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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第1章 春 ~始まりの季節~
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第15話

 時刻は午前8時。

 天候は幸いにも快晴と絶好のアウトドア日和。

 晴れ渡る空、涼やかな空気にさわやかな風、湿気を感じさせない夏の日差しと外出するには最適な要素がいくつも揃っていた。

 そんな絶好の外出日和なのに妙に胃が痛そうな顔で誰かを待つ男性――いや少年が1人。

 額から汗を流していて頻繁にハンカチで顔を拭っている。


「やばい、すごく緊張する」


 これが普通の外出なら彼もただ良い気分で街に繰り出すだけだった。

 しかし、残念な事にこれが普通の外出でないことは、彼の心臓の脈拍が緊張で早くなりすぎていることでわかる。

 昨夜、寝る直前にデートみたいだなと、そんな事を考えてしまったことがそもそもの過ちの始まりであった。

 明日の遠足が楽しみすぎて眠れなくなった小学生のように目がさえ過ぎてまったく眠れなかったのだ。

 もし健輔が魔導を嗜んでいなかったら、自分で誘っておきながら寝不足の身体のせいでまともに相談に乗ることなどできなかっただろう。


「あー、こんなんで魔導に心底感謝するとは思わなかった」


 思考が右から左へと縦横無尽に駆け巡っていることがわかる。

 混乱していると自覚しているが自分でも止めることが出来ない。

 約束の時間よりも3時間も早くここに来てしまったのもそのせいだった。

 

「早く来すぎた、マジどうしよう……」


 自分の行動に自身で突っ込みを入れる不毛な脳内漫才を繰り広げる。

 自分で自分の制御を出来ない事を不思議に思う。

 心の中でいろいろなものが渦巻いていて、健輔も把握出来ていないのだ。

 1つだけ確かな事は今日を優香に楽しんで欲しい。

 それだけであった。

 

「もう1回部長からのアドバイスを確認しておくか」

 

 仮に紙媒体ならば既に擦り切れるほど読んでいるが、どれほど読み込んでも不安が消えないので再度確認を行う。

 昨夜、悪魔の策略に嵌められた哀れな子羊のために、真由美がわざわざメールで優香が好みそうな場所などを送ってくれたのだ。

 持つべきものは頼りになる先輩だと涙を流したものである。 

 健輔は必死に頭に叩き込んだアドバイスを思い出しながら待ち時間をつぶすのだった。




 まるで瞑想する賢者のごとく目を瞑り集中する。

 既に脳内では念入りなシミュレーションを何回も行っている。


「大丈夫だ、きっとうまくいく」


 暗示をかけるかのごとく健輔は自分を励ます。

 そんな時に僅かにざわつく声が聞こえた。

 綺麗だの、誰だろうだの、すごく聞き覚えのある単語に健輔はいやな予感を覚える。

 閉じた目の片方を薄く開いて、確認のため軽く周囲を見渡す。

 待ち合わせ場所は駅の前であり当然人通りは多い。

 しかし、そんな雑の中で恐ろしいまでの存在を持って歩く美少女がいた。


「嘘だろ……。え、マジ?」

 

 他人の空似に違いないと思いたかったが、彼女クラスの美人がホイホイと街中を歩いているのも怖い。

 普通に考えれば、想定できる自体は1つしか存在していなかった。

 慌てて時間を確認してみるが、時刻は待ち合わせの2時間前、まだ9時を指し示している。

 健輔は自身のことを棚に上げて心の底から思った。


「……九条、お前早すぎるだろう」


 優香からすれば余裕どころかかなり早くきたつもりだろう。

 少しだけきょろきょろと誰かを探すような動きを見せる。

 彼女もそこまで期待はしてないだろう。

 普通なら待ち合わせの2時間前に来るやつはそういない。

 早いなどというのを通りすぎたレベルの話である。

 しかし、今回は幸いな事に3時間前、という優香をも超える者がここには居た。

 優香がきょろきょろとしていると不意に視線が合う。

 健輔は引き攣っていないか心配になりながら笑顔を向ける。

 今日1日、一体どうなるのかという不安をその胸に秘めながら、彼は必死に笑う。

 健輔を見つけた優香はこちらに駆け足で寄ってくる。

 仕草の1つ1つが健輔の心臓に多大なダメージを与えていた。


「うっす、おはよう」

「おはようございます! 佐藤さん」


 常と違い傍から見てもわかるくらい優香はテンションが高い。

 私服姿など初めてみたがとても品がよく綺麗に纏まっている。

 白と青で纏められた彼女の私服は魔導競技における彼女のイメージにぴったりあっていた。

 清澄さ、凛々しさもそうだが何よりもその透明感がよく似合っている。

 

