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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第136話

 『鬼ごっこ』が女子の勝利で幕を降ろし、激戦をもぐり抜けた彼らは各々自分の居場所へと帰っていく。

 文化祭は終わりを迎え学園では後夜祭が始まっていた。

 悲喜交々と魔導師たちは多彩な感情を見せているが共通してやりきったような笑顔をしているのだ印象的だろうか。

 グラウンドの中央で焚かれた炎が周囲で踊る学生たちを彩り祭りを終わりを感じさせる。

 そんな光景を横目に地面に横たわる男女が1組存在した。


「やばい……、吐きそう……」

「気持ち悪いです……」


 この世の終わりがやってきたような顔をしている健輔と優香はお互いに大地に寝そべっていた。

 撃墜後、体調不良を訴えて救護室に放り込まれていたのだが、そのまま文化祭を終えるのを嫌がり幾分無理矢理だったが脱出してきたのだ。

 己の限界をぶっちぎった魔導の反動で体に大きな負荷が掛かっていた。

 そのツケというわけである。

 体調が戻ったわけでもないのに2人がここまで来れたのは根性の賜だろう。


「鬱だ……」


 そんな2人の傍では圭吾が影を背負っている。

 良いところを見せるどころか、覚醒した桜香の添え物にしかならなかったことに深い影を背負っている。

 初恋の君は笑って健闘を讃えてくれたのが、それは弟扱いのものであり彼が望んだものではなかった。


「……香奈さん。私の同級生たちをなんとかして欲しいんですけど……」

「え? ……無理じゃないかな? みんな死んでるじゃん」


 バックス組の美咲はそんな彼らに付いていけず、居心地が悪そうにしていた。

 後輩を案じて傍にいる香奈だったが当然ながら、どうにか出来る手段はない。


「放っておいていいわよ。健輔たちは純粋に反動が来てるだけだし、圭吾は……ま、健輔が復活すれば任せておけば大丈夫でしょう」


 居心地が悪そうにしている美咲たちへ同じように『鬼ごっこ』へ参加していたはずなのにピンピンしている葵が話し掛ける。

 鍛え方が違うとでも言うのか。

 ある程度望みを果たした心理的充足感もあって、妙に艶々している葵は食べ物を摘まみながら美咲たちに近づいてきた。

 

「葵は元気だねー。和哉とかも割とへこんでたのに」

「私は武雄さんをボコボコにした段階で満足してるもの。宗則さんはま、相性悪いのは事実だし、次に持越しね。あの人は別にそこまで嫌いじゃないもの。……喋り方はあれだけど」

