第130話
『ま、策とか言っても大したものじゃーない。得意なフィールドにある程度競れる相手で引き摺りだして、相手を交換する。やるのはそれだけだの』
武雄の作戦説明はそんなふんわりとしたものだった。
今回の『鬼ごっこ』の肝は如何にして真由美と香奈子を無効化するのか。
その1点に全力を費やしたものだった。
この形式の対決とルールにおいてもっとも危険なのは桜香でもなければ、立夏でもない。
先の2人、真由美と香奈子だ。
火力での優勢がダイレクトに戦力へと影響する。
終盤までどちらか片方でも残しておけば男子敗北は必須だっただろう。
そこを作戦通りに潰せたのは行幸だった。
「――それで後は相手を交換する。ま、男の作戦はそれだけだよ。希望と、後はそうだな、戦力比なども見たけど。基本的には前者優先でそれ以外は勝つためのサポートだ」
「なるほど、よくわかりました。そして、それを説明してくださったということは?」
「ここが決戦の舞台と言うわけだな」
得意なフィールドと言われてもピンとこない者も多い。
魔導師は空を飛んでいることが多く地理的な有利はあまり考慮されないのが常だからだ。
しかし、戦闘においては地の利というものはなくてはならない要素だ。
たとえ、現実の戦争ではないとはいえ戦っていることには変わらない以上、魔導競技にもその公式は当て嵌められる。
「圭吾のやつは森で準備してたし、他にも隆志さんや仁さんが大量の自爆要員と待ちかえてたりもするな」
「……私が伝えれば作戦は台無しになりますけど、いいんですか?」
「俺が話すことくらい、あの『指揮者』なら織り込み済みだろうさ。罠がわかって安心したところを突くのかもしれないぜ?」
そもそもこの1対1の状況になった時点で作戦は8割完遂している。
そこから足掻いたところで有利になる部分は高がしれていた。
「で、そろそろいいか?」
「はい、質問に答えていただきありがとうございます」
お互いに戦意を高め合いながら見つめ合う2人。
健輔と優香。
おそらく公式の試合で始めて全力でぶつかりことになる。
そこには隠しきれない歓喜がお互いの胸に渦巻いていた。
半年前の自分が信じてくれるだろうか。
あの時、入学式で見上げた空の乙女と同じ高みまでやってきたのだと。
「約束通り、こっちは俺1人で疑うなら調べてくれていいぜ」
「不要です。そんなつまらない人でないのはわかってます。……それに、無粋な真似をして貴重な機会を潰すような人だとは思いません」
「……そっか。じゃあ、準備はいいな?」
「――はい」
優香が返事と同時に膨大な魔力を放出する。
双方、準備は万端。
後はただ勝敗のみが結果を決める。
「行く!」
「参ります!」
お互いに初めの行動は同じ、距離を詰めて近接戦へと持ち込む。
手には双剣を構えて、左右対称の軌跡を辿ってぶつけ合う。
戦闘中に不謹慎かもしれないが健輔は自然と笑ってしまった。
あれだけ大袈裟にしながら今日、ようやくぶつかり合っているのにやっていることが普段と何も変わらないのだ。
健輔の地力は比類なく上昇しているのに優香はそれを歯牙にもかけない。
今までが手を抜いていたというよりも、まるで『健輔に合わせて』実力が引き出されているように感じる。
「『雪風』!」
「『陽炎』!」
相手の次の動作が考えるまでもなくわかる。
ここで優香ならば状況を変えようと前に出てくる、ならばそれを上回る攻撃で迎撃しようと健輔は『陽炎』を呼ぶ。
そして、優香も同じように考えた。
膠着している状況を健輔ならば変えようと攻勢に出てくる、と。
だから、より苛烈な攻撃で粉砕しよう。
どちらも相手が攻撃に出るとわかっていて取った手段はさらなる攻撃だった。
まるで鏡合わせのように似通った行動はお互いの時間の積み重ねを象徴しているかのようである。
「フェイク起動!」
『了解』
「はっ! そんな見慣れたやつが俺に通じるかよ!」
『対『フェイク』モード起動します』
幻影が数が増やして、健輔を攪乱する。
常の健輔ならば些か荷が重いのは事実だろう。
しかし、今の健輔にこんなものでは通じない。
優香の手の内など知り尽くしている。
ここでフェイクモードを使うことなど簡単に予想出来た。
「おらあああああああ!」