「今日はよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします! け、さ、佐藤さんはお早いんですね。私かなり早く来たつもりだったんですけど、まさかいらっしゃるとは思わなかったです」


 まさか来るとは思わなかったです。

 そんな事を言えるはずがなく、健輔は当たり障りのない理由を開示しておく。


「九条はなんだか早めにきそうな感じがするし仮にも誘ったのは俺だからな。待たせることがないようにって早めに着といてよかったよ。圭吾と遊ぶ時みたいに時間ギリギリだったらかなり待たせるところだった」


 学校では笑っても口元を緩める程度の軽い笑みばかりだが、今日の優香はころころ表情が変わる。

 釣られて健輔も笑顔になるのだが、周囲からのプレッシャーが気になって集中出来ていなかった。

 笑顔で雑談に興じる2人は仲の良い友人か、容姿が釣り合っていないことを考慮に入れなければカップルにも見えるだろう。

 もっとも、その片割れたる健輔の胃の耐久力は僅か15分でかなり減少していた。


「……保ってくれよ、我が胃袋よ」


 優香には聞こえないようにひっそりと呟く。

 笑顔の下に悲壮な覚悟を隠して健輔はいつも通りを心がける。


「今日は相談に乗ってくださるということでしたが、どんな予定になってるんでしょうか?」

「簡単に言うと相談を含めて軽く遊ぼうかなって考えてる。私的な付き合いがないって言ってただろ? 普通はこんなのだから慣れてくださいって感じかな。頼りない練習相手で申し訳ないけどな」

「そんな! そこまで考えてくれてとても嬉しいです。楽しみにしてます!」

 

 優香は天真爛漫な輝く笑顔を見せる。

 いつもは月のような感じの美人なのに、何故今日に限って太陽のような美人になるのだろう。

 ギャップが凄過ぎて直視していると薄汚い健輔の目が潰れてしまいそうであった。

 序盤から苦難に襲われているがとりあえずは真由美のアドバイスに従い進行する。

 まずは商業エリアへと向かう。

 生活エリアの学生区は学園生が多いためかなり居づらかった。

 早急な避難が必要である。

 真由美のアドバイスでは、とりあえず落ち着ける場所に行け、となっていた。

 健輔は真由美から貰った候補地を思い浮かべどこに行くか考えるのだった。






 何処にでもある喫茶店の中で一息付きながら優香と向かい合う。

 朝から想定外の連続により決壊寸前の胃だが、身体だけは頑丈に生まれたおかげかなんとか小康状態にまで落ち着いていた。

 優香もやたらハイテンションだった状態から、普段の機嫌が良いといったレベルまで落ち着いたおかげで、健輔も普通に対処出来るレベルになっている。

 最初の関門を乗り越えた事で健輔も少しだけ余裕が出来ていた。


「ふー、そうだ、九条」

「はい、なんでしょうか?」

「今日の趣旨というか、相談の内容についてなんだが。いろいろ考えたんだけど、とりあえずは、学外の九条についてちょっと知りたかったからさ。あんまり深く考えずに今日は付き合ってくれるとありがたい」

「はい、相談したのはこちらですから、ご迷惑をおかけして申し訳ありませ……」

「はいはい、ちょっと待つ」

 

 優香の言葉に割り込むように健輔は言葉を挟む。

 いろいろと胃を痛めるような展開が続いているが、健輔も嫌々此処に来ているわけではなかった。

 謝られるような事はされたくない。


「せっかく、来てもらったんだから謝らなくていいよ。どんな形でもいいから楽しんでいってもらえたら、俺としては嬉しい」


 圭吾から乗せられた感じになってしまい不本意にもデートのような形になっているが、だからこそ楽しんでいって欲しい。

 申し訳ないよりもありがとうが聞きたい言葉だった。

 どんな理由であれ、引き受けたのだから、全力でやるのが健輔のモットーである。

 それはどんな時でも変わらない健輔の信条だった。


「それにせっかく遊びに来たのにあんまり堅い感じになるのもあれだろ? 未熟なエスコートだけど全力でやるから楽しんで欲しい」

 

