第152話
『クォークオブフェイト』と『スサノオ』が対決する日が実にあっさりとやってきた。
健輔たちの方は多少の弛緩はあれど緩み過ぎているということはない絶妙なバランスでこの試合に臨んでいる。
これを余裕と見るか、あるいは侮りと見るのかで変わる部分もあるが基本的に彼らの側に問題はないと考えて良いだろう。
万事が順調に進んでいるのだから、悪いことが起こり難いとは言える。
良い事が起こる時はそういうものが集中するものだ。
流れ、というものがあるのならば『クォークオブフェイト』は完全に掴むことが出来ている。
その上で離さないように努力もしていた。
好事魔多し、と気分を引き締めているものもいるため、大事になる可能性も0ではないが大凡ないと言い切って良いレベルとなっている。
――翻って、対戦相手ある『スサノオ』はどうだろうか。
心地良い緊張感と確かな絆を感じさせる健輔たち『クォークオブフェイト』に対してこちらは妙にギスギスした空気が漂っていた。
不穏、不信、後は苛立ち。
上手くいっていない修羅場の空気を煮詰めればこうなる、と教科書に載せても問題がないほどに極まっている。
「……健二、準備はどうだ?」
「問題ない。……試合前だ。少し集中してくる」
「わかった」
リーダーが姿を消すのと同時にまるで安堵したような溜息が誰かから出る。
それを見咎めるものもいないまま、『スサノオ』のメンバーは無言で準備を進めていた。
やっていること自体は『クォークオブフェイト』と変わらないのにどこか重い。
チーム全体の心境がそのように感じさせるのか、それとも他に何か原因があるのだろうか。
この場にいる人間もわかっていない問題だった。
どのようにすれば解決できるのかなど、彼らが聞きたいだろう。
勝利を重ねればなんとかなると信じる健二もまたチームのことを思っているし、対立こそしたが他のチームメイトも彼を認めていないわけではないのだ。
それでも掻き消せない何かは彼らが抱える看板の重さか。
「克樹、今回も策はないのか?」
チーム内で健二に反する立場を表だって取る者の中でもリーダー格たる倖月玲雄がサブリーダーである飯島克樹に問いかける。
正面戦闘での勝利をチームの制約として掲げる『スサノオ』では策が取り辛い。
これも悪しき慣習になっているがそれを変えようとするものいなかった。
スサノオの最大の特徴でもあるそれを降ろすのは中々に難しい。
健二のリーダーシップ云々ではなく、積み重ねられた歴史の重みがそこにある。
「ないね」
「そうか……」
それがわかっているからこそ、試合前に文句を言うようなことはなかった。
変えなければならないと誰もがわかっているのに、変えることがない不変の集団。
重苦しい空気のまま、彼らは試合へと臨む。
魔導師というよりも戦士というべき男たちの試合が始まろうとしていた。
『ご来場の皆様へ本日のルールを発表させていただきます。本日は『陣地戦』、双方の全戦力がぶつかり合う戦いとなります』
『細かいルールは~お手元のデータやパンフレットでお確かめくださいますよう、お願い申し上げます~』
「陣地戦、ね」
既に幾度も戦った大規模戦闘。
それを前にしても健輔の心が湧き立つことはない。
興奮はあるがそれよりも気になることがあったのだ。
「さて、意図はどこにある」
ついこの間『スサノオ』をまるで大したことのない相手のように語ったがあれは多分に見栄もある。
何よりも健輔はそろそろクラウディアの前で素直に内情を話すつもりはなかった。
クラウディア側もそれを悟っているだろうに何も言わないということはそういうつもりなのだろう。
「……っと、今はそれは後回しだな」
クラウディアから健輔は『スサノオ』に考えを移す。
再びぶつかる可能性があれど、それは今ではない。
目の前の対戦相手にこそ集中すべきであった。
「『スサノオ』か……レベルは高いんだが、なんというか、自業自縛とでも言うのかね」
既に耳にタコが出来るほど言われたことだが『スサノオ』は近接戦闘において無類の強さを発揮する。
バックスは場合にもよるが基本2名程の事が多い。
補助なしの空中機動戦闘や、周辺把握の技術に長けている彼らはそれこそ最後の1人になるまで戦い続けられる狂戦士でもある。
優香に釘を刺される形になってしまったが別に健輔は彼らを侮ってなどいなかった。
トータルでの生存能力などは健輔にも劣らない厄介な存在であるのは間違いないのだ。
侮るような余裕はない。
「後は『サムライ』望月健二か……」
リーダーである健二も上位10名に名を連ねていなくても十分に強力な魔導師だ。
固有能力『魔導相殺能力』を保持して防御力も並みではない。
この固有能力は砲撃魔導に苦しめられた健二の憤怒に呼応して覚醒したものらしい。
具体的な能力としては、『彼の魔力と接触した魔力を相殺する』というものだ。
