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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第141話

 週末。

 始まりの5連戦を終えて、健輔たちは一息を吐く。

 学生に限らず休日は特別であるが来週には『賢者連合』との試合を控えた局面のため、いつもよりも気を使う者が『クォークオブフェイト』にも多かった。

 万全の態勢で挑めるように体を休める者。

 ストレス発散のため1日は遊びに使う者、ひたすら体を鍛え上げる者など過ごし方は様々だったが健輔だけは少し毛色が異なっていた

 

「それで~、尋ねたいことってなんですか~?」


 『陽炎』の調整を終えて空いた時間を貰う。

 文化祭を終えてから判明したダブルシルエットモードの負荷対策なども進んでおり、健輔たちの前途には希望が満ちていた。

 里奈もそのように認識していたし、実際そうなのだが生徒の表情が裏切っている。

 軽い話題かとも思ったがそうじゃないらしい、教師として積んだ経験が彼女に訴えかけていた。


「何か~大切なことですか~?」

「……まだ、確定じゃないですけど、多分そうです」


 健輔に似合わなう迂遠な物言いは本人も自信がないからだろうか。

 里奈の中で軽い相談という線が消える。

 これは疑いようのない重い相談だった。


「そうですか~。……時間は~いりますか~?」


 優しく問いかける声に首を振る。

 既に悩むだけ悩んでいた。

 結論は変わらず、佐藤健輔は今を全てを捨て去る可能性を考慮してもさらなる高みへと昇りたい。

 無論、それは最悪のパターンであり、考えすぎの可能性もある。

 それを確かめるためにも里奈に相談することを決意したのだ。


「万能系についてお話したいことがあります」

「万能系ですか~? 一体、何を――」

「新しい、使い方を思いつきました。魔力を直接選択するものです」


 健輔の発言で温厚な里奈の表情が確かに固まる。

 それは学生のレベルにはまだ下りていないはずの情報であり、万能系の根幹を揺るがすものであった。

 そんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったことで里奈をして一瞬だが、態度に動揺が出てしまう。

 そして、健輔はそこを見逃さなかった。

 彼の違和感、万能系の真実はやはり当たっていたのだ。


「知ってたんですか?」

「……びっくりしました~。そう、ですね~。簡単に説明しましょう~」


 すなわち、万能系のもう1つ使い方について里奈は健輔に話す。

 大体、健輔の予想と合っていたことは野生児染みた本能の成せる技なのか、そこそこ回る頭のおかげか。

 困った表情で里奈はゆっくりと口を開くのだった。

 

「佐藤くんの~予想通り~万能系には~既存の系統とは違う使い方といいますかね~。それがあることは確認されてます~」


 魔力回路は原則1個、サブ回路を含めて2個。

 これが魔導の原則である。

 桜香のようにごく稀に2つ以上の構築が可能なものがいるが、これは例外のため今は考えない。

 研究が進めばいづれ皆が彼女たちのようになるのかもしれないが、少なくとも10年以上は先の話だろう。

 そんな中で明らかに既存の系統とは使い方が異なる系統がある。

 『万能系』――全ての系統を使えるこいつの存在は近年でも大きな発見の1つだった。

 細かい経緯を除いて結論だけを言うと最初の万能系は上に倣っていうならば『どんな魔力でも生み出す』魔力回路が1つだけ存在するものなのだ。

 1つの回路でどんな魔力でも生み出せるというべきだろうか。

 1系統に限るならば、それこそ完璧に万能だった。


「でも~ご存じの通りに~あなたたちにはそのことを説明してないですよね~」

「はい、というか。普通は気付かないです」

「佐藤くんは~気付いたじゃないですか~。やっぱり~ダブルシルエットモードですか~?」

「それと星野さんのおかげです」

「ああ~、そういえば~龍輝くんも~気付いてましたっけ~」

「え……」

「佐藤くんが~1発で気付くんですから~あれだけ使ってる龍輝くんが~気付かないはずないですよ~」


 予想外に出てきたライバルに健輔は若干の苦さを覚える。

 自分の方が早いと思っていたが先を行かれたとは思わなかった。

 変なところで敗北感を覚えてしまう。


「そう、ですね」

「あらら~、男の子ですね~」

「す、すいません」

「いいですよ~。気にしないで下さい~」


 龍輝がこの事実に気付いたのがいつなのかは知らないが、里奈の言い方ではつい最近という感じではなかった。

 健輔と戦う以前から気付いてあの状態ならば自ずとライバルの選択もわかる。


「あいつは安定を取ったんですか?」

「そうですよ~。リミッター、制限には~意味がありますからね~。何も問題がないのなら~普通に使えば~良いわけですし~」

「それは……」


 リミッター、制限と里奈が決定的な言葉を口にする。

 万能系を扱う魔導師にはそれに類するものがあると彼女が認めたのだ。


「ここまで言えば~もうわかっちゃいますかね~?」

「はい、つまりは今の状態は制限が意図的に掛かってますね?」

「正解です~。正確には暴走を抑止するために~ですね~」

 

