第131話
転送で相手を入れ替える。
男子側の策はただその1点に絞られていた。
複雑な作戦を取ることは準備時間的に出来るものではなく、本来の敵同士の集まりであることを考えるとやれる中で最善のものがそれしかなかったのだ。
正面から特定の相手と戦いたいという欲求も叶えられる点も見逃すことは出来ない。
実行できない最善の作戦よりも現実的な次善の作戦を。
チームの参謀たる霧島武雄が注意したのはそれだけであった。
何よりも試合を見るだけならば、拮抗している方が面白い。
彼が実力伯仲の対決を好まないのは己の相手である時だけだ。
「はてさて、儂に出来ることは全てやったが……どうなるかの」
葵からなんとか逃げおおせた彼は今後の試合に思いを馳せる。
チームの頭脳、参謀としての仕事は事前に大半が終わっているが適宜、修正しなければならない場面もあるだろう。
それをなんとか出来るのは彼だけだった。
「それよりも『破星』をなんとかせんとな……。また、狙われている感じがする……」
武雄は流動系をメインとした魔導師で系統だけを見るのならばバックス系の魔導師になる。
とはいえ、美咲たちのような普通のバックスとは違うため、サポートとしての能力は皆無であった。
元がバックスであるため、圧倒的な戦闘能力もない。
先ほどの葵との攻防が示しているようにあえて言うのならば『強い』魔導師ではなく、『上手い』タイプの魔導師である。
単純な力関係でいえば武雄は2つ名を得るような魔導師ではないし、葵から逃げおおせることも不可能だった。
では、何故、あれほど葵から警戒されていたのか。
理由は簡単だ。
この人物が極めて厄介だからである。
勝つためになんでもする者なら逆に底が知れるため、葵はそこまで問題視しない。
最終目的が見える策士など2流だろう。。
ルール無用という縛りを己に貸してしまえばそこから汲み取りやすくなるのだ。
「しかし、これは面白いことになっとるのー。いやはや、特等席で観戦できるから、このゲームはやめられん」
では、この霧島武雄という人物はどうなのか。
端的に言うならば主義主張など基本的に存在しない。
臨機応変、強いて言うならば楽しいか、楽しくないか。
判断基準がその程度しかない。
拮抗した戦は好みではないが、嫌いでもない、だからやる時はやる。
圧倒的な戦は大好きだが、この相手には気分ではない、だからやらない。
気分屋で飄々としていて何をやっても相手の思惑に乗っているような気分になる。
それこそが霧島武雄という魔導師だった。
葵が相手をするのを嫌がった理由がそこにある。
対処法が彼女がやったように何もさせずに殴る、ぐらいしか存在していないのだ。
ある意味で健輔とタイプは似ている。
どちらも生存することに長けていて、違いといえば健輔はやたら長生きしてその存在自体がうっとしいのに対して武雄はその行動が邪魔なため排除に動いてるのに粘ってくる能動的なお邪魔キャラだというところだろうか。
「にしてもあの坊主どももやり手じゃの。2年、いや後1年か。それぐらいには『曙光の剣』や『滅殺者』ぐらいにはなっとるかの。……惜しいことじゃ、その頃には戦えん」
そんな彼の唯一はっきりしている趣向がある。
魔導競技を直ぐ傍で見つめていたいということだ。
そう、参加者という誰よりも近い場所で最高の戦いを俯瞰することが彼の望み。
『盤上の指揮者』――それは自身すらも駒として扱う魔導師のことだった。
ここまでの筋書きを作った男は笑いながら試合を見守る。
「スサノオの侍も盟約の厨二も精々楽しめばいいわな。祭りは祭り、少々派手だろうが楽しまなければ損じゃ」
健輔は優香と戦うことを望み、全力で戦っている。
では、残りのメンバーはどうなっているのか。
葵は武雄が差し向けた刺客に足止めされ、桜香はスサノオの望月健二が相手取る。
全ては順調、武雄はここで終わりを待てばよかった。
残り1時間、戦場の空気を感じながらゆるりと観戦を行う。
「ほお……。最初の決着が付くのはあそこか……」
複数展開された空中モニターには健輔と優香の姿があった。
優香のプリズムモードを健輔のダブルシルエットモードが迎え撃つ。
もっとも激しくなるその激闘を前に彼は映像を閉じる。
「どっちが勝つかはわからんが覗きは趣味じゃないわな」
次の対戦相手の秘中の秘を見るのは反則だろう。
知らない振りをしようが頭に残っている以上自然と反応してしまう。
彼は拮抗した戦いは好きではない、しかし、それ以上に嫌いなものがある。
それは――
「美学がないやつとの戦いなんぞ、まっぴらじゃ。その点あの餓鬼どもは良い。だったら年上として譲ってやるのが筋じゃろう」
――美学のある、なしである。
ロマンや美学はなくても生きてはいけるだろう。
