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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第135話

 龍輝と隆志が連携して攻めてくる。

 桜香はどこか無機質な瞳でそれを見つめていた。

 感情がないわけではない。

 むしろ、どこか病んでいるような粘着質な感情が垣間見えていた。


「っ、なんだ……」

「飲まれるな。行くぞッ!」

「はいッ!!」


 九条桜香は美人であり、その容姿は整っている。

 たとえ好みでなかろうともそこは100人いれば100人同意してくれるはずだ。

 龍輝は今、その容姿に恐怖を感じていた。

 なまじ整っていることがより恐怖を感じさせるのだ。

 ――恐怖を抑えて彼女に立ち向かう、その姿がより桜香を喜ばせているとは知らないで。

 尊敬に足る相手には全力を、以前よりもそれを強く認識しているからこそ桜香はは目前に迫る2人から目を離せない。

 敗北を恐れず立ち向かう姿は彼女には無縁のものであり、恐らく終生体感出来ないものであろう。

 己にないからこそ、そこから目を離せない。


「うおォォォォォッ!!」

「はああッ!」


 左右からの同時攻撃、龍輝は系統を組み替えて直前まで対策をさせず、隆志は渾身の1撃を放つ。

 桜香も素直に感心した。

 素晴らしい、ここまで見事な連携を即席でやってのけるとは思ってもみなかった。

 迫りくる刃を前にした感想としては適当なものではない。

 慌てふためく必要性はなくても感心している場合ではないだろう。

 明らかに状況に即していない。

 

