第144話
戦況は2対1で相手は強豪チームの1員。
対して名が知られていようとも相手は1年生の、しかも女子が1人。
誰がどうみても前者が有利な状況、その判断に誤りはなく事実経験値において『賢者連合』は優香を圧倒していた。
「……侮ったつもりはなかったんだがな」
「先輩、そっちに行きました!」
「わかってる!」
飯島亮は創造系・流動系の使い手にして3年生、魔導師としてはベテランの域にいる。
隆志や妃里と比較して戦闘能力では僅かに劣るが強豪チームの3年生としては決して不足している存在ではない。
前衛として盾をこなす浦上尚樹も2年生にして『賢者連合』の中で直接戦闘能力は1、2を争う魔導師だ。
能力が不足している事などありえない。
ならば、この事態が起こっている原因は何なのか。
「クソ、はやいッ!」
「焦るな、尚樹!」
『蒼い閃光』――九条優香。
ここに至るまで目立った戦果がほとんどないこと、連携相手の健輔が目立ち過ぎた結果、どちらかというと彼女は不当な評価を受けることが多くなっていた。
曰く、人気先行だ、もしくは『不滅の妹』だから2つ名を持っている、と陰で言われていたのだ。
下世話な噂だと2人の信じていたわけではないが、心のどこかで侮りがなかったかと問われれば沈黙するしかないだろう。
こうして対峙して、初めてわかるその実力。
姉など関係なく優香もまたエースクラスの魔導師として、不足ない力を備えていると2人は強制的に理解させられていた。
「こうまで、こうまで翻弄されるかッ! この状況でッ!」
良いようにされている状況に2人のプライドはひどく傷つけられていた。
才能も実力も認めても、相手は1年生で女であることもまた事実なのだ。
彼らもまた相応の修羅場も超えてきたし、何より自分の能力とチームに対して自負を持っている。
「追えない、クソ! 誰だよ、これを大したことないとか言ったのはッ!!」
「はぁ、はぁ……相性が悪いな」
攻撃の一切が当たらない。
戦闘機動という分野に限りならば国内最速ではないかと思えるほどにうまい。
直線移動する速度で減速することなく回避機動を取れている。
優香のポジショニングがうまいのも要因の1つだが、もっとも大きいのは術式だろう。
減速なしで機動を変えるには位置の取り方もそうだが、高度な術式とそれを制御しきる能力が必要になる。
1年生がそんなものを発動させながら戦闘を取れるということが既に脅威としか言いようがない。
「初秋頃のデータは何にも使えないな……。成長が早すぎるっ!」
息も絶え絶えに、亮は素直な心境を吐露する。
武雄は全体の作戦を統括するだけで個々の動きにまで注文を付けることはない。
チームメイトとしては動きやすいため何も問題ないのだが、それは基本的な対策も個人に委託されるということでもある。
事前にデータを集めてパターン研究などはしっかりと行ってきたが優香については直近の試合ではサポートが多く、単独のデータは大会の始まりごろが多かった。
それでも最低限の研究は進めれたし、当時からの成長も予測していたのだがここまで能力が上昇してるのは完全に予想外である。
「健輔のやつも似たようなものか……。下の追い上げがやばいな、おい」
「先輩ッ! そっちへ行きました!」
「わかっている!!」
尚樹を振り切って亮に向かって優香が突撃を敢行する。
亮の戦い方は武雄と似たようなスタイルで、違うのは攻撃に力を入れている点だけだ。
「そこには既に爆弾を仕掛けてあるぞ!」
「『雪風』、行きます」
『プリズムモード、セイフティで起動』
尚樹が時間を稼いでいる間に生み出した地雷原と言うべき空間。
殺し間と言うべき場所へ決死の誘導で優香を引きこんだまでは何も問題なかった。
「やったかッ!」
爆音を響かして、次々と魔力爆弾は炸裂する。
自身を流動系で保護してあるのが武雄と共通する彼の戦法であった。
