第132話
健輔と優香にとっては大事な1戦も全体からすればただの1勝負に過ぎない。
大勢に影響を与えることなく彼らの撃墜は周囲に伝達される。
優香と健輔もまったく無名というわけではないのでそこそこの驚きは広がったがそれ以上のことは何もなかった。
少なくとも大勢としては、だったが。
個人単位では大きな影響を受けているものがいる。
例えば、墜ちた双方と関係が深い『不滅』たる彼女には絶大な効果があった。
「クソ、クソおおおおッ!」
「優香……、健輔くん」
その対決は因縁の戦いと言って良いものだ。
特にお互いのチームが所属している背景から考えれば、猶のことその関係は強化される。
しかし、傍から見てもわかる程に双方が抱える熱量には差があった。
「貴様あああああ!」
怨念、憎悪すら籠っていそうな叫び声と共に突貫してくるのはスサノオのリーダーにして2つ名『サムライ』を持つ魔導師――望月健二だった。
近接魔導師として極まった能力は嵐の如き連撃で相手を追い詰める。
優香を相手にして優勢に立ち回った能力は決して虚飾などではなく3年間の努力と確かな才能に裏付けされたものであった。
疑いようもなく彼は強い、なのにまるで3年生が1年生を転がすかの如く彼女には相手にされていない。
フィールドは一切の邪魔が入らない市街地で戦闘状況は常に接近戦。
考えうる限りの理想の状況で健二はダメージどころか、一太刀も桜香に浴びせることが出来ていなかった。
いや、手も足も出ないだけならば彼もここまで激昂はしなかっただろう。
己の未熟と恥じて、さらなる研鑽を誓ったはずだった。
そうなっていないのは偏に対戦相手のやる気のなさが原因である。
「何故だ!! 何故、本気でやらないッ」
「……それが何か問題でも? 正直な話、あまりの肩透かしにやる気が出ないだけです」
「ふ、ふざけるな!! 俺が誰だが忘れたとでも言うのか!?」
「……? 不思議なことを言いますね。あなたは『スサノオ』リーダーの望月さんでしょう? それは知っていますが」
「ならば、ならばどうして!」
健二の怒りの原因が桜香にはまったく思い当たらない。
本気でやれていないことに謝罪の気持ちがあるが最高のテンションで戦っていて肩透かしされた彼女からすれば文句の1つも言いたい気持ちだった。
健輔が自身を放って向かった相手が優香なのもなんとも言えない気分を上乗せしている。
優香対健輔はそれはそれは素晴らしい試合になっただろうと彼女は確信しているのだ。
誰よりも2人を評価しているからこそ、2人がそちらを選んだことに文句を言えない。
彼女の熱量の不足はぶつけるところのない思いが渦巻いているためだった。
「私的なことです。……というよりも私はそちらがそこまで熱くなっている理由がわからないのですが……」
「なん、だと……。……ふざけるな。ふざけるなああああ!」
健二がついに本気でキレる。
斬撃と魔力は感情に呼応してか、その威力を大幅に高めるが変わりにかなりの大振りとなっていた。
技量を捨ててパワーに走る。
意図したものではないだろうが彼の攻撃はそのようなものへと変貌を遂げていた。
桜香に挑発の意図など欠片もなかっただろう。
彼女は事実をありのままに語っただけなのだから。
しかし、それが彼にとっては何よりの地雷だった。
「クソ、クソ、クソ、クソおおおおおお!!!!」
「……はぁ……」
1人でドンドン盛り上がる健二に対して桜香のテンションはどん底を超えて下がっていく。
なんとなくだが目の前の人物の怒り方に桜香は心当たりがあった。
国内最強、世界でも名の知られた魔導師である彼女は当たり前のことだが有名人だ。
そのため、有名税ともいうべきだろうか、妙なやっかみを受けることもある。
大半は害がないどころかただの嫉妬でしかないので無視すれば済む話なのだが、偶にいるのだ。
彼女に敗北を叩き込まれて、その雪辱を晴らすと息巻く輩が。
その行為自体は当然のことであるし、むしろ彼女としては好ましいことだと思っている。
問題はその行為に何故か彼女の同意を求める輩が多いことだった。
あれだけの戦いをした俺の事を覚えていないだと。
彼らの思いを直訳するならばこうなるだろうか。
無論、いろいろと混ざっているし、オブラートにも包まれているが本音はこんなものであった。
「別に忘れ去っているわけではないですし。侮ってもいないんですけどね……。はぁぁ、こんな人ばっかりが私の相手ですか……」
相手の猛攻を軽く見切りながら溜息を吐く。
桜香からすれば自分に覚えておいて欲しいと思うなら熱く心のに焼き付けて欲しかった。
例えば健輔のように、または『皇帝』のように。
ある意味で高すぎる壁だろう。
彼女に認めてもらうにはまずは打倒しなければならないという本末転倒な答えが待っている。