 気障すぎるセリフだが勝手に動くこの口を止められない。

 顔から火を噴きそうなほど恥ずかしいのだが、健輔は本心をしっかりと伝えていく。

 本心を隠して接するのは楽だが、健輔の好みではない。

 こういう事はきちんと言っておくのが、健輔らしさだった。


「まあ、頼りないとは思うけどさ」

「いいえ」


 静かだが、力の籠った声で今度は優香が健輔の言葉を否定する。

 凛とした佇まい、強い意志を感じさせる瞳。

 健輔この学園で初めて会ったときに見惚れた姿がそこにあった。


「ありがとうございます。それに頼りなくなんてないですよ。とても嬉しいです」

「最後までそう思ってもらえるように頑張るよ」

「ふふ。エスコート、お願いしますね」

「お任せあれ、お姫様」

「ひ、姫……っ」


 些か芝居じみたやりとりを行う。

 健輔はようやく気負っていたものが少し抜けたような気がした。

 後は優香の信頼に応えるだけである。

 照れた様子の優香に気付かないまま、健輔の予定を必死に組み上げていく。

 気負いは抜けても流石にまだ余裕はなかった。

 

「そ、それで、今日はどこに行かれるのですか? お恥ずかしながら、あんまり商業エリアなどは詳しく知らないんです」

「俺も九条みたいな美人と行ったことはないからな。こういうのは共通の話題になるところか、目的に合わせて行くところ決めたりするものなんだけど、ここってレジャー施設とかないからさ」

「び、美人ですか? か、過分な評価ですが、その、ありがとうございます」


 誰がどうみても美人なのにそこに照れるのかと健輔は心の中でツッコミを入れる。

 しかし、健輔が反応して欲しいのはそこではなかった。


「九条?」

「あっ、いえ、共通の話題ですよね。私たちだったらやっぱり魔導についてですか?」

「ああ、やっぱりそこになると思う。だけどさ、普段も魔導関係の話はかなりやってるからさ。ちょっと、趣の違うやつがいいかなと思いまして。もっとも俺もまだ3ヶ月しか経ってないから部長頼みになってしまったんだけど」

「真由美さんのですか?」

「おすすめってやつを聞いてきました。実際、俺も気になってるんだ。自力じゃなくて申し訳ないがまずはそこから行こうかなと思う」

「お任せしますね。それに私も楽しみです」


 話が纏ったため、とりあえず目的地に向かおうと席を立つ。

 支払いを行い外に出た時だった。


「……ん? なんだ」


 まるで何かに見られているような感じがする。

 優香の美人ぶりを見ているならば健輔が視線を感じるのは変だろう。

 美少女と一緒にいることのやっかみなのか。

 視線の元を探るが、見つけることが出来ない。


「……ちょっと、気合入れとくか」

「佐藤さん?」

「おっ、すまん。行こうか」

「はい」


 何やら不穏なものを感じるも、健輔はそれを伏せておく。

 優香が気付いていないならば、問題ないだろうと素早く店を出るのだった。


 


「ちゃんと練習の成果は出てるみたいだね。感心、感心」


 健輔が視線を感じた原因は案外直ぐ傍にいた。

 実は喫茶店近くの店に見覚えのある4人組みがいたのである。


「妃里さん、健輔気づきそうでしたよ。そんな目からビームが出そうな感じで見ちゃダメですって」

「そうだよー、そもそもちゃんとやってるか不安だから後を追うとか本気でやるとは思わなかったよ」

「お前がここまで無鉄砲だったとは、実に3年近い付き合いで初めて知ったよ」


 ある意味で今回の出来事の元凶の1人である圭吾だけでなく、真由美と隆志が口々に妃里を非難していた。

 3人から各々別の言葉で諌められた妃里は引き攣った笑顔で反論する。


「結局、あんたたちも付いてきてるんだから同罪でしょう!!」

 

 妃里の怒声が響き、周囲の客の目が彼らに集まる。

 

「あ、すいません。お気になさらず」

 

 咄嗟に圭吾が周囲へと釈明を行う。

 自身の声が予想以上に大きくなっていたのがわかったのか妃里は顔を赤くして背を丸める。

 