メインとサブが異なるため、武雄ほどの生存性を失った代わりに決定力となる火力を持っているの亮なのだ。
「先輩、後ろッ!」
「なっ!?」
どうやって回り込んだのか、前方で爆発に飲まれたはずの優香が突如背後に出現する。
「転移!? いや、あの状況でそれが――っ」
障壁を全力で展開して、防御へ回す。
考え事は後にしないと撃墜される危険性があった。
「障壁全開っ! 後ろに回ったのは褒めてやるが――」
背後に回り込んだのは見事であったが、2対1であったことがここでは有効に働きなんとか態勢を立て直す。
優香の魔導機が障壁と接触し、斬撃は無効化される。
高機動型は速度を殺さないようにするため、足を止めれないのが弱点だ。
離脱の隙を狙って尚樹と合流すれば、まだ戦える――はずだった。
「良し、なお――」
「貰いました」
「残念でしたね」
「ばっ――かな……」
亮の視界に映るのは2人の九条優香。
振り返った背後に1人、そして障壁を受け止めたところに1人。
そして――
「先輩ッ!?」
「あなたは少し油断しすぎでは?」
「うえ、ど、どうして……」
亮の元へとやってこようとした尚樹の背後に1人。
合計3人、いや、爆風が晴れたところにある人影から判断するに、
「4人だとッ!? な、何が起こっている」
「それを知る必要はないでしょう?」
「時間稼ぎはここまで良いですか?」
「可能ならば撃破してしまえということでしたので」
「……何!? しまっ、武雄! 読まれて――」
言わせないと優香の1人が斬撃を放つ。
1閃、2閃、3閃と息も吐かせぬ連続攻撃が亮を粉砕する。
彼らにとってもっとも不幸なことは『鬼ごっこ』の正確なデータを取ることが出来ていなかったこと。
あれの後と前では文字通り優香の実力は桁が違う。
元々、2対1でも押されていたものが1対4になって勝負になるはずもなく。
『飯島選手、浦上選手撃墜! 『蒼い閃光』の渾身の魔導が炸裂しています!! 華麗なる4人の閃光が戦況を押し戻す!!』
『きゃー、すごいわーー!!』
響き渡る歓声が状況を押し戻した美しい少女へエールを送る。
『賢者連合』でも上位の魔導師が手も足も出ずにやられてしまう。
この事の意味を誰よりも理解している男は後方で1人、眉を顰めていた。
「……これは、まずいの」
後方の陣で彼にしては珍しく深刻な表情を浮かべる。
『あれ』の発動には今少し時間が必要であり、それを稼ぐための壁が今粉砕された。
実際のところ、展開自体は直ぐに終わるのだが、相手の目を潜り抜けるための準備に時間が掛かっているのだ。
後2分というところだろうが、2人が落とされるのが早すぎたため完全に予定が崩れてしまった。
これの挽回するには攻めるしかない。
どのみち、相手を陣に釘づけすれば勝ちとなるのだ。
「勉、お前はこのまま準備をせい。陸、お前は俺のバディをやれや」
「わ、わかりました!」
「了解です。やっぱり、いつも通りの方がよかったですかね?」
「……大物頼りを見抜かれた感はあるわな」
本来は知恵で持って相手を嵌めるのが『賢者連合』の在り方だが、今回は幾分趣が違う。
『知』は相手を封殺することが可能だが単純な『力』もまた相手を踏み潰せるのは同じだ。
結局、比率の問題とはいえ今回チームの本筋からずれている感じはあった。
それでも武雄がこの策を選んだのにはわけがある。
「ま、悔いは残らんだろうて。やれるだけやらんとつまらん」
「あーあ、俺たちの秘中の秘もそんなもの扱いですか?」
「道具は使わんと意味ないと思わないんか?」
「僕はエリクサーは最後まで取っておく派ですよ」
「おうおう、女々しいことじゃのう」
じゃれ合いながらも2人は前線へ向かう。
相手は『蒼い閃光』九条優香、武雄も陸も相手が2つ名に相応しい怪物だと既に認識を改めている。
快楽主義者の上、刹那的だがプライドがないわけではない。
むしろ、そのような性向だからこそ、プライドは高いというべきだろう。
