第138話
「か、体が重い……」
「当たり前ですよ~。あんなに~自分の限界を~超えるようなことをしたら体を痛めるぐらいは~普通にありえます~」
一夜明けて、寮の部屋で眠りについていた健輔は激痛と共に目覚める。
あまりの痛みに悶絶しているところ寮監に発見され、身体検査をしたところ魔力回路に重大な問題が発見されたため、まさかの救急車で搬送という事態になった。
連絡を受けた担任の里奈が諸々の手続きを代行して、ようやく落ち着けたのが今の状態だった。
「……優香も病院に来たんですっけ?」
「はい~、優香ちゃんは~朝の検査に~引っ掛かっただけですけどね~。2人揃ってダメですよ~。ちょっと大げさなところもありましたけど~魔導はまだまだ~未知の部分も多いんですから~」
「うっ……す、すんません」
「反省してるならいいんですよ~。お祭り気分ってありますから~」
実際、健輔に掛かった負荷は揺り戻しのものだ。
あえて例えるならば筋肉痛が1番近い。
ただ健輔の場合は重症というか、筋肉が断裂しそうな状態と言うべきだろうか。
大事を取って救急車での搬送という形になっただけではある。
とはいえ、体に負荷が掛かっていることは事実のため、3日間の魔力封印処置が取られていた。
「は、反省します」
「よろしいです~。じゃあ~『陽炎』ちゃんはお預かりしますね~」
「お願いします。負荷をかけ過ぎたみたいで」
「いいえ~、星野くんの固有能力は~想定してなかっただけですから~」
休日に呼び出すことになってしまった教師に頭を下げる。
不快な様子をおくびにも出さない里奈は雰囲気に反して出来た女性であった。
健輔は昨夜からセーフモードで回復を行っている『陽炎』を預けて帰り支度を始める。
今日は安静にするように言いつけられているため、自室で不貞寝の予定となっていた。
「身の丈を超えた力ってやばいな……」
里奈を見送った後、1人になった病室で健輔はぽそっとつぶやくのだった。
「困りましたね~」
生徒の呟きなど聞こえない先生は先ほどまでのニコニコした笑顔を隠してある場所へと向かう。
今回の鬼ごっこは思った以上のことが起こった。
それに対処しないければならないのだ。
幸いにも健輔の病状は軽く一息を吐くことが出来ていた。
「里奈」
「あ~彩夏ちゃん、そっちは~どうでした~?」
「案の定、です。これは『雪風』のバージョンアップというか、設計見直しがいるかもしれないですね」
「そんなに~?」
「ええ、術式に求められる能力が大変なことになってます。しばらく、あの分身術式、プリズムモードは封印することになりました」
教師2人が受け持った生徒の現状について情報を交換し合う。
『鬼ごっこ』で特に大きな怪我などもなくホッとしていたところこの不意打ちは肝が太い方の2人にもきつかった。
「あらら~、大変ね~」
「他人事みたい言ってるけど、佐藤くんの『陽炎』も似たような問題じゃないの?」
「こっちは大丈夫ですよ~。予定を~早めるだけですから~」
「……データは見ましたがダブルシルエットモードを予想してたんですか?」
「は~い、『陽炎』ちゃんから相談されてました~」
「……ちょ、ちょっと待ってください。順番に説明して」
里奈はいつもの調子で彩夏に説明する。
ダブルシルエットモードの使用については以前から『陽炎』により報告されていた。
里奈から見ても特に術式に問題があるわけではなく、大して問題視していなかったのだが、結果はこうなってしまう。
「なるほど、負荷を読み切れなったのですね」
「星野くんの~固有能力があるのも忘れてましたし~。今回のことはいくらかは私の~責任ですね~」
大事に至らなかったからよかったが未知の術式にはもう少し注意を払うべきだったと里奈は表情を曇らせる。
彩夏は親友の落ち込んだ様子を見て、更なる注意はしなかった。
「そんなに落ち込んでいると生徒が気にしますよ?」
「う~、それは~わかってるけど~」
「佐藤くんは感謝しか言わないと思いますよ。『陽炎』のおかげだった、とね」
「似たようなことを~もう言われてます~」
本当は止めておいた方が良いのは間違いないのだろうがそれをしなかった里奈の気持ちが彩夏にはわかる。
