第151話
魔導競技はその名の通り、当たり前のことだが魔導を用いて行われる競技となっている。
攻撃も、防御も、翻っては回避にまで、全てに魔導が絡む。
その上で他の技能なども含めて勝者が生まれるのだ。
とはいえ、究極的には高レベルの魔導能力を持つ者が勝利を収めるというのも間違いではない。
魔導に限らず、それは天秤として正しい形であった。
魔導という天秤があり、その秤に載せるのは努力であり、時間であり、仲間であり、才能である。
それら統合したものが総合力として算出されて、個人の力量として評価されるのだ。
では、常に全てにおいて優越したものが勝利するのか。
そう問われると答えに詰まるものがいるだろう。
数が少ないとはいえ、例外があるのもまた、真実であり、揺るがない事実でもある。
格下が格上を倒す。
言葉にすれば甘美であり、実現すれば絶頂すらも味わえる禁断の果実だ。
しかし、禁断である以上、そう易々と実現するものでない。
「それを成し遂げた辺り健輔はある意味で恵まれてるわよね」
「葵さんに言われても微妙に切ない気分になるんですけど……」
向かい合う2人の男女。
場所はクラウディアが宗則と練習していた場所と雰囲気は似ている。
和の空気漂う畳が敷き詰められた空間。
微妙に景観にマッチしていない戦闘服を着込んで2人はその場にいた。
「それでその唐突な雑感とここへの呼び出しは関係あるんですか?」
「とーぜんあるわよ。ちゃんと答えはわかってる?」
「スサノオ対策でしょう? あそこは……まぁ、そういうチームですから」
具体的な部分には言及しない。
曖昧な物言いはよくない結果を招くことも多いがこの場面では間違いではない。
戦場ではベターよりもベストを好む健輔も日常ではそこまでギャンブラーではなかった。
無難な解答でお茶を濁す程度のことはする。
当然ながら葵も健輔の意図には気づいていた。
その上で彼女はニヤリと笑う。
「正解。ま、言いよどんだ部分はスルーしてあげましょう。スサノオは近接戦オンリーのチーム。さて、ここで問題です。魔導における近接戦って何よ」
「……殴り合う?」
「……間違いじゃないけど……。なんていうか、派手に間違うか、正確に当てるのか。どっちかにしてよ。中途半端は基本良くないわよ」
「……うっす」
実は真面目に答えましたとはこれで言えなくなってしまう。
キリっとした顔を作って誤魔化しているが心臓は爆音を立てていた。
無駄な部分も着実に成長している健輔を葵は目を細めて観察する。
数秒の沈黙、激しく問い詰めるつもりもなかったのか。
葵は特に追求せずに続きについて語り出した。
「まあ、殴り合いで合ってるわ。武器は要らない。むしろ、その身体能力で十分なのよ。間合いとかも関係ないわけじゃないけど、剣では中途半端に過ぎるし」
「槍はまあ、空では突撃向きですよね」
空での戦いが基本となる以上、向いている武器と向いていない武器が出てくるのは当然だろう。
地上と同じように扱えるわけがないのだ。
剣は可もなく不可もなくといった程度であり、槍は弱くないが空で使うのならば突撃槍としての役割がメインとなってくる。
速度を活かした1撃離脱これが最適解とされていた。
理由は様々あるが代表的なものは錬度不足だ。
当たり前だが武道を身に付けるのに1か月そこら練習したところで大した意味はない。
魔導と違って堅実な積み重ねと取扱いが必要なのだから当然である。
「普通、武器を使うのは攻撃力を補うため。でも私たちはその前提が崩壊してるわ」
「攻撃を受けても平気な体。さらには、素手でクマを殴り殺せる身体能力」
「全身これが武器、ってわけね。じゃあ、ここで第2問。武器は意味がない?」
「いいえ」
「正解」
素人が扱う以上、武器は後回しにせざる負えない。
そんなことに時間を使う前にエンジン、つまりは心臓部の改良が先というわけだ。
