第137話
「えらい目にあった……。大丈夫かー優香?」
「……うぷ……」
「まだダメか……」
地面で死んでいた2人も夜が更けるにつれて活力を取り戻してきていた。
文化祭のラストをそんな形で潰したのは勿体ないが体がいう事を聞かない以上、どうしようもないことではある。
プリズムモードもダブルシルエットモードも彼ら2人の限界を遥かに超えている超絶技法だった。
試合中に問題が発生しなかっただけでも御の字であるが勿体ないと思うのも仕方ないことであろう。
「まだまだ問題は多いな……」
ダブルシルエットモードは単純に複数の戦闘スタイルを同時に扱うものではない。
既存のスタイルを融合、新しいスタイルを持って相手を翻弄することが主目的だ。
しかし、今回の戦いでは本懐の半分も果たせていない。
星野勝の固有能力で底上げされたステータスによる力押しの面の方が大きかった。
結果的に引き分けだったが完全に自力のみでこちらに対峙した優香に比べると気持ち的に負けているような感じになってしまう。
「はぁぁ……。実際使う時は系統1つじゃパワーが足りないしな……。わかってたけど、問題が多すぎだ……」
今回はパワー問題が解消されていたが今後は自分でその部分を解決しないといけない。
今年中になんとか出来るのかはかなり怪しいところであった。
桜香のパワーアップなどと課題は多いのに、それに対処するための刃は鈍らも良いところである。
健輔でなくても溜息の1つや2つは吐きたくなるだろう。
「こらこらー、なんかテンション低いぞー」
「げっ、真由美さん……」
「むー、げっ、ってなによー。あれだけ人をあっさりと落としてくれた癖にさー」
真由美はぷりぷりと不機嫌そうな顔をしている。
目が完全に据わっていた。
下手なことを言うと後日痛い目を見るのは間違いない。
「え、いやーその」
「どうせ、まだまだ未完成だーとか思ってるんでしょう?」
「うぐっ、見てたんですか……」
「当たり前よー。ま、細かいことを抜きにして見ればと発想は良いと思うよ?」
「あ、ありがとうございます」
真由美はダブルシルエットモードの発想と狙いを素直に評価していた。
健輔の持ち味と系統の特徴を活かすのを考えるならばこれ以上のものはそうはないはずである。
己だけの必殺技、その条件を良く満たしていた。
「私の出した宿題をこんなに早く解答するとは思わなかったけど、うん、すごく良いんだよ? 実力が不足してるのはまあ、仕方がないことじゃないかな」
「……ですか」
「ですよ。自分の固有、早い話オンリーワンって普通は2年生だからね。優香ちゃんも健ちゃんも恐ろしく早いぐらいだよ」
優香のプリズムモードはやっていることは単純だが中身は恐ろしく難易度が高い。
今日の戦いであれだけやれたのは本人の才能以上に努力が大きい。
ダブルシルエットモードを発動させて、スペックが上限を超えた健輔と完全に互角だったのだ。
今も後遺症というか負荷に苦しんでいるが彼女はいずれ慣れるだろう。
後は数を増やしていくだけで桜香にも比するレベルに行けるはずだった。
「単純な完成度では優香ちゃんの方が上だね」
「そうですね。俺のやつは完成させるためにスペックを上げないといけないっていう本末転倒な問題がありますから」
「……やっぱりわかってたんだ。それじゃあ、ちゃんとわかってるのに茨の道を行くとか……健ちゃんドM?」
「違いますよ!! 1番リターンが良いからこれにしたんです!!」
「わかってるよー、もう冗談が通じないなー」
健輔のダブルシルエットモードはいくつかの前提条件がある。
まずは大前提として各系統の引き出せる力を上げておくこと。
これはただパワーを下げて2つのバトルスタイルを組み合わせるだけならば、シルエットモードを普通に使う方が強いからだ。
ダブルシルエットモードは複雑に過ぎる制御を持って、パワーとテクニックを高い次元で融合させて、相手を翻弄することに主眼を置いている。
シルエットモードは魔導の原則、つまりは系統は基本2つしかないという穴を突くためのものだ。