殻を破ろうと無茶をする姿が微笑ましくて止められなかったのだ。
命に関わるほどのことならばなんとしても制止しただろうが、そこまでの大事にならないことはわかっていた。
負荷が想定以上だったため、健輔は一旦救急車で運ばれるとなったがこれも彼が処置を受けるまで1歩も動けなかったのが原因だ。
命に関わるような深刻な事態だったというわけではない。
「それにしても、今年はどこもかしこも無茶ばかりです」
「桜香ちゃんを担当してるのは~主任でしたっけ~?」
「ええ、直接的には年が近い大学部の子が付いてるらしいけど、昨日のあれで上から下まで一睡も出来てないらしいです」
「育成計画とかも~考えてましたもんね~」
2人の教師が雑談をしながら病院を後にする。
健輔たちの事だけでなく、昨日のイベントの諸々の処理などやることはたくさん残っていた。
それは彼女たちだけでなくこの都市に住まう多くの大人たちに降りかかっている。
子どもが休む裏で彼らもきっちりと仕事をしているのだった。
「休みにわざわざ呼び出して俺に頼むんだ。覚悟はあるのか?」
学園の練習用フィールド。
文化祭が終わったばかりのため、まだ片付けが終わっていないが普段の姿を取り戻そうとしている場所に2人の男性がいた。
戦闘用の魔導スーツに着替えて万全の準備を整えている彼がここに何をしにきているのか、火を見るよりも明らかである。
「自分の未熟さを痛感しました……。これ以上離されたくないです」
「一応、お前を擁護しておくと桜香のやつは怪物の類だからな。あれは勝った健輔がすごいのであってお前に非はない」
「それでも! それでも、です。情けないままは嫌ですから」
「……はぁ、今年の1年はやる気に満ち溢れていて結構なことだが……いいだろう。今までよりも練習の密度を上げる」
和哉と圭吾。
2人がここにいるのは圭吾が理由である。
『鬼ごっこ』において桜香にそれこそ、虫でも払うかのように瞬殺されたことが理由だった。
情けなさと怒りで圭吾は1晩考え込み、決断した。
今よりも強くならなければいけない。
そのためには先達の教えを受けるのが最も効率的であった。
ここに和哉がいる理由はそのためである。
「お願いします!!」
「だが!」
「だが?」
「はっきり言っておく、俺の練習を極めてもお前はもう健輔に勝てんぞ」
「……っ」
「お前の中には健輔に対する侮りがあっただろう。夏の前には辛勝とはいえ勝てたからな。そこに安住してる間で大きく突き放されたわけだが」
圭吾が焦り出すのも道理だった。
気付けば彼だけ周回遅れになろうとしているのだ。
恋に全力を傾けていたといえば聞こえはいいが逆に言えば真剣に魔導に取り組んでいなかったということになる。
彼が恋する女性はそんな男に興味を持つことはない。
鍛え直しが必要だと圭吾が判断したことは間違っていない、この段階で気付けたのは行幸である。
「ま、お前は1年相応でも問題はなかった。普通に考えたら問題なく優秀だったからな」
「健輔の成長が予想外過ぎたってことですか?」
「夏のあいつと今のあいつだとそれこそ、信じられないくらいの実力差があるぞ。レベル10が気付けばレベル70くらいになってる」
「それほどですか……」
「お前はまだ確認してないだろうが、自分だけの術式『固有術式』とでも言おうか。こんなん持ってるやつはそこまで多くないぞ」
固有術式。
当人でしか完璧に発動出来ない術式のことである。
健輔の『ダブルシルエットモード』。
優香の『プリズムモード』、立夏の『魔剣招来』、元信の『自在操感』など簡単に言えば本人がバトルスタイルと共に組み上げたカスタム術式のことであった。
術式であるため他の者も使えるが有効に扱うのにはそれにあったバトルスタイルと相当な練習が必要となるだろう。
固有能力とはまた違う、努力の結晶と言うべき代物だ。
天才ではなく秀才肌の魔導師が保持していることが多い。
「立夏さんたちが持っていて、後は葵も最近何かを用意してるな。わかるか? 固有術式はな、性能の上下関係なく自分のスタイルが決まったやつが作るんだよ。普通は2年からだ」