限りなく小さく圧縮した魔力弾を散弾にして周囲へとばら撒く。
放たれた魔弾は浸透系の力を使って、健輔の意のままに動き、優香の幻影全てを貫いた。
そう、優香のフェイクモードはフェイクとわかってしまえば対処方法がいくらでもあるのが弱点だ。
フェイクを囮にすると言っても直接的な脅威でない以上、後回しにしてしまえる。
そういったものへの対処能力で健輔を超える魔導師など国内にはそれこそ桜香しか存在しない。
ましてや今の健輔は真の万能に近い。
桜香にすら力負けはしなかったのだ。
どう考えても桜香より格下の優香ではどうしようもない。
論理の帰結として、それは間違った結論ではなかった。
全てが正論であり、状況全てがこのまま戦えば優香が敗北することを示している。
だが――
「『陽炎』!!」
『マスター、残存3。これは――』
――健輔が変わり、あの九条優香が何も変わらない。
そんなことがあり得るだろうか。
「ふ、ふふふ、はははっはは! 流石だ! 凄いな、それでこそ――」
それでこそ俺が見惚れた魔導師だ。
その言葉を胸に秘めて健輔は消し飛ばしたはずの幻影に再度攻撃を仕掛ける。
先ほどの健輔の攻撃で50近い幻影は消滅した、はずだった。
しかし、何故か3人の九条優香が残っている。
この事が指し示すこと、それは簡単であった。
「質量を伴った幻影、いや、実体を持った分身か! そんなものどうやって作るんだよ!!」
「はあああああ!」
「行きます!」
「貰いました!」
問いに答えることなく、いや、3人の優香が別々に行動を開始する。
健輔の万能性が手数によるものならばこれは人数による万能性とでも言うべきか。
1人よりも2人、2人よりも3人。
優香の目標は変わらず桜香だ。
しかし、優香が現状倍の強さになっても今1歩桜香に及ばない。
ならばここで発想を逆転させれば良い。
3対1という状況に持ち込んだ後、己のペースに持ち込んで桜香を打破した相手がいる。
そしてその人物を最も良く知っているのは誰だっただろうか。
「ぐっ! こいつが本物か!?」
魔導機同士で斬り結ぶことが出来た。
普通に考えればこれが本体なのだろうが、そんなわかりやすい弱点を優香が放置しているとは健輔は思えなかった。
「こっちも!?」
「てりゃああああ!」
「『雪風』!」
「まだです!」
『魔力反応、いづれからも出ています。こちらからは判別不能です』
「どうなってんだよ!?」
全ての優香と斬り結べる。
一言で済む解説だがやられている方は溜まったものではない。
優香が3倍強くなるのと、優香が3人になるので厄介なのは後者である。
古今東西、戦と言うものは数が多い方が勝ってきた。
魔導競技もその縛鎖から逃れられてはいない。
健輔の手札がどれだけ多かろうと2本の腕しか持ちえない人間である以上どうしても限界が存在する。
「――これが切り札かよ!?」
『そうです! 姉さんを倒すため、私が目指した理想形。これが私の『プリズム』モードです!!』
「プリズムモード……ッ!」
3人の優香の声が重なって宣言を行う。
内容をしっかりと頭に刻み込み、攻略のために僅かな動作も見落とさないよう集中力を極限まで高める。
余計な雑音は消えて健輔の頭脳は相手の戦力を解析するために全力で稼働していた。
ここで焦って攻勢に出ればその隙を優香は見逃さない。
今するべきことは一時の不利を享受して。情報を整理することだった。
まずはどの系統を元にしたものかを考える。
これは直ぐに分かった。系統は間違いなく創造系になるだろう。
身体系ではあそこまで高度な術式を展開することは出来ないし、何よりも優香がメインを創造系にしている理由とわざわざ回避型の高機動系を選んだ理由も『プリズム』モードを前提としていたのならば納得出来る。
桜香が強く、万能に近いのは疑いようのない事実だが当たり前のように限界があることをこの間の戦いで彼女は露呈した。
いくら九条桜香でも知らないことには対処できない。
健輔が実行し、証明した『不滅の太陽』を打ち破る方程式。
それが1つの解答であることは間違いなかった。
しかし、式は1つではない。
健輔と同じように優香もそ独自の方程式に辿り着いていた。
基本は桜香でも対処出来ないということに焦点を置いている。
違うのはアプローチ方法だけであった。