「ああ――」


 眩しく、素晴らしい。

 でも――


「だからこそ、超える意味がある」


 何かを決意したような宣言と共に静かな意思が桜香から溢れだす。

 怒りでも喜びでもなく必要なことを行うための確認作業のようなものだったが込められた決意は本物だ。

 体から溢れだす七色の魔力光を呆然としながら、激変する状況をただ見送るしか彼らに出来ることはない。

 龍輝の背筋に悪寒が走る。

 桜香の様子に既視感を覚えたのだ。

 ――どんなものにも染まっていないもの、逆にどんなものにでも成れる空白、無色の男と彼は戦ったことがある。

 目の前にいる怪物は過程こそ違えど、何者にでも成れるというのは同じだった。

 そして、変貌が終わると何かが龍輝の傍を通過した。


「なっ、いった、い――」


 気が付いた時には横薙ぎに叩き込まれていた魔導機を不思議そうに見つめて隆志は戦場から叩きだされる。

 あるいはここで敗北したのは幸運だったのかもしれない。

 龍輝のように真に目覚めた天才と相対することを避けられたのだから。


「そ、そんな……馬鹿な……」


 隆志に気を配る余裕が龍輝にはなかった。

 目の前の光景が信じられなかったからだ。

 見る角度から映る色が変わる長い虹色の髪。

 体を静かに覆う魔力はオーラのようであり、桜香を幻想的に彩る。

 瞳の色も同様に多彩な色合いを見せていた。

 急激な桜香の変貌と彼女に素手(・・)で掴まれた魔導機を見て、龍輝の脳が現実を受け入れるのに時間が掛かかったのを責められるものいないだろう。


「ま、魔力、適合……。あれだけ、あれだけの能力があって……成長途中だった……? あ、ありえないだろうッ!!」


 その姿は彼女の妹である優香が見せるものとほぼ同じ変貌だった。

 違うのは桜香が既に完成していたと思われていたことだけ。

 如何なる事象なのかは龍輝にはわからないが、九条桜香はまだ成長の余地を残していてそれが芽吹いてしまったことだけはわかる。


「ありがとうございます」

「は……な……」

「1番は健輔くんでしょうけど、あなたたちも我武者羅な姿勢も私を刺激してくれました。負けたくない、勝ちたい。私がそう思える相手はそんなに多くないですから」

「……こ、光栄だが、もう勝ったつもりか。だったら――」

「ふふ、いいえ。この程度で終わるはずがないでしょう? ――あなたたちに出し惜しみなんて失礼なことはありえないです」


 元々性能は桁外れなのだ。

 単なるステータスアップで彼女が喜ぶことも慢心することもあり得なかった。

 そう、これは後への布石。

 桜香が思い描いた形に1歩近づけただけのことだった。


「森に隠れている子とここにくる援護、全てを束ねてきなさい。礼です。一切の加減なしに全力で戦いましょう」


 龍輝1人では言外に相手にならないと告げている。

 とてつもない侮辱だったが悔しさを飲み込んで、僅かな勝機に彼は賭けることを選ぶしか彼には選択肢がなかった。

 この状態で怒りに身を委ねて戦うなど、ここに来るまでに落ちた戦士たちへ顔向け出来ない。


「後悔、しないことだ……」

「いい目です。私を睨むその視線、嫌いじゃないですよ」


 あくまでも桜香は余裕たっぷりに振る舞う。

 僅かな会話と接触だけで龍輝はそれまでの九条桜香と、今の九条桜香がかなりの部分で違うことに気付いてた。

 人間味が強くなっている。

 そしてそれに合わせるかのように力が増大しているのだ。

 魔導は固有能力などを筆頭に精神的な素養で発現する能力はあることにはある。

 今までの桜香は心の部分に熱いものがなかった。

 何から何まで予定調和、そんな様子ではさぞかしつまらなかっただろう。

 そこに健輔が風穴をあけた。

 

「次は世界であそこと戦いたい。それだけでなく、彼らに誇れる強さでありたい。その1歩目です。――全身全霊でお相手しましょう。あなたたちは間違いなく勇士なのだから」


 徐々に高まる圧力を前に桜香は何も感じていない。

 彼女にとって恐ろしいもの、敗北を味わったのだ。

 それ以上の恐怖など、少なくとも今はなかった。


「そう、あれを拭うためにも――」


 ――ここであなたたちを潰す。

 余裕があり、同時に冷めていた桜香ならば迫力というものはそれほどなかった。

 今の恐怖を知り、それを超えることを望む彼女には人間味が溢れている。

 否、溢れすぎていた。

 対峙する龍輝が知らずに気後れするほど、圧倒的な感情の波。

 『不滅の太陽』が真実、かつては違うことを悟った彼は作戦に変更を加える。

 以前を基準にすることなど何の意味もない。

 それを強く確信したからだ。


「高島、元信さん、賢者連合の皆さん。――いきましょう」


 静かに、確実に龍輝の言葉が空へと消えていく。

 それを合図に全員が最後の攻勢に出る。

 

「行けえええ!!」


 先手を打ったのは圭吾だった。

 体力の大半を温存した状態での最大攻勢。

 星野の能力で浸透系のみ、シェアしている状態で放たれた糸は普段の彼とは比べ物にもならない威力だった。

 それが牢獄のように桜香の行動の制限する。

 触れればそこからダメージを負う。

 空とはいえ、事前に準備さえすれば逃げ道を無くすことなど簡単だ。

 例えば、どこぞの誰かが魔力で作った爆弾などを潜めておけば完璧である。

 即席ではあるが強固な牢獄が桜香を縛った。

 そう、そのはずだった――。


「小細工です。こんな玩具が本気で通じるとでも?」


 桜香が少し気合を入れただけで結界は弾け飛ぶ。

 実力が違うだの、そんな話の光景ではない。

 大きな差があっても同じ領域ならば競うことは出来る。

 しかし、完全に位階が異なる場合は別だ。

 結論から言ってしまえば、能力を嵩上げしたところで使いこなせていないものなど、桜香の相手にすら成れなかった。


「ばッ!」

「そんなセリフは聞き飽きました。あれが渾身ならば――なるほど、あなたは落ちた方が良い。弱すぎる」

「え――」


 いつの間に懐に入られたのか。

 それさえ分からずに圭吾は1撃で落ちる。

 容赦がないなどという領域を超えた圧倒的な力の差。

 体に叩き込まれた暴力だけが彼の敗北を教えていた。


「次」

「おおおオオォォ!」


 賢者連合の面々が同時攻撃を仕掛ける。

 前後、左右、上下。

 都合6人からなる完璧な連携はチームとしての錬度を見せつけていた。

 龍輝も7人目として過不足ない働きを見せる。

 元信の支援も受けて戦闘魔導師として全員が不足ない能力を示していた。

 6人が仕掛けて龍輝が全てを薙ぎ払う。

 味方を巻き込む覚悟での攻撃ならば吸収能力も発動出来ないはずだった。

 動きが止まってしまうあの能力は近接戦闘中の発動に適していない。


「貰う!!」


 圭吾の脱落が早期だったことを差し引いてもお釣りがくる状況である。

 包囲も攻撃のタイミングもこれ以上ないほどに完璧だったのだ。

 なのに――龍輝の悪寒は弱くなるどころか、ドンドン強くなっていく。

 そして、悪夢は降臨する。

 美しき女神の姿を持って。


「フェイク発動、『アマテラス』」

『応』


 桜香が一瞬で7人となる。

 それが何を示すのか龍輝には瞬時に理解出来た。

 浅はかだったとしか言えない自分の失態もこの時に気付いてしまったのだ。


「こ、れは……」

 