これを持って彼は砲撃を凌ぐだけの能力を手に入れた。
とはいえ問題がないわけではない。
「相殺って微妙すぎるよな」
この部分である。
つまるところ身の丈以上の攻撃を無効化出来ない。
他にも相殺は自動判定なのでどれだけしょぼい攻撃でも勝手に防いでしまう。
攻撃用の魔力を溜めていたならば勝手に消費して、だ。
メリットとデメリットが微妙すぎる能力だった。
桜香の『魔導吸収能力』や香奈子の『破壊の魔力オーラ』と比べると見劣りするのも仕方ないだろう。
「まあ、強くない方がいいんだけどさ。仮に俺が覚醒した時にしょぼいとガックリくるよな確実にさ」
固有能力は強力だが全員が一律そういうわけではない。
未だに謎が多いため、どうしてそのような偏りが生まれるのかはわかっていないがいくつかの仮説がある程度だ。
スペックの差などではないか、と言われていることもあるが実際のところは不明である。
桜香や香奈子が強いことにはそれで説明が付くがあまりにも個人差が激しすぎる感はあった。
「トータルでは真由美さんよりも下。場合によっては葵さん位か? いや、もうちょい下かな」
健二の能力を健輔はそれぐらいだと推測する。
真由美やあの辺りの魔導師と比べれば頭1つ分くらい下なのは間違いない。
その実力であれだけの自尊心を持っているのだ。
満たされない、評価されないことをどうのように思っているのかなど火を見るよりも明らかだった。
「妹……、妹、ね。当て付けだろうがもうちょっとマシなやり方はないのかよ」
鬱屈したものを抱えている精神に正論を言ったところで意味はないだろうが健輔は1人の男してもそんな当て付けはしたくなかった。
上を見過ぎた健二の矜持がこの時期に追い詰められてどのような行動に出るのかさっぱりわからない。
優香が才能に溢れていて羨ましいことはわかる。
正確にはその裏にいる桜香に嫉妬していることも共感は出来るのだ。
「……バランスってのも難しいな」
強烈な上昇志向。
上を見ることだけを考えていた健二にとってあの位置で立ち止まっていることが既に不愉快なのだろう。
今はわからないが2年後の健輔も同じように運命や環境など自分だけではどうにもならないことに文句を言っているかもしれない。
あり得るかもしれない将来の姿、そうならないためにも目に焼き付けるだけの覚悟はあった。
『ご来場の皆様、お待たせしました!』
『選手入場で~す』
「時間か」
先ほどまでの思考を置いて、健輔は戦闘態勢に切り替わる。
『スサノオ』は決して楽な相手ではない。
ただやり易くはあるのだ。
上に行くためのちょうど良い壁であることも事実だった。
「お前たちを糧にして俺は再び『太陽』に挑む。……それがお礼だよ」
健輔に敗北したものたちへ返せるものは負けないように努力するだけしかない。
深く触れ合うことがなかったがどこか似ている男が率いるチームと健輔たちはぶつかる。
――『スサノオ』対『クォークオブフェイト』、開幕。
誰にだって切欠というものがある。
健輔が空を舞う魔導師に憧れたように、優香が姉に憧れたように真由美が道を作るために選んだように彼にも始まりの思いがあった。
子ども頃の他愛ない思いは年を経るごとに現実とのすり合わせが行われる。
夢と言えば聞こえはいいが子どもが思い描くものなど、大抵は現実から大きく乖離しているため実現不可能なものばかりだからだ。
彼にも些細な夢があった。
ごく普通のサラリーマン家庭に生まれた彼は別に特別な背景を持っていない。
眠れる力を秘めた勇者でもなければ、運命の相手が存在する戦士でもなかったが小さなころはそういうものに憧れたのだ。
テレビの中にいるヒーローたち、英雄に焦がれた。
普通に生まれた男は夢でさえも特別珍しいものではないという順当なオチが付いたのである。
誰もが掛かる麻疹のようなもの。
自然と成長すれば薄れていくはずの病気だった。
そういう部分もごくごく普通だった彼は当たり前に興味をスポーツなどに移して将来はサッカー選手になりたい、などと言うように平均的な夢へと変化していった。
「行くぞッ!」
「やれるもんならやってみろ!」
それが魔導師に変わったのもまたありきたりな切欠だ。
試合を見て、その迫力に目を奪われた。
どこかの誰かにそっくりな理由で彼はこの魔導の教えを授かりに来たのだ。
選んだチームは厳しく辛かったが成長する喜びがあった。
仲間ともいろいろとぶつかり合ったがそれはまた青春であったと言えるだろう。
だからこそ、この不甲斐ない状況に彼は――望月健二は苛立っているわけである。
「クソッ! そちらから突撃してくるだと!? 舐めるなよ! 1年生ッ!!」
「はっ、女に八つ当たりするような玉無しにはちょうどいいだろう? ここで踏み台にでもしてやるよッ!」
『クォークオブフェイト』の基本戦術は真由美による制圧砲撃の後に突撃を仕掛けることだ。
