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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第133話

 周囲の喧騒を無視して、風と雷がダンスを続ける。

 どちらが主で、どちらが従なのか、傍から見ているものたちにはわからなかった。

 空を駆ける閃光に些かの陰りもなく、荒ぶる風も一切の攻撃を通さない。


「ッ……、はっ、はっ……」

「そらそら、どうしたどうした! 息が上がっているぞ」

 

 しかし、実状はまったく違う。

 唸る風を前にクラウディアはその小さな体を差し出して必死に時間を稼いでいるに過ぎない。

 クラウディアは聡明である。

 この相手が己にとって天敵に等しいと――もうわかっていた。


「ッ……!」

「ふむ、どうやらここは以外は決着が付いたようだな。さて……、そろそろ構わないか?」

「……何のこと、でしょうか?」

「ふふ、そういうギラギラした瞳は嫌いではないが……。お前では俺に勝てんよ。相性が噛み合ってない」


 転移によって他の戦場で相手を入れ替える中、ここだけはそのまま戦いが続いた。

 急な作戦変更だったが容易く受け入れられたには当然理由が存在している。

 まずは宗則の能力が単純にクラウディアを凌駕していた事。

 自然系の能力の使い手として彼はクラウディアを遥か彼方に置き去りにしていた。

 もう1つは彼の本来の相手である葵が別の相手に狙いを定めて隠密していたことだ。

 居場所がわからない以上、転移は出来ない。

 葵が姿を隠すという想定されていなかった事態も手伝ってこの状況は生まれたのである。

 

「藤田との戦いも良いがまあ、あれは本番にとって置くのでも問題ないからな。お前との競い合いも実に心躍ったからここまで付き合ったが……いつまでも付き合ってやる義理もないな」

「……っ」

「能力は十分。心根も良い。しかし、だ。お前は真っ直ぐすぎるよ」

「……そんなのわかってます」

「変換系の弱点だな。俺は創造系で同じことを成しているが……。まあ、お前の『雷』は実際強力だと思う。……俺も正直使いたい」


 創造系の使い手は難易度こそ高いがイコール変換系の使い手とも言える。

 圧倒的な汎用性、それに比例する難易度。

 そこを引き下げたのが変換系だ。

 扱いやすく強力という道具としての勝手は圧倒的に優っている。

 しかし、クラウディアにとっては残念なことに用途を限定してしまったことがそのまま弱点になっていた。

 

「細かいフェイント、後は冷静な思考。怒りを見せかけての油断の誘い……。ざっとこんなものか? 今もの隙を窺っている。素晴らしい敢闘精神だ」

「っ……」

「同時に哀れだよ。お前の系統がお前の力に応えれていない」


 雷は強力無比だが、それがそのままクラウディアの弱点だった。

 小回りが致命的なまでに利かない。

 健輔が衆目に晒し出した弱点が未だに対処出来ないままなのだ。

 なぜならば破壊に特化した属性では細かい状況の変化に対応できないから。


「大人しく負けておけ。しかし、そうは言っても納得出来んだろう」

「……当たり、前です」

「では、取引をしてやろう。貴様の変換系、おそらくまだ上に行ける。その方法を教えてやろうじゃないか」

「え……」

「こう見えても俺はこの学園の創造系の中では1番の使い手だ。君の友人たる九条優香には負けるかもしれないがな」

「……」

「コツだけを伝えてやろう。後は独力でやればよい。良き友人もいるのだからな」

「……嘘だったら許しませんから」

「ははははは、可愛い女性に嘘を吐くなどありえんよ。――ではな」


 宗則はそこで会話を打ち切り、容赦なく風の刃を叩き込む。

 この戦いはここで終わり、試合ではなくイベントだったからそ紡げた縁。

 宗則はクールな笑みを浮かべてクラウディアが転送されるのを見送った。

 

「さて……」


 クラウディアは倒れた。

 しかし、風の守りは維持されたまま、宗則は未だに戦闘態勢のままである。

 理由はたった1つしか存在しない。

 彼は虚空を睨む、続きの言葉を風にのせる。

 