 増えた桜香のほぼ全ては幻影、幻だ。

 迷いは一瞬しか抱かなかった。

 だが、彼女にはそれだけあれば十分だったのだ。

 

「1つ、2つ!!」


 左右の魔導師を流れるように落とし、本物はそのまま直進を掛ける。

 前にいた1人は慌てて迎撃に移るがもう、遅かった。


「3つ」


 砕けた包囲はもはや意味をなさず、龍輝が放った攻撃は無意味に味方を巻き込む。

 さらに残りの人数を減らすことになった。

 トドメとばかりに桜香はその虹色の瞳に笑みを作り、


「4つ。では――また、戦いましょう」


 そんな言葉を残して閃光を放つ。

 光に飲まれる刹那、


「俺のライバルはとんでもないな……」


 龍輝はそんな言葉を残すのだった。




 桜香が戦場を制する僅か前、こちらでも最後の攻勢に仁が移る。

 不意を突き、1点に研ぎ澄まされた意思で相手を貫くのが仁の戦法だ。

 しかし、この正面からの状況で不意を打つなど望むべくもない。

 慶子の狡猾な策である。

 この状況に持ち込まれた時点で仁の長所の過半が潰されているのだ。

 

「まだだッ!」


 不利なのは間違いない。

 小手先の技だけ得意な彼が正面からの力押しに長けた慶子に真っ当に戦って勝てる可能性は限りなく0に近かった。

 机の上での算段ならばここで彼の命運を潰え、勝負も最終的に女子に流れていくだろう。

 

「僕とて魔導師だ! 切り札の1つや2つ、用意してある!」

「簡単にやらせると思うの!」

「道理など知らない! 抉じ開けて見せる!」


 数字というのは不思議だ。

 テストの点数、体重などもそうだが客観的に全てのものを納得させるのにこれ以上の指標はおそらく存在しないだろう。

 ステータス的な数字、統計的な勝敗としての数字、全ての数字が仁の敗北を指し示している状況。

 詰んでいるのは間違いない。

 砲撃魔導師とは、すなわち要塞のようなものなのだから。

 要塞を暗殺者がどうこう出来るはずがないのだ。


「ぬ、……く、くそ」

「温い! 何よりも根性が足りないわよ!」

「うおおおオオォォッ!」


 慶子の障壁へ1発、2発と突きを繰り出す。

 しかし、彼女の障壁に変化はまったくない。

 真由美に劣ろうが慶子も高位魔導師だ。

 仁との間に錬度の差はほとんどない。

 故に残りは相性などで勝負が決する。

 決死の回避は仁にとって過去最高の動きではある。

 完全に躱し切れていなくても、だ。


「はあああああ!」

「これで、終わり!!」


 障壁に接触する一瞬の隙、僅かに動きが止まるその瞬間を慶子は狙い撃つ。

 かつての健輔対真由美でも似たようなことがあった。

 障壁で受け止めて相手を潰すのは砲撃魔導師のセオリーにして基本技だ。

 慶子のそこは変わらない。

 仁にとってもそれは予定調和の結末だ。

 多少奮起した程度で覆せるならば現実はもう少し優しいものだっただろう。


「はっ……やはり、自分は2流か……」

「何を――」


 満足気に吹き飛ばされる仁に慶子は訝しがり、問いを投げようとする。

 仁はそれに返答しようとはせず、転送陣に包まれて消えていく。

 勝負は慶子の勝利に終わり、敗者は仁となった。

 結果は出たのだ。

 既に莉理子から桜香側も勝利したことが伝えられている。

 残り時間は30分を切っているが、男子の残党はそこまで多くはない。

 桜香と慶子を持ってすればそこまで苦戦する相手ではないはずだった。

 状況は全てが女子の有利を指し示している。

 有力な男性魔導師はまだ残っているが貴之と後は勝の2人ではどうにもならない。


「何、何なの? この気持ち悪い感じわ」


 ざらっとした感覚が慶子を捉えて離さない。

 仁がもっと抵抗を示して負けていたならこんな気持ちにはならなかっただろう。

 あっさりと逝ったことが慶子の勘へと囁くのだ。

 見落としているぞ、と。

 