「宗則さんは強かったもんね。あれで桜香はあっさり倒すんだから、こうなんていうか怖いかな……」

「私があそこまで相性悪いのはそうはいないわよ。クラウにはいい刺激になったんじゃないかしら」

「こっちもあそこが最後だし、気は抜けないね」

「ええ、そうね」


 葵は既に終わったイベントよりも未来の強敵たちへと思いを馳せる。

 11月の初週を終えて来週には大会が再開することになっている。

 前半を無敗で終えた『クォークオブフェイト』は十分世界を狙える位置に来ているがまだまだ油断は出来ない。

 『賢者連合』『スサノオ』『暗黒の盟約』、今日のイベントでも一際強烈だった男性エースを有する諸チームとの戦いが残っている。

 中でも『暗黒の盟約』は後半戦の中でも1番遅い部類だ。

 最大最後の戦いになるのは避けられないだろう。


「ま、今は遊んでおきなさいよ。真由美さんがやけ食いしてるし、ここの死人軍団と一緒にいるよりは楽しいわよ?」

「早奈恵さんを生贄に逃げたんだから勘弁してよ。真由美さん、お祭りの序盤も序盤で終わってすっごい、機嫌悪かったんだからさ」

「しょうがないでしょ、あの人自由に暴れさせたら速攻で試合が終わるわよ。火力こそが戦場の神様なんだし、ね」


 真由美が弱いとかではなく、彼女を残すと確実に負ける故に全力で落としにかかるのだ。

 覚醒した桜香相手でも撃墜チャンスが残っているのだから破格の魔導師である。

 しかし、特化した故の弱点も抱えている、だからこそあらゆるチームが初めに真由美を狙うのだ。

 この流れは今後も変わらないことは疑いようもなかった。

 何かの間違いであらゆる純魔力攻撃を無効化する障壁が普遍化でもされない限り、砲撃魔導師は脅威度ランキング第1位を譲ることはない。


「砲撃魔導師の悲しみよね。今回は相手が悪かったかしら」

「差し詰め、スーパー健輔だったもの。私だってタイマンで勝てるかどうか微妙よ」


 特化型に対する最大のキラー戦力たる健輔が常識外れのパワーアップを果たしていたことが今回の真由美と香奈子の悲劇だった。

 あの2人を活躍させたら男子側が直ぐに敗北するという事情と重なっていたとはいえ、この祭りをあれほどあっさりと脱落したのは無念であろう。


「それよりも問題は桜香よ」

「そうね。みさきちはちゃんと桜香さんのやつ見てたよね?」

「……はい」

「まったく、頭の痛い問題が増えたわね」

「でも、負ける気はないんでしょう?」

「当たり前じゃない。――私を誰だと思ってるのよ」

「脳筋」

「殴るわよ、香奈」

「いたーいっ! 殴ってから言わないでよーッ!!」


 今回のイベントは様々なことを世に知らしめた。

 その中でも最大のものはある女性の覚醒、いや、本当の実力だろうか。

 未だに対戦していないチーム全てがそれに対する対策を考える。

 諦めるものはいない、そんな段階を彼らはとっくに超えていた。

 それでも僅かに憂鬱なのはその力が強大に過ぎた故である。


「マジでやばいわね」

「……どうしようか……」

「諦めろ。一戦交えた俺が断言してやる。……気付いたら終わってた」

「愚か者がそんなことを認められるはずもないだろう」

「先輩方、焦るというか、不安になるのはわかりますけどまだ文化祭は続いてるんですから、まずはそっちに集中しましょうよ」


 健輔たちとは別の意味で重苦しい空気を感じさせる集団がそこにはいた。

 彼らはチーム『明星のかけら』。

 打倒『アマテラス』を掲げたイベントのキーマンを揃えたチームである。

 男子側の主戦力として力を発揮した貴之、元信を筆頭に立夏が初戦からの立て直し、慶子はラストの立て直しと要所で活躍したメンバーだ。

 確かな経験と実力を持つ彼らも今回の桜香には流石に驚きを隠せなかった。

 九条桜香が強いことも、才能に溢れていることも知っている。

 しかし、まだ発展途上なのは予想外だった。

 敗北を知ったことで技術的、ならびに精神的に成長することは予想していたがまさか、スペック的に成長する余地があるとは思ってもみなかった事態である。


「これは当初の予定が完全に崩れたね……」

