第139話
「はーい、注目してくださーい」
「全員いるな」
文化祭の疲れを各々癒して、週明け――月曜日。
徐々に祭りの雰囲気は消え去り、学園は賑やかではあるものの浮ついた空気は鳴りを潜め始めている。
休みを部屋で過ごしている間のあまりの変貌ぶりにに一瞬ではあるが健輔は浦島太郎のような気分を体感するはめになってしまった。
目まぐるしく季節は入れ替わっていく。
変わらない日常も目に付かないだけで変化しているのだ。
「なんかこの流れも久しぶりな感じがするけど、みんな文化祭は楽しめたかな?」
「浮かれ気分だったこいつに冷や水をかけた健輔には私から後でプレゼントを用意してある。受け取ってくれ」
「ちょっと、さなえんッ!」
「え、マジっすか?」
「うむ、ノリノリでストレス解消をしようと思っていたこいつが落ちて私は大爆笑だった。よくやったぞ」
「は、はぁ……」
1週間空いただけなのにどこか懐かしく感じる真由美と早奈恵のやり取りにメンバーは笑いをこぼす。
和やかで穏やかな空気、しかし引き締まってもいた。
たった1週間であっても成長する人間はいる。
健輔の隣に座っている優香などは代表格だろうか。
どこか大人びた雰囲気を纏っていて余裕を感じさせる佇まいを示すようになっていた。
一言で言うと母性的で大きな器を感じさせる。
微妙に居た堪れない健輔は妙にもぞもぞしてしまうのだが、その原因に思い至ることはなかった。
お祭り気分は徐々に抜けているのは間違いない。
時間の経過と共に今後は大会を睨んだシフトへと移り変わっていくだろう。
しかし、残照と言うべきものはまだ残っているようだった。
「さて、冗談はここまでにして、今後の予定を再確認する」
「知っての通り、俺たちは国内大会での優勝候補筆頭となっている。今後は追われる立場としてその辺りはしっかりと意識しておけ」
『はいッ!』
「……いい返事だ。おい、膨れてないでちゃんと伝えろ」
「むー、さなえん、最近、私の扱いテキトーすぎだよ……。はぁぁ……」
己の扱いに珍しくも真由美が落ち込んだ様子を見せる。
しかし、慈悲などというものが装備されていない早奈恵はニッコリと笑って、
「アホなこと言ってないで早く進めろ」
と真由美の愚痴を一刀両断するのだった。
あまりにも見事な太刀筋に思わず拍手しそうになる。
斬られた方は真由美は不満そうな顔はそのまま、恨めしそうな視線を早奈恵に送った後渋々といった感じで口を開き始めた。
「……もう、皆してひどいよね。はぁ、とりあえず、今週のスケジュールから連絡するよ。一応、事前通達はしてあると思うけど再確認も兼ねてね」
「疲れているところ申し訳ないが今日からいきなり5連戦、毎日試合がある」
「文化祭での遅れもあるからな。今後はスケジュールが依然程余裕があるとは思わないように」
「近々での注意点は来週の『賢者連合』ね。ま、男子は言われずともわかってるでしょう」
「ねー、健ちゃん?」
「俺に振らないで下さい!」
真由美が意味ありげな笑みを健輔に向ける。
言いたいことはわかるが、振られても健輔には対処出来ない。
確かに『賢者連合』には世話になったが、それだけでもあるのだ。
能力、強さといった細かい部分までは見ていない。
「はいはい、健ちゃんがそういう子だっていうのはわかってるよ。今週は5連戦、後半戦を占う大事な試合だから無理だけはしないように。優香ちゃんと健ちゃんは3戦目までお休みです」
「理由は言わなくてもわかるな」
「ドクターストップでしょう? わかってますよ」
「ご迷惑おかけしました」
「構わんさ、ただ肝心の『賢者連合』戦に出れないようなことは避けてくれよ」
『はい』
ほぼ復調してはいるが過信した結果、隆志の言う通り『賢者連合』との戦いに出場出来なければ意味がない。
試合に逸る心はあれども今はその熱量を溜める時であった。
「それじゃあ、『賢者連合』についての復習を始めましょうか」
真由美がそのように宣言すると妃里が部屋の電気を消す。
強敵に対するミーティング、今までも同じように会議を行い乗り越えてきた。
いざ戦へ、祭りから心は自然にそちらへと切り替わっていく。