「……この作戦を立てたのは霧島武雄のはず。あいつの性格はまあ、快楽主義者。面白ければ正義のはず。でも、頭は回るわ……」


 意図を読み解くのに必要なのは情報であった。

 そして慶子は戦場の情報は十分以上に持っている。

 ならば、足りないものは相手の心、つまりは意図だけだ。

 そこを読み解くけばよかった。


「互角の戦い、拮抗、頭を潰す。個別に相手を……今日は――」


 戦いの流れを繋げていく。

 そして同時にルールを読み解いていくのだ。

 2つを組み合わせて陥穽を浮き彫りにしていく。

 女子側が何か勘違いをしている可能性は高い。

 男子はそれに初めから気付いていて、だからこそロマンに溢れた戦いをしたのではないか。

 慶子はそこまで考えた時に、あることを思い出す。

 事ここに至って、ただの1度も『魔導戦隊』リーダー星野勝と『魔導戦隊』の面々を見ていない。

 あそこは女もいるが男子の方が多い。

 魔導ロボはどう考えても真由美や香奈子がいなくなれば最大級の力となるはずなのだ。

 では、彼らはどこに行った。


「まさか……!? 桜香ちゃん、莉理子聞こえる!?」

『念話は大丈夫です』

『どうかしましたか? 慶子さん』

「相手の狙いがわかったわ!! 最後のエリア、つまりはスタジアムだけが戦闘フィールドになるまで後何分!?」

『それは――』

『では、残り時間が15分を切りましたので、生き残りの方々をスタジアムの方へと転移させます!』

「まずいッ! 桜香ちゃん、結界障壁を展開して!! あなたが残ればこっちのか――」

『了――す』


 最後まで慶子は言い切れず、転送が行われる。

 慶子自身も桜香の無事を祈りながら障壁を最大展開した。

 理由は簡単だ。

 ここに男子が仕掛けた最大の爆弾がある。

 霧島武雄が最後に残すことを選んだのは――

 

『転送完了で――』


 実況が何かを言い切る前にスタジアムに残った選手が現れる。

 そこには巨大なロボ風ゴーレムもあり、彼らは全員の姿が見えた時に静かに宣言した。


「起爆」


 イベントのルールに最後、全員が集まった場所で自爆してはならないなどというのは記載されていない。

 ましてや、そこに仕込みをしておくこともだ。

 武雄があらかじめチームに命じて魔力爆弾を『創造』し『固定』しておけば地雷原の完成である。

 後はゴーレムという物理的には最強の鎧を纏った『魔導戦隊』がもっと言えば星野が残ればよい。

 大雑把だが最後の最後にちゃぶ台をひっくり返す武雄の意地が悪い作戦であった。

 狙い通りに発動した爆発はスタジアムに巨大な花火を浮かべることになる。

 味方の残存すら考えない大威力、普通(・・)に考えれば生き残りはいない。

 武雄の誤算はただ1つ、彼女を常識で考えたことだった。


『も、物凄い大爆発で戦闘不能になるのが続出しています!! これは男性側の作戦なのか! 巨大なゴーレムが立っています! 勝者は……あれ?』


 実況が勢いよく勝敗を告げようとした時に、変化は起きた。

 ゴーレムが真横にズレてそのまま壊れたのだ。

 誰がやって、何が起こったのかは明白だった。


『え、えーと、ざ、残存1名? 最後は九条桜香選手が残りましたので鬼ごっこは女性側の勝利となります! 開幕の砲撃、最後の大爆発と大迫力の戦闘ばかりでしたが皆さん、お楽しみいただけたでしょうか? 文化祭は夜のラストまでありますので、最後までお楽しみください。それでは、イベント『鬼ごっこ』はこれにて閉幕となります! 皆さん、参加者に大きな拍手をお願いします!』


 呆然とした空気から事態を認識したのが万雷の拍手が会場を、そして島を埋め尽くす。

 ただ1人、最後まで残った女神はその七色の魔力を空へと振りまきながら笑顔で手を振るのであった。


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