『スサノオ』もそれを最大限警戒していた。
だからこそ、健二を先頭にして突撃を仕掛けたのである。
そこに1年生の万能系を先頭に逆に突撃を仕掛けてきたのだ。
虚を突かれたのは間違いない。
一糸乱れぬ行軍は一瞬で崩壊、その隙を突いて『凶星』の砲撃はスサノオに降り注ぐ。
「ちぃ! クソッ!」
「はああああああッ!」
双剣での連撃はイベントで戦った太陽の妹を思い起こさせて健二を苛立たせる。
彼が望んだ栄光も輝きも全て持っていった忌まわしい女の妹、そう考えるだけで理性が蒸発しそうだった。
しかし、戦士としての彼はその思いを押さえつけなければならない。
この試合に負けてしまえば本当に後が無くなる。
世界に行けなくなるのは確定だろう。
「っ、それは……それだけはッ!」
「『陽炎』! パワータイプ!」
『バランスは8:2で固定させます』
格上殺し、エースキラー、言い方は何でも良いが健二の相手をさせるのに健輔は最適だった。
桜香ですら落ちているのである。
それよりも大きく位が落ちる彼で健輔を振り切るのは容易ではなかった。
健二とてデータは集めているし、鬼ごっこの際に共闘した時からそれはわかっていたことである。
それでもこれほど早く突貫してくるのは予想外だったし、何より戦ってみてわかったことがあった。
「うまいっ……」
認めるのは癪なことだが同年代だったころの健二よりも健輔は明らかに強かった。
非凡であることに憧れて、非凡であると証明しようとした学園での運命を決める試合で非凡な後輩に敗れる。
中々な皮肉めいた末路に健二の脳は沸騰しそうだった。
怒りで思考が回らなくなる。
彼にはそういうところがあった。
目先のことしか見えなくなってしまう悪癖、順調に物事が運んでいた時は極限の集中力と評価されたものが今では足枷にとなっている。
この戦いの間も健輔は考え続けているのに対して、健二は只管にボルテージを上げているだけだ。
怒りなどの感情が能力を大きく引き上げることはあるが、これらは基本片道燃料である。
健輔のように遊撃として相手の戦力を削るためならばともかく彼のようなリーダーが身を任せて良い衝動ではなかった。
「クソ、クソ、クソオオオオおおおッ!!」
「……ふーん」
鍛え上げた彼の剣はひらり、ひらりと健輔に容易く躱される。
鬼ごっこにおいて桜香に粉砕された時から何1つとして彼は成長していなかった。
頭に血が上り、衝動のままに剣を振るう。
その様を冷静に観察する瞳、感情を窺わせない表情それがさらに健二を苛立たせる。
「澄ました顔をするなあああああ!」
「……こりゃ、あれだな……」
敵が何を言っているのかすらわからないまま健二は剣を振るう。
いつの間にかどこまでもヒートアップしていく感情、力押しでやっていける程強くないにも関わらず彼はそれを自然と選択してしまう。
こと此処に至って、周囲の状況すら目に入らないのだから重症であった。
「……勿体ない」
この試合は何をどうやっても『クォークオブフェイト』が勝利する。
国内でもっとも強い存在と戦ったからこそ健輔にはわかってしまった。
しかし、彼には1つの思いがあった。
腐っても『スサノオ』である。
このまま、この試合を終わらせるのは勿体ない、とそう思ったのだ。
頭に血が上った健二ならば健輔でも瞬殺できる。
それは事実だったが、この戦いを入れても世界まで強豪と呼べる相手と戦えるのは、2回しか残っていないことを忘れてはならない。
強敵として前に立ち塞がって欲しいとそんな欲求が頭に擡げてきていた。
決断までの時間はあまり残っていない。
真由美が相手のチームメンバーを落とすのは時間の問題だろう。
その前に行動しなければいけなかった。
「ストレス溜めすぎなんだよ。――1回頭を冷やしてやろう」
些か不安もあるが良い機会でもある。
リミッターが外れた万能系は扱いが難しくなり、複数の系統を操作するのが各段に難しくなった。
その代わりに地力は大きく上がっている。
結果、星野勝の固有能力がなければ出来なかったことが1部再現可能になっていた。
「見せてやろうか、『陽炎』」
『了解しました。『ソリッドモード』を発動します。対象は『望月健二』』
「ぶっつけでどこまでいけるのか、試さしてもらうさ」
相手の魔力パターン、戦闘スタイルは肌で感じている。
後は技を真似るだけだ。
シルエットモードとダブルシルエットモードのある意味で中間点、新技という程ではないが健輔が用意していた札の1つである。
見世物にはなるだろう。
「行くぞ!」
「ウオオオオオオッ!」
怒りに震える侍を万能の魔導師が迎え撃つ。
戦局に帰依しない私戦に近い争いだったがそれはこの試合の中でも1番熱いものだった。
道を見失った男と道からぶれない男が意地を掛けてぶつかり合う。
その戦いを『太陽』は静かに見守っていた。