「健輔たちは1年生で……」
「そうだ。多少、無理が祟ったみたいだがよくやってるよ」
圭吾は健輔たちのようにバトルスタイルが決まっていない。
正確にはどのような己でありたいかが決まっていないのだ。
この差は大きい、和哉もそれがわかるまでは玉虫色の練習にせざるおえない。
「糸の結界は構わない。お前はそれでサポートしたいのか、自分が戦いたいのか? これだけでもかなり違うぞ」
「それは……わかってるつもり、です」
「だったら、俺に早めに教えて欲しいね。基礎は大事だが基礎だけで上にいけるのは桜香みたいなやつだけだ。そして、あいつも自分のスタイルを考え始めている」
「……」
「先はまだある。だが、しっかりと心に刻んでおけ。いつかは追い付くが今年は絶対に無理だからな」
健輔たちも先行きに詰まっている。
ここからは今までのような劇的な成長は難しい、そんな領域に辿り着こうとしていた。
圭吾もそこまでは駆け上がることは不可能ではない。
魔導にもっとも重要なのは努力であり、続ける限りベテランとしてある程度の領域までは必ず行ける。
しかし、頂点に近い領域に行くにはどうしても努力以外の要素が必要になってくるのだ。
時間であったり、才能であったりそれらは後から取り返しがつくものではない。
「覚悟は出来ています」
「ならば問題はない。俺が引き揚げれるところまできちんとやってやる」
「ありがとうございますッ!!」
「ただ、さっき言ったことは忘れるなよ。結局、最後は自分で道を作ることになるぞ。自分にあってるのかどうかなんて自分にしかわからんからな」
「……はいッ!」
変わるものと変わらないものがある。
男として胸を張るために、友人と肩を並べるために圭吾は努力することを選んだ。
そこには必ず意味があるのだった。
「いやー鬼ごっこは楽しかったのー。来年もやりたいもんだわ」
「そりゃ、お前はいいところで落ちてるからな。1つ聞くけど真剣に戦ったんだよな?」
「あん? アホか、こういうのは真面目にやるのがいいんじゃろうが、あれは運よ、運」
部室塔の1室。
独特のイントネーションで話す男が行儀悪く、机の上に足を乗せてソファーに座っていた。
持ち込みのものなのか、妙に物が充実しているそこは部室というよりも男の1人暮らしといった風が近い雰囲気である。
「それよりもリーダー、ちゃんと作戦考えてるのかい? 『クォークオブフェイト』とは再来週には試合だよ。世界を狙うなら落とせない試合なんだから、しっかりとやろうよ」
メガネをかけた男が武雄に進言する。
彼らは『賢者連合』、強豪チームの中でも珍しい男のみの集団であり、バックスを戦闘に組み込んだチームであった。
リーダーにしてエース『盤上の指揮者』霧島武雄が率いる『クォークオブフェイト』の次の敵でもある。
快楽主義者とも楽天家とも言われる武雄だがその頭の冴えは学園に知れ渡っている存在だ。
チームメイトもその嫌がらせのためにある頭脳を高く評価している。
「あー、言いたいことはわかるがなー……。儂は健輔のやつを気に入ってるからのー」
「またかよ!? その気に入ったら勝利よりも面白いことをやろうとするのやめろ!」
「性分じゃ、無理だな」
「即答かよッ!!」
武雄に激しいツッコみを入れるサブリーダーの小林翼はそのスキンヘッドを輝かせながら激しく抗議する。
「ま、面白いやつが揃ってるチームだからこそ、真面目にやる。信じろや」
「……はぁぁ……わかったよ」
「結局、こうなりますよね……」
奔放な知恵者が率いる賢者の集団。
それが次に『クォークオブフェイト』に立ち塞がる。
体の痛みに耐えて寮で寝ている健輔は未だに来る強敵たちを認識していなかった。
文化祭は終わった。
――秋から冬へと季節は進む。
辛く寒い戦いの冬がやってくる。
それは多くのチームの嘆きを取り込む季節であった。
泣こうが笑おうが世界に行けるのは3チーム。
43のチームはその席を争って全力でぶつかる。
天祥学園魔導大会、後半戦開始。
健輔たち『クォークオブフェイト』も否応なしにこの嵐へと挑むことになる。
望む未来を春に手に入れるために――