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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第134話

 先に動いたのは龍輝たちだった。

 理由はたった1つ、主導権を握っていないと桜香に勝てないでのある。

 かつての戦いからわかったことはまず、桜香が基本的に受け身の存在だと言うこと。

 得意な戦法がその才能を存分に活かした待ちの型が基本のものなのだ。

 相手から攻撃させて隙を見出し、最少の労力で仕留める。

 健輔以外ではアメリカの『皇帝』しか止められなかった文字通り『必勝』のスタイルであった。

 この事がわかると桜香に対する対策は二極化することになる。

 まずは普通に攻撃を控える消極策だ。

 果断な攻撃が結果として撃墜に繋がるのならば、必殺の攻撃のみに的を絞ってしまえば良い。

 量ではなく質を重視するといったところか。

 問題は当然ある。

 桜香は待ちが好みなだけであり、己から攻撃出来ないわけではないのだ。

 ましてや狙われているのにわざわざ待ってあげるほど優しくない。

 不利な状況を健輔戦において、桜香が飲んだのはそうする以外の選択肢を潰されていたからだ。

 攻守とも隙がなく圧倒的な強さの彼女を封殺するには健輔がやったように選択肢を潰しておく必要がある。

 そのためには主導権が必要なのだ。


「行けるな」

「任せてください!」


 『不滅の太陽』、彼女を打倒することを考えるならばチーム全員を犠牲する覚悟がいる。

 かつてはそう思われていた。

 これらは1面として、事実である。

 しかし、健輔との戦いが新たな事実を世に知らしめた。

 龍輝たちはそれを知っているが故にもはや、引くことは出来ない。

 新たな事実とは――


「ふふ、ええ、正解ですよ。私のカウンターにあなたたちは対抗できます」

「ッ……。やはり、お、重い……」

「っ、これに勝ったのか。なんともとんでもない後輩だ」


 ――九条桜香も完璧ではない、ということだった。

 思えば当たり前の話である。

 桜香がどれほどの天才であろうとも個人であるため限界は存在するはずなのだ。

 そこを的確に突くことが出来るだけの札を用意して、後は実力でもぎ取ったのが健輔である。

 同じことを他者がやれないことはない。

 