「妃里、他の客に迷惑だ。声を押さえろ」

「わ、わかってるわよ……」


 追い打ちを仕掛ける隆志の言葉に妃里は顔を伏せるしかなかった


「いやー、しかし優香ちゃんも楽しみだったんだろうね。今日は気合の入った服装ですな。蒼と白が似合ってるね」

「九条さんは健輔と違ってセンス自体はありますから。そこら辺は健輔よりもマシだと思いますよ」

 

 真由美と圭吾、双方共に優香のセンスに感嘆の声を漏らす。

 優香は流行などに敏感ではないため、そういった面でのセンスは微妙だが、自分をコーディネイトする才能は十分に高かった。

 何が似合うのかよくわかっている。

 隣にいる存在がいろんな意味で普通のため、逆に目立っていた。


「健輔は……まあ、普通ですね」

「ある程度はきちんとしているだけで十分だろう。制服で来たらどうしようかと不安に思っていたぐらいだ」


 健輔については何も言うことがなかった。

 悪くはないが良くもない、そんなレベルである。


「真由美、今日のアドバイスはお前が送ったんだろう? あいつらがどこに行くつもりか予想できるか?」


 隆志から疑問にうーん、と真由美は少し考え込んだ様子を見せる。


「変なとこ教えてないでしょうね? 仮に変なことが起きて原因があんただったら私、流石に怒るわよ」

「真由美のことを信じてやれよ、後もう少し冷静になれ。物凄い顔してるぞ」

「うるさいわね! 私は落ち付いてるわよ!」

「2人共、静かにしないと気付かれちゃうよー? それに行く場所は多分あそこじゃないかな?」

「部長、どこに行くか想像ついたんですか?」

「多分、研究エリアに行くと思うよ。転送陣を使わないとレジャー施設に行けないからさ。それ以外だと優香ちゃんが1番興味を持ちそうなところはあそこかなー」

「あそこ?」

「うん、昔の伝手というか、知り合いに頼んで見学できるようにしてもらったんだ。近接戦専門のチーム『スサノオ』の提携研究機関『叢雲』のラボにさ」

 

『叢雲』――魔導産業で伸びてきた新興企業『カミムスビ』のグループ会社でもあり、研究機関の中でも特に近接つまり前衛系の魔導師専門の研究を行っている部門だった。

 前衛に属する隆志と妃里は僅かに驚いたような表情を見せる


「よく許可が下りたわね。あそこ日本の前衛系の研究機関では最高クラスよ? 系統的にあんたじゃ伝手がないと思うんだけど」

「お世話になった先輩が提携してたんだー。スサノオのメンツが1番有名だけど、前衛のランカークラスの生徒は積極的に囲ってるみたいだよ? その点優香ちゃんは資格十分だしね」


 真由美は大したことなどしていないといった感じで軽く流す。

 行き先の予想を聞いて隆志は感心したように頷く。


「なるほど、九条と健輔、2人の進路補助も兼ねているのか。九条のやつには、最近焦りが見えるからな。理解していても焦る部分があるのは仕方ないことだが、やはり良いものではない。気分転換や新しい発見を促すために九条を焚きつけたのか?」


 隆志の発言に対して、真由美は僅かに口元を緩める。

 意味深な笑いを向けられた面々は胡散臭そうな視線を真由美に向けた。


「そこまで意地悪くないよ。今回のことは本当にたまたまだって。ついでにちょうどいいやって感じで話を向けただけだよ」


 物凄く棒読みな感じで、心外だなーと真由美は呟くのだった。






「研究エリアは中学の時に見学に来て以来です」

「俺も来るのは初めてでさ。お互い不慣れなとこだけどここしかないかなと思って」


 喫茶店を出た後、モノレールに乗り優香と共に研究エリアへ来ていた。

 予定の時間より早く来すぎてしまったため担当が来るまでロビーで雑談して時間を潰す。

 話題は当然、此処『叢雲』に関することだった。

 こういった魔導の脇の部分についてあまり知らない健輔に優香が知識を披露してくれる。


「叢雲については私も少しだけ知っています。未熟な身には過分な評価でしたが、提携の話も持ちかけていただきました。それにここはチーム『スサノオ』との連携が1番有名だと思います」

「やっぱり有名なのか? そこら辺俺はちょっと知らなくてさ」

「はい、日本の神話に準えて3貴子といわれてますが、学内大会の優勝争いは3チームの内どれかになることが多いそうです」

 