あらゆる系統を扱える万能系の特性と健輔自身の戦闘センスを融合させてあらゆるバトルスタイルを持って相手を穿つ。
しかし、これに限界が見えてきたのがダブルシルエットモードを生み出した理由である。
まず、桜香のような原則から外れたものに対して力を発揮出来ないこと、もう1つは種が割れてしまって対処しやすくなっていること。
2つの主な理由から今後の戦力低下を感じたのが新たな必殺技誕生の経緯だった。
「……形は出来ました。今回の優香との戦いで方向性があっているのも確認できたし、後は自分の実力だけです」
「うん、そしてそこが1番難しいね」
ダブルシルエットモードの最大の特徴は種がわかろうが対処出来ないことと桜香クラスの相手でも翻弄可能な性能を求めたところにある。
シルエットモードが結局のところ単一のものであるのに対してダブルシルエットモードは名前の通り2つの戦闘スタイルを融合させたものだ。
優香と葵、優香と圭吾、真由美と優香。
かなり大雑把だが様々な組み合わせを行うことが出来る。
簡単に言えば優香なみの高機動で砲撃する真由美などを健輔がやれるようになるのだ。
無論、理論上の話ではあるが。
「道は遠いなー……」
「そんな簡単に私たちの人生を真似できるとか思ってるなら、殴るよ?」
「笑顔で怖いこと言わないでくださいよ」
「冗談、冗談だよー。……半分くらい」
「半分も本気だったら、十分ですよね」
完成からはほど遠く、今日の試行はまさしく奇跡の1回に過ぎない。
それを使ってまで優香に勝てなかったことを喜ぶべきなのか。
微妙に持て余す気持ちを感じるもこちらを気遣ってくれる真由美には笑顔を向ける。
桜香が更なる高みに昇ったことを彼らのリーダーが焦っていないはずがないのだ。
己の内を隠して今もこうして、後輩を気遣ってくれている。
この人の夢を夢で終わらせないために、健輔は更なる強さを求めたのだ。
それはきっと優香も同じ気持ちだった。
「おお、怖い怖い」
「むー元気になったら急に先輩への敬意が見えなくなったぞー!! 現金だなー、がっかりだなー」
「いえいえ、尊敬してますって。ほら、この通り」
「目が笑ってるじゃないかーッ!!」
「アホやってないで、こっちにこい」
「げ、鬼、じゃなかった。お兄ちゃん」
「鬼はお前だっただろうが。多くの男子にトラウマを刻んでおいて」
騒ぐ真由美を回収しにやってきた隆志に視線で礼を言う。
頼れる先輩たちに尊敬の念を強くしながらも表には決して出さない。
こういうものは行動で返すものだ。
少なくとも健輔はそういうものだと思っていた。
「らしくないな。いや、らしいのか?」
「もう、お兄ちゃんは強引なんだから」
「隆志に頼んだのは私だ。それだと私も同罪になるんだが」
「さなえんもだよ」
「私も同意見だけどね。テンション高いあなたは大体、何か不都合があった時だもの。きっと健輔も気が付いてるわよ」
喧噪から少し離れた場所で『クォークオブフェイト』の首脳陣が集合する。
他のチームがそうであったように彼らもこの『鬼ごっこ』の影響から逃れられない。
国内大会で最も優勝に近いからこそ、彼女たちはそこから先も考慮しないといけないのだ。
「桜香のあれ、やばいわね」
「やばいなんてもんじゃない。まさかな……」
「最悪で想定はしていたがいざ目の前にくると流石に感じるものがある」
「そうだね。下手をすると桜香ちゃん、もう『皇帝』よりも強いかもね。あそこはチーム力で『アマテラス』に勝った側面もあるからね」
去年の戦いで『皇帝』の率いるチームは確かに桜香の『アマテラス』に勝利している。
とはいえ、圧勝だったかというとそんなことはない。
良くて辛勝、悪くいうならば個人では押されていた。
『皇帝』は恐ろしく強力な固有能力を持った全域型魔導師だ。
万能型でないのがここで重要になるが、それは今は関係のないことなので置いておこう。
桜香の固有も強力だが、固有単体で相手を圧するものではない。
スキルが極めて強力で『群』として強い『皇帝』に対して、強力な能力を余すことなく活かすスペックを持つ『個』で強い桜香という対比が成立する。
「健ちゃんみたいにいうならばスキル型なのが『皇帝』だからね」