「どうやって勝ったのだ……。とてつもないな……」


 理屈の上ではそれは正しかった。

 九条桜香が無敵であるという幻想は晴れたのだ。

 彼女は唯人に過ぎない、と多くの人が知った。

 そしてこう思ったのだ。

 今までは噂が過剰だっただけではないのか、と。

 浅はか極まりないが本質を突いている。

 今の戦いには関係ないが『サムライ』望月健二などがそのように思った筆頭であった。

 だが、それは誤りである。

 こうして桜香と戦うことで龍輝が感じたのはライバルの凄さだった。


「『アマテラス』」

『『御座の曙光』』

「ッ、ぐ、『グレイス』!!」

『結界展開、フィールド圧縮』


 周囲に展開していた魔力フィールドを一気に圧縮させて、防御に回す。

 龍輝が模索している新しい戦い方、すなわち地の利を味方に付けるものだ。

 ある程度形になっており、健輔や優香のように不安定さはない。

 2人のプリズムモード及びダブルシルエットモードがα版だとすれば龍輝のフィールド構築はβ版程度の完成度である。

 とはいえ、戦闘センスに乏しい彼には大きな力になっていた。

 そう、これらの要素を込みにしても龍輝は押されている。


「た、隆志さん!」

「わかっている!」


 隆志の援護も的確に行われている。

 行われれいるがジリ貧になっていることを隠すことが出来ない。

 一閃、二閃と桜香の剣が空を裂く度に隆志か龍輝、どちらかの障壁が根こそぎ切り裂かれる。

 多くのものが履き違えた事実、それは桜香が実は弱いなどという戯言だ。

 なるほど、桜香は健輔に敗れた。

 それは事実でも彼女の実力は何も変わっていないのだ。

 虚飾と判断されたかつての実力は実際のものであり、そのあり方は何も変わっていない。

 龍輝たちはおめでたい勘違いはしていなかったが、同時にきちんとわかっていたわけでもなかった。

 桜香は強い、頭でしか理解出来ていなかったことを暴力によって強制的に体に叩き込まれる。


「荒いな! 桜香! 奴の影響か?」

「はい、良き後輩をお持ちです。健輔さんも先輩たちの薫陶の賜だと言っていましたよ。特にあなたにはお世話になった、とも」

「は、殊勝なやつだ。その力押し、あいつ対策だな」

「……さて、それは剣で語って欲しいですね」


 桜香の意味深な笑み。

 隆志がそれに笑い返すのを見て龍輝は世界の違いを感じる。

 良く言えば戦士の絆、悪く言えば野蛮なやり取りとでも言うのだろうか。

 戦闘魔導師と後方魔導師を分ける要因の1つがこれを理解できるかどうかか、など言われたりするほどものでもあるのだ。

 体育会系のものと文化系のものに近い話である。

 文化の違いといえば、それまでだが龍輝はそこに僅かな寂しさを感じた。


「っ、俺も戦闘魔導師だ」


 萎えそうになる気力に活を入れる。

 剣で語れ、桜香の言葉は龍輝にも届いていた。

 戦闘センスに欠けている彼に近接戦は難しい。

 しかし、逃げていては一生かかっても克服することが出来なくなってしまう。


「次は俺だ! いくぞ、『不滅の太陽』」

「よい覇気です。――実力が足りないことを除けば、あなたも良き魔導師ですよ」

「くッ……そんなことは、わかっているッ!!」


 龍輝の渾身をまるで赤子の手を捻るように軽く流して、胴に薙ぎを入れる。

 桜香からすれば軽い講義のようなもの、それが龍輝には致命傷には近かった。


「ま、負けてたまるかあッ!!」

「龍輝! まだいけるな!」

「勿論です!」


 交差は10秒もなかったはずである

 その僅かな攻防で龍輝は拭い難い恐怖を感じてしまった。

 圧倒的な格差を直感してしまったのだ。

 心に罅が入る音が聞こえた。

 負けてもよいじゃないか、お前は頑張ったと何かに訴えられているかのように感じる。

 桜香と戦ったものが大抵は感じるもの、それがこの龍輝と同じ思いだった。

 『アマテラス』の多くのメンバーがそうであるように己で己を慰めてしまえば、もう桜香には立ち向かえない。

 よく頑張ったなどと思ってしまったが最後、心が折れてしまうのだ。


「……隆志さん。俺は怖い」

「当たり前だ。……桜香の才能に触れて道を諦めたやつもいる。うちの健輔みたいに気にしない奴の方が少数派だ。その恐怖は誇ってもいいものだよ」


 折れることは恥だと考えていた彼にとって、それは意外な言葉だった。


「……誇る」

「恐怖を知らない蛮勇などただのアホだろう? 怖くても立ち向かう様が、――かっこいいんじゃないか」

 