「ああ、仁のやつもなんか妙に粘ったみたいだしね」

「あれは私の障壁に傷をつけてたのよ……。最後の自爆で残れなかったのはそれが原因なの」

「あの辺りの判断は流石だったな。『アマテラス』リーダーは伊達ではなかった」


 対桜香のこと、ひいては『アマテラス』において今回の戦いは有用だった。

 だからこそ、暗雲漂う未来に感じるものはある。


「はぁー。まあ、ここで考えても仕方ないよね。私たちが暗くなったところで試合は必ず来るわけだし」

「桜香のパワーアップは想定外とはいえ……やることは変わらないか」

「元々、勝率は地を潜ってたじゃないですか。今更、慌てるのは立夏さんらしくないですよ」

「どういうことかな? 莉理子ちゃん、なんか最近遠慮なくない?」

「事実をありのままに言った方が良いと思っただけです。最近は変に考え込むことが多いですからね」

「むー、もうっ、いいわよー。私もやけ食いだーーッ!!」


 駆け出す立夏を生暖かい視線で送り出す面々。

 真由美たちの方へと消えるを確認してから慶子は莉理子へと問いかける。


「それで? データはどうだった」

「完璧です。桜香さんのだけは集めておきましたよ」

「俺の瞬殺にも意味があったなら幸いだな」

「俺も戦いたかったが、まさかあの爆発で仕留めきれないとはな」


 立夏が道を示して彼ら4人が支える。

 『明星のかけら』はそういうチームだ。

 イベントが終わり、再び学園は戦いの季節へと戻っていく。

 彼らはその時の嵐に備えて準備を怠らない。

 立夏の美学に反しないギリギリの範囲で常に勝率を高めるための努力を行うのだった。


「完敗でした……」

「クラウもそんなに気にてたらダメよ。切り替えなさい。敗北をいつまでも引き摺っていたらそれこそ、優香ちゃんたちに置いて行かれるわよ?」

「それは……」


 香奈子が無言でやけ食いしているのを処置なしと見送ったほのかは体育座りをしている後輩の慰めに掛かる。

 才能に溢れ、挫折をほとんど経験してないクラウディアは敗北を飲み込むことがうまくない。

 処置を間違えば下手に真面目な性格である分、ドツボにはまってしまうだろう。

 暗く見えて不屈の精神を持つ彼女の親友とはいろんな意味で対照的であった。


「敗北を悔やみ、反省するのは良いことだわ。でも、引き摺られたらダメよ。あなたには才能がある。発揮出来なかった不甲斐なさを悔やんでも恥じたら絶対にダメ」

「ほのかさん……」

「私はあなたが羨ましいわ。贅沢な悩みよ? そこに辿り着く前に挫折する人たちが山のようにいるんだから」


 ベテラン魔導師であるほのかの言葉だからこそ重かった。

 才能とはいうものは平等ではなく上限値が全員異なる。

 無論、何もかも捨ててそれだけに注ぎ込めば話は違うのかもしれないが生きていく上でそれは困難なことであった。

 

「糧にしなさい。幸い先方はあなたを評価しているんでしょう?」

「はい……。その、師事をしてくれる、と」

「嘘かもしれないけど、喰らい付きなさいな。なんだったら嘘泣きでもすればいいわ。あなたみたいな美人に泣かれたら男の子は対処に困るもの。人目があるところでやれば完璧よ」

「そ、それは少し恥ずかしいです……」


 照れたように顔をふせる。

 ほのかは可愛い後輩に表情を綻ばせた。

 彼女も戦闘魔導師の端くれである。

 上を目指して、そして限界を悟ってしまった。

 彼女のレベルに上がるのも相当な努力が必要なのだ。

 これ以上を自分ではやれそうはない。

 あの時の気持ちをほのかはよく覚えていた。

 だからこそ、彼女はいや、正確には彼女たちはクラウディアにより高みに昇ってほしかったのだ。

 それこそ、九条桜香を超えるほどの領域にいって欲しい。


「頑張りなさい。まだまだ、あなたの限界は見えてないんだから」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、お説教は終わり! さ、友達のところに行ってきなさい。さっき健輔くんがノロノロと動き出してたから今ならまだ合流できるわよ」