「ああ、あいつの魔導師の分類か。いろいろ個人で考えて分類していたな」
「公式なものもあるが。……まあ、自分で理解しやすいのが1番か。どちらにせよ、スキル型というのは的を射ているな。『皇帝』の強さは大きく変わらないだろうが……」
「『女神』は桜香ちゃんと同系統だからね。あの子もかなり強くなってるかも……」
「だろうな。むしろ、下手すると桜香と同じ感じになっていても不思議ではない」
『皇帝』は強力すぎる固有能力が特徴であり、長所だった。
スペック的には通常の魔導師を大きく超えるものではない。
その状態でなんだかんだ言っても桜香を負かしたのだから弱くはないし、強いのは間違いないが強さ的には上限値が予想しやすい。
大きく強さが変わることはないと想定できるからだ。
対して桜香や『女神』は困ったことに想定を大きく崩す可能性があり、それが現実となってしまった。
「成長は厄介だね、本当にさ……」
「たとえ、今は最強でも止まっていてくれれば勝機はあるのにな」
「精神的、技術的に強くなるだけだと思ってたのにまさかのレベルアップだもんね」
大抵のことでは動じなくなっている真由美たちを持ってしても衝撃を受けるのだ。
未だに『アマテラス』と対戦していないチームは気が重いだろう。
その点、真由美たちは少なくとも国内戦ではそこまで心配する必要がない。
世界戦は普通にトーナメント形式のため、うまくいけば戦わない可能性もある。
世界に出れるのか、どうかというラインの他のチームに比べれば心労は幾分軽減されていた。
少なくとも真由美を除く3人はそう思っていたのだ。
「どうしたんだ? そんなに浮かない表情をして」
「え……? あー、うん、なんていうか勘でしかないんだけど……。きっと、桜香ちゃんとは戦うんだろうなって。あの子は必ず私の夢に立ち塞がる、そんな感じがするんだ」
「そうか」
魔導を嗜んでいようとも未来など誰にもわからない。
おとぎ話と違って魔女である彼女らに占いなどは出来ないからだ。
しかし、誰も真由美の言葉を否定しなかった。
この世にはどうしても説明できない流れのようなものがある。
真由美はそこから桜香と戦う運命を感じたのだ。
それこそ、『皇帝』よりも高い壁として今、敗北から復活しようとしている。
「あの子は私たちが育てた。――だったら、もう1度敗北を教えるのも私たちのお仕事だよね」
「ああ、間違いない」
壁が高ければ燃え上がる。
いつだってそうやって超えてきたのだ。
真由美たちが歩いてきた道だけは確かなものとして世の中に残っている。
「勝とう。私たちのやり方で」
「やれやれ、戦術研究を急がなければな」
「多少マシになるように練習を行おう」
「健輔の尻を叩くのも忘れないでよ。あの子がいないと勝てないわよ」
「九条のやつもな。あの2人が対桜香の核となる」
「全部やろうよ! 最後にあれをやってればなんて思ったらいやだもん」
親の背を見て、子は育つ。
血縁関係に限らず、人は誰かの背を見て育つものだ。
ならば、魔導師として彼らの背中を見たものがどのように育つのか。
考えるまでもなく答えは出ているのだろう。
激しい戦いの直ぐ後に次の戦いの算段を付けるその姿はどこかの万能系とそっくりであった。
「おーい、大丈夫か?」
「はぃ……、ご迷惑、おかけします」
後夜祭で盛り上がる学園から少し離れたところで少女を担ぐ男性が1人。
背におぶさる女性は普段からは想像出来ない程に弱っていた。
背中にある柔らかいものを極力意識しないように努力しながら男――健輔は煩悩を抑えて帰路へと付く。
時間が経って大分回復した健輔と違い、優香は中々復調する様子を見せない。
お互いに掛かった負荷が違うこと。
健輔の1番大変な部分は『陽炎』が受け持ったことなどの点が両者に差を生み出した。
端的に言うならば、『雪風』の中にはプリズムモードを支えきるだけの処理能力がなかったのだ。
設計者の彩夏が血相を変えて優香の様子を見に来たのはそれが理由なのだろう。
足りない部分を才覚で補った、いや、努力で補った優香は現時点で間違いなく健輔よりも強い魔導師だった。