 折れて猶立ち上がるのがかっこいい。

 ただ、それだけの言葉。

 ストンと龍輝の心にそれは染み入る。


「いい表情だな。ではもう1度行くぞ。これでもダメなら今度は増援と共に攻める」

「了解です」


 意気軒昂、気力だけは満ちている。

 そんな挑戦者の様を少しだけ瞳を緩めて見守る王者。

 何かを飲み込むように目を閉じて、再度開いた時には元の冷徹な瞳へと戻っていた。


「終わらせます」


 静かな宣言が隆志たちに届く。

 桜香が前に出る。

 積極的な攻撃姿勢に驚きを見せるも2人は冷静に迎撃するのだった。




 同時刻、もう1つの決戦場は混沌としていた。

 入り乱れる人、人、人。

 交差し合う数多の勝負が1つの絵画を描くかの如く混じり合う。

 思い出したかのように両側から放たれる光の帯が敵、味方を問わずに飲み込み混沌を加速させていた。

 混乱と狂騒、ある意味で単純と言えるだろう。

 その場にあるのは相手も定まらない熱気だけなのだから。

 桜香たちの戦いを決闘もしくは、聖戦とでもいうべき格調高いものならば、さしずめこちらは素人の殴り合いである。

 そんな狂乱を意図的に画策した男は己の成果を誇るでもなく静かに行動していた。


「これで時間は稼げる。……となると。どれだけ奇襲で仕留めれるのか。焦点はそこかな」


 乱戦の最中、意図など微塵も存在しないように見える戦場で彼だけは確かな意思を瞳に秘めて戦場を渡っていた。

 視線を動かし、ド派手に暴れている貴之を見る。

 仁が持ち得る札としては最上級のものである彼を囮に使う。

 彼の意図は単純だった。

 素直に戦闘したところで男子側が徐々に削られていくだけの不毛な勝負になってしまう。

 そうなるぐらいならば勝者も敗者も等しく判別がつかないように混ぜただけだ。

 未だに個々で強い女子はそこそこ残っている。

 しかし、この混乱した戦場でもっとも強い個体は貴之であった。

 彼が暴れれば暴れる程、そこに釣られる者たちも大物になる。


「……来たか」


 周りの争いに紛れたように偽装しながら貴之に向かうその背に狙いを付ける。

 仁は系統的にも派手な戦いは出来ないし、何よりも好みではなかった。

 宗則ではないがこういった戦いの方が余程性に合っている。

 そんなヒーロー、魔導師の輝く側面から離れた自分に苦笑するもその刃は微塵も揺るがない。

 身体系を使いこなした完璧な体捌きで貴之に釣られてきた相手を一突きする。


「え……」

「悪いね」


 何が起こったのかわからないという表情をしている女性に短く謝罪する。

 偽善でしかないがやらないよりは良いと自分を慰めて、すぐさまその場から離脱を始めた。

 これで5人、戦場が混沌と化してからわずか10分で彼が仕留めた人数だった。

 この混沌は仁の特性を最大に活用するためのものでもある。

 他にも女性側の情報共有を防ぐなどの副次的な目的もあった。

 いくら莉理子などが優秀な魔導師とはいえ、司令塔がなければその力はうまく使えない。

 突出した魔導師をことごとく落とされた女性陣には1人で指揮を執れるほどの人材はそこまで残っていないはずである。

 その隙間をうまく付いたのが仁の策である。


「……次は」

「次は誰かしら?」

「――君は」

「はーい、どうも! 立夏がお世話になったわね」


 順調に進んでいた仁の狩りに邪魔が入ったのはそんな時だった。

 初めから彼を狙って話しかけた女性――藤原慶子はにこやかに手を振る。

 周りは地獄絵図、とまでは行かずともかなりの混乱状態であるのには変わらない。

 人を不安にさせる要素は一頻り揃った場所で不釣り合いな程に彼女は艶やかだった。

 常と変わらぬ優しげな表情と女性らしい所作は多くの男性を魅了する。

 桜香も美人だが、親しみやすさが皆無であるのに対して慶子は怪しげな魅力と接しやすい空気が同居していた。

 しかし、今は常と変わらぬ笑顔の裏に凄みがある。


「……狙いは僕かい?」

「ええ、1番狙いは葵ちゃんに取られたし。あの脳筋男とは普段からやり合ってるもの。たまには違う男を摘まみ食いしてもいいでしょう? 都合よく親友を嵌めた相手の1人でもあるわけだし」

「目立たないが君は厄介だね。……期待に応えれるかはわからないが精一杯お相手を務めさしていただく」

「あら、謙遜かしら? 結構、いい男だとは思うわよ。性根が治ったら、ね」

「っ……」


 笑顔から感じるプレッシャーがドンドン高まっていく。

 一触即発の空気が漂い始める2人の空間、そして――


「ええ、今のあなたは正直――好みじゃないわ」

「な……」

 

