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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第148話

 勉強会への強制参加。

 当初の参加者の寮でやる予定だったらしいが女子寮に健輔が立ち入れるわけがなく当然変更となっている。

 男女ともに夜遅くもしくは泊まりで行けるところなどそうは多くなく必然場所は限られた。

 

「で、部室と」

「だってそのまま泊まることも出来るしシャワーとかもあるからね。簡易合宿所みたいなものだし、届出を出せば監視も機械でやってくれるから」

「もうちょっと男女比を考慮していただければそんなことを心配する必要はなかったと思うんですけど、その点は如何でしょうか?」

「今更、でしょう? それとも何? 私たち3人がお嫌ですか? 万能系の魔導師殿」


 ニヤリと笑いかける美咲に降参の意を示すように両手を上げる。

 口で美咲に勝てると思うほど健輔は自分の弁舌能力を評価していなかった。

 

「それじゃあ、夜にねー」

「ああ、ありがとさん」


 わざわざ口頭で伝えに来てくれた美咲に礼を言って別れる。

 まだまだ授業があるため、軽く肩を回していい音を鳴らしてから教科書などの用意を始めようと思案を始めた健輔だったが


「痛っ! って、いきなり誰だ!」


 何者かに勢いよく肩を掴まれる。

 振り返るとそこには健輔の後ろの席に座っているクラスメイトが妙なオーラを纏いながらものすごい目で健輔を見ていた。


「なあ、健輔。俺たちって友達だよな?」

「お、おう」

 

 有無を言わせない迫力につい、頷いてしまう。

 実際、半年も同じクラスにいれば馬が合う、合わない程度はわかるし当然のように付き合いも増えてくる。

 特別広い交流網を持っているわけではないが健輔もチームメイトや対戦相手以外の知己も存在していた。

 そんな中でそこそこ馬が合うためよく話すのが彼――清水(しみず)大輔(だいすけ)である。

 名前が似ていたことなどもあり、圭吾を除けば男子の同級生で最も仲が良いのは彼だろう。

 健輔も賑やかな人物である彼が嫌いではなかった。

 そんな彼が戦闘慣れした健輔をビビらせる程のプレッシャーで話し掛ける。


「友達ならいろいろ聞きたいことがあるんだが、いいよな!」

「あ、ああ、別に構わないけど……」

「じゃあ、放課後にちょっと付き合ってもらおうか」


 戦闘慣れした健輔を引かせる程の圧力に屈しながらそこまで俺と遊びたいのか、と健輔はずれた感想を抱いていた。

 自分の事は案外客観視出来ないとはいえ、これは重症であろう。

 男子の怒りの代弁者として大輔は正義と嫉妬の心を胸に放課後を待つであった。




 授業を終えて帰りに寄り道をする。

 学生としてごくごく自然な行動であろう。

 妙に暑苦しいクラスメイトと2人、世界的に有名なファーストフードのチェーン店で軽く物を頼んでから席につく。


「それで? 急になんだよ」


 時間が経ったためかプレッシャーも大分緩んだため、健輔はいつも通り軽い気持ちで問いかける。

 あまりにも自然な物言いに相手の額に青筋が浮かぶが健輔は気付かない。


「急じゃないわ! お前が妙に忙しそうにしてるから、遠慮してただけだが最近は暇そうにしてたからようやく頼めたんだよ!!」

「そんなに声を張り上げるような事なのか?」

「こっちからすれば十分に大事だわ! 言え! ま、丸山さんと夜に会うとはどういうことなのだ!?」

「……はあ?」


 一瞬自分の耳が壊れたのかと疑ったが相手の表情から察するに真剣に言っているらしい。

 ここにきてようやく健輔も事態が把握できた。

 早い話、いろいろと勘違いされているらしい。


「いや、ただの勉強会だけど」

「何ッ!? べ、勉強会だと……よ、夜にか?」

「ああ、部室でだけど」

「……う、羨ましい……」

「あ、あの……」


 男泣きを始める友人に対処方法が思い浮かばず、健輔はドリンクに手を伸ばして沈黙することを選ぶ。

 興奮している者に何を言っても無駄である。

 健輔は経験から理解していた。

 葵という理不尽の化身によるありがたくない薫陶の賜である。

 それから3分間ほどの沈黙が場を覆う。

 男泣きを続ける友人に微妙に引きながら健輔はひたすらに落ち着いてくれることを祈った。


「……暇――」

「――健輔えええ!」

「うおいッ!? な、何だよ。急にびっくりするだろうが! というか声がでかい」

「どうして、どうしてお前の周りにはあんなに美少女が多いのだぁぁぁ……。頼む、俺にも教えてくれ……。俺は魔導師は美人の子が多いと聞いてこの学校に来たんだ。噂は事実であり、この楽園に歓喜したのに一向に春が訪れない……」