車の性能を上げたいならば先にエンジンをどうにかするだろう。
理屈としては大体同じである。
武道とはある意味で細々とした人間の改良であり、大本から激変させるものではない。
そこに時間を使っても強くなるのに時間が掛かる。
「1年生は魔導の扱い。2年生は己のスタイルを確立。そして、3年生で完成させる。平均的にはこんな感じかしら」
「……葵さんもまだ完成してないんですか?」
「ん? ええ、当たり前じゃない。完成ってのは……ま、比喩みたいなものね。正しい言い方は満足、かな」
「満足……」
高校3年間を超えても人生は続くわけなのでそこで完全に成長が止まるわけではない。
魔導大会に焦点を絞った場合はそうなる、という一例である。
個人差は存在しているが大筋の魔導師はこの道を辿っていく。
これは大会に参加しているなどの有無は関係ない。
幾分言い方を崩すならば、得意な事を探し、伸ばし、物にする。
やっていることはそれだけなのだ。
「で、ここで武器の扱いに話が戻るわ」
「……つまり、俺は先輩から見ても『次』へ行って良いってことですよね?」
「大正解! 最初は私。教えるものは――」
『肉弾戦法』
重なり合う2人の声。
チーム内でもっとも似通った2人はニヤリと音が付きそうな笑顔で対峙する。
わざわざ道場に来たのは雰囲気もあるがそれ以上に力をセーブするためだ。
傷つけてはいけない場所での戦闘で多くのことに気を使わせる。
その上で室内で組み手を行う。
練習というよりも完全に実践であり、体に叩き込むつもりしか窺えない。
当然だろう。
彼女は藤田葵。
優しく手を引っ張って導いてやるつもりなど欠片もない。
崖から突き落として這い上がり、己に殴り返すような人物が好みなのだ。
「じゃ、さっさと始めましょう」
「うーす。手加減したら怒りますよ」
「はっ――まさか、ありえないわ」
ルールは無用。
明らかに練習ではない『戦い』の火蓋が切られた。
「かっ……」
「まずは1発、挨拶の変わりよ」
完全に自然体の状態から健輔の懐に流れるように侵入を果たしてアッパーを鳩尾に叩き込む。
事前に健輔が根を上げるか、葵に1撃与えるまで終わらないと決められていたが不意打ちもいいところあった。
普段見慣れた葵の動きとは違う。
地上で戦うための動作であり、その流麗さに殴り飛ばされながら不覚にも感心してしまった。
「流石ッ! でも、俺も昔のままじゃない!」
畳を傷つけないように魔力で足を保護する。
ここで宙に浮くのは悪手と判断した。
踏ん張れない場所でアホみたいに浮かべば容赦なくこの女傑は殴りに来る。
その程度を読むぐらいは訳のないことだった。
「……ふーん、やっぱり、面白くなったわね。私の眼力は間違ってなかった」
腹を殴られて最初の表情が笑顔など並大抵ではないドMか、大バカのどちらかぐらいしかいない。
「俺を褒めてるのか、自分を褒めているのかどっちかにしてくださいよ」
「あら――生意気、ねッ!」
「ちょッ……」
感心したような響きの後、葵は一切、体感をぶらすことなく拳打を叩き込み続ける。
1発、2発、3発。
全力なら空気を切り裂くところか、音も消し飛ばしそうなパンチだが今はそこまでの威力はなかった。
当たり前だが強く踏み込むこともない、
強化された身体能力で畳を全力で踏み込む。
そんなことをすれば新品の設備もすぐにスクラップである。
失敗すればそういうリスクを蒙ることになると予め言われた結果がこのタコ殴り状態であった。
「ぐっ、かはッ!?」
「はいはい、次次」
スーツは致死に至りそうなダメージは無力化してくれるが戦闘フィールドでない以上ダメージはしっかりと体に刻まれる。
葵曰く、痛みのない成長など意味がない、であった。
別にドMではないがそこに健輔も共感しているため、今回の練習に至っている。
多少痛かろうが死なないのならば安い。
それで少しでも早く強くなれるのならば本望だった。