「お前、こんなになるとか無茶しすぎだ。後、なんで俺と一緒に来たんだ? 休んでおけばよかったじゃないか」
「だって……文化祭、最後まで楽しみたいじゃ……ないですか……」
「それはわかるけどな……」
「真由美、さんたちとは最後だから、終わるまではって……」
「わかった。悪かったよ。……ちゃんと寮まで送るから安心しろ」
「お願い、しますね……」
安心したように体重が一気に健輔の体に負荷をかける。
しばらくすると寝息のようなものまで聞こえ始めた。
必死に煩悩と戦う健輔を尻目に夢の世界へと旅立ったようである。
「部長たちも無茶ぶりをするよなー……。美咲でいいじゃないか……」
口には出さなかったが流石に弱り切った女性をたとえ相棒とはいえ、一応男である健輔に預けるのはまずいのではないか。
そんな反論はしたのだが、真由美の暴論で話は決着した。
曰く、「そんな甲斐性が健ちゃんにあるのならば、むしろ驚く」である。
男としての尊厳やら、微妙に確信を突く物言いに反論が出来ず、結果はこうなってしまった。
大きく溜息を吐くも現実は非情である。
健輔としてもいつまでも愚痴っても仕方のない以上、やれることをやるしかない。
気持ちを切り替えて前向きに考えることにした。
「ま、ギリギリ閉会のアナウンスは聞けたからよかったのかな」
最後まで頑張った優香の糸が切れてしまったのはあの宣言が原因だろう。
微笑ましそうにしていた真由美の表情が脳裏に浮かぶ。
その後健輔に向けた悪戯めいた笑顔も、だが。
「……まあ、間接的には俺のせいだしな」
本当はクラスの方に顔を出したかったのだろうが、そちらは美咲が説明に行った。
健輔を殺す視線で見ていた理由もなんとなくわかる。
優香が自分で決めたこととはいえ、誘ったのは健輔だ。
言い訳するつもりはなかった。
「……軽いな」
この軽い体のどこにあれほどの力が秘められているのかさっぱりわからない。
幾度蹴り飛ばされて、吹き飛ばされたのかなどもう数えてすらいなかった。
魔導のおかげだとわかっていても、納得できるかというのはまだ別の話である。
この、今は健輔の背に丸まっている女性が『蒼い閃光』とまで言われる魔導師なのだから、世の中本当に見かけによらない。
「約束……」
「あん? 寝言かよ」
そこまでして何かを健輔に命じたかったのだろうか。
一体何をさせるつもりだったのか、問うてみたい気もするが後が怖いのでやめておく。
「言う事は聞いてやれないが……。今回は俺の負けだな」
純粋な実力で挑んだ優香に対して健輔はドーピング染みたことをしている。
おそらくそこを責めること人物などいないだろうが健輔自身が認められない。
初めから、こんな心境になるだろうとわかっていても健輔が張り合おうとしたのは何故だったのか。
理由に深い意味はない。
今回の戦いは男の大半が誇りと意地を持って挑んだのだ。
誇り以外はない戦場で健輔が優香に張り合おうとしたものなど1つしかない。
「カッコ悪いところは見せれないからなー……。――でも、やっぱり自力じゃないと意味なしか……」
誰かの助力を得るのが悪いのではない。
ただ優香にだけは実力で勝ちたいという子どもような意地があったのだ。
彼が今日、戦った理由がそれだけで――。
「お前はすごいやつだよ。――本当に、な」
桜香の覚醒も健輔とっては優香の本気を超えることはない。
彼が魅せられたのは七色の光ではなく、水色の軌跡だったのだから。
「また、俺の敗戦か。かあー、最後が締まらないな」
誰に聞かれるわけでもなく素直に敗北を認める。
きっと健輔は最初、出会った時から彼女に負けているのだから。
「ゆっくり休め。また明日から追いかけさしてもらうさ。――おやすみ、優香」
夜が更けて、祭りは終わる。
休憩期間は終わり、再び魔導師たちは激しい戦いと日常へと帰っていく。
少年は背に背負った女性が目を覚ましていることに気付かずに本音を漏らした。
彼女は疲れ切った体に少しだけ力を入れてより密着する形になる。
月明かりの中、2人で歩く夜の道。
2人の1年目の文化祭が終わりを迎えたのであった。