「――待ってくれたのか? 貴様は」

「クラウちゃんは後輩の友達だしね。宗則さんが創造系の中でも学校1番なのは事実ですから」


 快活で明るい声、だが声には隠しきれない戦闘の喜悦が滲んでいた。

 声に違わぬ美女は悠々と空から降りてくる。

 2人の決着を大人しく見守っていた理由は言うまでもないだろう。

 この女性は無粋なことを好まない。


「私じゃちょっと、そっちのアドバイスは難しいですし」

「筋が良いのは認めるところだ。何より、うちのチームの良い刺激になる」

「ま、ロールプレイしてるだけの集団じゃないのは知ってましたけど」

「普段も真剣だよ。ただし、魔導にはより真摯である、とそれだけさ」


 2人は徐々にギアを上げながら会話を続ける。

 膨張を続ける戦気、双方共にやる気は十分だった。


「はあああ!」


 先に飛び出したのは葵。

 今日も絶好調の彼女は常と変わらず圧倒的な身体能力で肉弾戦を挑む。

 対する宗則に近接戦用の系統は存在しない。

 そこだけを見れば優勢なのは葵だった。

 

「無駄だね。そこも俺の領域だ」

「っ、こんな……まずっ!!」


 局所的に発生した竜巻が彼女を襲う。

 規模はそれほどでもないが、人間に抗えるような代物ではない。

 

「吠えろ、『ウンターガング』!」

『風の舞』


 宗則の短刀型の魔導機が振るわれる度に風の刃がいくつも現れて葵を切り裂いていく。

 1発ごとの威力は高くないが何発も当たれば大きなダメージとなるのは避けられない。

 遠距離・近距離において抜群の汎用性を示す魔導師――宮島宗則。

 今回、男子側の切り札の中でもっとも強いのが彼だ。

 惜しくも選外となってしまっているがランキングは13位、固有能力なしでこの領域なのだからその実力が窺える。

 加えて葵との相性は彼の方が圧倒的に優勢だ。

 近づかないと何も出来ない葵を近づけさせないのだからはっきり言って勝負は見えていた。


「ふふっ、ふふ、やっぱり魔導はこうじゃないとね!!」

「……この、戦闘狂めッ!」


 それでも葵が勝負を挑んだのは簡単だ。

 どのみちもうすぐ当たるのだ、ならな早めに今の宗則を体感しておきたい。

 理由はそれだけ、彼女は望む相手と望むままに戦い、駆け抜けていく。


「出鱈目……でも、いいわ! あの根暗よりもずっと楽しい!!」

「相変わらず女性とは思えんな。まあ、いい。ここで散っていけ、今は男子側の方が不利のようだしな。貴様で釣り合いを取ることにしよう」

「簡単に出来るとは思わないで!!」

 

