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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第156話

 『スサノオ』戦の終わった翌日。

 昼休みに食堂で昼食を摂った健輔たちは話に花を咲かせていた。

 とりとめなく話題が移り変わる中、美咲が健輔に対してある『噂』について話し出す。

 健輔にとってはある意味で奇襲攻撃に等しいその話の内容は校内でも有名な話であった。


「取材って……え、マジで?」


 どこか呆然としたような声での発言だった。

 季節ズレのエイプリルフールか、と内心で混乱を始める健輔を無視して美咲はあっさりと、


「マジみたいよ。真由美さんとかもそうだけど、新鋭の1年生って感じで放送部がやるんだってさ」


 健輔の希望を一刀両断してしまう。

 明確に肯定されてしまった健輔はそれでも一縷の望みを掛けて再度問い返した。

 悪あがき以外の何物でもないのだが、問われる美咲も周りにいる優香と圭吾も軽く笑みを浮かべて彼を見つめるだけである。


「……それに俺も? 冗談じゃなくて?」

「この冗談面白い? それなら信じなくてもいいけど、どうする?」


 悪戯めいた美咲の笑み。

 何を思っているのか健輔には直ぐにわかった。


「……いえ、その、美咲さんが言うことは正しいかと」

「よろしい。ま、桜香さん撃墜なんていうネタがあるんだから諦めなさない」


 抵抗を諦めるしかない一言である。

 学園最強を撃墜しておいて評価が上がらないなどということはないのだ。

 有名税ではないが諦めればならないことだった。

 微妙にテンションが下降した健輔を哀れに思ったのか美咲はプラスになりそうな話題も提供してくれる。


「そんなに心配しなくてもそんなに健輔に注目してるのはいないわよ。本命は優香やクラウだろうしね」

「そこは同意するよ。こういうのは男性よりも女性の方が映えるしね」

「まあ、俺みたいな冴えない男よりも天才美少女魔導師とかの方が見栄えはいいわな」

「きょ、恐縮です」


 照れる優香に本人を前にして言うことではなかったと健輔も恥ずかしくなるが本心ではあった。

 校内評判から考えても健輔よりも明らかに2人の方がメインだろう。

 健輔が部外者なら大してイケメンでもない男を見るよりも美少女の方を期待する。

 男女問わずに人間として当然の心理だった。


「ま、気楽にいきなさいよ。別にとって食われるわけではないでしょうしね」

「……おう、しかしねー。俺って、そんなに注目されてるの?」

「……本気?」

「健輔……」

「健輔さん……」


 3人から一斉に憐みに似た視線を向けられて健輔は狼狽える。


「え、何その、頭が可哀相な子を見る目」

「あのね。桜香さんがどれだけ凄い魔導師かわかって言ってるの?」

「そりゃあ、ね」


 九条桜香がどれだけやばかったなど、健輔には論ずるまでもない。

 今でも勝てたのは奇跡の類だと本人が思っている。

 高い基礎スペックに戦闘センスも悪くない。

 惜しむことがあるとすれば格上や同格との戦闘経験が少なすぎたことだろう。

 追い詰められるという経験がなかったからこそ、あそこまでの脆さが出てしまったのだ。

 仮に経験まで万全だった場合など想像もしたくない領域の話である。


「わかってるなら自覚しなさいよ。あの人はまぐれで倒せるような人じゃないでしょう? 健輔が倒せるだけの何かを持っていた。そう思うのが普通じゃないの?」

「お、おう」

「もう、自己評価が低いわね。誰かを過大評価するのもよくないけど、自己評価が低いのも問題よ? きっちりと胸を張りなさい」

「反省します……」

 

 自己評価も正当なつもりだったのだが、美咲から見るとまだまだ不足しているようだった。

 実際のところ、美咲の言は正しい。

 健輔は自分をそこまで厄介だと思っていないのが態度からもわかるのだ。

 そんなことがあるわけないのである。

 1年生ではそこまで評価されてないが2年、3年は健輔を高く評価しているものが多い。

 特にレベルの高い魔導師であるほどにその傾向は強くなる。

 桜香の凄さというものを視覚的な部分以外からも判別できるからこそだった。

 健輔の戦い方はビジュアル面ではあまり映えないのだ。

 これが一般的な評価を押し下げている。

 