 万能系は1本の回路しかない。

 このままだと使えないため、改良を進めたのだが最初の万能系が実験中にある事故が起こる。

 それはちょうどダブルシルエットモードを使った時の健輔と同じ、内から破裂しそうな魔力の高まり――魔力暴走のことであった。

 どんな魔力でも生み出せるが別の種類の魔力を生み出した時に生じる負荷が大きすぎるのだ。

 個人レベルでは到底制御出来ず、錬度を上げてしまった場合は予想もつかない。

 そのため、安全弁ではないが普通に扱えるような形に研究方向はシフト、今の健輔たちのような形になった。

 処置されている内容はそこまで複雑ではない。

 スロットを増やし、そこで魔力を生成するようにしたのだ。

 1本のラインを10に分割する感じである。

 結果、出力が下がることになり地力に制限が付いたが研究用には何も問題がない形に落ち着いた。


「スロットが増えるのってそういうことだったんですか……」

「ですので~分割した最大数で自然と上昇は止まります~」


 里奈はそういって話を終えた。

 健輔が感じた違和感はどこか、無理矢理魔力を分割されているイメージを受けたところから始まる。

 決定打はダブルシルエットモードだった。

 異なる魔力が己の内であれ狂うのが感覚として理解出来たのだ。

 あれの制御は困難極まるだろう。


「……」

「ふふ~、考えていることを~当てましょうか~?」

「リミッターを外してくれって言ってもダメですよね?」

「は~い、はっきりと言うと~そうですね~」


 当たり前の話だが簡単に制御できるならばリミッターはいらない。

 万能系ははっきり言ってかなり厄介な能力だった。

 系統のみの才能に限るならば桜香のものよりも暴れ馬なのだから、その程度がよくわかる。

 仮に少しの発想などで制御できるならば、とっくに万能系は最強系統として世に知れ渡っていただろう。


「こう、なんとかならないですか?」


 リミッターを解除すると今までの使い方とは大きく変わるだろう。

 下手をするとまったく違うものに手間取り、健輔は現在から大きく弱体化する可能性があった。

 ならば今のまま行くことも考えたのだ。

 しかし、困難であろうともより強くなれる可能性があるのならば挑戦したがるのが健輔という人間である。


「……はぁぁ~、佐藤くんは~いつも~難しいことばかり言いますね~」

「うぐっ……、す、すいません」


 里奈には頭が上がらない。

 『陽炎』のことだけでなく、多くの事でお世話になっている。

 今後も一生、健輔の里奈への尊敬の念は変わらないだろう。


「……方法が~ないわけではないですよ~」

「マジっすか!?」

「ただ~リミッターの解除とは~ちょっと違います~」

「違う、ですか?」

「はい~、わかりやすく言うと~全体出力に~制限をかける形に変えますというか~」


 今は系統のスロットに収めてそれが上限値になっている。

 100の力を10に分割して、そのうち5つしか使えないのが今の状況だ。

 通常がスロットに10ずつ入っていて上昇させるのに対して万能系は常に全体で数値が変動する。

 万能系は初期値が各段に高い上に複数の系統の性質を有するため制御が難しいのだ。

 里奈の提案は今のスロット型をやめるということだ。

 100の力の振り分けを常に自分で決める。

 ただこれは初期値であると同時に制限限界でもあり、これ以上は健輔が破裂することになりかねない。

 だからこそ、100以上出せないようにリミッターを懸けようという提案だ。

 こちらでも単純に考えて健輔の力は倍になる。


「や、やります!」

「でも~各系統の切り替えとかは~一気に難しくなりますよ~。後~リミッターは~私と彩夏ちゃんの~認証がないと~絶対に外せないように~同意してもらいます~」

「時間限定とかダメですか?」

「う~ん、それはもうちょっと~つめないとダメですね~。今は~答えれません~」


 最悪の展開だと今までとはまったく違う扱いになって著しく弱体化することも考慮していたのだ。

 それに比べれば扱いが難しくなる程度大したことはなかった。

 多少、急いでいる感じはあるが時間的な余裕はあまり残っていない。

 茨の道だとわかっていても、先に進むのだ。


「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」

「頭は上げて~くださいね~。先生ですもの~生徒のお願いは~なるべく叶えれるように~努力するものです~」


 それが里奈の生き方で信念である。

 健輔が何の考えもなしに力を持て来たのなら反対したが、自分なりにしっかりと考えて来たのなら叶えれるように努力すべきだろう。

