかった。
99%、桜香の勝利は決まっていたが1%あれば十分だろう。
100回やれば1回は成功するのだ。
それだけあれば挑む価値はあった。
「不滅だの、無敵だの。別に関係ないだろう? 初めて戦ったんだ。未来は不確定だよ」
「……怖くはなかったんですか? 負けるかも、とか」
「人生敗北続きだからな。俺は負けた経験なら随一だぞ」
「あ……」
「大事なのは負けてどうするのか、さ。敗北を知らない天才よりも敗北を知ってそこからさらに強くなったやつみたいにさ」
「リベンジ、ですね」
「そういうことだな」
桜香が勝利を誓って再起したように負けたらどうするかの方が余程大事である。
悔しいし、泣きたくなるのは当たり前だ。
しかし、そんなものは誰もが通った道でもある。
特別な相手も負ける時は負けるのだ。
あの時、桜香と戦った時は桜香よりも健輔の方が強かった。
言葉にすればそれだけで終わってしまうが真実というのは得てしてそんなものである。
「未来には無限の可能性があるってね。ま、ありきたりだけど真実だろう。でも、行動しないと何も変わらないさ」
「……すごいです!」
「そ、そうか? まあ、俺もまだ本格的に挫折したわけじゃないからね」
「そうなんですか? 何回も負けたって言ってましたけど」
「負けても成長出来ている内はいいんだよ。問題は頭打ちが来た時かな」
健二がそうであったように思考の迷宮に閉じ込められることは大いにあり得る。
今の健輔は成長期なのだ。
何があっても次に繋げられるという余裕がある。
問題はそれは無くなった時に今の隆志や剛志ようにあれるのか、そういうことだった。
尊敬する先輩たちがどんな心で割り切ったのか、健輔にはわからない。
葛藤は在っただろう。
それを乗り越えて今の彼らが居るのだ。
「いろいろ考えてるんですね」
「……やっぱり、外から見ると脳筋っぽい?」
「い、いえ! そんなことはないですよ? 基本的に頭脳派だって評価です」
「そ、そうか。それはよかった」
「は、ははっ。あ、当たり前じゃないですか」
嘘を吐くときのコツは真実を混ぜることだ言うが菜月はそれを実感していた。
放送部内の戦力評価において健輔はどちらかと言えば、頭脳派や知性派と言われるグループよりだ。
ここに嘘は存在していない。
頭に感性派、脳筋の一味にしてはという注釈が付くことを言っていないだけである。
菜月の気遣いの精神が寸でのところで健輔に気付かせることなく嘘を吐くことを可能にしたのだ。
「っ、結構いい時間だな。そろそろ解散でもいいか?」
「え……あ、はい」
菜月としてはまだまだ聞きたいことはあったが1番知りたいことは答えを貰えたし、満足できる食事会ではあった。
思っていたイメージとはやはり違う部分もあったが、尊敬できる魔導師という評価は変わらないままだ。
話してみたところ、人となりも信頼出来そうである。
ここで縁が切れてしまうのは勿体ない、と彼女の心が囁きかけていた。
「れ」
「れ?」
「れ、連絡先を交換しませんか? その貴重なお話でしたし、私もチームに所属している戦闘魔導師が知り合いに居ませんから」
「はぁ……」
菜月の些か苦しい言い訳に健輔は要領を得ない生返事を返す。
早口で捲し立てられたこともあり、実は半分程度しか聞こえていないというのもある。
連絡先が欲しいという要望だけは理解出来たため、考えてみるが特に反対すべき部分はなかった。
話をしていて不快なタイプでもなかったし、ここらで交友網を広げるのも悪くない。
健輔にしては割と真面目に考えて結論を出した。
「うーん、ま、いいよ。別に隠すほどのものじゃないしな」
「あ、ありがとうございます!」
「同級だし、敬語じゃなくていいよ。よろしく、菜月」
「あっ、はい。よろしく、け、健輔くん」
取材から繋がった縁は新しい友人を健輔の元に運ぶ結果となった。