 仁があまりの落差に声を上げたが遅い。

 慶子の1撃は既に放たれていた。

 彼女は砲撃魔導師、この乱戦では本来ならば活躍出来ないはずなのだ。

 仲間を巻き込むことを恐れて全力などおいそれと放てない。

 しかし、仁が見たこともないほど表情を凍らせた慶子は味方に頓着しない。

 鬼女のごとく、そういうのは失礼だろうか。

 放たれた光は敵、味方を無差別に飲み込み続ける。

 狙いはただ1人、北原仁に相違ない。


「敵にとって不足はない! 僕も『アマテラス』のリーダーたる誇りがある!!」

「よく言うわよ。だったら、最初から真っ直ぐに挑んできなさい! 作戦は認めるし、立夏が落とされたことに文句はないわ。でも味方を嗾けた後に暗殺染みた真似するような根性悪には容赦しないわ!」

「全て承知の上でやっている。君の怒りはもっともだが、僕にも負けらない理由はある!」

「ふん、だったらやってみなさいよ! 桜香ちゃんに折られた男にも矜持が残っているのか見て上げる」

「望むところだ!!」


 これまで後方に隠れていた仁が初めて表に出る。

 既に男女ともに隠し玉は残っていない。

 後は実力と、運だけが物を言う。

 

「はああああ!」

「バレットパターンセット! 私は砲撃だけじゃないわよ!」


 瞬時に誘導弾が慶子の周りに生まれる。

 『明星のかけら』の幹部で唯一2つ名を持っていないのが彼女だ。

 では、彼女は弱いのだろうか。

 答えは否だ。

 友人であろうとも立夏のその辺りの判断はシビアである。

 戦力にならないのならば意見を聞くことなどない。

 

「くっ、うまい!」

「そこ!」


 確かに2つ名はない。

 そこは疑いようのない事実だった。

 しかし、そこを差し引いても彼女には確かな実力があるのだ。

 かつて、優香が真由美に慶子の実力について尋ねたことがある。

 その時の答えが以下のようなものであった。

 ――彼女は健ちゃんに良く似ている、と。


「見え見え!」

「ちぃ!!」


 両手に装備したダガーのような魔導機で仁は魔力弾を払うが根本的な解決になっていない。

 回避の導線を誘導、そこに魔力弾とショートバスターを叩き込む。

 大技と小技のバランスに長けた砲撃魔導師の近接技法を完璧にこなしている。

 この分野に限るならば慶子は真由美以上かもしれなかった。

 僅かな交戦ではあるがこの時点で仁は自身の勝敗に見切りをつける。

 勝てない、その言葉が確かによぎってしまった。


「……つくづく僕は割り切りが良い。玉無しという言葉も的を射ている」


 この状況、不利な戦局を前に仁が考えたのは次についてだった。

 彼が負けても試合は続く、ならば少しでも男子に有利にしないといけない。

 逆転の秘策よりも安定を取ってしまう。

 どうしようもない彼の性だった。


「だが、やれるだけのことはやらしてもらう」


 心が折れている。

 慶子の言葉は的確だった。

 戦闘の組み立て方なども仁が突破出来ないように絶妙に組まれている。

 そして、同時に打ち壊せる場所も巧みに晒していた。

 2つの誘いを持って、仁を誘惑している。

 心が、挑戦する気概がないお前はどちらを選ぶのか。

 声なき声が問いかけているのだ。


「毒婦、か。貴之くんの言うことも偶には当たっているものだね」


 男を試す女。

 そんな賢しいものを嫌う男も世にはいる。

 仁も心情的にはあまり好みではなかった。

 しかし、女に試されれば答えたくなるのも男である。


「折れているなりの戦い方を見せてあげよう」


 決して自分が不屈のものに劣るわけではないと見せつけなければ気がすまない。

 敗北の瀬戸際で仁は決意のもと、特攻をかけるのだった。

 2つの戦場が決着へと向かう。

 数多くいた魔導師も混沌の戦場を前に数を減らして、桜香たちを合わせても既に3ケタは切っている。

 タイムリミットまで後、30分。

 男たちが逃げ切るのか。

 女子たちが捕まえるのか。

 答えが目前へと迫っているのであった。


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