「泣こうが喚こうが辞めたいというまでやるわよ」
「望む、ところで、す」
「そ、――良い感じね」
その日の夜遅くまで何かが何かを打つ音は鳴り止まなかった。
少年は次の段階へと歩みを進める。
練習という名のサンドバックにされながらもなんとか健輔は葵に付いていくのだった。
「それで優香と健輔は微妙にボロボロなわけですか」
食堂で呆れたようにクラウディアは溜息を吐く。
もうすぐ強豪チームとの戦いだというのに、妙にボロボロな姿を晒している友人たちへ質問してみたらそんな言葉が返ってきたのだから当然だった。
「ボロボロ具合に関してはクラウも人のこと言えなくない? その顔の傷とか正直、相手の人やりすぎじゃない?」
「宗則さんに加減不要と言ったのは私ですから。それにこの程度は自分の未熟に対する良い戒めになります」
頬にうっすらとだが1筋の線が見える。
美咲は女の顔に傷をつけたことに憤っているが当の本人は気にした素振りを見せなかった。
そんな中で怒りを持続させるのは難しい。
美咲は話題を変えるためか自分以外の戦闘魔導師4人に質問をすることにした。
「なんかどこのチームも焦りっていうのかな? 練習とかが激しくなってるみたいだけどどうして? ただ後半戦に入っただけなのにさ」
「美咲の疑問はもっともですね。こちらのバックスも1年生は同じことを言ってましたよ」
「あーなんていうのかな」
「美咲ちゃんにわかりやすく言うともう時間がないんだよ」
「時間?」
代表して圭吾が美咲に事情を語る。
なんだかんだと初期から組んでいる2人は相性が悪くない。
サンドバックにされすぎて微妙にアホになっている健輔や剣の振りすぎで筋肉痛の優香よりはマシな状態であることもここでは重要だろう。
「ええ、時間です。後半戦がスタートしたということは世界戦まであまり時間がありません」
「それはわかるけど……」
「周りがレベルアップしていますから、多少無茶でも付いて行かないと勝てなくなります」
「桜香さんとかね」
「……あれは」
桜香率いる『アマテラス』も後半戦に出場しているが肝心の桜香が1度も姿を現していない。
鬼ごっこを最後に公式な試合では魔導を使用していないのだ。
パワーアップの余波で体に負荷が掛かっているなどといろいろと言われているが実態は大体想像出来る。
「控えには居るみたいだから、いつでも出場できるようにはしてるようだね。でも、あれってチームの強化のためにやってると思うんだ」
「……えげつないわね」
個で強い桜香だがそのチームが強くなることには大きな意味がある。
以前勝利した『アマテラス』と同じように挑めば桜香ではなく周囲から崩される可能性が高くなっていた。
それにきちんと対処するには作戦などよりも個々の実力が重要になる。
優香も、そして健輔もそのために体を痛めつけているのだ。
「でも良くわかったわ。まだ3ヶ月はあるって思ってたけど……」
「実際は1か月くらいですね。12月はテストや試合の大詰めで忙しいですし」
「1月もテストがあるからな。それに世界戦対策がメインになる」
「個人で時間が取れるのは今が最後だろうね」
「バックスはいつでも練習できるから指示がないんだと思います」
「へー、そっか。うん、そんなに時間が経ってたのかー。鬼ごっこなんてまだ2週間くらいしか経ってないのに大昔みたいに感じるわね」
美咲の深く感心したような言葉に一同は頷く。
時間が大幅に加速しているように感じるのは1日が濃いからだ。
息も吐かせぬラッシュ攻撃を受けているような気分なのも当然だった。
「ありがとう。疑問が氷解したわ。これは私も負けてられないかな」
「美咲は既にバックスとして十分な能力があると思いますよ? 1年生ではあなたが1番でしょう」
「嬉しいけど、調子に乗るからそこまで褒めないでいいわよ。先輩とかと比べて優っているぐらいじゃないと自分が納得出来ないから」