次の日、浮かれに浮かれる菜月を見て友人たちはお互いに顔を見合わせることになる。
熱心なファンを獲得したとは知らずに健輔は寮で安堵していたのだった。
『暗黒の盟約』というチームは『魔導戦隊』と並んでいろいろな意味で有名なチームある。
無意味な詠唱、やたらかっこいい感じの術式名。
何故か全員が名乗る2つ名、とやりたい放題にやっているように見える。
一面の事実としては間違っていないし、実際彼らは特に自重することなく好きに魔導を使っていた。
だが、世評と異なることころが1点だけ存在している。
それは彼らが勝負に関してだけは至極真面だと言う事だ。
まるで勝負を捨てているように捉えられるパフォーマンスの数々、表面だけ捉えればそれは間違ってはいない。
間違ってはいないが同時に正解でもなかった。
彼らのスタイルとはそういうものであり、自分に正直なものは強い。
その前提を忘れてしまってはいけないのだ。
後半戦に戦う強豪チームの内、2つを既に下した近藤真由美率いる『クォークオブフェイト』。
国内最強の魔導師をも下した彼らの前に立ち塞がる最後にして、最大の壁『暗黒の盟約』。
彼らを真由美たちが警戒している理由はただ1点。
それは簡単な公式で導き出せるものだった。
「あー、どうしようか。やっぱり、きついよね……」
「めんどくさいチームだな」
「同意する」
「はいはい、愚痴を言わないの」
部室で頭を抱えているのはチームの幹部層である4人。
真由美たちであった。
彼らが頭を抱えているのは『暗黒の盟約』との戦いを思ってである。
「……総力戦はめんどくさいね」
「対応を考えるのもだるいからな」
最後の試合形式はそれを彩るに相応しい陣地戦となっていた。
この形式自体は苦手どころか得意なものだったが相手が厄介なのだ。
これまでの戦いで個人単位ではともかく総合力で『クォークオブフェイト』が負けたことは1度もない。
『アマテラス』は桜香個人が突出しているから除外。
『天空の焔』や『明星のかけら』は部分的に押されていたがチームで見れば負けていないだろう。
『賢者連合』『ツクヨミ』『スサノオ』は言うまでもない。
『魔導戦隊』は相性が有利なため、問題はなかった。
そんな『クォークオブフェイト』がチーム単位で相性が悪い唯一の相手、それが『暗黒の盟約』である。
「あーもうっ!! 本当にめんどくさいな! どうして、こんなにトリッキーな相手が多いのよッ!」
「定石をガン無視してるからだろう。宗則も常識的に考えればありえない戦い方だからな」
「あれで自然現象を扱う魔導師としては世界でもトップクラスだ。もしかしなくても5本の指には入るだろう」
『暗黒の盟約』にはピンポイントで『クォークオブフェイト』の能力を封じれるものが何名か存在している。
真由美の砲撃は宗則の『風』が防ぎ、剛志や葵、後は優香に対して噛みあわせの悪い相手が存在していた。
汎用性が高く誰とでも戦えるが逆に特化した要素を持たない隆志、妃里などは普通に戦えるのだがその辺りをどうやって使うのかというのも問題になっている。
「お前は宗則の相手を。葵は……出来れば避けた方がよい相手だが……」
「そんなにうまくはいかないだろうね。健ちゃんと一緒にお兄ちゃんは遊撃として頑張ってもらう必要があるかも」
「私は壁かしら?」
「宗則くんは対『女神』想定って意味でもいい相手だしね。ここいらで私たちも意識を切り替えていかないと。いい加減私もストレスが溜まってるからね」
「今回の大会はお前を狙い撃ちにした策も多かったからな。そっち方面の対策はどうだ?」
「3回目はないよ、って断言できるかはともかく対策はしてるよ。ネックは発動速度だけど」
喧々諤々とした雰囲気で言い合いながら戦い方を詰めていく。
『暗黒の盟約』を打倒して、彼らは世界へ確実に行くことを決めたかった。
1つの終わりは直ぐそこにまで迫っていたのである。