「ま、健輔もその内ファンとか出来るんじゃない? もしくはもういるとか」

「え、ま、まさかー。俺だぜ? ファンとか、ないない」

「どうだろうね。優香とか、クラウは外にも居るらしいけどああいうのって表面しか見てないから軽いからね」

「はぁ、そういうもんなのか?」

「そ、対して健輔のファンはドロドロだと思うわよ」

「ドロドロ……? 一体、何がだよ」


 ファンという言葉の前に付く形容詞としては予想外の言葉に思わず聞き返す。

 明らかに良い感じの言葉ではないように感じられる。

 ニュアンスも微妙に不穏なのが不安を誘った。


「濃いって意味よ。変に捉えないでよ? 本当にあなたのことを評価してるってことなんだから」

「な、なんだよ。脅かすなよ」

「これぐらいの方がちょうどいいでしょ。……もしかしたら、本当にすごい子もいるかもしれないし」

「え、おい、今なんて言った!」

「なんでもー、ほら、次の授業に行きましょう!」

「大事なことだろ!? ちょ、マジでお願い、聞き逃したから」


 笑いながら席を立つ美咲を慌てて追いかける。

 美咲もこの時は冗談のつもりで言っていたのだ。

 まさか、健輔にそこまでのファンが付いているはずがない、と。

 美咲も見誤っていたことがあった。

 外から見れば健輔は凡人の身で天才を撃破したようにしか見えないということを。

 身内の過小評価、美咲もまたそういった視点から逃れることは出来ていなかったのだった。






 天祥学園放送部という組織は学内の部活動の中でも最大規模を誇る組織だ。

 魔導の学び舎たる天祥学園には俗に言う体育会系の部活が存在しない。

 代わりにチーム制度が存在しており、体を動かしたいものや、純粋に魔導の技術を向上させたいものはこれらに所属することになる。

 では、体育会系と対なす文化系の部活動はどうなっているのか。

 こちらは普通に存在しており、掛け持ちも認められている。

 そのためチームに所属している学生も余程の強豪チームでなければ文化系に所属していることが多い。

 運動系がないのに文化系があるのは魔導とは関係ない部分で文化というものを尊重しているからだ。

 ちょうど文化祭などの関係と近いだろう。

 では、普通の私立高校とは少なくとも同じくらいの文化部は存在する中で、何故放送部だけ、正確には放送部を含んだいくつかの部活が大きいのか。

 それには魔導大会が大きく関与していた。

 