人間にとって環境というものは重要だ。
周りのレベルが高ければ付いていこうと無茶もするし、同時に伸びも良くなるだろう。
努力と休息のバランスにさえ気を付ければどこまでも伸びていけそうな空気が今の彼らにはあった。
「向上心に溢れてることで」
「健輔がそれを言う? 葵さんにサンドバックにされてまでも強くなろうとしてるのに」
「才能がないから数倍努力するしかないんだよ。あったらもうちょっと穏やかな練習にしてるさ」
「あまり卑下なさらないで下さい。負けた私が悲しくなります」
「っと、すまん。いや、自分を戒めてないと調子に乗りそうで怖いんだよ」
才能がないと健輔はよく口にするが無形のものである才能をあると断じれる人間の方が珍しい。
傍から見てもわかるほど出来が違うと思えるのは学園でも片手の指で足りるほどしか存在していないのだ。
才能があろうが無かろうが結果が出ている以上、健輔に胸を張って貰いたいクラウディアの気持ちは理解できるだろう。
才能があると言われて実際に強いクラウディアが勝てなかった相手が自分は弱いなどと主張されてしまえば、虚しくなるのも当然だった。
「かと言って、才能があると信じすぎるのも考えものだよ。次の『スサノオ』はまさにそういうチームだからね」
「……そうですね」
スサノオという言葉を聞いた優香が声を凍らせて相槌を打つ。
スサノオのリーダーである健二に彼女は大きな借りがあるのだ。
妹、妹と連呼してくれた相手を易々と忘れるほど記憶力は悪くなかった。
女の執念深い一面はきっちりと優香にも存在している。
「スサノオってあの3貴子だけど何か問題あるの?」
「先鋭化しすぎで人材不足なんだよ。後は特化しすぎて砲撃魔導師のカモ」
健輔が一撃でスサノオを切る。
後半に戦う3チーム、『賢者連合』『スサノオ』『暗黒の盟約』。
この中で1番やりやすい相手を選べと言われたら健輔は『スサノオ』を選ぶ。
「精鋭を選抜するっていうけどさ。1年の段階で何がわかるのかって話だ」
「なんかSFみたいになってるのね」
「ま、事例は一緒だな間口を狭めて通だけを集めるとかやれば末路は衰退だろうよ」
近接戦闘のエリート、正面から戦えば優香も苦戦した強さ、それ自体は本物だ。
やり易いだけであり、弱いわけではない。
しかし、同時に脅威でもなかった。
全てが判別した強さでしかないのだ。
武器の扱いに秀でていて、さらには空中機動戦闘も豊富な蓄積からかチーム全体が高い錬度を誇る。
近接戦に絞れば平均で頂点に立つのは間違いなく『スサノオ』だろう。
今期のリーダーも2つ名として十分な実力がある。
古豪にして、強豪その名は伊達ではない。
伊達ではないが、
「何よりもあいつらの強さにわからないところが何もないってのがなー」
「そうだね。『賢者連合』の方が余程やりにくかったんじゃないかい?」
「スサノオはそのネームバリューと釣り合ってませんからね。私たちがあっさりと勝利する程度にはわかりやすいです」
「……侮ったらダメではないでしょうか?」
「侮るような贅沢出来るかよ。事実を並べるだけだ。予想外の手があるんならそれはそれで面白いだろう?」
健輔はそう締めくくる。
古豪『スサノオ』、変わることを忘れてしまった戦士たち。
その末裔との戦いが迫っている。
戦いを重ねて円熟してきた精神は気負いなく戦いに臨もうとしていた。
優香はそんな中で1人、憂いの表情を作る。
侮りはしていないだろうが先入観は必ずどこかで首を絞めてしまう。
追い詰められている古豪が今まで通りなどというのは希望的観測がすぎるだろう。
健輔がそこに思い至らないほどに緩んでしまっている。
後半戦の隠れた脅威に優香は怯えていた。
これが致命傷にならなければ良いのに、と。
前向きな強さだけが強い訳でない。
追い詰められた強さと相対する時は近づいてきていたのだった。