彼女が認めたくなるほどの雄姿ならば何もせずとも記憶に残るのだ。
忘れられたものにとっては激戦でも桜香にとってはただ1試合だった。
そんなことはざらにある。
以前の桜香ならば眉を顰めて、静かに流したが今はそこまで寛大な気分ではなかった。
何より、他ならぬ桜香自身が今は敗北を塗り替えるための勝利を欲している。
だからこそ、このように勝手に気持ち良くなっている輩に容赦する気持ちが微塵もない。
2度と勘違い出来ないように潰しておこうと、スイッチを入れる。
どこまでも冷え切った冷たい桜香の視線、それにすら気づけない『サムライ』を鼻で笑いながら決定的な一言を口にした。
「何やら1人で盛り上がっているところ申し訳ないですが」
「なっ……」
「もう少し真面目にやってください。こんな攻撃当たっても意味がないですし、振り回されるだけ迷惑です」
「う……な……」
あまりの桜香の物言いに激昂を通り越して健二は呻き声を上げる。
以前ならば桜香もここまでの対応はしない。
謝罪して、そこそこ真面目に戦い、相手を粉砕し讃え合う。
その程度の芝居はしただろう。
しかし――
「私には私の都合があります。なるほど、あなたは『スサノオ』のリーダーで2つ名も正式に引き継いでいます。弱くはないですよ。十分以上に強いとは思います。先ほどの固有能力も面白いものでした」
――彼女にはそれらはもう意味を持たない。
取り繕う必要性をどこぞの誰かに壊されたのだ。
ありのままの己で彼女は生きる。
それを成すだけの実力はあるのだ。
桜香の人生に健二の必要性は皆無だった。
上っ面だけの尊敬など何の役にも立たないと彼女はもう知っていたから。
「その上で言います。あなたが正統派だからこそ、私には勝てない。絶対に、です」
「……」
「感情を御すことも出来ない。明確に認めてください。私とあなたは同格ではない。勝手にライバル面をされるのは迷惑です。私の倒したい相手はあなたじゃない」
「俺を……歯牙にもかけないと言うのか……この、俺を」
「ええ、あなた――誰ですか?」
「……うおおおおおおおお!」
健二の咆哮と突撃。
普通の者ならば怯み、そして恐怖するほどの鬼気迫る表情だった。
桜香はそれを無感動に見つめ、
「『アマテラス』」
『発動、『太陽の怒り』』
刀身に溜めた魔力を流れるようなカウンターで直撃させるのだった。
「相も変わらず怪物じゃのー」
武雄は決着が付いた盤面を見つめ呟く。
『サムライ』――望月健二は決して弱くない。
固有能力を発動せずに優香を追い詰めることが出来たのだ。
優香が対健輔に向けて余力を温存していたことを差し引いても実力は保証書付である。
「……健二も不憫よな。同年代に怪物が2人も居たせいで『スサノオ』は落ち目じゃからの」
武雄も健二と同年代である。
今代の太陽たる桜香と戦った経験も当然あるし、先代の太陽と戦ったこともあった。
同年代の魔導師はその経験値も大凡似たようなものになる。
そんな武雄だからこそ、言えることがあった。
「ライバルと嘘でも心を震わせんと戦えんわな。普通の性根じゃよ」
怪物的な性能を持つ魔導師に粉砕されて嬉しそうに立ち向かっていくのは少数派だろう。
折れるか、敵視して怒りで立とうするか、このどちらかの方が現実的だった。
また、強いだけならばともかく他の点でも圧倒的なのが先代・今代と太陽は連続している。
これでは自分を慰めることすら至難の業となってしまう。
先代は強さ、並びに精神性も桜香と比べればマシなため、素直に相手を賞賛するという選択肢もあるが桜香に至っては面白味の欠片もない強さだけのモンスターである。
粉砕された経験もある武雄からすれば怒りには頷ける部分も多い。
「とはいえ、下の追い上げを見とるなら焦るのも道理か」
それだけならまだしも新興チームが多数勃興しているこの状況を思えば伝統あるチーム『スサノオ』を率いるものとしてかなりのプレッシャーだろう。
武雄ならば御免こうむる立場だった。
「それに耐えて、あそこまで登って最後はあれかい」
今回の戦いで彼我の戦力差をこれ以上ないほどの形で叩き込まれた。
健二の精神力ならば再起は出来る。
しかし、後が続かない。
既に『天空の焔』にも敗北しているのだ。
優勝争いからは半ば以上外れている。
「――なぁ? お前さんはそこのところどう思うんよ?」
「さあ? 桜香の言うことに理があるんじゃないかしら。敵に覚えておいて欲しいとか、寝言言ってるんじゃないわよ。勝者にはごく普通の1勝なんだから記憶に残るわけないじゃない」
突如として誰かに話しかけた武雄に応じる声。
快活であり、強い意志を秘めた声は健輔がよく知っている人物のものだった。