「須らく順調、順調。いやー、仕事が終わり向かうのは嬉しくも寂しくもあるね」

「万事順調とは言い難いですが、ここまで無事に来れたのは部長の辣腕あってのことかと」

「持ち上げるねー何、私に惚れた?」

「はい」

「……ボケ殺しはヨクナイアルヨ?」

「そこで折れる部長が悪いかと」


 広い会議室で漫才を行う2人がいた。

 彼らこそが学生最大の組織『天祥学園放送部』を運営する放送部部長と副部長である。

 放送部は大会の運営以外にも広報なども生徒側から担当する組織だ。

 いろいろな役割が付け足されるのに合わせてドンドン大きくなった結果がこの巨大組織の成り立ちであった。

 無論、最近ではシェイプアップを図るため、下部の同好会などを設立して役割の分割が進んでいる。

 別に強権を振るうような立場でもない組織なのだが、妙にデカ過ぎて変な噂が立ったりしているのだ。

 実際、仕事量も多すぎて部活というよりも仕事などになっているのも地味に問題視されていた。

 もっとも、1番忙しい時期は既に終わっており、彼らにとっても凪と呼べるのが今の時期である。

 代わりに学生としては期末のテストがあったりと忙しいのは結局変わらないのだがここにそれを気にするような人物はいなかった。


「でー、たっくん。これが今期の資料ですか」

「はい、校内を代表する魔導師たち、ですね。去年のピックアップ対象者はそのままで1年生を幾人か追加しています。目玉は」

「この2人かー、うんうん、順当ですな」

「華がありますので」


 『蒼い閃光』――九条優香。

 『雷光の戦乙女』――クラウディア・ブルーム。

 1年生の中でもっとも有名なのはこの2名であろう。

 国外からの問い合わせも多い。

 もっとも、これらは戦力調査という側面も強かった。

 クラウディアをピックアップするのは欧州校との関係もあるため、ある種の取引めいたところもあったがそれを感じさせない程に彼女は強い。


「優香ちゃんは『あの』桜香ちゃんの妹でもあるしね」

「他校が少しでも警戒してくれたら御の字、ですか?」

「そりゃ、私たちもそろそろ優勝して欲しいもの。ずっとアメリカと欧州の交代なんていやでしょう?」

「去年の2位が最高順位ですからね」

「あれも結構お祭り騒ぎだったけど、やっぱり優勝がいいよね」

「『皇帝』率いる『パーマネンス』の壁は高い、ですか」


 桜香率いる『アマテラス』が肉薄出来ただけでも桜香の才が恐ろしいと納得できる程には『皇帝』は強い。

 3年間は無敵だろうと思われた1、2である片方を潰しただけでも殊勲賞である。

 今代の彼らでも恐ろしく強いのに次代も順調なところは流石の層の厚さだった。


「高いねー。ま、向こうも世代交代だし。残念なことにって言うのかな? 次代の『皇帝』は負けちゃったみたいだよ」

「ほう」


 『皇帝』ならびに『女神』はどちらも3年生であるため今年で卒業である。

 穴を埋める人材を他校は探していた。

 幸いというべきか日本の桜香は2年生のためもう1年ある。

 そんな中で次代の『皇帝』に近かったものが敗北し、世界戦の出場権を逃しそうになっているのだ。


「あれだね。ハンナ・キャンベルを舐め過ぎたみたい。妹さんも面白い感じになってるし。これは真由美ちゃんとの対決が楽しみだよ」

「勢力図は固定と聞いていましたが、なるほど、こちらと違って新興勢力は台頭することも出来ていないのですね」

「こっちは戦国乱世みたいに激しく入れ替わってるのにねー」

「……それだけ今の代が強いということでしょうね」

「だからだよ。桜香ちゃんを倒したこの子に私は期待してます!」


 部長が指をさしたのは健輔の資料である。

 桜香打倒を成した魔導師の情報は海外のチームが求めているものでそういう人気ならば健輔がトップだった。

 ただファンと呼べるような温かい感じではなかったが。


「新世代たち。まあ、在り来たりですが活躍に期待したいところですね」

「女の子ばっかり注目されるから男の子も頑張って欲しいしね」

「その点は私たちの勝ちですか?」

「ヨーロッパはねー。『女神』がいる間は『ヴァルキュリア』の1強に近いかな」


 試合数的にまだ確定ではないが大凡の世界出場候補は決まって来ていた。

 アメリカが『皇帝』率いる『パーマネンス』、ハンナ率いる『シューティングスターズ』がほぼ確定。

 残り1つの枠を争っているのが次世代の勢力になる。

 欧州は『ヴァルキュリア』が順当に出場を決めて、イギリスの『ナイツ・オブ・ラウンド』やフランスの『ドラグーン』、スペインの『コンキスタドール』などが残り枠を争っている状況だった。

 日本では『クォークオブフェイト』が出場に1番近く、次点で『アマテラス』。

 最後の枠が不明という激戦になっている。


「どこもかしこも怖いチームばかりですね」

「だろうね。言うまでもなく強敵ばかりだから、日本のチームには頑張って欲しいものです」


 第3枠がどこのチームになるのかはわからないがどこが行っても劣ることはない。

 放送部部長の好みで言えば『明星のかけら』か『天空の焔』、『暗黒の盟約』のどこかでが良いがこればかりはやってみないとわからないことだった。


「うーん、楽しみだね! こんなに楽しみな世界戦は初めてかも!」

「先行きが不透明な方がこちらもとしても盛り上げ甲斐がありますからね」

「勝てば感動も一塩だしね。いやー、ワクワクだよね」

「では、楽しく気持ちよくワクワクするためにもしっかりと仕事はお願いしますね」


 ピクっとそれまで笑顔だった放送部部長の顔が固まる。

 錆びついた機械のようにゆっくりと副部長の方へと視線を送ると眼鏡を光らせながら書類を片手に彼は微笑んでいた。


「な、なんでそんなに……」

「あなたの決裁がないと進めれない案件が溜まっているからです。あなたが一押しの候補も含めて校内インタヴューの審査を早く通してください。人員はこちらで割り当てますので」

「わ、私が自分でやろうかなーって」

「菜月君が佐藤選手のインタヴューを楽しみにしすぎて熱を出してますが彼女に『私が行くー』と言ってくれるなら許可しますが」

「ちょ、ちょっと、その物真似誰のよ!」

「部長です」

「私はそんなにきもくない!」


 2人はワイワイと騒ぎながらやり取りを始める。

 プライベートではそこまでの果断さが発揮出来ない健輔にもっとも苦手なジャンルが襲い掛かろうと準備を始めていた。

 背筋に走った妙な寒気に首を傾げる健輔はまだこの出来事を知らなかったのだった。


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