 アマテラス、ツクヨミ、スサノオ。

 アマテラスは生徒会を中心としたで総合力に優れた最多の優勝回数を持つチーム。

 ツクヨミは全員が後衛という超火力チームで真由美は猛烈なお誘いがあったらしい。

 スサノオは全員が前衛という超絶殴り込みチーム。

 アマテラス以外は極端に走り過ぎているがそれでもかなり強い。

 これらを3貴子と言い天祥学園でもかなり有名なチームである。


「外国の姉妹校にも似たような有名チームがありますけど世界大会では毎回その辺りとこれらのチームがぶつかってますよ」

「なるほどな。ありがとう。ダメだよな。その辺り全然知らないんだよなー、俺もちゃんと情報は集めないといけないな」

「そんなに大層な情報ではないですよ。基本的なことでしかないですから」


 3貴子は極端な相性差を除けば基本的に拮抗した実力を持っている事が多い。

 健輔は優香からそのように説明を受けた。

 では今期はどうなっているのか。

 そんな当然の疑問を抱いた健輔は尋ねてみる。


「ところでさ、今の代ってどこが強いんだ?」

「アマテラスです」


 少しも悩まずに優香は即答する。

 一応スサノオを応援しているはずの施設でそれはどうなのか。

 なんというべきか迷っている健輔に第3者が声を掛ける。


「九条さんが言ってることは正しいですよ。佐藤君」


 健輔にもそして優香にも聞き覚えのある声だった。

 優香の落ち着いた返答が声の主を教えてくれる。


「笹山先生」


 健輔のクラス担任大山里奈の親友、笹山彩夏がそこにいた。

 

「お待たせしました。ようこそ叢雲のラボへ。歓迎しますよ」


 彩夏が彼ら2人の案内を担当する旨を伝えら奥へと案内されるのだった。


「私は学生時代、スサノオで里奈はツクヨミに所属してたんですよ」


 健輔は数える程しか会話のしたことのない人物だったが冷たい外見に反して雰囲気は柔らかい人だった。

 2人は彩夏の話を聞きながら研究区画へと案内をしてもらう。


「先程の話ですが今期はアマテラスがぶっちぎりです。真由美ちゃんがツクヨミにいたら話は変わるんですけどね」

「そんなにアマテラスは強いんですか?」

「ええ、真由美ちゃんの世界ランクが5位というのは知ってますよね?」

「はい、知ってますけど」


 優香が少しだけ堅い表情で彩夏から話を引き継ぐ。


「アマテラスにいる、私の姉のランクが2位なんです」

「はあ!? あのお姉さんが?」

 

 九条桜香、彼女こそが3貴子のバランスを破壊している張本人だった。

 健輔は母性に溢れた雰囲気の優香に良く似た女性を思い出す。

 凄みを感じさせる人物だったが、そこまで強いとは思わなかった。

 真由美以上の領域など今の健輔では想像も出来ない。


「それ以外のメンバーには得手不得手があっても、強豪チームの水準を満たしたレベルですね。しかし、桜香ちゃんがいる分エースの能力差で引き離されてしまうので今年はアマテラスが優勝の最有力候補です」


 もっともと、付け加えると彩夏は悪戯っぽい顔しながら続ける。


「やってみないと結果はわからないですよ。何より新興チームにも侮れないところはいっぱいあります。生徒を支える側の私たちも頑張ってますからね」

 

 やる前から結果の決まっている試合など存在しない。

 どれほどアマテラスがひいては桜香が強くとも所詮は去年のデータである。

 1年で信じられない程伸びるチームは割と多かった。

 大会が始まる前と終わった後では別人のような強さを持つ者もいる。


「ここでは、前衛系の研究を中心にやってます。詳しい内容は都度説明していきますので遠慮なくわからない部分とかは聞いてくださいね」


 頑丈なセキュリティがかかった扉の前で彩夏が注意事項の伝達を行う。

 頬が上気して妙に色っぽい感じになっている優香はかなり期待しているのだろう。

 健輔も秘密基地のような場所にテンションが上がっている。

 天祥学園のもう1つの特徴である魔導の研究機関。

 それらが一体どんなものなのか、健輔は初めてその目で確認することになる。


「では、本日はお楽しみください」

 

 彩夏の言葉と共に扉が開く。

 何があるのだろう。

 健輔はわくわくした気持ちで扉をくぐるのだった。


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