 迫りくる風の刃を拳で叩き潰しながら果敢に突撃を繰り返す。

 しかし、その全てが風の壁で無効化される。

 近接戦の魔導師はこの壁を突破する手段を持たなければ葵ほどの技量の持ち主でも手も足も出ない。

 立夏は勿論のこと、元信や貴之。

 他にも多くの魔導師が成すすべなくが宗則には完封されてしまうだろう。

 プリズムモードを使った優香ですら危うい。

 男子側で限りなく最強に近い、それが宗則だった。

 そんな彼を軽く葬ったのが桜香である。

 如何に高い壁だったのかがよくわかるだろう。


「くっ……」

「終わりだ。……ああ、お前たちと戦う時が楽しみだ。後輩――健輔にはよろしく頼むよ。俺の相手は彼だろう?」

「……さあ? どうかしら、ね!!」


 最後と1撃を渾身を込めて放つが軽やかに避けられる。

 予想通りの結果に苦い表情をの残すも、既に役割は果たしたため葵は静かに風の刃を受けるのだった。


「素直じゃない……。いや、事実なのかもしれんが。……それよりも、まずいな」


 葵を撃墜した余韻もなく、次の戦いの気配がやってくる。

 それまで余裕を見せていた宗則の表情から笑顔が消えていく。

 葵を遥かに上回る脅威がここに迫ってきている。

 もし、仮にこれに宗則を足止めする女子の作戦だったとするのならば葵はその役割をきっちりと果たしたと言って良いだろう。

 彼も誘いだとわかっていて乗ったのだが、いざ脅威を目前とすると緊張は隠せない。

 理由など言うまもでないだろう。

 彼のチーム『暗黒の盟約』と、そして彼自身が既に今年の魔導大会でその人物に粉砕されているのだから。


「何がまずいのですか? 良ければ教えてもらえるとありがたいです」

「あなたと対峙することですよ。既に俺は負けている。……ええ、彼我の差はを俺は理解しています」

「懸命ですね。恐ろしく癪に障った『サムライ』とは違います」

「……彼は彼で事情があるんですが……。まあ、あなたには関係ありませんか」

「ええ、興味もないです」


 宗則は背を向けたまま脅威と語り合う。

 いつ戦闘に突入しても良いように臨戦態勢は崩さない。

 背中に浮かぶ汗は背後からくる強烈なプレッシャーが原因だった。

 何があったのかはわからないが『サムライ』望月健二は地雷を踏んだらしい。

 あの『不滅』が怒っている。

 これ以上ないほどの非常事態だった。


「それで? そろそろ始めますか?」

「ええ。はっきり言って、優香と健輔さんがいないなら意味がないので早く終わらせたいんです」

「……そうですか。いえ、では少しでも抵抗させてもらいますよ?」

「ご自由に。あなたの風はちゃんと覚えていますよ」

「光栄です。『不滅の太陽』」

「では、さよならです。『滅殺者』」


 宗則が振り返ると同時に全力で風を叩き込む。

 後は考えない。

 防御に割くはずの魔力すらも全て攻撃に集中させる。

 そこまでやっても彼我の差は歴然だった。

 魔導師として、創造系をほぼ極めているからこそ彼には勝敗がわかる。

 九条桜香を正攻法で倒せるのは彼女を嵌めれるほどの戦闘センスと他を圧倒する万能性が必要だ。

 それを満たすのはこの学園どころか、世界まで含めても片手で足りる。

 健輔が勝利出来たのは本人の努力もあるが前提条件を満たせるだけの力があったからだ。

 どれほどの修練を重ねてもグーしか出せない宗則では桜香に絶対勝てない。


「お見事」

「化け物がッ!」


 風を吸収されてしまい、桜香の力が一気に上昇する。

 これが宗則が手も足も出ない理由だった。

 風を主体としている彼は純魔力攻撃が主になる。

 風自体を魔力で作ることもあるし、浸透系で本物の風を操ることもあるが疲労は自分で作るのと比ではない。

 浸透系で操った風ならば吸収はされないがそれすらも桜香には無意味だ。

 彼女の打倒に1年間を費やして、既に敗れた彼ではこの結末をどうやってもひっくり返せない。


「先ほどの方よりも余程素晴らしかったです。……もう、聞こえてはいないでしょうが」


 瞬きする間に終わった刹那の攻防、天秤は容易く太陽へと傾く。

 強敵を倒したにも関わらず、無感動な瞳でその光景を見送った。

 宗則が転送されるのを見るまでもなく、桜香は次の戦場へと旅立つ。

 この事はあることを示唆していた。

 桜香を倒さない限り、男子側に勝利はない。

 あまりにもあれな答えであろう。

 全校生徒でも彼女の重さに釣り合わない。

 総攻撃を仕掛けた仁たちもそんなことはわかっていた。

 だからこそ、彼女の相手をするのは彼らになるのだ。


「少し待ってもらえるか?」

「……隆志さんに。ふふ、なるほど、あなたは正秀院くんでしたっけ?」

「先ほどは挨拶もなしに申し訳なかった。お初にお目に掛かる。『不滅の太陽』九条桜香殿。あなたを倒す予定の男が私情を優先して散華してしまったのでね。分不相応だが俺が相手を務めよう」