藤田葵、彼の先輩が男子チームの知恵に狙いを定めている。
「……やる気じゃのー。こんなところでやり合わんでももうすぐ試合だろうに……」
「そんなのどうでも良いわよ。この催し物は面白い、でもあんたの作戦はつまらない。いいえ、言い換えましょうか?」
「構わん、構わん。言いたいことなどわかるからの。儂が邪魔じゃろう? 最後に勝利を浚っていきそうでの」
「正解」
ニヤリと擬音が付き添うな好戦的な笑みを作る。
莉理子の能力を総動員して武雄の居場所を探り当てたのはここで仕留めるためだ。
罠だとわかっていながらも踏み込んだのもこれ以上、武雄に何かをさせないためである。
「いくわよ」
「こいや」
屋内での戦闘、敵の罠が待ちかえている場所で葵は欠片も怯みを見せない。
武雄にとってもっともやりにくいタイプ。
健輔のようにいろいろ考えて決断するタイプならまだやり方があるのだが、様々な可能性を思いつくのに信念でそれを破棄する頭良いバカは苦手なのだ。
「普通は躊躇うものだろうに、貴様ときたら!!」
「おらあああああ!」
唸りを上げる剛腕を紙一重で避ける。
戦闘魔導師としての技能で両者は話にならないほどの差が存在しているのだ。
まともに戦えば敗北は必須である。
しかし、ここは武雄が籠城するために用意した場所なのだ。
仕掛けはいくらでも存在する。
「1番、3番、そして5番。起きろや!!」
武雄の号令に従い隠されていた魔力爆雷が姿を見せる。
葵の至近で発動する魔力の爆弾。
大ダメージとはいかなくてもそこそこのダメージは与えられる攻撃であった。
「やっぱり……。ダメよ、2回目は認めない」
「かっ! はん、お前さんは聡い上にええ女だ!!」
爆風が晴れたそこには無傷の葵が居た。
振りかざした拳を笑う武雄に向けて放つ。
そこには油断などというものは見受けられない。
魔力を受け流すための構えは取るが、実行しようとしている本人が無意味なことはわかり切っていた。
葵は純魔力攻撃主体の魔導師ではない。
そもそも武雄が戦ってよい相手ではなかった。
「はん、これは負けか……」
「ここでも手の内を隠そうとするからよ。……こんな目晦まし、2度も3度も利かないわ」
「それがわかっても普通は突っ込まんよ」
「うっさい! じゃ、さよなら。次は試合で会いましょう」
「お前さんとは、もう御免こうむりたいの……」
剛腕一閃。
武雄の腹に向かって容赦のない葵の1撃が入る。
男子側の予定を葬り去る1撃が容赦なく叩き込まれたのだった。
「さて、隆志。この戦況をどう見る?」
「武雄が落ちたのもある。まあ、こっちが不利だろうな」
制限時間は残り1時間を切ってはいるが、男子を全滅させるには十分な時間があった。
半分を過ぎた段階で隠れるためのフィールドも大きく減少し、女子の戦力密度が高まっている。
女子側も多くの2つ名持ちが脱落していたが、主力に成り得る桜香、葵、クラウディアなどまだそこそこの数が残っていた。
クラウディアは現在、宗則が押しているため今は考えなくても良いが問題はフリーになっている2名だ。
「桜香くんがフリーなのはまずいな……」
「2つ名はないが真希や慶子、妃里も残っている。これは流石にきついか」
こうして作戦を話し合う最中も男子たちが次々と落ちていく。
龍輝が雑魚狩りを担当しているため、数の上ではまだ負けていない。
「仁」
「決めたのかい?」
「ああ、『賢者連合』の残党を貰おう。桜香は俺が行く」
「じゃあ、僕は葵くんか。元信くんたちにはほかのベテランを抑えて貰おう」
「頼んだ。貴之ならば妃里や坪内ほのかなどには負けないだろう」
「うちの楓くんなどは自爆戦法で行こう」
これほどの大規模な戦いは仁や隆志も初めてだ。
唯一、この規模で指揮を行えた武雄が落ちてしまった今、やれるだけのことをやらないといけなかった。
既に予定は狂い始めている。
それを成したのが桜香でもなければ、真由美でもない。
事前の予測では強いがそこまでの脅威ではないと判断した葵がここまで予定を崩してしまうとは隆志でさえ思ってもみなかった。
作戦だの、なんだのを飛び越えて葵の本能が男子の要を嗅ぎ付けてしまったのが運のツキであったと言える。
「では、最終通達だな。総攻撃に移ろう」
「やれやれ、結局はこうなるのかい」
「何、俺たちの望みには沿っているさ。……負けるなよ」
「こちらのセリフだよ。後輩が倒したんだ。頑張って君も桜香くんを倒してくれたまえ」
残り時間並びに人数も大体半数と言ったところだろうか。
目まぐるしく変わる戦況の中で残った者たちが勝利へ全力を尽くす。
勝利の天秤は未だに揺れ動き、どちらに傾くのかはわからない。
お互いに決定的な瞬間を待っている。
熱い戦場の裏で互いの思惑が激突を続けるのであった。