だが、そんな味気ないものはごめんこうむる。
彼はそういう男だった。
健輔たちの次の対戦相手、『賢者連合』を率いる男はチーム名からは考えられないような快楽主義者だった。
「ま、頑張れ小童ども。次の試合できっちり潰すまでわな」
そう言って、別の勝負へ視線を移す。
彼の瞳に健輔たちへの興味はもう残っていなかった。
「っ、『雪風』!」
『来ます。気をつけて』
優香の背筋に悪寒が走る。
彼女の予想通り、健輔の切り札が初めてその姿を見せた。
「これを、これを超えられないと姉さんになんて絶対届かない!」
不退転の覚悟で彼女は健輔を迎え撃つ。
姉の事を頭から追い出して考えるのは目の前にいる少年ことだった。
出会いはおよそ半年前、まだそれだけなのか、それとももうそれほど経ったというべきなのか。
どちらかはわからないがそこそこの年月を共にしてきた。
だからこそ、健輔のバトルスタイルの変遷を彼女は良く知っている。
初めはいろいろな系統を使っているだけだった。
ゴーレムを作る、砲撃を行う。
見てくれは立派であったが中身は伴っていなかった。
春ごろは度胸と機転でなんとか食らいついていただけなのだ。
それが夏には誰かの戦闘スタイルをコピーするという独自色を持つようになっていた。。
思えばあそこが優香にとっても、健輔にとってもターニングポイントだったのだろう。
全てが変わり始めたのは、あの熱い夏の日々だったのだから。
「次は必ず健輔さんの、健輔さんだけの戦い方がくる」
そして今、ついに健輔の固有戦法が姿を見せる。
スタイルのコピーという土台があるのは変わらないだろう。
しかし、繰り出される動きは間違いなく彼にしか出来ないものとなる。
それに負けるわけにはいかなかった。
「――いきます!」
優香は己の分身に指示を送り、魔力を練り上げる。
プリズムモードは健輔の予想よりは燃費は良いが、かなり重い術式なのも確かであった。
長期戦は不利になる。
数の利を生かして、一気呵成に勝負を決めるのが正着であった。
にも関わらず、優香がここまで待ったのはひとえに全力の健輔を打破するためだ。
1対1で真剣に試合として戦える機会はそう多くない。
それを無駄にするつもりはなかった。
「はああああ!」
「せいッ!」
「貰います!」
多重思考を1人1人に分けて、魔力から己をイメージして投射する。
それにより恰も分身するかのように見せているのだ。
他にもプリズムの名にふさわしい細工を持って分身攻撃は完成している。
優香の渾身を込めた自信作だった。
簡単に見破ることは出来ないと確信している。
しかし、いやだかこそ言うべきか。
優香は期待感と不安感が混ざったなんとも言えない思いで健輔の反撃を待った。
3人がバラバラに放った斬撃はそれぞれが直撃コースである。
このまま何もしなければ健輔は撃墜されるか、最低でも7割はライフを持っていかれるだろう。
「やらせるかよッ!」
座して健輔がそれを受け入れるわけがないのだが。
優香も『ダブルシルエットモード』という言葉は聞こえていた。
単純に考えれば、そのままの意味なのだろうがミスリードを狙ったフェイクの可能性も十分にある。
「これで」
「終わり」
「です!!」
3方向からの斬撃が決まる。
その瞬間――
「これは」
「障壁!?」
「でも――」
数が多い。
健輔がどんなシルエットを使用しているのかはわからないが基本的に5枚展開が最大のはずである。
それが2人分を優香を受け止めている都合10枚以上の障壁。
これではまるで、
「サラさん!?」
そう、サラのようであった。
『鉄壁』に比するレベル障壁を展開している。
しかし、ここまでならば通常のシルエットモードでも説明が付く。
健輔の本領はここからにあった。
「バレル展開!」
障壁に守られた状態の健輔が内部で砲撃形態へと移行する。
目前でどんどんチャージされる魔力を前にさしもの優香も狼狽えた。
「まずい!!」
「おせえええええ!」
回避行動を取ろうとするが3人同時には困難を極める。
それでも2人は逃げ切れた辺り、優香の優秀さが垣間見えていた。
とはいえ、1人は白色の光に飲み込まれて消えてしまう。
「くっ」
「でも、まだこちらの方が多いです!」
「そんなことはわかってるんだよ!!」
「なっ」
「速い!?」
優香に僅かに劣る程度の速度で健輔が迫る。
誰のシルエットなのか、考えるまでもない。
2人の優香は左右別の方向へと速やかに分かれる。
しかし、健輔は迷うことなく右側の優香へと追撃を仕掛けた。
「ミスったな!! それは戦力の分散だぞ!!」
「っ、でも!!」
優香は距離を取ろうと速度上げる。
普段ならばこれで引き離すことが出来ていた。
シルエットモードの地力が不足している以上オリジナルには絶対に勝てない。