「ふふ、ええ、いいですよ。もう1人の万能系。不足はありません」

「ここが勝敗の分かれ目になる。いけるな?」

「はい。援護を願います」


 隆志と龍輝。

 この2人が桜香に戦いを挑む。

 全体としてはまだ負けていない。

 問題はこの太陽だけなのだから。


「では――」

「行くぞ」

「『グレイス』!」

『フィールドを展開します』


 ここに鬼ごっこの総力を挙げた戦いが始まった。




「あちらは始まったみたいだね。貴之くん大丈夫かい?」

『問題はない。元信はあちらへと送った。賢者連合の残党もプラスしてある』

「それは重畳。では、僕たちも仕事をするとしよう」


 主要な2つ名持ちはなんとか一通り撃墜することが出来た。

 優香、クラウディア、立夏、真由美、香奈子、葵。

 この辺りがいない分やりやすいことは間違いない。

 もっともここに持ち込むまでに男子側が蒙った被害も軽くはない。

 何より、最大の脅威たる桜香が残留しているのだ。

 気を抜くことが出来るような戦況ではなかった。


「さて、向こうも残存を集めているだろうが指揮は誰かな」


 絞られたエリアにお互いが戦力を結集している。

 実質、2つのエリアで同時に決戦が行われようとしていた。

 森林エリアに桜香たちが、そしてこのスタジアム方面には大多数が集結している。


「妃里か、莉理子くんか……。難しいところだね」


 2つ名はないが有力選手はまだ女性側にも残っている。

 貴之が居る分有利ではあるが、侮るつもりはなかった。


「総員に通達。仕掛ける!! 『ツクヨミ』のメンバーへ伝達を」

『了解です!』


 バックスを受け持つ生徒に念話を送り決戦の幕を開ける。

 お互いに残存数はそこまで多くないがその分濃い生徒が残っていた。


「僕も行こうか。霧島くん程、うまくはやれないが戦闘しながらの指揮も出来る」


 男子が動く。

 そして、その情報を得た女子も静かに対応を始める。


『砲撃、数は20程ですね。やはり砲撃魔導師は数が残っていません』

「了解。というか、鬼役のこっちが攻撃を仕掛けられるとか男子はやる気に溢れすぎじゃないかしら。その辺りどう思う?」

「同感だけど、まあ、負けたくないという気持ちはわかるわ」


 慶子が妃里に話しかける。

 立夏撃墜後の指揮を執っていたのはこの2人だった。

 誰かが纏めないと押し負ける。

 この判断は正しく、なんとか状況をイーブンまでに持ち込ることが出来たのだが、それまでに負ったダメージが大きかった。

 押し戻すには桜香を前面に立てるしかないが、それも相手は対応してきている。

 いくらか思惑は崩せても大筋は向こう側の筋書きから逸脱はしていなかったのだ。


「迎撃をお願い。莉理子ちゃんはこちらの支援を。貴之がこっちにくるらしいから妃里と私で対処するわ。その後の統括はお願いね」

『了解です。――女子、砲撃陣は迎撃を開始してください』


 莉理子の声に従い簡易的な陣地から砲撃が飛ぶ。

 真由美と香奈子を失っても『ツクヨミ』のメンバーが残っている。

 何より、慶子も砲撃魔導師だ。

 火力の面ではまだ女子が優っている。

 しかし、


『接敵した前衛が崩されました。仁さん、貴之さん。他にも何人か確認出来ますが』

「了解。ほのかさんと楓ちゃんに伝えて前に出て貰って。私たちが貴之と仁を相手にするから」

『わかりました。慶子さんは使いますか?』

「いらないわ。こっちの癖は向こうも知っているし、私がパワーアップするよりも全体の統括をしっかりとしてもらった方がいいもの」

『そうですか。では、ご武運を』

「ありがとう」


 慶子は念話を切ると妃里にウィンクをする。

 ここで簡単に負けるわけにはいかないのは確かだったが、実際のところのこちら側の勝敗は既に決まっていた。

 被害の多い少ないがあるだろうが、男子側が有利である。

 2つ決戦は同時に進行する。

 これが鬼ごっこの幕となるだろう。

 逃げ切るのか、捕まるのか。

 男の意地と女の強さが今、雌雄を決する。


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