健輔を評価しているのもその奮戦を粉砕することを前提にしているのだから、上から見下ろしていると言われても何もおかしくない。
「さて、いくか。ま、勝つのは俺だわな」
直接戦闘は好みではないが、そうも言ってはられなかった。
一気に加速する戦況、それでもまだ武雄の掌から抜け出すことは出来ていない。
刻限は少しずつ近づいていた。
「ちぃ、俺ではやはりきついか!!」
優香側の撃墜の報からそれまで回避一辺倒だった健輔が一転して攻勢へと移る。
系統を切り替えて真由美の大規模砲撃を再現したパワーで翼が懸命に構築した地理的な優位は一瞬で無に帰した。
後は一方的な展開である。
新しい攻撃の起点など設置すらも許さないとばかりに休むことなく攻撃を受け続けていた。
小林翼も一廉の魔導師だ。
スタイルを封じられた程度であっさりと負けるほど弱くはない。
「っお……、なんだ!? なんだ!?」
それがあっさりと追い詰められている。
胃が痛くなるようなプレッシャー、空気を引き裂いて迫る必殺の拳。
幾分荒く、威力的には本家に劣るだろうが持っている雰囲気を忠実に再現した葵の拳が翼に襲い掛かる。
鬼ごっこというつい1週間程前の戦闘データではこうではなかったはずの健輔が僅かな期間で脱皮したかの如く成長していた。
星野の固有能力を使っていた時には及ばないが万能系とは思えない圧力に翼は余裕を徐々に失っていく。
「冗談じゃないぞ! こいつ、まだ成長するのか!?」
万能系は地力に劣るからこそ外れなのだ。
仮にそれが解消されてしまったらただの強い系統である。
まして、健輔のように戦闘に長けた才能を持つものには最適な系統だろう。
特化して存在している全ての魔導師にとって天敵のような存在が万能系だ。
どれほど強くてもチョキではグーに勝てないように。
真由美ですらひっくり返せない道理を彼が覆せるはずがない。
「まずい、まずい」
ここで翼が撃破されてしまうのはまずい。
時間を稼ぐどころか、正面から戦闘を挑んで1年生に粉砕されるとは思ってもみなかった。
チームだけでなく個人単位でも全体的にらしくない動きが多いのは必勝の構えに入ったからだろうか。
「落ち着け、落ち着くんだ」
焦りに飲まれれば最後、絶対に勝てなくなってしまう。
しかし、このままでもジリ貧に陥るのは目に見えていた。
「1度、離脱するか」
撤退という単語が頭に過る。
『賢者連合』は9名で戦闘を行える数少ないチームだ。
全員がバックス系統を使える故に、戦闘フィールドに予備として置いておけるのは強みだろう。
今回も全員を戦闘要員として登録してある。
2名落ちてもまだ7名残っていて数では圧倒していた。
しかし、問題がないわけではない。
「あいつらは戦闘能力に不安がある……」
あくまでも予備は予備であり、エースやエースキラーと戦えるレベルではない。
何よりも今は別の作業があるため、彼らを駆り出す余裕はないだろう。
武雄がわざわざ前線に来たのも己以外では優香を抑えることが出来ないと判断したためだ。
あくまでもバックスを戦闘に組み込んだレベルの彼らが本職の戦闘魔導師に1対1で勝つことは難しい。
「……ここが正念場か」
翼が玉砕覚悟の防衛を決意した時、
『そこまでする必要はないの』
頼りになる男の声が入る。
「武雄か!」
『そっちに合流する。そのまま儂は時間まで嬢ちゃんを抑える。わかったな』
「おう!」
武雄は用件だけ伝えて念話を切る。
視界に僅かに映る3人の人影を見やり、翼は作戦が最終段階へ入ったことを悟るのだった。
『予想通りだな。さて、このままいくのか?』
「ですね。なんだかんだと言っても数の上で不利ですし、ここで打って出たら多分相手は策を捨てますよ。そうなるといくら俺と優香でも厳しいです」
『こっちの準備はオッケーかな。いつでも特大のやつをお見舞い出来るよ』