あくまでも『普段』の健輔であったならば、と注釈が入るが。
「速い!?」
「貰った!!」
今の地力が伴った健輔ならばオリジナルにも負けない。
また、それだけでない。
優香の周囲に無数の魔力球が姿を現す。
優香の速度に加えて、この攻撃方法。
ダブルシルエットモードの詳細を優香も悟りつつあった。
「融合ですね! 2つ分のシルエットを同時に発動させる!!」
「どうかな? ま、間違ってはいないな!」
魔力球を剣で弾き、何発かを障壁で受け止めるがもう1人分操作しないいけないことを考えると処理能力がパンクしそうになっていた。
優香の想定していなかった負荷の掛かり方である。
「ッ、まだまだですか……」
激しい頭痛に耐えながら優香は決死に戦う。
分身の操作にかなりの容量を割かれて猶、彼女は強かった。
ダブルシルエットモードについても大凡の考察は済んだ。
あれは星野の固有能力を使っている状態でないと発動が出来ない可能性が高い。
単純に別々の系統を組み合わせて戦っているだけだろう。
少なくとも今はそうなっている。
「まだです!」
「いきます!」
焦らずに2人で対処すれば何とかなる。
結論を出した優香は余力を振り絞り突撃を開始するのであった。
「そうくるよな!!」
新しい分身を出さないところを見ると簡単に追加出来るようなものではないことがわかる。
倒した端から追加されるのならば流石の健輔の心も折れてしまうところだった。
「はあああ!」
「てやああああ!」
「ぐっ!!」
シルエットをサラに変更して障壁で受け止める。
健輔らしくない受け身な行動であるが優香のプリズムモードが激しい負荷を彼女にかけているように健輔のダブルシルエットモードにも問題があった。
やっていることは系統を揃えて、2人分の戦闘スタイルを発動させているだけなのだが、実際に行動に移すとある問題が発生したのだ。
サラならば創造系と収束系だが、そこに真由美を組み合わせれば収束系と遠距離系になる。
ここで早い話――コンフリクト――競合など起こしてしまうのだ。
例の場合ならば異なる魔力を集める収束系の処理で体が混乱を起こす。
普段の状態でテストした時は出力が低くて問題がなかったようだが、実用領域まで星野の固有能力で引き揚げられた結果、暴走の危険性を孕んでしまった。
また、体の外に魔力出す時にも問題がある。
創造系で出すのか、それとも遠距離系で出すのか。
この部分でも衝突が起こっていた。
『陽炎』から何も応答がないのは過負荷による魔力暴走を抑えることに全力を傾けているからだ。
「くっ……ぬぬぬ……」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「喋べれなくなって、ますよ」
「そ、そっちこそ……息も絶え絶えだろうが……」
ダブルシルエットモードを発動した後の健輔は限界まで膨らんだ風船のような状態だ。
優香が固有能力を暴走させたのと状況は似ている。
長時間の戦闘はどちらにとっても困難だった。
「ま、まずい……」
時間が経つに連れて健輔側の魔力の乱れが激しくなる。
体力低下により、制御が乱れているのだ。
無論、優香側も明らかに分身と思われる方の動きがどんどん粗くなっていく。
双方の戦闘能力の低下は深刻だった。
「新技で大逆転ってうまくはいかないか……」
「そう、ですね」
問題点は潰していたつもりだったのだが、つもりでしかなかった。
理論上は問題がなくとも実際にやってみると課題が見つかるというのは魔導に限らずよくあることだが当事者となると気分は微妙である。
何より、優香との対決はカッコよく締めたいという男心も無駄になってしまった。
肩で息をしているような状態となっており、体力を消耗しすぎたため汗も凄いことになっている。
『陽炎』の補佐がなければとっくに魔力暴走を起こしたいただろう。
術式の制御をもはや独力で行えなくなっているため『陽炎』の形態変化すらまともに出来なかった。
「クソ、せっかく……」
「健輔さん?」
「……カッコ悪いが負けるだけは御免だからな……」
「……ふふ、ではここは引き分けということで?」
「次、次があれば今度は全部地力でやってやるよ」
「楽しみにしています」
ぼろぼろの2人は微笑みあってから魔導機を構える。
優香は最後の力で突撃を行い、健輔は魔力の制御を放棄して最大の攻撃を放つ。
激しい光と閃光が彼らの居たエリアを包み、2人は仲良く地面へと落下していくことになるのであった。
健輔と優香の体育祭はここで終わり。
男子と女子の戦いも脇に置いてお互いの意地を通した勝負は引き分けとなった。
戦いは終局へ向かう。
男女どちらも主力はまだ残っているのだから――。