「うん、全員切り替えはしっかり出来てるみたいで良かったよ」
「では、復習といこうか。圭吾、『賢者連合』とは如何なるチームだ」
隆志が圭吾を指名する。
文化祭が終わってからどこか引き締まった印象を受ける親友に健輔は何も言っていない。
いつも通りに接して、文化祭前と変わらず下らぬ事を言い合っている。
何かあれば、圭吾から言ってくるだろう。
何もないということは今は健輔が必要ないということだと思っていた。
その程度にはお互いを信じている。
「はい、『賢者連合』。実力的には安定して上位に食い込んでくる、そうですね古豪というべきチームです」
古豪、圭吾はそのように評したが間違っていない評価だった。
チームとしての歴史は『アマテラス』などの3貴子程ではないがそこそこのものがある。
女子禁制というルールを掲げて代々男子しかいないのも特徴だ。
何代か前にチーム内恋愛などで恐ろしく揉めたのが原因でそうなったらしい。
技術的、文化的な継承も安定して行えている数少ないチームであり、かつ上位に頻繁にやってくる強豪でもあった。
「最大の特徴は所属メンバーは必ずバックス系統を組み込んでいることです」
「はい、よく出来ました! 賢者連合はバックス主体のチーム。戦い方が今までとは違う。そこには留意してね」
そして『賢者連合』最大の特徴はそこである。
バックス系統を用いた戦闘機動を得意としているのだ。
これは世界でもかなり珍しく、合計で5チームほどしか存在していない。
直接的な戦闘能力にそこまで秀でているわけではないが、厄介さという面では際立つチームだった。
バックス技能を実際に戦闘に用いたことがある健輔だからこそわかるのだ。
長所と短所、どちらも身を持って知っていた。
「あっ、ちなみにこの特徴はそのまま数の利でも行かされるからね」
「『賢者連合』は総員戦闘要員でバックス要員だ。ベーシックルールなら実質6対9となる」
そして、バックスで戦闘を行えるメリットがこれだ。
全員が戦闘をこなせるため、基本的に補助を受けながら人数で押す、という戦術を選択出来る。
単体で見た際にはバックス・戦闘技能の双方において専業に僅かに劣るため、質で劣るのは事実だがそれを補えるだけの数があるチームなのだ。
この点も忘れてはならないだろう。
そして、今代の『賢者連合』には最大の特徴たる『数』を有効に使うことの出来る指揮官が存在している。
「葵、霧島について頼む」
「了解でーす」
葵は立ち上がると魔導機からデータ転送してくる。
先の『鬼ごっこ』で収集した武雄の戦闘データであった。
「それを見ればわかると思うけど、ぶっちゃけ空中機動は大したことはないわ。健輔が瞬殺できる程度かな」
葵にあっさりと懐に入られる辺り、空中機動が苦手なことが窺える。
バックスを組み込んでいるため、機動力に劣ることが多いのが彼に限らず『賢者連合』のメンバーの基本的な弱点だった。
しかし、そんなことはとっくの昔に露呈しているものだ。
きっちり対策されている。
「この爆発を見てもらえばわかると思うけど、創造系でのそっちの形成に長けてるみたいです。流動系を使った受け流しといい、そうね……。自爆しか出来ない健輔だと思えば割と理解しやすいかも」
「ひどっ」
「ああ、なるほどねー」
「それは……」
「ちょ……、否定してくださいっ!」
不本意以外の何物でもない評価だが、健輔も僅かにだが納得できるものがあった。
武雄の戦法を全て知っているわけではないが、基本は魔力爆弾を使ったものであることはわかる。
巧みに相手を殺し間に誘導して自分ごと吹き飛ばすのだ。
何度もやれる手ではないが相手のキーマンと引き換えに出来るならばお釣りがくる。
まさか自分ごとやるなんて、そんな心理的な隙間を突く。
傾向として武雄が健輔に似ているというのは案外的を射た意見であった。
「ただし、戦法だけって注釈を付けといて欲しいですけど」
「葵は本当に武雄くん嫌いだよねー」
香奈が葵に苦笑する。
葵の美観に沿わない男と葵の美観に沿う男が似ている、ある意味で表裏一体だからこそだろうか。