「お、おう」

「だが!」


 正面から健輔も驚くほどの力で肩を掴まれる。


「我が友たるお前にはあの孤高の白百合、九条優香様を筆頭に素晴らしい美女・美少女が寄ってきている。その方法を教えてくれ!」

「こ、孤高の白百合? 誰だよ……」

「お前が毎日一緒に登校とかいう羨ましい行為をしている九条優香さんだよッ!」


 怨念と怒気が込められた魂からの叫びであった。

 流せるのならば血涙も流しているだろう。

 男子高校生特有というべきか、こういったテンションは嫌いではないが自分に降りかかってくるとめんどくさいことこの上なかった。


「わ、わかったから、とりあえず肩を離して声を落とせよ。恥ずかしいだろ」


 店内からかなり注目を集めている。

 これ以上収まらないようならば、席を立つことを考えるべきだった。


「ぐっ、すまん。つい興奮しすぎたようだ」

「とりあえずは順に話してくれ。優香が何だって?」

「ゆ、優香……。う、うらやま、もとい恐れ多い……」


 何やら激しい葛藤している友人に少し引くものを覚える。

 戦闘中の自分も傍から見ればこうなのだろうかと思うと少しだけ死にたくなった。

 何故か会話もしてないのに急激に2人のテンションが下降する。

 上がったりと下がったりと忙しいテーブルの一角でようやく落ち着けたのか、大輔は静かに口を開いた。


「先ほども言ったが俺がこの学園に来たのは……そ、そのだな」

「美人が多い、だろ?」

「ああ、実際その通りで嬉しかったわけだ。後は彼女が出来れば完璧だと思っていたら」

「女子に縁がなかった、と」

「うむ」

「……そんなにないのか? クラスにも可愛い子はいるだろう?」


 健輔の周りにいるのは飛び抜けた類の美人だが実際この学園の平均値はかなり高い。

 魔導の恩恵なのか肌のハリなども含めて余程元の作りが悪くない限りある程度の美貌は保証されていた。

 クラスの中にも前の学校、本土でならクラスで1番可愛いだろうクラスがそれこそ10人規模で存在している。

 40人程度のクラスで約4分の1が可愛いと断言できるのだから十分だろう。

 下手な鉄砲ではないがある程度的を絞っていけば彼女を作ることも可能なはずであった。

 少なくとも先の鬼ごっこなども含めて十分以上に接する機会はあったはずである。


「……可愛いがこの学校にいる女子には落とし穴があったのだ」

「落とし穴?」

 

 訝しげな健輔の声に大輔は重く頷く。

 そして、健輔が気付いていなかった真実を教えてくれるのだった。


「この学校の女子たちはな。――自分より強い男子が好みなことが多い」

「……はあああ!?」

「嘘みたいだろう? だがな、事実なのさ」


 自分より弱い男はちょっとと告白を断られた男子がかなりの数存在するとのことを大輔から聞いて健輔は少しだけ思い当たることがあった。

 桜香を撃破した辺りから妙に女子に話しかけられることが増えていたような気がするのだ。


「この事実を知った時、俺は絶望したよ。夏に告白した子に同じことを言われてからはもはや思いは確信に変わった……」

「そ、そうか……」


 別に大輔が特別弱いわけではない。

 この学園は代々女子の方が強いのが伝統だ。

 わざわざ戦闘カリキュラムがあるところにやってくるような目的意識バリバリの女子はレベルアップが速い。

 逆に大輔のように大した目的もなくやって来たものたちはレベルアップが遅い。

 ここから挽回しようとチームに入る男子もいるのだが、女子にボコボコにされるうちに諦めてしまう。


「知ってるか? 九条さんはお前と話す時は笑顔だが、他の男子と話す時は無表情で目すら合わせないんだぜ……」

「そ、それって、いや、何でもない続けてくれ」


 ただ単に恥ずかしがってるだけでは、とそんな言葉を飲み込む。

 大輔の中で既に答えが出ているものに突っ込みを入れたところで反論されて終わるのがオチである。

 そんな無駄なことに力を使うつもりはなかった。


「ならばとバックス系に狙いを移したのだ。だがな……こっちもダメだった。私よりも賢くないと嫌、とな」

「……そっか」


 大輔がバカなわけではないがバックス系は頭が良いため、どうにもならないだろう。

 この時点で健輔にはある考えが過った。

 それって体よく断る理由に使われてるだけでは、と。


「ま、まあ、相談には乗るよ」

「いや、ここからが本題だ」


 まだあるのかよ、ツッコみたくなる心を必死に抑える。


「誰でもいいから、紹介してくれ! それがダメなら勉強会に俺も呼んでくれないか!」

「あー……」


 切実な願いに友人として応えたかったが健輔にも都合がある。

 まず、紹介が出来ない。

 美咲にそんなことやろうものなら確実に口を聞いてくれなくなるだろう。

 優香はまず良く知らない異性と話すのが不可能だ。

 クラウディアはこちらの立場を汲んで会ってはくれるだろうがその後に大輔では一刀両断されてしまう。

 クラウディアこそ、私よりも強くないとダメ系女子の代表格である。

 確実にお眼鏡に適わないと断言出来てしまう。

 勉強会も健輔が主導するならばともかく美咲企画のもので、彼は強制参加を命じられた哀れな生贄である。


「……すまん。協力できそうなことがない……」

「な、何故だああああああ……」


 崩れるクラスメイトを宥めて後日、圭吾と共に説明するということでその日は納得してもらうのだった。




「あれ? 健輔、なんかうまくなってない?」

「え、マジ?」

「……本当ですね。魔力流れがとても綺麗になってます」

「流石ですね!」

「お、サンキュー」

 