「それじゃあ、そのまま待機で地味に嫌がらせしてくれても構わないですよ」
『りょーかい。頑張ってね』
『私は優香の支援に戻る。美咲、後は頼むぞ』
『了解です。香奈さん、演算補助の準備をお願いします』
慌ただしく整えられる準備。
脳内の喧騒をBGMに健輔は状況を俯瞰する。
「考え事か! 健輔ーーッ!!」
「どうですかね?」
戦闘におけるポーカーフェイスの出来はそこそこのものだと自負している。
余裕も焦りも感じ取られる方がマズイ。
小細工の類ではあるが、それをやらねば勝てない以上健輔はなんでも取り入れるつもりだった。
あれがなかったから負けたなどという言い訳をするのは御免蒙る。
『バレット展開。誘導モード』
「シュートッ!!」
『制御を代行するわ。あなたは系統の切り替えに専念して』
『陽炎ちゃんの方もリンク完了したよー。時間が来たら一気に行けるかな』
「了解です」
誘導弾で相手の攻撃を濁しながら時間が来るのを待つ。
向こうが合流を行うのに合わせてこちらも合流している。
視界の隅では武雄と優香の激しい格闘戦が行われ、そこに翼の的確な援護が行われていた。
「……さて」
初撃でチームが半壊して立て直しを行った時から健輔にはある疑問があった。
攻勢に出ているのに攻め気が弱いのは何故なのか。
9対3、ここまでの数の差がついてしまえば細かい策などいらない。
優香が獅子奮迅しているがそれも武雄が当たれば十分に対処可能な脅威のはずである。
ましてやナンバー2の翼をわざわざ健輔に当てて遊ぶ必要など皆無だった。
どれほど強くなったように見えても根の部分は万能系のままなのだ。
その程度のことを武雄が悟れないとは思っていなかった。
「俺なら自爆させる。なのにそれがない……」
3-3は0だ。
仮に健輔が武雄の立場なら自分以外の全員を突撃させて自爆を敢行する。
それで確実に1人は取れるだろう。
万が一逃げられても他の者も深手を負うことになる。
戦闘能力が今一パッとしない『賢者連合』のチームメイトに不安を持ったから堅実に攻めている。
そんな温い相手に初手で壊滅させられるなどあり得ない。
生き残りが自爆攻撃を読むと判断した上で、時間を稼ぎを行う。
その真意は一体何なのか。
油断なく戦場を見つめながらも思考は思索を続けている。
そんな時に、
『健輔さん』
武雄と交戦している優香からの念話が入る。
「どうだ?」
『手応えがありません。格闘戦に応じているように見えますがこれはフェイクだと思います』
「そっか。……やっぱりね。優香、『あれ』の準備は大丈夫か?」
『はい、姉さんの『結界術式』を参考に組んだものがあります。ただ、万全とは言えないかもしれません』
「気にすんなよ。その時は一緒に落ちるだけだ。うっし、じゃあ後は――」
同時刻、同じタイミングで、
「時間が来るのを待つだけだ」
「時間が来るのを待つだけだの」
2人の男は呟いた。
そして――
『こ、これはまさか、まさかの2発目です!!』
天に浮かぶは巨大な魔導陣。
爆発的に高まる魔力は『クォークオブフェイト』の破滅を予感させる。
武雄の本命の策、それこそこの2発目の大規模戦術魔導陣だった。
自爆は万が一にでも防がれる可能性が存在している。
さらに相手には万能系の健輔が含まれていた。
武雄の意図に気付かれる可能性も考慮して、こちらの策を選んだのだ。
仮に気付いていても初撃と似ているが性質が異なる『これ』は防げない。
ただの純魔導砲撃に近かった初撃と異なり、こちらは光を集めるものだ。
つまるところ、超巨大レーザーである。
会場を覆う巨大な光、視界を塗り潰す破滅の1撃が問答無用で全てを終わらせてしまう。
健輔が読んでいようが関係ない、最強の1撃だった。
「俺の、勝ちだの」
静かな勝利宣言ともに、彼らを巻き込みつつ光が地面に直撃する。
閃光、爆発。
『賢者連合』の陣に残っていた数人以外の全ての人間が光に飲まれた。