「え、わ、わかりました。じゃあ、失礼します!」


 金の髪が上下に動き、少女は元気よく駆け出していく。

 青春をしている後輩に羨望を感じる。

 ライバルと切磋琢磨して、それが仮に恋のライバルでもあるのならまさしく青春だろう。

 ほのかには縁遠かったものである。


「まあ、あの子たちはまだまだ色気よりも食い気かしら」

「ん、色気に関して私たちが言えることは何もない」

「え、香奈子? もういいの?」

「ん、練習不足だった。良い経験。でも、佐藤健輔はいつか必ず仕留める」

「あなたが彼に落とされたのは2回目だったかしら?」

「ん、そろそろお返ししたいところ。世界戦で借りを返したい」

「そんなにうまくいくかしら? 私はまだ現実感がないわ」

「行ける。絶対に」


 この不器用な親友と共に過ごして既に3年になる。

 出会いはありきたりだった。

 同じチームに入って挨拶をした、それだけである。

 ほのかはこのチームの設立メンバーと親しかった。

 チームを選んだ理由はそれだけで当時はそこまで真剣ではなかったのを覚えている。

 変わった切っ掛けは言うまでもなく目の前の親友だった。

 破壊系をメインに据えて、砲撃魔導師を目指す狂気の沙汰に目を奪われたのだ。

 『天空の焔』は中堅に指を掛けれれば良い程度のチームだった。

 創立期は『スサノオ』などとも争ったにも関わらず大幅にレベルダウンした理由は簡単だ。

 多くのチームにありがちな文化の継承を失敗したことだった。

 うまく後輩を育てられなかったのだ。

 創立メンバーの大半が近所のお兄さん、お姉さんだったほのかはあの落胆をよく知っている。

 当時はあまりわからなかった思いも今ならば良くわかるのだ。

 自分たちが残したものが朽ちていく、それに対して何も出来ない歯痒さは筆舌に尽くし難いものがある。


「そっか……。うん、そうだね。頑張ろうね?」

「ん、ほのかがいないと私はすごく困る」


 後半戦へ意気込みも新たに『天空の焔』は飛翔する。

 世界へと手を届かせるために。

 そして、世界へ挑むために越えなければならない最大の壁について考えるのだった。




 今回の戦いは多くのものがチャンレンジを行ったものだったと言える。

 言い換えれば実験となるが、それだけ新しいことに挑戦しやすい土台があったのは事実であった。

 では、そんな中で最大の効果を得たものは一体誰なのだろうか。

 答えは自ずと出てくる。

 元の状態でもほとんどの人間を突き放した領域だったにも関わらず、さらなる高みに至ったこの女性であろう。


「……体が重い……」

「当たり前よ。既存の状態でも体には相応の負荷があったのに、それ以上にもなれば当然負荷は上昇するわ。それで最後はあの爆発にも耐えるなんて無茶が過ぎるわよ」


 大変珍しいことに辛そうに表情を歪めている1人の女性。

 優香に良く似た顔には常に浮かんでいた余裕の表情がなく、苦悶の色が浮かんでいた。

 今回の戦いで番外能力に更なる奥があったことが発覚した彼女の才能は他のチームへと大きな影響を与えている。

 特に未だに試合を行っていないチームからすれば死活問題だった。

 ただでさえ高かった壁が更なる無理ゲーに変化したのである。

 これに絶望せず、何に絶望するというのか。

 とはいえ、周囲から見たほど桜香も順風満帆というわけではなかった。

 

「……これはちょっと、厳しいかも」

「魔力酔いも併発してるみたいね。やっぱりあの虹色の形態は危なそう。先生にも相談しないとダメだわ」

「……ええ、多分、だけど……優香のものとはまた違った意味で危ないかも……」

「そっか。あなたがそう言うのならきっとそうでしょうね」


 新しく覚醒した能力が彼女の許容範囲を大きく超えていたのだ。

 正確には体に掛かる負荷が大きすぎると言うべきか。

 魔導安定化能力及び過剰魔力圧縮能力、番外能力の2つの内どちらか、もしくは両方がより高次域へと成長したことで起こったのがあの現象だと予測している。

 どちらも元の段階でも強力だったものだ。

 成長したことには文句がない。

 しかし、それが桜香にとってマイナスとなるのならば問題ではある。


「……少し辛いから今日は帰るわ」

「そう。ええ、わかったわ。今日はお疲れ様」


 珍しいなどというレベルではない。

 あの桜香が己が弱っているところを隠せないのだから、傍から見ているだけの亜希にすらその辛さがわかってしまった。

 

「……あなたにはまだ上があるのね」


 今回の鬼ごっこで亜希は大した活躍も出来ずに連戦で沈んだ。

 彼女だけでなくあの大乱戦を生き残れたものは少ない。

 実力的にはそこまで離れていないつもりだった仁も立ち回りで亜希を大きく超えていたのだ。

 己の未熟というものを今日ほど痛感したことはなかった。


「……頑張らないと。だって、友達が頑張ってるんだもの」


 きっと明日から桜香はいつも通りの笑顔を見せてくれるだろう。

 あらゆる痛みを感じさせずに。

 亜希には桜香に勝利しようと思うような心はない。

 勝てるとも思わなければ勝ちたいとも思っていないからだ。

 しかし――


「あなたの隣にはいたいな……」


 ――傍にはいたい。

 友人とは対等なものだ。

 そんな当たり前から目を背けていたから、桜香は1人で頑張ることになっているのだ。

 過ちは早急に修正しなければならない。

 亜希だけでなく多くのものに何かを残した体育祭の夜は更けていく。

 夜が明ければ、また戦いが始まる。

 魔導師たちはそれを理解しているからこそ、今宵大いに騒ぐのであった。


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