 勉強会と言ってもメインで扱うのは必然魔導関係のものとなる。

 その中で1番重要なものが何かと言えば術式関係、もしくは魔力回路関係のものだろう。

 この勉強会ではそっちの方面のものも美咲が率先して見てくれる。

 バックス系の支援術式に関するもので彼女の知識を超えるものはこの場にはいないからだ。

 戦闘に限るならば健輔も負けてはいないのだが、如何せん偏りが酷くテストなどの対策には役に立たない。


「リミッターを外して自然とうまくなったのかな? うん、前のブレブレとは全然違うよ」

「ブレブレって……」

「なんだかんで実践はやっぱりうまいよね。……理論はぼろぼろだけど」

「健輔さん、応用魔導学の魔導紋に関するところの解答全部間違ってますよ」

「私、0点って初めてみました!」

「優香、そこは嬉しそうに言うところじゃないから。ほら、健輔へこんでるよ」

「あ、ご、ごめんなさい」


 優香の純な意見に健輔の心が粉砕される。

 クラウディアが真面目な表情で評するのも地味に辛いが感心されるのはもっときつかった。

 

「ま、魔導紋は……苦手なんだよ……」

「そう言ってたら勉強にならないでしょ? この間の『賢者連合』戦でも魔導陣が活躍したんだし、もうちょっと興味を持って、ね?」

「お、おう……」


 式、紋、陣の段階でレベルアップする魔力の流れを補佐することで効果を発揮する各術式だが、この中で1番地味なものが魔導紋だった。

 魔導式は細かいものを含めて健輔たちも多く使用している。

 基本的に1つの効果にもしくは魔導機に収まるサイズの処理を魔導式と呼んでいた。

 魔導紋はそれよりも大きいが魔導陣のように大規模でないもの、つまりは中くらいの分類になる。

 

「魔導紋が難しいのは私もわかりますけどね。日本ではあまり盛んではない分野のようですし」

「あれ? ってことはヨーロッパは違うの?」

「はい、傾向を分けると日本が魔導式、アメリカが魔導陣で私たちが魔導紋でしょうか。こちらではあまり聞かないでしょうけど、系統魔導紋というのがあったりするんですよ」


 小型化が大好きな日本人は魔導式にこれでもか、というほど詰め込む研究が盛んであり、世界で1番効率が良い。

 桜香の魔導機『アマテラス』は彼女のスペックをフルに発揮するために変質的にまで整えられた術式をいくつも保持しているという噂があり、それは大凡事実だった。

 逆にアメリカは『賢者連合』が使ったような大味の魔導陣が得意分野である。

 丸ごと全てを消し飛ばす、もしくは大勢に効果を及ぼすということに掛けてアメリカ校を超えるところは存在しない。

 それらに対して欧州は中間点たる魔導紋に力を入れている。

 変換系などの新しい系統の開発も含めてスキル系統の研究が充実しているのだ。

 逆に式や陣などは個人単位が主流であり、チームで気合が入っているところは少ない。

 

「私のライトニングモードはかなり珍しい類のものだったですが……」

「あー、こっちはある程度のレベルだと固有術式持っている人多いもんね」

「はい、それに効率もとても良いです。優香のプリズムモードは1年生どころか個人保有のレベルでもギリギリのものだと思いますよ」

「そうなんですか?」

「いや、あれ組み込んでる術式のレベル凄い高いからね?」


 健輔とクラウディアは未だに詳細を知らない――正確には聞かないようにしている――のだが詳細を把握していなくてもあれが飛び抜けて難易度が高いことぐらいはわかる。

 己をコピーする、と言葉にするのは簡単だが着々と変化する外見にまで対応するなどどれほどの処理能力を持っているのか。

 健輔では想像も出来ないレベルの話であった。


「他人事みたいな顔してるけど、この中で1番私たちの手を煩わせているのは健輔だからね? 忘れないでよ」

「美咲様には大変お世話になっております」


 謝罪ならぬ土下座を持って感謝を示す。

 自分で作っておいて真面に扱えないダブルシルエットモードの術式を美咲は今も懸命に整えてくれている。

 無駄を省き、よりシャープな形へと現在進行形で変わっているのだ。

 

「ほらほら、土下座なんていいからの次のやつを作るの。それが恩返しよ」

「あ、健輔さんの魔力が乱れましたよ」

「どうかしたんですか?」

「い、いや、なんでもない」


 美咲が可愛いくて一瞬動揺しましたとは言えず誤魔化す。

 いつもと同じ部室なのに一緒にいる人間が違うだけで光景が変わるのだから不思議なものである。

 和気藹々としている女の園で居心地の良さと悪さを同時に感じながら、健輔は勉学にいそしむのであった。


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