健輔が葵と優香の犠牲の上に、なんとか自分の有利なフィールドへ誘い込み1対1でも有利に戦えるようにしたのに対して優香は単純な力押しだ。
つまりは数でゴリ押しする。
「流石に完璧にコピーってわけじゃないだろうが……」
受けてみた限り、速度と単純な物理攻撃力は完全に優香と一致している。
魔力攻撃がどうなのかはわからないが動きを完全に再現できる時点で近接戦では十分に厄介だった。
桜香が相手でも優香クラスの近接魔導師が3人いれば有利に事を運べる。
優香が対桜香用にずっと準備をしてきただけあって強力な能力であった。
勿論、穴がないわけではないだろう。
しかし、この短時間で術式としての弱点を見破ることは出来ない。
今必要なのは如何にして突破をするのかが問題になる。
「……優香は本気の本気で来ている」
優香は全力どころか未だ実用が難しいレベルの術式をぶっつけ本番で使ってきている。
涼しい顔で戦闘をこなす彼女が額に大粒の汗を浮かべて唇を噛み締めていることから辛さは伝わってきていた。
分身も含めて現状の優香の状態をトレースしているということは疲労などもシェアされている可能性が高い。
『蒼い閃光』よりも瞬間的な疲労は少ないがトータルでは『プリズム』モードの方が消費は上だろう。
ただ勝ちを狙うのならばかつてのクラウディア戦のように時間切れを狙うのが正しかった。
健輔は基本的に勝利こそを重視する。
その思いには変わりなくルールに沿っている範囲ならばどんなことでもやるという覚悟があった。
しかし――
「ここで引いて男が名乗れるかよ」
――彼女の前ではそれは出来ない。
健輔が正攻法を選ばないのは彼の好みの問題ではない。
単純な力関係が原因であった。
出来るならば正面から勝ちたかったのだ。
今までの試合も、これからも試合も。
そんな簡単なことを彼の才能は許してくれなかった。
「『陽炎』やるぞ」
『……了解しました。まだ未完成です。お気をつけて』
「安心しろ、今の俺の能力と心境で出来ないんだったら一生無理だ」
『わかりました。私の全性能を持ってサポートします。処理をそちらに集中させるので』
「アドバイスはないだろ。わかってる」
『術式展開準備』
優香との真剣勝負と言いながら他者の支援を健輔は受けている。
優しい彼女は何も言わずに全力で受け止めてくれたが健輔の心は後ろめたいものがあった。
勝利のため、この行為に言い訳はしない。
だからこそ、優香の理想形に応えるために自分の理想でぶつかるしかないと健輔は信じていた。
あの夏の合宿で真由美に言われた言葉が蘇る。
『あなただけの必殺技を考えなさい』。
魔導競技も半分を過ぎた今になってようやくあれの意味がわかった。
桜香、立夏、そして真由美に香奈子。
健輔の前に立ち塞がった強い魔導師たちの共通点、それは彼女らが確かな立脚点を持っていることだ。
己はこうだ、その自負が強い。
葵もまたそうだった。
やるべきことを見据えた上で全力で物事に取り組んでいる。
妃里も、そして和哉や真希もまたそういったものがあった。
ならば、健輔はどうなのか。
2年前、彼は空を飛ぶ魔導師たちに憧れた。
――自分もあんな風になりたい、と。
もしかしたら健輔が万能系になったのはそれが原因なのかもしれない。
誰かのようになりたいと強く願い、それを再現するためにはあらゆる系統を使いこなす能力が必要だった。
健輔が自覚した自分の根幹と能力がこれ以上ない程に噛み合っている。
しかし、そのまま誰かの真似を続けているだけでは影を追うだけになってしまう。
今の彼は隣に並び立つことを望んでいるのだから、続きが必要なのだ。
かつての自分が思い描いた夢には辿りついた。
今度は新しい夢を今の自分が描かなければいけない。
「起動、『ダブルシルエットモード』」
『発動します。――シルエットセット、優香をベーシックに。適宜合わせていきます』
「よし。――じゃあ、行くか!」
優香の攻撃に合わせて健輔が反撃に移る。
ダブルシルエットモード、健輔だけの必殺技。
プリズムモード、優香だけの必殺技。
2人が生み出したそれは2人が真由美たちと同じ領域に手を掛けたことを意味していた。
戦いは佳境へ入る。
勝者はどちらなのか、それはまだわからない。