 頻りに頭を下げる生徒を優しい瞳で見つめる。

 いつだって前に進む覚悟をした生徒たちは素晴らしかった。


「では~処置を~行えるように手配しますね~。多分~日曜日~月曜日になると思います~。『賢者連合』戦は~ぶっつけ本番に~なりますけど~いいですね~?」

「はい!!」

「きちんと真由美ちゃんと~連絡しておいて~くださいね~。処置は~今、行っているものを~解除するだけなので~すぐ終わりますから~」

「はいッ!」


 安定を求めた龍輝と変化を求めた健輔。

 2人の万能系の道が決定的な意味で別れたのはもしかしたらこの時だったのかもしれない。

 真の万能系がどれほどの暴れ馬なのか、それを知らずに健輔はより強くなることを思い、未来への興奮を隠しきれないのだった。

 



 健輔が今後、現れる強敵たちに対抗するため更なる高みに至ることを決意した時、1人の少女がある目標を打ち立てていた。

 長い黒髪に、最近は優しくなった瞳。

 文句のつけようのない美少女――九条優香が静かに部屋で瞑想を行っていた。

 極限の集中力を持って優香は自己への埋没を試している。

 桜香がそうであったように、優香の番外能力にも更なる深さがあるかもしれない。

 希望的観測に過ぎるがまったく根拠がないわけでもなかった。

 九条桜香の妹として、優香も姉には届かずとも豊かな才能を持っている。

 それら全てを優香が余さず活用出来ているのかと言うとそれはありえなかった。

 どれほどの完成度であろうとも彼女もまた1年生。

 同級生にとっては恐ろしいことに、まだまだ発展途上だった。


『マスター、お時間です』

「……ええ、わかった」


 ゆっくりと目をあけるとその瞳は彼女を象徴する色、空の青に染まっていた。

 桜香に負けない同調率は彼女の潜在的なスペックの高さを示している。

 少しずつ、体を慣らすように番外能力の性能を引き出していく。

 これはそのための訓練だった。

 目立たないがこのように地味な努力も積み上げればきっと意味を持つ。

 優香はそう信じていた。


「『雪風』、今日はどれぐらいだった?」

『およそ30分です。僅かずつですが伸びていますよ』

「そっか、ありがとう」


 自身の魔導機の返答に満足したのか口元ほんの僅かに緩める。

 年頃の女性らしくはないが、優香にとっては強くなることが何よりのご褒美だった。

 最少のラインを常に維持して静かに体に中に巡らせるのは言葉にするよりも遥かに難しい。

 優香の番外能力『過剰収束能力』は言うならば魔力を間欠泉のように噴出させる能力だ。

 穏やか、ゆっくり、静かな、そのような形容詞とは縁遠いとかしか言いようがない。

 だからこそ、この穏やかな練習には見掛け以上の意味があった。

 術を制御する精神と能力を養うのにも最適であり、半年近い練習の成果は『プリズムモード』の制御などから見ても明らかだろう。


『そう言えばマスター。連絡が来ておりますよ』

「連絡? 美咲かしら?」

『いいえ、佐藤健輔様からです』

「え、そ、その内容は何かしら?」


 少しだけ期待したように優香は『雪風』へと問いかける。

 『陽炎』ならばマスターの様子から何かを悟り、やんわりと伝えるように努力をしたかもしれないが残念ながら『雪風』は彼女ほど柔軟なAIではない。


『心配をかけた。問題は解決しそうだ。要約するとこのような物かと』

「そ、そっか。だったらいいんだ。後で返事を出すね」

『後、追伸でよかったら術式制御に良い方法を教えて欲しいとも』

「あ、うん。了解です」


 『雪風』が悪いわけではないがピンポンインで聞きたい部分をスルーしているメールに優香は落胆した様子を見せる。

 優香が疲労困憊の極みだったこともあり、鬼ごっこの約束は有耶無耶になっていた。

 健輔に無理難題を言いたいわけではないので自分から言うことないが、約束ではあるのだ。

 結局どうするのか、確認を取りたかったのである。


「悩み事がある見たいだし……やっぱり私から言った方がいいのかな……」


 ピンク色の美しい唇からは悩ましい吐息が出る。

 次代の学園を代表するエース候補の1人も日常に戻ればどこにでもいる女子高校生。

 鈍感な相棒に如何にして事情を尋ねようか、そんなことに悩む存在でしかなかった。

 人の機敏を察することが出来る程ではない『雪風』は誰に頼まれたわけでもなく、主の言葉を拾い続ける。

 真似たわけでもないのに真面目な主従はどこか良く似た姿を見せながら、その日は眠りへと就くのだった。


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