健輔も勝つためならば手段は問わない面がある。
仮の話だがそれだけだったならば葵は健輔を気に入ることはなかっただろう。
健輔には上記にプラスして、自分で勝ちたがるという矛盾点があった。
手段を問わない強さを知っていて、それが最善だとわかっていても、プライドで別のものを選ぶ。
ロマンを取って生きるようなものだが、そこが葵にはポイントが高かったのである。
チームのために屈辱を選ぶ精神を彼女は嫌いになれない。
武雄はそれが有効だからと平然と味方を使い捨てる。
無論、それだけの男でないと知っているが生理的に好きになれない以上仕方がないことだった。
「あいつはね、結局、こっちを見下ろすのが好きなのよ。私はそんな根性ねじ曲がってるようなやつが嫌いなの。それと健輔を同一視されるのは嫌よ」
「あ、ありがとうございます」
「あおちゃんはこう、なんていうかわかりやすいね」
真由美がそう締めくくり葵は着席する。
葵の個人的事情はともかくとして敵は強力だった。
自分すら巻き込む自爆戦法に、それをこなす頭脳。
さらには使い捨てを受け入れる人材も『賢者連合』には揃っている。
「各々作戦をしっかり詰めておいて。金曜日に決めるから」
『はい!』
「まずは今週の試合からだよ。ばっちりと決めていこう!」
『クォークオブフェイト』はいつも通り、変わらず試合に向かう。
目指すは頂点。
そこに至るまで余所見をしている暇などないのだった。
「優香」
「はい、なんでしょうか? 早奈恵さん」
解散し、授業に向かおうとする優香を早奈恵が呼び止める。
親しくない間柄というわけではないが、真由美などに比べれば接点は格段に少ないだろう。
声を掛けられる用事を思いつかないのも困惑を深める。
後輩の顔に張り付いた疑問符に苦笑するも、早奈恵は本題を切り出した。
チームの術式を預かるものとして、優香と一応、健輔にも言わねばならないことがある。
健輔のものは現在ではこの間のような問題は起こらないため、気にしなくてもよかったが優香は別だ。
いつでも地力でやれる彼女にはしっかりと伝えておく必要がある。
「既に連絡が来ていると思うがプリズムモードについてだ」
「あ、はい。しばらく使用は禁止とのことですね」
「ああ、だがそのまま鵜呑みにするのもあれだと思ってな」
「鵜呑み、ですか?」
「お前だって、本当は使いたいだろう?」
「それは……」
自分だけの術式を生み出し、新たな戦闘スタイルを作ろうとしている時に足止めされているのだ。
優香でなくてももどかしい思いを感じるはずである。
「笹山先生に確認を取った、私が試合中に処理を代行するならば使用しても良いとのことだ」
「本当ですか!」
「こんな嘘は言わんよ」
「ありがとうございます!」
ダブルシルエットモードにしろ、プリズムモードにしろ問題になっているのは負荷についてである。
1人でダメなら2人、それでもダメなら3人と数を増やすことで出来るようになることは多い。
早奈恵が優香のサポートを、美咲が健輔のサポートをそして香奈が全体のサポートを行う。
バックスも後半戦から新しい体制に入るのだ。
敵は今後、強大になることはあるにしろ、弱くなることなどあり得ない。
今までに安住するのではなく常に新しいものも模索していくことが重要になる。
「落ち込んでいたわけではないだろうが、少しテンションが低く見えたからな。これで元気を出してくれ」
「本当にありがとうございます! すごく嬉しいです」
まったく使えないのとサポートがあれば使って良いのでは大きく意味が異なる。
1人で使いこなせないことに忸怩たる思いはあっても、使えること自体は大歓迎であった。
「お互いに頑張っていこう。私のサポートでは些か頼りないかもしれんがな」
「そんなことはありません! 頼りにさせていただきます!」
新たな剣は1人で抱えるにはまだ時間が足りていなかった。
早すぎる覚醒は優香と健輔の体を傷つけるだけであり、プラスにはならない。
しかし、仲間の力を借りればそれは新しい力に生まれ変わるのだ。
新たな強敵たちに備えて全員で準備を整えていく『クォークオブフェイト』であった。